セブンスヘブンの日常 2

『まずい』、ティファは激しく焦っていた。

 今まで男性に求愛されたことや、酔っ払いに絡まれた事なら沢山あった。
 そう、クラウドが知らない出来事が沢山、それこそ、知れたが最後、彼の怒りの刃に斃れることになるであろう男性が、何人いることか数え切れない。

 しかし、こんな風に自分の世界にトリップした一種のヤバイ男性は相手にした事がない。

 どう扱って良いか分からず、固まってしまったティファの前に、男性は芝居がかって跪くと
「どうか私と結婚してください」
 と、本日二発目の爆弾発言を投下した。


 あっという間に店内は騒然とし、無責任にはやし立てる声や、連れの女性客のヒステリックで意味不明な怒鳴り声、様々な声が大音響で店内をこだました。


 その騒々しい店内で、ひときわ大きく響いたのは「「絶対駄目!!」」と、いう二人の子供達の声だった。

 それまでどうして良いのか分からず、カウンターの中からオロオロと様子を窺っていたのだが、男性客の二発目の爆弾発言にティファを救い出すべく、敢然と立ち上がった。

「ティファにはクラウドがいるんだから!」
「そうだ!クラウドとお前なんか比べたらそれこそケーキと泥饅頭位の差が有るんだぞ!
「クラウドとティファは、とっても仲が良くてすんごくお似合いなんだから!!」
「そうだそうだ、お前みたいにチャラチャラした奴なんかに、ティファを幸せに出来るもんか!!」
「ティファを幸せに出来るのはクラウドしかいないんだから!」
「クラウド以上にティファを大事に想ってる奴はいないんだぞ!お前なんかの入る隙間なんか、これっぽっちもないんだからな!!」」
「ティファもクラウドの事、すっごく大好きで大好きで仕方ないんだから!!」
「二人共、俺達が見てて心配になるくらい奥手だけど、本当に大切に想い合ってるんだからな!!新参者の入る隙なんかないんだぞ!!!」

 と、ティファが見る見るうちに真っ赤になることにお構いなく、機関銃のように捲くし立てた。

 デンゼルとマリンが荒い息を整える為に口を閉ざすと、店内は更にやんややんやの大騒ぎになった。
 常連客の皆はクラウドとティファがいつまでも進展しないのを少々気にかけていたのだが、二人の子供達の言葉に『クラウドとティファなら大丈夫か』と、安心したのだ。
 それと同時に、このバカップルにほとほと嫌気がしていた事も手伝って、デンゼルやマリンの言葉を賞賛する声が店内に大きくこだました。

 男性客は、この二人のお子様の出現と、店内のクラウドとティファを応援する声や、二人のお子様を賞賛する空気にしばし呆然としていたが、ハッと我に返った。

「あ〜、確かに出会って急にプロポーズをしてしまったことは非常識だったね。お詫びするよ。でも…」

 ここで一旦言葉を切り、ティファの左手をまじまじと見つめると、不意に勝ち誇ったように唇の端を上げてニヤッと笑った。

「お二人には確かな約束がまだない様じゃないですか、違いますか?」と、ティファの左手を素早く取ると、薬指を見る。

 ティファは、グッと言葉に詰まると、その手を払いのけ、口を固く結んだ。

 その事には誰にも触れて欲しくない事だった。
 いまだに彼と特別な約束は何もしていない。その事実は否定出来ない。
 でも、自分はクラウドを心から想っている。
 そして、彼も自分を想ってくれていると信じている。
 だから、と、言う訳ではないが、急いで何らかの形をとろうとは思っていない。と、言うよりも思えない。
 自分の、自分達の手は、すんなりと幸せを得るには汚れ過ぎている、そう思っているのだ。
 だから、割と長く共に生活していても、どこか踏ん切りがつかずに今まで来てしまっている。

 このことは、マリンやデンゼルにはもちろん、かつての旅の仲間にすら言えない、とても大切な事。
 だから、目の前に立つこの初対面でいきなりその場の勢いでプロポーズする様な、自信過剰で、人間的に『下』の評価しか出せないこの男に、この事を話す事など、到底出来る相談ではない。

 押し黙るティファに、男性客は優位を感じたのだろう。余裕を取り戻し、雄弁に語りだした。

「この二人の子供達がここまで言う程なんですから、その、クラウド?って人はとても素晴らしい男性なんでしょう。しかも、長く貴女と時を共に過ごしておられる。ですが、私から言わせて頂くと、こんなにも素敵な女性をいつまでも何の約束もせず、束縛しているのは、何か事情があるのではないですか?一緒にいたくなくても一緒にいなければならない理由、あるいは、本当に心から想ってはいるが、約束の出来ない事情があるとか」

 男性客のこの言葉に、それまでお祭りムードだった店内が静まり返る。
 男性客は、その事に益々気を良くした様で、悦に入った口調で言葉を続けた。

「もしも、さっき私が言った仮説の前者が原因なら、理由はこのお子様達でしょうかね?」

「な…!?」

 それまで黙って聞いていたティファの顔が、怒りの為にサッと赤くなる。

「だってそうでしょう?見たところ、この子供達は貴女が養っているようですね。しかも、顔立ちを見る限りでは血縁関係ではないようですし。昨今の事情を鑑みれば、他人の子供を養うのは全く珍しい、という風潮ではないですから、別にこの事に関してとやかく言うつもりはないです。しかし、女手一つで子供を育てるのは非常に大変です。だから、その、クラウドという人と一緒に生活しなくてはならない、そう私が考えるのも無茶な話ではないでしょう?」

 店内は相変わらずシンと静まり返っている。
 連れの女性客すら黙って聞き入っている。これに対し、ティファの胸中は怒りでどうにかなりそうだった。
 何も知らない人間が、知った様な、あたかもそれが正しいかの様な口調で、大切な彼や愛しい子供達の事を語っている。
 今、ここで、目の前のこの男を得意の格闘で店から叩き出したい!

 そうは思うが、相手は言葉で自分達をどうこう言っているのに、手を出すのはいかがなものか。しかも、子供達の前で…。

 その思いだけで、ティファは必死に自分を抑えていた。
 対するこの男は、今では舞台の中心人物であるかのような、そんな態度でティファと子供達を見下ろしている。

「そして、私の仮説が後者の場合、女性には非常に屈辱的な事ですが、クラウドという人には他に家庭があり、貴女とは不倫関係にある、そう思いますね」

 その一言で、ティファは完全に頭に血が上った。何と言う事を言うのか、この男は!店内で、常連客の皆の前で、何より繊細で傷つきやすい子供達の前で!!

 思わず二人の子供達を押しのけて男の前に歩み寄ろうとした。

 その時、「カランカラン」と店のドアが開く音がして、新たな客の訪問を知らせた。

 そのドアベルの音に店内全員がバッと勢い良く振り返る。


「「「………!!」」」


 入ってきたその金髪の人物は、一斉に自分に向けられる視線と、いつもとは全く違う店内の空気に、入り口で固まった。

 何かあったのだろうか???

 そう、首を捻るまもなく、デンゼルとマリンが勢い良く飛びついて来た。

「「クラウド!!」」

 ギューッと力一杯足や腰にしがみついて来る子供達に、クラウドはただならないものを瞬時に感じ取り、店の奥のカウンター前に視線を向けた。

 そこには、唇を固く結んで赤い顔をし、うっすら涙を浮かべているティファと、見た事のない、パッと見た感じでは洒落た男性、その後ろのスツールには、これまた見た事のないパッと見た感じでは綺麗な女性が座って、自分を見つめていた。

 クラウドは二人の子供達の頭を数回撫でてから、カウンター前に立ち尽くしているティファの元へ向かった。

「ただいま、遅くなって悪かった」

 本当はいつもの比べて早い帰宅であったが、これは帰宅した時間を謝ったのではなく、ピンチの時に助けに来ると約束した事を指している。
 その事にティファはちゃんと気付いた。
 そして、普段では決してやらない事だが、デンゼルやマリンの様に、クラウドに力一杯抱きついた。

「おかえり、クラウド」
「ああ、ただいま。何か変わりはなかったか?」
「うん、何もないよ。大丈夫」
 
 身体を離して、ありがとう、と微笑むティファの目には、もう涙は浮かんでいない。
 代わりに、極上の笑みがその美しい顔を飾っていた。
 
 クラウドはホッと軽く息をつくと、横目で呆然と自分達を見ている男を確認し、それからおもむろにティファに向き直ると、軽くティファの唇にキスを送った。

 途端に店内は冷やかしの声で一杯になった。
 デンゼルとマリンは嬉しそうに手を叩き、ティファは、人前での初めての事に真っ赤になったが、それでも嬉しそうに微笑むと「いつもので良い?」とカウンターの中へ、クラウドのお酒を作る為に戻って行った。


「それで?」

「へ?」

 呆然と立ち尽くしている男は、クラウドに声を掛けられ、間抜けな顔で間抜けな声を上げる。

「あんた、何かまだ食べるのか?見たところ、その料理、手をつけてない様だけど」

 カウンターの上にある、冷め切った料理を見やって少々凄みを帯びた目で相手を見る。

「えっと、いや、私は、もう別に」

 男はしどろもどろ答える。


 駄目だ、この金髪男は並みの男じゃない。何だ、あのソードホルダーにある剣は!?重くないのか…ってそれよりも、この威圧感…、ヤバイ、これはとてつもなくヤバイ!!


「そうか、じゃあもう勘定した方が良いな。あんた、飲み過ぎだ。顔色が悪い」

 心中で滝の汗を流している男に、クラウドは静かに最後通告を渡す。

 その後の事はもう、分かり切った様なものだ。

 大慌てで財布から適当に紙幣を抜き取り、釣りも取らずに連れの女性を引っ張るようにして、店から転げる様に走り去る男の姿は、まさに喜劇の脇役だった。


 バカップルの話でひときわ賑わったセブンスヘブンも、最後の客を見送って無事に閉店し、静かになった店内でクラウドはティファから改めて話を聞いた。
 バカップルの話は常連客から面白おかしく聞かされていたので、大方の事情は掴んでいたが、改めティファから聞くと、沸々とバカップルに対して怒りが込上げてくる。

「もっと飛ばして帰って来るんだった」

 話を聞き終わってムスッとこぼすクラウドに、ティファはクスクス笑うと、洗い物の手を止めた。

「クラウドは十分間に合ったよ」あと少しで、張り飛ばすとこだったもん。
と肩をすくめて見せるティファに、
「それは惜しい事をしたな。それじゃ、後一瞬だけ遅れればよかった。一般人に手を上げるティファなんて、滅多にお目にかかれない」
と含み笑いをもらしながら、グラスに口をつけた。

 もう、と軽く頬を膨らませつつも優しい目で見つめるティファに、クラウドは心が温かくなるのを感じ、ふと考え込んだ。

「どうしたの?」

「いや」

 黙り込んだクラウドのとなりのスツールに腰を掛けながら、小首を傾げる。

「あのさ…」
「なぁに?」
「いや、その…」
「うん?」
「………」

 再び黙り込むクラウドの頬が少し赤いのは、きっとお酒のせいじゃないだろう。
 ティファは、胸に込上げてくる愛おしい気持ちに、微笑を抑えきれず、こつんとクラウドの肩に頭を預けた。

「大丈夫だよ。私達は私達で良いんじゃないかな」

 ティファの言葉に、クラウドは優しく目を細める。

「そうだな」

 それからは、その日あった(バカップルの件は除く)他愛ない出来事を話し合い、二人分の食事の後片付けをしてからシャワーを浴び、最後に可愛い子供達の寝顔を見て、それぞれの額に軽くキスを落としてそっとそのドアを閉める。


 それが、温もりの漂うセブンスヘブンの日常の姿。



あとがき

はい、「セブンスヘブンの日常」でした。
何が言いたかったかと言うと、『ティファは絶対もてる』『でも絶対クラウドがいるからなびかない』
です(笑)そして、さり気なくクラウドがピンチタイミング良く助けに現れる!!これですね(爆笑)
相変わらず、ぶっ飛んだ駄文でした(汗)
最後まで読んで下さって有難うございました♪