My Home(前編)




 配達業を生業としていると、その日の内に帰宅出来ない遠方への配達も受けなくてはならない時がある。
 当然、そんな時は家族との一日最後のふれあいは電話だけ。
 会いたくても会えない距離…。
 何とも言えない寂しさが胸に募る。

 クラウドと家族の心の絆が、そんじょそこらにある絆とは段違いなのは、彼らを知る人ならイヤという程分かりきっている。(思い知らされている…という言葉の方がしっくりくるかもしれない)
 しかし、他の大陸ではそれを知らない人が大半である。
 何しろ、クラウドは極力、日付が変わる事が分かっていたとしても、無理にフェンリルを走らせたり、船で夜中の間に我が家のある大陸に向けて発ってしまうからだ。
 その為、彼がその土地の宿屋に泊まる事は滅多にない。
 それこそ、船の最終便がもうなく、おまけに頼りのシドがどうしても飛空挺を出せない時以外は宿屋には泊まらない。
 クラウドは、宿屋特有の匂いが好きではなかった。
 大抵の宿屋には酒場がオマケで付いている。(勿論、オマケだなどと酒場で働く人に言えば、叩き出されるだろうが…)
 その酒場の匂いは…セブンスヘブンと比べると何とも言えず…不快でしかない。
 おまけに酒場に集まる人は、やはりあまりお近づきになりたいと思えないような人が多くて、クラウドはそうした性質の悪そうな連中と関わる事のないよう、宿屋で泊まる時は大抵、他の軽食屋で夕飯を食べてから寝る為だけに泊まるようにしていた。
 
 しかし、それも無理があるのだ。
 軽食屋の閉店時間は、そんなに遅くない。
 船の最終便がない頃には、大抵の軽食屋は閉まっている。
 ごく稀に、閉店間際の軽食屋に滑り込みが成功する事もある。(その時は決まってイヤそうな顔をされてしまうのだが、そこはいつもの無表情が大変役に立っている)
 そして、今夜はその幸運を掴み損ねたクラウドは、空腹を抱えたまま部屋に直行するか、もしくは我慢して酒場で何か食べるか…真剣に悩んでいた。
 しかし、結局空腹を抱えたままだと安眠出来ないという事実に気付きたくないのに気づいてしまい…、仕方なく喧騒に溢れている酒場へと足を向けることにした。


 そしてその事により、彼は……いや、彼に関わろうとした人々が、彼と家族の絆の強さ、深さを知らないが故にとんでもない目に合う事になってしまったり……するのだった…。


 酒場は、クラウドの想像以上に空気が悪かった。
 タバコと酒の匂いに加え、客達の体臭が店内に充満している。
 タバコと酒の匂いなら…まだ我慢できる。
 営業中のセブンスヘブンだってタバコと酒の匂いで満ちているのだから。

 しかし、客の体臭……。
 それは、セブンスヘブンに来る客達には持ち合わせていないものだった。
 何故なら、客達は女店主に非常に強い憧れを抱いており、小汚い格好なんかで来店出来るものか!!と、仕事帰りでも何とか汗を拭い、汚れた衣服は極力鞄の奥に突っ込み……作業服でそのままセブンスヘブンに直行する客は滅多にいなかったのだ。
 ほとんどの客が、私服で出勤し、仕事前に作業服に着替え、仕事が終わったら再び私服に着替えてセブンスヘブンを訪れていた。
 その小さな…しかし、とても大切な身だしなみに対する心遣いのお陰で、セブンスヘブンはそこらへんの居酒屋と比べると、客質が格段に良い。
 客質というのは、別に金持ちであるとかそうでないとかではなく、その客一人一人の質の事。
 つまり、クラウドが足を踏み入れたこのウータイ大陸の南にある小さな港町の酒場の客質の劣悪な事と言ったら…。

『ユフィのところにお邪魔させてもらえばよかった……』

 ウータイのお元気娘の所へ行く事を渋ったが為のこの結果に、クラウドは心の底から後悔した。

 今回の仕事は本当に大変だった。
 ロケット村近くにある山村に配達をし、そのままウータイ大陸に荷物を運んだ。
 ウータイにも配達物があったのだが、ユフィに見つかると仕事自体が遅れる可能性が大いにある。
 何しろ、お元気娘は『楽しい事』が最優先事項なのだ。
 自分の気持ちのまま、感情のまま、クラウドの仕事を邪魔して、阻止して、遅らせて……自分の屋敷に泊まらせるように図るだろう事は目に見えていた。
 その為、クラウドはウータイが見えてきた時点でフェンリルを停車させると、荷物を背負って歩いてウータイに入り、(その荷物がまた大きくて重かった…)汗だくになりながら、お元気娘に察知される前にウータイから脱出した。
 そこまでは良かったのだ…。
 しかし、災難はここからやって来た。

 停車していたフェンリルに戻ると、何とモンスターがフェンリルを横倒しにして、じゃれついているではないか!!
 大慌てでそのモンスターを退治すると、フェンリルの後輪がモンスターの牙によってパンクさせられていた。
 クラウドは天を仰いで己の不幸を呪った…。
 再び今度はフェンリルを押してウータイに舞い戻ると、ウータイに最近出来た各車種のメンテナンスを生業とする業者へ直行した。
 そこで運よくフェンリルのサイズに合うタイヤが見つかり、ホッと一安心したのも束の間…。
 業者の口にした値段に、クラウドは目を剥いた。
 とんでもない高値だったのだ…。
 これがエッジなら半額くらいの値段で購入出来ると言うのに、ウータイではまだまだこの手の業者が育っていない。
 その為、物品の仕入れもままならない状態なのだと言う。


 クラウドに、選択の余地はなかった…。


 思わぬ出費で一気に財布の軽くなった懐に、クラウドはもう心身共に疲れきってしまった…。
 こうなると、一刻も早く暖かな我が家に帰りたい。
 可愛い子供達と愛しい人の笑顔が見たい。
 この腕に抱きしめたい。

 そんなクラウドのささやかな願いは、あっさりと却下されてしまう……。
 何と、帰る為の船がないのだ。
 唖然とするクラウドに、周りにいた他の乗船予定の客達が怒りを露わにして、頭を下げる年配の男に、
「どうなってんだよ!」
「これに乗れないと、明日の会議に間に合わないじゃないか!」
「彼女との約束が〜〜!!」
 と、喚き散らしている。
 汗を拭き吹き、その年配の男(どうやら割と地位のある人のようだが)が説明するには…。

 船のエンジントラブル、更には沖合いの方で低気圧による大時化が現在進行中なのだそうだ。
 この両者が不幸にもダブルパンチとなり、クラウドはとうとう愛しい我が家に帰るのを断念した。

 さて、そうなるとしなくてはならない事がある。
 宿の確保だ。
 船が出港しないが為に他の大陸に渡れなくなった乗船予定者が沢山いる。
 下手をすると、今夜は野宿…という余り歓迎したくない状況に陥ってしまう。
 本当は、野宿はかつての旅のお陰でしなれているので、ここは大人しくたった一部屋であろうとも、乗船出来なかった人達に部屋を譲るべきなのだろう…。
 しかし…。
 今日のクラウドは、心身共に疲れていた。
 どうしても、今夜は野宿したくなかった。
 例え、野宿をした事の無い乗船客達が部屋を確保出来なくて、寒空の下、初野宿という可哀想な目に合おうとも!!
 修理したばかりのフェンリルのエンジンをふかし、クラウドは猛然と宿屋に向けて走り出した。


 そして、クラウドはめでたく部屋を確保出来たのである。
 受付で、必死になって一晩の宿を頼み込んでいる沢山の人達を見ると、流石に良心が痛んだが、その良心には目を瞑る事にしてクラウドは酒場に足を踏み入れたというわけだった。。



 酒場の店員…と言って良いのかどうか…。
 妙に露出度の高い真っ赤な服を着た女性が、メニューを差し出した。
 クラウドが無表情にそのメニューを受け取ると、彼女は必要以上に前に屈みこみ、
「お決まりになりましたら、是非お声をかけて下さいネ」
 と、耳元で囁くようにしてお決まりと思える台詞を口にし、色目たっぷりの視線をクラウドに向けてから漸く去って行った。
 その後姿は、妙に肉感的で…自分の身体に自信があるのが見え見えだ。
 しかも…明らかにクラウドを誘っているのだろう。
 メニューをクラウドが選んでいる時ですら、背中に彼女の視線がチクチクと突き刺さっている。

『勘弁してくれ…』

 クラウドは心の中で盛大な溜め息を吐いた。



 漸くクラウドが選んだメニューは、ジャーマンポテトと鶏のクリーム煮、クラブサンドと水だった。
 クラウドが酒を頼まなかった事に、例の真っ赤な服を着た女性は意外そうな顔をすると、
「ねぇ〜?ここのカクテルはとっても美味しいって評判なのよ?私が奢るから…試してみたら?」
 と、色気ムンムンで声をかけた。
「興味ない」
 そのいくつもの意味の誘いをたった一言、お決まりの台詞で一刀両断すると、クラウドはフイッ壁の方へと顔を向けてしまった。
 完全に自分を拒むその態度に、女性はあっという間に被っていた猫を脱ぎ捨てた。
 ギンッと睨みつけると、足音も荒くカウンターへ直行する。
 彼女とクラウドのやり取りを、周りにいた客達は無責任に囃し立てたが、クラウドはそれにも完全に無視を決め込んだ。
 相手にするだけ損と言うものだ。

 やがて、たっぷりと必要以上に時間が経ってから、漸くクラウドが注文した料理が運ばれてきた。
 運んだのは、先程の女ではなく、別の女性だった。
 しかし、この女性もまた、必要以上に露出度の高い服を着ており、先程の女性とは対照的な青い服を着こなしていた。
「は〜い、お待たせしました〜」
 妙に間延びのする口調でクラウドの前に料理を並べる。
 その品々を見て、クラウドが眉を顰めた。
「俺は酒は飲まない…と言ったのだが…」
 何故か、注文していないワインの入ったグラスがテーブルに並べられたのだ。
 女性は、ウィンクすると、
「これは、私からのサービスです〜。このお店に来てお酒飲まないだなんて…勿体無いですよ〜」
 と、語尾にハートマークを付けて色っぽくクラウドを見つめた。
 それに対しても、クラウドは、
「俺は今夜は飲まないと決めてるんだ。下げてくれ。」
 味も素っ気もなくその女性の全てを撥ねつけた。
 先程の赤い服の女性が、遠くのテーブルからフフン、と青い服の女性を小バカにしたように笑ったのが見える。
 どうやら、この青い服の女性と赤い服の女性は、非常に仲が悪く…所謂(いわゆる)商売敵、ライバル関係にあるようだ。
 自分に落とせなかったクラウドが、お前なんかに落とせるものか…と言わんばかりの表情をしている。
 しかし、この青い服の女性は赤い服の女性とは一味違った。
 彼女は、赤い服の女性が自分とクラウドを見ている事を知っているのだろう。
 余裕の笑みを浮かべると、クラウドにペコリと頭を下げたのだ。
「ごめんなさい…どうしても貴方に当店自慢の美味しいお酒を飲んで欲しかったものだか…」
 顔を上げた時には、うっすらと涙まで浮かべている。
 流石に、その表情にはクラウドも少々焦ってしまった。
 彼女がそういう演技をしているのは充分分かっている。
 クラウドが焦ったのは、周りから見たらどう考えても自分の方が悪者にしか見えないと言う事だ。
 と、言う事は…。

「おいおい、兄ちゃん!いくら何でもちっとやり過ぎじゃないのかい!?」
 こうなるのだ…。
 周りのいかにもお近づきになりたくない輩達が、良いところを見せようと、必要以上に張り切るのだ。
「え…良いんです〜。私が悪いんです〜。ですから、お客さんも、こちらのお客さんを責めないで下さい」
 ブリブリに作ったその彼女のキャラに、口を出した柄の悪い中年の男は、更に鼻息を荒くしてクラウドに詰め寄った。
「兄ちゃん、こんなに可愛い子がここまで言ってるんだぜ?それを、クールだか何だか知らないが、えらくカッコつけて澄ましてんじゃねぇよ!」
 そう言うなり、ワイングラスをテーブルから掻っ攫うようにしてクラウドの顔に持ってきた。
「ホラ、彼女の顔を潰すつもりか!?男らしく飲みやがれ!!」

 周りの客達の視線がクラウド達に集中する。
 どの顔も、面白そうな見ものだ…といやらしい笑みを浮かべており、真剣に案じている者は誰もいない。
 目の前の青い服の女性ですら……表面ではオロオロしているが、その目はどこまでも不誠実だった。
 クラウドは溜め息を吐いた。
 そして…。

「て、てめぇ、何しやがる!!」

 中年男の怒声が飛ぶ。
 クラウドに跳ね除けられた為、顔面にワインを浴びてしまったのだ。
「俺は今夜は飲むつもりはない…そう言ったはずだ。アンタも聞いてたんだろ?それを、見ず知らずのアンタに強要される謂れ(いわれ)はないね」
 さらりと冷たい台詞を口にしたクラウドに、もともと酒の入っていたその男は、顔を真っ赤にさせると怒りを露わにクラウドの胸元を掴みかかった。

 が…。

 店内がシーンとなる。
 あっさりとクラウドに投げ飛ばされた男が、床の上で完全に伸びている。
 クラウドとその男の体格差から考えて、圧倒的に男の方が優勢だと思っていた店内の客達と店員達は、自分達の予想を裏切る結果をもたらしたクラウドに、目を丸くした。
 そして、次の瞬間では拍手喝采が店内を埋め尽くした。
「よう、やるじゃんか兄ちゃん!」
「見直したぜ〜!」
「見かけによらず、強えじゃねえか!!」
 それまで冷笑を浮かべてクラウドを見ていた他の客達が、一斉にクラウドへの態度をコロッと変えた。
「ホラ、飲めよ〜、俺の奢りだ!」
「この料理、中々上手いんだぜ〜!」
 勝手に自分達のテーブルから酒や料理を持ち込んで、クラウドのテーブルにドンドン並べ、自分達の椅子を持って来る。
 クラウドと一緒に飲むつもり満々なようだ…。

「すっご〜い、本当に私、感激しちゃいました〜!」
 青い服の女性が、うっとりとした目でクラウドを見つめ、何を考えたのかクラウドの膝の上に突然横座りをしてきた。
 これにはクラウドはギョッとして目を剥いた。
「おい…!!」
 慌てて女性を押しのけようとするが、女性は尚もクラウドの首に両腕を巻きつけててこでも動こうとしない。
 それを見た客達が、
「よ〜、やるじゃんか〜!」
「イイネェ、よっ!色男!!」
「俺もあやかりたいねぇ!!」
 口笛を吹いたり、手を叩いたり、無責任に囃し立て、冷やかした。

 クラウドは、いくら相手が女性でも流石にこれは我慢出来ない。
 それに、この店にこれ以上、一秒でもいるのはごめんだった。

 首に巻きつかれた腕を乱暴にもぎ取りながら、急に立ち上がったクラウドのせいで、膝に乗っていた女性は甲高い声を上げて床に転がり落ちた。
 無責任にその状況を楽しんでいた客達も、唖然として再びシーンとなる。
 その静まり返った店内をクラウドは足音も荒くカウンターに向かうと、
「勘定」
 とマスターに向けて一言のみ発した。
 ヘラヘラ笑っていたマスターも、押し殺したクラウドの声音にビクッと身体を震わせ、
「あ、ああ、はい。ただいま…」
 大慌てで伝票を計算し始める。
 本当は一口も食べていないのだから、払う必要などないのかもしれないが、そうすると、何だかこの店に対して借りが出来た感じがしてしまうのだ。
 こんな店に借りなど冗談じゃない!
 マスターがオタオタしながら計算しているのを、イライラしながら待つクラウドに、我に返った客の一人が猛然と抗議の声を上げた。

「おい、女性に対して乱暴じゃないのか!」

 振り返ると、クラウドと同年代と思しき若者が、怒りの為なのか酒の為なのか判別しにくいが、赤い顔をして睨みつけていた。
 容姿は……触れないでやろう…。
 それがせめてもの情け心と言うものだ。

 黙っているクラウドに、彼は更に声を荒げた。
「おい!何とか言ったらどうなんだ!!」
「……アンタ、あの女に気があるのか?」
 面倒くさそうに言ったクラウドの一言は、予想以上に効果があった。
 あんぐりと口を開けて固まった彼に、クラウドは少々気の毒になってしまった。
 図星を突いてしまったらしい…しかも……彼の後ろでは他の客に助け起こされた例の女が、心底イヤそうな顔でその青年を見ていたのだ。
 その様子から、彼が彼女に対して毎日毎日、せっせとこの店に通いつめる姿をつい想像してしまう。
 そして、その都度邪険にあしらわれてしまう彼の哀れな姿が…イヤでも目に浮かぶ…。

 そんな哀れみに満ちたクラウドの真情を知るはずもない男は、漸く気を取り戻すと、
「ど、どど、どうでも良いだろう、そんな事!!アンタには関係ないはずだ!」
 と、何とかそれだけの台詞を口にした。
「ま、確かに俺にはどうでも良い話だ。俺は、その女に興味ない」
 あっさりと返したクラウドの台詞に、青い服の女がサッと顔色を変えた。
 自分の容姿に自信があったのに、それを頭から否定されたのだから、自尊心が傷つかないはずがない。
 それは、彼も同様だったようで、心底彼女に想いを寄せているらしい彼は、彼女が傷ついた顔をした事に対して、どうにかしてこの目の前の色男をギャフンと言わせたくなった。
 しかし、力では叶うはずもない。
 たった今、彼の強さを目の当たりにしたばかりなのだ。
 それに、彼の体型から考えると……どう贔屓目に見ても…戦闘に対する能力は………。
 やはり、それにも触れないでやろう…。
 あまりにも…哀れすぎる…。

 となれば、彼の出来る事は只一つ…。
 クラウドに恥をかかせること…。


「アンタ、あれだけの美人を興味がないだなんて言い捨てるって事は…、女性には興味がないって事なんだな!」

 この男の爆弾発言に、店内は何度目かの静寂に包まれた。




 あとがき

 すみません。どうしても長くなりました〜(汗)。
 後編に続きます。