「なぁなぁ、ティファ…」 「キャッ!」 洗い物をしていたティファは、いつの間にか背後に立っていたデンゼルに突然声をかけられ、危うく皿を取り落としそうになった。 それを間一髪で回避し、ドキドキと動悸の治まらない胸に手を当て、少々しかめ面で振り返る。 「びっくりするじゃない…デンゼル、いつの間に……どうしたの?」 振り返った視線の先の息子の表情に、ティファは眉を顰めた。 幼心に恋心(前編)いつも元気で明るい自慢の看板息子が、どうしたことだろう…何とも元気の無い表情で自分の前に立っているではないか…。 ティファは水道の蛇口を捻って水を止めると、しゃがみこんで目線を合わせた。 「どうしたの…?何かあった…?」 「……うん」 何かあったからこそこうして自分に声をかけたのだろうに、何とも気の利かない言葉しか出てこない。 その事に、ティファは内心で自嘲する。 もっと、子供達に頼ってもらえるような母親になりたいのに…中々上手く成長してくれないものだと自分自身を歯がゆく感じる。 しかし、今はそんな事でウジウジ悩んでいるべき時じゃない。 こうしてこんなにも頼りない母親に息子が何かを相談しようと声をかけてくれたのだ! ここで頑張らなくて一体何とする!? ひとまず黙り込んでしまったデンゼルを伴い、テーブル席に着く。 デンゼルの前に特製ミックスジュースを置くと、「…ありがとう」と小さな声が返って来た。 「どう致しまして!」 努めて明るくそれに応えると、自分も珈琲を手にして席に着いた。 「それで、一体どうしたの?」 先程洗い物をしている時に声をかけたは良いが、どうやって話を切り出して良いのか分からなくなったらしい息子に、笑みを向けてみる。 話を聞くよ…という態度を示す事によって、デンゼルが話しやすくなれば……という精一杯のティファの思いやりだ。 デンゼルは、ティファの気持ちに見事に応えた。 「うん…あのさ…。さっき友達と遊んでたんだけど…」 「うん」 「その友達の一人がさ…。マリンの事…好きだって言ったんだ…」 デンゼルの言葉に、ティファは危うく椅子から立ち上がってしまうところだった。 それを何とか踏みとどまると、「へ、へぇ〜!マリン、可愛いもんね!流石、私とクラウドの自慢の娘よね〜!!」などとわけの分からない事を口走る。 ティファにしたら、必死に冷静さをアピールしているつもりなのだが、周りから見たら動揺がバレバレだ。 もっとも、周りと言っても今はデンゼルしかおらず、尚且つそのデンゼル自身もいつもの彼ではなく、友人の思わぬ告白で動揺しまくっているので、ティファの泳ぎまくった視線や、額に浮き出た汗には全く気付いていない。 「そ、それで……どうしたの?」 「…うん。それでさ……」 言葉を切って重苦しく溜め息を一つ吐き、顔を上げる。 「その友達がさ…。マリンと付き合いたいって言うんだ」 「…………!?」 今度こそ、ティファは椅子から勢い良く立ち上がった。 付き合いたい!? マリンと!? まだ十歳にもならない小さな子供相手に!?!? いやいや、それよりも何よりも!! 「そ、その事…マリンは……?」 「まだ知らないよ…」 「そ、そう……良かった…」 一体何が良かったのか分からないが、とりあえず理由も分からずホッとする。 それにしても、最近の子供達って一体……。 そもそも、付き合うと言う意味が分かっているのだろうか…? いや、分かっていないはずだ……。 分かっていない……でいて欲しい……。 それに、付き合う……って、一体何をドウシタイと言うのだろうか…? …………。 ……………。 わ、分からない……!! 「ね、ねぇ、デンゼル…。それで、そのお友達は、デンゼルに何て言って来たの?その…、例えば『マリンを紹介して』とか『マリンの好きなタイプを聞いてきて…』とか言って来たのかな…?」 椅子から立ち上がった自分を、びっくりした顔で見つめるデンゼルに気付き、取り繕うようにして笑うと、再び席に着きながら話しの先を促した。 「え…、ああ、うん……そんなところ」 「へ、へぇ〜…」 「…………」 「…………」 何とも重苦しい沈黙が漂う。 ティファもデンゼルも、黙りこくったまま目の前の飲み物にも手をつけずにひたすらテーブルの真ん中辺りを見つめていた。 カチカチと、店内の時計がやけに大きく耳に響く。 まるで、店内には自分以外の他、誰もいないかのようだ…。 しかし、目の前には息子であるデンゼルが、そして、デンゼルから見れば母親代わりのティファが気まずそうに椅子に腰掛けているのだ…。 二人共、どうやってこの先に続けていいのか分からなくなっていた。 ティファは、突然もたらされた『凶報』に動揺しまくっている。 デンゼルはデンゼルで、ティファに話した事で自分の『不快感』の原因があやふやになってしまっていた。 何で俺はアイツに『マリンが好きなんだ』って言われてあんなに腹が立ったんだろう…。 そう漠然にその瞬間の気持ちを振り返る。 そして、目の前に座っているティファを見て、自分の気持ちがますます分からなくなった。 勿論、マリンに好意を寄せる人が出てきてくれた事は喜ぶべき事なのだ。 にも関わらず、友人が自分に告白してきた事実に、一瞬頭が真っ白になった。 そして、次の瞬間にはめちゃくちゃ腹が立ってきて……。 「なぁ、ティファ……」 「え!?な、なな、なに?」 ビクッと仰け反る母親に、いつもなら苦笑するところだが、自分以外にもこうして動揺してくれる人がいる事に、妙な安心感を覚える。 そのままティファの奇行には触れずに話を戻すことにした。 「俺……友達がそう言って来た時にさ…。物凄く腹が立っちゃって…」 「うん」 「それでさ。友達が『マリンに手紙、渡してくれないか』って言って来たんだけど」 「ら、らぶれたー!?!?」 再び立ち上がったティファの声が裏返っている。 「…ティファ…、『ラブレター』ってカタカナだよ……。まぁ、そうだよな、うん。ラブレター、渡してくれって言われたんだ」 「そ、それで……?」 再び腰を下ろすティファに、デンゼルは何とも情けなさそうな顔をすると、 「それが……俺、腹が立ったって言っただろ?『直接渡せないような奴が、マリンに付き合いたいだなんて言うな!』って言っちゃったんだ……」 と、言うなり、テーブルに突っ伏してしまった。 「…そうなんだ…」 「…そうなんだよ…」 肩に入っていた力を抜きながら呟くと、くぐもった声でデンゼルが力なく返答する。 どうやら、テーブルに突っ伏しただけで泣いてはいないようだ。 その事に安心はしたが、さて一体どうしたものか……。 「それで……そのまま帰ってきたの…?」 「…………」 沈黙で肯定したデンゼルに、ティファはそっと手を伸ばした。 そして、息子のフワフワした髪に指を絡ませる。 そのまま静かな時間がゆっくりと流れ、漸く少し落ち着いたらしい息子がポツリとこぼす。 「なぁ、ティファ…。ティファなら、子供の頃に友達がいきなり『好きです』って言ってきたら…どうしてた?」 「え……」 「ホラ…、今まで仲の良い友達だって思ってた奴がさ……ある日いきなり『好きです、付き合って下さい』って言って来たら、やっぱり付き合うのかなって思って…。」 女の子の気持ちはやっぱり俺には分からないし…。 そう言った息子に、ティファは漸くデンゼルが何故自分に相談してきたのかを理解した。 いつもなら、まずクラウドに相談してから…と言うのがデンゼルのスタイルだったのに…。 しかし…。 女の子の気持ち……ね。 そんな事言われてもなぁ……。 それがティファの本音だったりする。 確かに、クラウドに聞くよりも自分に聞いた方がマリンの気持ちには近いと思われる答えが返ってくるだろう。 だが、マリンは何と言うか…。自分の子供の頃よりもうんとしっかりしている。 自分だって幼い頃に母親を亡くしたり、故郷を失くしたり……大変な苦労はしてきているが、その中で培ってきた強さとは違う強さをマリンは持っている。 そして、だからこそマリンの気持ちに近い答えを自分がデンゼルに聞かせる事は難しい。 いや、きっと誰でも誰かの気持ちの代弁などは難しいのだろうが…特にマリンは難しい。 マリンの精神年齢は恐らく自分の認識以上に高いだろう。 …………。 ……………。 考えて分かるものじゃないわよね…。 ティファは諦めて軽く溜め息を吐くと、テーブルに頬杖を付いた。 「ねぇ、デンゼルはどうなの?」 「え?」 「デンゼルは、その友達とマリンがお付き合いする事になったら……どうするの?」 ティファの質問にガバッと身体を起こすと、デンゼルは文字通り目を丸くした。 そして、考えに考えた末、ポツリと一言。 「…………わからない」 「…そうだよね……」 漸く答えた息子に、ティファは微笑んだ。 「分からないよね…。だから、マリンがどうするのかも分からないよ…マリン以外はね…」 「……そうだよな」 ハァ…。 一つ溜め息を吐くと、デンゼルは再びテーブルに突っ伏す。 そして、両腕に顔を埋めたまま、くぐもった声で 「俺……マリンがその友達の事『私も好きだ』って返事しても……やっぱりアイツの事…嫌いになんかならないと思う…」 とだけ呟いた。 その言葉に、思わずグッと胸に熱いものが込上げてくる。 本当に、何て我が家の子供達の心は綺麗なんだろう…! ティファは手を伸ばして茶色の髪をグシャグシャとかき回した。 「ちょ、ちょっと…やめろよ〜!」 デンゼルの抗議の声にも耳を貸さず、「デンゼルは本当にエライエライ!流石、私とクラウドの自慢の息子よね!!」と、嬉しさから涙を滲ませ、満面の笑みで息子の頭を撫で続けた。 デンゼルも……。 そんなティファにいつしかいつもの明るい笑顔を取り戻していたのだった。 「あ!ところで、その問題の友達って……この前、マリンをアフタヌーンティーに誘ってきた子じゃ……ないよね?」 「違うよ!アイツなんかと一緒にしないでくれよ!!」 思い出したように声を上げたティファに、デンゼルがムキになって否定する。 「そ、そうよねぇ……あ〜、良かった」 心からホッとしたティファに、デンゼルは一瞬目をパチクリとさせた。 そして、ティファと視線が合ったのをきっかけに二人は吹き出すと、思い切り笑い転げた。 デンゼルの衝撃の告白から小一時間ほどして…。 騒ぎの中心だった娘が帰宅した。 マリンは「ただいま〜!」といつものように元気な声で帰宅を告げると、いつもなら必ず店の手伝いを買って出ると言うのに真っ直ぐ子供部屋に引っ込んでしまった。 その小さな背中がどこか楽しそうに弾んでいるのを見て、問題の『友達』とやらがマリンに何かしらの行動に出た事を悟った。 だからと言って、ティファやデンゼルに何が出来ると言う事でもなく…。 そのまま何も知らない振りをして二人は開店の準備を続けたのだった。 やがて、開店準備がそろそろ終わるという頃、漸くマリンが降りてきた。 「何してんだよ、もう準備終わりだぞ?」 何でもない風を装ってデンゼルが唇と尖らせると、看板娘は何かを探るようにジッとデンゼルの顔を凝視した。 「な、なんだよ……」 その視線にたちまちたじろぎ、半歩後ずさる。 そんなデンゼルに、マリンはついっと視線を逸らせると「別に…」とさも面白くないと言わんばかりにカウンターへ入って行った。 そして、唖然とするティファの目の前で、黙々とエプロンを身に着け、手を洗う。 そっとデンゼルを窺うと、デンゼルも困ったようにこちらへ視線を飛ばしていた。 明らかに、看板娘はご機嫌斜めだ。 子供部屋に戻った時はあんなに楽しそうな足取りをしていたと言うのに…。 もしかして……自分の見当違いだったのだろうか…。 例の友達がマリンに何らかの行動に出たと思ったのは…。 いやしかし。 そうでないといつもと違うマリンのその理由が分からない。 …………。 ……………。 ダメだ…!! 全然分からない!! こんなんじゃ、母親失格じゃない!? 一人、思い悩むティファの心情を知らない娘は、不機嫌なまま「ティファ、お店開ける時間だよ」とぶっきらぼうにそう告げたのだった。 「なぁなぁ、ティファちゃん…?」 「はい?」 「マリンちゃん……機嫌悪いんじゃないか…?」 「……いえ、多分疲れてるんだと…。何しろまだ子供ですし…」 「そうだよなぁ。マリンちゃんもデンゼル坊やも、小さいのに本当、毎日毎日頑張ってるもんなぁ!!」 コソコソっと常連客に話しかけられたティファは、内心ギクリとしながらも長年培ってきた営業スマイルでそれを隠した。 常連客は納得したらしく、幾度もコクコクと頷きながらグイーーッとグラスを空ける。 そんな常連客に、ティファは苦笑した。 もう五人目ね…。 そう。 この常連客だけではないのだ。 他の客達からも今夜のマリンの様子を気遣う言葉を受けていた。 しかし、本当の事など言える筈もないので(ティファも本当のところが分かっていないのだが)適当に当たり障りの無い返事を繰り返していた。 しかし、ここまで客に『常で無い様子』を看破された事は、看板娘には無かった。 それこそ、風邪を引いていても、持ち前の底力で症状が悪化するまで周りには気付かれないように装っている。 もっとも、その為に風邪が悪化して養生が遅くなってしまうという悪い結果を招いてしまったのだが…。 それにしても、その事を考えると今夜のマリンはおかし過ぎる。 デンゼルもしっかり気付いているが、何しろ昼間の友人との一件がある為、どうにも後ろめたいようだ。 気遣わしそうな顔でチラチラと看板娘を盗み見ているが、結局はそれまで止まり。 声をかける事も、傍による事すら出来ずにいるのだ。 どうしたものかしら…。 ティファは迷ってはいたが、自分が口を出して良いものかどうかすら分からない為、デンゼル同様、見守る事に徹していた。 いや、本当なら母親である自分が悩んでいるらしい娘に手を差し伸べるべきなのだろうと分かってはいる。 しかし、それを躊躇わせているのは、何と言っても娘の性格故である。 マリンは本当にしっかりしている。 その為、こちらが変に心配している事を伝えると、逆に『もっとしっかりしなければ!』と気負ってしまう節があるのだ。 本当はもっと頼って欲しいし甘えて欲しいのだが、それを上手く娘に伝える事が未だに出来ていない。 これは、クラウドと自分に課せられた『宿題』だとティファは思っている。 近いうちにクリアしなくてはならない『宿題』だと…。 しかし、まさかこんなに早く『宿題』の提出を迫られているとは。 否。 本当はもっと早くに『宿題』を提出していなくてはならなかったのだ。 それを、見て見ぬ振りをしていた為、こんなにも焦る結果になってしまったのだろう。 『このままじゃ、『宿題』を提出し損ねて、点数が足りなくなって『進級』出来ないわね…』 マリンとデンゼル。 どうやら二人のとても優秀な子供達に甘えて『宿題』から目を逸らしていたツケを払わなくてはならないらしい。 きっと、今ならまだ間に合うはずだ。 何しろ、こんなにも頼りない親代わりを『親』だと認めてくれているのだから…。 ティファは大きく一つ頷くと、真っ直ぐドアに向かって歩き出した。 そして、ドアの外に待っているお客さん達に向かって頭を下げる。 「すみません。今夜はこれで閉店します」 ティファの言葉に、看板娘と看板息子は目を見開いた。 あとがき 久しぶりにデンマリが書きたくなりました…。 が!! 何故かこんなにも長く…。 しかも二部!! いつも無計画ですみません。 後編に続きます(汗) |