さて。

 どうしてくれようか…。

 シド・ハイウィンドは紫煙をくゆらせながら思案していた。






My road 4







 携帯が鳴る。
 自分達の置かれている状況が状況なだけに慌てて携帯をパカリ…と開けると、そこに表示されている名前にシドは片目を眇めた。


 コンコンコン。
 控えめに鳴らされたノックに、クラウドは、
「入ってくれ」

 ゆっくりとドアノブが回って、困惑顔のシドとシエラが現れた。
 何のことは無い。
 携帯の相手はクラウド・ストライフ。
 クラウドはベッドに腰掛けたまま、寝入っているティファの片手をしっかり握り締めていた。
 その手が、決して一方的に握られているのではないことに、シドとシエラは少しだけドギマギしつつも、ティファの追い詰められた精神状態に鈍いパンチを食らったような気になる。

「すまない…」
「いや、良いってことよ」

 いつものような会話だが、全て小声。
 ティファが目を覚まさないように…。

 シドは、「んで?」と、自分達を寝室に呼び寄せたクラウドに理由を訊ねる。
 クラウドは言うべきかどうか僅かに迷ったようだったが、1つ軽く溜め息を吐き出して決心を固めた。

「今回の騒動、どう思う?」
「そうさなぁ…」

 シドはボリボリと頭を掻きながら傍らの妻を見た。
 シエラは顎に片手を添えて思案した。
 黙考は一瞬。

「クラウドさんが絡んだ嫉妬…という線はどうですか?」

 シドとクラウドの目が丸くなる。
 シエラは軽く肩を竦めた。

「勿論、動機はそんな簡単なものじゃないとは思いますが、主軸として…です」

 2人は聡明な科学者を見た。
 そしてチラリ…と目を合わせて、その流れで眠っているティファを見た。

 確かに…。
 今回の騒動を考えると、それが自然なのかもしれない。
 クラウドも実は気づいていた。
 ティファが真実の全てを語ったわけではないのではないか…と。
 ただ、それを問いただすにはあまりにティファは弱っていたので黙っていたのだ。

「俺絡みで……か……」
「クラウド、おめぇ、何か心当たりは無いのか?」
「ない」
「即答かよ」
「…思いつかないな…」

 天井を仰ぎながら呆れるシドに、クラウドは情けなさそうな表情を浮かべた。
 シエラが苦笑する。

「クラウドさんはご自分がおモテになる自覚がないですからね」

 クスッと笑みを含んだその言葉に、クラウドは何か言いたそうな顔をしたが、結局口を閉ざした。
 何を言っても負ける気がしたのだ、この仲間の妻には。
 シドも妻の発言に反論しない。
 シエラの言葉が真実を突いている、と認める以上に、彼自身も妻に対して頭が上がらないからだろう…。

「それにしても、このままってわけにはいきませんよね」
「そうなんだよなぁ…」
 はぁ…。

 シドは大きな溜め息を吐いて、ティファが寝ていることを思い出し、慌てて口をふさいだ。
 幸い、ティファは良く眠っている。

 クラウドはティファが目を覚まさないことを確認してから、改めて2人を寝室に招き入れた。
 鏡台の椅子を合わせて丁度二脚椅子があった。
 シドとシエラはそれぞれベッド脇に椅子を移動させて、腰を下ろした。

「なんだか…あの頃の旅を思い出すな」

 シドが懐かしそうに目を細めた。
「あぁ…そうだな」
 クラウドも目を細める。

 あの旅の頃は、こうして仲間が熱を出した傍で、見張りと今後の計画を立てるために小声で話をしたものだ。
 シエラは微笑を浮かべてそんな二人を見つめている。

「んで、俺様が思うに、ティファはどっかに移動させないのか?」

 シドのもっともな意見に、クラウドは首を振った。

「きっと、俺達がここから姿を消しても、このままだといずれは法の裁きを受けないといけない。それに応じるつもりは勿論ある。俺達に非はないからな。ただ…」

 言葉を切って、もう一度溜め息を吐く。

「その時、マスコミは面白おかしく騒ぎ立てるだろう。『裁きの日まで逃げた英雄』とかなんとかタイトルつけて」
「あ〜…そうだなぁ…」
「でも、このまま…というわけにはいかないんじゃないですか?ティファさん、精神的にかなり参っていますし…」

 妻の言葉にシドは頷きつつも、クラウドの意見も分かるゆえ、眉間に思い切りしわを寄せた。
 あちらを立てればこちらが立たず…。
 八方塞…とまではいかないが、どちらの道を選んでもティファには辛い。
 そして、『俺達』と表現したクラウド自身も。
 ティファ1人の問題ではない、とクラウドは受け止めているからこその表現。
 それにちゃんとシドとシエラは気づいていた。

 と…。

「あら…?」
「なんでい」

 シエラの目が一点に釘付けになって目を丸くしている。
 シドはその視線を追って…。

「あ……」

 同じく目を丸くした。
 2人の視線の先に気づいたクラウドは、ハッとすると、照れ臭そうにぎこちなく笑った。

「タイミングがタイミングだったんだが……」

 そっと繋いだ手を持ち上げる。
 ティファの薬指の指輪がキラリ…と、鈍い室内の光の中でも美しく煌いた。

 危うくシドは歓喜と祝いの言葉を大声で言いそうになり、勢い良く立ち上がったところで踏み止まった。
 椅子が派手な音を立てたが、隣に座っていた妻がサッと倒れそうになる椅子を支えて最小限で済んだ。
 見事な夫婦の連係プレー。

「よくやりやがったぜ、クラウド!」
「本当におめでとうございます、クラウドさん」

 最小限に抑えられた声音で祝辞を述べる2人に、クラウドはコホン…と小さく咳払いをしてから「ありがとう…」とぎこちなく返した。
 シドは満面の笑みの中で、涙が薄っすらと浮かんでいる。

 グシッ、と鼻を鳴らして、
「本当にこの野郎、いつまでも俺達に心配かけやがってよぉ!」
 へへ、と嬉しそうに笑った。

 思わぬ嬉しい出来事に、シドとシエラの表情がぐんと明るくなった。
 それに釣られてクラウドの気持ちもスーッと軽くなる。
 シドは椅子が鳴らないように立ち上がると、
「知らせないとな」
 と、携帯を耳に当てるジェスチャーをして、寝室を出て行った。

 1階に辿り着くまでに誰かに携帯が繋がったようで、今回のビッグニュースを興奮気味に伝えている声が聞こえてくる…。
 シエラは改めてクラウドに祝いの言葉を述べると、青年を真っ直ぐ見た。

「私、思うんですけどティファさんをお店から移動させることに抵抗があるなら、せめてお医者様をお呼びするのはどうでしょう?とにかく今は精神的に不安定ですし、そのせいで身体がショック状態にあります。脱水症とかが心配ですし…」
「……それは俺も考えたんですが…」

 クラウドはシエラの意見に対し、少し否定的だった。
 目だけでその理由を問う彼女に、青年はベッドで青白い顔をして寝入っているフィアンセを見つめた。

「医者がこの店に入った。それだけで、マスコミや近所の人達、エッジ新聞の号外を見た人間が、ティファをどう言うか…、それが心配なんです」

 言外に、これ以上ティファを晒し者にしたくない、という彼の気持ちが伝わってきて、シエラはそれ以上何も言えなかった。

 階下からは、シドの興奮した声が微かに聞こえてくる。
 クラウドとシエラはなんとなく顔を見合わせて苦笑した。

「それにしても、本当に今回はご迷惑を…」
「あら、それは言わないで。だって、貴方達は私の夫の大切な人だけではなく、この星の恩人。それに、私にとってもやっぱり大切な人達ですもの、困ったときはお互い様でしょう?」

 ニッコリ笑ってこともなげにそう言う彼女に、クラウドはほぉっ…と身体の力を抜いた。
 シエラの芯の強さを前にすると、とても頼もしく、変に肩肘張る必要がないのだ…と安心感をもらうことが出来る。
 流石は、シドの妻。
 彼に邪険にされながらも、彼を一筋に愛し、妻の座を手にした女性だ。
 生半可な気持ちで出来ることではない。

「じゃあ、私、キッチンをお借りします。ティファさんが目を覚ました時、何か胃に優しいスープでもお出し出来るようにしたいので」
「すいま……いや、ありがとう」

 シエラが片眉を上げて『すいませんを言うつもり?』という表情をしたため、慌てて言い直す。
 シエラはニッコリ笑った。

「じゃ、クラウドさんもあまり無理しないように…ね。下でクラウドさんの分の食事も作っておきますから、もしも彼女から離れて食べられないようならまたシドの携帯で教えて下さい。お持ちしますよ」
「本当に何から何までありがとう…」

 シエラは満足そうな顔をしてドアに向かい、出て行こうとした。
 それを止めたのはクラウド。
 慌てたように「あ、そう言えば」と声をかける。
 キョトンと振り返ったシエラに、クラウドは申し訳なさそうな顔をした。

「シエラさん達も何も食べてないでしょう?キッチンの中は自由に使って頂いて構わないので、申し訳ないがシドと一緒に朝食を食べて下さい。俺はその後で構いません」

 シエラは笑った。

「ふふ、ありがとう。そうさせてもらおうと勝手に思ってたわ。じゃ、遠慮なく」

 ドアの向こうに消える直前、クラウドを流し見ると、
「ちゃんとクラウドさんにお届けしてからシドと食事を頂きますね」
 クラウドの返事を待たずにドアを閉めた。

 閉められたドアを見つめ、クラウドは苦笑した。

『俺もシドも、妻には頭が上がらないな…』

 そうして、赤面する。
『妻』!
 そう、ティファは自分の『妻』なのだ、近い将来、正式に。

「………なんか、照れるな…」

 こんな状況だと言うのに、クラウドはティファの薬指に嵌った指輪を見て幸せを感じずにはいられなかった…。
 だが当然、この緊迫した状況がそんなささやかな幸せを簡単に許すはずはなかった。


 *


「シド…」
「……あぁ…」

 シエラはカウンターの中で朝食を作りながら、セブンスヘブンの周りにひしめいているマスコミの存在に眉を顰めた。
 今回のスキャンダルはマスコミにとって垂涎ものだ。
 だが、相手が相手なだけに、呼び鈴を鳴らしてまでインタビューすることが出来ないのだろう。
 恐らく、クラウドか…、自分達夫婦が外に出るのを今か今かとてぐすね引いて待ちわびているのだ…。

「くそっ。こんな状況じゃ、マジで医者とか呼べないじゃねぇか」
「そうですね…」

 2人は暗澹たる気持ちで顔を見合わせた。
 勿論、偽証をした女達に怒りは感じているし、露ほどもその気持ちは薄らいでいない。
 だが、どうにも気になる。
 どうやって『ティファの暴言』や『暴挙』を『MD』に録音したのだろう?
 普通に考えて、ティファが逆上するよう仕向けたに違いないのだが、もしもそうならその前後の部分もバッチリ録音されているはずだ。
 となると、女性達ばかりが『被害者面』出来るはずがない。
 むしろ、『英雄の神経を逆撫でした愚か者』として、世の人達に恥を晒すことになる…。

「……何か噛んでる…か…?」

 ボソリ、とシドは呟いた。
 独り言のそれは、しっかりとシエラにも届いていた。
 シエラは黙ってティファのためのスープの火加減を見ながら考えた。
 冷静に考えると、何故こんなにも早くマスコミに知れ渡ったのだろう…?
 しかも、証拠となるMDを警察に届け、一方的にティファが『悪人』となるようにマスコミを煽った。
 ティファ達は、夫であるシドも含め、星の人達の生きる希望となっている。
 そんな『英雄』を、『悪人』に仕立て上げたその手際の良さ。

 トントントン…と、小気味良く包丁を動かしながら、尚もシエラは考える。

 マスコミを動かすだけの巨大な力がある…と言うのだろうか?
 マスコミは『水もの』だ。
 自分達の不利益になるようなリスクは極力負わないようにしている。
 それが『垂涎ものの特大のネタ』なら、特に慎重になる。
 慎重に…且つ迅速に動くのがマスコミ。
 そのマスコミがこうも早く動いた。
 しかも、昨夜の事件を早朝の『号外版』で載せるほどのスピード。

『何故…?』

 シエラは考える。
 自分達がもしも誤報をしてしまったとした場合のリスクを考えなかったのだろうか…?
 相手は『ジェノバ戦役の英雄』なのだ。

 ―『あれは誤報でした。本当に申し訳ない』―

 では済まれされない相手。
 英雄達が許したとしても、世の人々が許さないだろう…。

 となると、録音したMDと言うのが非常に重要な鍵となる。
 実際、ティファからどういった状況で警察に連行されることになったのか、直接は聞いていない。
 ティファの話を聞いたクラウドから話を聞いたので、『又聞き』となっている。
 そこに見落としはないのだろうか…?

 シエラは刻んだたまねぎをフライパンに投入し、細切れ肉と炒めながら『う〜〜ん…』と唸っている夫に声をかけた。

「シド…」
「あん?」

 怪訝そうな顔でシドが肩越しに振り返る。
 椅子の背もたれに思い切り寄りかかって身を捩っているので、バランスを崩して後ろにこけてしまいそうだ。

「号外に載っていた『録音のMD』ですが、もしかしてマスコミ各社にも送られているんじゃないですか?」

 シエラの爆弾発言に、シドは文字通りひっくり返った。
 派手な音を立てて椅子ごと後ろに床に転がる。

「お、おいおいおい、何言って…」

 後頭部を摩りながら立ち上がったシドは、強い確信を抱いている妻の表情に言葉を飲み込んだ。
 こんな重大発言、よほどのことがない限り、シエラは軽々しく口にしない。

「警察が録音したMDを被害者から手に入れた、という発表だけでは、マスコミは恐らく動けないと思うんです。相手が『英雄』ですから」
「いや…だがよぉ…」
「それに、仮に警察が証拠となるMDを入手したという発表をしたとしても、録音されている内容まで事細かにマスコミに発表する段階ではないと思うんです」

 呆然と黙り込んだシドに、シエラは更に言葉をつむいだ。

「だって、昨夜の出来事なんですよ?まだまだ証拠不十分な状態だとティファさんやクラウドさんが抗議をしても文句が言えない状況だと普通は考えられると思います。MDの検証も完全には済んでいないでしょう。それなのに、ここまで克明に内容がマスコミに知られていると言うことは、マスコミ各社にMDが渡った、あるいはその内容が彼らの手元に『確かな筋』からもたらされたことに他ならないと思うんです」

 淡々と説明するシエラに、シドは完全に反論の言葉を失った。
 シエラは話をしながらも、フライパンに先に炒めておいたナスを再び投入し、調理の最終仕上げに入っている。
 その妻を見ながら、シドは段々と冷静な顔に戻ってきた。
 冷静な顔から不敵な笑みに取って代わるのに、時間はかからなかった。

「シエラ、お手柄だぜ!」

 嬉しそうな声を上げた夫に、シエラは微笑み、頷いた。

「では、さっさと腹ごしらえして反撃しましょう」

 そう言って、彼女は出来たての『肉味噌のナス炒め』『中華スープ』『グリーンサラダ』『白米』を食卓に並べた。