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Please call me (前編)





「ティファちゃん、今夜も綺麗だね!」
「ありがとう!」
「ティファちゃん、もしもティファちゃんが俺を選んでくれたら絶対に寂しい思いをさせないさ~!」
「ふふ…。ありがとう。でも、『彼』で十分だから」
「「「お~!珍しくノロケ~!?!?」」」
 はやしたてる客達の冷やかすような笑いを営業スマイルで流し、カウンターの中に立つ彼女に、クラウドは無表情という仮面の下に噴き出しそうな苛立ちを必死に抑えていた。


 この日、クラウドは久しぶりにカウンターのスツールに腰かけ、彼女と子供達の働く姿を見つめながら夕食をとっている。
 中々こうして営業時間内に帰宅する事が難しいクラウドにとって、本当に久しぶりの幸福の時間。

 ……のはずが…。

 イライライライラ。

 先ほどから視界の端に映る彼女の微笑と、彼女に見惚れる常連客。
 そして、聞きたくも無いのに耳に飛び込んでくる客たちとの会話…。

 ムカムカムカムカ。

 どうしようもなく胸がざわめく。
 久しぶりにこうして開店中に帰宅できたというのに全く楽しくない。
 以前はこんなことはなかった。

 彼女が心から楽しそうに働く姿に疲れが薄れた。
 子供達の生き生きとした表情に、また明日も頑張ろうと思えた。

 それなのに…。

「ティファちゃ~ん、こっちもビール追加ね~」
「はぁい、少々お待ちくださいね」
「ティファ~!あっちのお客さんが『あったかメニュー』お願いって」
「うん、ちょっと待ってね」
「ティファ、俺が持って行こうか?」
「あ、ごめんねデンゼル。じゃあよろしく」
「おぉい……デン坊かよぉ…」
「俺じゃダメなわけ……?」
「「「とんでもな~い!!」」」

 ドッと笑いが起こるそのテーブルに…。

 ピキピキピキ!

 こめかみに青筋が浮く。
 そのテーブルの方を見てしまったら、この苛立ちが溢れて止まらなくなりそうで…。
 楽しそうに笑う子供達とティファの声だけでもういっぱいいっぱいで…。
 あやうくとんでもない言葉が口から飛び出してしまいそうな…そんな気持ちになり、ごまかすようにきつめの酒が入ったグラスを一気に呷った(あおった)。
 アルコール度数の高い酒が、喉を熱く流れ落ちる。
 胃がカッと熱くなって、クラウドは「ふぅ……」と溜め息を吐いた。

「なんだい、旦那?疲れてんのか?」
「………別に…」

 隣に座っていた常連客が、少々酔った目でキョトンと見る。
 クラウドはたった一言ですげなくあしらうと、窓の方へと顔を向けた。
 外はもうすっかり暗くなり、ポツポツと家々に明かりが灯っている。
 どの部屋の窓にもカーテンが引かれているが、どこか温かみを感じさせる光景だった。

 最近は街の人間の大半が寝静まった時刻にばかり帰宅しているので、こうして家々に明かりが灯っているのはなんだか新鮮だ。
 久しぶりに見る温もりのある夜の街並みに、苛立っていた心が少しだけ和んだ。

 が…。

「ほんっとうにサイコーだって~!」
「まぁ!お上手ね」
「いやいや、俺は心のそこから本当の事を言っただけだ!」
「そうそう!ティファちゃんの料理はサイコー!」
「料理だけじゃなくて、性格もサイコー!!」
「料理も性格も、顔もスタイルももう、めっちゃサイコー!!!」
「「「サイコー!!イエ~イ!!!」」」

 ムッカ~~!!!

 思わず振り返りかけた視界に、店内の様子が窓に映った。
 楽しそうに笑う子供達と……ティファ。
 浮きかけた腰を再びスツールに戻し、クラウドは手酌で酒を注ぎ足した。
 隣の常連客が「おいおい、言ってくれたら酌くらいするのに、釣れねぇなぁ…」と苦笑しながらぼやく。
 その客にほんの少し悪いと思いながらも、無言でグラスの酒を呷った。

 ティファが楽しいなら嬉しいし、子供達が笑っていると幸せだと思う。
 だが。

 本当は誰にも聞かせたくないと思う。
 誰の目にも触れさせたくないと思う。

 そんな相反する感情が今夜のクラウドを支配していた。

『バカだな……俺は…』

 そう思いながら、再び酒を呷る。
 隣の常連客が気を使って既にグラスに新しい酒を注いでいてくれたのだ。
 軽くグラスを掲げて会釈らしきものをすると、常連客は嬉しそうにニヘラ…と笑った。

 チビリ…。
 一口酒を啜り、視線を落とす。
 目の前にはすっかり冷めてしまった手付かずの料理が鎮座していた。
 ティファお手製の野菜の煮物。
 ただの野菜の煮物ではない。
 疲れたクラウドの為に…と、ミルクで煮込んだシチューのような煮物。
 それは、彼の為だけに作られたもので、まだセブンスヘブンのメニューには上がっていないものだ。
 色鮮やかな人参とブロッコリーの緑がミルクの白色を纏って実に美味しそう……なのに……。

 結局、一口も食べないまますっかり冷めてしまった。
 帰宅してから口にしたのはきつい酒だけ。
 なんとなく胃が重く感じられる。
 既に幾分かのダメージを受けているのだろう。
 だが……それも今更だ。
 きっと、明日の朝には酷い胃もたれを抱えて不快な目覚めを余儀なくされることは間違いない。

『……それも自業自得か……』

 はぁ…。

 重い溜息が、賑やかな客達の笑い声で掻き消された。



 クラウドが一人、鬱々とした感情を持て余しているとき。
 この店の店長も、営業スマイルの下では不安と焦りでいっぱいだった。

 折角久しぶりに早く帰ってきてくれたクラウドの表情が冴えない。
 いつもはあんなペースで酒を飲むことなど無いのに、今日は既にびっくりするほどの量を飲んでいる。
 おまけに、クラウドのためだけに作った料理には全く手をつけずに…。

『もしかして……久しぶりに早く帰ったのにお店をしてるから怒ってるのかしら……』

 これまでただの一度も、早く帰った時くらいは店を早く閉めてほしい…ということは言われていないし、そんな素振りも見せていなかった。
 むしろ、こうして楽しそうに働く自分や子供達の姿を見ることが幸せだ…、とまで言ってくれていた。
 だが…。
 今夜のクラウドはどこからどう見ても…。

『……機嫌が悪いのかしら…。それとも、そんなにしんどいのかしら……』

 不機嫌かしんどいかのどちらかだ。
 そのどちらなのか、それとも両方なのかの判断がつきかねる。

 元々、クラウドは表情が乏しい。
 それは長い時間一緒にいる子供達や自分にとってもやはり同様で、ちょっと分かりづらく感じてしまうことが時々ある。
 だが、大抵は『あ、こうかな?』『きっと…こうだよね?』と感じたことが正解で…。
 所謂、『直感』が働いてくれるのだが、今夜のクラウドに対しては…。

『分かんないわ……』

 内心で冷や汗をかきながら、ティファは次々舞い込んでくる注文と、客達の呼び声に店主として受け答えしていた。



 ティファが悶々と悩みつつ、営業スマイルを絶やさず接客をしている時。
 デンゼルとマリンもティファと全く同様だった。

 チラリ。

 カウンターのスツールを何度も盗み見る。

 チラ。

 お互いにアイコンタクトを取ってさり気なく肩を竦める。
 大きな背中から発散されるオーラが子供達の目には…。

『『機嫌悪いよな(ね)』』

 ティファは『不機嫌』なのか『疲れ』なのかと心配していたが、子供達はそうではない。
 ティファよりも的確にクラウドの心理を読み取る事ができていた。
 それは、ティファが持っていない視点から見ることが出来るから。

 ティファがどれだけの男性の心を魅了しているのか。
 どれだけの男性がクラウドを意識し、わざとティファをクラウドの傍にいかせないようにひっきりなしに注文をしているのか。
 その状況をしっかりと把握しているのだ。
 だからこそ、本当は身動きの取れないティファの代わりに、自分達がクラウドの元に行って、それとなく労わりの声をかけたい!!と思ってはいるのだが…。


 注文が多い → 料理が次々出来上がる → 運ぶ人手がいる → 運んで空いてる皿を下げる → ティファだけでなく自分達の仕事も増える


 という図式が見事に完成し、現在に至る。
 クラウドの傍に行きたいと思っても、中々それが上手くいかない。
 ちょっとゆとりが出来て、『クラウド~!』と、駆け出しそうになるたびに必ずお呼びがかかるのだ。

『『…もしかしなくても……わざとクラウドを除け者にしてる…???』』

 そんな考えが脳裏をよぎる。
 勿論、そんなことはないだろう。
 自然とティファへの注文が多くなると自分達の仕事も増えるのだから。
 そこまで性格の悪い客はセブンスヘブンにはいない……と思う。
 だがしかし、極々数人の客はクラウドにライバル心以上のものを持っていることは知っている。
 故に、彼らがティファをクラウドのところに行く暇もないように追いやっていることもしっかりと分かっていた。
 というか、分からないティファがどうかと思う…と、小さな天使二人は思っている。
 だが、だからと言ってこの大盛況の中、クラウドのところに言って話をしたりするのは…ほぼ不可能。
 そう。
 クラウドが自分達を呼んで、何か『お願い』してくれる以外は。

『『なんで呼んでくれないのかなぁ…?』』

 眉をひそめながら二人は思っていた。

 呼んでくれたら良いのだ。
 そうしたら、心置きなくクラウドのところに行けるのに。
 いくらクラウドが家族だといっても、仕事中に家族に現を抜かしていると、ティファにとばっちりがいってしまう。
 だからこそ、わずかな暇を見つけてクラウドのところに行っても大丈夫な『時期』を見計らっているのだ。
 それが今夜は全くない。
 こうなったら、クラウドが呼んでくれたら『仕事』としてクラウドのところに行くことが出来る。
 上手くいけば、ティファをクラウドのところへ行かせてやれる。
 だが…。

 肝心のクラウドは不機嫌そうに酒を呷るばかりでいっこうに呼ぶ気配を見せない。
 それどころか、ティファがクラウドのためだけに作った料理に一口も口をつけていないという有様。

『クラウドも…とことん不器用だよなぁ…』

 デンゼルは小さく溜め息を吐いて、接客しているティファを見た。
 ティファの表情が幾分曇っているように感じるのは、勘違いではないだろう。
 ティファもクラウドの様子がおかしいことを感じているに違いない。
 自分やマリンよりもクラウドの事を良く見て、そして想っているのだから…。

『ティファもやっぱりとことん不器用だよなぁ…』

 再び小さな溜め息を吐いてデンゼルは盛り沢山の空いた皿が乗っているお盆を注意深く持ち直した。
 物資の乏しい昨今。
 一つの小皿、一つのグラスといえど無駄には出来ない。
 それに、もしも落として割ってしまったとしたらまたもや仕事が増える。
 断じてこれ以上、余計な仕事は増やせない。
 セブンスヘブンの看板息子は、常連客達の「大丈夫か~?」「無理するな~」という声援を受けながら、流しに慎重に運ぶのだった。

 一方、看板娘はと言うと。

「ありがとうございました!またおこし下さいませ」

「89ギルになります」

 などなど。
 会計にかかりきりだ。
 無論、お会計の無い時は、デンゼルやティファのサポートのように空いた皿を下げ、注文を聞き、料理を運ぶ。
 どう考えても、この盛況振りからみたら店主一人と子供達二人で賄っていくのは不可能だ。
 だが、不可能を可能にして今日までやって来た。
 流石…としか言い様のない連係プレー。
 以前なら、配達の仕事を終えて疲れ切ったクラウドがその仕事っぷりを見て『…俺も頑張らないとな』と、実に嬉しそうに…誇らしそうに笑ってくれた。
 だが…。

『絶対に今夜のクラウド…変!!』

 マリンは気にしながらも、デンゼルよろしく『仕事中』に家族の事で現を抜かしてティファにとばっちりが行かないように…という気持ちから、中々クラウドのところに行けずにいる。
 もっとも、マリン自身は『私がクラウドのところに行くよりもティファが行った方が絶対に良い』と思っているのだが。
 だが、どうしてもティファの代わりが出来ない仕事がある。
 それは勿論…。

「今夜のスタミナ定食、サイコーだね!」
「いやいや、あったか定食もサイコーさ!!」

 と客達が狂喜乱舞しているように、料理を作ることが出来ない。
 なにしろ、まだ七歳になっていないのだから…。
 七歳という年齢を差し引いても、マリンは非常に料理が上手だ。
 ジェノバ戦役時代、ミッドガルでセブンスヘブンで店番をしていた経験からも、かなりの腕だ。
 正直、こんな子供がいたら世の料理人達は修行をやり直さなくてはならないと凹むこと間違いなしだ!!
 だが、だからと言ってティファの作る料理に及ぶはずもない。
 こればかりはティファに頑張ってもらわないといけないのだ。

『はぁ……クラウド…なにか注文してくれないかなぁ…』

 デンゼルのように心の中でぼやきながら看板娘は出来上がった料理を注文客に運ぶのだった。



『やっぱり……サイコーだよな…』

 不機嫌な顔をグラスを傾けることで隠し、クラウドはそう思った。
 幾分酒が回ったせいかもしれない。
 だが、普段心の奥底にしまっている大事なもの。
 それが酒の影響で浮上しただけにすぎない。

 本当は…ずっと思ってる。
 自分には勿体無い人だと。
 勿体無い家族だと。
 誰よりも……、どこの家族よりも一番なのだと。
 ずっと…思っていた。

 そう、思っていただけではなく、身を持って感じることが多々あった。
 配達の仕事をしていると、僅かだがその依頼主の家庭を垣間見る瞬間に出会う。
 その瞬間が…クラウドにとって『幸福』になったり『どん底』になったりするのだ。

 ある家庭など、親子間で『家庭内別居』状態だった。
 荷物を届けると、『この人のことで私の時間を潰さないでくれます!?』と、えらい剣幕で怒られた。
 しかし、住所は間違えていない。
 インターホンを鳴らして出てきたのが、たまたま『同居』している『実の娘』だっただけ。
 そして、たまたま『実の母親』宛ての配達に訪れた時、当の本人がいなかっただけ…というもの。
 タイミングが悪いにも程がある。
 しかし。

『お腹を痛めて生んでくれて…今日まで育ててくれた母親を『この人』って…』

 クラウドは絶句した。
 勿論、そうなってしまうまでに、この母子の間で何かしらの葛藤があったのだろう。
 その結果が、『親子バージョン家庭内別居』なのだ。

 他にも例を挙げたらきりがない。
 それくらい、人々の心は荒んでいるのが現状。
 そんな中、自分達家族は血のつながりこそないが魂でしっかりとつながれている。
 その幸福を日々感じているというのに…。

 誰の目にもティファや子供達を触れさせたくないと思うだなんて…。
 特に、愛しい恋人は尚更、他の男の目に晒したくない。
 だがその反面。
 こんなに素敵な人の心を独占できる幸せを自慢したくて仕方ない。
 羨望と嫉妬の混じった眼差しを向けてくる同性に、牽制と同時に『ニヤッ』と笑ってやりたくなる。

 人間とは……どこまで貪欲で愚かな生き物なのだろう……。
 いや、自分だからだろうか?
 彼女が…子供達が…愛し過ぎて。
 本当に大切で、宝物で…。
 だからこそ、隠したくもなるし自慢したくもなる。
 隠したくなるのは他の誰かに摂られたくないから。
 自慢したいのは、本当にティファと子供達が素晴らしいから。
 だけど…。


「俺って…本当に独占欲、強いのな…」


 呟かれたその一言は、隣に座っている常連客にすら届かずに店の喧騒に消えていった。




 あとがきは最後にまとめますね。