*アンハッピーエンドです。(しかもオリキャラメイン)。苦手な方は回れ右でお願いします。






存在理由(後編)






 チリンチリン。

 それから一週間後。
 突然お昼間に、WROに所属している中佐殿がやって来た。
 忙しくて仕方ないはずなのに、こんな昼間に店にやって来たことにビックリして目を丸くする。

「どうしたの、シュリ君!こんな時間に」
「こんにちは、ティファさん。突然申し訳ない」

 癖のある漆黒の髪を揺らして軽く頭を下げた彼に、何故か心臓が不安でギュッと縮まった。
 ドクドクと、心臓が早鐘を打つ。
 シュリ君は私の不安に気付いたみたいで、視線を一瞬そらせてから…、一拍置いて一呼吸つき、そうして真正面からしっかりと見つめてきた。

「ティファさんへ言付けを頼まれました」
「…誰から…?」
「女性の新聞記者からです」

 ドックン!

 すぐに孤独を身に纏った彼女が頭に浮かんだ。
 シュリ君は私の頭の中を透かし見たかのように、私が思い起こした彼女であっている、と肯定するように、一つ頷いた。

「えぇ、彼女。名前も知らなくて、一週間前からこの店に来なくなった…新聞記者のことです」
「どうして…そんなことまで知ってるの…?」
「彼女に聞いたので」

 眉間にシワが寄る。
 シュリ君は決してからかっているわけじゃない。
 そんなくだらないことを、この青年は一切しない。
 だからこそ、彼の言わんとしていることが…分からない。

「彼女がティファさんにどうしても一言、伝えたいと強く願っていたので…」

 私に質問する間を与えず、シュリ君は口を開いた。

「…なにを…?」

 聞きたくないのに…聞き返さずにはいられない。
 シュリ君は目を逸らさないで、ジッと私を見たまま……。



「『生まれてきた意味がようやく分かった』…と」



 彼女の最期の言葉を伝えてくれた。



 一週間前。
 いつものように仕事帰りにセブンスヘブンへ向かった彼女は、道路に飛び出した女の子を庇って車に轢かれ、星に還ったのだと…シュリ君は言った。

 車に轢かれ、宙に投げ出され、地面に強く叩きつけられて…。
 それでも彼女は腕の中の女の子を離さなかった。
 あっという間に薄れていく意識の中、腕の中の小さな温もりが…本当に愛しく感じられたのだと言う。
 今まで、こんなにも愛しく感じられるものを彼女は感じた事が無かった…と。

 全くの赤の他人の子供。
 それも、見ず知らず、その最期の一瞬に会っただけの子供。
 その子供の命を守るために生まれてきたんだ、と彼女は思ったと…シュリ君は言った。
 そうして、そのことがどれほど誇らしかったか…とも…。

 シュリ君の声が酷く遠い。
 どこか、他の世界から聞えてくるみたいに、耳の奥でウワンウワンと鳴ってる…。
 シュリ君に手を引かれ、いつの間にか私はソファーに座っていた。
 呆然とする私を、少し心配そうに顔を歪めながら…それでも彼は最後まで話をしてくれた。


「生まれた直後に孤児院に捨てられた彼女は、自分という存在価値が分からなくて苦しんでいました。だから、生まれてきた意味を誰よりも欲して止まなかったんです」

「『己の存在価値』を求めながら必死に生きてきた彼女にとって、二年前のジェノバ戦役はある意味『理想』のシチュエーションでした。オメガが宙から降ってきて、星に生きる命、全部と一緒に消えることが出来る。それは、孤独だった彼女にとって、唯一『他の人と一緒』に出来る事……そう思えたんですよ」

「ですが、クラウドさん達『ジェノバ戦役の英雄』の活躍によって、その危機は回避されました」

「その後、『星痕症候群』の悲劇がありましたが、幸か不幸か、彼女は罹りませんでした」

「そのことがまた、彼女を孤独に追いやったんです」

「目の前で虚ろな目をして死んでいく子供達、その子供達の躯に縋って泣く親達」

「その悲惨な親子の姿は、どこにでも見られるものでしたよね?」

「だから、彼女はますます思い知ったんです」

「自分は両親にとって、望まれた子供ではなかった……と」

「それから、『奇跡の雨』が降って、『星痕症候群』は癒されましたね」

「彼女は…本当に複雑な思いでそれらの奇跡を記事にしていきました。どんな人達が癒されて、どんな人達が喜び、どんな人達が幸せを手にしたのか…」


「その取材をしてるうちに、クラウドさんとティファさんに辿り着いたんですよ」


 漆黒の瞳が真っ直ぐ私を見つめている。
 黒曜石のような輝きを持つその瞳の中にいる私が、とても間抜けな顔をしていた…。


「彼女は…あなたとクラウドさんに会うことで、何かヒントを得られないか、そう思いました」
「ヒント…?」
「はい、ヒントです」

「『存在価値を見出すためのヒント』」

 シュリ君の一言で、私は一週間前の夜を思い出した。
 彼女は言っていた。


 ― 子供達が存在理由になっているのか ― と。


「彼女は分かりませんでした。どうして、赤の他人であるデンゼル君とマリンちゃんをそこまで慈しみ、家族として愛していけるのか。どうしてクラウドさんとティファさんは『人として』強いのか」

「彼女は…心底不思議で仕方なかった…」

「だから、最初はクラウドさんとティファさんを『視る』ためにこの店に通っていたんです。でも、いつしかこの店が他の店よりも過ごしやすい事と、代金以上に美味しい店である事から通うようになっていきました」

「彼女はずっと気付いていました。ティファさんやデンゼル君、マリンちゃんが自分の事を気にしてくれているって。でも、人と接する事が極端に苦手な彼女には、どう接していいのか分からなかったんです。それに…」
 言葉を切って、ちょっと考え込む。
 どう言ったら良いのか言葉を探しているみたい…。

 フッと、顔を上げて…。
 窓の外を見るように視線を遠くに飛ばす。
 無表情だけど…真剣。
 なんだか変な表現だけど、本当にそんな感じで、シュリ君は少し黙ったまま、ジッと窓の外を見つめていた。
 その無表情だけど真剣な顔が、微かに緩んだ。
 目元が柔らかくなった…というか…、雰囲気が柔らかくなった…というか…。
 ちょっと表現が難しい。
 シュリ君は本当に表情の変化が少ないから…。

 戸惑っていると、私をまた真っ直ぐ見つめてきて口を開いた。

「ティファさんやデンゼル君、マリンちゃんは人として『いい人』だと分かっていましたが、それでも『人と触れ合うのが苦手』な彼女には、どこか煩わしく思えたんです。ティファさん達と親しく話を交わせるようになることが…ね」

 あぁ。
 本当にどこまで寂しい人だったんだろう…?
 もっともっと、私の方からアプローチしていければ良かった。
 そうしたら、彼女の人生はもっと幸せで一杯になったかもしれないのに。

「ティファさん。彼女は今、自分の人生にとても満足しています。あなたがそういう風に思う必要はどこにもありませんし、逆に彼女に失礼です」
「…シュリ君…」

 どうして私が考えたことが分かったんだろう…。
 でも、その疑問は別の感情であっという間に押し流された。

 ボロボロと涙がこぼれる。
 少し狼狽しながらシュリ君がポケットからハンカチを差し出してくれた。

 ちゃんとハンカチ持ち歩いてるんだ……、なぁんてちょっとずれたことを思いながら、その差し出された優しさに甘える。


「ティファさん、彼女、笑ってますよ」


 しゃくり上げながら顔を上げる。
 シュリ君は窓の外を見ていた。
 ボロボロに泣いてグシャグシャの顔をしてるはずだから、私を見てなかったことに少しだけホッとしながら、それでもまだ泣き止むにはちょっとだけ時間が足りない。
 シュリ君のハンカチで顔のほとんどを覆いながら、同じ様に窓の外を見る。
 もう空が茜色に染まっていて、どれだけの時間、シュリ君と話をしていたのか改めてびっくりした。
 でも、私が見えるのはその茜色に輝く夕暮れの街並みだけ。
 彼女の姿は…見えない。

 本当に…笑ってるんだろうか…?
 あの死んだような目をした彼女が、本当に…?
 シュリ君の…ウソじゃないかしら…。
 だって、シュリ君は無表情で無愛想だから、冷たい印象をほとんどの人が受けているけど、でも本当はとても優しい人だってことを私は知ってるから。
 私のことを心配して…優しいウソをついてくれているんじゃないかしら…?


「本当ですよ。彼女、笑ってます。『生まれてきた意味』を悟ったし、なにより『望まれて生まれてきた子供』だって分かったんですから」
「え……?」

 漆黒の瞳を柔らかに細め、シュリ君が私を見た。
 口元は相変わらず真一文字に近い形を模っているのに、目が柔らかいからかな…?ちょっと笑っているように見えるのは…。

「彼女の父親は、彼女が生まれる前に事故死したみたいですね。そして、母親は自分ひとりで生活するのもやっとな状態だったから、とりあえず彼女だけでも人並みの生活を…と願い、身を引き裂かれる思いで彼女を孤児院の前に置いたんだそうです。でも、その直後、母親も病死してしまったみたいです」
「……見えてるの…?それとも……聞いたの……?」
「両方ですよ。今も見えてます」

 なんとも無いことのようにサラッと言った彼の言葉に、目を見張って窓の外を見た。
 でもやっぱり…私には見えない。

「どこにいるの、いまは…?」

 少しでも…、残像のようなものでも良いから…彼女の笑った顔が見たい。
 その思いでシュリ君の肩を握り締めながら窓の方へ身を乗り出す。

「えっと………」

 何故か口篭もって、シュリ君は肩に置いている私の手を握った。

「へ?」

 びっくりして間抜けな声が出る。
 困ったような顔をしてるシュリ君に、もっとびっくりする。
 びっくりして固まっている私を、シュリ君がそのまま軽く引っ張った。

 え…?
 えぇぇえぇえええ!?!?

 ポスッ。

 そのまま、シュリ君の腕の中にすっぽり包まれてしまった。
 え〜っと……あれ?
 あれれ〜???
 って、この状況は一体!?!?

「ティファさん、お願いですからしっかり見て下さい。もう二度としませんから!」

 焦ったように大声を上げるシュリ君に、パニックになっていた思考がちょっと落ち着く。
 見る…って…なにを…?

 そこで…やっと気がついた。
 窓の向こうの景色。
 小さな道路を挟んで向かいの通りに立つ、三人の人影。

 若い男女に優しく抱きしめられているのは…気になって仕方なかった彼女の姿。

 彼女を世に送り出す前後に亡くなったというご両親の方が、彼女よりも若く見えるのがすごく…可笑しかった。
 でも、それ以上に…胸が一杯になる。

 笑ってる。
 本当に…嬉しそうに笑ってる。

 店では一度も見ることが出来なかった…彼女の真の笑顔。
 その彼女が、笑いながら私を……見た。

 一瞬。
 時間が止まったかとも思える…一瞬。

『 ありがとう 』

 唇の動きで彼女が何を言ってくれたのか分かった。
 その一言をくれた彼女は、ご両親と一緒にエメラルドグリーンの光の粒子へと変わって……ゆっくりと大気に溶けた。
 星に…三人で還って行った。



「ね、笑ってたでしょ…」

 ササッと私から離れ、シュリ君がぎこちない動きで向かい側のソファーに腰掛けた。
 目が泳ぎ、額には薄っすらと汗が浮かんでる。
 そんな、動揺しまくりのシュリ君に笑いが込上げ、彼女が星に還る寸前にくれた一言に…涙が溢れた。

 泣きながら笑うのって苦しいんだなぁ…と、この日初めて知った。





「じゃあ、俺はこれで」
「うん、ありがとう」

 もうすぐ子供達が帰ってくる。
 だから、本当はもう少しいて欲しかったんだけど、きっとシュリ君は仕事の途中で抜け出してきてくれたと思うから、引き止めることは…出来ない。

「本当に、ありがとうね、シュリ君」
「…………」
「シュリ君?」
「…………」

 別れ際にもう一度お礼を言った私を、シュリ君が困ったような…何か言いたそうな顔をしてドアノブに手をかけた状態で固まった。
 首を傾げる私に、彼は散々迷った挙句、ようやく重い口を開いた。

「お願いですから…」
「うん?」
「黙ってて下さいね」
「なにを…?」
「!! ………ですから、さっきの…」

 シュリ君の言葉に、軽くショックを受ける。
 絶対に子供達も、クラウドも喜ぶはずなのに…。
 彼女がご両親と一緒に幸せそうに笑ってた…って言ったら……喜ぶのに。
 喜ぶ三人が見たいのに…。

「え…、言ったら…ダメなの…?」

 縋るような思いで一歩踏み出して見上げる。
 身長がクラウドよりもほんの少し高い青年は、私のお願いに顔を引き攣らせた。

 そんなに…言ったらダメだなんて……。

「ティファさん…勘違いしてるでしょ……」
「え?」
「俺が言ったらダメって言ったのが、彼女の話だと思ってるでしょ…」
「違うの?」
「違います!」

 ビックリして聞き返す私に、いつもクールなシュリ君がピシャリ!と声を荒げた。

「だから、俺がさっきティファさんにしたことです!」
「……あ……」

 ハハハハ…なるほど。
 確かに…。

「特に、クラウドさんには言わないで下さいね。そうでないと、俺はこの先いくら命があっても足りません」
「言えないわよ…って言うか、大丈夫よ、シュリ君ならクラウドと対等に闘えるもの」
「…………お願いします」
「うん、分かった、言わない」

 げんなりと肩を落としたシュリ君が可愛くて、つい吹き出しながら約束をする。
 ジトッとした目で軽く睨んだシュリ君に、また笑う。

「では、失礼します。クラウドさんと子供達によろしく」
「うん!リト君とライ君とラナさんによろしく伝えてね」
「三名とも今は俺のチームじゃないので会うか分かりませんが、会ったら伝えます」
「うん!シュリ君、今度はゆっくり来て。今日のお礼にご馳走しちゃうから♪」

 本当に嬉しかったから、このお礼はしたい。
 その気持をこめてそう言うと、シュリ君は私に背を向けながら、フワッと笑ってくれた。

「はい」

 初めて見せてくれた柔らかな笑顔に驚いてる間に、WROの若き中佐は雑踏の中に消えてしまった。
 本当にそれはもう、見事なまでの消えっぷり。
 人の気配を読むのに長けている私ですら、もう彼の気配を感じることは出来ない。


 暫くそのまま、ドアの前に突っ立って茜色に染まる街並みを見る。
 街行く人達は、それぞれの顔をして、それぞれの速度で歩いたり…走ったり…立ち止まったりしている。
 皆…誰もがそれぞれの想いを胸に生きている。

「生きる……かぁ……」

 本当に…難しい。
 確かに、私もクラウドも…、他の仲間達も一生懸命生きてるけど、それが『存在理由』になるかは…正直分からない。
 だって、十年後、二十年後に振り返った時、それらが空虚な思い出になってしまったとしたら、それは『存在理由』にはならないでしょう…?

 ……でも。
 一生懸命生きてるなら…この先の未来で今の自分を振り返ったとして…『空虚な思い出』になることはない…かな…?

「難しいなぁ…」


 自分の存在。
 自分の意味。
 自分の人生。


 それが一体、どういうものなのか悟るには…まだ私は若すぎるのかもしれない。
 でも、いつか…それが分かって、しっかりと胸張って『星に還る』ことが出来るように。


「頑張ろう」

 見上げると、もう空には気の早い一番星。
 子供達も帰ってくる。
 それに…クラウドも…ね。

 帰って来る愛しい家族のために、私は店に戻った。
 美味しい夕飯を家族で囲むために。
 その時に、彼女のことを話そう。
 きっと、三人とも喜んでくれるはず。

 今夜のセブンスヘブンのドアには『臨時休業』の看板。
 風に吹かれて、看板がドアにカタカタと当たる音を聞きながら、私は夕飯作りに取りかかった。


 いつも、彼女が座っていた席に手向けとして置いた白と黄色の花に少し微笑みながら…。



 あとがき

「別に殺さなくても良いじゃん!」という声が聞えそうです。
 はい、すいません。
 でも、ほんっとうに自分の『生きている意味』とか『生まれてきた理由』を悟って死ねる人って…少ないんじゃないかなぁ…とか思ってまして…(遠い目)。
 今回、本当はもっとダークで…とか思ったんですが、やっぱりちょっと勇気が無くてこのような話しになりました。

 今回の『彼女』の話は、一人の人の命を救うために生きてきた、ということになってしまいますが、ぶっちゃけそういう人生もありだと思います。
 絶対に、命は『なにか理由があって、それを成し遂げるため』に生まれてきたんだと思うんですね。
 だから、それを成し遂げるために頑張って生きなくてはいけない。
 でも、その『成し遂げる何か』が分からないから、迷ったり傷ついたり、逆に傷つけたり嫌われたり、嫌ったり…、色々な紆余曲折を経て歳を取る…と、そう思うのですよ。
 はい、これはもう、マナフィッシュの勝手な考えなので、気にしないで下さい(汗)。

 こんな話にここまでお付き合い下さってありがとうございました!!