セブンスヘブンの日常1
セブンスヘブンは、今夜もいつも通りに大盛況である。
理由はもちろん女店主の存在が一番であろう。
その立ち居振る舞い、明るい笑顔、跋文のプロポーションに凛とした輝きを宿す茶色の瞳、整った美しい顔立ちは、例え料理が不味くても常連客で賑わうのではなかろうか。
ところが、料理脳でも天下一品ときたら、店が繁盛しないはずがない。
男性客ばかりでなく、女性客からも評判のお店は、いつも明るい雰囲気と笑い声に満ちていた。
その日、セブンスヘブンに新しい客が来た。
カップルと思しきその二人組みは、パッと見ると美男美女。
必要以上にベタベタとくっついているその様は、まさに『バカップル』。
店にその二人組みが入ってきた瞬間、本当に一瞬だけ店の雰囲気がサーッと白けたのは、おそらくマリンの気のせいではないだろう。
店主のティファは、丁度切れてしまった酒を取りに店の奥に引っ込んでいた為、マリンが接客として応対する事となった。(デンゼルはもちろん洗い物で手が一杯である)
「いらっしゃいませ。お二人様ですね?」
マリンの愛らしい笑顔に、女性客がチラッとだけ流し目を向け、隣の男性にしなだれかかるようにして立ったまま、無言で店内を見渡した。
他に大人の店員を探したのだろう。
ざっと見て見当たらない為、隣の男性に声を潜めず「ねぇ、こんな小さな子供を店員として置かなきゃなんない店なんて、どうせロクでもない物しか出せないわよ。他の店に行きましょうよ」と言った。
この言葉に、マリンはもちろんの事、常連客から殺気だったものが上り立つ。
しかし、『バカップル』は全くその事に気付かない様で、相変わらず必要以上にベタベタしながら「まぁ、良いじゃないか。他の店ってこの辺にあるかどうか分からないし、もしかしたら他の店員は奥で何か作ってて出れないだけかもしれないし。案外、旨いメシ食わせてくれるかもしれないだろ?」
男性客のその一言でどうやら決まったらしい。
女性客は不本意そうだったが、改めて店内を見渡して、勝手に開いているカウンターの奥のスツールへ腰を下ろした。
男性客も、マリンには無関心でその後に続く。
マリンは少々ムッとしながらも、料理の注文を取るべくパタパタと駆け寄った。
「ご注文は何になさいますか?」
一通りメニューに目を通していた女性が、これまた不本意そうに鼻を鳴らし、さもつまらない、と言うようにメニューをカウンターに投げ出した。
「こんなありきたりなメニューしかないわけ?こう、もっと洒落た物出せないの、この店は?」
女性客のこの一言は、活気溢れる店内に響き渡って一瞬のうちにピンと空気が張り詰めた。
マリンも、顔の筋肉がひくっと引き攣り、上手く笑顔が作れない。
男性客は、「まぁまぁ、そんな風に言うなうよ。良いだろ別に、こんな店でこれだけメニューがあればむしろ良い方じゃないか」と、フォローしているのか、けなしているのか分からない事を言って、女性客を宥めている。
マリンは心の中で何度も舌を出しながら、じっとメニューを選んでくれるのを待っていた。
その健気な姿に常連客は涙を誘われる。
やがて、大仰な口調で何品か注文をし、後は二人だけの世界に突入ししまったバカップルを、マリンを含めた常連客全員が冷ややかな目で見つめていた。
その時、店の奥から大きな酒樽を持って、ティファが店内に戻って来た。
いつも明るい店内が、いつの間にか白けた雰囲気になっている事と、いつも笑顔のマリンがブスッとしているのを見て「?」と、首を傾げる。
そして、カウンターの奥のスツールに見慣れない二人連れの客がいるのに気が付き、原因がこのカップルである事を見て取った。
ムスッとメニューを渡してくるマリンに、苦笑しながら「ご苦労様、ごめんね」と軽くおでこにキスをして頭を撫でてやる。
途端に、可愛い娘に笑顔が戻ってティファはホッと胸を撫で下ろした。
二人組みはこちらが目のやり場に困るほど、ベタベタと二人だけの世界を作り上げていて、ティファは別の意味で感心しながら、手早く注文された料理を仕上げていった。
『私とクラウドがこの二人の100分の1でも素直になれたら、少しは進展するのかしら?』などと考え、思わず頬をうっすら赤らめる。
出来上がった料理を持って行こうとするマリンに、軽くウィンクしながら、ティファは自分で持って行った。
これ以上、マリンに嫌な思いをさせたくない。
「お待たせしました」
出来上がったばかりの料理を持って行くと、漸く二人組みが自分達の世界からこちらの世界に戻って来た。
そして、開口一番に「遅いじゃない」と女性客が嫌味を言おうとしたその時、男性客が大きく目を見開き、ガバッと立ち上がった。
女性客とティファはもちろん、成り行きを面白半分遠目で見ていた常連客が驚いて、ある者は他の客と目配せし合い、ある者はニヤニヤと笑い出す。
ティファはとりあえず持ってきた料理をカウンターの上に置き、自分を必要以上に熱い眼差しで見つめてくる男性客に、困ったように口を開いた。
「あの、どこかでお会いしましたか?」
全くの初対面である事は知っていたが、とりあえず、当たり障りのないところを切り出してみる。
男性客は、そんなティファにただ一言「可憐だ」と呟いた。
「はい?」
全くの予想外の一言に、ティファはもちろん連れの女性客もポカンと口を開ける。事の成り行きを温かく(?)見守っていた常連客や、心配そうに見つめていたマリン、丁度洗い物をあらかた終えたデンゼルも呆気に取られて顔を見合わせた。
男性客はそんな周りには完全にシャットアウトな状態で、恍惚とした表情でティファを頭の天辺から足のつま先までを嘗め回すように見つめ、更に「完璧だ」と、やや興奮した口調で一言こぼした。
ティファはひたすら頭の上に『???』を並べ、困った顔で恍惚状態の男性客を見つめて突っ立っている。男性客は、そんなティファの手をガシッと取ると、「貴女こそ、私の探していた運命の人だ!」と爆弾発言を投下した。
「はーー!?」
何を行っているのだこの男は!?ティファは混乱した頭で、とりあえず握り締められた手を振りほどこうとするが、予想以上に男の力は強くて、中々上手くいかない。
それどころか、逆にじりじりと自分ににじり寄って来るではないか!
ティファは、この変態男に鉄拳を喰わせるかどうか一瞬だけだが真剣に考えた。 しかし、その思考は、連れの女性客によって遮断された。
「ちょっと、何してるのよあんた!私という者がありながら、こんな酒屋の女になんて事言うわけ!?」
ヒステリックな甲高い声は、混乱しているティファの耳にもしっかりと届いていたりする。
悪かったわね、こんな酒屋の女で……。
思わずムッとするティファを庇うように、男性客は女性客に向き直った。
「悪いがお前とはこれっきりだ。お前は確かに見てくれはいいが、我が儘で性格が悪い。正直愛想が尽きてたんだよ」
『我が儘で性格が悪い』との評価に、女性客以外の店内全員が心の中で深く頷く。
「その点…」
と、今後はティファに向き直り、男性客は熱い眼差しで見つめた。
「この女性は、お前よりも美しく、お前よりもプロポーションは抜群で、お前よりも性格がいいのが俺には分かる!何故なら優しさが滲み出ているからだ!!」
この評価に、やはり女性客とティファ以外の店内全員が心の中で深く頷いた。
「な、な、……!!」何て事を!、と言いたいのであろうが、怒りの為に言葉にならない女性客を完全に無視すると、男性客はティファににじり寄った。
「貴女こそ、私に相応しい女性だ。ああ、今までどれだけ見てくれはいいのに、中身の伴わない女に付き合わされた事か…」
感涙に咽びながら、そうのたまう男性客は芝居がかった口調で、尚も続けた。
「しかし、今日までの苦労、屈辱もこの素晴らしい出会いの為の布石だったんだ!貴女と出会うまでの………」
ティファは自分を熱い眼差しで見つめる男性客に、石のように固まったまま、動けずにいた。

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