「ティファさんが羨ましい…」 そう呟いてカウンターに突っ伏し、そのまま眠ってしまった女性客に、ティファはそっとブランケットをかけた。 想い、想われ、揺らめくものは…(前編)「…ティファ…この人…どうする?」 心配そうにマリンが女性客を見る。 かなりの量を飲んでいたが、急性アルコール中毒…という訳ではなさそうだ。 ただ単に、酔っ払って眠ってしまっただけだろう。 呼吸もしっかりしているし、何より顔色も悪くない。 「もう少し…寝かせてあげようか…」 「でもさ…。もう今夜は閉店にするんだろ?」 デンゼルの言葉に、ティファは困ったような顔をした。 セブンスヘブンは、通常ならあと三時間は営業している。 しかし、明日は早朝からユフィが来るのだ。 前回までは突然遊びに来ていたのだが、今回は珍しく前もって連絡をよこしてきた。 その分、朝食は豪勢に!!という事なのだろう…。 いつも元気一杯、周りを自分のペースに巻き込んで好き勝手するユフィだが、本当はとても優しい女性である事を、仲間の皆は良く知っていた。 だからこそ、ユフィが無茶をして不平不満を口にしながらも、決して心から嫌がったりせずに付き合うのだ。 そうして……最後には心からの笑顔を見せるのだ。 彼女の明るさのお陰で…。 仲間も…。 クラウドも…。 そして自分も…。 沢山、沢山、救われてきた。 だからこそ、彼女が来る明日の早朝を完璧に迎えられる為、そして、彼女に強制連行されてくる仲間の為にも、今夜は早く店を閉める予定にしていた。 そのつもりで、店のドアにも『本日は21時までの営業とさせて頂きます』との看板を掲げていたのだ。 現時刻、20:55. 店の客は大半が勘定を残すのみとなり、それでも名残惜しそうにテーブルにしがみついていたり、重い腰を上げようかどうしようか迷っている常連客が数名残っているのみだ。 しかし…。 カウンターで突っ伏して眠る彼女を…起こす事は出来ない…。 同じ、女性として。 「ティファ?」 困ったような、それでいて女性客を心配してするような顔をして、マリンが見上げて来る。 マリンは、彼女が酔いつぶれて眠るまで飲んだ理由をデンゼルよりも知っていた。 それに、マリンは年齢よりもうんと精神的に大人である。 彼女が酔いつぶれるまで飲まざるをえなかった…その心情を何となく察しているのだろう。 渋面のデンゼルを引っ張るようにして、残っている客達の勘定に駆り立てた。 本来なら立場が逆であろう息子と娘の姿に、頬を緩めながら、ティファは再びカウンターで突っ伏して眠る女性に目を向けた。 『ティファさんが羨ましい…』 彼女の言葉が、とても痛い…。 「ティファさんの初恋って…誰ですか?」 「え!?」 彼女の突然の質問に、ティファはうっかり皿を落としそうになった。 彼女はティファの驚き、慌てる姿にクスクスと笑いながら、遠い目をしてグラスを掲げた。 「私は……何と今の彼…なんですよ。随分遅いでしょ?」 どこか自嘲気味に微笑む彼女に、かける言葉が見つからなかった。 それでも、最終的には彼女は初恋を実らせ、ティファや他の常連客達から祝福の言葉を受ける事になったのだ。 彼女は何度かセブンスヘブンに訪れた事のある顔馴染みだった。 決まって、彼女は一人で来た。 他に友人も…そして、出来たばかりだという初めての恋人すら、伴っては来なかった。 彼女が言うには、 『酒は自分と向き合う時に飲むんです。だから、連れがいると自分と向き合えないから一人で飲みたいんですよ』 だそうだ。 聞いた事は無いが、見た目から判断すると既に二十代後半か三十代前半といった年齢だろう。 そんな女性が、半年前に生まれて初めて恋をしたのだと言って、この店で酒を飲んだ。 丁度、今夜と同じ、カウンター席だった…。 彼女は、ほんのりと頬を染め、幸せそうな……それでいて何かを恐れているような、そんな矛盾した表情を併せ(あわせ)持ちながら、店長のティファに恥ずかしそうに報告したのだった。 その時は、まさかこんなにも早くに決別の時を彼女が迎えるとは想像もしなかった。 彼女は実直な正確で、当然ながら男性に疎く、その手の話には非常に奥手だった。 しかし、それも彼女の育った環境のせいだ。 彼女は幼い頃から恋愛などしている暇もない程、生きる事に必死にならなければならなかった。 彼女が酔った時に漏らした言葉を繋ぎ合わせると、彼女の家族は非常に複雑な関係だったらしい。 実の母親は、彼女が生まれた時に出て行っそうだ。 彼女の父親は、妻の事を心から愛していた事と、元来病弱な事から一気に衰弱し、寝たきりになってしまったらしい。 幼い彼女は、親戚の元に奉公のような形で預けられた。 その親戚は、特に酷い人達でもなかったが…温かい人達でもなかった。 彼女は子供らしい甘えを表に出す機会に恵まれず、親戚の元で働いた。 必死に生きてきた彼女…。 その彼女がやっと、女としての幸せを手に入れる事が出来た。 それを喜ばずにいられようか? 父親は、初めて家に連れて来た娘の恋人に娘を託し、長い病床生活から永遠に解放された。 二ヶ月前の事だ。 当然、彼女の周りの人間は、彼女の恋人が彼女と共に生涯を歩く覚悟をしている者だと思っていた。 しかし、実際はそうではなかったのだ…。 「ティファさん…男の人って…怖くないですか?」 つい一週間前に店にやって来た彼女が、ティファに聞いた。 その時に彼女の目に宿る闇に、ティファは胸騒ぎを覚えた。 しかし、ティファに何が出来ようか? 彼女の恋人に『彼女をしっかりと捕まえて…幸せにしてやって!』と、言ってやりたかった。 しかし、そんな事…出来るはずもない…。 そして、今夜。 彼女は泣く事も出来ないボロボロの心を引きずり、店にやって来たのだ。 父親を亡くし、幼い頃から苦労をして今日まで必死に頑張ってきた彼女…。 その彼女の支えとなるべき人間が、彼女を捨てた。 その事実は、ティファを激しく憤らせると同時に、どうしようもない空しさを胸に植えつけた。 一体……どうして人間はこの世界に生を受けるのだろう…? それは、人間のみならず、生きているもの全てに言い得る永遠の謎。 そもそも命の全てが、植物の様に虫や風が花粉を運んで受粉させ、新たな命を繋げていく仕組みだったら良かったのだ。 そうなら、こんな悲しみは生まれなかった。 しかし…。 想い、想われる幸福も…生まれはしなかっただろう…。 人間とは何と矛盾した生き物だろう。 こんな酒の出る店を営んでいるのだ。 彼女の様に、信じていた人間から裏切られ、捨てられてボロボロに傷つけられた人達を何人も見てきた。 その度に感じる大いなる謎。 その謎が解かれることは、恐らく永遠に無いのだろう。 でももしかしたら、これから先、誰かがその謎を解く日来るかもしれない。 しかし…。 よしんばその誰かがその謎を解明したとしても、この胸に巣食っている矛盾・虚無感はきっと消えはしない。 結局…。 店から客達の姿が消え、後片付けが終わった後でも、その女性が目を覚ます事は無かった。 「そうか…」 「うん、何だか…どうしても彼女を一人にさせられなかったの」 深夜。 帰宅したクラウドに、ティファが申し訳なさそうな顔をしながら事情を説明した。 彼女は、ティファのベッドでグッスリと休んでいる。 きっと、朝目が覚めた時には仰天するだろうが…。 それでも、誰もいない家に傷心の女性を帰す事はどうしても出来なかった。 しかも、もう夜中である。 ならば、今夜はこのままそっと、朝まで休ませてやりたい。 ティファの気持ちに、クラウドは柔らかな笑みを向けた。 「俺は構わない…というよりも、ティファの判断に俺も賛成だな」 「本当?良かった…」 嬉しそうにホッとする愛しい人に、クラウドはそっと歩み寄ると優しく華奢な身体を抱きしめた。 そして、彼女が恥ずかしそうに身を捩る前にサッと離れると、悪戯っぽく微笑む。 「じゃ、今夜はティファの寝る場所は俺の部屋だな」 「う……」 真っ赤になる彼女を実に楽しそうに見つめながら、クラウドは足音を極力立てずに二階へ向かった。 シャワーを浴びて仕事の汗と埃を洗い落とす。 自室に戻ると、ティファが窓辺に椅子を寄せて座り、ぼんやりと夜空を見上げていた。 その横顔は…まるで今にも消えてしまいそうなほど儚い印象を受けた。 月光の下、夜にしか生きる事が出来ない精…。 そんな妖精がもしも存在するなら、今のティファがまさしくそうだろう。 手に入っているはずなのに…確かにそこにいるはずなのに、今にも月の光の下、飛び去ってしまいそうな…そんな彼女の横顔…。 内心の動揺を押し殺しながら、クラウドは黙ってティファの傍に寄り添った。 後ろから緩く回されるクラウドの腕に、ティファはそっと手を重ねると、月を見上げたまま口を開いた。 「ねぇ、クラウド?」 「ん?」 「どうして……私達人間は、こうして誰かを想ったり、想われたり…傷ついたり、傷つけたりするんだろうね」 「…………」 「いっその事、植物みたいに風とか虫に受粉してもらって、子孫を残していく仕組みだったら……こんなにも苦しい目に合わずに済むのに…」 まるで、ティファ自信が今、苦しんでいるかのような台詞に、クラウドはドキッとした。 『まだ……傷は癒えてないのか……』 自分が傷つけてしまった彼女の心は、未だに血を流しているのだろうか…。 今の台詞は、それを物語っているのでは……? 自分が家を出た事を、彼女は笑顔で許してくれた。 しかし、だからと言ってその傷が癒えたわけではないのだろう…。 うん。 本当は…分かってる。 彼女の心の傷は、そう簡単に消えはしない。 もしかしたら、これから先、癒えたと思っていても何かの拍子でパックリと傷口が開いてしまうのではないだろうか…。 こうして傍にいて、抱きしめて、自分の想いを伝えて…。 それだけしか出来ないけど…。 出来る事を、これからし続けるしかないのだ、無力な自分には…。 「クラウド、今、変な事考えてたでしょ?」 「え?」 「ここにシワ」 不意にティファが白い指を伸ばして、クラウドの眉間にそっと触れる。 そして、少々困惑した顔をする金髪の青年の瞳をしっかりと見つめると、ニッコリと笑って見せた。 「私は、とっても幸せなんだよ?たった今、変な事言ったばっかりだけど…」 恥ずかしそうに少し俯く。 「でも…それでもやっぱりこうして子供達に囲まれて、こうして…クラウドが傍にいてくれて…。本当に幸せ…なんだよ、うん…私には不相応だって思えるくらい、本当に…とっても幸せ」 言葉を切って、再び顔を上げる。 その瞳には、彼女がたった今、口にしたような幸福な色よりも…むしろ…。 「だけど…私は弱いから。だから、まだ…時々怖くなるんだ。色んな人から色んな人生を聞くでしょ?そしたら、いつの間にか、それを私とクラウドや子供達に置き換えて考えちゃうの」 「……今夜は彼女に自分を置き換えたのか…」 静かな言葉は、質問ではなく確認。 ティファは困ったように微笑んで、反論しなかった。 「人間って…弱いよね」 再び月を見上げてポツリとこぼす。 「…そうだな」 クラウドも、ティファを緩く抱きしめたまま月を見上げた。 あと少しで満月になる月は、薄い雲を衣の様に身に纏い、何とも幻想的な光を地上に注いでいる。 「でも…弱いだけじゃないよね?」 「ああ。それに、植物には出来ない事が人間には出来るだろ?」 「?」 首を傾げる愛しい人の肩口にそっと頬を押し付ける。 「一緒に泣いて、一緒に喜んで、一緒に笑って、一緒に怒る。友人とか、家族が辛い時や悲しい時、嬉しい時や怒ってる時に、同じ様に一緒に……傍にいて支えてやれるだろ?」 耳元で囁かれた言葉に、胸が熱くなる。 目の奥が熱を持って、視界が滲む。 「…ん、うん。そうだよね」 コクコクと何度も頷きながら、ほんの少し雫を瞳からこぼす彼女を、クラウドはやはり愛しいと思う。 人間が、植物のように風と虫を頼りに子孫を残す生体でなくて本当に良かった…。 きっと…そんな事を口にしたら笑われるか、同意されるか、はたまたもっと泣かれてしまうか…。 恐らく、一番後者なのだろうな…。 そう思いながら、クラウドは彼女にしか見せない極上の笑みを向けるのだった。 翌朝。 店の前にはまだ朝靄がかかっている早朝から、クラウドが座り込んでいた。 じっと見つめていた通りの向こうから、本日やって来る予定のお元気娘ご一行がやって来るのが見える。 『本当に早朝に来るとは…』 クラウドは呆れてその近づいてくる面々を見やった。 現時刻、6:04。 いくら気の置ける仲間だと言っても、こんな早朝に遊びに来るとは、何て常識を無視した娘なのだろう…。 そして、それに律儀に付き合っている赤い獣も…本当に気の毒な事だ。 「やっほ〜!ちゃんとドアの前で出迎えてくれるだなんて、めっずらしい!!」 「おはよ……クラウド……」 「ああ、お疲れだったな、ナナキ」 朝から相変わらずのハイテンション振りのユフィをさらりと無視すると、彼女の隣でグッタリとしている仲間に心から同情の言葉をかける。 「ちょっと〜!何で無視するんだよー!!」 クラウドの扱いに、へそを曲げてブーブー騒ぐユフィに、クラウドは静かな視線を向けて「悪い、ちょっと静かにしてくれないか…?」と真剣な声音で話しかけた。 ユフィがいくらお元気、ハチャメチャ娘でも、こういう真剣な眼差しを前にしてそれを無視するような非常識なことはしない。 大人しく口を閉じると、隣の仲間と顔を見合わせた。 すっかり聞く体勢になってくれた二人に、クラウドは昨夜の女性客の事をかいつまんで説明した。 そして、彼女が今もまだ、夢の中にいるという事も…。 「だから、今日はそっと入って来て欲しいんだ」 「あ〜、だからクラウド、ここで待っててくれたんだね」 「なぁんだ、私達の登場が待ちきれなくて出迎えてくれたんだと思ったのにな!」 納得顔のナナキと、少し拗ねたような顔をするユフィに、クラウドは苦笑して見せると、ドアをそっと開けて無言で二人を中に招き入れた。 二人もそろっとした足取りで中に入る。 店の中では、既に起きて朝食の準備をしていたティファが、カウンターの中から柔らかな笑みを湛えて迎えてくれた。 思わず大きな声でティファに抱きつこうとしたユフィは、ハッと思い返したらしく、大きく開けた口をそろそろと小さくし、「ティファ〜、会いたかったよ〜♪」と小声で言った。 そのユフィの仕草に、ティファは思わず吹き出すと、「私も会いたかったわ」と、こちらも小声で返答した。 まるで、内緒話をしているかのような、不思議なドキドキした感じがする。 クスクスと笑い合い、ギュッと抱き合う女性二人に、クラウドとナナキは顔を見合わせると軽く肩を竦めた。 「あ!やっぱりもう来たんだ!」 「デンゼル…大きな声出しちゃ駄目よ」 トタトタと可愛い足音が二人分階段を下りて来たかと思うと、デンゼルが呆れたよな…それでいて自分の予想通りだった事をどこか自慢するように大きな声を出した。 それに対して、四人が「シーーーーッ!」と口許に指を立てる。 「あ……そうだった…」 バツの悪そうな顔をするデンゼルの隣では、マリンがいつもの可愛い笑顔でユフィとナナキにぴょこんと頭を下げていた。 「いらっしゃい、ユフィ、ナナキ」 「はぁ〜い!元気そうだね!」 「おはよう、お邪魔してます」 これらの会話を全て小声で行っているわけだが、小声で話をするだけで何となく奇妙な連帯感らしきものが生まれてくるようだ。 マリンもユフィもそしてナナキも、どこかくすぐったそうに、そしておかしそうに声を殺してくすくすと笑う。 「じゃ、朝食の準備も出来た事だし…ご飯にしようか!ユフィとナナキもどうせ何も食べてないんでしょ?」 「勿論!ティファの手料理、久しぶりに思う存分味わう為には思い切り空腹でないと申し訳ないじゃん!」 「というわけで、オイラ…お腹空き過ぎて目が回りそう……」 「相変わらず……苦労してるんだな…」 ポン、とナナキの頭を軽く叩いてクラウドが同情した。 それに対してユフィが黙っているはずもない。 危うく大声を上げるところだったのだが、クラウド以外の全員に「シーーーーーッ!!!」と口許に人差し指を当てられ、グッと声を飲み下す。 クックック…と可笑しそうに笑うクラウドに、ユフィは怒鳴り声を上げる代わりに蹴りを食らわせた。 「ねぇ…ティファ。あの女の人…どうする?」 「少し時間早いけどさ…。いきなり目が覚めて飛び起きたら全然知らない部屋でさ。挙句の果てに一階に下りたら俺達がご飯食べてました〜…なんて事になってたら、物凄くショックじゃないのかな…」 子供達の意見に、大人達は目を見開いた。 そして、顔を見合わせると感心したようにニッコリと笑い合う。 「確かにその通りだな」 「そうだよねぇ。中々お子様達は考えが深いじゃん!!」 「デンゼルもマリンも、本当に良い子に育ってるんだねぇ…」 「じゃ、悪いけど二人が起こしてきてくれる?私が行ってもいいんだけど…きっと私よりも二人の方が良いと思うの」 ティファの言葉に、子供達はコックリと頷くと元気良く階段を駆け上がった。 「本当…良い子達だよねぇ」 ナナキがしみじみとこぼしながら、隻眼を細める。 「ああ…俺には勿体無いくらいにな」 クラウドも紺碧の瞳を細めた。 「ティファのしつけの賜物だよねぇ」 アッハッハ〜、と大口を開けて笑うユフィを軽く睨むだけでぐうの音も出ない。 「あら、そんな事ないわ!だって、クラウドが帰ってきてくれてからあの子達、物凄く子供らしくなってくれたんだもん」 ティファが腰に手を当てる。 その言葉は、恐らくクラウドのフォローのつもりなのだろうが、彼自身にしてみれば何とも言えず……気まずい思いが募るばかりだ。 「本当よ?クラウドがいない時…私、ちゃんと子供達の事、見て上げられてなかったのよね。逆に、子供達がしっかりと私を支えてくれてたの。だから、クラウドが帰ってきてくれたから、あの子達も子供に帰ることが出来たの…。本当……私って…」 「「「ストップ!」」」 言葉を重ねるごとに、段々と自己嫌悪になるティファを三人が必死に止める。 「全く……クラウド…あんた、しっかりティファの心を捕まえときなさいよ!」 「オイラ……もう、ティファの悲しそうな顔…見たくないよ…」 「……本当にすまない……」 結局、最後はクラウドが頭を下げる事で収まる形になってしまった。 ティファとクラウドが、顔を見合わせて苦笑したとき、二階で派手な物音が響いた。 クラウド達がびっくりしている間に、昨日の女性が血相を変えて階段を駆け下りてきた。 その彼女の慌てぶりは想像以上だった。 慌て過ぎて階段の最後の一段を踏み外し、助ける間もなく派手に転倒。それに慌てたその場の全員が駆け寄る間もなくこれまた物凄い勢いで起き上がると乱れた髪を振り乱してティファ達に駆け寄った。 そして、呆気に取られている全員に頭を下げる。 「本当に……本当に申し訳ありませんでした!!!」 女性が平身低頭していると、子供達が漸く降りてきた。 その表情は面食らっているようでもあり、疲れているようでもある。 「その姉ちゃん、目が覚めたらいきなり物凄い勢いでベッド出ちゃってさ〜」 「私達、何にも説明できてないの…」 「それにしても、何か凄い落としたけど……!?」 「うわ!お姉ちゃん、鼻血出てるよ!!」 「それにおでこ!!!」 「物凄く腫れてきてるー!!!」 呆気に取られている大人達を尻目に、子供達は頭を下げ続けているその女性を半ば強引に引っ張って再び二階へ連れて行った。 恐らく、彼女の手当てをする為に洗面所へ向かったのだろう…。 本来ならば、同じ女性で大人であるティファやユフィが対応するべきなのだろうが……。 あまりの事に茫然自失状態から抜け切れない。 「まさか…あそこまで『お約束』な人がいるとは……」 ユフィのこぼした一言に、皆が無言で頷くのであった。 「重ね重ね…本当に何てお詫びしたら良いのか……」 子供達の手当てを受けた女性は、今度は階段から転落する事もなく、降りてきた。 そして、自分の為に用意されていた朝食の席に、これまた恐縮しきりに腰をやっと下ろしたかと思うと、謝罪の言葉を延々と口にし始めた。 「いえ…本当に良いんですよ?困った時はや辛い時はお互い様じゃないですか」 苦笑しつつティファが朝食を勧めるが、中々手をつけようとしない。 それどころか、恥ずかしがって顔もまともに上げられない状態だ。 最初はあまりの『キャラ』に呆気に取られていたユフィも、段々イライラしてきたようだ。 端でその様子を見ていたナナキが、必死に女性にばれない様、尻尾でユフィに『押さえて押さえて!』と牽制している。 しかし…。 それに大人しく従う女の子なハズもなく…。 「ダァーーーーー!!!!メソメソメソメソ…朝っぱらからカビが生えるわーーーー!!!!!」 等々癇癪を起こして大声を上げた。 サッとその場の全員が、自分の朝食を取り上げてその被害から守る。 それに反応出来なかったのはその女性だけだったのは…仕方ない。 幸い、テーブルはひっくり返されなかったので、女性の分の朝食も無事だった…。 びっくりして思わず目を丸くし、ユフィを凝視している。 そんなユフィに対して全く免疫の無い女性に、ユフィは人差し指を突きつけて猛然と言葉を吐き出し始めた。 「あのね、そりゃ、姉さんの気持ちも分かるよ!?初めて出来た男に捨てられて、自棄酒した挙句にその店で泊めてもらっただなんて、恥ずかしいでしょうよ!でもね、そんなの良いんだってば!人生、山あり谷あり、そんな事、誰だって経験してるんだよ!アタシだって、姉さんよりも年が下かもしれないけど、それなりに色々な目に合ってきたんだからさ!それに、こんな酒の出る店をしてるティファは、姉さんみたいに心に傷を負った人達をそれこそ掃いて捨てるほど見てきてるんだから!そのティファが、『構わない』って言ってんの!だから、もうこれ以上、カビが生えそうなその辛気臭い事口にしないで、折角準備してくれた朝ごはんをありがたく食べな!!!」 ユフィの言葉を、目を丸くしたまま聞いていたその女性は、初めて目が覚めたような顔をした。 そして、自分の前に置かれている朝食に目を落とし、次いでその場の全員に視線を移した。 彼女を気遣わしそうな顔で見つめている子供達にクラウドとティファ、そして赤い獣…。 夢から覚めたような…そんな表情を浮かべると、彼女は初めて笑顔を見せた。 その笑顔は、はにかんだような……とても素敵な笑顔だった。 「ありがとうございます」 そう言って、スクランブルエッグを口に運び、目を見開いた。 「美味しい!」 その一言で、その場のユフィ以外全員がホッとして微笑み合った。 「うんうん!そうでしょう!?ティファの料理は世界一なんだから!」 満足そうに腰に手を当てて自分の事の様に自慢するユフィに、女性は華が綻ぶような笑顔を向けた。 「はい…本当に…ありがとう…」 途切れがちに礼を言う彼女の瞳からは、透明の雫がポロポロとこぼれ落ちる。 その涙を見たユフィは、その日初めて優しい笑顔を見せた。 「うん!そうそう!そうやってさ、乗り越えていけば良いじゃん!姉さんは一人じゃないんだしさ!!」 お元気娘と女性のやり取りを一部始終見守る形で見ていたクラウド達は、改めてユフィの優しさを実感した。 慰めるだけがその人の為になるのでは無い事は分かっているが、それでもその方法は至極難しい。 その難しい方法を、いともあっさりとやってのけたユフィは、本当に凄い女の子だと思うのだった。 朝食を終え、食後の珈琲を飲んでいると、女性がおずおずと席を立った。 「あの…本当にありがとうございました。色々…とても嬉しかったです」 「いいえ。私達に出来るのはこれくらいだし…」 「いえ!本当に充分です!」 「それよりも…これから家に帰るのか?」 クラウドの質問の意味を理解した女性は、苦笑しつつコックリと頷いた。 彼女の家は、彼女以外誰もいない。 天涯孤独なのだから…。 しかも、彼女の家は劣悪な環境の賃貸マンション。 彼女のマンションがある一角は、非常に治安が悪い。 しかし、金の無い彼女には、そこしか借りる事が出来なかったのだ…。 「なになに?何か問題ありなわけ?」 興味津々に、ユフィが首を突っ込む。 話をするべきか迷ったクラウド達だったが、彼女の方から説明をし始めた。 ユフィの事を信頼した証だろう…。 彼女の幼い頃からの経緯、そして、彼女が現在借りている賃貸マンションの話しになった時には、ユフィはコロコロ変わるその表情を至極不満気なものに変貌させていた。 「は〜!?なにそれ!!そんなとこに帰っちゃダメ!!」 「い、いえ…でもそこ以外帰る場所ありませんし…」 「それにしても…ここまで苦労したか弱い女性を捨てるとは………フフフフ………その男……どうしてくれよう………」 戸惑う彼女を差し置いて、ユフィはなにやら猛然とやる気になっていた。 こうなるともう手がつけられない。 それに、今回の件についてはユフィの考えに大いに賛成だ。 だから、ユフィの暴走を止める気はサラサラ無い。 不気味にブツブツ言いながらニヤニヤ笑っているユフィに、女性は当然たじろいでいる…。 その二人を見て、ティファ達はユフィが一体何を考え出すのか初めて期待を込めて見守るのだった。 あとがき 本当は読みきりのはずだったのですがえらく長くなりまして…。 後編に続きます(汗)。 |