想い、想われ、揺らめくものは…(後編)




「え!?今すぐですか!?」
 ユフィの提案に、女性は心底驚き、目を丸くした。
 その女性に向かってユフィは呆れたような顔をすると、人差し指をビシッと突き出した。
「あったり前じゃん!!善は急げって昔から言うじゃんか!」
「い、いえ…でも…」
「そうよ、ユフィ。いくらなんでもそれっていきなり過ぎないかしら…」
 オロオロとする女性…プレアにティファが苦笑しつつ助け舟を出す。
 しかし、完全にやる気になっているユフィには、ティファの言葉さえ届かなかった。
「ダメ!!いくらティファでも、こればっかりは譲れない!こういうのには勢いっていうのがいるんだから!!」
 それがまさに今じゃんか〜!!

 そう言い切る仲間に、クラウドとナナキは初めから反論を諦めている。
 二人して、黙って成り行きを見守っていた。
 子供達はそんなクラウド達とは正反対で、興味津々に目を輝かせている。
「でも…そんな今すぐ引越しだなんて…。しかも、その…えっと…?」
「ウータイだよ、ウータイ!私の故郷なんだ〜!良い所だよ!絶対に気に入るって!!」
「えっと…でも…」
「ダメ!!『えっと』も『でも』も『やっぱり』も全部却下!!」
 高らかに宣言すると、それまで傍観者を決め込んでいたクラウドにくるりと向き直った。
 ビクッとするかつてのリーダーに、お元気娘は当然のように口を開いた。
「そういうわけだから、クラウド、仕事だよ!」
「………仕事…ってまさか…」
「プレアさんの引越しの荷物をウータイまで運んで!」
「無理に決まってるだろ!!」
 ユフィの言葉に、クラウドは目を剥いた。

 自分の仕事は確かに荷物の配達だ。
 しかし、引越しの荷物ともなると半端にない量になる。
 そんな大量な荷物をフェンリルで運べるはずが無かった。

 即却下したクラウドを、ユフィは実にシラ〜ッとした眼差しで見つめると、あからさまに軽蔑した仕草で肩を竦めた。
「クラウドさ〜、もしかしてフェンリルでウータイまで運べって言ってると思ってる?
「………まさか…お前…」
 嫌な予感が頭をよぎる。
 これ以上、このお元気娘の被害者を増やしたくは無い。
 しかし……。
 それを止める力は、どうも自分にもナナキにも、そしてティファにさえもないようだった。
 ユフィは自分の携帯を取り出すと、慣れた手つきで登録番号を呼び出し、通話ボタンを押した。

 何度目かのコール音の後、どうやら相手が出たらしい。
「よっ!元気〜?」
 電話の相手に向かって、何故か片手を上げるユフィに、子供達が声を殺して笑っているが、大人達はとてもじゃないが笑える心境ではなかった。
 このままいけば、確実にもう一人の仲間が被害を被る。
 だが……一体どうやってこの目の前のお元気娘を止める事が出来るのか、誰にも妙案が浮かばない。
 そして、そのままとうとうユフィは口にして欲しくない台詞を口にした。

「今日どうせ暇でしょ?…え、暇じゃない?嘘つけ!絶対暇だ、今アタシが決めたんだから、暇に決定!!んでさ、飛空挺でエッジまで迎えに来てよ……ああん!?なにふざけたこと言ってんのよ!!可憐な女性の一生が掛かってるんだから、大至急飛ばしてきな!……アタシじゃないよ、他の人。……そう、シドの知らない人。………何!?いま、『何で俺様がそんな見ず知らずの人間の為に予定を変更しなきゃならんのだ』ってそう言った!?!?アンタ……そこまで腐った男だったのかい?ふ〜ん…分かった、もう良いよアンタには今後一切、頼まないし信頼しない。あ、それから言っとくけど、ここってセブンスヘブンなんだ。だから、アンタの冷血漢ぶりはクラウドとティファにもバッチリ・しっかりバレてるからね。それじゃ、そういうことで、今後一切アンタはあたし達とは無関係よ!」

『な、なんて強引な奴だ』
『ユフィ……あなたって子は…』
『……オイラ、だからユフィは敵に回したくないんだ様なぁ…。凄い報復されそうで…』
『………(言葉も無い)』

 固まる大人四人(?)の目の前で、ユフィの脅しのようなやり取りが交わされている。
 子供達は、結果が目に見えてきたこともあり、大いに満足した顔をして朝食の後片付けを始めてしまった。

 この店内で本当に肝の据わった人物は、『英雄達』よりも案外子供達かもしれない…。

「………え〜、ま、しょうがないなぁ。いいよ、それで。こっちも引越しの荷物まとめたりしないといけないからさ。じゃ、夕方ね!遅れんなよ!!」

 呆然とする面々に、ユフィは実に誇らしげに胸をそらせると、
「快諾してくれたよん!だから、これで荷物の運搬は問題なし!」
 ヴイサインまでしてみせたのだった。

「「哀れ…シド…」」
「シド…お詫びに美味しいもの沢山食べさせてあげるからね」
「………(驚き過ぎて固まっている)」

 今のやり取りは『脅迫』という分類に入るだろうに、それを『快諾してくれた』と言い切るお元気娘は、むしろ天晴れである…。


「さってと!それじゃ、サクサクやりますか!!」
 一人…やる気になって声を上げる。
 それに誰も追随しないと思っていた大人達は、「「おーー!!」」という掛け声が二つ上がった事に、ギョッとして振り返った。
 そこには、朝食の後片付けをすっかり終え、やる気満々な子供達の輝く笑顔が大人達を見上げていた。


 四人は顔を見合わせ、溜め息を吐いた…。




「えっと、これは捨てても良いのかしら?」
「あ、はい。捨てて下さい」
「姉ちゃん、これは?」
「それは、父さんが良く使ってたやつだから…置いといてくれる?」
「うん、分かった!」
「じゃ、クラウド。これとこれ。とりあえず荷造り済んだよ〜」
「…じゃ、先に店に運んどく」

 現在、一行はプレアのマンションで、荷造りの真っ最中。
 一人暮らしになってしまったとは言え、それまで父親がいた彼女の家の中には、それなりに物があった。
 それでも、普通の人に比べたらその持ち物は少ない方ではあったが…。

 プレアと子供達が要る物と要らない物を分別し、ティファとユフィがそれを紙に包んだりして梱包する。
 そして、その出来上がった荷物をクラウドがフェンリルでセブンスヘブンへ運ぶ役目となっていた。
 作業は想像していたよりも順調に進み、何と昼食時にはそれら全ての作業が終了してしまった。
 大半の持ち物を処分した事が原因だろう。
 いつまでも捨てるに捨てれなかった物を、彼女はこれを期に処分した。
 それらは、ほんの少しの思い出を伴うものばかりで……。
 つまり、彼女の元恋人からの贈り物であったり、父親が生前愛用していた着古した衣服だったり…と、捨てる決心が中々つかなかった物。
 それらを愛しそうに…時には辛そうに処分用の箱に収めていくプレアを、ティファとユフィはそれぞれのやり方で元気付けた。(ティファは優しく肩をさすり、ユフィは元気一杯笑いかけて時には背中を遠慮なく叩く)

 そうして。
 綺麗さっぱり、彼女の小さな居場所は本来の広さを取り戻し、温もりを微かに感じさせるのみで、どこか寂しさを漂わせる姿になった。
 マンションを皆が揃って出たところで、同じマンションに住む住人と鉢合わせした。
 えらく化粧の厚いその女性は、プレアが軽く頭を下げて挨拶したのに対し、プレアと共にいる面々に目を奪われたのみで、彼女の挨拶を完全に無視して横柄な態度で去って行った。
 憤然とするユフィと子供達に、「ここら辺に住む人達は、皆あんなものなのよ」と、苦笑するのだった。
「それじゃ、やっぱりここから出て行くって考えは大正解じゃん!」
「そうよ!お姉ちゃんはもっと素敵なところで、もっと幸せに生きていかなくちゃ、絶対にダメなんだから!!」
「そうそう!ウータイなら、あ〜んなクソババアがでかい顔してプンプンきっつい香水振りまきながら歩いてなんかないし、何より皆温かいから、ぜ〜ったいにここよりも天国だって!!」
 子供達の言葉に笑みを浮かべ、ユフィの言葉に、笑い声を上げたプレアに、ティファはホッと胸を撫で下ろした。
 いくらなんでも強引過ぎただろう…と案じていたのだが、彼女のこの住んでいる環境を初めて見ているうちに、そうそう悪い考えでもなかったかな…と思い直すようになっていた。
 現に、今でもユフィの言葉にそこらへんでたむろしていた柄の悪い若者達がガンを飛ばしている。
 勿論、絡んできたら即撃退するまでだが、ガンを飛ばされたくらいでは痛くもかゆくも無い。
 ただ、今まで彼女がこんなところで住んでいたと言うのが、信じられない気持ちがする。
 ガンを飛ばすような非常識な塊の若者達、そして、先ほどの厚化粧の女…。
 そんなエッジの中でも特に治安の悪い所に住むような人ではないと思うのだ。

『うん、中々ユフィの強引さも、時にはバッチリOKな事があるのね!』

 心の中で、ティファはユフィを絶賛した。
 ……勿論、ユフィにとっては甚だ不本意なお褒めのお言葉なのではあるが…。


 徒歩でセブンスヘブンに戻る間、プレアにユフィは簡単にウータイでどの様に生活してもらうつもりかの説明をした。
 肝心の住む場所などの話を全くしないまま、荷造りに突入してしまったのだ。
「丁度、住み込みの働き口があってさ〜。『亀道楽』って居酒屋なんだけど、そこの店主、かなり良い奴でね!世界中に支店を出してるんだ。セブンスヘブンみたいに一階が店舗、二階が住居なんだけど、大丈夫!その店主のおっちゃんは奥さん一筋で、可愛い子供も来年生まれるし〜!もう、今が幸せ絶頂の時なんだよ。それでね、奥さんが身重だから急遽、働き手が必要だってんで、私とか他の人に誰か良い人いないか相談してんだよ……あ!!」
 説明の途中で突然大声を上げ、びっくりする皆の目の前で慌てて携帯を取り出す。

 ジッと相手が出るのをユフィが待つ間、子供達がこそこそと「もしかして…その『亀道楽』に連絡してなかったんじゃない?」「あ〜、ユフィならありうるよな」と囁きあっていた。
 その会話に、ティファとナナキも同意見だった。
 今更、働き口と住む場所が手違いで先に誰かにとられてました〜…。
 なんてふざけた事になってたらどうしよう……。
 ま、その時はセブンスヘブンで働いてもらおうかな…。

 などとティファが一人勝手に考えていると、ユフィがパッと顔を輝かせた。
 そして、電話をしながらOKサインをしてくる。
 プレアはホッとしながら苦笑し、子供達は顔を見合わせて肩を竦めた。

 そんなこんなで、慌ただしい時間を過ごした一行は、シドの迎えが来るまでの数時間をセブンスヘブンで過ごした。
 その間のやり取りといえば…。
「本当にウータイなんてところでやってけるのかな…」
「大丈夫だよ。ユフィの父さんははウータイ地方の頭なんだから、ユフィの紹介なら滅多なことにはならないよ」
「でもねぇ…あのユフィの紹介だから心配なんじゃない…」
「それは言いっこなしだろ…」
「こら〜…そこのオチビちゃん達…。筒抜けなんだけど…」
「「………さぁてと、お昼ごはんの手伝いでもしよっかな〜」
「待たんかい!!」
 子供達とユフィのコントを見ながら、大人三人は苦笑しつつも、どこか心に温かなものが溢れるのを感じていた。

 ユフィの強引さは受入れ難い面が強い。
 それは、彼女独特の『常識』故に…。
 しかし、その彼女の個性がこう言う時にこそ発揮されるのだろう。
 だからこそ、彼女はこの世界に必要なのだろう…。



 夕方。
 ユフィの半脅迫まがいな出頭命令を受け、渋面面のシドがセブンスヘブンにやって来た。
 初めの頃こそ、ユフィに噛み付くかんばかりだったシドも、クラウドとティファの説明、そしてプレアの存在のお陰でその怒りの矛先を収めてくれた。


「帰って来たら上手い酒、たらふく飲ませてくれよ!」
 これ以上はない程しかめっ面で出て行ったシドに、ティファは「精一杯奢らせてもらうわ」と苦笑を湛えて見送った。
 クラウドとユフィは、プレアの引越しの為と、帰郷の為にシエラ号に同乗した。
 ナナキは、去って行くユフィの後姿に心からホッと息を吐き出したのだった。
 その姿に、マリンが「ナナキも苦労しっぱなしね」と労わりの言葉と共に、砂糖の混じったミルクを差し出したのだった。
 何度も頭を下げながら、プレアは新世界の飛び立っていった。
 今日まで自分の思うように生きることの出来なかった彼女にとって、初めて、自分の為だけの門出の日だった…。



 それから数ヵ月後。
 いつものようにユフィが突然セブンスヘブンにやって来た。
 それも、何とプレアからの『結婚式の招待状』を携えて!!

「プレアさんってさぁ。物凄くおっちょこちょいじゃん?それも、なんだかもう、放っとけないっていう可愛らしさを兼ね備えたさぁ。それで、『亀道楽』に来てる常連さんの中でもあっという間に人気者になっちゃってさ!」
 驚いて言葉をなくしているティファに、ティファ特製ミックスジュースを啜りながら、これまでの経過を語って聞かせる。
「それでさ。プレアさんファンクラブみたいなものもすぐに出来ちゃって。って言うか、今まで人気が無かったって言うのが信じられないね!彼女、物凄く素敵だよ?そりゃ、よく失敗したりするし、おっちょこちょいな性格のせいでしょっちゅう勘違いしちゃ悩んでるみたいだけど、根が真面目で真っ直ぐだから見てて放っとけないんだよね。それに、何て言っても『癒し系』だし。彼女自身が辛い経験を積んで来た…ていうのも大きなポイントかもしれないけど、元々癒し系なんだよねぇ、彼女の場合。そこに『亀道楽』の常連客の大半がイチコロ!もう、本当に競争率激しかったんだから」
 ユフィの話しに、ティファは微笑んだ。
 今まで辛い思いを味わってきた彼女には、世界中の誰よりも幸せになって欲しい。
 それに、世界中の誰よりも、真っ当に評価されて欲しい…そう思っていたのだ。
 だから、彼女が半ば強引にウータイに行ってしまった事は、ティファにとって大きな負担となっていた。
 ウータイに行く事を後押しした責任もあるし、ウータイに行ってしまったら彼女の身近な情報がどうしても分からなくなる。
 もしも、ウータイでも辛い目に合っていたら……。
 その時、自分は彼女にどう責任を取れば良いのだろう…そう思っていたのだ。
 しかし、自分の心配を余所に、彼女はしっかりと幸せを掴んでいた。
 そう…。
 自分の力で、幸せを掴み取ってくれたのだ。
 それを喜ばずして何としよう!?

 ティファの溢れんばかりの微笑みに、ユフィも嬉しそうに笑顔になると、「オチビちゃんとクラウドにもぜひ参加して下さいってさ!だから、四人皆で参列してよね!」と、しっかりと言い含め、彼女にしては珍しく早々に帰って行った。
 恐らく、結婚式の準備を取り仕切るつもりなのだろう。

 意気揚々と引き上げるユフィの背中を見送りながら、ティファは手にしていた白い封筒をしっかりと胸に押し当てた。
 そして、ユフィの姿が見えなくなってから改めてその中身を読み返す。


『クラウドさん、ティファさん、そしてデンゼル君、マリンちゃんへ。
 皆さんのお陰で、私は自分に自信を取り戻す事が出来ました。本当に感謝で一杯です。
 ウータイの皆さんは、本当にとても暖かくて、私には勿体無い人達ばかりです。
 
 そして、その人々と接する内、エッジにいた頃の自分がいかに狭い視野でしか世界を見る事が出来ていないかを知りました。
 そのことにより、私は今、本当に心から想える人と一緒になる事が出来るのです。
 これも皆様のお陰です。
 あの時、しり込みする私の背中を皆さんが押して下さったから…。
 
 どうか、私の一生に一度の晴れ舞台にご参列下さい。
 そして、どうか、皆様自身の目で、私の新しく生まれ変わった姿を見てやって下さい。

 では、当日を楽しみにしております。

 プレア』



 ティファは、はやる心を抑えつつ、可愛い子供達と愛しい人の帰りを待っている。
 この素晴らしい知らせを胸に抱いて。
 そして、皆で喜ぼう。
 一人の素敵な女性が、幸せになったくれたことを…。



 あとがき

 何とか終了しました…(汗)。
 実は、結末を色々考えたお話なのです。
 すんなりハッピーエンドにするよりも、一人で懸命に生きる女性を描くか、それとも、捨てた男が心を入れ替えて彼女をウータイまで迎えに行く話しにするか…。
 でも、私的には、一度捨てた男がウータイに彼女を迎えに行っても、彼女を幸せには出来ないのではないかなぁ、と思い、この案は却下しました。
 だって、彼女が一番必要としている時に捨てたような男ですよ?
 一体何の事情や葛藤があったのか分かりませんが(こら!作者だろ!?)それでも、一番彼女を支えなくてはいけない時に捨てるような根性無しに彼女を幸せに出来るはずもないかな…と思い、今回のような話になりました。

 ま、どこまでいっても、マナフィッシュはハッピーエンドが基本ですから…(苦笑)。

 ここまでお付き合い下さり、本当にありがとうございました!!