「ティファ…何で?」 戸惑う娘の言葉で振り返ったティファは、穏やかな顔でマリンを見つめた。 「ん?たまには良いんじゃないかなぁって思ってね」 そう言ってウィンクすると、唖然とするマリンの頭をポンポンと軽く叩き、慌ただしく帰り支度をしてくれるお客さん達に謝罪して回った。 幼心に恋心(後編)突然閉店を決めたにも関わらず、店にいた客の誰一人も不平不満を口にしなかった。 今夜の客達の中には新顔は一人もおらず、セブンスヘブンの住人を良く知る者ばかりだった事と、皆がセブンスヘブンの住人を心から好いているという事実を物語っていた。 「ティファ…」 「…………」 あっという間に客達のいなくなった店内で、後片付けをしていたティファにマリンがおずおずと声をかける。その隣では、デンゼルが無言でティファを見つめていた。 ティファは安心させるように微笑むと、「話は後片付けをしてからね」と、再び洗い物に取り掛かった。 マリンはまだ何か言いたそうにしていたが、デンゼルが無言でテーブルの上にある皿やグラスを下げ始めるたのを見て、それに倣った。 暫し無言で三人は片付けを行う。 食器を洗う水音と時計の音、そして皿やグラスを下げるべくカウンターとテーブルの間を往復する靴音だけがさして広くも無い店内を支配していた。 いつもならまだまだこれから…と言う時間に片づけをしている。 それが何だかとても新鮮で、自分のせいだと分かってはいたが、マリンは妙に嬉しい気持ちが胸に込上げてくるのを感じた。 自分の為に…、ティファがお客さんが待っているのに店を閉めた。 お客さんを大切にしているティファが…! お客さんよりも自分を案じてくれた、その事実が小さな胸に温かな光を一杯溢れさせていた。 「それで……どうしたの?何かあったんでしょ?」 「え……うん……」 後片付けがすっかり終わった店内で、改めて親子は向かい合った。 テーブルの上には、奮発してココアが煎れられている。 このご時勢ではココア等の甘い物は本当に貴重なものだった。 それだけで、マリンは自分が本当に大切にされている事を痛感する。 そっと隣に座っているデンゼルに視線を移すと、デンゼルも案じているような目でジッと見つめていた。 慌てて視線をココアに戻すと、「いただきます」と小さく呟いてからカップに手を伸ばした。 一口啜る。 程よく甘く、温かな液体がやや強張っていた心をほぐしてく様な感じがする。 ホッと息を吐くと、それを見守っていたティファが柔らかな笑みを浮かべて満足そうに珈琲を口に運んだ。 デンゼルも二人に倣ってココアに手を伸ばす。 「う〜ん、美味しい!」 「そう?良かった」 一口啜ったデンゼルの感嘆の声に、ティファが嬉しそうに返答する。 マリンは、そんな二人を見て自然に顔が綻んでいた。 「あのね…。今日は…ごめんね…」 モジモジとしながらもハッキリと謝罪の言葉を口にしたマリンに、ティファは本日何度目かの感動の波に襲われた。 謝罪の言葉を口にするのは本当に勇気のいる事だ。 それを、しっかりと口にして頭を下げる事の出来る娘を、本当に誇らしく思う。 「良いのよ。マリンは普段からしっかりし過ぎなの。もっと自分に我がままになっても良いんだから!」 うっすらと感激の涙を浮かべるティファを、マリンは照れ臭そうに見つめ返した。 そんな母娘を見ながら、 『感動しやすい母娘だよなぁ…』 と、実に冷静な目でデンゼルはカップを傾けていた。 「それで…何があったの?」 話を促すと、マリンは再び視線を落とし、それからチラリと隣にいるデンゼルを見やった。 デンゼルは、自分を気にするマリンに気付くと、 「じゃ、俺はゆっくり部屋でココア飲んでるから」 と、ココアのカップを手に立ち上がった。 「え……デンゼル、話し聞かないの?」 少々慌ててティファが声をかけるが、「女同士の話は俺には良く分からないから良い」と背を向けたまま答えて階段の向こうに消えてしまった。 後に残されたティファとマリンは、どちらからともなく視線を合わせると苦笑した。 「デンゼルったら…。気を遣ってくれたのね」 「………うん」 マリンは申し訳なさそうにしながらも、どこかホッとした表情をしていた。 デンゼルに話をするのは、ひとまず話をまとめてからの方が良さそうだった…。 「デンゼルから聞いたと思うんだけど、あのね…今日、友達の男の子からお手紙貰ったんだ」 「うん」 「それでね…。私の事が『好き』って書いてあったの」 「……そう」 「………それでね…」 「それで?」 「…………」 「………マリン?」 ポツポツと話を始めたマリンに、ティファは優しく相槌を打って話に耳を傾けた。 しかし、マリンは困ったように顔を赤らめると、そのまま黙り込んでしまった。 何か……非常に聞きづらい話になったら……どうしよう!? マリンが話し辛そうに黙り込んでしまった事で、内心ティファはオロオロしていた。 しかし、それを悟られまいと必死になって平静さを装う。 中々にそれは上手くいっているのではないか……と、頭のどこかで自分を褒めてみたりして、どうにかこうにか、おどおどしている自分を保とうとしていた。 ティファが涙ぐましい努力をしていることを知らないマリンは、暫く黙り込んだ後、再び口を開いた。 「ねぇ、ティファ…。ティファならどうしてた?」 「な、なにが?」 「お友達に『好きです』って告白されたら…」 昼間にデンゼルから聞かされた言葉を同じ言葉を投げかけられるとは思っていなかった…。 いや、本来なら手紙を貰ったマリン自身から投げかけられるべき相談事なのだが、動揺しまくっているティファの頭ではそんな事にまで考えが回らない。 暫く「う〜ん…そうねぇ…」と唸り声を上げ、頭を捻る。 その結果…。 「友達として好きな子なら、『そのままお友達でいましょう』って返事をしたと思う…かな…」 「そうなの?」 ティファの出した結論に、マリンが少々驚いた顔をする。 マリンが驚いた事にティファはびっくりして目を丸くした。 「うん。だって、自分は友達として好きなわけで『男の子』として好きじゃないんでしょ?だったら、正直に自分の気持ちを伝えるのが筋ってもんじゃないかしら…」 「でも…、『お友達でいてね』って言ったって、友達の方が『そんなの無理』って言うんじゃない?今まで友達だったのに、こうしてわざわざ手紙くれるんだよ?それって、『もうお友達でいるのはイヤ』って事じゃないのかな……」 マリンの言葉に、ティファは固まった。 な、ななな…何て大人っぽい台詞を口にするのかしら!! って言うか……その台詞って子供がするような会話じゃない気がするわ!! いやいや、それよりも何よりも!! ………マリンの言ってる事が物凄く正しい気がするのは……何故!? 冷や汗を掻き掻き、ティファはとりあえず笑って見せた……それはそれは、引き攣った笑いだったが…。 「ん〜、マリンの言う事ももっともだと思うけど…。」 そこから先の言葉が続かない。 マリンはじっと黙ったままココアのカップに再び口をつけた。 暫しの沈黙。 その間に、ティファは自分の子供の頃を振り返っていた。 マリンくらい……とまではいかないが、小さい頃から気になる男の子がいた。 その子は……まぁ、言うまでも無くクラウドなのだが、いつから気になるようになったのかを考え出すと、いつもあやふやになってしまう。 一番意識するようになったのは、彼がソルジャーになると言って村を飛び出した後だったような……気がする。 そして、紆余曲折を経て今、共に生活するようになった。 それは決して平坦な道のりでもなく、世の恋人達が経験するような事でも無かった。 本当に…自分達は色々な面からも『普通の恋人達』が経験して結ばれる過程を完全に無視したような過去を持つ。 その自分達が、子供達の恋愛の相談などきちんと乗れるのだろうか…。 あまりにも子供らしい子供時代を過ごす機会の無かった自分が、子供らしい(マリンの場合は早すぎるのだが)恋愛の相談にきちんと乗れる自信は……正直あまり無い。 しかし……。 マリンの母親は自分なのだ。 それに……。 きっと、聡いマリンの事だから、言葉足らずな自分の話しでもそこから何かを感じ取って正しい結論を導いてくれるだろう…。 「ねぇ、マリン。そのお友達をマリンに置き換えてみて?」 「え…?」 「マリンの事を好きだって言ってくれたお友達がマリンで、マリンは『好きな男の子』」 ティファの言葉に、マリンは困ったように眉を寄せた。 「でも私、好きな男の子っていないんだよ…?」 「ん〜、例えば…だよ。これから先、出会うかもしれない素敵な男の子。マリンが『この人の事、大好き!』って思える人がいたとして……ってこと」 真面目に考えすぎる娘に、苦笑しながら柔らかな表現を使って説明する。 マリンは、まだ良く分からないという顔をしながらも「わかった…」となにやら考え込んだ。 「どう?何となくイメージ出来た?」 「…うん」 「それじゃあね。その好きな男の子にマリンが告白するでしょ?その男の子が、『僕はマリンちゃんの事、友達として以上は見られないけど、それでも良かったらお付き合いしてみても良いよ』って返事くれたら……どうする?」 「え!?………そんなのヤダ………あ!」 「どうしてイヤなの?」 「……だって……それって全然お友達と変わらないもん。それに、それから先、その子に好きな人が出来るかもしれないし…。それよりも何よりも……何だか……私の想いを真剣に受け止めてもらえてない気がする…」 「うん……そうだよね…」 マリンは「ハァ〜…そっかぁ…。自分と置き換えたらよかったのかぁ…」と、妙に感心して何度も頷いていた。 その姿に、ティファは内心でホッと胸を撫で下ろしていた。 よ、良かった…。 何とか『問題』を一つ解く事が出来たみたい…。 マリンは実に晴れやかな顔をしてココアを口に運び、「う〜ん、本当に美味しい!」と幸せそうな声を上げている。 そんなマリンを見て、ティファも自然に頬が緩んだのだが、そこでふと、開店直前のマリンの『不機嫌』の原因がまだ分かっていない事に気がついた。 気がつくとどうにも気になってくるのが人間の性ではないだろうか…。 「ねぇ、マリン。そう言えば、どうしてさっきは機嫌が悪かったの?」 ティファの実に何気ない質問に、マリンはギョッと目を見開き、カチン……と固まってしまった。 全くそうなる事を予想しなかったティファも、ギョッとしてコチン……と固まってしまう…。 な、なななな、何かそんなに地雷を踏んだのかしら…!? 口から出た言葉は決して戻らない。 ティファは自分のした質問がそんなにも娘を驚かせたことに驚いたが、同時に『もっと考えて質問すればよかったー!!』と後悔の嵐に襲われた。 そんな母の心を知ってか知らずか、マリンはちょっぴり頬を膨らませるとボソッと呟いた。 「私…デンゼルが怒ってくれるんだって思ってたの…」 「ふぇ…?」 予想外の発言に、力みまくっていたティファは肩透かしを喰らったような間抜けな声を出した。 マリンはそんなティファに、顔をほんのりと赤らめながら、 「だから……私が手紙を貰った事……その…、友達から『好き』って告白された事を…デンゼルは怒ってくれるんだって……思ってたから……だから、夕方、何にも言ってくれないし…、いつもと変わらないデンゼルに…腹が立っちゃったの…」 ………。 …………。 ……………。 ……………え? 思考回路がショートする。 ティファは沈黙した。 いや、待て待て待て待て!! なになに!? デンゼルが怒ってないから不機嫌になったの!? 確かにそう言った!?!? って事は……って事はーー!!! か、考えられる事は……一つじゃないの……!? でも、でもでも!! 今までずっと子供達を見てきたけど、そんな風には…(いや、どんな風に…?)。 ティファは背中をベッタリと冷や汗でべたつかせながら、それでも必死になって現状を分析した。 そして辿り着いた結論にあんぐりと口を開ける。 だがしかし。 導き出したその答えを目の前の娘にも、そして子供部屋でまんじりともせずに話しを待っているであろう息子にも伝える事など出来るはずも無い。 「ね、ねぇ…マリン。そう言えば、マリンは知らないだろうけど…デンゼル…怒ってたわよ」 結論が言えないなら、夕方のデンゼルの様子を伝えるくらいは良いだろう…。 そう判断したティファの言葉に、マリンはパッと顔を上げた。 「え!?」 驚いて声を上げた娘の顔が、パーッと明るくなったのを見て、ティファは思わず吹き出した。 何とも素直な反応に、一瞬胸に沸いた複雑で取り乱すような結論が、どうでも良くなってしまう。 「本当よ。デンゼル…そのお友達に本当は手紙を渡されそうになったんだって、マリンに渡してくれって。でも、『ちゃんと自分から渡せよな!』って突っ返したらしいんだけど、その後で腹が立って仕方なくなったって言ってたから…」 ニコニコと事実を告げるティファの言葉に、マリンはたちまちの内にご機嫌になる。 そして、元気良く椅子から立ち上がると、「私、デンゼルに謝ってくる!」と弾むような足取りで子供部屋へと去って行った。 「っていう事があったのよね」 「………そうなのか……!?」 深夜。 配達の仕事が終わったクラウドが、汗を流して店内に戻ってくるなりティファは今日の出来事を話して聞かせた。 当然、クラウドはマリンに好意を寄せる男の子が現れたという話の件では、カウンターのスツールからバランスを崩して落ちそうになるほどびっくり仰天し、デンゼルとマリンの話の件では先程のティファ顔負けなほどあんぐりと口を開けてしまった。 「…確かに……デンゼルとマリンは仲が良いからなぁ…」 しみじみと呟くクラウドに、ティファが「うん…そうなのよね…」とどこか沈んだ顔をして相槌を打つ。 「…?どうした?デンゼルとマリンの事…気に入らないのか?」 「え!?そうじゃないの、そうじゃなくてね…」 口篭もって暫し黙考するティファを、お気に入りのお酒を口に運びながらじっと待つ。 「…ほら、二人共、私達の子供として一緒にいるでしょ?」 「ああ」 「その事が、これから先、二人にとって辛いものになるんじゃないか…って気がして…」 「……ああ、そうか…」 ティファの案じている事も良く分かる。 確かに、これから先、思春期等を経て大人になっていくうちに、避けては通れない壁にぶつかってしまうのは明らかだ。 それも、『兄』と『妹』という世間一般から見たらそうやって生活していたのだから…。 「でもま、大丈夫だろ?」 クラウドは軽く流すと、未だに心配そうな顔をしているティファへ笑みを向けた。 「デンゼルもマリンも、お互い血の繋がりなんかないわけだし、実質俺達の血を引いてるわけじゃない。一緒に暮らしているだけ…それだけの世の中の人から見たら何とも曖昧な家族なんだし」 「…………」 「でも、心の絆は誰にも負けないけどな」 「うん!」 おどけた口調でそう言ったクラウドに、ティファは心から嬉しそうに微笑んだ。 「それにさ。二人の気持ちはまだ自覚がないみたいだしな。成長するかどうかもまだ分からないだろ?」 「うん…そうなんだけど…」 「けど…?」 「私は…きっと大きく成長すると思うわ」 キッパリ言い切ったティファを、クラウドは眩しそうに見つめ、「そっか…、なら、その時が来たら俺達は出来るだけの助けをしてやろう」と、優しく微笑んだ。 「そうね…そうだよね!私達は、デンゼルとマリンのお父さんとお母さんなんだから!」 「ああ…可愛い我が子の為には…」 「「例え火の中水の中」」 声を合わせて二人は、言った次の瞬間同時に吹き出した。 その温かな両親に想われている子供達は、今は素敵な夢の中…。 朝が来て、目が覚めた時。 きっと、いつもの仲の良い二人になって、「「おはようクラウド、おはようティファ!」」と、元気な声を聞かせてくれるだろう。 それが……セブンスヘブンの家族の絆の証…。 おまけ 「ティファ!」 「へ?どうしたの、マリン」 「ちゃんと言って来たよ。『お友達でいましょう』って!」 「あ、そう!どうだった?」 「んとね。最初は何だかとっても悪い事言ったかなぁ…って思う位、悲しそうな顔されたんだけど…。でも、最後には笑って『うん、いいよ』って言ってくれたの!」 「そう!良かったわね」 「うん!ありがとう、ティファがアドバイスしてくれたお陰だよ!」 「フフ。そう言ってもらえて嬉しいわ」 「あ、それからね、デンゼルともちゃんと仲直りできたし、本当にありがとう!」 「マリンが素直になったからだよ」 「えへへ〜」 「あ、そう言えばデンゼルは?」 「…?帰ってないの?」 「うん?まだだけど…?」 「あれ〜、おかしいなぁ。先に帰るって言ってたのに……あ、帰ってきた」 「あらホント、お帰りデンゼル」 「お帰り〜!」 「…ただいま…」 「?どうしたの。デンゼル、顔赤い気が…」 「な、何でもないよ!」 「……デンゼル…何隠してるの?」 「な、何も隠してなんか…、っておい、マリン、止めろよ!」 「「あ……」」 「…………」 「それ…、もしかして…ラブレ」 「あああああ!!!違う違う!!!!」 「……ふぅん…」 「…………(汗)」 「ちょ、ちょっと…マリン?」 「私…、部屋に行ってる…」 「お、おい…ちょっと待てよ!」 「何よ、来なくていいわよ!ちゃんと読んでお返事してあげないと失礼なんだから!!」 「お、おいってば!!ちょっと…!!!」 「前途多難ね……」 おわり。 あとがき はい。デンゼルとマリンの淡い恋心でした〜…(汗)。 ううう、すみません。 だって…デンマリ大好きなんですもの…。 大きくなったデンゼルとマリンが恋に落ちる相手はデンゼルとマリンでないと…イヤだ〜(涙)。 というわけで、書いちまいましたよ…あはは〜…。 ああ、石投げないで!! よ、宜しければご意見お聞かせ下さい…(ビクビク)。 く、苦情はどうかご勘弁を…!! では、最後までお付き合い下さり、ありがとうございました!! |