missing -7-(終)
身体が憶えてる、ってこういうことを言うんだろうか。
その日最初のお客さんを迎え入れた時、私はそんなことを頭の片隅で感じていた。
お客さんを相手にする仕事なんて初めての体験なのに、顔は勝手に笑顔になるし、自分でも驚くようなはきはきとした声が出るし。
頭では忘れていても、きっと私の中の何かが、この時を待ってましたとばかりに呼び覚まされた、そんな感覚だった。
「やあ、ティファちゃん!」
「こんばんは」
「久々にティファちゃんの手料理にありつけるって聞いてよ、野郎ども引き連れて来たぜ。おう、おめえらも入れ」
その口振りから常連と分かるがっちりとした体格の男性客が店の外を振り返ると、仲間と思える男たちがぞろぞろと店内に入ってくる。
「ティファちゃん久し振り」
「相変わらず美人なのは変わりねえ」
「まったく、1ヶ月間寂しかったぜ」
口々に挨拶代わりの言葉を投げ掛けては、思い思いのテーブルへ陣取っていく。
「ティファ」
「・・・マリン?」
袖を引っ張る手に気付いてそちらを見ると、エプロン姿のマリンがそっと耳打ちしてきた。
「ここにいるのはみんな常連さんだよ。最初に来たのはデレクさん。いっつもお友達をたくさん連れてきてくれる人だよ」
「・・・うん、有難う、助かった」
軽く頭を撫でてやると、マリンはくすぐったそうに首を竦めながら笑う。
「あたし注文聞いてくるね。待っててティファ」
そう言ってマリンがテーブル席へ向かうのを見送りながら、私はやるせない気持ちになった。
マリンに気を遣わせてまで、私は何を取り繕おうとしてるんだろう。
奥の厨房を振り返ると、丁度こちらを見ていたデンゼルと目が合った。
デンゼルは慣れない手つきでおつまみの用意をしながら、私に向かって笑顔でガッツポーズなんかをしてみせる。
・・・言ってしまおう。常連さんにはちゃんと本当のことを伝えておかなければ、疲れた心身を休めに通ってくれる彼らを騙すような気がする。
心中でそう決意し、カウンターの陰でそっと拳を握り締めたその時。
「ティファちゃん」
「は・・・はい?」
メンバーの中心、デレクがカウンターの席に移動してきた。
どこかバレットを思わせる、そんな存在感のある男だ。
突然目の前に陣取った彼は、とっても穏やかな顔で声のトーンを抑えながら口を開く。
「店を開いたってことは、もう大丈夫ってことだと理解していいのか・・・?」
「・・・え」
低く抑えた彼の声なら、きっと背後の賑やかな仲間たちの耳には届いていないだろう。
「あ、あの・・・デレクさん。実は私・・・」
「ティファちゃん、俺たちは全部知ってるから、気にすることはないんだぜ」
それを聞いて私は出掛かっていた言葉を飲み込んでしまった。
「少し前にクラウドさんから聞いたんだ。ま、正確には無理矢理問い詰めて聞きだしたって言うべきか。クラウドさんは自分からぺらぺら言いふらす奴じゃないからな」
「・・・クラウドに?」
「道でばったり会ったときにな。ティファちゃんは元気そうだけど、店開けない理由って何だ?ってさ。言うまで俺が逃がさなかったんだよ。だって考えてもみろよ?俺たちの数少ない楽しみの一つなんだぜ、こうしてセブンスヘブンに来てティファちゃんの酒と料理にありついて、ティファちゃんの笑顔に癒される、こんな時間がさ。だから、クラウドさんを問い詰めたことは恨みっこなしだ」
戸惑う私の顔を覗き込みながら、彼は人の良さそうな笑顔を向けている。
「それで・・・?その、記憶の方は、どうなんだい?」
黙ってかぶりを振る私の肩を、彼がバンバンと叩いた。
「マイペースだぜ、ティファちゃん」
「・・・はい?」
「大丈夫!こうやって店を開く勇気があるんだから、怖いもんなしだろ?俺だったら、顔も名前も知らねえ常連客なんぞ相手にしたらそれこそビビッちまうよ。まったく強いよな、ティファちゃんは。俺たち全員、ティファちゃんの心意気には惚れ直したよ。なあ、お前ら?」
抑えていた声を急に元に戻した彼の声に、あちこちのテーブルから賛同の声が上がる。
私って、こんな素敵な人たちに囲まれていたんだ・・・。
私が作るお酒や料理が彼らにこんなにも喜びを与えていたなんて知らなかったから、それは勿論凄く嬉しい。
けれどそれ以上に、私の方が彼らから余るほどのエネルギーと、たくさんの温かい気持ちを貰っていたんじゃないかって、そう思える。
そんな彼らに対して、以前の私は感謝の気持ちを少しでも返せていたんだろうか?
今となっては分からないことだけれど、きっとこれから・・・たった今からでも、周りにいてくれる人達に感謝の念を忘れないで過ごしていきたい。
これはきっと、一度死んだ私に与えられた、生き直しのチャンス。
私がそんな風に感じることは、決して大袈裟なんかじゃないと思う・・・・・・
「じゃあ。デレクさんに褒めてもらったお礼に、ここにいる皆さんにお酒ご馳走しますね!」
「お?そりゃあいい。けどいいのか?」
デレクが少しだけ腰を浮かせて身を乗り出す。
「・・・クラウドさんには内緒なんじゃないのか?」
「え?・・・分かります?」
「やっぱり!だってティファちゃん、俺は言ってやったんだよ。俺たち常連がサポートしてやるから、ティファちゃんの好きなように店をやらせてやったらどうかってな。けどクラウドさんは何て言ったと思う?・・・「あんたたちのように気心の知れたやつばかりが客じゃないから、そのうち心無い客が悪意を持って余計なことをティファの耳に入れるかも知れない。何がキッカケで突然雪崩のように記憶が戻るかも分からない。そんな時に俺が傍にいられないのは心配でならないから」ってな。・・・気持ちは分かるから、俺はそれ以上何も言えなかったんだよ」
「彼がそんなことを・・・?」
「ティファちゃん、クラウドさんに愛されてるんだな。かーーっ、妬けるぜ、まったく!俺たちだってティファちゃんのことを愛してない日はないんだぜ?」
「・・・・・・デレクさん」
クラウドが私の知らないところでどんな想いを抱えていたのか、それが分かっただけで彼に申し訳ない気持ちになる。
それと同時に、目の前のデレクにからかうような本気のような言葉を投げ掛けられて思わず頬が熱くなった。
「そんなクラウドさんの目を盗んで店を開いちまったティファちゃんにはますます感心するばかりだよ。クラウドさんが帰ってきたときにどんな顔するか、それもある意味見ものだな?」
「きっと今の彼なら分かってくれると思うんです。だって、デレクさんたちのように温かいお客さんが応援してくれているんだから、彼の心配するようなことなんてないはずだもの。そう思いませんか?」
「そうそう!俺たちは温かい客か、そりゃ嬉しい!ティファちゃんの酒、喜んでご馳走になるとするか」
「はい!待っててくださいね」
夜も更けて客たちもすっかり出来上がってしまった頃。
新たに3人の客が連れ立って店のドアを開けた。
「いらっしゃいませ!空いているお席へどうぞ」
私の声に反応するように、マリンもいらっしゃいませ、と声を掛けた。
私の視線に気付いたのか、マリンがぱたぱたと寄ってきて小声になる。
「あの人たちは確か前に一度だけ来たお客さんだよ?名前も知らないんだけど」
「そう。分かったわ」
入ってくる客が常連かそうでないか、そのたびにマリンが情報源となっている。
頭の良いマリンだから、一度来ただけの客の顔もしっかりと憶えているらしくて、力強い助っ人だった。
注文を取ったマリンは、まず私にそれを伝え、そして厨房で悪戦苦闘しているデンゼルにも伝えに行く。
今来たばかりのお客さんについても同様にマリンが注文を取って私に伝えに来た。
それを受けて早速お酒の準備に入っているところへ、当の3人がカウンター席に移動してきた。
つまり、ずっと話し相手をしていたデレクの隣へ。
3人の中で一番痩せ型の男性が、真っ先に口を開いた。
「なあ、ティファちゃん。あんた、以前七番街スラムでも店やってたよなあ?」
「え?・・・あの・・・」
その日、初めてのことだった。
無くしている記憶についての話が出たのは。
以前のことは分からない。
まして、潰れてしまった七番街に店を開いていたなんて、彼にも子供たちにも、常連さんにも聞いたことはなかった。
「確か店の名前も同じだったよな?セブンスヘブンって」
「そうそう。あの時も繁盛してたよな?今も変わらずの人気なのは、やっぱりティファちゃんの美と人徳、これに尽きるよな?」
「これから俺たちも常連の仲間に加えてもらうつもりだよ。よろしくな、ティファちゃん」
「え、ええ・・・」
曖昧に返事をしてしまった。
常連さんが増えるのは嬉しいし、悪い人たちではなさそうに見える。
でも、私のいろいろな事情を知らないこの人たちは当たり前のように以前の話を持ち掛ける。
一度くらいしか来たことのないお客さんに、記憶がないなんていう個人的な話をするのも気が引けて、どうしたらいいか判断がつかないままぎこちない笑顔を作った。
「ティファちゃん、クラウドさんは今日何時ごろ戻るんだ?」
私の心中を察したのかどうか分からないけれど、デレクが話題を変えてきた。
掛け時計に目を遣ると、すでに10時をまわっていた。
最初に来たデレクたち常連は、未だにお酒を飲み料理を突っつきながら店の雰囲気を和やかなものにしている。
本人たちはどう思っているか分からないけれど、まるで開店初日の私を閉店まで無事にやり遂げられるよう見守ってくれている、そんな感じがする。
「遅くなるって言ってたからまだだと思うんだけど・・・」
「そうか。たまにはクラウドさんとじっくり飲みながら語り合いたいと思ってるんだけどな」
「本当に?じゃあ彼にそう伝えておきますね。彼もデレクさんとならきっと喜んでお相手すると思うし」
「頼んだよ、ティファちゃん」
「なあティファちゃん、実はさ、俺の従妹が七番街のプレート落下で犠牲になったんだ」
さっきの客が再び昔の話を持ち出した。
それも今度は幾分物騒な話になり掛けている。
「そう・・・なんですか?」
隣でデレクが溜息をついているのが聞こえた。
「俺はいつかこの手で犯人の首根っこを捕まえてやろうと思ってんだよ」
「・・・ええ」
「それで、ティファちゃんに聞きたいことがあって来たんだけどな」
「・・・私に、ですか?」
「支柱を崩壊させた犯人グループのアジトが以前のセブンスヘブンの近辺だったらしいって、風の便りに聞いたんだよな」
「・・・・・・」
「アバランチ・・・って言ったかな。ティファちゃんなら、ひょっとするとアジトの噂を聞いたことがあるかと思ってさ。酒場ならいろんな情報が入るだろう?」
グラスが2つ、私の手からするりと抜けて床に落ちた。
「ティファ!」
立ち尽くす私の元へ、グラスの割れる音を聞きつけたマリンが駆け寄った。
「あ・・・・・・だ、大丈夫だから・・・ごめんね」
頭の中で、散らばっていたパズルのピースが突如1つの絵を形作った・・・そんな感覚だった。
アバランチの名前は知っていた。
七番街のプレートを落下させた犯人グループらしいってことも。
ニュースになったくらいだから、そういう世間一般の出来事は私も憶えている。
そして、今日初めて聞いた、私が以前にも七番街でセブンスヘブンを営んでいたこと。
その2つが・・・・・・アジトという言葉で瞬時に繋がった。
そうだ。
私は知っていた。
知っていただけでなく、アバランチの一員だった。
セブンスヘブンの地下で作戦会議を開いていたのは、私たちアバランチだった。
バレット、ビッグス、ウェッジ、ジェシー、・・・そうだ、クラウドもメンバーだった・・・。
私が誘ったんだ。
幼馴染の頼みも聞かないで行っちゃうのか・・・って、そう、最初の仕事の後もずっと手伝ってもらってた。
壱番魔晄炉も、伍番魔晄炉も、爆破したのは私たちだった。
でも七番街の時は違う。
そうじゃなくて・・・・・・でもそんなことは大差ないかも知れない。
汚いことをやってきたのは事実だもの。
私たちは個人的な恨みを晴らすために大義名分を掲げて罪のない人たちを犠牲にした。
個人的な恨み・・・・・・私の恨みって、一体何だったんだろう。
混乱する気持ちのまま、私はしゃがみこんで割れたグラスの破片を手に取る。
震える手で掴んだ破片は、当然のごとく私の掌に深々と刺さった。
「痛っ・・・」
慌てて破片を取り除いた傷口から溢れ出す、真っ赤な鮮血。
「・・・・・・!!」
座り込んだまま、動けなくなった。
どくどくと流れるその赤い血は、眠っていた記憶の欠片を揺り動かし、やがて目を覚ました欠片どうしが寄り集まって忌まわしい記憶を形成した。
それは、故郷にかつて流れたおびただしいほどの血。
銀色の悪魔の凶刃によって流された、村の人々の血。
親しい友の血。
お隣の幼馴染のお母さんの血。
大好きなパパの血。
そして悪魔を追った私自身の血。
そうだ・・・あの悪魔と、悪魔を村へ寄越した神羅が、そしてソルジャーが、私は憎くて堪らなかったんだ。
その悪魔が貫いたのは・・・・・・そう。
エアリス。
いつも私を元気付けてくれた、お姉さんのような彼女。
エアリスを失った時もクラウドがいた。
エアリスを送った彼が自分を見失い。
行方が分からなくなった彼を探し求めて。
再会した彼は、私のことも、自分のことも、何もかも分からなくなっていた。
そして・・・クラウドと一緒に、ライフストリームに落ちたんだ。
辺りは闇に包まれて、私は一人ぼっちで・・・
・・・思い出せない。
貴方がどこにもいない。
知らない人の話し声が私の中に入り込んでくる。
苦しいよ。
溺れそうだよ。
傍にいてよ。
私の手をぎゅっと握っていて。
大丈夫だよ、ティファ・・・そう言って、笑ってよ。
クラウド・・・・・・
それは、虫の知らせだったのかもしれない。
配達をすべて終えて帰路に着いていた俺は、妙な胸騒ぎを覚えた。
早鐘のような鼓動を感じながら、その理由も分からないままフェンリルのスピードを限界まで上げる。
店内から灯りが煌々と漏れているのを目にしたとき、俺の眉根は無意識に寄ってしまった。
客が騒いでいる声がする。
第一、店を開けることなんて彼女から何も聞いていなかった。
取る物も取り敢えずフェンリルを停め、急いた気持ちで店の扉を開けた。
「クラウドさん!良かったよ、あんたが帰ってきてくれて!」
「・・・え?」
飛び込んだ俺に真っ先に声を掛けてきたのは、常連ではないらしい痩せた男だった。
「すまない!俺が何か余計なことを言ったのかもしれないが、悪気はなかったんだ、許してくれ!」
その男は俺の目の前に駆け寄り、血相を変えて謝罪している。
事情が飲み込めない俺は、さっと周囲を見回した。
彼女の姿が見えない。
「クラウド!」
声の主を見遣ると、デンゼルがカウンターの中で同じく青白い顔をしてこちらを見ていた。
「ティファは?」
「こっちだよ、クラウド」
カウンターの中から幼い声がした。
「マリン?」
人垣をかき分けてカウンターの中に入った俺が目にしたのは、常連デレクとマリンに介抱されている、血の気をなくしたティファだった。
「・・・ティファ!」
デレクの脇に駆け寄って彼女の頬をピタピタと叩いた。
反応はなかった。
ただ、目を閉じて座り込み、握り締めた両手を胸に当てて、時折辛そうに顔を歪めている。
「・・・怪我したのか?」
「ああ、割れたグラスを拾おうとして手をかなり深く切ったんだ。応急処置はしておいたが、それよりも・・・彼女、ひどく混乱してるらしいな」
「混乱?」
彼女の右手には、おそらくデレクのものと思われるハンカチがきつく巻かれていた。
しかしそれにも血が染み出し、床にも血を拭き取った後が残っている。
「そこにいるやつが、ほら・・・七番街のプレート落下の件を言い出してから彼女の様子がおかしくなった」
目線を上げると、先ほど俺に謝罪してきた男が申し訳なさそうにこちらを窺っている。
恐れていたことが現実になった、そう直感できる状況だった。
「・・・悪いが、今日は帰ってもらえないか?後は俺たち家族でなんとかなる」
店の隅々まで聞こえるようにそう告げた俺の言葉に、周りを取り囲んでいた客たちが異論を挟むことはなかった。
また来るよ、お大事に・・・・・・口々にそう言ってばらばらと人垣は散っていった。
「・・・クラウドさんよ、俺たちにできることはないか?」
「・・・ああ。だが、傍にあんたがいてくれて助かったよ。礼を言う」
「何言ってやがんだ。水臭えな、おい」
デレクはそう言って立ち上がり、俺の肩を叩いた。
「そうだ・・・店を黙って再開したこと、彼女なりに覚悟があってやったことだ。叱るなよ?」
「・・・分かってる。大丈夫だ」
「ならいいが。・・・じゃあ、俺も今日のところは帰ろう。いずれ彼女が元気になったとき、また来させてもらうよ。そのときはクラウドさん、俺の酒に付き合ってくれよな」
「ああ、憶えておく」
ごちそうさん、とデレクは店を後にした。
意識を手放していた彼女を寝室のベッドに横たえ、額の汗を拭ってやってから、丸イスを引き寄せて座った。
「・・・クラウド、ティファ大丈夫かな?」
デンゼルがティファの顔を不安そうに覗き込んでいる。
「ひょっとしたら、記憶が戻るかもしれないな。いや・・・すでに少しくらいは戻ってる可能性もある。動揺するだろうから、お前たちも支えてやってくれ」
「うん」
「デンゼル、・・・それにマリンも。目が覚めたら呼んでやるから、悪いが店の片付けをしててくれるか・・・?」
「分かった。絶対呼んでね?」
「ああ、すぐに呼ぶから」
頷いたマリンはデンゼルの腕を引っ張って階段を下りていった。
それから暫くの間、彼女が目を覚ますことはなかった。
一度マリンたちも様子を見に来たが、まだ目覚めないと知って子供部屋で待つことにしたようだ。
彼女は、時々うなされるような声を出しては俺の手を握り締めてくる。
プレート落下の話は、俺たちだけの問題ではなく世間を騒がせた事件だったから、彼女も知っているはずだった。
だがそれを耳にした途端にグラスを割るほどの動揺を見せたと言うなら、きっとそれ以上の“何か”を聞かされていたかも知れない。
何を知っても、何処まで思い出したとしても。
支えてやれるのは俺たち家族だ。
再び額の汗を拭ってやりながら、目覚めない彼女に声を掛けた。
・・・大丈夫だよ、ティファ。
俺がずっとついてる。
だから心配しないで戻っておいで。
その夜、すでに日付が変わろうとしていた。
「クラウド・・・」
か細い声を聞いたのは、俺が窓の外をぼんやりと眺めていたときだった。
「ティファ?」
慌てて彼女の顔を覗き込むと、彼女がうっすらと目を開けていた。
「ティファ、俺が分かるか・・・?」
「うん・・・クラウド、いてくれたんだ・・・良かった」
ふらつく身体を起こそうとする彼女を慌てて制止した。
「もう少し休んでいろ」
「ううん・・・大丈夫だから」
起き上がった彼女は、俺の顔を見つめた後、ふんわりと笑顔になった。
「・・・ティファ?」
「私・・・思い出したよ。今までのこと、全部思い出したの」
「・・・・・・」
笑顔でそんなことを告白されて、俺は言葉もなかった。
きっと動揺するに決まってる。
思い出したくない、葬り去りたい記憶が蘇ったら、きっと頭が混乱するだろう。
そう決め付けていた俺にとって、彼女の幸せそうな笑顔は意外としか言い表せなかった。
「クラウドが私の手を握って言ってくれたの・・・大丈夫だよ、ティファ・・・って。クラウドの姿が見えなくてずっと辛くて溺れそうだったときに、クラウドが手を差し伸べてくれたの。だから私・・・ここまで戻れたんだよ」
不意に、彼女の笑顔が歪んだ。
「ごめん、なさい・・・・・・忘れていたなんて・・・ごめんなさい」
「ティファ」
抱き締めた彼女の身体は、頼りないほど華奢に感じた。
謝ることなんて、何もない。
諦めかけていた俺たちの思い出を、君が取り戻してくれただけで、他には何もいらないよ。
それだけで、俺には奇跡と思えるから。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
繰り返し謝り続ける彼女を抱く腕に、思い切り力を込めた。
「謝るなよ・・・・・・謝らなくていいから。ティファの方が俺なんかより何十倍も辛かったはずだろ・・・?」
腕を緩めて彼女と額を付き合わせる。
頬を濡らした彼女は、互いの息がかかるほど近づいた俺の視線に対して真っ直ぐに見つめ返した。
「・・・好きだよ、ティファ」
「・・・クラウド、私だって・・・ううん、私の方がクラウドを好きな気持ちは強いはずよ」
「俺を甘く見てるな・・・?俺は物心ついたときからティファだけを見ていた。歴史の長さが違う」
「年数よりも気持ちの深さでしょ・・・?私なんか記憶がなくなってもすぐにクラウドを好きになったんだから・・・これって凄いことじゃない?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「俺たち何を競ってんだろうな・・・?」
思わず笑いが零れたのは、ほぼ同時だった。
ティファが目を覚ましたら、マリンとデンゼルを呼ぶって約束してあるんだ。あいつら子供部屋でずっと待ってるから。
うん・・・あの子たちにも謝らなくちゃ。酷く心配掛けちゃったから。
・・・ティファ。
なあに・・・?
あいつらを呼ぶ前に・・・・・・ティファの土産を受け取っとかないと、な?
お土産・・・?何の?
シエラさんのところに行ったら、土産を持ち帰るって言ったよな。
・・・・・・。
・・・・・・。
・・・知らない。
ティファ?
・・・憶えてないもの。
言い逃れは禁止。
だって!
だってもへったくれもなし。ほら、土産は?
酷いよ、クラウド。私、結局シエラさんのところには行かれなかったのに・・・。
そうだっけ?
・・・クラウド?!
俺を軽く睨み付けた彼女は、やっぱり誰よりも愛しくて、可愛くて。
頬を緩める俺に観念したように、彼女はおずおずと唇を寄せる。
触れ合った唇を貪るように求め、溢れ出す想いを注ぎ込んだ。
こんな日は。
地上のすべてのものに、感謝の気持ちを伝えたい。
腕の中に確かに彼女がいることを。
彼女が俺を想ってくれていることを。
そんな彼女を俺も愛し続けていけることを。
感謝せずにはいられない。
FIN
missing6へ
感想
どうですか、この素晴らしい作品は!?本当に、るしあ様の小説にはひたすら感動です(;;)
マナフィッシュの常軌を逸したリクエストに見事のお応え下さったるしあ様には、本当に頭が下がりっぱなしです。
ああ、いつかマナフィッシュも、こんな素敵な小説を書けるようになりたいものです(え?無理!?やっぱり? 汗)
るしあ様、本当に本当に有難うございました!!
そして、クラティに心から万歳!!