胸を張って星に還ることが出来る人間はどれくらいいるだろう…?

 きっとその希少な人達は、自分の進むべき道を見据え、ひたすら我武者羅に生き切った人。


 己の命を全うした……そんな人。






My road 1







 ここ暫く続いていた雨がようやく上がり、本日は快晴だった。
 澄み渡った青空に太陽が輝いている。
 エッジの街を行く人々は、数日ぶりの太陽に目を細めながら、どこかウキウキとした足取りで歩いていた。

 だがまぁ…。

 そんな浮かれた気分の人ばかりでないのは当たり前なわけで…。
 浮かない顔をして青空の下を歩いている人達も当然いたりする。
 晴れ晴れとした顔をしていない人と、浮かれている人の割合は、2対8くらい。
 そして、その希少な2割の人間の中に、彼女はいた。


 ティファ・ロックハート。


 いつもの彼女を知っている人間がこの場にいたらさぞかし驚くだろう。
 彼女はいつも明るく、元気一杯。
 街の一角にセブンスヘブンという店を構えている。
 女だてらに切り盛りする腕は天下一品。
 ついでに言うと、彼女は思わず振り返って見てしまうほどの女性。
 文句なしの美女だ。

 ちょっときつそうな印象を受ける人もいるかもしれない意志の強い瞳は、何故か今日はくすんでいるように見える。
 どこか重苦しい足取りが、彼女を『物憂げな美女』と化しており、別の意味で人目を惹いていた。
 ついつい、若くて自分の容姿に割かし自信を持っている男性が、
『お!?なにやら落ち込んでいるらしい彼女を慰めたら、彼女のハートはこの俺に!?』
 と、勘違いしてしまいそうな雰囲気を醸し出している。
 まぁ、今のところ、そのような無鉄砲でアホな行動に出る若者はいないので、被害者はゼロ。
 そんなことなど露ほども知らず、ティファは鬱々とした気分をどうにも払拭出来ないまま、市場へと足を運んでいた。

 どうしても足りない食材があったのだ。
 今夜の営業を考えると、やはりないとちょっと困る。
 滅茶苦茶困る、と言うことは無いのだが、あるにこしたことはない。
 子供達……にお願いするのもちょっと気がひける。
 何しろ、ジャガイモ、たまねぎ、ニンジン、大根……といった代物なので、重いのだ。

「はぁ……なんでこんなに気持ちが沈むのかしら…」

 小さな声で思わず愚痴をこぼす。
 取り立ててイヤなことがあったわけではない。
 別にいつもと変わらない朝を向かえ、久しぶりのお日様にはしゃぐ子供達を見送って店を出ただけ。


 ―『今夜には帰れるから』―


 愛しい人からのモーニングコールもちゃんとあった。
 それなのに…。

「あ〜……なんでかなぁ……」
 はぁ…。

 溜め息が零れる。
 すぐ傍を歩いていた若い男性が、愁いを帯びた彼女の溜め息に思わず胸をときめかせた。
『もしかして、俺に気がある!?』
 青年がとっても悲しい勘違いをしたことなど、やはり気づかずにティファはそのまま市場の雑踏に足を踏み入れた。
 途端…。

「らっしゃい、らっしゃい!!」「安いよ、安いよ〜!!」

 一種の戦いとも言える市場に軒を連ねる商売人達の呼び声。
 いつもなら、心沸き立つような感情に浸ると言うのに…。

「あ〜………うるさい……」

 思わず零れ落ちた本音に自分でびっくりする。
 ギョッとして咄嗟に周囲へ視線を走らせるが、幸いにも市場の喧騒のお陰で誰にも今の失言を聞かれていなかったようだ。
 ホッと胸を撫で下ろし、さて…と顔を上げるが…。

「……あ〜……やっぱり……今日はダメ」

 クルリ。

 市場の喧騒に背を向けてティファは元来た道を戻り始めた。
 どうにも気分が乗らない。
 そんな子供のような理由で店を休むなど言語道断!と、思ったからこそこうして市場に買出しに出たのだが、やはり無理だ。
 どうにもこうにも、今夜は店を開く気分になれない。
 ティファは、ほとほと情けない自分の心に打ちひしがれながらも、どうしても市場に戻って食材選びをする気持ちになれなかった。

 こんな気持ちは初めてのことだ。
 今まで…、ミッドガルでもセブンスヘブンを営んでいたが、こんな『どうしようもない我がまま』を覚えたことは一度とてない。

『なんでかしら……』

 ゆっくりと己を振り返る。
 だが、本当に思い当たらない。
 クラウドが配達の仕事で帰宅出来ない日が続くのはいつものことだ。
 子供達が先を争うようにして嬉しそうにその日あったことを話して聞かせてくれるのもいつものことだ。
 ついでに言うと、久しぶりに良い天気になったので、溜まっていた洗濯物を全部干し終えたのだから、むしろ今日は昨日よりも良い日のはずだ。

 そ・れ・な・の・に!!

『あ〜〜〜…!なんで〜〜!?』

 モヤモヤモヤモヤ。
 イライライライラ。

 ティファは自分の頭を掻き毟りたくなるほど苛立った。
 胸の中がモヤモヤと重苦しい。
 通りを歩いているカップルや、楽しそうな親子連れ。
 これから誰かと落ち合うのだろうと思われる若い男女の幸せそうな顔。
 それらを見ていると、余計にイライラする。

『…私、いつの間にこんなにイヤな人間になったのかしら…』

 イラつく自分に苛立ってしまう。

 幸せそうな人が沢山いるということは、喜ばしいことではないか!
 そう、そのはずなのに…。

「はぁ…」

 また1つ、大きな溜め息を吐く。
 こんなに憂鬱になる原因。
 実は。


 分かっている。
 分かっているのだが、認めたくない、という深層心理の働きによって自分自身をごまかしていたが、実はもう充分過ぎるほどその『原因』を認識しており、そのために意固地になって『ワケが分からないけどイライラしているのだ』と思い込もうとしていたのだ。

 だが所詮、自分自身の心のこと。
 イヤでも気づいてしまうし、認めてしまう結果しか残されていない。
 認めるのが遅いか、早いかの違いだけ。

「………サイアク」

 ティファはとうとう観念した。
 悪あがきすることを断念した。
 そして、自分の中に沸き起こっている『不安』と『不満』を1つずつゆっくりと心の中で整理した。

 1つは、クラウドが非常にモテること。
 別にそれくらいはどうってことない…、というのは、第三者の意見。
 彼女に彼が惚れ抜いていることくらい、周知の事実。
 だが、これが当人になると話は変わってくる。
 いつも無愛想で無口なクラウドが、ティファや子供達にだけは違うことは分かっているのに、それでも時折届けられる彼へのラブレターやプレゼントにはホトホト参ってしまう。
 クラウドに恋焦がれ、そういったものを贈り付ける彼女をティファは責めない。
 むしろ、彼女達の気持ちが痛いくらいに分かってしまうので、切なくて苦しくなる。
 自分が彼女達の立場なら、一体どんなにか辛いだろう……と。
 だが、だからと言って彼女達の想いが叶うように自分が身を引くなどと言うことはぜ〜〜ったいに出来ない。
 出来ないから苦しい。
 苦しいからそんな自分が情けない。
 情けなく思う必要など無いことが分かってるから、そんなウジウジ悩んでいる自分にイライラする。

 負の螺旋。

 まさにそんな状態にはまりこんでいた。
 あぁ、生真面目すぎる性格ゆえの苦悩。
 彼女のその性格は大部分では美点であり、自分自身にかかってくる負担が不必要に大きくなる、という点では欠点になる。
 もっと、ライバル心を燃やしても良いはずなのに…。
 クラウド自身へ、想いを寄せる女性達をなんとかしてもらうよう愚痴を零しても良いはずだ。
 そもそも、クラウドとティファは一緒に住んでいるのだから、贈り物やラブレターを送りつけてくる彼女達こそを責めても良いだろうに、そのどれをもしない。

 だから、こんなところで1人、鬱々と悩まなくて良いことで悩んでいる。

 市場に来たのは足りない食材を手にするためだというのに、結局ティファは何も買わないでとぼとぼと帰路に着いた。



 だが、それがティファを『悪いことは続く…とはよく言ったものだ』とイヤというほど思い知らせることとなってしまう…。



 *


 重い足取りで帰宅したティファは当然手ぶらだ。
 そして、今の時間なら子供達は帰っていない。
 ティファの様子がおかしいことに当然気づき、案じているようだったが、しっかりしているとは言えやはり子供。
 友達と遊んでいるのに盛り上がっているのか、逆に案じていることがティファの負担にならないよう、気を回しすぎているのか、子供達はまだ帰宅していなかった。

 ティファを心配して帰宅しているかもしれない、というティファの心配は杞憂に終わった。

 それなのに、何故か子供達が帰っていないことにガッカリしてしまう。
 瞬時に、そんな弱い自分を心の中で叱咤し、ティファは気合を入れなおすべく両頬をパチンッ!と叩いた。
 小気味の良い音がシンと静まり返った店内に響く。
 ティファは、
「よしっ!」
 と、声を出して更に自分を鼓舞し、カウンターに向かった。
 どうせ、今日は開店出来ない。
 材料を買ってこなかったのだから。
 だから、いっそのこと、今夜は豪華にやろう。
 質素倹約がモットーのセブンスヘブンの住人達だが、ティファは今日くらいは…と思い切り奮発することにした。

 心のどこかで、『いったい何に対して『今日くらい』ってまるで『特別の日』みたいに言い訳してるんだろう…』

 と、情けなく思いながら…。


 *


 鬱々としたまま、料理を作るというのは時間が経つのが遅い。
 気が紛れるかと思ったが、逆に店内に1人しかいないため、頭の中はグルグルと負のスパイラルを描いたままだ。
 身体全体を動かすスポーツや、芸術活動ならば、余計なことは考えずに済んだだろう。
 だが、手のみを動かし、時折味見をする…といった、慣れた作業はますます頭を働かせる結果となってしまっていた。
 途中から、料理をやめたくなってしまうほどの憂鬱感。
 チラリ…と、時計を見ると、子供達が帰宅するまであと2時間くらいだろうか…?
 そしてクラウドが帰宅するまであと…。

 彼の帰宅するであろう時間を計算し、ティファの気分は落ち込んだ。

『……大丈夫……だよね…?』
『絆が壊れたり…しないよね?』
『私よりも素敵な人が現れたとしても…大丈夫…だよね?』
『私を…選んで……くれるよね…?クラウド……』

 ここまで弱気になるとは信じられない。
 思い切り大きな声で叫んだらすっきりするかもしれないが、とてもじゃないがご近所がギョッとするようなことは出来ないし、大声で叫ぶことすらなんだか面倒くさくて出来ない…。

「ハァ」

 ティファの口からまた、溜め息がこぼれた。
 いつの間にか、包丁の手が止まっている。
 中途半端な状態の野菜達がなんだか恨めしげにティファを見上げているように感じた。
 そんなことがあろうはずもないのに、今のティファはとにかくどん底の気分だった。

 ティファはしょげ返るような顔をして、のっそりとした足取りでカウンターを出た。
 そしてそのまま、力ない足取りでドアに向かう。
 早々にcloseの看板をつるし、家族以外誰も訪れる事が無いようにした。
 出来れば誰にも会いたくなかった。
 そう、本当に誰にも。
 家族にさえも。
 こんな汚い自分、愛しくてたまらない人達に見られたくなかった。

 それなのに…。


 チリンチリン。


 まだティファがカウンターに戻りきる前にドアベルが鳴った。
 子供たちが帰ってきたのだ、と振り返ったティファは鬱々した気持ちを悟られないよう、満面の笑みを浮かべた。
 そして、その笑みは振り返った途端、スーッと掻き消える。


「あの…どちら様?」


 入ってきたのはうら若い女性……達。
 そう、複数の女性が入ってきたのだ。
 表にcloseの看板を吊るしているにも関わらず。
 思わず不快な表情が表に出てしまう。
 それを見て、何故か女性達は『してやったり』という顔をした。
 勝利を誇る顔だ。

「今日、クラウドさん帰ってくるんでしょ〜?」
「だから私達、クラウドさんに会いたくて〜」
「ちょっと待たせて頂くわ〜」

 語尾が上がる口調。
 神経に障る言い方だ。
 ティファの表情が益々不快に、険しくなる…。

「申し訳ありませんが、今日は表に看板を吊るしてるように営業しないんです。ですからお引取り下さい」

 いつもなら絶対に言わない冷たい言葉。
 女性達は一瞬、意地の悪い笑みを浮かべたが、まるで示し合わせたように悲しげな顔をした。

「ひっどーい!」
「それが店長してる人の言葉!?」
「信じられな〜い!」
「人を傷つけるような人が店主だなんて〜」
「サイアク〜」

 サイアクなのはアンタ達よ!
 ティファは心の中で叫んだ。
 いつもなら、ここで慌てて取り繕うのだろう。
 だが…。

「今日は営業しないので、店主とか関係ありません。むしろ、店がまだ開いてないのに勝手に入ってくるなんて、不法侵入だわ。すぐに出てって」

 不快感を露に、真っ向から挑んだ。
 女性達はますますどこか勝ち誇ったような顔をした。

「いいのよ、だって私達はクラウドさんに用事があるんだもの」
「アナタに用事があるわけじゃないの」
「クラウドさんに依頼をしたいのよね」
「だから、私達はクラウドさんの『お客様』なわけ」
「だって、ここって別にアナタだけの店じゃなくて、クラウドさんの配達屋の事務所でもあるんでしょう?」

 ティファはグッと言葉に詰まった。
 確かに、この建物の中に彼の事務所がある。
 だが、それは2階の居住区にあるのだ。
 彼女達は絶対にそれを知っている。
 知ってて、ティファが逆上して、
『彼の事務所は2階です』
 と言うのを誘っているのだ。

 この女達を2階の居住区に…。
 クラウドとティファ、子供達の生活スペースに入れるなど論外!

 ティファはニヤニヤ笑う女達に、かつてないほどの憤りを感じた。
 人の足元を見て弱みに付け込む。
 ティファの大嫌いな人種。
 それに何より、この女達の目的はクラウドだ。
 配達の仕事があるなんて真っ赤なウソ。

 見え透いたウソに対し、何も言い返せず苛立っているティファを見て喜んでいる。

『なんて卑怯な!』

 ティファの煮えくり返りそうな胸の内を、女達は更に煽った。

「ねぇ、ちょっと私達はクラウドさんの客よ?」
「それなのに、お茶の一杯も出ないなんてねぇ〜?」
「本当にアナタ、クラウドさんの仕事の助手なわけ〜?」
「サイテー。私の方が彼のサポート、上手くやれるわ」
「あら、何言ってんの?ここにいるあたし達全員、こんな人よりもマシだわ〜」
「クラウドさんもお気の毒よね。たかが一緒に旅をして、戦った仲間だからってだけでこんな人と一緒にいなくちゃいけないなんて」
「クラウドさんの弱みでも握ってるの?」
「あ〜、なんかそんなことしそうよね、アナタなら。だって、『家族』って言葉で彼を縛ってるでしょ〜?」

 その言葉に、ティファは僅かにたじろいだ。
 確かに、クラウドや子供達にはことあるごとに、
『家族だから一緒に頑張ろうね?』
『家族なんだもん、1人で悩んでないで何でも話してよ』
『やっぱり…家族っていいわね』
 そう言っている。
 だが、その都度子供達は嬉しそうに笑顔を見せてくれて…。
 クラウドははにかんだように微笑んでくれた。

 でも…。
 もしもこの女達の言う通り、彼や子供たちを縛っていたとしたら?
 それは……とても最低なことじゃないだろうか…?

 だけど。
 それをこの目の前の女達に言われる筋合いなどない。

「あ〜、やっぱり図星〜?」
「サイテー。やっぱりほんっとうにサイテーね、ティファさんって〜」
「そんな言葉一つで彼を縛ってるなんて〜」
「でも、良かったじゃん、気がつけたんでしょう?彼に酷いことしてるって」
「だからさぁ、もう彼のこと、解放してあげて良いんじゃない?って言うか、解放して〜?」
「そうよねぇ。あんなに素敵な人がアナタみたいな地味な女、本気で『アイシテル』だなんて思ってたわけ?」
「うっわ〜、すっごい自惚れ」
「ちょっとは鏡見たら〜?」

 クスクスクスクス。
 蔑んだようにティファを見て…、その女達は哂った。



 とうとうティファは…。



 爆発した。