クラウド・ストライフ 23歳。
 男性にしては整った容姿を持つ『ジェノバ戦役の英雄達のリーダー』。
 彼に憧れる女性は多く、これからも増えると予想される。
 そして、彼は決してそれらの女性にはなびかない。
 何故なら、彼には恋焦がれている女性がいるから。
 そして、彼女も彼を愛してくれているから…。


 相思相愛という幸福に恵まれているこの青年。


 惚れた彼女に弱いこと。
 そして…。
 惚れた彼女にみっともない姿を晒したくないと思ってしまうことは、世の普通の男性となんら変わらない。


 そんな彼に…。


 仲間からのSOSが入った。





潜・入・捜・査!(前編)






「潜入捜査?」
『はい…』

 仕事で世界を走り回っているクラウドの携帯に、クラウド以上に忙しいはずのリーブから連絡が入った。
 リーブの立ち上げたWROはまだまだこれからだ。
 成長途上にあるWROの指導は前途有望ではあるが多難である。
 リーブは星のために頑張っている自慢の仲間だ。(もっとも、自慢にならない仲間は一人もいないのだが…)
 故に、その仲間のSOSにはどんな理由があっても駆けつけたいし、自分の出来る事は骨惜しみしないで協力したい。
 だからこの時、電話口で少し躊躇っているリーブに対し、何の躊躇も無く、
「そうか、俺に出来る事ならなんでもする。遠慮するな」
 そう返事をした。
 心からの気持ちだ。
 ウソ、偽りない気持ち。
 仲間がこうして頼ってくれることが嬉しい。
 だから、遠慮して欲しくなかった。

 ― 遠慮するな ―

 そう返事をしたことをクラウドはすぐに後悔することになろうとは…。




「絶対にイヤだ!!」
『クラウドさん…、遠慮するなって言ったじゃないですか…』
「……そ、それはそうだが…」
『私の頼みを聞く余裕がないくらい忙しいんですか…?』
「いや、そりゃ勿論忙しいが……」
『…すいませんでした…。無理にお願いするのも…やっぱり悪いですし…』
「う……」
『ちょっと頼りないですがユフィにでもお願いします…。それではお忙しいのに、本当に申し訳ありませんでした』
「あ、いや……その…」

 プツ、ツー…ツー…ツー。

 耳に響く切れた携帯音に、クラウドは溜め息をついた。
 胸の中に鉛の塊をドスンと落とされたような……重苦しい気持ちに襲われる。

 ― 遠慮するなって言ったじゃないですか… ―
 ― お忙しいのに、本当に申し訳ありませんでした ―

 ガックシと肩を落とす仲間の姿が容易に想像出来る。

「 ……… 」

 切れた携帯を見つめ、リダイヤルするか躊躇う。
 だが、結局…。

「すまない、リーブ!俺には無理だ!!」


 荒野のど真ん中で一人、頭を振り振り大きな独り言を口にする姿はかなり滑稽だが、誰も見ていないので突っ込まれることも、気味悪がられることも無く、クラウドは配達の仕事に戻ったのだった…。




 が…。


「クラウド、明日のお休みの日なんだけど、私、ちょっと用事が入ったから悪いけど子供達のことお願い出来る?」

 久しぶりの帰宅。
 愛しい彼女の手料理に心が癒される。
 昼間の事がちょっとだけ胸をチクリと刺すものの、それでも子供達の笑顔にはホッとさせてもらえた。

「用事?」
「うん、ちょっと……友達にお願いされたことがあるの」

 ゴッキュン!

 変な音を立てて、ティファの手料理を飲み下す。
 十分咀嚼出来ていなかった食べ物が、不快に胃に押し込まれる感触。
 途中で引っかかりそうになって半分むせる。
 マリンがビックリして水の入ったグラスを渡し、デンゼルが背を叩いた。

「大丈夫、クラウド!?」
「い、いや、だいじょ…ぶ……って、俺は良いんだ、俺は!」

 驚いて席を立ち、駆け寄ったティファの両肩を掴む。
 子供達とティファが目を丸くするが、クラウドの頭の中は不吉な予想で一杯だった。

「何を頼まれたんだ!?」
「え……と…………」

 子供達の目の前で話したくない内容なのだろう…。
 チラッと子供達へ視線を流して口篭もる。

「誰に頼まれた!?」
「え……あ〜っと………その……」

 そわそわそわそわ…。

 せわしなく茶色の瞳が動く。
 クラウドは確信した。

「リーブだろ…」

 ビクッと可哀想なくらい肩が震えた。
 デンゼルとマリンが困惑しながら顔を見合わせる。
 クラウドは溜め息をついた。

「ダメだ」
「……でも…」
「ダメなものはダメだ!」
「……だけど…」
「ティファ…頼むから…」
「……でもね、リーブ、困ってたし…それに、やっぱりあんなことを聞かされたら私もなにか手伝いたいもの」
「それは分かるけど…」
「大丈夫よ、あの頃よりもうんと私、強くなったでしょ?だから心配しないで?」

 最初はしおらしかったティファだが、段々と仲間を思いやる気持ちが勝ってきたらしい。
 その気持ちの中には、恐らく彼女の持っている本来の正義感もない交ぜになっているはずだ。
 いつしか真っ直ぐクラウドを見つめている。

 その真っ直ぐな眼差しにクラウドが弱いことをティファは知っているのだろうか?
 クラウドの気持ちが大きく揺れる。

 ティファの気持ちが痛いくらいに分かるぶん余計だ。
 だが…。


「ダメだ、危険すぎる…」
「クラウド!」

 目をそらしてそう言うと、案の定ティファから抗議の声が上がった。
 子供達が『危険すぎる』という言葉に反応する。
 不安そうな顔をする二人に、クラウドは溜め息をつきつつポンポンと頭を軽く叩いた。

「ティファがそんな事をしなくても、ユフィ辺りがするだろ?」

 昼間、リーブが電話を切る直前に言っていた仲間を思い出す。
 ティファの眉が不愉快そうに寄せられた。

「ユフィは良いのに私はダメなの?」
「いや…、別にティファだと正体がバレるって思ってるわけじゃないし、ユフィの方が強いとか、場慣れしてるって意味じゃない」
「でも、そうじゃなかったらどうして私はダメでユフィはオッケーなの!?」
「う……」

 いつの間にか形勢逆転。
 ティファの真剣な瞳から目をそらしつつ、口篭もる。

「ユフィは……、あいつはいっつもお調子者で、おちゃらけてるけど…。あんなんでも一応、ウータイの忍だから、潜入捜査には慣れてるし……」
「ホラ、やっぱり私だと失敗するって思ってるのね!?」
「ち、違うって!」


「「 潜入捜査……? 」」


 クラウドとティファは、ハッと我に返った。
 傍らには子供達の不審そうなクリクリした目。
 白熱したトークに、子供達の前だという事をすっかり忘れていた。


「ティファ、何の話?」
「クラウド、どういうことだよ…?」

 ジト目で見られて思わずたじろぐ。
「いや、なんでも…」
「そうそう、なんでもないのよ」

 取り繕うように笑って見せたが、そんなものでごまかされる子供達ではない。
 ギンッ!と睨み上げ、
「クラウド!」「ティファ!!」

「「 正直に言え(言って)!! 」」

「「 ……はい…すいません… 」」

 子供達に親代わりの二人はあっさりと白旗を上げた。






「「 ……… 」」
「というわけで、潜入捜査をしないといけないの…」
「「 ……… 」」

 リーブからの依頼を簡潔に話す。
 だが、デンゼルもマリンも、ジトーッとした不機嫌な表情を崩さない。
 ティファは慌てながら、しどろもどろ言い訳のような言葉を紡いだ。

「ほ、ほら、だってね、WROの女性隊員じゃあ、ちょっと心許無いでしょ?」
「「 ……… 」」
「そ、そりゃ、ちゃんと訓練は積んでるから、そんなに心配!ってこともないみたいだけど、明日、ターゲットになってる武器の密輸組織のリーダーは、ちょっとキレ者だって話しだし…」
「「 ……… 」」
「作戦が失敗した時、女性隊員達じゃあ逃げられないかもしれないけど、私ならバレた時は逆にリーダーを『伸し(のし)』ちゃったらオッケーなわけだから…」
「「 ……… 」」
「それに、私だったら一回、潜入捜査(?)らしきものをしたことあるから〜…」
「それって、コルネオって金持ちの所にティファが一人で潜り込んで、お花のお姉ちゃんと一緒にクラウドが女装して助けてくれたって話のこと…?」

 あはは〜…と、軽く話を進めてきたティファに、マリンがワントーン低い声で水を差す。
 グッと言葉に詰まったのはティファだけではなかった。
 傍らで小さくなっていたクラウドも、ビクッと身を竦める。

「女装?」

 突っ込んで欲しくないのに、デンゼルが怪訝そうな顔でマリンを見た。
 これまた素直なマリンがあっさり「うん、そう」と返事をしてしまう。

「クラウドが…?」
「うん、そうだよ」
「マリン、見たの?」
「見てないよ」
「そうなのか?」
「うん」
「ティファは見た?」

 急に話を振られ、ティファがぎこちなく笑って見せた。

「あ、えっと…うん……見たよ……」

 チラッと自分に向けられた視線を感じる。
 きっと、『ごめんなさい』と思っているんだろう…。

「クラウドが女装………?」

 疑っている。
 デンゼルが、全身全霊で疑っている。
 あの素直で純粋培養のような子が、ティファとマリンを疑っている!

 いや、違う!

 疑っているのは……!!


「クラウド…本当に女装したの…?」


 刺すような眼差しに、クラウドは可愛い我が子が自分のことを疑っているのだと思い知った。

 男が女装。
 そりゃ、疑いたくもなるだろう。
 普通、なんの脈絡も無くそんな話を聞いたら引いてしまう。
 それが、憧れている父親代わりなら、衝撃は大きい……はず。
 隣でティファがオロオロしているのが分かる。
 分かるが……どう応えたら良い!?
 まさか、『してない』などとは言えない。
 そんな事を言ったら、自分が嘘吐きになるし、女装したと証言したティファとマリンを嘘吐き人間だと言っているようなもんではないか。
 だが、あっさりと『した』と言えるようなものではない。

 そう!

 何故昼間、リーブからのお願いを断ったのか!
 全ては『女装』しなくてはならなかったから!!

 何が哀しくて『女装』をしないといけないのか!?
 しかも、ただ単に『女装』をして済む問題じゃない。
 武器の密売をしているという確固たる証拠……、盗聴のようなものでも構わない。
 それを入手するために『色仕掛け』をしないといけないのだ!!


 ……………出来るかーーー!!!!


 コルネオの屋敷に潜入した時のことを思い出す。
 あれは……本当に気色の悪いものだった。

 エアリスとティファの三人で並んだ時の…あの屈辱。
 いやらしい目で頭の天辺から足先まで嘗め回すように見る……変態クソオヤジ!!

 ティファを助けるため!!

 そう、何度自分に言い聞かせたか…!!
 二人きりになった時、気色の悪さに吐き気がした。
 よくあそこで吐かなかったものだ…。
 ちゃんと『バレット』を嗅ぎまわっているという事実を突き止めることが出来た。


 まぁ、その直後に落とし穴で落っことされたのだが…。


 コルネオの屋敷の地下室で、無事にティファと再会した時の……彼女の驚いた顔が忘れられない。
 心底ビックリして……大きく目を見開いていた。
 彼女の茶色の瞳に、恥ずかしそうにモジモジしている自分が映っていて、羞恥心が更に大きくなったあの時の気持ちは、今でも忘れられない……。


「クラウド…?」

 怪訝そうなデンゼルの声に、ハッと我に帰る。
 昔の事を思い出している間、ちょっとトリップしていたらしい…。
 顔を引き攣らせながら…結局は頷く以外に道は無く、愛息子の眉間にシワが寄るのを黙って見るしか出来なかった。


「…ウソだろ…?」
「デンゼル…、あのね…クラウドは私のために女装してくれたの。イヤイヤだったのに、我慢してくれたのよ」

 短い台詞に、息子が偏見を持ったと思ったティファが必死になって説明する。
 それが…これまた妙に……虚しい……。
 マリンがちょっとだけ困ったような顔をしている。
 この話しを振ることでクラウドが情けなさそうな顔をしているので後悔しているのだ。
 デンゼルが憧れているクラウドの知られざる過去を知り、幻滅することなどないと思っていたので、このデンゼルの反応にも驚いているのかもしれない。

 クラウドは……俯くしかなかった……。


「クラウドが女装…」
「だ、だから…」
「クラウドが………」
「デンゼル…」


「バレないわけ無いじゃん…」


「「「 …え…? 」」」

 呆れたように溜め息混じりの一言。
 クラウド、ティファ、マリンは虚を突かれたかのようにデンゼルを見た。
 デンゼルはもう一度、呆れ切った顔で口を開く。

「だから、クラウドが女装したって無理だよ。俺、ちょっと想像してみたんだけど、やっぱり無理があるよ…。クラウドが女装したって『男』にしか見えないじゃん…」
「……デンゼル!!」

 はぁ…。
 溜め息をついた息子の一言に、クラウドは感極まってギューッと抱きしめた。
 腕の中にスッポリ収まった息子が、「うわっ!苦しいって…クラウド〜…」と小さく悲鳴を上げたが、本当には嫌がっていない。
 大好きな父親代わりがこうしてスキンシップをしてくれるのが…本当は……嬉しいのだから…。

 だが…。


「そんなことないわ!」


 今度はティファに、三人の驚いた視線が集まった。
 フルフルと拳を震わせ、何故か仁王立ちのティファに、三人がオドオドと顔を見合わせる。

「デンゼル、それは違うわ!」
「…な、なにが…?」
「クラウドの女装はほんっとうにとっても綺麗だったの!!」


 ヒクッ!


 父親代わりの頬が引き攣るのを、子供達は見た。
 いつもなら目ざとい母親代わりが気づかないはずはないのだが、今はすっかりクラウドがいかに綺麗だったかを説明するか…に意識が飛んでいるらしい…。

 クラウドの顔が引き攣っているのにも気付かず、熱弁し始めた。


「もうね、そりゃあすごく綺麗だったの…」
「スラリとした身体に紫色のドレスがとっても似合ってて…」
「前髪からチラッと見える青い目が本当に神秘的で…」
「綺麗なティアラがすごく映えてて…」
「ちょっと恥らうようにモジモジしている立ち姿なんか……もう…!!」

「ティ、ティファ……」

「あぁ…、本当に男の人とは思えないくらいにすっごく綺麗だったわ…」

「あの…」

「どうして私、あの時カメラを持ってなかったのかしら…」

「いや……ティファ…?」

「あの時のクラウド…本当に綺麗だったなぁ…。私、女だけどすごくドキドキしちゃった…」

「お〜い…」

「お化粧も派手すぎなくて……コロンも控えめだったからそれが逆にすごくセクシーで…」

「「「 ……… 」」」

「もう一度…クラウドの女装を見て見たいわねぇ……」

「「「 ……… 」」」

「 ……… 」

「「「 ……… 」」」

「 ………クラウド… 」

「 ………(ゾクッ) 」「「 …… 」」


 いつの間にやら自分の世界にドップリと浸かりこんだティファだったが、『何か』を思いついたのだろう。
 ニッコリと笑いながらクラウドを見た。
 その笑みに、クラウドの心臓が不吉な予感によってギュッと絞まる……。


「クラウド…女装して♪」


 小悪魔の笑み。

 それを、初めて見たと痛感したクラウドだった…。



 あとがき

 後編でまとめますね。