おかえりなさい3

 クラウドの部屋は予想していた以上に、きちんと整理されていた。ベッドのシーツもシワがなく、床や机に埃が積もっていないのを見ると、自分が出て行った後でも定期的に彼女が掃除をしていてくれた事は、容易に想像がついた。いつ、帰るとも分からない自分の帰りを待ちながら…、もしかしたら帰らないかもしれない部屋の主の事を考えつつ、整理するのはどんなに辛かったろうか?クラウドは、整えられた部屋に立ち尽くして、新たな罪悪感が胸に込上げるのを嫌でも感じてしまった。

「クラウド?」

 怪訝そうな顔で覗き込む澄んだ茶色の瞳が、自分の何かを感じ取ろうと探っているのが分かる。

「……その、ごめん」

 しばしの沈黙の後、クラウドは意を決して真っ直ぐにティファを見つめ、精一杯の言葉を口にした。

 気持ちが一杯で、漸く口にした言葉がたった一言。我ながら情けない、と自己嫌悪に打ちのめされる。

 だが、そんなクラウドにティファは呆れる事なく、むしろ柔らかな表情で少し離れた窓際までゆっくり歩み寄ると、夜空を見上げた。

「私、クラウドの気持ち、今なら分かるよ」

 ゆっくりと、噛み締めるように呟く彼女にクラウドは驚いて声も無く、窓辺に寄り添って夜空を見上げている美しい姿をただただ見つめていた。

 声なく立ち尽くすクラウドに、クスリと笑うと茶目っ気のある目で見つめ返す。

「そりゃ、初めはわけが分からなかったから、心配したし、腹も立ったし、不安で不安で仕方なかったけど…」

 大きく手を振り振りゆっくりとクラウドの前まで来る。そして、目を逸らさずに不安げに揺れる紺碧の瞳を見上げると、

「私もクラウドだったら、きっと同じ事してたわ」


 ティファの言葉に大きく目を見開く。

 そんな事、彼女がするだろうか?誰より頼るべき家族に何の相談もせず、電話を何度くれても決して出ず、あろう事か『今度は一緒に行く』と約束したあの教会で、寝起きしていた自分と同じ事をするなんて酷い事を…。

「クラウド、星痕症候群じゃなかったら出て行かなかったでしょ?一緒にデンゼルやマリンの為に頑張ってくれたでしょ?」

「そりゃ…!」

 もちろんそうだ、と言う言葉を口にする前に、ティファは

「だから、私がもし星痕症候群に侵されてたら、私も出て行って、家族にこれ以上負担掛けないよう、でも当座の生活が出来るように、出来るだけ働いて、仕送りだけして、誰にも見つからない場所でひっそりと生活して…」


「そして誰にも知られないよう、ひっそりと死ぬわ」

 そのつもりだったんでしょ?と小首を傾げて見せる彼女に何も言えない。

「でも、やっぱりひっそり死ぬにしても、一人は寂しすぎるもの」

 だからクラウドの気持ちが分かるよ。あの教会に言った気持ち。エアリスに縋りたくなった気持ち。私もきっと、死を目の前にして誰にも言えない状況の中で、唯一安らげる場所、それがかつて共に戦って、立った一人星に還ってしまった彼女…だと思うから。


 本当にティファには敵わない。そう痛感する。彼女にとって、エアリスの思い出が満ちている教会へ逃げた事は、とても苦しい、辛い事なんじゃないかって分かってる。分かってて、それでもあの頃の自分には他に縋るものがなかった。


 ティファはただただ優しく笑みを浮かべ、ちょっとだけ勝ち誇ったような口調で「ほらね、だから一緒よ」と、おどけて見せた。

 そんな彼女を見て、クラウドはようやく、硬い表情を少し和らげた。

 和らいだクラウドに、ティファは嬉しそうに来る入りと踵を返し、窓際まで踊るような足どりで向かうと、

「おかえり、クラウド」

 満面の笑みで、そういってくれる彼女がただただ愛おしくて、


「ただいま」

 
 満面の笑みで答えながら、大股でティファに近づき、今までの時間を取り戻すかのように強く抱きしめた。

 久しぶりに艶やかな髪に顔を埋めると、愛おしい気持ちがどんどん溢れて、堪らず泣きそうになる。

 ティファも、クラウドの背に両腕を回し、肩口に頬を押しつけてゆっくり息を吐いた。

 互いに互いの想いを確認するよう、強く抱きしめあう。



 もう、いなくなったりしないよね?



 ああ、もうどこにも行かない。



 本当に?



 本当に。



 誓って?



 うん、誓うよ、もう、どこにも行かない。マリンやデンゼル、ティファから離れたりしない。



 あ〜あ、それにしてもマリンに先越されちゃった。



 何を?



 私が一番に「おかえりなさい」って言うつもりだったのに、教会でマリンが先に言っちゃった。



 ここに…家に帰って、戸惑ってる俺に、一番最初に言葉をくれたのはティファだったぞ。



………



 あの言葉が無かったら、家には入れなかったな。



 本当に?



 本当に



 ふふ、嬉しいな



 そうか?



 そうなの!



 そうか…




 翌日の朝、マリンとデンゼルが下りてきて最初に目にしたのは、朝食を作るティファでも、新聞を読むクラウドでもなく、二日酔いで呻き声を上げる中年オヤジ二人と、カウンターの中で何故か朝食を作っているヴィンセントの姿だった。恐ろしく似合っていないヴィンセントの姿に、二人は呆然と立ち尽くしていたが、そんな二人にヴィンセントが声をかけた。

「クラウドとティファはまだ寝かせてやれ、朝食なら私が作った」

 顔を見合わせる二人だったが、立ち直るのはマリンの方が早かった。ヴィンセントの作った朝食をテーブルに運ぶべく、カウンターに入って手伝いを始める。そんなマリンに、デンゼルもやや慌てて見習い、食器棚から人数分のグラスや皿を出し始めた。

「なあ、何でクラウドとティファはまだ寝てるの?昨夜そんなに飲んだのか?」

 クラウドもティファも飲み過ぎた事、一度だって無かったなぁ、とぼやくデンゼルに、いつの間にか足元に来ていたナナキが
「二人共、今まですれ違いとか多かったみたいだから、きっとその時間を取り戻して寝たのが遅かったんだよ」
と、ナイスフォローを入れた。 

 なるほど、と納得したお子様二人に、互いに目配せしあいながら、ヴィンセントは朝食のスープをよそってマリンに手渡し、ナナキはまだ寝ているユフィを起こしに階段を音もなく駆け上がっていった。


「もう、父ちゃん、そんなに飲んじゃ身体に悪いでしょ!」

「うわっ。酒臭いしタバコ臭い!」

 それぞれバレットとシドに酔い覚ましのコーヒーを手渡し、ユフィが大あくびで下りてきて、ナナキがヴィンセントといつの間にか勝手に朝食を食べ始める。

「わー、これ何さ、汚いなぁ!後片付けしないで寝ちゃったわけ!?」

「何言ってんのさ。真っ先に酔いつぶれて寝ちゃったくせに」

「あれ、そうだっけ。て言うか何で私ティファの部屋で寝てたのか知ってる?」

「ティファが運んでくれた。起きてきたら礼を言え」

「あ〜、そうなんだ、って、まだクラウドもティファも起きてないの?」

「ああ、昨夜は遅くまで話をしていたみたいだからな。もうしばらくゆっくりさせてやった方が良いだろう」

「はは〜ん、なるほどね〜。それでヴィンセントが朝食作ったんだ」

「ユフィ、お願いだから余計なこと言って、二人をからかわないでよ」

「あ〜ん?ナナキ言ってくれるじゃん、いつ、どこで、私が迷惑掛けたり、からかったりしたんだよ」

「「いつも」」

「な〜んでヴィンセントまで同調してるのさ!!」

「だーっ!!うるっせぇ、ユフィ!頭に響く声出してんじゃねぇ!」

「もう、なにさー!勝手に飲みすぎて、二日酔いで気分悪いからって八つ当たりしないでよね〜」

「「………」」

「なあ、二年前の旅もこんな感じだったのか?」

「まあ、こんなものか」

「うん、こんなもんだったね」

「うう、マリン、すまねぇがコーヒーよりも水をくれ」

「もう、仕方ないなぁ」


 クラウドとティファが慌てて降りてきたのは、騒がしい朝食を皆が終えて、昨夜の膨大なゴミの片づけがあらかた終わった頃だった。

 マリンとデンゼルが、クラウドに朝の挨拶をしながら駆け寄り、寝坊した事を謝るティファに、ユフィがニヤニヤ笑いながら耳元で声を掛ける。それに対して耳まで真っ赤になった彼女を、マリンとデンゼルが交互に見つめながら首を傾げた。


 バレットとシドが漸く二日酔いから立ち直り、ナナキが嬉しそうにクラウドに「良かったね」と声を掛け、店の隅ではヴィンセントが穏やかな眼差しで事の成り行きを見つめている。


 クラウドは改めて、自分は一人じゃない、と胸が熱くなる思いがした。


 ≪彼女≫が背中を押してくれて再度、自分は新しい人生をここから始めようとしている。いや、もう始まっている。きっとこれからも様々な事が待ち受けているだろう。でもきっと何度でも立ち上がれる。自分には迎えてくれる仲間と、家族がいる。


 温かい言葉≪おかえり≫をくれる人がいる限り、大丈夫。




『もう、大丈夫、だね』

『そうみたいだな』

『ほんっとう、世話の焼ける大きな子供達なんだから』

『まあ、良いんじゃないの、あいつらはあれで』

『うん、そうだね』

『これからどうなるのか、楽しみだな』

『うん!思いっきり幸せになってくれなきゃ許さないんだから』

『だな』


 穏やかな気配がゆるりとその場から消えたのは、もう太陽が高い時間だった。



あとがき

はい、駄文でした(汗)。ティファがもしも、クラウドと同じ立場なら、
きっと同じ行動をとったと思うんです。
二人にとって、エアリスはかけがえの無い存在で、心のよりどころだったのでは…。
はい、全部マナフィッシュの妄想です(^^)