彼女……サラを指差したままその男性客は零れんばかりに目を見開き、驚愕ゆえか言葉もなくその場に立ち竦んでいた。 想い人(中編)凍りつく店内で、一番冷静だったのは男性客の腕を組んでいた女性客。 初めは驚いたように男性と女性……サラを見比べていたが、フッと笑うと固まっている男性客の耳元に口を寄せ、小声で何やら話しかけた。 静まり返る店内でもその声は聞き取れない。 固唾を呑んで見守る面々の前で、幾分か己を取り戻したのだろうか……? 男性客が小声で話しかけてくる女性客に向かってコクコクと頷いている。 その様子が……何とも言えず親密で…。 常連客とティファ、子供達は眉根を寄せて怪訝な顔をするばかりだった。 そもそも、数日前にパッタリ来なくなる前はあんなにティファにご執心の様子だったのに、今は別の女性と非常に親しげに振舞っている。 更には、謎の美女……こと、『サラ』とも知り合い……らしい。 チラリ。 サラを見ると、彼女は相変わらず無表情ではあるが、ジッと男性客と女性客を見つめて佇んでいる。 その姿が……何故か見ていて胸が痛む……そんな感情を抱かせるもので…。 例えて言うなら、『心の宿った人形が人間に恋をしている』。 そんな感じ。 決して叶わぬ思いを胸に抱き……その表情を変えられない悲しい人形。 その人形がなにか言おうと口を開いた。 が…。 「サラ!いつ来たんだよ〜!何で黙ってたんだ?連絡くらいしてくれたら良かったのに!そしたらいくらでも時間作ったのにさ!!いや……って言うか、元気だったか?」 本当に久しぶりだよなぁ!!! 男性客が女性の腕からスルリと抜け出し、満面の笑みで『サラ』の両肩に優しく手を置いた。 仲睦まじいカップルとして来店した男性客が、連れの女性をほったらかしにして別の女性に満面の笑みでもって話しかける。 その姿は……。 冷静に考えたら呆れ返るもののはず。 しかし、あまりにもその移り身が早かった為、その場を見ていた全員が唖然とするばかりで口を挟む余裕など微塵もない。 対する『サラ』と呼ばれた女性は僅かに眉根を寄せた。 当然だ。 たった今、仲睦まじく来店した男が、自分の姿を認めるなりその連れである女性を放ったらかしにして本当に嬉しそうに話しかけてくるのだから。 「なぁ、サラ、本当にいつ来たんだ?って言うかなんでエッジに???」 不思議そうに彼女の顔を覗き込む男性には、『サラ』しか目に入っていない……らしい。 周りの客達が男性と、男性が腕を組んで来店した女性、そして『サラ』に好奇の視線を投げかけているのに全く気付いていないようだ。 取り残された形になっている男性の連れの女性はというと…。 「「「「「???」」」」」 自分の連れである男性が自分を放ったらかしにして他の女性に嬉しそうに話しかけているというのに、穏やかな微笑を浮かべている。 『『『『な、なんで……???』』』』 困惑する面々の前で、男性と『サラ』の会話は続いていた。 「アナタが『ティファ・ロックハート』さんに想いを寄せている…と聞いたので……」 「え゛……」 途端凍りつく男性の笑顔。 対する女性は無表情のまま。 男性の連れの女性が、その様子に慌てて駆け寄り、何事かを口にしようとする。 「えっと、ちょっと待って下さい」 高いハスキーボイスは、彼女の容姿に良く似合っていて可愛らしい。 『サラ』はふぅ……と息を吐くと、たった一言、 「………ホッとしたわ」 場違いな台詞を口にした。 唖然と見守る人達の前で…。 言葉を無くして立ち尽くす顔見知りと思われる男性の前で…。 『サラ』と呼ばれた女性はスッと男性の連れとして来店した女性を見た。 意味が分からなくて男性共々、その女性は目を丸くしている。 『サラ』と呼ばれた女性は無表情のまま口を開く。 「アラムが『ティファ・ロックハート』さんに惹かれていると耳にしたものですから心配してたんです。でも、ちゃんと他に素敵な人を見つけたみたいだから…」 彼女の言葉に客達はそれぞれ「あ〜、なるほどね」「そりゃ、ティファさんにはクラウドさんがいるから…」「俺達も惨敗だしなぁ…」などなど、好き勝手に呟きながら納得しようとした……が!! たった今、彼は『サラ』に非常に…親しげではなかったか? そう、まるで『長く会っていなかった大切な人』に再会出来たかのように。 そして、それを裏付けるかのように『ホッ』とされた男性と連れの女性はサーッと青ざめた。 「え!?ちょ、ちょっと待って!!」 「いや、違うんです!!」 凄まじい形相で『サラ』に手と首を大きく振って彼女の考えを否定する。 あまりにも必死な二人に、客達は勿論、ティファと子供達も目を丸くして顔を見合わせる。 「サラ…それは激しく誤解だ!!」 「そうです!!全くもって大きな誤解です!!」 「僕がエッジに来たのはそもそもサラが理由だから!!」 「そうです!お蔭でホント、仕事がはかどりました!!」 「「「「「はぁ!?!?!?」」」」」 二人の言葉に素っ頓狂な声を上げたのは『サラ』ではなく、一部始終を見守っていた周りの客達。 ティファと子供達は驚き過ぎて声も出ない。 何しろ、寄り添って店に来た二人がいくら必死に言っても、少しも説得力がない。 言ってる事とやってる事が正反対にしか思えない二人に、呆れた声が上がったのは極々自然な事だろう。 それに対し、当事者である『サラ』は、相変わらずの無表情な顔を僅かに歪ませただけ…。 眉根を寄せ……悲しげに眉尻を下げる。 「アラム…。良いの、私は平気。アナタは小さい頃から優しかった…。こんな人付き合いが下手で、いつも浮いている私の事を気にしてくれて…。本当に嬉しいかったけど、でも…、私もいい大人だもの、これからは私なんかの為に時間を使ったりしないで。私の事は……気にしないで」 「い、いや、ほんっとうに違うから!誤解だから!!」 背を向けようとする『サラ』の腕を掴んで『アラム』は必死に引き止めた。 いまや、彼は崖っぷちに立たされているようだ。 その焦燥感と必死さがヒシヒシと伝わってくる。 何がなんだか良く分からないが、誰も口を挟めない。 いや、挟ではいけないものを感じる。 本当なら 『もしかしてサラ…って姉ちゃんが好きなのか!?だったらなんだてそんな可愛い女の子連れてるんだよ!』 とか、 『お前、ティファちゃんにぞっこんだったじゃん…』 とか、言いたいことは腐るほどあるだろうし、そういう野次らしきものが飛んでもおかしくない状況だ。 何しろ、皆ある程度酒が入っている。 酒が入ると冷静な判断が出来ないし、調子に乗って余計な事を口走ったりからかったりするのが人間というもの。 それなのに!! それを許さないかのような真剣な雰囲気が痛いほど感じられる。 というわけで、本来なら投げ掛けられるであろうそれらの台詞全てを客達はグッと飲み込んで、成り行きをジッと見守った。 当然、ティファも子供達も仕事どころではない。 なにしろ、客達が『アラム』と『サラ』の二人に目が釘付けになって仕事がないのだから……。 「アラム……本当に良いの、お願いだからこれ以上気を使わないで」 「いや、だから話を聞いてくれないか!?頼むからさ!」 必死に言い募る彼の手をそっと押しやり、サラは淡々とした口調で拒絶の言葉を口にした。 「ねぇアラム。私は昔から『マネキンみたいな顔』って言われてたわね。そんな私は…友達もいなくて、いつも一人だった。そんな私に優しくしてくれたのはアラムだけ…。本当に嬉しかったわ…。でも……知ってた?アナタが私を庇うたびにイジメがエスカレートしてたって」 「え……?」 「「「「「!?」」」」」 サラの告白に青年だけでなく見守っていた店内にいた全員が息を飲む。 ティファの脳裏に幼い頃の情景が蘇えった。 金髪の少年がいつも自分と友達を遠くからそれとなしに見ていた…その姿を…。 同時に、胸に鋭い痛みが走る。 あの頃のクラウドに自分は手を差し伸べてあげられなかった…。 『サラ』に『アラム』が手を差し伸べたように……してあげられなかった…。 密かに胸に手を当て、グッと唇をかみ締めたティファに誰も気付かず、二人のやり取りは続けられる。 「アナタは優しいから……皆にとても人気があった。そんなアナタが私なんかの味方をしたのが皆には面白くなかったの」 「……そ……んな…」 大きな衝撃を受けて、サラを掴んでいた手から力が抜ける。 だらりと下がった腕が微かに震えている。 「ごめんなさい、こんな話をして。でも、アナタはそうやって傷つくでしょう?だから言わなかったの」 「ご、ご…めん…」 青ざめて謝る青年に、サラは表情のない顔でゆっくりと首を振った。 「謝って欲しいわけじゃないの。私は別に平気だった。ただ、私を庇う事でアナタが辛い目に合わないか…それだけが心配だった」 言葉を切ってどこか遠くを見るような目をする。 「これまで私に関わってアナタが害を受けることはなかったから良かったけど、これからは……そうとは言えないでしょう?だって、『子供の世界』と『大人の世界』は違うんですもの」 静まり返った店内に、静かな彼女の声が皆の胸を打つ。 誰もが『イジメ』たり『イジメ』られたりした経験を持つ。 それは、子供だけではなく大人になってからも経験する当然のこと。 しかし、それがいかに人を傷つけ…そして自分も傷ついたのかを思い出した気がした。 「アナタは、成人してすぐに村を出てしまったわね」 「だからそれは!」 「でもそれなのに、アナタはほとんど毎日電話をくれた」 「………」 「嬉しかったわ」 表情は相変わらずないに等しいのに、その一言がとても温かく聞えたのは、恐らくティファだけではないだろう…。 子供達も愛らしい顔を複雑そうに歪めてジッと女性を見つめている。 客達も、手にジョッキを握り締めたまま固唾を飲んで見守っていた。 「でも……ゴメンナサイ、だから勘違いしちゃったみたい…」 「え…?」 「「「「「???」」」」」 遠い目をしていた彼女が真っ直ぐ青年を見る。 困惑する青年よろしく、客達も首を傾げた。 彼女が言わんとしている事が分からない。 「アナタが私に好意を持ってくれてるって……」 ティファはクラウドが村を出て行った時の事を思い出した。 村を出る前日。 それまで親しくした事はなかったのに、急に給水塔に呼び出された事を…。 あの時、 『どうして…?』 としか思わなかった。 仲良く遊んだことなどなかったのだから。 彼が自分の家にやって来たのはたったの一度だけ。 母親が亡くなって深い悲しみに突き落とされていた時だけ…。 その後、一緒にニブル山から落ちてしまって……父親が彼を誤解し、今後一切関わるな…と申し渡した。 でも、それなのに彼は父親に見つからないよう、そっと自分を呼び出した。 ティファ自身、不思議に思いながらも父親をごまかして呼び出された場所に向かって……。 彼から将来の夢を聞かせてもらった。 その時、思わなかっただろうか? ― クラウドは私を好きでいてくれてるんじゃないか? ― 『好き』だと言われたわけでもないのに、彼が自分に好意を持ってくれているのでは…?と、淡い期待を抱かなかっただろうか? いや、思ったはずだ。 だからこそ、彼が出て行ってから毎日毎日、それまで読んだ事もなかった新聞を読むようになったのだから。 クラウドの名前が少しでも出ていないか…、クラウドらしき特徴のある少年がソルジャーになったという記事はないか……。 一生懸命読んだ。 そして、一度だけだが手紙も書いた。 …返事は…来なかったけど……。 あの時の気持ち。 手紙を投函した時、ドキドキしなかったか…? 返事が届いてないか、毎日毎日胸をときめかせ、空っぽの郵便受けにガッカリしなかったか? 思い返せば…。 とっくに彼に恋をしていた。 いつからかは分からない。 給水塔でのことが、気持ちに気付くきっかけになったのは確かだが、いつから彼を想っていたのかは未だに不明。 特別彼と親しくしていなかった自分ですら彼に恋をした。 イジメにあっていたのを庇われていた彼女が青年に好意を持ってしまっても不思議はない。 というか、当然の心理だろう。 クラウドに対する『思慕の念』で胸が痛み、青年の理不尽な仕打ちに怒りが込上げる。 「ひどいよね…」 「うん…」 子供達も嫌悪感一杯に顔を歪ませていた。 「たった二週間電話がないくらいでこんなところまで追いかけてきちゃって…本当にごめんなさい」 目を伏せて軽く頭を下げる。 青年は初めて知る彼女の告白に、ついていけてないらしい。 完全に固まっている。 そんな青年とは違い、青年が連れて来店した可愛い女性は何事かを思いついたような顔をした。 『サラ』に一歩近寄ると挑むような目を向けて口を開く。 「今の話だと、アナタはアラムが好きだ…って言ってるように聞えたんですけど?」 うわ〜、いきなり核心突いてきたよこの子!! なに言ってくれてんの!? そんな客達の心の叫びがティファには確かに聞えた気がした。 誰も彼もがあんぐりと口を開けたり、顔を引き攣らせたり、慌てすぎてグラスの中身をぶちまけてあわあわしている。 そんな観衆達の視線をものともせず、可愛い女性は『サラ』への攻撃とも取れる発言を続けた。 「アナタはアラムが好き。違うんですか?」 問い詰められ、真っ直ぐに見据えられる事で、初めて『サラ』に戸惑いという表情が浮かんだ。 青年は呼吸を忘れたかのように見つめている。 まるで、一世一代の正念場に立たされているようだ。 『サラ』は問い詰めている彼女から逸らす事が出来ないのか、怯えたような目を向けつつも唇をギュッとかみ締めた。 ― 頑張って!! ― 知らず知らずのうちにティファは手を握り締め、心の中でエールを送る。 まるで、幼い頃の自分にエールを送るように…。 今の幸せを手にする事が出来た自分がここにいるから……だから頑張れ!!というかのように。 「違わない…です……」 震える声で…。 頬を染めて…。 伏せられた瞳をうるませて…。 『マネキン』が初めて『人間』になった。 「マジ……?」 沈黙を破ったのは告白を受けた青年。 呆然と呟かれたその言葉は、固唾を呑んで見守っていた全員の怒りを買った。 か弱い女性がたった一人で田舎からエッジにやって来た。 青年への想い一つだけで! 右も左も分からない土地に来て、不安にならない人間はそうそういるもんじゃない。 不安を胸にエッジに着いてみると、青年が『ティファ・ロックハートに熱を上げている』という噂。 それを耳にした時、どれだけ彼女は悲しかっただろう…。 それなのに!! 突きつけられた現実がこれでは、彼女があまりにも可哀想ではないか!? 勿論、酷いことをして騙して、弄んで捨てたわけではないのだから、青年を責めるのはおかしいかもしれない。 それでも、見守っていた面々はすっかり彼女に感情移入していた。 『『『『『許せん!!』』』』』 ギラッと目を光らせ、幾人かが腰を上げる。 しかし、真っ先に動いたのは他でもない青年だった。 心細げに立ち竦んでいる彼女を思いっきり抱きしめる。 「マジで嬉しい!!」 「え……?」 「「「「「え……???」」」」」 青年に抱きしめられたという状況に全くついていけない『サラ』は、目を丸くして固まっている。 そして、青年に対して怒気を漲らせていた客達とティファ、子供達もついていけずにポカンとする。 『アラム』に連れられて来店した可愛い女性が満面の笑みを浮かべて「やったじゃん、アラム!!」とガッツポーズをしたことに、ますます皆は首を捻った。 いや、何故そこでガッツポーズ!? 普通…怒るところじゃないのか…!? 呆然としている『サラ』から少しだけ身体を離すと、『アラム』は困惑で揺れる薄茶色の瞳を覗き込んだ。 「僕も、サラがずっと好きだった!だけど、サラにまだ言っちゃダメだって思って…。ずっと我慢してたんだ!!」 「え……?で、でも……」 困惑しきりに『アラム』と『アラムと一緒に来店した女性』を見る。 『アラム』は満面の笑みで、 「あ、こいつ?こいつはね…」 そう言って片腕を女性に伸ばした。 彼女も笑顔満開で二人に近付く。 『アラム』の手が女性の髪を掴み、引っ張った。 スポッ。 「「「「「ええぇぇぇぇぇええええ!?!?!?!?」」」」」 「初めまして〜。アラムの勤め先の社長の息子で、サークって言います」 本日最大級の驚愕の声がセブンスヘブンを震わせた。 あとがき ……終らなかった……。 しかも、クラウド登場させられなかった……(汗)。 じ、次回は必ず!!(本当に…???) |