「なんで言い切れるの?」

 微笑みの中に微かな嫉妬や悔しさを滲ませた女の言葉に、ティファは困ったように微笑み返した。






まるごとひっくるめて








 今日も1日良く働いた…と、ティファは誰もいなくなった店内で思い切り伸びをした。
 体を動かす仕事なのに、伸びをしてみると背中や肩が意外と固まっていたことに気づく。
 ゆっくり首を回して大きく息を吐き出し、気持ちを切り替えてカウンターへ向かった。
 洗い物はこまめに片付けていても、1日の終わりになれば結構な量がたまっている。
 それを1人で片付けるのはいつものことなれど、今日は少しだけ気持ちが違った。
 沢山あるそれらにうんざりしたのではない。

「さ〜、ちゃちゃっと片付けちゃうか」

 鼻歌を歌う勢いで心軽く仕事に取り掛かった。
 普通、深夜に仕事を終えたなら片付け物を見るとある程度憂鬱になるものだろう。
 いつもならば、ティファとて例に洩れず、仕事の後の入浴を楽しみにしながら何とか気持ちの高揚を図りつつ片付けをするのに…。

 気持ちが軽いと仕事も速い。
 いつもよりも手際良く片付けが終わり、ティファは満足げに腰に手を当てた。

「うん、完璧!」

 ニッコリ笑って自分を褒める。
 こんなにも気持ちがウキウキしている理由をティファは少しの照れ臭さを抱きつつ思い返した。
 いや、思い出そうとしたのだが。


「ご機嫌だな」


 不意に聞こえたその声に勢い良く振り返る。
 ドアにもたれるようにして立つ金髪・碧眼の青年に、ティファの顔にパッと花が咲いた。

「おかえり、クラウド」
「ただいま、ティファ」

 頬を緩めて身体を起こしたクラウドにいつも以上に軽い足取りで近づく。
 そっと交わした『ただいま・おかえり』のキスもいつもより甘い。

「なにかいいことあったのか?」

 明るい表情のティファに釣られるようにして微笑んだクラウドに、ティファは悪戯っぽく目を輝かせた。

「ふふ、ちょっとね〜」
「教えてくれないのか?」

 片眉をヒョイと上げたクラウドに背を向け、カウンターに入る。
 とりあえず汗を流してくるよう促し、テキパキとクラウドの夕食の準備に取り掛かった。
 クラウドはご機嫌なティファの様子にクスリ…と笑みをこぼして素直に2階へ向かった。
 笑みをこぼした瞬間、ティファがドキッとしたことなどクラウドは知らない。

「本当に…ねぇ。私って幸せモノだよね」

 クスクス笑いながら呟いたティファの頬は微かに赤みが差している。


 *


「男なんてね、ちょっと気を許したら女を自分の所有物だって勘違いするし、浮気はするし、ロクなもんじゃないわ」


 綺麗な女だった。
 年齢は30代半ばほどではないだろうか?
 着ている服も小洒落た感じで嫌味がなく、タバコと酒の匂いが漂うセブンスヘブンの中でもほのかに甘く香る香水を身に纏っていた。
 綺麗に手入れされた爪は薄いピンクに輝いており、清潔感をかもし出していた。

 新顔のその女は、女性客の中では珍しく1人での来店だった。
 デンゼルとマリンが気を使ってこまめに声をかけていたのをティファはちゃんと見ていた。
 気配りの出来る子供たちを誇らしく思う気持ちで胸を膨らませる。
 女は1人気ままに酒と料理を楽しむのが趣味なのだ、とティファが料理を運んだときにふとした話の流れでそう言った。
 ティファが子供たちの接客する姿を見ていたことに気づいていたのだろう。
 子供たちを見ているティファの視線が『女1人で店に来るなんて変わっている』と言う風に曲解されたのかもしれない、と一瞬不安になったことは内緒だ。

 ティファの手料理をゆっくり咀嚼し、カクテルを口に運ぶその姿は女としての色香を漂わせていて、男性客が数名、チラチラと視線を投げていた。
 その気持ちが良く分かる、とティファは忙しく働きながら思ったものだ。

 その妙に惹きつけられる女が「男なんて〜…」と評したとき、軽く驚いた。
 目を丸くしたティファに女は酒でほんのり頬を染め、上目遣いで見つめてきた。

「あら、そうは思わないんだ」
「え、えぇ…そうですね。色んな人がいますから中にはそういう男性もおられるとは思います」

 無難な返答を選んだティファに、女はフッと笑ってまた一口、カクテルを運んだ。
 なんとなくその表情が翳ったように見えてティファは眉尻を少し下げた。

 こんなことを言うくらいだ、きっと男にイヤな思いを味わわされた経験があるのだろう。
 なら、これ以上話を続けるのは気分が悪いに違いない。
 話を切り上げるつもりでティファは新しい注文はないか女に聞いた。
 艶やかなウェーブを揺らして女は首を振ったものの、ふと思いなおしたようにティファを見た。

「やっぱりワインをもらえる?赤が良いわ」
「はい、かしこまりました」
「グラスは2つね」
「え…?」

 ニッコリ笑って少し戸惑うティファに女は「少しだけ私と付き合って」と言った。

 これまでにも店をしていると客からサービスをされそうになったことがある。
 しかし、ティファは断っていた。
 サービスしてくれる客が男性ばかりだったこともあるし、1度サービスを受けたりすると他の客からの申し出も断れなくなってしまう。
 飲みながら働くのはティファの主義に反する。
 まだ子供たちも頑張ってくれている時間帯だ。
 まだまだ仕事は続く。
 営業時間の途中からは1人で切り盛りしなくてはならないのでなるべくなら万全の体調を維持したい。

「申し訳ありません、いつもお断りしているんです」

 初めてサービスを受け取ろうか、とも一瞬だけ思ったが、傍では聞き耳を立てている常連客たちが数名だけとは言えいるのだ。
 ここで新顔の女客の気持ちを受け取ってしまうと、後々断ることが出来なくなるだろう。
 そうなると、今まで通りに平等な接客が難しくなる。

 心底申し訳なさそうな顔をして頭を下げたティファに、女は一瞬きょとんとした。
 そして、嫌味の全くない笑い声をコロコロとあげる。

「ごめんなさい、そんなに困らせるとは思わなかったわ」

 笑いながら、それでも乾杯の真似事には付き合って欲しい、ということで結局グラスは2つ用意することにした。
 ティファはホッとして眉尻を下げて微笑み、こっそり息を詰めて見守っていたデンゼルとマリンは愁眉を開いて仕事に戻ったのだった。


 チン…。


 女の向かいに腰を下ろし、グラスを合わせると小気味のよい軽い音が立つ。
 赤ワインの入ったグラスを一口、口に運んで女が言った。

「あら、美味しいわね」
「ありがとうございます」

 本当に美味しかったのだろう、女が軽く目を見張るようにして評した言葉にティファは微笑み返した。
 美女2人がグラスを合わせて酒をたしなむ。(ティファはウーロン茶)
 その姿に数名の客が陶然と見惚れながら、自分達のテーブルに招待しても良いものか逡巡している。
 その気配を察しながらもティファは目の前の女性にのみ視線を注いだ。

 改めて見つめると、彼女は本当に綺麗な人だった。
 セブンスヘブンの簡素な照明の光でもその美しさが翳ることがない。
 ただ…、どこか俗物的なものを感じさせることだけが残念だ…と思った。
 茶色の豊かな髪を背にたらし、深い翠の瞳、色白で透き通った肌、通った鼻筋…。

 星に還ってしまった親友にちょっぴり似通ったところがある女。

 だが、髪・目・肌の色が同じだけでエアリスに似ているとは言えるはずもない。
 エアリスと似たところを持つ女性、というだけの話し。
 しかしそれだけでもティファにとっては特別だ。
 ティファはエアリスと同じところをただの1つも持ちえていないのだから。
 髪も、目も、肌の色も違う。
 だから、目の前の女が先ほど俗物的な言葉を口にしたのがひどく残念に感じたのではあるが、ティファ自身はどうして残念に感じたのかその理由に気づいていない。

 エアリスは、明るい花のように笑いながらも、その人となりは『生きた聖女』だった。

 超人のような聖人ではなく、とても身近な存在として傍にいてくれて、ここと言うときに力強く凛と立ち、最後まで大きな愛を貫いた聖女。

 そんなエアリスを仲間は今でも愛している。
 ティファも勿論、心から愛しているがそれだけではなく唯一のライバルとして特別な存在だった。

 だから、エアリスはティファの中では沢山の顔を持つ。
 親友、旅の仲間、聖女、そして…ライバル。
 そんなエアリスに少しでも似たようなものを持つ女性を僅かに意識してしまうのは無理からぬことだ。
 そして、無意識にその女性とエアリスと比べてしまうのも…仕方ないことなのかもしれない。

「店長さんって恋人はいらっしゃるの?」
「え…?」

 亡き親友に思いを馳せていたティファは、唐突過ぎる質問にドキリとすると頬を染めた。
 周りのテーブル客から寄せられていた空気が一気に濃くなる。
 興味津々に聞き耳を立てていることを知りつつ、ティファの頭に浮かんだのはいつも遅くまで頑張って働いているクラウドの姿。
 家族のために頑張ってくれているクラウドという存在を否定出来る筈もない。
 はにかんだ笑みを浮かべて恥ずかしそうに小さく頷くと、途端に周りのテーブルから押し寄せていた濃い空気が脱力したようにたわんだ。

「まぁ、可愛らしい」

 ティファの様子に女はクスクス笑いながらまた一口、グラスを傾けた。
 そして、ほぉ…とアルコールの混じった呼気を吐き出すと頬杖をついた。
 微かに首を傾げたその姿はアルコールによってほんのり染まった頬は妖艶な美女を作り出している。

「彼のこと、とても愛してらっしゃるのね」
「え!?」
「彼のこと、大事にしておられるのね」

 女の言葉にカーッと顔が熱くなる。
 まさに顔から火が出るとはこのことだ。
 何か言えば良いのだろうが、恥ずかしすぎて言葉にならない。
 もしももう少しティファに余裕があれば、女がただ微笑んでいるだけではなく穏やかな口調の中に小さな棘を含ませていたことに気づいただろう。
 しかし、女が言ったことはどれもこれも本当ことだったせいで、ティファの思考から冷静さを奪ってしまっていた。

 言葉に詰まって真っ赤になり、目を伏せてしまったティファに女はコロコロと笑った。

「ふふ、羨ましいわ」

 顔が上げられなかったティファだったが、気配で女がグラスを口に運んだと分かった。
 コトリ…、とグラスがテーブルに置かれた音がする。
 そっと目を上げると、空になったグラスの縁(ふち)を人差し指でなぞっている女の微かな愁いを帯びた顔があった。

 思わずなにか言葉をかけなくては、と口を開いたが、丁度そのときデンゼルがおずおずと新たな注文が入ったことを告げにきた。
 席を立つことを謝罪するティファに女はゆったりとした仕草で首を振りながら空のグラスを持ち上げるとおかわりを頼んだ。

 カウンターへ戻る途中、「大丈夫だった?なにか変なこと聞かれたのか?」デンゼルが少し心配そうにそう囁いてきて、ティファは唇の両端を持ち上げて微笑むことで大丈夫であることを伝えた。
 視界の端にはデンゼルと同じ面持ちで心配そうに見つめてくるマリンが映っている。
 微笑むことで2人がホッと小さく安堵の息を吐き出して、ティファは唇の動きだけで『ありがとう』と告げた。

 良く見てくれている子供たちに心がホッコリする。

 弾む心で追加注文を作り、入れ替わり、立ち代りの客の相手をする。
 客からは料理や良く働くデンゼルとマリンを褒められたり、逆にティファも客の家族を褒めたり冗談を言ったり…。
 楽しい時間はあっという間に過ぎるものだ。

 店内の時計が22時を告げると、ティファはデンゼルとマリンの額に『おやすみのキス』を落として2階の子供部屋へ見送った。
 店内にいた客たちも子供たちの労をねぎらう。
 デンゼルとマリンはニッコリ笑って頭を下げると、
「おやすみ、ティファ」
「無理しないでね?」
 いつもと変わらない言葉を残して階段の奥へ消えていった。


「意外と…遅くまで子供たちを手伝わせてるのね…」


 ほろ酔い気分なのだろう、空いた皿を下げに来たティファに少し『もったりした』話し方で女がそう言った。
 思わず手が止まり、女を見る。
 女は微かに非難しているような目でティファを見上げていた。

 確かに、まだ小さい子供たちを22時まで手伝わせるのは常識外。
 子供たちの強い希望であり、何度も話し合った末に決まったこととは言え、未だに気にしているティファにとって、女の一言はとても痛かった。
 だがそれをなんと説明するべきだろう?

 子供たちが頑として譲らなかったから。
 まだ小さいとは言え2人とも自己をしっかりと持ち、店の手伝いに一種の存在理由を見出しているその意思を尊重しているから。

 …どれもこれも、遅くまで店を手伝わせている言い訳にしかならないことをティファは知っている。
 だから困ったように微笑んで、
「そうですよね」
 そう答えるだけで精一杯だった。
 そんなティファに助け舟を出したのは周りの客。

 デンゼルとマリンがいつもどれほど楽しそうに働いているか…とか、決まった時間よりも早めに仕事を『あがらそう』としたらどれだけイヤそうな顔をするか…とか、ペラペラとしゃべりまくってくれる。

 突然の話の乱入に女は一瞬、呆気に取られた顔をしたが、すぐに表情を取り繕った。

「ごめんなさい、何も知らないのに知ったようなことを言ってしまって」
「いいえ、とんでもないです。お客様の仰る通りですから」

 慌てて頭と手を振るティファに、女は微笑んだ。
 客もティファと女の様子にホッとしたのか、めいめい自分たちの話題や料理に戻っていく。
 数名の客は、これをきっかけに女に声をかけようとしていたようだったが、女のどことなく硬質になった雰囲気の前にあえなく退散してしまった。

 それからは、ティファも働き手が自分だけになってしまったこともあり、女と話しこむことが難しくなった。
 それでも、1人で飲みにきたというのにいっこうに早く帰ろうとしない女が気になって、なんだかんだと用事を見つけては傍にいくようにした。
 女もティファが暗い夜道を1人で帰ることになった自分のことを案じている気持ちが分かったのだろう、
「大丈夫よ」
「慣れてるわ」
「いざとなったら車を呼ぶから」
 と、柔らかい口調でティファの心配を流した。
 かと思うと、

「ところで、店長さんの恋人ってどんな人?」

 と、ティファの恋人(クラウド)がどういう人なのかを知りたがった。
 実は、内心クラウドのことを憎からず思っている女性なのでは?と懸念していたティファは、次々と質問されるうちに自分の見当違いだと思い至るようになった。
 クラウドを想っている女性(ひと)なら、きっとここまでティファの口からクラウドのことを聞き出そうとはしなかっただろう。
 それよりも、どうせティファと口を利くならさりげなく嫌味を含ませた言葉を口にしたり、あるいは恨めしげな眼差しを向けたりするはずだ。
 事実、今までにも数回、そういう女性客が訪れたことがある。
 中には、この女のように1人で来店した図太い神経の持ち主もいた。
 だが、この女はクラウドのことをまったく知らず、今夜店に来てティファを見て、純粋に恋人(クラウド)がどういう人間なのか興味を持ったようだった。
 だから…だろうか。
 クラウドのことをまったく知らない女相手に、ティファはいつもなら口にしないだろう惚気をいつの間にか語っていたらしい。
 女の近くのテーブル客が、やれやれ…と呆れ半分、やっかみ半分、そして嫉妬と羨望を更にない交ぜにして席を立った。


「そう、羨ましいわね、そんなに想える相手に出会えて」


 何度目かの質問に答えたとき、女がしみじみとそう言った。
 ティファはハタ…と止まると、自分が今口にした言葉を頭の中で反芻して思い出したように真っ赤になった。
 そんな初々しい反応を示すティファに、女は苦笑交じりの妖艶な笑みを浮かべた。

「ねぇ、でもどうしても私、分からないの」

 ティファは赤い頬のまま、キョトン女を見た。
 女は真っ直ぐティファを見つめて視線を逸らせず紅唇を開いた。

「『仕事で家を空けることが多い』、『他の大陸を走り回っている』、『帰宅出来たとしてもほとんどが夜』。こんな悪条件の仕事に就いている男をそこまで信じられるのは自分に自信があるのから?でも、アナタは今までの話の中でしきりに『自分には勿体無い』と言っていたわね、謙遜ではなく本気でそう思っているんだってことがよく伝わってきたわ。なら自分に自信があるわけじゃないわよね。それなのに、どうして彼は絶対に自分のところに帰ってくる、裏切っていない、と言い切れるの?」

 ティファは目を逸らさない女を、真っ直ぐに見つめた。

 どうして?

 その問いを投げかけられたことがティファにとって『目からうろこ』だった。
 そう、どうしてなのだろう?
 自分達の間には、一番傍にいて欲しいときに黙っていなくなってしまった過去がある。
 クラウドがどれだけそのことを悔いているのか、ティファはちゃんと知っていた。
 だから…だろうか?
 クラウドが過去の家出を悔いているから?
 2度と自分達家族を辛い目に合わせないと己に誓っていることを知っているから?
 デンゼルとマリンを愛してくれているから?
 自分(ティファ)を…愛してくれていると知っているから…?

 だけど、どうしてそれを知っていると思えるのだろう?
 ティファは自問した。
 それは、自分の『願望』ではないだろうか?
 クラウドなら、過去の失敗を2度と繰り返さないと自分に課すはずだ…と、思い込んでいないだろうか?
 子供たちや自分を愛してくれていると思い込んでいないだろうか?

 そこまで考えて、ティファは思わず微笑した。
 女が少し驚いた顔をしたのにちゃんと気づいたが、それでもティファは微笑まずにはいられなかった。
 なにしろ、あまりにもバカバカしい問いかけだったのだから。

「そうですね、言葉で言うことは難しいです」

 穏やかな口調で言葉を紡ぐ。
 女だけでなく、他の客も聞き入っていることを知っていたが、それでもかまわなかった。
 今、言いたかった。

「でも、一緒にいたら分かります。クラウドは自分自身を偽れるだけ器用じゃないんですよ」
 クスクス笑いながらそう言ったティファに、女の眉が怪訝そうに寄せられた。

(可哀相な人…)

 唐突にその思いがあふれ出す。
 人を信じたいと彼女は思っているはずだ。
 だから、クラウドのことを信じきっているティファが『信じられない』のに、『信じたい』からこそその『理由』を探ろうとしている。
 悲しくて…可哀相な人。
 だが、ただ悲しいだけではなくその中から這い上がろうとしている強い人だ。

「一緒にいたら分かります。クラウドは自分自身を騙せない正直な人なんです。だから、周りにいる私たちに対してもいつも真っ正直なんです。不器用で真っ直ぐで、そんなクラウドだから私は信じられるんですよ。そりゃ、失敗もします。『いつまでも子供でいないでよ』って思うことも正直ありました、ううん、今もあります…たまぁにね。でも、そんなものは本当にちっぽけな一瞬にすぎないんです。それ以上の大きなものが彼にはあるから、だから私はクラウドを信じられるし……一緒にいて幸せだって思えるんです」

 言い切ってティファは口を閉ざした。
 シン…と一瞬、沈黙が漂う。
 女は暫し呆然としていたが、スーッと息を吸い込んだ。
 気持ちを整理しようとしたのかもしれない。
 しかし、落ち着かせようとした女の目には今までにない苛立ちが浮かんでいた。


「なんで言い切れるの?」
「やっぱり…言葉には出来ません」
「店長さんのただの願望だとは思わないの?」
「そうかもしれませんね。でも…」
「そうは…思っていないのね」
「えぇ」
「どうして?」
「やっぱりそれも明確な言葉にするのは難しいです。でも…あえて言うなら、全部丸ごと、クラウド・ストライフという人を信じるしか私には選択の余地がないんです。それくらい、私は彼に愛されているっていつも感じてて……そして…」


 言葉を切って食い入るように見つめる女を見つめ返した。


「彼を愛していますから」


 *


「ティファ?」

 ハッと我に返ると目の前にクラウドが髪から滴(しずく)を垂らした状態で見つめていた。
 ビクッとして飛び上がる。
 これっぽっちもクラウドに気づかず、ほんの小一時間ほど前のやり取りを思い出していたことが恥ずかしくて恥ずかしくて、ティファは照れ隠しにクラウドが髪を乾かさずに降りてきたことを怒った。
 もっとも、真っ赤な顔をして気恥ずかしさをごまかしながら怒ったティファのお小言は、これっぽっちも怖くないし、むしろからかいたくて仕方なくなるものでしかないのだが彼女は気づかない。

「ところでティファ、今夜はどうしたんだ?なにか良いことあったんだろう?」
「な、なんでもないもん」
「ふ〜ん?」
「な、なによ…本当になんでもないんだから…」
「そうか?」
「そうよ」
「ふ〜ん?ところで」
「な、なに?」
「明日、久しぶりに早く帰れることになった」
「本当に!?」
「あぁ、早く…と言っても、店を手伝うのは無理そうなんだけどな」
「そんなことどうでも良いわよ!良かった、デンゼルとマリンも喜ぶわ!」
「ティファは喜んでくれないのか?」
「う、嬉しい……わよ?」
「そうか、良かった、てっきりティファは喜んでくれないのかと心配した」
「もう…意地悪……」
「悪かった、謝るから機嫌直してくれ」
「もう〜…」
(明日、店の常連客に今日何があったのか聞き出してみよう)

 照れて真っ赤になったティファを楽しそうに膝抱きしながらほくそ笑んだクラウドが、予定通りに常連客から一連の話を聞き出したのは翌日まだ店の営業時間がたっぷり残っている時だった。
 その話を耳にしたクラウドが感極まって絶句し、いつもは無表情な顔を真っ赤に染め上げた姿は店内を賑わせた。
 ちなみに一部の客からは嫉妬とやっかみのない混ざった野次があがったのはわざわざ語らぬとも分かることかもしれない。

 いつも以上に活気溢れることになったセブンスヘブンに、茶色の髪を豊かに波打たせた妙齢の女が昨夜よりもうんとスッキリした顔をして1人で訪れるまであと少し。



 あとがき

 おお…なんとか二部にしないで終わった〜!
 いや、ちょっとやばかった(^^;)
 この話は『all all all』のティファバージョンですね。
 いやもう、メロメロ砂吐き路線でゴーゴゴー♪って感じで書きたくて〜(笑)
 たまには、クラウドのことを信じていて、不安なんかカケラも感じていないティファもいいですよね☆(てか、むしろ願望)