「ねぇ…今日も来てるね」 「あ……本当だ…。いつの間に……」 デンゼルとマリンは心配そうに顔を見合わせた。 想い人(前編)ここ数日、セブンスヘブンで見る顔がある。 若い女性だ。 それも、相当な美人! ストレートな黒髪は背中の中ほどまで伸びており、凛とした眼差しは薄茶色。 光の加減では鈍い光を放つトパーズにも見える。 背丈はティファよりも…少々低め。 だが、女性としては申し分ないだろう。 年頃は…これまたティファと同年代と思われるその彼女は、セブンスヘブンに一人でやって来ていた。 いつも…気が付いたらそこにいる。 何か問題を起こすわけでも、注文をしないというわけでもない。 一人で来て、一人で食べ、一人で飲み、一人で帰る。 ほんの数日前から連日やって来ている。 初めて来店してから一日も欠かさずに。 そんな彼女は一見目立った行動を取るわけじゃないのに、際立った容姿のお蔭でセブンスヘブンにやって来る一人身の男性達の注目を密かに浴びていた。 「今夜も来てるな…」 「ああ…俺、今夜こそ…!」 「バ〜カ、やめとけって。お前と彼女じゃあ月とすっぽんだから」 「そうそう!ここはこの俺様が…」 「「「お前、ティファさん一筋じゃなかったのか〜!?」」」 そんな会話が店内の端っこから微かに聞える。 デンゼルとマリンは再び顔を見合わせて溜め息を吐いた。 彼女はそんな好奇の視線を気にもせず、今夜も落ち着いた雰囲気を身に纏って二人掛けのテーブルに一人でついている。 いつも…そうなのだ。 何故この店に来るのかがさっぱり分からない。 いや、勿論、この店に来る客達の事情を全部分かっているのか…というとそうではないのだが、だが…。 「なんであの女の人、いっつも一人なのかなぁ…」 「全然楽しそうじゃないしな…」 「うん。そんな雰囲気じゃないよね…」 「むしろさぁ…何かこう……『気迫』?みたいなものを感じるんだけど……」 「あ…私も思った。でも……何にかなぁ…」 「ん〜…分かんないなぁ……」 人の心の機微に鋭い子供達ですら、この女性には首を傾げるばかりだ。 別段、セブンスヘブンのメニューのファン…というわけでもなさそうで…。 更には、クラウドの追っかけ……というわけでもないらしい。 …というのも、クラウドがセブンスヘブンで手伝いをした時があったのだが、彼女は別段感動した風でもなく、淡々とクラウドの接客を受けてそのまま何事もなく帰って行ったことがあったからだ。 クラウドの追っかけは前に比べて減りはしたが、それでもクラウド目当ての女性客が度々店を訪れている。 そして、運良くクラウドの姿を目にした時のはしゃぎ様は、ただひたすら閉口ものだ。 では、もう一つの可能性。 ティファへの嫉妬。 ティファに心奪われた男性が多いのはもうお約束だ。 その男性を慕っている女性にとって、ティファは煙たい存在。 いや、むしろ邪魔で仕方ない存在。 それ故に、ティファは度々そう言った女性達から誹謗中傷の槍玉に挙げられることがある。 それなのに…。 そういう女性達と同種……というわけでもなさそうだ。 「なんだろうなぁ…」 「うん…なんだろうね…」 別にクラウドとティファに害が及ばないなら放っておけば良いのだが、どうにも気になる『雰囲気』を醸し出している。 デンゼルとマリンは肩を竦め合いながら接客業に戻っていった。 「なぁなぁ、姉ちゃん。ここんとこ毎日来てるな〜」 「………」 「あれか?もしかして姉ちゃんの男がティファちゃんに横恋慕でもしたとかなんかか?」 「………」 「姉ちゃんも大変だよなぁ。ティファちゃんがライバルだとすると、そりゃあ不利な闘いになっちまう」 「………」 「というわけで、どうだい?俺なら高嶺の花に現(うつつ)を抜かす事ないぜ!?」 「………」 気が付けば、呂律の回らない男が、馴れ馴れしく彼女の脇に身を寄せて声をかけている。 それに対し、彼女は……完璧なポーカーフェイス。 クラウドも顔負けの無視っぷり。 当然、子供達とティファはすぐその迷惑な客に気が付いた。 気が付くと同時に駆けつけようとしたのだが、彼女があまりにも無表情なので、なんとなくタイミングを逃してしまった。 これでほんの少しでも迷惑そうな顔や困った顔、怯えた顔をしていたら即行で救出に向かったのに…。 全くもって……。 なんにも感じる所はないらしい。 彼女の周りでは、ヒヤヒヤしながら客達が見守っている。 ティファ達と同じ理由から助け舟を出せずにオロオロと顔を見合わせるばかりだ。 当の本人はというと、周囲の注目を集めている事に気が付いているのかいないのか、黙々とジャーマンポテトを口に運ぶばかりで、チラリとも周りを見ようとしない。 無論、自分に話しかけている酔っ払いは完璧無視だ。 動物が餌を食べているように、なんの感動もなく黙々と食べる彼女に、酔っ払いは流石に白けたらしい。 「ケッ!折角寂しそうだから相手をしてやろうと思ったのによ!」 そう吐き捨てて彼女の反応を見る。 …モグモグ…。 …カチャ、コクコク……。 …コトリ、モグモグ…。 …コクン…。 シーーーン……。 見事なまでのスルー。 全く男の事は眼中にない。 いや、というよりも、そもそも男など存在していないかのような態度。 酔っ払いは、口を開けて悪口雑言でも浴びせようとしたのかもしれない。 目を吊り上げて女性を睨む。 しかし、どこまでも彼女は相手にしない。 というか、酔っ払いが話しかけようが、肩に手を置こうが、なんの反応も返さない女性に、結局は悪酔いしたかのような顔をして、スゴスゴとその場を後にした。 完全に負けている……。 心なしか背中に哀愁らしきものを漂わせて、酔っ払いはマリンに勘定を頼んだ。 あまりにもそのシカト振りが見事で、ティファと子供達は舌を巻いた。 セブンスヘブンにこれまで幾人も訪れてくれた客達の中でも際立った個性を持つ女性。 『『『世の中…色々な人がいるもんだなぁ…』』』 人という生き物の不思議を改めて思ったセブンスヘブンの面々だった…。 「でもさ…。あの人、何しに来てるんだろうな…?」 「……だよねぇ…」 カウンターに空いた皿を下げ、新しい料理を取りに戻ったデンゼルとマリンが丁度鉢合わせ、ひそひそと先ほどの会話の続きをする。 カウンターの中にいたティファは、その二人のひそひそ話しに苦笑した。 注意しようと口を開いたが、 「だよなぁ…。あの姉ちゃん、何しに来てんだろうな」 カウンターのスツールで酒を飲んでいた常連客の一人が子供達の会話に参加してしまい、ティファは注意するチャンスを逃してしまった。 「でしょ?何か楽しみがあって来てる…ってわけじゃないみたいだし…」 「かと言って、クラウドが目的じゃないみたいだしな…」 「だなぁ。ついでに言やぁ、ティファちゃんに恨みを持ってるわけでもなさそうだし…」 「セブンスヘブンの料理のファンってわけでもないみたいだな」 「おうよ。見ろよ、あの食べてる姿。なんかこう……何食べても同じって顔してさぁ、味覚ないんじゃないのか?」 「それか、他の店のスパイだったりしてよ」 「いやいや…その割には料理に何が使われてるか観察してるようでもないしなぁ…」 「なんか……人形が飯食ってるみたいだ……」 「「「言えてる…」」」 あっという間にカウンターの客三人ばかりを巻き込んで、子供達の内緒話しは大きくなってしまった。 常連客達も気になって仕方なかったのだ。 何しろ、ティファに負けずとも劣らない美人が、毎夜毎夜、たった一人で店にやって来ては、一人で食べて一人で飲み、そして一人で帰っていくのだから。 最初はクラウド絡みかと思ったのに、それもどうやら見当外れのようだし…。 なら、ティファに男の心を取られて恨んでいるのか…と思ってもみたがそうでもないようだし。 本当に、どうして毎夜毎夜、一人でこの店にやって来るのか分からない。 謎の美女。 この言葉がこれほどしっくり来る女性に出会うことなど、人生で一度、あるかないかではないだろうか? その出会いに客達が興味をそそられないはずがない。 ひそひそ。 こそこそ。 いくら声を小さくしてても、カウンターでそれだけの人数が看板息子と看板娘を交えて話している姿はかなり目立つ。 何事か…?と、テーブル客達がチラチラ視線をよこしているのに気が付いてティファは肩を竦めた。 「ほら、二人共!お仕事中にそんなお話ししたら駄目でしょう?」 溜め息混じり、本気半分でしかめっ面をするティファに、デンゼルとマリンはビクッと身体を震わせ、次いで「あは…ごめんなさい」「えへ…ごめんよ、ティファ」と、照れたように、焦ったように中途半端に笑って見せて、そそくさと仕事に戻って行った。 デンゼルとマリンにかけられたティファの言葉に、常連客達も自分達が注意されたかのような気持ちになり、それきりひそひそ話しをやめて、苦笑いを浮かべ、酒を口に運ぶ。 常連客達が女性客をあれこれ言わなくなったのを確認し、ティファはチラッと二人掛けのテーブルを見た。 そこには、あらかたの料理を食べ終わり、ゆっくりとカシスソーダーを飲んでいる美人。 その目は何を見るともなく、店の壁に向けられている。 『本当に……どうして来るのかしら…?』 勿論、来て欲しくない…というわけではない。 純粋に不思議で仕方ないのだ。 先ほど客達が話をしていたように、ティファの手料理が気に入った風でもないし、セブンスヘブンに来る客達の中で友達が出来た…というわけでもない。 更には、店主であるティファや看板息子、看板娘が気に入った…というわけでも……断じてない! 『何が目的で来てくれるのかなぁ…』 食べる為だけ……なら、別にセブンスヘブンでなくても良いのだから。 ティファは、これまで注文を聞く時や料理を運ぶ時などに、彼女に話しかけた事があった。 それは、仕事上…という一線おいたものではなくて、彼女独特の親しみやすい言葉かけ。 大概の客は、ティファのその言葉かけに心を開いて常連になってくれている。 しかし……。 一度ならず、何度も彼女に親しく話しかけようとしたティファだったが、ことごとく彼女には『フラれっぱなし』だ。 そう、先ほどの酔っ払い客同様に。 何を話しかけても、必要最低限のことしか彼女は言葉を返さない。 人付き合いが苦手……と言われればそうなのだろうが…。 だが……それだけではない…という気がするのだ。 しかし、それが何なのかはさっぱり分からない。 『まぁ……ちゃんと残さず食べてくれるし、お勘定もきちんと支払ってくれるし……』 内心首を捻りながらも、ティファは『ま、いっか!』と無理やり自分を納得させようとするのだった…。 「すいません、お勘定を…」 いつものように、いつの間にか席を立った彼女は、カウンターのティファに声を掛けた。 「あ、はい」 そしてティファもいつものように内心ドキッとしながらレジに向かう。 人の気配を読むことに長けているのに、何故かいつも彼女はいつの間にか傍に来ている。 別に気配を消しているわけではない……らしい。 目立つ存在なのに、『動作のみ影が薄い』といったところか…。 『本当に…不思議な人よね……』 ドキドキと少々早く鼓動を刻む胸をそっと押さえながら笑顔を向ける。 女性は……やはり無表情。 何というか……動く『マネキン』のようだ…。 なんとなしに客達が彼女と店主に目を向ける。 ニコニコと笑顔の店主とは対照的な…無表情な美人。 どことなく笑顔の店主と無表情な美人は似通った容姿をしている。 「あ……」 客の一人が何かに気付いたかのように声をあげ、近くにいたマリンが注文かと思って駆け寄った。 そんな看板娘に客は「あ〜、ごめんごめん、違うんだ」と頭を掻きながら不思議そうに見上げる少女にコソッと耳打ちした。 「ほら、あの別嬪さん。ティファちゃんが性質の悪い客を追い返すときに見せる恐〜い時の顔に似てるよな」 マリンは目を丸くすると、勘定を終えようとしている二人を見た。 言われて見たら……そうかもしれない。 ティファが真剣に怒った時に見せる…冷たい顔。 その表情と、女性の無感情な顔がほんの少し重なって見える。 「あ……本当だ……」 「な?なんだって今まで気づかなかったんだろう…」 自分で気付いておきながら、その客は首を傾げた。 恐らく、あまりにも感情が欠落したかのような女性の姿を見ているので、感受性豊かなティファに結びつかなかったのだろう。 マリンも新たな発見にしげしげとその女性客を見つめる。 その視線の先では…。 「ありがとうございました。またおこし下さいね」 いつものように笑顔で客に感謝を述べる店主。 対して、言葉を送られた女性客は無表情のままティファをジッと見た。 この数日、女性客がティファの視線を真っ向から見つめ返した姿は一度も見た事がない。 二人を見ていた数人の客と、見つめ返されたティファは戸惑った。 数人の戸惑った視線を受け、女性客が口を開く。 「いいえ、もう来ません」 シーーン。 予想だにしなかった彼女の台詞に、賑やかだった店内が水を打ったかのように静まり返った。 ティファも目を見開いて言葉を無くす。 あまりと言えばあまりな発言に、幾人かの客達が眦を上げて腰を浮かし、大半の客達がポカンと口を開けて女性を見つめた。 そんな中、女性客は小さく頭を下げた。 「すいません、言葉が足りませんでしたね。明日、田舎に帰るんです」 「あ……そ…うですか……」 二度と来ない…と言った理由が分かって強張った身体からほんの少し力が抜ける。 しかし、彼女の言葉のショックは完全に抜け切っていない。 硬い表情をして立ち竦んでいる店主に、女性は言葉を続けた。 「本当は…こんなに続けて来るつもりはなかったんです。アナタを…ティファ・ロックハートという女性を一目見たら…それでもう二度と来ないつもりでした。でも…」 言葉を切って僅かに目を伏せる。 「あまりにもアナタが私とは対照的で…。明るくて…優しくて……柔らかくて…」 顔を上げ、驚くティファを真っ直ぐに見つめる。 「羨ましかったんです。それにもしかしたら……そんなアナタを見ているうちに……少しくらい…私もアナタのように…笑えるようになるかと思って……。でも…」 ふぅ…。 諦めたような…悲しみとも苦みとも言える溜め息。 「結局、私は私でしかないんですよね。ティファさんのようには…笑えません」 彼女の声は大きくないのに、静まり返った店内ではやけに響いた。 「明日、帰ります。今日まで本当にごめんなさい。さぞイヤな思いをされたでしょうね」 「え……そんなことは…」 ハッと我に返って慌てるティファに、女性は軽く首を振った。 「良いんです。アナタが優しいことは、この数日で良く分かりましたから。ただ……」 「え……?」 「…………」 「あの…?」 言葉の途中で口を噤んだ女性に、ティファは躊躇いがちに手を伸ばした。 しかし、その手からするりと身をかわすと、 「なんでもありません。忘れて下さい」 そう言い残して、彼女はドアへ足を向けようとした。 が…。 チリンチリン…。 ドアベルの軽やかな音と共に、新しい客がやって来た。 若い男女。 仲睦まじく腕を組み、笑みを交わしている。 その二人に、ティファと子供達、そして数人の常連客達が、 「「「「あ……」」」」 と声を上げた。 何故なら、そのカップルの男性客は、ここ数日は来ていなかったものの、ティファをいつも熱い想いを込めて見つめているからだ。 いつぞやかは、クラウドが店の手伝いをしている時にティファに熱視線を送るという大失態(命知らずとも言う)をしでかし、それはそれは背筋も凍るような冷たい視線で睨みつけられるという過去を持っている。 その男性が、若くて可愛い系の女性と腕を組んで来店したのだ。 これを驚かずにいられようか!? ティファと子供達、そして数人の常連客達が驚きの余りポカンとしていると、そのカップルは視線をお互いの顔から外して店内……正確には真正面に向けた。 途端。 男性客が目をまん丸にし、驚愕の表情を浮かべて今まさに店を後にしようとしていた女性客を指差した。 「サラ!?」 「「「「サラ〜!?!?」」」」 男性客の大声に、一部始終を見ていた客達がこれまた驚いて大声を上げる。 そんな一種の『嵐』の中。 サラと呼ばれた女性だけが無表情のまま男性客を見つめていた。 あとがき お、終らなかった…。 すいません。 後編に続きます。 |