「な!?」 ギーッ…、と重い音を立て、背後で勝手に閉まったドアをクラウドは呆然と見つめた。 汚名返上!(前編)何故急に閉まった!? クラウドは暫しボーっとドアを見つめた。 風が吹いて閉まったわけではない。 ドアは立て付けが悪くて開けるのも閉めるのも少し力が要るしコツも要る。 それでは、誰かの悪戯か? いや、それはない、とクラウドはその可能性を即却下した。 人の気配がなかったし、よしんば誰かの悪戯だったとしても自分に気づかれないように閉めるなど無理な話しだ。 いくら、亡き親友へ話しかけることに気を取られていたとしても…だ。 奇跡の泉を回りこんで恐る恐る、ドアに足を運ぶ。 特に何も感じない。 そっとドアに手を触れる。 これまた異常は感じられない。 だが…。 「…?」 少し押してみる。 しかし、ドアが開かない。 グッともう少し力を入れてみる。 だが、びくともしない。 クラウドは焦った。 いつの間にか両足を踏ん張って渾身の力をこめている。 だがしかし、それでもドアは開かない。 開かないばかりか、ここまで力を入れていたら木で出来ているドアは粉砕されているはずだ。 それなのに、ミシッ…ともきしまないではないか。 クラウドは眉間に深いしわを寄せ、全身でドアを押した。 しかし…。 「…どうなってる…?」 若干肩で息をしながらクラウドは強固な砦と化したドアを見上げた。 まるでビクともしない。 一言で言えばありえない状況に、現実のこととして受け止められない。 「…WROの嫌がらせか?」 何故にそうなる!? と、誰かがいれば絶対に突っ込まれるようなことを呟いてしまうあたり、クラウドがいかに非現実的にしか感じられていないと窺えるだろう。 だが、悲しいかな、まごうことなく現実だ。 まったく開いてくれそうにないドアを見ながらゆっくりと後退する。 先ほどまで立っていた花畑のきわまで戻ると、ノロノロと顔を上げた。 修理されていないまま放置状態の天井は大きく穴を開けており、薄っすらと暮色に染まりつつあった。 信じがたい状況に放り込まれて呆然としていたクラウドも、その空の色に、 (…綺麗だな…。ティファや子供達も見てるだろうか…?) などと思ってしまってからハッと気がついた。 夕方!? もうそんな時間!?!? ギョッとして辺りを見渡す。 まぎれもなく夕刻になりつつある。 胸ポケットを探って愕然とした。 携帯がない。 「!しまった…フェンリルに…」 デンゼルと初めて出会った時と同じように、愛車に引っ掛けたままにしたことを思い出す。 大切な親友との語らいを邪魔されたくない、と愛車に置いてきたのだ。 荒廃したミッドガルの奥にあるこの教会まで来る酔狂な人間は自分くらいだ、とクラウドは思っていたので、盗られることは心配していなかった。 だが、まさか教会に閉じ込められるとは! ぐるっと教会内を見渡してドアが1つしかないことを改めて確認する。 そうして、溜め息を1つこぼすと首を振った。 仕方ない、天井から出よう…。 懐に大切にしまった膨らみをそっと一撫でして微笑みを零すと、思い切り天井に向かって跳躍した。 もしも。 もしも、音がしたならば…。 バイ〜〜〜ンッ……! という、擬音がエコー付きで流れただろう。 ズベシャッ!と、英雄では考えられないような無様な墜落をしたクラウドは、目を丸くし勢い良く顔を上げた。 「……はっ!?な、なんで…!?」 素っ頓狂な声が出る。 実に貴重な一瞬は、しかし誰の目にも止まらなかった。 当然だが、当の本人にはそんなことどうでも良い。 (なんで弾き返された!?) 目を凝らす。 しかし、何も見えない。 見えるのは段々暮色が濃くなっていく空だけ…。 (ま、まずい…!) このまま教会で一晩過ごすことになったら!? その結果を想像して、クラウドは全身から冷や汗が噴き出すのを感じた。 少し前までここで寝泊りしていたことを思えば、別に一晩くらい閉じ込められてもなんてことはない…、と、何も知らない人間ならそう言うだろう。 だが! 今のクラウドには絶対にそんなことは許されなかった。 「この!」 もう1度跳躍。 だが、結果は一緒。 違ったのは、無様に地面にへばりつかなかったことだけ。 クルッ…と一回転して地面に降り立ったクラウドは、呆然と天井を見上げた。 見えないバリアーが張り巡らされているとしか思えない。 バスターソードを構えて再度跳躍。 しかし、全く切るものがないようにバスターソードだけが天井を僅かに通り抜け、クラウドの身体だけが弾き返された。 危うく武器までも無くしてしまうところだったクラウドは、なんとか着地を成功させると理解不能なこの状況にパニックになった。 足元に転がっている石を思い切り投げてみる。 石は何の抵抗もなく天井を勢い良く飛び出して消えた。 数百メートル先を人が歩いていたらとんでもない惨事に見舞われるだろう…。 (なんで俺だけ!?) 天井からの脱出は不可能だとイヤほど思い知らされるまで、クラウドは無意味に跳躍し続けた。 ことごとく弾き返され、時間が無駄に過ぎる。 どんどん暮色は濃くなり、薄っすらと紫がかってきた。 クラウドの焦燥感はヒートアップする。 「…こうなったら…」 握り締めているバスターソードを一際強く掴むと、思い切り振り上げ、振り下ろした。 己の闘気を込めて思い切り衝撃波を放つ。 教会の椅子や地面が豪快な音を立てて吹き飛び、そのまま壁に激突した。 と…。 「うわっ!!」 クラウドの放った衝撃波がそっくりそのまま襲ってきたではないか。 当然のように、椅子や地面までごっそりと飛んでくる。 慌てて頭上高く跳躍してかわすが今度は目に見えない天井に張り巡らされているバリアーに弾き飛ばされ、再び無様に地面にへばりついた。 バチバチッ!と衝撃波の残りカスのような土の飛沫がクラウドの身体を打った。 その間、僅か数秒。 「な……なんで…?」 地面に倒れこんだまま顔だけ上げて無傷な壁を見やる。 ありえないことだった。 壁を壊して脱出しようとしたのに、壁が自分の攻撃を弾き返した。 どう考えても自然の力ではない。 「……」 クラウドは考えた。 考えて…考えて…考え抜いて、たどり着いた結論に自分自身バカバカしくて鼻で笑いそうになり、しかしながらこの不可解な現象を説明しうるものが他になく、笑い損ねて中途半端な顔になった。 ユフィあたりがたいそう喜びそうな表情だった…。 やがて、意を決してゆっくりと立ち上がる。 胸元に入れていた物に服の上からそっと触れ、どうやら無事らしいことにほんのちょびっとだけ安堵した。 服についた埃をパンパン…と力なくはたき、ゆっくり…ゆっくりと顔を上げた。 「……なんでこんなことをする?」 最後の一言を口にするため、大きく息を吸い込んだ。 「ザックス、エアリス」 口にした言葉は、己でも信じられないようなバカバカしいこと。 口にするのに勇気がどれだけ必要だったか。 そして、口にしつつ『あ〜、なに言おうとしてるんだ…、俺はバカか…』と思ったことか。 だが…、それでも! なんとなく…、イヤ〜な予感がしたのだ。 こんなことが出来るのは普通の人間じゃありえないのでは?と。 では、考えられる可能性とは…。 「なぁにが『なんでこんなことをする?』よ!いい加減にしなさい、クラウド・ストライフ!!」 突如、花畑から光の粒子がいくつも飛び出し形になったかと思うと、怒り心頭といった形相の女性が噛み付いた。 ザックスはその隣で渋面のまま黙っている。 それにしても、まさか本当に2人が現れるとは…! いや、もしかしたら…と思ったからこそザックスとエアリスの名を口にしたのだが、まさかいきなり怒られるとは思いもしなかった。 完全に気を飲まれる形で言葉をなくしたクラウドに、エアリスはクワッ!と目をむいた。 「ほんっとうにいい加減にしなさいよ!?いつまでもウジウジウジウジ男らしくない!クラウド、自分がどれだけ恵まれているのかほんっとうに分かってないのね!」 収まらない怒りを思いっきり吐き出すエアリスに、クラウドは完全に気おされていた。 「そんな大バカ野郎はね、ここで1週間くらい頭を冷やしなさい!!中途半端な覚悟で家に帰ろうなんて、ぜ〜〜ったいに許さないからね!!」 クラウドは絶句したまま暫し怒髪天を突きまくっているエアリスを見た。 ザックスは困った顔と怒った顔の半々と言った表情だ。 そんな2人を見ていてクラウドはあることに気づいて赤面した。 確かに。 ここに今日来たのはある決心を固めるためであり、そのため…と言うかなんというか、結局いつものようにウジウジと悩んでも仕方ないことを零してしまった。 しかしそれは、2人に話している…というよりも自分の弱さを誰にも聞かれず、心休まるこの場所で思う存分吐き出して、弱い自分を押し込めたかったから…。 というわけで…。 「……2人とも……全部聞いていたのか…?」 「当ったり前でしょうが!!」 息巻いて喝を入れるエアリスと、黙って頷いたザックス。 クラウドは恥ずかしさのあまりガクッ、と膝を着いた。 (な、な、な〜!!) 言葉にならないくらいに恥ずかしい。 確かに、確かに心の中で(時折、口に出して)エアリスとザックスの名を呼んだ。 しかし! 断じて2人に丸々聞いて欲しかったわけではないのだ。 それなのに、全部聞かれていたとは。 挙句の果てに、そのため2人の逆鱗に触れ、こうして閉じ込められるとは…! 閉じ込められる=待っているのは2人(主にエアリス)のお説教。 (じょ、冗談じゃない!!) ポンッ!と浮かんだ図式にクラウドは赤から青に変色した。 何が何でも帰らなくてはならないのだから! しかも、もうそろそろ『連絡をしないでも大丈夫な時間』のタイムリミットが迫っている。 腕時計…などと洒落たものをしていないので、今が何時が分からないが、空はすっかり薄紫色になっていて、茜色は微かにしか残っていなかった。 (ま、まずい…まずい!!) ティファの俯いた姿が鮮明に浮かび上がった。 カウンターの中で、心配そうに見上げる子供たちに空元気に明るく笑って、 『大丈夫よ、きっとお仕事でちょっと遅くなるだけ。だから、先にご飯食べちゃおっか』 そう言って、テキパキと夕食の準備を進める。 子供たちもティファの気遣いをしっかり汲み取り、不安な気持ちを押し殺して笑顔を張り付かせて手伝うだろう…。 「冗談じゃない!」 思わず口をついたキツイ言葉。 怒りマックス状態だったザックスとエアリスを一瞬、黙らせる。 クラウドは2人を睨みつけた。 「全部聞いていたなら知っているだろ!?今日は絶対に帰らないといけないんだ、しかも今すぐ!!」 気色ばむクラウドに、一瞬だけ黙ったエアリスは、すぐにまたもとの勢いを取り戻して眉間にシワを深く刻んだ。 「なに言ってるのかしら!今のクラウドには帰る資格ないわね!!今、勢いに乗って帰ったとしても、ちゃんと出来るわけ!?グズグズ言ってた気持ち、整理出来たわけ!?」 今度はクラウドが言葉を詰まらせた。 ちゃんと整理出来た、と即答出来なかったクラウドにエアリスはまたもや怒りを燃やした。 先ほどから黙って事の成り行きを見守っていたザックスだけがその表情を変えずに沈黙を保っている。 「ほらみなさい!全然ダメじゃない!そんなことでどうするわけ!?もういい加減私も我慢の限界よ!!」 「そう…かもしれない。だけど、今日、ちゃんと約束を果たさないと今度こそティファと子供たちは…!」 「言い訳無用!!」 ビシッ!と切って捨てた親友にクラウドは抑えきれない焦燥感と、危機的状況に陥っているにもかかわらず理解してくれない親友2人、とりわけ先ほどから一方的に怒鳴っているエアリスに苛立ちがいや増した。 ― 『クラウド…、なにか悩んでることでもあるの…?』 ― 昨夜、ティファがくれた言葉が甦る。 それに対し、素気無く『いや、別に…』とあしらってしまったことも。 その時のティファの不安そうな顔、悲しそうな顔が鮮烈に瞼の裏に甦り、胸がズキッ!と痛んだ。 だが、こんな痛みくらいティファの痛みと比べたらどうってことはないことくらい分かっている。 だから、決意に決意を重ねて、最後の一押しをザックスとエアリスにしてもらおうとここに来たのに。 「クラウド、私ずっと見てたわ、ティファのこと」 怒りを抑えた声音でエアリスが言った。 さえぎろうと口を開いたが、クラウドはそのまま口を閉ざした。 エアリスは今、『ティファを見ていた』と言った。 『クラウドとティファ』を見ていたのではない、『ティファ』を見ていた…と。 ということは、自分の知らないティファを彼女は見ている…ということなのだろうか…? 黙って聞く気になったらしいクラウドに、エアリスは厳しい表情のまま言葉を紡いだ。 「クラウドがここ数日の間、何に悩んでいたのかはザックスから聞いて知ってる。でも、それ以上にティファを傷つけてたことにクラウドは結局気づかなかった」 …どうやら、ティファはエアリス、クラウドはザックスが見守るという役割分担となっているらしい。 エアリスの隣で、ザックスは冷たい眼差しで怒りを表し、立っている。 「クラウドが家出をしてここに逃げてしまったことを今でも後ろめたく思っていること、ティファはちゃんと知ってるし受け入れてる。私だってクラウドのその気持ち、分かるわ。簡単に許してもらえないって思い悩んでしまう気持ち…分かる。でも、それはクラウド、アナタの1人よがりなのよ?毎日毎日、とっくに仕事が終わっているくせにウジウジ考え込んでたせいで家に帰る時間が遅くなって…。その間、ティファがどんな気持ちで待ってたと思うの!?クラウドの仕事のスケジュール、ティファはちゃんと分かってるのよ!?予定よりも大幅に遅くなって帰宅するあなたをどんな思いで待っていたか、少しは考えたことあった!?」 クラウドは黙ったまま少しずつ頭に上っていた血が引いていった。 それに伴って、自分の愚かさが重くのしかかってくるのを感じた。 「ティファ、本当はすごくすごく聞きたかったのよ、昨日クラウドに声をかけるまでの間、ずっと!でも、『今』のクラウドならいつか話してくれる…、そう自分に言い聞かせて我慢してたの!それに、ティファはずっと怯えてもいたわ。家出前みたいな関係に戻ったらどうしよう…って。ずっと1人で誰にも打ち明けられず、悩んでいたのよ!」 それがどれだけ辛いことだったか分かる!? 生前、エアリスがここまで感情をあらわに声を荒げたことはなかった。 それだけに、クラウドには衝撃だった。 エアリスがここまで胸を痛めるほど、ティファは辛い思いを味わっていたなんて…。 それもこれも自分のウジウジとした性格が原因で…。 「傍にいても話してくれない。声をかけさせてもらえる雰囲気もない。そんな雰囲気を出されてたら、『私はこの男性(ひと)にとって取るに足らない存在なんだ』って思っちゃうのよ!?それが女心なのよ!?」 頭を思い切り殴られたような衝撃。 「な…、俺はティファのことをそんな風に思っていない!」 思わず大声が飛び出した。 しかし、いつもならここまで後悔していれば許してくれるだろうに、今回のエアリスは容赦がなかった。 そして、ザックスも黙ってエアリスの隣で睨みつけている。 ザックスもエアリスの意見に同感…ということなのだろう。 「そんなこと、ちゃんと態度と言葉で表さないと通じないのよ!」 止めの一言。 クラウドは足元から地面がなくなってしまうような…、底なしの闇に堕ちていくような感覚に襲われた。 そこまで傷つけていた? ティファのことを誰よりも想っているのに? 「…でも……、ティファはあの時、『言葉だけが全てじゃない』って言ってくれた…」 完全に打ちのめされたクラウドは、最後に縋れるたった一つの『決戦前夜』にくれたティファの言葉を口にした。 だが、口にしてからすぐに分かった。 エアリスやザックスに突っ込まれるまでもない。 そう…。 口下手な自分は、あの時のティファの言葉に甘えていた。 言葉が足りないからティファは苦しんでいた。 それだけではない。 消えない過去……、家出した時に幾度も幾度も鳴った携帯。 絶対に出ない、と分かっていただろうに、それでも留守電に残されていた言葉は自分への愛に満ちていたではないか…。 しかし、それも最初だけだったような気がする。 いつの間にか段々と『諦め』に近くなっていった…ように今では思えるのだが、あの時は自分のことでいっぱいいっぱいで気づかなかった。 携帯に残っているメッセージを聞くだけで、『まだ自分は繋がっている』『存在を認められている』と安堵している部分があった。 あの時の彼女は、真正面から向き合い、星痕症候群のことも、親友を見殺しにしてしまった自分に幸せになれる権利なんかない、と悩んでいることを素直に打ち明けて頼らなかった自分のせいで苦しんだ。 どれだけティファを苦しめてきたか十分分かった上で家に帰った。 そして、もう二度と同じ過ちは繰り返さないと誓ったはずなのに…。 気がつけばその延長線上で今日まで来ていた…というのだろうか? だから、ティファは言葉にならないくらい悩んで、苦しんで、ようやく思い切って昨日声をかけてくれた…、そういうことだろうか? そこまで追い詰めてしまったのか…俺は…? 「…俺は……いつの間にかまた、独りよがりになってたんだな…」 零れた言葉には力がなく、クラウドはいつしか親友2人から視線をそらせるように俯いていた…。 |