夜が明けて…。
 隣国のお姫様は目を覚まして戸惑いました。
 隣に眠っていたはずの王子様がいません。
 結婚した翌日だと言うのに…。
 お姫様は大きな不安を抱えて部屋を出ました。
 そして、王子様の姿を探しながら甲板に上がり…。


 血も凍るような悲鳴を上げました。


 悲鳴を聞きつけた兵士や姫の侍女たちが駆けつけると、そこには狂わんばかりに泣き叫んでいるお姫様と、お姫様に抱きしめられている王子様がいました。


 王子様の胸には短剣が深々と突き刺さっていて…。


 もう死んでいました…。






人魚姫の恋 17(完結)







(うわ〜…マズイ、マジ死ぬ…)

 ごぽごぽごぽごぽ。

 海に投げ出されたザックスは、必死になって海面に浮上しようとしたが、着ている服が水を吸い込んで重く張り付いていたことと、抱きかかえていたエアリスが苦しげに暴れていたことにより、あっという間に海底深く沈んでいってしまっていた。
 急速な水圧と真っ暗で何も見えない海の中という状況で、恐怖心よりも身体が意識を手放すことで精神を無意識に守ろうとする防衛本能が働いてしまったらしい。
 あっという間に身体から力が抜けていく。
 目を開け続けることも難しい。

 意識を手放す=死

 という簡単な構図が出来上がってしまうというのに、死ぬ瞬間くらいは苦しまないで安らかに…という本能だろうか?
 足掻こうとするも、その甘美なスイッチを切る術もないまま、ザックスはスーッと眠るように目を閉じた。

 どれくらい眠ってしまったのか…?
 一瞬?
 それとも数刻?

 柔らかな手が一生懸命顔を触ったり、身体を揺する感触。
 そして、必死になって呼びかけてくれる声……『たち』。

「ねぇ、起きて、お願いだから!」
「姉さま、いっそのことこの真珠貝で思い切り殴ってみたら起きるんじゃない?」
「ユフィ姉さま!そんなことしたら逆効果!」
「そうだよユフィ姫様、そんなことしちゃったら目を覚ますどころか永眠しちゃうじゃん…」
「うっさい!じゃあどうすんのさ!起きないじゃん!!」
「ん〜…この『なまこ』を口に入れてみる…とか?」
「デンゼル〜、そんなことしたら意識ないお兄ちゃんが窒息しちゃうよぉ!」
「う…そうかな…。美味しいもの食べたら目が覚めないか…?」
「「 ……デンゼル…… 」」

(…『なまこ』が美味しいって…、どんな渋好みのお子様だ…)

 そう、1人ではない声がずっとザックスにかけられていた。
 もっとも、1人以外の声は漫才をしているようにしか聞こえないのだが…。

 ん?
 漫才?

 ザックスはようやく意識の欠片を集め、その疑問にぶち当たることが出来た。
 なんでこんなところで漫才?
 しかも、漫才をしていない唯一の1人はどう考えてもエアリスしか該当しなくて…。

 てか…。


「エアリス!?」

 目を開けると同時にガバッと跳ね起きる。
 至近距離で覗き込んでいた人魚たちの額すれすれ、間一髪状態。
「うわっ!」
「きゃっ!!」
「び、びっくりした!!」
 なぁんて驚く人魚たちには目もくれず、ザックスは深緑の瞳を見開いているエアリスに焦点を合わせた。
 目に涙をいっぱいためていたエアリスに腕を伸ばす。

「エアリス、お前しゃべれるようになったのか!?」

 両頬を包まれてエアリスは一瞬、放心していた。
 しかし、ザックスが目を覚ましてくれた喜びが湧き上がるのに時間はかからず、クシャリ…と顔を歪めた。

「よ、よ、良かった〜…!」

 ボロボロボロボロ。
 一気に枷が外れたように大粒の涙をこぼす。
 ザックスはそんなエアリスに慌てながらも、
(へぇ…、水の中でも涙って下に流れるんだぁ…)
 と、どこかズレたことを考えてしまったりした…。
 勿論、頭の中の大半はどうやったらエアリスが泣き止んでくれるか…ということで占められていたのだが…。

「大丈夫に決まってるじゃん」
「そうそう。もしもダメだったらその時はこの王子様がエアリス姫様にはふさわしくなかった…ってことだから気にしないで」
「あ、でも、ちゃんと『王子様のキス』で元に戻ったんだから、このおにいちゃんがエアリス姉さまの『王子さま』って決まってたようなものだよね?それに、エアリス姉さまのキスで王子さまも水の中なのに溺れないで済んでるんだから、そんなに心配しなくても良かったんじゃ?」
「「 マリン……それを言っちゃあおしまいだよ… 」」

 感涙にむせび泣くエアリスを慰めているのかなんなのか微妙なことを口にするユフィ姫とデンゼル小間使い、冷静な突込みを入れるマリンに、ザックスは思わずズッコケそうになった。

 あんまりではないだろうか…?

 と、ザックスの視線がエアリスの全身をくまなく捕らえた。
 目が点になる。

「……エアリス、キミ…」

 エアリスはザックスの視線の先に気づき、少しだけ身体を強張らせたがそれでも隠そうとはしなかった。
 意を決してこっくり頷く。

「なんだか……魔法の薬の効果が切れたみたいなの…」

 キュッと引き締まったウエストから見事な曲線を描いた魚の尾びれ。
 人魚の姿。
 エアリスの本来の姿だ。

 ザックスは放心状態のようで、ポカン…としている。
「…姉さまのこと、本当に好きなら大丈夫だと思ってたけど…」
「やっぱり人間には刺激が強すぎる事実だったんじゃないか…?」
「エアリス姉さま、大丈夫かな…。捨てられたりしないかな…」
「「 そんなわけないだろー! 」」(← 小声)
 ユフィ、デンゼル、マリンが心配そうに小声で囁きあった。
 最後のユニゾン部分で若干声が跳ね上がったが、それでもザックスはポカン…と間の抜けた顔のまま、動かないししゃべらない。
 決意したエアリスもさすがに不安が煽られる。

 やっぱり…実際目の当たりにしたら想像とは違って『重く』感じたのかな…?
 でも、ザックス王子、もうこっちの世界に半分きちゃったから…もしも私と一緒にいるのがイヤなら早く戻してあげないと戻れなくなる。
 でも…。
 でも……どうしよう……!

 離れがたい気持ちと、ザックスを思うからこそ彼から離れなくては!という相反する気持ちに心が押しつぶされそうになる。
 それでもエアリスの出した結論は、やはりザックスの身を第一に考えるもので…。
 それは、エアリスにとって悲しい結論でしかなく、だからこそ口にするのに躊躇いが出てしまうものだった。
 その躊躇いも、生まれてからずっと『ポセイドン族の長子』という重い責務を全うすることこそを『よし』としていた心の強いエアリスにとって、捨てるのにあまり時間はかからず…。

「王子。今なら間に合いますから…」

 そう、別れの言葉を切り出そうとした。

 が…。


「マジで!?それ本物!?すっげぇ〜、マジ綺麗のなーー!」


 目をキラキラさせたザックスに、思い切り抱きしめられた。
 エアリスは何がどうなったのか瞬時に理解出来なかった。
 しかし、ザックスの肩越しに顔を赤らめつつ嬉しそうに笑っているユフィ、マリンの目を両手で隠しながら自分はあらぬ方向を見ている赤い顔のデンゼル、デンゼルに目隠しされて暴れるマリンを見て、羞恥心が襲ってくるよりもなによりも、本当の自分を丸ごと受け入れてくれたことに歓喜が湧き上がり、張り詰めた緊張の糸を一気にぶった切った。


「……王子……、本当に…良いの?」


 震える手でしっかりとザックスにしがみついた。


 *


「なんとか上手くいったみたいですね」
「うん、そうみたいだね。精霊も喜んでるよ」
「……うおお、俺様の可愛い娘が…!!」

 そう言ったのは岸壁から水面を見下ろしていたシェルクとナナキ、そしてバレット王だった。
 バレット王は小山盛りほどの怪物の姿から本来の姿になっている。
 そして、彼の尾びれの下には…。

「くそっ!あと少しで母と私の願いが叶ったというのに!!」

 暴れまくっているイカが一匹。
 バレット王だけの力ではいささか心もとないと判断しているのか、ナナキが足の一本をしっかり銜え込んでいる。
「オイラ、イカの匂いってあんまり好きじゃないんだよね…」
 と、散々文句を言いながらも、自分の役目はバッチリ果たしているようだ。

「それにしても、さすがは俺たちと昔から対等に張り合ってた魔法使い一族の末裔だな。このイカ魔法使いの魔法薬の解毒薬をあっさり作って海に流すばかりでなく、あの人間の王子にもチャンスをやるとはよぉ…」

 エアリスが嬉しさのあまり、涙を流している姿が水面に浮かんでいるのを、これまた涙ぐんで見つめながらバレット王がぼやいた。
 シェルクは肩を軽く竦めただけで少しも自慢気にはしなかった。
 むしろ、変わらなさ過ぎる無表情さのまま、「それよりも、約束ですからね、よろしくお願いしますよ」と、なんとも可愛げのない口調でバレット王にせっつく。
 王は、苦虫を噛み潰したような顔をしたが、
「まあ…しゃあねえな。約束は約束だし、それにエアリスにはやっぱ好きになった奴と一緒になってもらいてぇし…」
 と、ぶつぶつ言いながら、「よっこらせ」と岸壁から立ち上がった。
 イカ魔法使いのセフィロスがすかさず逃れようと身をよじったが、ナナキは銜えていた足をさらにもう2本増やして合計3本、イカの足を口に銜えた。
 思い切り噛み付かれたセフィロスは「痛!!この獣の分際で!!」と、わめき声を上げたものの、先ほどから身体全部を覆っている光の粒子を前に、反撃が出来ないようでまたズルズル…と地べたに伸びた。

「本当に往生際が悪いですね。あなたの母親が1000年も前にポセイドンの長子に毒の濃度が高い『人間の足になる薬』を渡した挙句、潮の泡になって死んでしまうように仕向けた因縁の輪がようやく断ち切れるところまでこじつけられたんです。もうあなたがた親子の好きにはさせませんからね」
「この…、人間の分際で生意気な!」
「あなたこそ、イカの分際で生意気ですよ」

 悔しそうに歯軋りしながら罵るセフィロスに、シェルクはスパーンッ!と言葉で切り替えした。
 歯切れの良いその言い返しに、バレット王は思わずホケ〜…と見惚れた。
 そして、ニヤッ…と笑うと、
「ま、しゃあねえな。こんなに小気味のイイ姉ちゃんに一本とられたなら、ポセイドン一族にとってそんなに恥でもないだろうよ」
 吹っ切れたようにそう1人ごちた。
 そして、今度ははっきりとシェルクとナナキに向かって声をかける。

「じゃあ、約束だからな。あの王子様はこっちで丁重に迎え入れてやる。でも、そっちは良いのか?あの王子様は一国の第一王子だろ?」
「大丈夫ですよ。彼には第二王子がいますからね」
 まぁ、ちょっと頼りないですけど…。

 シェルクの最後の一言にバレット王はガハハハ、と大口を開けて笑うと、
「じゃあな!これからは、人間と我がポセイドン一族も少しずつ昔の良い関係が取り戻せるかもしれねぇな」
 そう言い残し、大きな水しぶきを上げて海に戻っていった。
 それを見送りながら、
「わ、私も連れて帰れ!!母さんがー!!」
 などと往生際も悪く暴れるイカ魔法使いに、
「なに言ってるんですか。明日の…、いえ、もう『今朝』になりますけど、今朝の朝食は『イカのぽっぽ焼き』なんですから逃がすわけないじゃないですか」
 シェルクは無情にもそう言い切った。
 あまりの言葉に硬直したセフィロスの耳に、
「ナナキ。もうそろそろ良いですよね。じゃあ、あなたの得意魔法で炎の精霊呼んでください。『醤油』と『みりん』と『砂糖』くらいだったら精霊も持ってると思いますし、すぐに朝食にしましょう」
「え〜…、オイラ、朝食はやっぱり『パン』と『コーヒー』が良いんだけど…。あと、出来れば『バターオムレツ』もつけて欲しい…」
「本当に見た目からは考えられないくらい貴族のような趣向を持つ食生活ですよね」
「シェルクに言われたくないね!なんだってそんな華奢で可愛いのに、食生活は『オヤジ』なんだよ!」
 などなど、無情すぎる会話が流れ込んできたのだった…。


 *


 結婚した翌日に夫を亡くしてしまったお姫様は、自分の国に帰ってしまいました。
 その一年後、お姫様は男の子を生みました。
 そして、その子が乳離れをした翌日、お姫様は王子様の国に1人でやってきて、海に身を投げて死にました。
 お姫様の身体は深い海の底で星の一部に戻りましたが、魂は1つの願いを抱いて星を廻っていました。

 ― 次に生まれるときは、彼の心を掴んだ人魚として生まれたい ―

 お姫様は知らなかったのですが、お姫様が海に身を投げるその一年前から海の生き物と王子様の国とは戦争が起こっていました。
 ポセイドン一族にとって、王子様は大事なお姫様をたぶらかし、挙句殺してしまった憎い敵です。
 そして、王子様の国の人間にとっても、ポセイドン一族の長子だった乙女は、大事な王子様の心と魂を攫ってしまった魔女。
 お互いがとても大切な『王位継承者』を失ってしまったのです。
 その争いに今度は隣国が絡んでしまいました。
 海の世界と、王子様の国は、まだ1歳にもならない王子様を残して身投げしたお姫様の敵と認識されてしまったのです。
 長い長い、争いがありました。
 海の王である当時のポセイドンは、人間を滅ぼそうとしました。
 しかし、大事な愛しい愛娘の魂の声をポセイドンはずっと聞いていました。

 ― 次に生まれるときは、王子様と同じ人間に生まれたい… ―

 ですから、ポセイドンはずっと、ギリギリのところで王子様の国と、隣国のお姫様の国を滅ぼさないように耐えていました。
 やがてポセイドンは決心しました。

『今後、海底の我が国民は、人間の世界に接することを一切禁ず』

 その禁止する理由として、人魚が人間によって乱獲され、挙句、貴族たちの間で人魚が死ぬ一瞬である『泡になる瞬間を見るのを楽しむという言語道断な種族である』と作り話をしました。
 そうして、ポセイドンが治める海底王国の生き物は、人間との接触を絶ちました…。


 *


「そうして、長い長いときを経て生まれ変わった2つの魂は、それぞれ生きる器(うつわ)を先の世とは異なる種族として持つことが出来ました」

「それが……、エアリスとティファ姫か?」

 長い昔語りを聞き終わり、バレンタインとハイウィンド両陛下、その后はホォ…と息を吐き出した。
 何やら信じがたい話しだった。
 しかし、隻眼の博士は決して『無駄話』はしないし、でっち上げた話もしない。
 なにより、彼女は考古学博士。
 ハイウィンド国、バレンタイン国の歴史に誰より精通している人。
 その彼女が話したのだ、ウソではないだろう。

「そもそも、この国と我が母国では『海底伝説』で少しズレがあるんです。それが考古学に興味を持つきっかけになったんですけど、やっぱり一番はシェルクでしたね」
「シェルク〜…?」

 シド王が間の抜けた声を上げる。
 ヴィンセント王は黙って博士を見つめていた。
 シエラ王妃とルクレツィア王妃は戸惑いながら顔を見合わせている。

「シェルクは生まれながらに強い魔力を持っていました。そのため、色々な『声』を聞くことが出来たんですが、そのシェルクがずっと言ってたんです」

「今度こそ、人魚のお姫様は幸せにならなくちゃダメ。前の時みたいに途中で泡になっちゃったら、今度こそこの星はバカな魔法使い親子に乗っ取られちゃう。折角、母親の方は私たちのご先祖様が首1つ残して封印してくれたのに…」

 物々しい内容に、2人の王妃は薄気味悪そうな顔をしたが、決して怯まなかった。
 グッとあごを引いて目を光らせる。
 可愛い子供たちを守ろうとする母親の目だ。
 シャルアは微笑んだ。

「そう。人魚姫の魂はそっくりそのままティファとして生まれました。隣国のお姫様はエアリス姫としてポセイドン一族の長子として…ね。実は、隣国のお姫様も元々とても強い魔力を持っていて、だからこそこの国の王子に惹かれ、たった1日だけとは言え、夫婦だった人の子供を生む決意をしたんです」
「それが…、シャルアとシェルクのご先祖様…になるわけか?」
「えぇ、そうですよ、シド陛下」

 くわ〜〜、意味分からん!!

 髪をガシガシ掻きながら身悶えるシド王にシェルクは笑った。
 ヴィンセント王と2人の王妃は目を丸くしている。

「え?でも、お姫様の子供ってことは次の王位継承者でしょう?それなのに、どうして王族じゃなく、『王室つき魔法使い』なんですか?」

 困惑顔で問うルクレツィア王妃に、隻眼の博士は足を組みなおした。

「まぁ、それはよくある奴ですよ。『クーデター』ってやつですね。姫が亡くなってから残された幼い王子はあっという間に傀儡にされましてね。良いように扱われて用済みになったんです。まぁ、殺されなかったのは、その王子が強い魔力を持っていたからですよ。『じゃあ、殺すんじゃなくて自分たちを守る盾にしてやろう』ってところでしょうね」
 お陰で私やシェルクが生まれたんですけどね。

 明るくさっぱり言ったが、内容はその爽やかさとは無縁のドロドロしたもの。
 国王たちは一様に黙り込んだ。
 シェルクは黙り込んだ王たちにニッカリ笑って見せると、席を立った。

「さぁ、どうします?ザックス王子はエアリス姫と一緒になることが決定したようですし、この国と隣国関係の行方は?」

 バレンタイン国王とハイウィンド国王は揃って顔を見合わせた。


 そうして、一ヵ月後。


「エアリス、エアリスー!早く行くぜ!!」
「わわわっ!待って待って待ってー!時間早過ぎない!?」
「全然早くねぇって、それに早かったとしても時間足りないくらいだ!」

 慌しくせっつくザックスに押され、エアリスはあわあわ言いながらも嬉しそうに笑っていた。

「じゃあ、お父様、行ってきます」
「父上、お土産は地酒で良いか?」
「だ〜!うるせぇ、早く行け!それから、誰が父上だ、誰が!」

 忌々しそうに歯をむき出してがなったバレット王に、ザックスはキョトン、と首を傾げた。
 そして、傍らにいるエアリスへ視線を流した。
「なぁ、俺たちの結婚、まだ許してくれてないみたいだぜ?どうする?このまま結婚式に参列したらどっか他の海にでも駆け落ちすっか?」
「や〜か〜ま〜しい〜〜!!誰が駆け落ちなんぞ許すか!!それよりも、土産は地酒10人分だ、忘れんなよ!?」
「はいはい、了解です父上〜。んじゃ、ユフィ、デンゼル、マリンもお土産楽しみにしてろよ〜」

 バレット王のムキーッ!という声を背に受けながら、ザックスとエアリスは嬉しそうに笑いながら先を争って海面めがけて力強く泳ぎだした。
 ザックスの足は立派な人魚の尾びれになっている。
 泳ぎっぷりも非常にさまになっていた。

「あ〜あ、すごいよねえ、あの順応力。あんだけのスピードで泳げる人魚、そうそういないよ?」

 呆れたように笑いながらそう評価したユフィに、バレットは忌々しそうに「ふんっ!」と鼻を鳴らした。
 海底でザックスと初めて対面したときからバレットは不機嫌そうな態度をとっていた。
 しかし、ちゃんと皆、分かっていた。
 エアリスが幸せそうに笑ってくれていることを誰よりも喜んでいることを…。

「うっうっう…、エアリス姫〜……」
「ジョニー、元気出せよ」
「デ、デンゼル…」
「ジョニーじゃあ、エアリス姫をあんな笑顔にしてやれなかったって。だから、これでいいじゃん」
「うわっ!おま、お前なんつう酷いことを!!」
「いや、事実だろ?本当のことはちゃんと受け止めて知ってるほうが良いぞ?」
「う、うわ〜〜ん、本当にひでぇ!!」

 エアリスの夫第一候補として上がっていた赤髪の人魚が、まだ幼いデンゼルに言い負かされているのを見て、
(やっぱ…、あのザックスの野郎のほうがエアリスには合ってたな、うむ。さすがは俺様!人間を人魚にする術も完璧だったし、娘の幸せも守れた!!後はエアリスに可愛い赤ん坊が出来たるだけだなぁ〜♪)
 などなど、内心ほくそ笑んでいるのだった。


「それにしても、ようやっとクラウドも身を固めるか」
「ふふ、楽しみね」

 真っ青な空の下に顔を出した2人はそう言って笑いあった。
 ザックスにとっても、今回の結婚式は待ちに待った朗報。
 自分がとっとと好きな人のところへ走ってしまったので、実はかなり気にしていたことをエアリスはちゃんと知っていた。
 明るい笑顔で『なんでもない』『大丈夫だって、クラウドは。やるときにはやる奴だから』と口ではそう言っていたが、心配で心配で仕方なかったはず。
 ようやっとシェルクからの知らせが届いたのは3日前。
 あのときの嬉しそうな顔は、一生忘れないとエアリスは思っている。
 そして…。

「楽しみね。クラウド王子の正装とティファ姫のドレス〜♪絶対絵になる2人だわ」
「おいおい…夫の前でなんてことを…。まぁ、ティファ姫のドレスに似合うのはクラウドくらいだけどさぁ」
「あら、妻の前でなんてこと言うの?ザックスったらもしかしてティファ姫のほうが良かった〜vvとか言うつもりなのかしら」
「バカ言うな。俺以上に幸せな男はあの世探してもいやしないぞ?」
「ふ〜ん、本当かなぁ…?」

「はいはい、相変わらず仲が良いみたいですね」

 岸に着いたと同時に淡々とした冷やかしの声。
 パッと顔を上げて2人は破顔した。
 懐かしい面々が、微笑みを湛えて勢ぞろいしている。

「…父上、母上」
「元気そうだな」
「ザックス、エアリスさんも来てくれて嬉しいわ。さ、ゆっくりして行きなさいね」

 優しく出迎えられて2人の胸が甘くキュン、と締め付けられる。
 そして、2人揃って笑って頷いて。

 出来たばかりの城内水路を通って式場である教会に入り…。
 初々しく緊張している現・第一王子に笑みを誘われ、彼の正装を褒めてけなして…。
 そうして。


「うわ〜!素敵!!」


 一ヶ月前とは打って変わって、心からの至福に満ちた花嫁の姿に心奪われて。
 結婚式の誓いの儀式をハラハラしながら見守って…。
 幸せそうに微笑み合うクラウド王子とティファ姫の姿にうっかりもらい泣きをしながら新しい夫婦の誕生を心から喜んだ。


 そうして。

 それからは時々、城内に作った水路を通って、小さな人魚が人間の従兄弟に会うため、祖父母に会うため、叔父叔母に会うため海からやって来たと言う。
 バレンタイン国とハイウィンド国の仲も以前以上に良くなり、海底からはそれを喜ぶ声が聞かれたとかなんとか。



 あとがき

 長々と続いた『人魚姫パロ』ですが、ようやく終止符を打つことが出来ました。
 最後、ちょっと駆け足チックになってしまったのが心残りですが、これ以上長くするとますますエライことになりそうだったので、本来もっと書きたかったことも割愛しました。
 例えば、スカーレットのその後…とか、クラウドとティファがもっとラブラブしているところ…とか。
 でも、今回拙宅には珍しくザクエア色をガンガンに出した話にしたかったので涙を呑んで我慢我慢。

 人魚姫はほんっとうに可哀相過ぎるお話だと思うんですよね。
 尽くして尽くして、傍にいたのに結局違う人と一緒になる愛しい人を最後まで見つめる女性。
 …ダメだ、泣ける…(号泣)
 というわけで、もう思い切って『生まれ変わっちゃった〜♪」というお話しにしちゃいました(笑)

 少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです。
 こんなに長いお話、お付き合い下さってありがとうございました〜♪