いい気になるなよ。
 自分達がどれほどバカなマネをしたか…。
 自分達が決して敵に回してはいけない相手を敵にしたこと…。


 存分に味わえ。






My road 5







「…おう、じゃあ頼んだぜ」

 シドは満足そうに携帯を切った。
 シエラは朝食をクラウドの元に届けて降りてきたところだった。
 妻を振り返って満足そうな会心の笑みを向ける。

「なんとか午前中で片がつくってよ」
「まぁ、良かった!」

 シエラの満面の笑みにシドは頷いた。
 そして、不適に笑うと、
「あの大馬鹿野郎共に一泡も二泡も吹かせてやる」
「いつもなら、ほどほどに…って言うところしょうが、私もあなたと同じ意見だわ」
 シエラの言葉に少しだけ面食らったような顔をしたが、
「それでこそ俺のカミさんだ」
 嬉しそうに笑った。

 シドは笑った。
 シエラも笑った。

 その根本的に流れている感情は、自分達の大切な仲間が傷つけられた怒り。
 怒りの大きさは、仲間を思う気持ちに綺麗に比例している。

「さあて、どう出るかな」

 シドは不敵に笑った。


 *


「こちら、噂の渦中となっているセブンスヘブンの前です」
「中に人の気配はするのですが、シンと静まり返っています」
「女店長であるティファ・ロックハートと、その恋人クラウド・ストライフは既に中にいることが確認されています」
「更には、あの『ジェノバ戦役の英雄』の仲間が数名、既に駆けつけて中にいるという情報が寄せられています」

 TVを見て、クラウドは無表情の仮面の下で怒りと焦燥感を波立たせた。
 場所は1階の店舗だ。
 ティファは先ほど目を覚まし、シエラが作ってくれた軽い食事を口に運んでいるはずだ。
 クラウドはティファから離れる気はサラサラなかったのだが、ティファの強い要望で1階に追いやられていた。

 ―『お願い…。私の代わりにTVとかラジオで世情を確認してもらえる…?』―

 おずおずとお願いされたら、断れるはずがない。
 クラウドは了承した。
 かなり渋々だったが…。
 今のティファはかなり弱っている。
 少しのものでも口にしたら吐いてしまいそうだった。
 その時、自分が傍にいて介抱してやりたい…、そう思うのは無理からぬことだ。
 だが、ティファにしてみたら、自分の無様な姿をクラウドに晒したくないという想いが強いのだろう。
 クラウドの代わりにシエラが傍にいることを望んだ。
 そして、シエラはそれを快諾した。

 ゆえに、クラウドは今、1階にいるわけだ。

「なんかすごいことになってるな」
「……あぁ…」
「しかも、かなり正確だ」
「……あぁ…」
「どこで調べたんだろうな」
「……さぁな…」

 シドがどこか面白がる口調で言うのも神経を逆撫でされてしまう。
 彼がことさら、今の状況を打破するためにわざと軽口を叩いていると分かっているのに…だ。
 ティファが晒し者として世間の注目を集めていることが許せない。
 出来ることなら、今すぐにでも店を飛び出して、面白おかしく騒ぎ立てるマスコミや野次馬達をぶった切ってやりたい。

「クラウド、あと少し我慢しろ」

 ニヤッと笑いながらそう言ってきたシドに、クラウドは眉間にしわを寄せたままチラリ…と見た。
 なにやら考えがあるらしいが、シドはそれ以上語ろうとしない。
 クラウドは問いただしたい気持ちもあったが、それ以上に今回の騒動を巻き起こした女達への怒りと、何も出来ない無力感、憔悴しきったティファへの掻きたてられるような痛みと愛しさで頭が一杯だったため、結局シドを問いただすことはしなかった。
 心のどこかで、シドの思惑はすぐ教えてもらえる…という確信もあったからだろう…。


「あ!彼女達はもしかして、今回の被害者ではないでしょうか!?」


 シドとクラウドは、TVから響いてきたリポーターの甲高い声にハッと顔を向けた。
 TVは、余裕綽々の顔をした女性達を画面いっぱいに映している、
 クラウドの胸中が憤怒に燃えた。
 昨夜、警察にティファを迎えに行った情景が鮮明に甦る。
 小さくうな垂れているティファの姿。
 そのティファを嘲り、勝ち誇っている女達の光景…。

 思わず腰を浮かし、ドアを振り向く。
 シドも立ち上がったが、クラウドを加勢するためではなく静止するためだ。
 伸ばされた手を払いのけたその時、ドアが開いた。


「こんにちは」


 作られた笑顔。
 勝利を確信したむかつく笑み。
 クラウドは遠慮もなにもなく、女達を睨み付けた。
 女達が店内に入ってきた時にだけ、僅かに開いたドアの外にひしめくマスコミ達と、無遠慮にたかれたフラッシュの嵐もクラウドの意識にはない。
 あるのは女達への怒りだけ…。
 彼女達がこうしてマスコミひしめく中、セブンスヘブンに来た効果はもう分かっている。
 自分達の行動を世の中に広めるため…。
 世の中の人達の関心を自分達に集めるためだ。

 だが、その理由は?

 クラウドには分からなかった。
 自分を余裕綽々の顔で見てくる女達に吐き気がする。
 ティファが食べ物を受け付けなくて吐く気持ちが分かるようだ…。

「クラウドさんだけに〜、お話があるんですけど〜」

 あからさまなシドへの邪魔者扱い。
 当の本人以上にクラウドが立腹する。
 カッとなって一歩踏み出したが、シドが腕を掴んで止める。
 反射的にシドを睨んだが、シドは不敵な笑みを浮かべたまま女達を見ていた。
 その様子にクラウドも女達へ顔を戻す。
 女達はまだ余裕な笑顔を浮かべていた。

「じゃ、俺様は邪魔らしいから退散するわ」
「シド!?」

 意外過ぎる言葉に驚く。
 シドはニヤッと笑うと、クラウドの肩をポン…と叩いてあっさりと二階へ消えていった。
 去り間際、クラウドの耳元で、
『良いから絶対に短気起こすなよ?』
 と、囁いて…。

 クラウドもバカではない。
 シドが既に何かしらの行動に出ていることは分かっている。
 まだ自分に直接報告が入ったわけではないので分からないが、恐らく仲間達全員に何かしらのアクションを起こしているはずだ。
 だからこその『余裕』なんだろう…と理解している。
 だが、頭で理解出来ても心が理解出来ない。
 大切な人を平然と傷つけ、今また、こうして勝利者よろしく勝ち誇って目の前に立つこの女達。

 到底、冷静になどなれない。

 だが…。

「なんの用だ…」

 必死になって頑張れば、激怒した声を出さずに済むだけの忍耐力はある。
 そして、女達はそれを自分達の都合の良いように考えた。
 まさしく、『英雄達を完全に自分達の手の平で動かせる』という最大の勘違いを抱いたのだ。

「実は〜」
「クラウドさんに〜」
「示談を申し出ようかと思って〜」

 語尾を上げる話し方。
 吐き気がする。
 だが、その内容は驚愕するものだった。
 思わず、「はっ!?」と、間の抜けた顔を見せてしまう。
 女達は気味悪く身をくねらせた。

「きゃ〜〜、可愛い!」
「そんなクラウドさんも素敵〜!」
「もう、ほんっとうにクラウドさん、大好き〜!」

 どの言葉にも語尾にハートがついているのは気のせいではないだろう。
 当たり前だが、こんな輩に好かれてもクラウドは少しも嬉しくない…。

 だが…。

 示談…、と言ったのか、この女達は…!?
 そうなると、ティファへの告訴はなくなり、法で裁かれることなく穏便に…。

 精神的ストレスによって食べ物を受け付けないティファが脳裏に浮かぶ。
 真っ白い顔をして…、申し訳なさそうな顔をしながら吐くティファ…。
 吐く苦しみとクラウドや子供達への申し訳なさから涙を流すティファの姿…。
 もしも彼女達の言うとおり、示談になればもうティファは苦しまなくても良い…?

 一瞬。
 本当に一秒くらいの時間で、様々な考えが頭をよぎった。


 もしかしたら、この苦しみからティファを解放してやれるかもしれない。


 クラウドの目に迷いが生じたのを女達は正確に見て取った。
 勝利宣言をするように顎をそらせ、尊大な態度に出た。


「じゃあ、示談の条件を言うわ」


 クラウドにサッと緊張が走る。
 冷静に考えなくても、彼女達が『普通の示談』を持ちかけるわけがないと分かる。



「私達、『ジェノバ戦役の英雄』と謳われた『リーダー』の子供が欲しいの」



 一瞬…。
 クラウドは頭の中が真っ白になった。

 何を言った、この女達は…?

 ―『ジェノバ戦役の英雄』と謳われた『リーダー』の子供が欲しい』―

 そう言ったのか?

 驚愕に見開かれるクラウドに、女達は身をくねらせながらクスクスと笑った。
 異性が見たら『可愛い女』として移るよう計算された笑い方。
 だが、クラウドにはそんな女達がどの生き物よりもおぞましく感じられた。
 生理的に気味が悪い!
 そう感じた。
 女達はそれに気づかない。

「クラウドさんが〜、ティファさん以外と結婚する気がないのは〜、もう知ってます〜」
「だから〜、アタシ達〜、『それでもいっか〜』って思って〜」
「だってぇ、クラウドさんのこと、やっぱり大好きだし〜」
「英雄の子供を産めなくっても〜、抱いてもらえたらそれで満足だし〜」

 クラウドは真っ白になったままだった。
 何を言っているのか分からない。
 この女達がしゃべっているのは『宇宙人語』か!?
 何を言っているのかさっぱりだ。

『抱いてもらえたらそれで満足』

 抱く?
 誰が?
 俺が!?!?

 ティファ以外の女を…、おまけにティファを苦しめている女を抱く!?
 普通に考えても、そんな要求に応じるはずがないことくらい、いくらこの女達がバカでも分かるはずだ。
 それなのにこうして頬を赤く染め、テレた演技をする女達の神経が分からない。

「……狂ってる……」

 心底ゾッとしながら、クラウドは一歩、たじろいだ。
 女達は笑いを引っ込めない。
 満面の笑みでクラウドを熱く見つめる。

「そう、アタシ達〜、クラウドさんに狂ってるの〜」
「だって〜、クラウドさん、アタシ達のこと、全然見てくれないし〜」
「今までアタシ達を〜、ここまで眼中になかった男の人って初めてで〜」
「そうそ〜!だから、逆に燃えるって言うか〜」
「ぜ〜ったいにアタシのものにするんだ!って思ったって言うか〜」
「やん、ダメダメ、アナタだけじゃなくて、ここにいる皆がそう思ってるんだから、順番〜♪」

「クラウドさんも〜、少しは他の女を抱いた方が良いですよぉ?」
「そうそう、絶対にティファさんを満足させるテクニックが上達するし〜」
「アタシ達が沢山教えてあげます〜」


 何を言っている?

 クラウドは大混乱真っ只中に突き落とされていた。
 ティファ以外を抱く?
 ティファ以外の女に自分の子供を産ませる?
 ティファ以外の女を抱くことで…テクニック……って……!!!

「この……黙って聞いていれば……」

 怒りを押し殺した低い声。
 普通なら飛び上がって竦みあがるはずの声音。
 だが、女達は笑ったままだった。

「怒った顔も素敵〜」
「はぁ…もう痺れちゃう…」
「良いわ〜、もっと睨んで〜」

 うっとりとクラウドを見つめ、その視線に熱がこもっただけ。
 クラウドは怒りで頭の中が真っ赤に染まった。

 こんな最低な女によって、ティファが罠に嵌められた…!
 許せる?
 許せるはずなどない!!

 もうイヤというほど思い知った。
 この女達はティファをわざと煽って傷つけた。
 その原因は……他ならぬ自分。
 ティファを追い込み、クラウドが自分達を抱くように罠を仕掛けたのだ。
 マスコミを煽って…!!

 今、ここで女達を追い出したり、暴力を振るおうものなら、それこそドアの外でジリジリと様子を窺っているマスコミにかっこうのネタを提供することになる。
 それは、ティファを『英雄の仮面を被った悪女』と世間に広めてしまうことに直結していた。

 あぁ、だからだ。
 だから、彼女達はこんなにも自分の勝利を信じているのだ。
 クラウドが仮に断ったとしても、外にいるマスコミにあることないこと(と言うより、この場合はないことないこと)を言いふらすに違いない。

 クラウドはギリリ…と奥歯を噛み締めた。
 ティファ以外の女になんか興味ない。
 て言うか、昨夜プロポーズしたばっかり、婚約したての男に何を言うやら…。
 まぁ、この女達はそこまで知らないのは充分承知しているが…。

 そこまで考えて、クラウド中から怒りがスーッと消えた。

 そうだ。
 マスコミにいくら垂れ込まれても大丈夫。
 何しろ、ティファにはなんの後ろ暗いところはない。
 それに、ティファの言い分をマスコミが受け入れず、この女達の偽証を『証言』として受け入れてしまったならば、真っ向から戦ってやればいいだけのこと。
 法の裁きに屈するような結果とはならないはずだ。
 何しろ、こちらに『非』は全くないのだから。
 いや、もしかしたら卑怯な手を使われると、裁かれるのはティファとなるかもしれない。
 だが、だからなんだと?
 何度でも戦ってやるだけのことだ、ティファの身が潔白されるまで。

 自分達2人の結婚生活に影響は出るだろう。
 だが、そんなものは関係ない。

 ティファを妻とする。
 生涯、ティファだけを愛する。
 …星に還ったその後も。

 だったら、この女達の脅迫に屈する理由は何もない。
 ティファが世間の矢面になって辛い目に合うかもしれないし、その可能性は高い。
 そうなったら、自分が盾になれば良いだけのこと。

 だって、自分の生きる道はティファにプロポーズをする前からずっと…、家出から戻ったあの瞬間からずっと、ティファのために生きることこそが、自分の生きる道だと決めたのだから。

 そう、だから…。


「悪いが俺にはティファだけだ」

「それに、ティファを傷つける人間は誰一人、許さない」

「たとえ女だとしても、そんなの関係ない」

「だから、俺がアンタ達の要求を受け入れることは絶対にない」


 微笑すら浮かべたクラウドの拒絶。
 女達はクラウドが拒否することも当然予想していたのだろう。
 微笑まれ、胸が高鳴ったのは予想の範囲外だとしても、計画が狂ったわけではない。


「あら、拒否されるの?」
「だったら〜、外にいるマスコミの人達に〜」
「このMDの続きをお渡しするだけ〜」
「そうなったら、ティファさん、どこにも出歩けなくなるわ〜、それでも良いの〜?」


 クラウドは笑った。
 敵を前にして笑う、『闘争心に駆られた笑み』だ。


「受けて立とう。ティファの身は潔白だ。それを法的手段で証明してみせる」


 女達の勝ち誇った顔が、この時初めて崩れた…。