Please call me (後編)
グラ…グラ…グラ…グラ…。
決して鍋が煮立っているわけではない。
そう。
これは…。
「ねぇねぇ、クラウドちょっとおかしくない…?」
「………おかしい」
「ティファ、気付いてるかしら…」
「………まだ気付いてないみたいだな。気付いてたら、絶対にもうクラウドの所に行ってるだろうし…」
「どうする?」
「……やっぱり教えるほうが良いかな…」
子供達がコソコソと心配そうにやり取りをしているその視線の先では。
微かに頭が前後左右に揺れている父親代わりの後姿。
本当に…微妙にしか揺れていないのでパッと見ただけでは分からない。
だが…。
「「酔ってるよな(ね)」」
いつにないハイペースで飲んでいたのを見ていただけに、クラウドが酔っていることが容易に想像できてしまう。
こんな風に営業時間内に酔っ払ったクラウドは見た事がない。
いや、営業時間内であろうが、店の営業と関係なかろうが、クラウドが酔っ払って揺れている姿など、見たことがあっただろうか?
いや、ない!!
勿論、クラウドが仲間達のバカ騒ぎに巻き込まれて酒を飲んだことは何度もある。
しかし、かなりの量を飲んでもクラウドが酔っ払った…という記憶は無い。
何しろ、クラウドはティファと同じく酒が強いのだ。
きつい酒を飲んでも…ほんのりと頬が赤くなるのみで言動はしっかりしているし、正体をなくしたことはない。
だが…。
「今夜は…マズイ気がする」
「私も…」
クラウドがこんなになるまで飲んだという事実は子供達を素直に驚かせた。
決して蔑みの感情は浮かんでこない。
クラウドがいつもいつも、必死になって働いてくれているのは、自分達を養うためだと分かっているから…。
血の繋がりのない自分達を、本当の家族として愛し、育んでくれている。
そんな彼が初めて見せた酔っ払った姿。
軽蔑するはずがない。
それよりも、子供達二人の胸には不安がもやもやと広がっていく。
クラウドをライバル視している男達が、まだ何人か店に残っているのだ。
クラウドが帰宅するかなり前から居座っており、料理も酒もチビチビとしかやっていない。
恐らく、粘れるだけ粘って、ティファを何とかして口説こうと思っているのだろう。
そんなことは無駄な努力だと、もう既にイヤと言うほど知っているはずなのに、一向に諦める素振りを見せない。
そんなクラウドをライバル視する男達に、クラウドが酔っ払った姿なんか見せられない。
後々、どんなことを言いふらされるか…。
あることないこと、吹聴される危険が非常に高いのだ。
そんな目にクラウドをあわせるわけにはいかない。
だが、どうしたらクラウドを誰の目にも触れさせずに寝室へ運ぶ事が出来る?
……。
………不可能だ!
「どうしよう…」
「クラウドが酔っ払って醜態晒す前に、あのおっさん達が帰ったら良いのによぉ…」
「でも…まだ帰りそうにないし…」
「ったく〜!ほんっとうに諦めの悪いおっさん達だよな…」
カウンターの中でマリンが洗い物を、デンゼルが空いた皿を下げながら交わされる会話。
途切れがちになる会話だが、その間もティファは接客で手が離せない。
どうにかしてティファにクラウドの状態を気付かせてやりたい。
しかも、ティファの周りに群れている常連客にバレない様に。
簡単そうで……難しいこの問題。
子供達は仕事の手を休める事無く頭を働かせた。
しかし、どうにもこうにも……上手い案が浮かばない。
新しい注文が入ったらそれを覚えることを優先させてしまわないといけないのだから、考え事が中断されてしまう。
そうなると……まとまりそうになった考えもあっという間に崩れてしまって何を考えていたのか分からなくなる。
そうこうしている内に、クラウドが段々舟を漕ぎ始めた。
恐らく酔っ払ったまま眠りに入ろうとしているらしい。
それならそれで、クラウドは疲れていたから…という言い訳がたつ。
下手に酔っ払って暴れたり、普段は口にしないようなバカなことを言ってみたり、はたまた絡み酒になったり…。
そんな恐ろしい醜態を晒すくらいなら!!
……あるわけないか…。
まぁ、クラウドならそんなことには絶対にならないとは思っているが、それでも、もしかしたらティファを巡って言い争いを始めるかもしれない、という危惧はあった。
だから、子供達は内心ホッとした。
これならクラウドが疲れて眠ってるよ…、と、ティファに言ったとしても、周りの客達は変な誹謗中傷を浴びせることなんか出来ない。
ホッと安堵の表情を浮かべる、デンゼルとマリンはそっとティファの服を引っ張った。
客達の相手に夢中になっていたティファは、珍しい二人のその行動に目を丸くしたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。
「どうしたの?」
ティファのその声に、周りの酔っ払い達まが
「お〜、どうしたんだ〜?」
「いやぁ、悪いなぁ。俺達がティファちゃんを独り占めしちゃったから仕事が大変だったか?」
「おいおい、このテーブル全員を相手にしてくれてるんだから、独り占めとは言わねぇだろ?」
「ギャッハッハ!そりゃ確かに〜!」
異様に盛り上がりながら話に入ってくる。
いい加減、デンゼルは嫌気がさしてきた。
そうでなくても今夜はクラウドに楽しくお酒を飲んで、疲れを取って欲しかったのに。
それなのに結果はその逆だ。
家族はクラウドを全く労うことが出来ず、仕事に追われてしまっていた。
クラウドが自分達を呼んでくれたら仕事として堂々と行けたのに……。
きっとクラウドは気を使ってくれたのだろう。
一度も…呼んでくれなかった。
一人、寂しく酒を飲ませてしまった原因は、この店のティファ狙いの客達にある!
勿論、クラウドを労う余裕をもてなかった自分達が一番悪いのだろうが…。
いつもは大好きな目の前の常連客達が今は無性に憎らしい。
デンゼルは不機嫌そうな顔を隠そうともせず、ティファを見上げた。
「クラウドが疲れて寝そうなんだ」
「ティファ、私達じゃクラウドを二階に連れて行ってあげられないから…」
マリンもデンゼルの言葉に続けてそっとクラウドの方を見る。
ティファは目を丸くしてカウンターの定位置を見た。
周りの客達もびっくりしてそっちを見る。
コックリ……コックリ……。
片手で頬杖、もう片方の手には空のグラス。
実に器用な姿勢でまどろんでいる美青年。
ほんの少し開かれた唇からは恐らく小さな寝息が立てられているのだろう。
僅かに頬が赤らんでいるのが何とも………。
「「「「色っぽい……」」」」
思わず常連客達が…しかも同性のむさくるしい男達が赤くなって呟く。
ティファはと言うと…。
ドッキン!!
いつにない彼の姿に胸がドキドキと激しく彼への想いを主張する。
常連客達が思わず呟いた『色っぽい』という感想以上のものを感じる。
可愛い。
愛しい。
守りたい。
自然と頬が緩み、目が細められる。
そして、吸い寄せられるようにクラウドの方へ足が向く。
その目は…クラウドしか見えていない。
ティファに横恋慕している男達数人が、奥のテーブルから嫉妬に駆られて腰を浮かせたが、周りの客達がそれを宥めた。
「お前らの気持ちも分かるけど、無理だって」
「そうそう、俺達みたいに諦めろ」
数人は不承不承腰を下ろしたが、その中の一人がどうしても諦められなかったらしい。
「ティファちゃん、悪いけどビール追加してくれないか!」
苛立ち紛れ、悔しさ紛れに声を上げる。
が。
ティファは足を止めずに…客の方を振り向きもしない。
全く聞えていないことがその様子からも窺える。
唖然とするその客の前に、『ドン!』とやや乱暴にジョッキが置かれた。
ビクッとジョッキの先を見ると、満面の笑みで看板娘が「お待たせしました。生中です」と立っている。
全く目が笑っていないのが何とも言えず、小さな身体に不釣合いなほど迫力に満ち満ちている…。
男は引き攣った笑顔を浮かべてマリンに礼を言った。
横恋慕の客の妨害に全く気付かないまま、ティファはそっとクラウドに手を伸ばす。
耳元に顔を寄せ、優しく声をかけた。
「クラウド」
微笑みながら…照れ臭そうに声をかける彼女はまるで少女のようで。
客達のハートを鷲掴みにした。
しかし、声をかけられた当の本人は目を覚ます気配が無い。
コクリ…コクリ…。
いよいよ本格的に船を漕ぎ出す。
ティファはクラウドの肩に手を置いて、軽く揺さぶった。
「クラウド、こんな所で寝てたら風邪を引くわ。ね、ちゃんと寝室で休んで?」
笑みを含んで呼びかける。
クラウドの整った眉が少しだけ顰められ、
「ん〜…」
気持ち良さそうに立てられていた寝息から小さな呻きが洩れる。
誰もが『起きるかな?』と思ったその仕草。
むずがるようなその表情は、またしても客達の……しかもあろうことか数人の同性の心臓を打ち抜いた。
まるで小さな子供が母親に起こされてるような…そんな光景。
いつもの無愛想な彼からは想像も出来ないような……愛くるしい姿。
『『『『反則だろう!?』』』』
高鳴る胸に己の趣味を疑いつつ、誰もがそう叫んだ…心の中で。
と…。
クラウドの手に握られていたままのグラスが、ポロリ…と床に落下した。
床に衝突する寸前、ティファがサッと動き、ギリギリのところでキャッチする。
「「「「「お〜〜!!」」」」」
客達が感嘆の声を上げ、パチパチと拍手する。
デンゼルとマリンも、一瞬グラスが砕けるのを想像しただけにホッと一息吐いて笑い合った。
ティファも「ふぅ…あ〜、危なかった」とホッとして、屈んだ状態からクラウドを見上げた。
「 !! 」
吸い込まれそうな魔晄の瞳。
アルコール度数の高い酒を呷っていた為に若干潤んだ瞳が、真っ直ぐ自分を見つめていた。
起きたのね?
ここで寝たら風邪を引くから、部屋に戻って?
ごめんね、一人で食事をさせるようなことになって…。
一人で部屋に戻れる?
それともまだなにか食べる?なにも食べずに飲んでばっかりだったでしょ?
言いたいことは沢山あった。
だが、吸い込まれるようなその怪しく輝く瞳に、全ての言葉が消えていく。
何も言えなくなる。
目が逸らせない。
一気に鼓動が早くなる。
ダメ!
まだお店の途中なんだから。
周りにはお客さん達がいるんだから。
だから…。
そんな思いつく限りの言い訳を必死に考え、理性をかき集めて目の前の魅惑的な存在から目を逸らせようとする。
しかし。
フワッ。
両頬を優しく大きな手で包まれ、驚くティファの瞳にはクラウドの優しい微笑み。
ティファは呼吸の仕方を忘れた。
店内の客達も同様に、身動き一つ出来ない。
半開きになった口のまま、これまで見たこともない彼の微笑みに頭が真っ白になる。
子供達もビックリして目を丸くしたまま、その場から一歩も動けない。
クラウド以外の全員が固まったのはほんの数秒。
だが、これ以上ないほど長く感じられる数秒。
皆の視線を一身に集めていることなど全く、これっぽっちも、微塵も分かっていないクラウドは、その幸せそうな微笑のまま…。
『『『『『『ぎゃーーーー!!!!』』』』』』』
客達が声にならない悲鳴を上げた。
デンゼルとマリンの傍にいた客達が子供達の目をサッと隠す。
ティファは……目を見開いたまま固まった。
両頬を優しく包み込まれたまま落とされた口付け。
視界にはクラウドの整った顔のアップ。
『あ〜…やっぱり睫長いなぁ』
『…やっぱり綺麗よね…』
『クラウド…あったかい……』
などと感動している場合ではない!!
思考回路が一部を除いて大破する。
ほんの一握り残った理性は、この場をなんとか乗り切るべく脳に指令を出していた。
だが、全く持って受け付けない。
身体が硬直したまま動けない。
なにしろ、一体誰が想像出来る?
あのクラウドが!
恥ずかしがり屋で、無愛想で、不器用なクラウドが!!
客達の面前でラブシーン!?
しかも…とても優しくて……温かくて……。
心の底から幸福を感じてしまう。
こんな口付けを贈ってくれたのはほんとに久しぶりだった。
何しろずっと、帰宅は遅いのに家を出るのは早朝という日々だったのだから。
一瞬止まっていた心臓がバクバクと激しく打ち付ける。
一気に顔に血液が上る。
押しのけないと!!
そう思いながらもやっぱり身体が言うことを聞かない。
心臓はバクバク、頭は真っ白なティファからクラウドは愛しそうにそっと唇を離すと、これ以上ないほど優しい微笑みを浮かべてティファを至近距離で見つめた。
真っ赤になって目が点になっている彼女を今度はそっと抱き寄せ、その髪に頬を埋める。
「ティファ…」
囁いたその声は少し掠れていて、ティファと客達の心臓を不規則に激しく活動させた。
いやもう、何と言うか高血圧で死にそうです…。
ティファだけでなく客達全員がそう思った。
ただ、目隠しされた子供達二人だけが、
「ちょっと、なんだよぉ!」
「え、誰、なに!?離してよぉ!!」
と喚いている。
と…。
「へ……?」
ズシリ…。
ティファにクラウドが圧し掛かる。
「へ、ちょ、ちょっと、クラウド!!」
バランスを崩してティファが尻餅をつく。
そのまま二人は石化した客達の目の前で床に転がってしまった。
その衝撃でティファの脳が一気に指令を下す。
赤い顔をしてクラウドを押しのけ、酔っ払いにキツイのを一発…!!
と、思ったのだが…。
「クラウド……………寝ちゃった……」
ティファに身体を預けるようにしてクラウドは完全に爆睡モードに突入していた。
実に幸せそうに微笑んで眠るクラウドに、ティファは恥ずかしい気持ちとか、客達の目の前でラブシーンをしたことに対する怒りとか…。
そう言った諸々の感情が綺麗さっぱり無くなってしまった。
疲れて帰ってきたのに、労わってやれなかった自分。
そして、自分や子供達を呼びたかっただろうに我慢してくれた彼。
我慢する為に、酒を飲まずにはいられなかったであろう彼の心情。
それらを思うと、到底怒る気にはなれない。
それどころか……。
愛しいと想う気持ちが溢れて止まらない。
口元に笑みを浮かべ、クラウドを膝枕するようにして床に座り込んでいるティファに、客達は暫し見入っていた。
が!!
ガタンッ!
クラウドの隣に座っていた常連客が我に返ったように、スツールから飛び降り、ガサガサと慌ててズボンを漁り、財布を出す。
そして、
「これ、お代ね!おつりは良いから!!」
と言い残し、逃げるようにして店を後にした。
それをきっかけに、次々と客達がカバンやポケットから財布を取り出してテーブルの上に多めのギルを置き、
「俺も釣りいらないから!」
「俺も!!」
「私も!!」
「「「「ごちそーさーん!!」」」」
口々にそう言い残して脱兎の如く店から出て行ってしまった。
残されたのは、大量のギルと料理の中途半端に残った皿。
そして、唖然とする子供達に……。
膝枕状態で眠っているクラウドと、苦笑しつつもどこか幸せそうなティファだった。
「「なに?なんで???」」
「ふふっ…。クラウドが明日の朝、起きて覚えてたら教えてもらって頂戴」
キョトンと訊ねる子供達二人に、ティファはほんのりと頬を染めてそう応えた。
― 『ティファ』 ―
耳元で呼ばれた彼の甘い声が心をときめかす。
店で客達が呼んでくれるよりもうんと素敵に響く自分の名前。
クラウドも…きっと呼んで欲しかったのだろう…。
自分に。
そして、子供達に。
静かに寝入る彼の顔をそっと撫でながらティファは笑みを深くした。
『明日、起きてから覚えてるかしら…?』
クスクスクス。
ティファは明日の朝、彼が覚えているかどうかを想像して楽しそうに笑った。
クラウドはこれまで記憶をなくしたことが無い。
きっと自分が想像している様にこれ以上ないほど動揺してくれるだろう。
顔を真っ赤にし、狼狽しながら起きてくる彼を脳裏に描き、ティファは幸せそうに軽く笑い声を上げた。
あとがき。
かつてこれまでこんなに書いてて恥ずかしかった話があるでしょうか…?いや、ない!!(即答)
私の中では、クラティがあんまり仲良くしていないというのがすっごく気になっていることでして。
ですから今回、思い切って二人のラブシーン(?)に挑戦!!とか思ったんですけど…。
ごめんなさい、どうしてもこれ以上は無理!!(土下座)
ここまで読んでくださって本当にありがとうございました!!
あぁ、どうか石は投げないでー!!(脱兎)

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