思いがけずに一人旅 19猛然と木々の間を駆け抜ける英雄達と…。 その後を、これまた信じられないスピードで追いかける銀色の化け物…。 シエラ号のスクリーンを食い入るように見つめていたリーブ達は、固唾を呑んで見守っている。 本来なら、シエラ号からも何らかの攻撃を仕掛けるべきなのだろうが、如何せん邪魔になる木が多過ぎる。 おまけに、クラウド達に肉薄し過ぎていて攻撃した際に、仲間達が巻き込まれる可能性が高い。 それに…。 「あの化け物……、まだ『空気』を操れるんでしょうか……」 誰に言うとも無く呟いたリーブに、その答えを与えてくれる者はいなかった。 仮に、ドラゴンの形状をしていない化け物が、『空気』での攻撃を仕掛ける事がまだ可能だとしたら、迂闊な行動には出れない。 シエラ号には非戦闘員が多数乗っているのだ。 それに、シエラ号は非常に貴重な飛空挺。 失うわけにはいかない。 …勿論、リーブ自身、まだ星に還るわけにはいかなかった。 まだまだ、果たすべき役割があるのだから…。 当然、クラウド達もそうだ。 誰一人、失って良い人間などいない。 どうしても…!という事態以外、シエラ号から攻撃する事は出来なかった。 リーブに出来るのは…今のところ唯一つ。 「クラウド、そのまま真っ直ぐ!もうすぐ噴出口が見えるはずです!!」 クラウド達に的確な情報を与えて指示を出す事…。 リーブは蒼白な顔をしてヴィンセントに背負われている部下の姿に、ギリリ…と奥歯をかみ締めた。 「大丈夫だよ…」 「え…?」 くいくい…と袖を引っ張られ、驚いて下を見ると、マリンの大きな瞳が心配そうに自分を見上げていた。 その隣では、癖のあるフワフワの髪をした少年が、同じ様に心配そうに見つめている。 「シュリ兄ちゃんは強いから大丈夫だよ」 「うん!シュリお兄ちゃんはとても強いもん!だから大丈夫だよ!!」 そう言って笑いかけてくる子供達の目は、傷を追った部下を心から信頼していた。 ― ここで私が信じてやらなかったら、シュリはさぞガッカリするでしょうね… ― クスリ…と笑みをこぼすと、リーブは子供達の頭をクシャクシャと撫でた。 「ありがとう、二人共」 心から感謝の言葉を口にすると、リーブは再びスクリーンを見つめた。 もう少し…。 あと少しでライフストリームの噴出口へ到着する。 しかし…。 ― 本当に……ライフストリームへ落として大丈夫なんでしょうか…… ― 一抹の不安を抱えながら、仲間達が噴出口へ急ぐ姿をジッと見守るのだった。 「はぁ…、はぁ…、はぁ…」 「シュリ君!しっかり!!」 ヴィンセントに負ぶわれたシュリに、ティファが必死に声をかけ続ける。 顔色も悪く、息が荒い。 ちゃんと止血出来ないまま化け物に追いかけられている為、ジワジワと今も出血が続いている。 ヴィンセントのマントが不自然な緋色に染め上げられていく様に、仲間達も心配そうな顔をしていた。 シュリはティファの声掛けに、最初はちゃんと答えていたのだが、すぐに返事が出来る状態ではなくなった。 シュリを早く手当てしないと不味い事は重々承知していたが、現状がそれを許さない。 先程、化け物に弾き飛ばされたアイテムが最後だったのだ。 WROの隊員達から受け取った回復アイテムは、自分達でほとんど使い切ってしまった。 その事を後悔しても仕方ないのだが…。 「くそっ!こんな事なら、もっと大事に使うんだったぜ!」 シドが心底悔しそうに唸る。 誰もがその気持ちだった。 もっと…大切に使うべきだった。 なにより、もっと気を引き締めるべきだった。 全く攻撃が効かなかった化け物に、唯一ダメージを与えられる武器が舞い込んできた。 それに対して気が緩みすぎたのだ。 何ともみっともない失態だった。 そして、なによりも悔やまれるのは、その唯一ダメージを与えられる武器を所持していたシュリが、現在非常に危ない状態にあると言う事だ。 ティファがシュリから渡されたハンドガンは、既に弾切れになっていた。 役に立たなくなったその武器は、既にポケットにねじ込まれている。 代わりに、クラウドとヴィンセントがシュリから渡された武器は、それぞれシドとユフィの手に渡っていた。 弾の数に限りがある為、おいそれと撃ちまくれない。 銀色の化け物が攻撃を仕掛けてくる時のみ、撃つようにしていた。 そのせいか、化け物の追いかけてくるスピードがアップしたように感じられる。 ダメージから回復しているのだろうか……? 不吉なその考えを誰も口にしなかったが、全員がそう感じている事を皆が知っていた。 シュリに声をかけ続けるティファ以外、誰も無駄口を叩く事無くひたすら走っている。 「クラウド…代わろうか?」 ティファが気遣わしげに前方を走るクラウドに声をかけた。 クラウドは、シュリから遺産を奪ってからずっと、走りながら吹き続けている。 走りながら吹く事がどれほど苦しく大変か…。 しかし、クラウドは辛そうに眉を顰めながらも首を横に振った。 そして、チラリと視線を後方に投げかけた。 銀色の化け物が肉薄してきている。 このままだと、噴出口に辿り着く前に仲間の中で一番鈍足なバレットに追いついてしまうかもしれない。 クラウドは一旦遺産から口を離すと、 「バレット!このままだとお前は追いつかれる。一旦離れろ!」 「…はぁ……バッカ野郎!!そんな……こと……出来るか……よ…!!」 クラウドの提案を、青息吐息な状態で却下すると、バレットは疲れた脚に力を込めた。 「クソッタレ…!!このまま……脱落……して……たまるか……!!」 「バレット…無理しない方が良いんじゃん?シドもさぁ…」 「バカタレ!俺様は…まだ…大丈夫だ…っつうの!!」 ユフィの心配そうな言葉に、シドは顔を顰め、バレットは無言。 ナナキも心配層な顔を向けたが、これ以上話しかけて二人が余計な体力を消耗する事が憚られ、黙って口をつぐんでいた。 背後から、ズルズル…という何とも怖気の立つ音が響いてくる。 その音が、段々大きくなっているのは残念ながら気のせいではないだろう…。 ハンドガンを持っているユフィとシド以外、一行は後ろを振り返る事無く必死に駆けて行った。 密集する木々に阻まれたり、丈の長い草に足を取られそうになったり、苔やシダに滑って転倒しそうになったり…。 それでも誰一人脱落する事無く、とうとう目的地に到着した。 エメラルドグリーンの泉を前に、一行は息を整えながら見入った。 「はぁ……それで……どうするの……はぁ……」 「……ぜぇ……やっぱ……『それ』を……ぜぇ……落っことすんじゃ……ぜぇ……ないか……ぜぇ……」 「でもよ……はぁ……それって……はぁ……どのタイミングで……やるんだよ……はぁ……」 ユフィとバレットの会話に、シドがもっともな疑問を投げかけた。 クラウドは肩で息をしながら遺産を奏で続けている。 ティファは気遣わしそうにヴィンセントに負ぶわれているシュリの様子を見た。 青い顔は更に白さを増しているようだ。 ヴィンセントのマントがグッショリと濡れている。 「早くシュリ君を治療しないと…危ないわ…」 「ああ!!こんな事ならケアルのマテリアだけでも持って来れば良かった〜〜!!!」 ユフィがガシガシと頭を掻き毟りながら苛立たしげに呻いた。 二年半前の旅から、誰一人マテリアを使っていない。 それは、星の命を守る為…。 誰もそれを強要したり、主張したりしなかったが、それは暗黙の了解の下、クラウドを中心にマテリアを集めては保管していた。(最も、彼の保管はずさんであった為、すぐに盗まれる状態だったので今はWROが中心になって保管している) しかし、今回ばかりはその暗黙の了解を破って良かったのではないだろうか…。 破っていたなら、目の前の若い隊員をすぐに救う事が出来るのに…!! その時。 「……局長……」 「「「「シュリ!?」」」」 薄っすらと目を開けたシュリが、ポツリと呟くようにリーブを呼んだ。 『シュリ!大丈夫ですか!?』 すぐにリーブが返答する。 それに対し、シュリは「平気です…」と素っ気無く返すと、途切れがちになりながらポツポツ何やらリーブに話をした。 具合が悪く小さな声しか出ない為なのか、それとも背後に肉薄してきている化け物の這いずる音の為なのか、あるいはその両方か…。 傍にいる英雄達にシュリの声は届かなかった。 ただ、彼を背負っているヴィンセントの目が、驚愕に見開かれる。 その寡黙な仲間の表情に、英雄達は訝しげな顔を見合わせた。 何やら非難するような目をするヴィンセントに負ぶわれたシュリが、「はぁ〜…」と息を吐き出し、そのまま再びヴィンセントの肩に顔を埋めた。 その途端。 メキメキメキ…!!! 巨木が化け物にへし折られる音がしたかと思うと、クラウド達の方へその巨木が倒れこんできた。 「ゲッ!!」「うわっ!!」「あぶねぇ!!」 等々、悲鳴を上げながら、一斉に身をかわす。 その際、英雄達は二つに分かれた。 クラウド・ティファ・ヴィンセント・シュリ。 そして、ナナキ・ユフィ・シド・バレット。 地面に大きな音を立てて倒れた巨木を間に、二手に分かれてしまった英雄達。 その英雄達に、銀色に蠢く化け物が肉薄する。 勿論…。 化け物の狙いはクラウドの持つ遺産。 ナナキ達を完全に無視して、猛然とクラウド達へ突っ込んだ。 その背後をユフィとシドが手にしていたハンドガンで撃ちまくる。 銃弾の残りなど気にしていられない。 化け物は、もう咆哮を上げる事は無かった。 何しろ、全身がドロドロの状態で、口も目もあったものではないのだから…。 不気味に全身を捩らせ、僅かに方向を転じる。 そして、煩わしいものから先に排除する事に決めたようだ。 「ゲゲッ!!こっち来た!!!!」 「わわわ!!ユフィ、シド、早く撃っちゃってよ!!!」 「だ、だめだ……弾切れだ!!」 「私もーー!!!」 「マジかよーーー!?!?」 四人は悲鳴を上げながら必死に走り出した。 足場が悪い上に、すぐ傍はライフストリーム。 落ちたら……エライ事になってしまう…。 だからと言って、チンタラ走っている場合でもない。 四人は必死だった。 その間、クラウドも必死に遺産を吹いていたが、どういうわけか噴出口に辿り着いた途端、化け物に対して先程まで見せていた威力がなくなったようだ。 いくら音を鳴らしても、化け物の動きは変わらない。 「くそっ!」 忌々しげに舌打ちをし、何とか仲間の危機を救うべく辺りを見渡す。 しかし、これと言って何も無い。 あるのは、生い茂る丈の長い草と林立する大樹。 その大樹も、化け物が動き回るたびに無残にも地面に倒されている。 「見てられないわ!!」 ティファが焦燥感も露わに、仲間達の元へ駆け出そうとした。 当然、クラウドはそれを許さない。 「ダメだ!今行くのは危険だ!!」 「でも、このままじゃ皆が…!」 「分かってる、俺が行く!!」 「ダメよ!クラウドは遺産を持ってるじゃない!!」 「じゃあ、ティファがこれを持ってここにいろ!」 「イヤよそんなの!」 「我がまま言ってる場合か!?」 「我がままってどういう意味よ!?」 「二人共、痴話喧嘩は後にしろ」 段々白熱してきた二人の口論に、ヴィンセントが水を差した。 二人共ハッと我に帰って気まずそうに口を噤む。 その時、タイミング良くリーブが指示を下した。 『皆さん、良いですか?今からそちらに急降下します。それまでに、ユフィはシュリからワイヤーを受け取って下さい。』 「ワイヤー?」 『ユフィはそのワイヤーを持ってる手裏剣に結び付けてシエラ号に引っかかるように投げて下さい』 「……マジ…?」 『そしたら、そのワイヤーに捕まってクラウド、遺産を持ったまま飛んで下さい』 「分かった」 リーブの作戦に、クラウドは躊躇わずに了承した。 仲間達が反対の意思を表したが、それを無視してクラウドはヴィンセントに負ぶわれているシュリに近寄った。 「おい……聞えるか?」 「………俺の……右の……ブーツの……側面に……」 「分かった」 話を聞いていたらしいシュリが、途切れながらもハッキリとそう言った。 恐らく、この作戦を提示したのはシュリだろう。 だから、先程ヴィンセントは顔を顰めたのだ。 この作戦でヘマをしたら、恐らくクラウドは二年半前のように魔晄中毒になってしまう。 しかし、どうしてもやらなければならない。 ライフストリームの噴出口の真上で遺産を手にしているクラウドに、化け物はおびき寄せられるだろう…。 そして、化け物はクラウドに全身を伸ばしても、化け物自身を支えるものが無い為、真っ逆さまに噴出口に落ちるはずだ。 ………もっとも、化け物が遺産に目が眩んで、状況が把握出来ない状態になってくれていれば……の話しだが…。 シュリの言う通り、右のブーツに忍ばされていたワイヤーを取り出す。 ユフィは顔を顰めながら、軽やかに化け物を飛んでかわすと、そのまま化け物の背後に回ってクラウドの元へやって来た。 「本当にやるの…?」 「ああ。迷ってる暇は無い」 「そうだけど…」 「ほら、来たぞ」 渋るユフィに、クラウドが顔を上げてシエラ号を指した。 シエラ号のエンジン音と、巻き起こる風に物々しさに拍車が掛かる。 ユフィは躊躇っていたが、結局はリーブの指示通り、実に素晴らしいコントロールでシエラ号の手すりに手裏剣を絡める事に成功した。 黙ってワイヤーの端を渡すユフィと、それを不安げに見守るティファ、無表情なヴィンセントに見守られ、クラウドは再び遺産を口に当てて、思い切り吹き鳴らした。 大樹の盛り上った根に引っかかって派手に転倒したバレットに襲い掛かろうとしていた化け物が、ビクリと身体を引き攣らせた。 次いで、ユラリと方向を変える。 全身で息をしながら、汗だくになって固まっていたバレットは、目の前に迫っていた死の恐怖が急速に遠ざかった事を知り、一気に脱力した。 シドがバレットに駆け寄り、肩を貸す。 皆が見守る中、クラウドは力一杯地面を蹴り、飛び上がった。 片腕でワイヤーからぶら下がりながら遺産を奏でるクラウドに、化け物が思い切り全身を伸ばす。 あと少し…。 あと少しで化け物が噴出口に落ちる!! そう誰もが期待した。 しかし…! 「ゲッ!!」 「マジかよ!!」 「うっそーー!?」 「ちょっと、それ反則じゃん!!」 「……何と言う事だ……」 「クラウド!!!」 化け物の身体がひも状にまで細く長く延びたのだ。 胴体と思われる部分は、しっかりと地面に張り付いている。 腕……それとも足になるのだろうか? その部分だけを変形させて、クラウドごと遺産を絡み取ろうとしているのだ。 これに慌てたのはシエラ号でスクリーンを見ていたリーブを初め、乗員全員。 副操縦士は大慌てで上昇を試みるが、その拍子にクラウドの身体がガクンと下がったのを見て、蒼白になった。 急上昇した為、手の中でワイヤーが滑ったのだ。 子供達が悲鳴を上げ、リーブが青ざめて両手を握り締める。 クラウドの危機に、仲間達は息を飲んだ。 「この野郎!!さっさと落ちやがれ!!!」 バレットが怒声を上げながら、化け物の足元を撃ち始める。 たちまち土埃が上がり、ユフィとナナキは慌てて後ろへ飛んで風上に避けた。 バレットの行動を見たヴィンセントが、シュリをティファに託すと同様に化け物の足元を銃で撃ち始める。 化け物の足場を崩そうとしているのだ。 その意図に気付いたユフィも、手裏剣を手に狙い定めて地面へ突き刺す。 しかし、威力は銃に及ばない。 槍と牙を武器に闘うシドとナナキも、どうする事も出来ず、その戦況を見守るしかなかった。 しかし、その僅かの時間で足場を崩す事は出来なかった。 ひも状になった化け物の触手がクラウドの足を掠める。 咄嗟に足を引っ込めたクラウドは、全身から冷や汗が吹き出した。 掠っただけなのに、身体から力が奪われた感触がしたのだ。 『こいつにまともに触れられたらひとたまりも無い…!』 遺産を吹く溶融など既に無く、クラウドは怒鳴るようにシエラ号の副操縦士に上昇するよう伝えた。 しかし、先程のクラウドを見た副操縦士は急上昇する事を躊躇った。 ジワジワとしか上がらないクラウドの身体に、今では糸状にまでなってしまった化け物が追いすがる。 そしてとうとう…。 「「「「「クラウド!!!!」」」」」 糸状になった化け物がクラウドの全身を包み込んだ…… ……かに見えた…。 「ファイナルへブン!!!」 ティファのリミット技が化け物の身体を噴出口目掛けて吹き飛ばした。 宙を舞った化け物の身体が、噴出口に落下する。 誰もが驚愕に目を見張った。 そんな皆の視線を前に…。 化け物は最後の悪足掻き…と言わんばかりに、糸状にまで伸ばした身体をクラウドを通り越し、シエラ号に向けて思い切り伸ばした。 「破晄撃!!!!」 ワイヤーから手を離したクラウドは、リミットレベルUの技を胴体部分に炸裂させた。 噴出口目掛けて叩き落すように決めたその技に…。 化け物はシュルシュルと触手を縮めながら、身体をくねらせつつ噴出口へ落下した。 ライフストリームの泉に化け物が水しぶきを上げて沈むのを、仲間達はしっかりと見届けた。 一方クラウドは…。 化け物を叩き落した時に、しっかりと己の身体を陸地に向けて飛ばす事を忘れていなかった。 化け物を踏み台にして、無事にティファの傍に着地する。 「クラウド!」 「ティファ……大丈夫か?」 「うん……うん……!!」 しっかりとクラウドにしがみ付いて何度も頷くティファに、クラウドは心の底から安堵の溜め息を漏らしたのだった。 そして…。 『『『『『『『やったーーーー!!!!!』』』』』』』 通信機から大音量に響き渡ったシエラ号の乗員達の歓喜の叫びに、イヤホンを装着していた全員が悲鳴を上げて耳からむしり取ったのだった…。 あとがき はい。とうとう大団円出来そうです。 次回で完結です。 あと少し、お付き合いくだされば幸いです(^^) |