おまけ


「そう言えば、ライの電話の内容、聞くの忘れてたな」
「あ、そう言えば」
「でも、まあ良いか。よそ様のお宅に首を突っ込むようなものだし…」
「そうね」

 そう言って眠りに着いた二人が、プライアデスの電話の内容を知る事になったのは、翌日の早朝…。



 エッジの街外れに予定通り到着したシエラ号の操舵席で…。
「……何だありゃ…」
 くわえていたタバコをポトリと落とし、モニタに映し出された映像にシドは唖然とした。
 それは、クルー達も同様で、皆がポカンと口を開けている。

「な、何あれ…?」
「さぁ…」
「……『おかえり!』って書いてあるみたいね」
「……そうだな…」
 クラウド達も、その映像に目を丸くしていたが、ハッとするとそっと視線を後方に移す。
 そこには、思い切り顔を引き攣らせた紫紺の瞳を持つ青年が、肩をわななかせて立っていた。
『お兄ちゃんの家族の人かな』
『そうみたいだな』
『ああ、昨日の電話ってこれかしらね』
『…恐らく…』
『こりゃ、誰だって断るわな…』
 ひそひそと声を潜めて囁き、頷く五人とその他大勢のクルー達の眼前に繰り広げられた光景。
 それは…。

『おかえり!我らの姫君〜♪』

 と派手に書かれた横断幕と、色とりどり花束、そして出迎えの人々の姿だった。


「父上!あれほどやめて下さいと言ったではありませんか!!」
 無事に着陸したシエラ号から飛び降りるようにして、プライアデスは一人の男性の所へ、猛然と抗議に走った。
「なに言ってるんだい。可愛い息子の恩人にして、十年来の付き合いのある可愛いアイリちゃんの帰宅を喜ばないでどうする。本当なら、昨日も言った様にWROの局長に寄付を申し出て、その代わりに今日はお休みにして下さいって言いたいところなんだよ」
「ですから、そんな非常識、且つ、恥ずかしい事言わないで下さい!!」
 目を剥くプライアデスを笑顔でかわし、彼の背後で子供達に手を引かれてまさに今、地面に降り立ったアイリの姿に目を輝かせた男性。
 その男性こそが、プライアデスの父親にして、現在のバルト家の家長だった。
 その事実に、クラウドとティファはどちらからともなく顔を見合わせた。
「何だか、えらくのんびりとした親父さんだな…」
「そうね…」
 囁きあう二人の目の前では、青筋を立てている息子をさらりとかわし、フラフラと歩くアイリの元へ嬉々として駆け寄る紳士の姿…。
「やぁ!待ってたよ〜、本当に良く来たね!!飛空挺での旅は疲れなかったかい?」
 ニコニコと満面の笑みの紳士に、アイリは何も話す事無く、相も変わらず無表情だった。
 しかし、プライアデスの父親が全くそのことを気にしていないのは一目瞭然だ。
 嬉しくて仕方ないというのが、見ていて良く分かる。
 イライラとプライアデスがアイリと父親に向き直った時、彼を押しのけるようにして、一つの人影が飛び出した。

「姫〜!会いたかったよ〜〜!!」

「「「「姫!?」」」」
 その人物の言葉に、クラウドとティファ、そして子供達は目を丸くした。
 驚きの声を上げる四人の目の前で、一人の男性が大きく両腕を広げ、アイリに抱きつこうとしている。
 その寸前、実に見事な回し蹴りを放ったプライアデスによって、男性は彼方に蹴り飛ばされた。
「あ……リト兄ちゃんじゃん…」
「本当だ…」
「何だか相変わらずね…」
「…………」
 土煙を上げて地面に倒れた人物を見て、四人は顔を見合わせた。
「という事は…?」
「おかえりなさい、皆」
「あ!やっぱりラナお姉ちゃん!」
 出迎えに来ていた人達(恐らくプライアデスの父親のボディーガードの方々)の中から、聞きなれた声と、見慣れた笑顔が手を振っている。
「朝早くから大変ね」
 苦笑しながらティファがそう言うと、ラナは肩を竦めて同じく苦笑した。
「ええ、まあ…」
 そして、ぼんやりとした表情で立っているアイリに向き直ると、
「おかえり、アイリ!待ってたわ!」
と、実に嬉しそうな顔で微笑んだ。
 それでも、アイリは相変わらず無表情で、虚ろな視線をどこかに彷徨わせている。
 しかし、やはりラナも気にならないようで、嬉しそうにアイリをそっと抱きしめた。
「ラナまで…。任務はどうしたの…?」
 グリートを蹴り飛ばした事で、少々気が紛れたらしいプライアデスが不機嫌そうに声をかける。
「ああ、叔父上から昨夜電話を貰ったから、今だけ戻って来たの。すぐにまた戻るわ」
 だからWROの服を着てるでしょ?と腕を広げて見せる。
「僕は休めば良いって言ったんだけどね。グリート君もラナちゃんもライと一緒。『任務があるから』って言って、今日のパーティーは参加しないって言うんだ」
 実に残念そうな父親に、プライアデスは再び目を剥いた。
「パーティー!?本当にするおつもりなんですか!?」
「当たり前だろう?もう、料理も手配済みさ。本当はどこかの会場を借り切って盛大にしたいところなんだけど、それだと招待状とか間に合わないしね。残念だけど、極々内輪で行う事にしたよ」
 あ〜、本当に残念…。

 しみじみと呟く父親をプライアデスはギンッ、と睨みつけたが、大きな溜め息を吐き、ガックリと肩を落とした。
「ライ、人生諦めが肝心よ」
 宥めるように肩をポンポンと叩くラナに、プライアデスは「ハハハ…」と乾いた笑いで応えた。
「おお!もしやあなた方が…!?」
 突然、父親がクラウド達に気付いて声を上げた。
 ビクッとして四人は一歩後ずさる。
「あ、すみません。紹介が遅れました。えっとこちらが…」


 自己紹介を手短に済ませ、四人は改めてプライアデスの父親と対面した。
 父親は本当に気さくな人物だった。
 財界人とは思えないほど人当たりが良い。
 自己紹介が済んだ時、漸く地面に倒れていたグリートが呻き声と共に起き上がった。
「っつう〜〜、痛ぇな〜〜!ライ!お前、少しは手加減しろよ!!」
「なに言ってるんだよ。セクハラ反対だね!」
「何がセクハラか!ただの親愛の表現だろ!?」
「兄さんがしたら、何でもセクハラになるわよ」
「うお!妹よ、それは酷くないか…?」
「ハッハッハ!相変わらず仲の良い兄妹だね」
「父上…、今のどこを見てそんな発言が…?」
「「「「………」」」」
 どこまでも能天気な紳士に、四人は顔を見合わせて苦笑した。


 そりゃ、嫌がるよね…。


 昨日のプライアデスの電話を思い出し、皆がそう胸の中で呟いた。



「と言うわけで、宜しければこのまま我が家に来てアイリちゃんの歓迎会に参加して頂けないでしょうか?」
「父上、何が『と言うわけで』ですか!?」
「まぁまぁ、細かい事は気にしないで」
「少しは気にして下さい!」
「ライ、今からそんなだとそのうち禿げるよ」
「…父上!!」

「何とも面白い親子だな…」
「本当にね…」
「ありゃ〜、どっちが親か分からねえな…」
「シド、言い過ぎよ」
「でも、やっぱり面白いお父さんだよね」
「そうだな〜」
 でも、俺は勘弁だな…と呟いたデンゼルの口を、クラウドとティファが慌てて塞ぐ。
 その光景に、肩を震わせてラナが笑っていた。

「そんなこんなで気がつけば…ライ、時間よ!」
 腕時計に目を落とし、父親に怒り心頭のプライアデスにラナが声をかける。
「あ!もうそんな時間?」
 ラナの一言で、ハッと我に帰ったプライアデスは、まだ何か言い足りない顔をしていたが、ふぅ〜…と息を吐き出すと、改めてアイリに向き直った。
「アイリ、ごめんね。今から任務に行って来るから…」
 そっと彼女に手を伸ばし、繊手を握る。
 青年に手を包まれたアイリは、その手をそっと握り返し、虚ろな眼差しを青年に向けた。
 その視線は相変わらずユラユラと揺れていたが、それでも彼女なりに一生懸命彼を見ようとしているのが良く分かる。
 そんな二人に、グリートとラナが少し驚いた顔をしたが、揃って優しく目を細めた。

「皆さん、本当にお世話になりました。このお礼はいつか必ず!」
「気にしないで!頑張ってね!!」
「ライ兄ちゃん、また話し聞かせてくれよ!」
「またお店に来てね!」
「…無茶するなよ…」
「おう!またな!!」
 それぞれがプライアデスと彼の従兄妹に声をかける。
「それじゃ、父上、アイリ、行ってきます」
 少し、名残惜しそうにしながらも、三人は手を上げて見せた。
 そして、ジープに乗り込むとエッジに向けて走り去った。
 その後姿が見えなくなるまで、皆は見送り、手を振っていた。


 そしてアイリは…。

 ジープの去って行った方を向いて、ただじっと立っていた。
 その後姿が、ミディールで見た彼女の姿よりも、幾分かしっかりとしている様に見えたのは、きっとクラウドとティファの勘違いではないだろう。


 彼女が、フラフラとさ迷い歩く事はもう無いだろうな…。


 クラウドはそう思った。
 さ迷い歩かなくても、彼女の幸せはここに必ず帰ってくるのだから…。


 もう陽が高い。
 爽やかな晴天の下、今日も沢山の幸せが生まれるだろう。