クラウド・ストライフは軽く首をかしげ、店内を見渡した。 なんとなく腑に落ちない…と言った仕草だ。 ティファ・ロックハートはそんな青年に「どうしたの?」と、そっと声をかけた。 彼の答えをある程度予想しながらだったが、見事それは的中した。 「なんでこんなに客が少ないんだ?」 ティファは苦笑しつつその質問を予想した瞬間に用意していた答えを口にする。 「デンゼルとマリン曰く、『ライバル店』が原因よ」 クラウドは目を丸くした。 らしく。(前編)「それで…なんでお前がここにいる…」 クラウドの言葉は目の前にいる者への問いかけではなく、諦めそのものだった。 ガックリ、という言葉がとても良く似合う仕草で全身を使ってうな垂れたクラウドに、ウータイ産のお元気娘は両手を腰に当てた。 「ま〜ったくなんだってそんな態度しか取れないかなぁ〜。このウータイの希望の星、ユフィちゃんを前にして!」 誰が『希望の星』だ、誰が! と、思ったが口にはしない。 無駄な体力と気力はこれ以上使いたくない。 どうせ、追い返そうとしたって徒労に終わることは、この数年の付き合いでイヤというほど学ばされたのだ、諦めるのが一番賢明だ。 「なにさ、そのすべてを悟りきった…と言うか、諦めきった遠い目は!」 「ふ……なにがだ?」 「キーーッ!こっち見ろ、現実見ろ!」 ギャンギャン吠えてくるユフィを全て受け流す態度のクラウドだったが、2人分の足音に気づいて顔を向けた。 2階の子供部屋から走ってきたデンゼルとマリンは頬を紅潮させ、目を輝かせていた。 そして。 「ユフィ姉ちゃん!」 「ユフィお姉ちゃん、いらっしゃい!!」 2人の大歓迎にユフィの機嫌はあっさり直った。 満面の笑みで2人をギュッと抱きしめる。 なるほど、とクラウドは思った。 何故、ユフィが突然来襲したのか不思議だったのだが、子供たちが呼んだのか。 いや、別にユフィが突然来たこと自体が不思議だったのではない。 『今日』来たことが不思議だったのだ。 『今日』。 ティファが近所のお得意さん宅へお手伝いに行くため、夜まで帰って来ないという、滅多にない日に。 だから、今日わざわざ仕事を休んだのだ、ティファにお願いされて。 『多分大丈夫だとは思うけど、デンゼルとマリン、まだ小さいから一日中2人だけにはしたくないの…』 まるで狙ったかのようじゃないか…?とか思っていたのだが、なぁるほど、子供たちが呼んだのならなんの不思議もない。 しかし、ここで新たな疑問が浮上した。 何故呼んだのだろう? しかもわざわざティファが不在の日に…。 あろうことかこの『ウータイ産ハリケーン娘』を。 ゾクリ。 クラウドの背に悪寒が走る。 絶対に良くないことを企んでいる。 どう考えても、ティファがいたらヤバイことを計画しているとしか思えない! 思わず足がドアに向かってしまいそうになるのを踏ん張る。 ここで子供たちの身の安全を確保するためにも、自分が踏み止まらなければ! そのためには、まず何を企んでいるのか聞き出さないと…って、別にこっちから話を振らなくてもユフィ(こいつ)のことだ、すぐにでも巻き込んでくるに違いない。 いや、もしかしたら『保護者は邪魔!』とかなんとか言って、子供たちから引き離そうとするかも。 あり得るか? …。 ……あり得る! 何しろユフィだ。予測出来ないことをしてくれることでは天下一品だ! ならどうする? 聞き出すしかない。 それは誰から?子供たちからか? もしも、内緒でことを運ぼうとしているなら子供たちから聞き出すというのは…ちょっと大人気ないかもしれないが…。 なら、ユフィから聞き出せば良いな。 そのためにはとりあえず、子供たちを子供部屋か遊びに行かせてユフィから引き剥がさなくては。 だがそもそも、もしも本当に俺にまで知られないように事を運ぼうとしているなら、家にユフィを呼ばないよな? 「クラウド〜、お〜い、帰って来〜い」 目の前でユフィの細く華奢な手がヒラヒラ振られ、クラウドは自分の思考から現実へと引き戻された。 怪訝そうな顔をしたユフィと、不思議そうな顔の子供たちに気がついてなんとなく気恥ずかしい思いを味わう。 「なんだ?」 「ったく、なにが『なんだ?』だよ。そっちが呼んだんでしょ?」 「は?」 「は?」 誓って言えるが、クラウドはユフィを呼んでいない。 しかしユフィはクラウドも今回のご招待に一役買っていると思っていたようだ。 キョトンとしたクラウドに、同じくキョトンとする。 すると、デンゼルとマリンがおずおず、ちょっぴり恐々2人を見上げた。 「ごめん、ユフィ姉ちゃん。クラウドは…知らないんだ…」 「ごめんなさい。何も話してないの」 「そうなの?」 呆れた声を上げたユフィに子供たちがシュンとなる。 クラウドには面白くなかった。 自分にはさっぱり何のことだか分からないのに話が勝手に進んでいるのも面白くなかったが、ユフィが子供たちを責めているかのように感じたのだ。 勿論、ユフィにそんなつもりは微塵もない。 ユフィは、「仕方ないなぁ。時間もないし」と言いつつ、クラウドにクルリと向き直った。 「とりあえず、変装するから」 「は!?」 「クラウド、女装する?」 「殺すぞ」 「言うと思った。じゃあこっちにしよう。ほい、行くよ〜!」 なにが『とりあえず』なのかさっぱり分からぬまま、クラウドは2階の自分の部屋へ追い立てられた。 そうして…。 「うん、どうよこの出来栄え!完ぺきじゃん」 ユフィは満足げにニッカリ笑いながら額の汗を腕で拭った。 目の前の子供たちも目を輝かせて感嘆のため息をついている。 クラウドは、鏡の中の自分にただただ驚いていた。 目の前に映っているのは自分のはずなのに、どっからどう見ても他人にしか見えない。 黒く染められた髪はオールバック。 ワックスでペッタリと撫で付けられているのではなく、元々そういうクセ毛の髪型としか見えない見事な出来栄えだった。 髪型と色が違うだけでここまで他人になれるとは…。 「クラウドすごい!カッコいい!!」 「いいなぁ、クラウド。めっちゃカッコいい〜!あ〜あ、俺もクラウドみたいな髪質だったらなぁ…」 子供たちの手放しの賞賛が妙にくすぐったい。 クラウドはそっと鏡の中の自分から目を逸らして「そうか?」と口の中で呟いた。 ユフィは満足そうにクラウドをうんうん、と眺めやると子供たちに顔を向けた。 「さ、次は2人だからね」 腕まくりの仕草をするユフィに2人は「「は〜い!!」」と元気に手を上げた。 クラウドの変装が終わってから更に小一時間の後。 子供部屋から出てきた2人を見て、クラウドは飲んでいたコーヒーを噴き出しそうになった。 「……デ、デンゼル…、マリン…」 少年は活発に笑いながら、少女は少し恥ずかしそうに俯いている。 後ろから降りてきたユフィも金髪・碧眼スタイルでしっかり自分の変装を終えている。 「どう?クラウド。デンゼルとマリンだって分からないっしょ?」 「分からない」 素直に頷いたクラウドにユフィはますます鼻高々だ。 2人の頭に手を置いてよしよし、と撫でる。 しかし、クラウドは子供たちの変装に混乱するばかりでそもそもの疑問が急に色濃く脳裏に広がった。 「そろそろなんでこんな変装が必要なのか教えてくれないか?」 「敵情視察のためよ!」 勇ましくきっぱりと言った少年姿のマリンに、クラウドは鸚鵡返しに「敵情視察…?」と繰り返す。 マリンは真剣な面持ちで頷いた。 キリッとした少年にしか見えない。 その隣では、少女に扮したデンゼルが恥ずかしそうに俯いている。 「セブンスヘブンにライバル店が出現したんでしょ?」 ユフィの言葉に、あぁ…とようやく話が見えたクラウドは苦笑した。 なるほど、通りを挟んだところに出来た新しい店の視察に行くための変装か。 わざわざティファがいない日を選んだのもようやっと理解出来た。 私たちは私たち、それで良いんじゃないかな? 彼女ならきっとこう言うだろう。 そして、子供たちもティファがそう言うだろうと分かっているからこそ、この日を狙ったのだ。 分かっていて、それでもユフィをこうして巻き込んでまで決行したかったのだ、『敵情視察』を。 それだけ、新しい店を脅威に感じているのか? いや、違う。 きっと、悔しいんだ…と、クラウドは思った。 子供たちにとって、セブンスヘブンはとても大切な大切な宝物のようなものだ。 それが、新しい店が出来たくらいで客足が遠のいてしまったという事実が悔しくてならない。 新しい店になんか劣っているところなどない、という自負・誇りもあるのだろう。 それなのに、店は以前のような賑わいを見せず、ジリジリとした焦燥感と相まって2人を圧迫したのだ。 もしかしたら、『私たちは私たち』といった焦りを見せないティファの姿も2人が焦り、奮起させた理由になっているのかもしれない。 それにしても、こんなことに付き合うユフィもユフィだ。 なんだかんだ言っても、本当に彼女は『ウータイの忍』として多忙なはずなのに…。 クラウドはため息をついた。 しかしそのため息は諦めとも呆れとも違う、暖かいものだった。 その証拠に口元には微かに笑みを浮かべている。 「ユフィ、お前もお人よしだな」 「ふふん、まぁね。可愛いデンゼルとマリンのお願いだし〜」 何でもないことのようにカラカラと笑うユフィに心の中だけでそっと感謝する。 口にはしない。 言葉にしたら最後、お調子娘のことだ、この先何を言われたり強請(ねだ)られたりするか分かったものではない。 「と、とにかく!」 デンゼルが女装の恥ずかしさを吹き飛ばすように口を開いた。 「いざ!敵陣へ!!」 「「おおーー!!」」 ノリの良いユフィと、既にノリノリなマリンが勇ましくそれに呼応する。 クラウドは苦笑しながら肩を竦めると、ドアに向かった。 そうして4人は敵陣、改め『アレイボス』にやって来た。 その店の外観は、新しいだけあってとてもお洒落だった。 ロッジのように木をベースにしており、とても暖かな雰囲気が漂っている。 店内もその暖かな雰囲気を最大限に活かし、照明もオレンジ系統を使用して柔らかでどこか甘いムードを演出していた。 そのお陰か、まだ17時前だというのに客で賑わっている。 客層は若い世代が多く、カップルだったりグループ交際だったり、とにかく活気に溢れていた。 店内を見渡すと、セブンスヘブンで見た顔が数名楽しそうに酒を飲み交わしている。 なるほど、変装は必須だったか…とクラウドは改めて納得した。 デンゼルとマリンは対抗心も露に目をギラギラ光らせ、至る所に視線を走らせている。 当然、クラウドが気づかないようなところにもチェックを行い、 「あの人、最近来ないと思ったらこっちに来てたんだ」 「マリン、あっちに座ってる人もだぜ」 「うわ〜、なにこのお店のお客、見たことある人ばっかり」 「くっそ、腹立つなぁ」 ヒソヒソと囁き(?)合っている。 その姿には流石のユフィも苦笑を浮かべた。 「デンゼルとマリン、なんか必死だねぇ」 「あぁ…本当に…」 「クラウドはさぁ、どう思ってるわけ?」 「なにが?」 「だから、ライバル店出現によるセブンスヘブンの売り上げ下落」 「なるようにしかならないんじゃないか?」 「うわっ、そんなこと言ったら頑張る子供たちが浮かばれないじゃん」 「こら、勝手に殺すな、死んでないんだから」 「何言ってんのさ。死んだ場合以外にも使えるっつうの。ってそう言うことを言っているんじゃなく」 「あぁ、そうだな。でも、事実なるようにしかならないだろ?」 「そうだけどさぁ…」 落ち着いた態度のクラウドに唇を尖らせたユフィだが、店員がメニューを持ってやって来たことで一時中断する。 やって来た店員はまだ若い女性だった。 にっこり笑ってそつなく接客してくる態度は好感が持てた。 デンゼルとマリンは、頭からライバル視しているため、堅い態度を見せていたがユフィはご機嫌に料理を注文していった。 「おい、そんなに頼んで誰が払うんだ?」 「え?勿論、可愛い子供たちの保護者様」 「…だと思った…」 ニッコリ笑ってキッパリ無情なことを言い切ったユフィにため息しか出てこない。 ついでに言うなら、「なら、少しは遠慮しろ」という台詞も出てこない。 言ったところで無駄だ。 どうせ、今回の『敵情視察依頼』を受けた時点で、ユフィの中ではクラウドを『お財布』にすることは決定事項。 なら、いまさらジタバタしてもどうにもならない。 料理名を見てもどんな料理なのか良く分からないクラウドは、最初からメニューを見るつもりはなく、子供たちとユフィに適当に選んでもらうつもりだった。 そのためチラッとしか見ていなかったのだが、値段はさほど高くないという印象だ。 4人分くらいの料金は払えるだろう…、多分。 「それにしても、こっちの店のスタッフは若い子が多いねぇ」 「オヤジか、お前は」 感心したように意見を口にしたユフィに突っ込みながら、クラウドも『確かに』と思った。 男も女も、とにかく若い。 勿論、若さだけで言うならセブンスヘブンの右に出るものはいないだろう。 そうではなく、10代後半から20代と思しきスタッフばかりなのだ。 「しかも、見た目もハイレベル…と」 ユフィは頬杖を着いた。 なぁるほど、こりゃセブンスヘブンからこっちの店に来るわなぁ…。 口にはしないがそう思っているのが伝わってくる。 納得したかのようなユフィに子供たちの視線がキツクなった。 クラウドは苦笑した。 こればかりはどうしようもない。 セブンスヘブンは『家族』で営むと言うのがモットーなのだから。 だから、顔が良くて若い人間を雇うことなどあり得ない。 美味しい料理を低価格で提供、1日の疲れを少しでも癒せる場になれば…。 それがセブンスヘブンの目指しているものだ。 だから、出来るだけ安い価格で料理を出している、これ以上安くは出来ない。 それに、クラウドはこっそり思っていた。 客足が少し減ってしまった今の状態が丁度良い…と。 メインで働いている人間がティファ1人、ということをクラウドはいつも気にしていた。 子供たちが助けてくれるとは言え、所詮子供は子供。 遅い時間まで手伝うことは出来ないし、大人でないと対応出来ない事態などいくらでもある。 それを全て、ティファ1人でこなしてきてくれていた。 だから、今くらいの客足が丁度良い。 勿論、利益が出ずに赤字経営になってしまっては困るが、今のところそこまで酷くはないようだ。 落ち着いているティファの様子からそれが分かる。 だったらこのままで良いだろう…と思うのだ。 だから、ユフィにも言ったような言葉が出る。 『なるようにしかならない』=『なるようになる』 だがしかし、子供たちにはここまでの理解を求めても無理があることもクラウドには分かっている。 自分たちの店が一番と自負している子供たちにとって、この事態は到底容認出来ないことだ。 ましてや、料理が飛び切り美味しいとか、スタッフの対応が自分たち以上に素晴らしいとか、そういうことならまだ納得出来るだろうが今のところセブンスヘブンが負けていることと言えばスタッフが『若い働き盛りで美男美女』ということなのだから。 (まぁ、もっとも肝心の料理が来てないけど) クラウドの心の呟きが聞こえたわけではないだろうが、料理が届いた。 今度は若い男性スタッフだ。 髪の毛をいかにも若者風に緑色に染め、お洒落に毛先を遊ばせている。 デンゼルとマリンの目が光る。 「お待たせいたしました。タコとサーモンのカルパッチョです」 置かれたそれは、とても色鮮やかで美味しそうだった。 早速ユフィが手を伸ばす。 一口口に放り込み、行儀悪く「うま〜い!」と一声上げた。 クラウドも子供たち用に取り皿へ取り分けてやってから自身の口に運ぶ。 特に感慨深い味わいはなかったが、『普通に美味しい』。 まぁ、きっとこんなもんなんだろう、一般的には。 そう思いながら2口目を口に運ぶが、目の前のデンゼルとマリンは真剣そのものの眼差しで取り皿を睨み付け、箸を握って身構えている。 まるで、獲物を狙う野獣のようだ。 クラウドは引き攣った笑みを浮かべた。 そんな挑みかかるようなもんでもないだろうに、もっと気楽に『偵察』したら良いと思うのだが…。 言っても無駄なのは目に見えているのでやはり黙っている。 「2人とも、いらないなら食べちゃうよ〜ん」 肩に力を入れまくっている子供たちにわざとからかうようにユフィが声をかけたが、肩から力を抜かせてやるどころか逆に睨まれる。 「ハハハ、本当に怖いねぇ、2人とも」 コソッと囁かれてもクラウドは「あぁ、そうだな」と口の中で呟いただけで精一杯。 早く帰りたい、と心から思う。 そんな親代わりの心知らず、2人は色々な角度から料理をねめつけ、ようやっと一口口に運んだ。 ゆっくり咀嚼して飲み込む。 「…悪くはない…わね」 「…そうだな…でも」 「「セブンスヘブン(うち)の方が断然美味しい」」 声を揃えた判定に、クラウドとユフィはただ苦笑を浮かべるだけだった。 |