「お待たせ、リリー!」
「ラナ!」
雨の中、走ってくる親友に私は大きく手を振った。
My hero 6
「ごめんね、急に…」
肩で息をしながら謝る親友に、私は顔が綻ぶのを止められない。
「良いよ、そんな事!私も会えて嬉しいし!!」
「そう?本当にごめんね」
「良いんだってば〜!それよりも、折角傘差してるのにあんなに慌てて走って来るから、肩とかびしょ濡れだよ〜?」
何度も謝る親友に会うのは、実に一ヶ月ぶりだ。
そもそも、ラナがこんなに私に謝るのは昨夜のメールによる。
『明日、エッジの記念碑の前に19時集合!……出来るかな…?』
見た時はあんまりにもラナらしからぬ文面に、思わず送信者を確認しちゃった。
何でそんなに気弱なわけ?しかも、急な話しだし…。
ラナと会う時は大概日数に余裕を持たしてある。
私はどっちかというと行き当たりバッタリなんだけど(あ〜、自慢出来ないな…)、ラナは私の正反対で、とっても慎重派。
だから、こんな風に会う事は今まで無かったのよね。
というわけで、今の私はどうしようのない程興奮してるの!
だって、絶対に何かあったのよ!そうでなきゃ、突然『集合!』メールなんてするはずないもん!!
ウフフフフ〜。一体何があるのかしら!!
「ねぇねぇ、ところで今日は何があるの?」
ラナの息が整うのを逸る気持ちを抑えて待ってから漸く質問をする。
「うん、今日はラナに私の友人を紹介したくてね」
「友人…?」
あらら、何だか意外。
まさかこんな話の展開になるとは思わなかったわ!
ラナの友人って誰?
WROの隊員さん?それとももしかして……。
友人とは名ばかりで……彼氏!?
キャーーー、どうしましょ!?
ラナにとうとう彼氏!?
そ、そりゃそうよね。だってこんなに美人なんだもの…、彼氏の一人や二人や三人や四人…!!
いなきゃおかしいわよね!?
ああ、でもでも!
ラナは私のなの〜〜!
「リリー…?どうしたの……?」
「……え!?な、なんでもないよ、うん!」
「……そう?」
「そう!」
い、いけない!
すっかり動揺しちゃって変な子になっちゃった…。
ああ、ラナの怪訝そうな顔…!
お願いだから、そんな顔して私を見ないで…。
「と、ところで、何で急に?」
「あ、うん。その友人なんだけど、ずっと遠くに住んでてね。この前エッジの近くに越して来たの。だから、親友のリリーには是非紹介しておきたくて…、っていうか、きっとリリー以外には紹介出来ないと思うのよね…」
「???」
何だか歯切れの悪い言い方をするラナに、首を傾げる。
昨日のメールと言い、今日のラナと言い、何だかいつものラナじゃない…。
それに、何で『私以外には紹介出来ない』わけ?
って言う事は、やっぱり『友人』なだけで、『彼氏』じゃないのかな…?
「ま、会ってからのお楽しみって事で、そろそろ行こっか!」
「うん!…っていうか、どこに?」
そう言えばどこで夕食を食べるか決めてなかったな。
ここでラナは、漸くいつもの彼女の顔になった。
皮肉っぽく、それでいて悪戯っぽく笑って私を見る。
「セブンスヘブン!」
久しぶりにセブンスヘブンのドアの前に立ち、私はウキウキと弾む心を持て余していた。
「ああ、本当に久しぶり!」
「……この前は…酔っ払っちゃってごめんね…」
「あ…、良いよ、気にしないで!」
どこか恥ずかしそうに謝るラナに、この前四人で飲みに来た時の事を思い出した。
ラナがティファさんに勧められて、ウータイの地酒を飲んじゃったんだけど、もうびっくりするくらい酔っ払っちゃったんだよね。
……可愛かったな〜。
でも、『可愛かったからいつでもまた酔っ払って良いよ!』だなんて言ったら、怒るだろうなぁ。
ああ、でも本当にいつもの凛々しいラナからは想像出来ないくらい可愛かったなぁ…。
「ところで、お店に入らないの?」
店の入り口より少しずれた場所に立っていた私達は、当然店に入る為に並んでいるわけではない。
お店は、雨という事もありいつもよりも客足がないらしい。
でも、エッジの中でも人気店なんだし、早く並ぶに越した事は無いと思うんだけど…。
「あ、ごめん。もう少し待ってくれる?まだ着いて……あ、来た来た!」
ラナが街の一角を見つめて大きく手を振った。
「遅いじゃない!集合時間遅れてるわよ」
笑いながら軽く文句を言うラナの視線を追うと、そこには前回一緒に食事をしたラナのお兄さんと、従兄弟さん、そして……。
「や〜、ごめんごめん」
「中々姫の支度が終わらなくてさ〜」
プライアデスさんに手を引かれ、何だか今にも転んじゃいそうな危なっかしい足取りの、パッと見、可愛い女の人。
年は……私と同じか一つ下…くらいかな?
身長は、背の高いラナと平均な身長の私の丁度真ん中くらい。プライアデスさんよりも頭一つ分くらい低いかな?
茶色の髪はショートヘア、大きな瞳はクラウドさんと同じ紺碧の瞳…。
でも、その瞳は何だか虚ろでボーっとしてる。
とても可愛い顔立ちなのに…、何だかこう…、輝きが無い。
うん、何て言うのかな、お店のショーウィンドウに並んでるマネキンみたいだ。
ああああ!こんな事思ったりしたら物凄く失礼よね!?
ん〜……、でも、本当に何だか「生きてるぞ!」って感じがしない…。
「こんばんわ、お久しぶりです」
「よっ!元気してた〜?」
「遅くなってすみません」
軽い感じで片手を上げて笑いかけてくれるのは、ラナのお兄さんのグリートさん。その隣で女の人の手を繋いでニコニコと紫紺の瞳を細めているのはプライアデスさん。
「リリー、彼女が私の友人。アイリよ」
ラナがそう言って、女の人を紹介してくれた……んだけど、紹介されたアイリさんは、何の反応も見せずにボーっとしたまま。
何となく気後れしちゃって、私まで挨拶の一つ出来ずにボケッと突っ立っていた。
そんな私達にラナ達は困ったように顔を見合わせている。
「ラナ、リリーさんに説明してないの?」
プライアデスさんが戸惑いながらラナを見る。
ラナは、何とも言えずバツの悪そうな顔をして頷いた。
「お前…、バカだな」
「何よ!失礼ね!!
グリートさんにムッとしながらも、ラナは私に向き直った。
「あのね、アイリは魔晄中毒なのよ…」
魔晄中毒。
聞いた事はあるけど、実際にその病に侵されている人に会った事はなかった。
だから、その言葉にピンと来なくて首を傾げてしまったんだけど、その言葉の意味が脳に漸く浸透した時の衝撃って言ったら!!
もう叫び声上げちゃいそうだったわ!
叫ばなかった自分を褒めて欲しいくらいよ…本当に。
「あ、ああ、そうなんだ…」
「そう言うわけだから、気を悪くしないでね」
申し訳なさそうに彼女の代わりに謝罪するプライアデスさんに、何とか笑って見せたんだけど、きっとこれ以上は無いくらい引き攣ってたと思う。
「ま、ここで立ち話もなんだから、サッサと入ろうか!」
無造作に髪を掻き上げながらグリートさんが笑って見せた。
そういう無意識な動作一つ一つが、ラナと一緒でとても様になる。
ふわ〜、本当に美男美女の兄妹だな〜…。
世の中、不公平だよね〜…。
「リリー…?」
「う…?あ……ごめんごめん」
「ボケッとして、大丈夫?」
グレーの瞳が心配そうに覗き込む。
ああああ!また変な子になってたよ〜!!
「大丈夫、大丈夫!!」
「何々?俺に見惚れてた?」
「バカ言わないで!」
バシンと背中を叩かれるグリートさんに申し訳なくて心の中で手を合わせる。
『ごめんなさい…その通りです…』
「ホラホラ、漫才兄妹。その辺にして中に入ろうよ。アイリとリリーさんが風邪引いちゃうよ」
クスクス笑いながら、プライアデスさんがアイリさんの手を引いてお店のドアを開けた。
その途端、お店の活気がエッジの街に流れ出した。
「うわ〜、相変わらずだね〜」
「本当に!」
「いやいや、客が多くて何よりだな!」
店内は雨だというのにやっぱりお客さんで賑わっていた。
「ん〜、席は空いてるのかな…っと、こんばんわ、マリンちゃん」
「あー!こんばんわ!!」
パタパタと可愛らしい足音と共に、この店の看板娘のマリンちゃんが満面の笑みでやって来た。
「うわ〜!リリーお姉ちゃん、お久しぶりです!」
「うん!お久しぶり〜!」
ああ、相変わらず可愛い!
くりくりした大きな目、揺れるおさげ髪、本当に全部が可愛いんだから!!
久しぶりのマリンちゃんの笑顔に、心から和む私の前で、マリンちゃんが一際目を輝かせた。
「わ〜、アイリお姉ちゃんまで来てくれたの!?嬉しい!!」
え…!
アイリさんと知り合い!?
びっくり仰天する私に、更に驚く事が…。
マリンちゃんの声を聞きつけ、店の奥からデンゼル君が飛び出して来た。
両手は泡だらけのまま。
洗い物を途中で放り出したのね…。
「アイリ姉ちゃん、元気だった!?」
嬉しそうに笑いかけるデンゼル君とマリンちゃんに、アイリさんが何か反応する事もなく相変わらずぼんやりと突っ立ってるままだった。
それでも、マリンちゃんは嬉しそうに「こっちの席が空いてるから!」とアイリさんの手を引いて、私達を案内してくれた。
デンゼル君もアイリさんの手を握ろうとしたんだけど、その時になって自分の手が泡だらけだって気付いたらしく、慌てて手を洗いに店の奥に駆けて行っちゃった。
……何だか、ちょっぴり疎外感、感じちゃうな…。
って、本当に私って嫌な子ね…。
ダメダメ、こんなんじゃ!
私もアイリさんと仲良くなるんだもん、ラナが紹介してくれたんだから!!
席に案内されてそれぞれ腰を下ろした時、二階からティファさんが下りて来た。
店内に入ってすぐ、私達に気づいて満面の笑みを見せてくれた。
「あら!アイリさんじゃない!それにライ君に…リリーさんまで!?お久しぶりね〜!」
「お久しぶりです」
「やあ!ティファさん、相変わらずお美しい…イタッ!!」
「兄さん、本当に止めてよね、恥ずかしいでしょ!!」
「お前、段々突込みが激しくなってないか……?」
ラナとグリートさんが兄妹漫才してる中、アイリさんは変わらずボーっとしたままだった。
それでも、ティファさんはデンゼル君やマリンちゃんと同じで、そんな事に全く気にせず笑顔を向け、話しかけていた。
その姿は、何だか人形に話しかけてるみたいで、ちょっと変に見えてしまう。
だって、瞬きすらしないんだもの…アイリさん。
眉をしかめるとか、首を傾げるとか、口をパクパクさせるとかの反応があればまだ良いのに、全然そんな反応が無いんだもん…。
話しかけても無駄なんじゃないかって思っちゃうの……私だけなのかな……。
ちょっと気になってお店を見渡してみる。
隣のテーブルのお客さんが、ヒソヒソとこっちを見て話してるのが目に飛び込んできた。
その後ろのテーブルも…。
……私だけが変に思ってるわけじゃないんだね…。
でも……何だか……ムカつく……!!
何よ…、そんなにジロジロ変な目で見ないでよ!
アイリさんだって、好きで魔晄中毒になったんじゃないんだから!!
そこ、そこの人!!
なにヘラヘラ笑いながら見てるのよ!!
ぶっ飛ばすわよ!!
ラナ達が!!
「リリー、何にする?」
「……え?」
「だから、注文」
肩をユサユサ揺すられ、ハッと我に返った私を、心配そうなグレーの瞳と紫紺の瞳、それに茶色の瞳が見つめていた。
ああああ!これで今日、何回目なの!?変な子になるの!!
「ご、ごめんなさい…」
「…疲れてるの?」
「全然!!!」
心配そうに声をかけてくれたラナに、思いっきり首を振って見せる。
「ごめんね、本当に何でもないの!」
「そう…?」
「そう!!」
まだ何か言いたそうにするラナに、無理やり笑って見せるとメニューへ視線を落とす。
メニュー越しに、皆の視線が突き刺さるのは…気のせいじゃないんだろうなぁ…。
「じゃあ、このえびグラタンとかぼちゃのマッシュとレモンサワーにする」
「はい、少々お待ち下さいネ」
注文を取ったティファさんが、真っ直ぐに姿勢を正してカウンターへ戻って行った。
その後姿は本当に凛としていてカッコイイ!
もう、何で私の周りってこんなにカッコイイ人が多いのかしら。
「ハァ〜、本当に素敵だよな〜…」
グリートさんがうっとりした眼差しでティファさんを見送ってる。
そんなグリートさんに、ラナが冷たい一瞥を投げてるのがどうにも面白い。
「それにしても、三人ともお休み合わせるのって大変じゃなかったですか?」
私がそう話を振ると、ラナはたちまち笑顔になってくれた。
えへへ…、ラナのこういう反応って、何だか私だけ特別って感じがして嬉しいな!
「私達って、配属先が同じなのよね。だから結構調整するのが楽だったりするのよ」
「へぇ〜!」
「ま、今では結構な人数が各部署に配属されてるからな。割とシフトの調節しやすいみたいでさ〜」
おつまみの豆を口に放り込みながら、グリートさんが後を継ぐ。
「それに、最近まで任務についてたからね。休みが取りやすいんだ、今のところ」
アイリさんの隣でプライアデスさんが笑みを浮かべる。
アイリさんは、やっぱり相変わらず無表情だし、何見てるのか分からない顔をしてるんだけどね…。
あ、そうだ…。
肝心な質問忘れてた。
「ところで、どうしてアイリさんの事をティファさん達が知ってるんですか?」
「ああ、それはね…」
優しい眼差しをアイリさんに向けながら、プライアデスさんが口を開いた。
一体どんな物語を聞かせてくれるのか、ウズウズしてきたわ!!
私達の時間は、まだまだこれから…!!
あとがき
あらら…、またまた話が長くなっちゃいましたよ…!?
しかも、クラ出てこないし…(汗)。
こ、後編に続きます…!!

|