クラウドがフィアンセを得た最初の朝。 突然の来訪者がセブンスヘブンのドアをくぐった。 My road 3「シド!?」「シエラさん!?」 2人して目を丸くする。 シドは妻の肩を抱くようにしてセブンスヘブンのドアを素早くくぐると、 「よっ。助っ人登場だ」 「おはようございます。ティファさん、大丈夫ですか?」 それぞれらしい挨拶の言葉を発した。 ティファはクラウドを見た。 彼なら何か知っている…と思ったのだが、クラウドも驚いていることから、今回のハイウィンド夫妻の来訪はクラウドの計画に無いことだと分かった。 一方、そのクラウドはなにか思い当たったのだろう。 ピン、ときた表情を浮かべ、苦笑した。 「ユフィか」 「おうよ。その通り」 ティファは、そう言えばクラウドがユフィに子供達のことをユフィに頼んでいたことを思い出したが、どのような経緯でお願いしたのかを聞いていなかったことに気がついた。 それを察したのだろう、クラウドはシエラに頭を軽く下げて感謝の意を表すると、すぐにティファに向き直った。 「昨夜、例の如くユフィが突然やってきたんだ。『ティファの手料理が食べたい』とか言ってたな。俺も帰宅直後だったんだが、俺とユフィは丁度、店のドアのまん前で鉢合わせしたんだ。そこで、俺とユフィの声を聞きつけた人達がマリンから、ティファが警察に捕まった…と聞いた」 ティファの表情がかげる。 クラウドは申し訳なさそうな顔をしながら、 「ティファ、俺はティファの言葉を信じる。だから、これからもう一度、警察に一緒に」 「それはやめといた方が良いぜ」 話の腰を折られ、クラウドはビックリしてシドを見た。 シドとシエラは揃って真剣な顔をしている。 「ほら、これ見て下さい」 差し出されたのは、エッジ新聞の『号外版』。 その一面の見出しに、ティファの胃がまたもやギュッと締め付けられ、猛烈な吐き気を伴った。 口を押さえて慌てて洗面所に駆け出したティファをクラウドも慌てて追う。 シドとシエラはビックリして一瞬固まったが、すぐにその後を追った。 2階に続く階段の途中で、ティファが嘔吐している音が聞こえ、2人してギョッと立ち止まる。 そのままなんとも言えない表情でオロオロと二階を窺った 恐らく、自分達夫婦は嘔吐している場面を見ない方が良いだろう。 それにしても、ティファの精神にこれほどのダメージを与えるとは…。 「もう少し慎重になるべきでした…」 「いや、シエラのせいじゃねぇよ。遅かれ早かれ、ティファが知るのは時間の問題だ」 シドは落ち込むシエラをそっと抱き寄せた。 そうして、そうっと1階の店舗へと戻る。 階段は狭い。 2人して階段の途中で止まっているのに気づいたら、ティファはますます恐縮するだろう。 今、彼女が精神的負担にしてしまう可能性のあることは、出来る限り避けるべきだ。 ほどなくして、2階からクラウドが降りてきた。 「すまない…。ティファ、今朝からずっと調子が悪くて…」 「いや、気にすんな」 「そうですよ、それに、そのために私達は来たんですから」 明るい声でシド夫婦は励ました。 クラウドの予想通り、シド夫婦はユフィによって連絡を受けていた。 同時に、ユフィはリーブにも連絡をしているという。 ティファが不当に警察に捕まった可能性が高いため、すぐにでも釈放出来るように要請したのだ。 だが、残念ながらリーブは大切な会議の真っ最中だった。 WROという巨大組織の局長を務めている責任は重い。 いくら、仲間のピンチだからと言って、優先させるべきは星の人達の命だ。 リーブの立場を良く分かっているユフィは、とりあえず携帯の留守電にメッセージを残した…。 「ところで、どうやってティファの容疑を晴らしたんだ?」 シドがそこまで説明して首を傾げた。 クラウドは苦い顔をする。 「実は……、保釈金を支払った」 その一言に、シドは目をむき、シエラは「あぁ…やっぱりそうでしたか…」と呟いた。 シドは納得していない。 ティファが不当に掴まったと信じているのだ。 まだ、何がどうして逮捕されるようになったのか、クラウドからも説明を受けていないのに…。 何も話していないのに、全幅の信頼を寄せてくれる仲間をこれほどあり難いと思ったことがどれだけあるだろう? クラウドは頼もしい仲間に、心から感謝しつつ、ティファから聞いたばかりの真相を話して聞かせた。 聞いているうちに、シドには憤怒の表情、シエラには昨日押しかけてきた女達への軽蔑の表情が浮かんだ。 「サイッテーだな、その女共!!」 怒りに任せて声を荒げる。 シエラも隣で頷いた。 「彼女達の主張を覆す証拠があれば良いのですが…」 「なに言ってやがんでい!んなもん、俺達がティファの人となりを証言したら済むだろうが!」 妻に食って掛かるシドだったが、その妻にズイッと鼻先に突きつけられた『号外版』を前に、「う…」と言葉に詰まった。 「この記事、読んで下さい」 シエラに指を指され、クラウドとシドは新聞を覗き込んだ。 ―【英雄と言えど所詮『人間!?』】― ≪ ○○さんの証言によると、彼女は『セブンスヘブン』兼『ストライフデリバリーサービス』の事務所を訪れ、そこで『セブンスヘブン』の女店主であり、ジェノバ戦役の英雄、ティファ・ロックハートに不当な仕打ちを受けたとのことです。その証拠に、彼女はティファ・ロックハートとのやり取りを録音したMDを警察に提出しました≫ ≪ ……にも関わらず、警察はティファ・ロックハート容疑者を迎えに来たクラウド・ストライフ氏による保釈金にて、一時、帰宅を許したとのことで……≫ ≪ ……『ジェノバ戦役の英雄』という肩書きがあるだけで、一般人と同じように罪を免れようとするこの暴挙、思い上がりを今こそ正すべきでは……≫ 「……なんだ……これ……」 クラウドの声が怒りに震えている。 シドも怒りに目の前が真っ赤に染まる気持ちがしていた。 だが、2人とも、怒りに駆られて我を忘れるほど、愚かではなかった。 この記事は、明らかに『ジェノバ戦役の英雄』という肩書きを持つ自分達2人を取り上げて、面白おかしく書きたて、世間から注目を浴びることを目的としている。 ただ単に、世間の注目を集めるためだけの『八百長』ならば、無視するなり、それこそ『名誉毀損』で法的手段に出ても良い。 だが…。 「この『録音したMD』って…どういうことだ…」 クラウドが愕然とした声で呟いた。 そう、まさにこの『物的証拠』が問題なのだ。 昨夜、警察にティファを迎えに行った時、警察はティファを釈放することは出来ないと最初、突っぱねた。 その理由を問いただしたクラウドに対し、彼らはこう言っていなかったか…? ―『ティファさんにとって、非常に不利な証拠が挙がっているんです』― だから、ティファを家に戻すには保釈金を支払うしかなかった…。 すぐにクラウドが保釈金を払えたのは、ティファへプロポーズするため、ずっと前からコツコツ貯金していたのだ。 プロポーズした時に、流石にある程度の余裕がないと…と、彼なりに、一生懸命出来ることを考えた結果、貯まった大切なお金。 それを、クラウドは保釈金として全てつぎ込んだ。 大切な貯金を全てはたいたことを、後悔はしていない。 いや。 していなかった。 だが、この記事を見る限りでは、クラウドが保釈金をすぐに支払ったことが裏目に出てしまう。 クラウドとティファの人となりを全く知らない第三者がこの記事を見たらどう思う? 『すぐに大金である保釈金を支払えるほど、『ジェノバ戦役の英雄』は裕福なのだ』 『保釈金を支払ってとっとと釈放されるなんて…、反省の色が無いんじゃないのか?』 『英雄…って肩書きを持ってると、『自分達は特別なんだ』って思ってやがるんじゃないのか?』 『所詮、『英雄』と言えども、ただの欲にまみれた人間だな』 『けっ!何が『星のために生きる』だ。自分達の欲のために、体よく世間を騙してやがったんじゃないか』 『見損なったね』 『とんだ悪党だ』 「サイアクだな」 シドは今度こそ、純粋な怒りで頭が支配された。 今すぐにでもその女達のところへ自慢の槍を持ち、乗り込んでいきたい。 その気持ちはそっくりそのままクラウドも同じだ。 だが、クラウドはそれ以上に気にかかることがあった。 ティファの精神状態だ。 精神的にここまで追い詰められてしまったティファ。 とてもじゃないが、この店にはいられない。 だが、姿を眩ませたとしたら、世間はなんと言う? もっと酷いことを…、あること無いことを好き勝手に騒ぎ立てるだろう。 ならば、どうしたら一番良い? 暫し考え込み、クラウドは溜め息をついた。 そして、怒り狂うシドと、そんな夫を必死に宥めているシエラに、 「悪いけど…、ティファを頼む」 そう頭を下げた。 ハイウィンド夫妻はビックリして一瞬、怒りも焦りもすっ飛んだ。 頭を上げたクラウドの表情から、彼が何をするつもりか分かった。 1人で、被害者面している女性達のところへ直談判に乗り出すつもりだ。 「おい、1人でなんて行くなよ!?相手の思う壺かもしれないじゃねぇか!」 「そうですよ。どうやら女の人達はクラウドさんが目当てみたいじゃないですか。記事にもあるでしょう?『ストライフデリバリーサービスの事務所に来訪した』って」 シドは正直、そこの部分が怒りによってすっ飛んでいたので、自分の妻の冷静さに内心で舌を巻いた。 だが、理路整然と説明するシエラにクラウドは引かなかった。 「だから…。俺に用があるなら、俺だけが唯一この騒動を止めることが出来る」 「でも…」 「お願いします。ティファをその間見ていてもらえますか?昨夜からなにも食べてないのに、吐き気が酷い。俺は料理が出来ないから、胃に優しいものを作ってやって下さい」 シエラに頭を下げると、クラウドは裏口に向かって踵を返した。 シド達に向けた背中には、断固として自分の意志を貫く想いが立ち上っていて、2人はとてもじゃないがとめられない、とそう思った。 だが。 「お願い、クラウド、行かないで!!」 悲鳴のようなティファの声。 3人はギョッとして階段を見上げた。 踊り場でティファが真っ青な顔をしてフラフラと壁に寄りかかるようにして立っている。 その目はギラギラとしていて、正気とは思えない。 恐怖に雁字搦めになっている…瞳。 クラウドは二段飛ばしで階段を駆け上がり、すぐにティファの肩を抱き寄せた。 ふらつく身体を支えるようにして腕を回す。 「ティファ、大丈夫だ。悪いようには絶対にならないから。だから安心して待ってて欲しい。すぐに戻るから」 優しい声音。 こんなに優しい声をシエラは勿論、シドも初めて聞いた。 新鮮な驚きだったのだが、それはすぐにティファの取り乱した様子によって掻き消えた。 「お願い、お願いだから…!!」 縋るようにクラウドにしがみ付く。 クラウドは困惑した。 ここまで必死になって呼び止める理由が分からない。 いや、分かっている。 きっと、今、クラウドだけでもセブンスヘブンから一歩外に出たら、野次馬根性の人間たちに晒されるだろう。 それに、恐らくマスコミも…。 無粋な視線、好奇心に溢れた気配がセブンスヘブンを取り巻いている。 シド達が到着した頃には、既にマスコミの姿がチラチラ見え隠れしていた。 だからこそ、シドは急いで妻と共にドアを滑り込んだのだから…。 「ティファ、俺は大丈夫だ。人の目なんか気にしない」 なんとか宥めてベッドに戻そうとする。 だが、ティファは頑として譲らなかった。 「お願い…お願いだから、傍にいて…お願い!」 ポロポロと涙をこぼしながら必死になってクラウドに縋る。 シドは驚いた。 ここまで弱っているティファは初めてだ。 まるで、小さな子供が親に捨てられるかもしれないという恐怖に縛られているような…そんな弱々しい姿。 クラウドは途方に暮れ、シド夫妻を見た。 シドもシエラも、半分パニック状態なっているティファを前に困惑しきりだ。 結局。 クラウドは直談判に赴くのを諦めた。 勿論、ティファが落ち着いたらすぐにでも、ティファをここまで傷つけた女達のところに乗り込んでやるつもりだが、今はティファが心配だった。 自分から片時も離れようとしないティファが、悲しくて…、哀れで……そして、誰よりも愛おしい。 ウータイのお元気娘に預けている子供達よりも、申し訳ないがうんと愛しい。 傍にいると散々言い聞かせ、ようやく納得した頃のティファは、心身ともに疲労困憊な状態だった。 それに、またもや嘔気に襲われている。 真っ白な顔で、洗面所に蹲り、必死に耐えているティファの背中がいつもよりも小さく見えて、クラウドは胸が掻き毟られる気がした。 「ティファ…、シエラさんがおかゆを作ってくれたんだが…」 ひとしきり吐いた後、ベッドに抱かえてクラウドは寝室に戻った。 その時、シエラが粥の乗った盆を持って待っていた。 心からの感謝を込めて一礼し、とりあえずティファをベッドに横たえる。 そして、改めて感謝を伝えると、すぐにティファの元に戻った。 しかし、ティファは申し訳なさそうにゆっくりと首を横に振った。 「ごめんなさい…。今、何か口にしたら全部もどしちゃいそうなの……」 心底自分のことを情けないと思っているのが痛いくらいに伝わってくる。 クラウドは無理に勧めることはしなかった。 確かに、ひとしきり吐いた後では何も食べる気にはなれないだろう…。 だが、少しでも栄養をつけないと今度は身体が壊れてしまう…。 「ティファ、何んでも良いから、何か胃に入れられないか?」 ティファは憔悴し切った様子でベッドに身を横たえたまま、申し訳なさそうに目を伏せた。 「ごめんなさい…。一眠りしたら食べられると思う…」 「そうか…」 クラウドは歯がゆかった。 こんなにも苦しんでいるのに、自分には何も出来ない。 せめて自分が出来ることは…。 「ティファ、ゆっくり休め」 途端、ティファは目を恐怖で見開き、ガバッと跳ね起きた。 瞬間、貧血でベッドに逆戻りする。 素早く駆け寄ったクラウドによって、衝撃は少なかった。 「クラウド…あの……」 言葉を詰まらせて、言うべきか、言わないべきか迷っているティファが……悲しくて……愛おしい。 「大丈夫だ。ティファが眠って、目が覚めるまでどこにも行かないから」 「……ごめんね…」 またもや涙を溢れさせるティファに、クラウドは優しく額に口付けを贈った。 そうして、悪戯っぽく(ぎこちなかったが)笑みを浮かべると、 「こういう場合は『ありがとう』だろ?」 不器用に片目を瞑って見せた。 ティファは一粒の涙をこぼしながら、懸命に笑みを浮かべた。 「うん、そうだね。本当にありがとう、クラウド…」 そうして、ゆっくりと目を閉じた。 寝入る直前、 「愛してる……誰よりも……」 そう呟いたのを、クラウドの耳にちゃんと届いていた。 「俺も……愛してる……誰よりも……何よりも……」 既に寝入っていたはずなのに、ティファはまるでそれが聞こえたかのように、穏やかな微笑を浮かべて深い眠りに落ちていった。 |