『俺はティファと共にありたいと思っている…。いつも…いつも…』

 どこか遠く、それなのにとても近いとこから彼の声が聞こえた気がして、ティファは胸を震わせながら優しい眠りに吸い込まれた…。

 そして…。

「………あぁああ〜…」その眠りから覚めた彼女は今、深過ぎる後悔に文字通り、頭を抱えてベッド上で身を起こしていた。






全てを受け入れてくれたアナタへ








 最初、とんでもない夢を見たもんだ、とそのくらいにしか思っていなかった。
 いや、勿論それだけでも目を覚ましたばかりで頭が霞がかった状態のティファにはかなりキツい内容で、思わず自己嫌悪に陥り過ぎてどうにかなりそうだった。
 だが、
『ま、まぁ夢だし…ね…』
 と自分を慰め、熱でボーっとする頭を枕に押し付け、ウトウトと微睡んで、もう一度眠りに委ねようとして…。

『ちょっと待って!?』

 ガバリと跳ね起き、急に起きたせいでそれまで治まっていた頭痛が容赦なく攻撃する。
 そのお陰で、アレが夢ではなく現実に自分がしでかしたことだと思い出した。
 もう、なんで夢じゃないわけ!?いくらそう嘆こうが事実は変わらない。


 エアリスではなく自分が死ねば良かったなどと口にするとは。
 しかもそれをよりにもよってクラウドに泣きながら訴えるとは!


「あぁぁぁああ……私のバカ〜……」

 自己嫌悪で死にたくなる。

 確かにあの頃…、あの旅で幾度もそう思ったことがあった。
 しかし、それだけは思ってはいけないこと、口にするなどもってのほかだと己を戒め、考えることすら禁じたというのに!

「……」

 怒涛のように襲ってきた後悔の念は、やってきた時と同じ速度でティファの中から力を奪い去った。
 力なく枕に逆戻りする。
 天井のシミをなんとなしに見つめながら、所詮、どんなに隠そうとしても自分の心をごまかしきるなんて不可能なんだ、と苦い思いを噛み締めた。

(クラウドはどう思ったかな…)

 目下、一番心配なのはそれだ。
 多分、酷く驚いただろうし、ショックを受けはしただろう。
 しかし、決して蔑んだりはしていないと思うくらいにはクラウドをティファは信じていたし理解していた。
 だが、だからといって『まぁ、いっか。誰にでも失敗はあるし、醜態晒した相手はクラウドだから許してくれる』とは当然ならない。
 一番心配なのは…。

「クラウドのこと…、傷つけてない…かな…。」

 自分の心の一番奥底に自分自身ですら気づかないよう封じ込めていた愚かな本音。
 手を伸ばせば届くところにいたのに助けられなかったクラウドがどれだけ己を責めていたのか…、その苦しみはティファの想像を超えるものだとちゃんと分かっている。
 だからこそ、クラウドには絶対にバレてはいけなかったのに…と、ティファは強く目を瞑った。
 熱くなったまぶたをごまかしきれず、シーツに顔を押し付ける。
 とんでもない自己嫌悪でどうなかなりそうだ。

(また…熱上がりそう)

 口から出た失言は取り返すことは出来ないし、晒した醜態は無かったことには出来ない。
 クヨクヨと己の不甲斐なさを嘆くなど無駄なこと、さっさと治してこれ以上余計な心配をかけないようにすることこそがティファに出来る唯一のことだ。

 そんなの、他人に言われるまでもなく分かっている。
 分かっているが、人間そんな簡単に気持ちを切り替えることなど出来やしない。
 晒した醜態が相手にとっても自分にとっても、古傷を抉るものなら尚更、さっさと立ち直るのは難しい。

「もう…、サイッテーよ、ティファ…」

 顔をシーツに押し付けたまま、くぐもった声で呟く。

 だから…。
 シーツに押し付けたまま喋ったから変な声になっただけ。
 泣いてるから変な声になったんじゃない。
 泣いてなんかない…。

 ギシギシと、階段が軋む音が耳に飛び込んできて、ティファはギクリ、と身を竦めた。
 少し気だるげな足運びはクラウドのもの以外有り得ない。

 うつ伏せ状態でオロオロと顔を上げ、ドア前にまで足音が迫った瞬間、ティファは壁側へ横向の態勢で目を瞑った。
 直後、そっとドアが開く。

「ティファ…?」

 呼ばれた声はいつもより優しく、それでいて慎重さを含んでいた。
 具合の悪い身を案じてくれているのがヒシヒシ伝わってきて、寝たふりが難しくなる。

「寝てるのか?」

 声と共に前髪をそっと掻き分けられた。
 心臓がバクバクと胸を叩く。
 触れてきた手はゴツゴツとしてひんやり冷たく、心地良かった。
 トクン、と心臓が跳ねる間もなく、手はティファの額から離れ、代わりに濡れたタオルが優しく乗せられた。
 横向きで寝ているため、側頭部に…ではあるが。

「まだ下がらない…か。どんだけ無理してたんだ…?」

 ため息と共に呟いたクラウドに申し訳ない気持ちと、心配してくれている、という純粋な喜びがない混ざって溢れ出す。
 それは、必死に堪えていた涙腺を刺激し、閉じた目蓋では到底抑えきることが出来ないものだった。
 クラウドが息を呑んだ気配が一層ティファの涙腺を刺激してしまう。

(あぁ、もう…!なんでこんな弱いのよ!)

 クラウドが部屋から出るまでくらい、我慢出来ないわけ!?

 止まらない涙に心底嫌気がさす。
 思い切って寝たふりをやめ、『ごめんね、心配かけて』『これはなんでもないの、ちょっと弱気になっただけだから』と言ってしまいたくなった。

「ティファ…」

 吐息が耳朶にかかるほど掠れた声が耳元近くで囁かれ、心臓がバクリ、と大きく跳ねる。

 寝たふりを止めようとせっかく固めた決意があっさり霧散してしまったティファに、クラウドはそうと気付かないまま彼女の髪を優しく撫で梳きながらポツリポツリ呟いた。

「ごめん…、ずっと苦しかったんだな」
「こんなに具合が悪くなるくらい、ずっとしんどかったんだな」
「でも…ティファ、間違ってるぞ?俺はティファとエアリスを比べたことないし、ましてやエアリスがいなくなったからティファと一緒にいる道を選んだんじゃない」
「まぁ、ちゃんと言葉にしない俺が悪いんだけど…」
「はぁ…。俺が口下手なの、ティファは知ってるだろ?口で言えない分、態度で表してたつもり………って、態度でも充分表せてなかったかも…だけど…」
「いや、でも他の女に靡いたことなんか一回もないし……って、別にモテないしな……俺」
「だからそんな心配は無用なのになぁ…」
「ティファ、何でも自分で出来るからいつもちょっと情けなく思ってたんだ…、もっと頼ってもらえたら嬉しいんだけどティファは甘えるのがヘタだし…って、頼らなくてもなんでも出来るからそもそも頼る必要がないんだよな…」
「………頼る必要がないのに甘えてくれって言うのもおかしいかと思って、今まであまり言わなかったけど、いつでも甘えて欲しいと思ってたんだぞ…俺は」
「って、言わないと分かんないよな…」

 まるで眠っているティファに聞かせるかのように一生懸命言葉を紡ぐクラウドにじわりじわりと胸いっぱいに幸せが満ち満ちてくる。
  事実、クラウドは眠るティファへ届けたい想いを懸命に言葉に変え、舌に乗せていた。
 起きている時に言わないと意味がないことくらい分かっている。
 これはようするに練習だ。
 いきなりぶっつけ本番に臨んでも玉砕するに決まっている。
 ユフィあたりに知られたら思いっきりバカにされるのは目に見えている弱気な己にほとほと情けなくなるが、そもそもぶっつけ本番で見事成功出来るならとっくにティファの不安、心の闇を払拭してやれているだろう。

 実に冷静な自己分析。
 しかし、その冷静な自己分析も視点を変えればただの開き直り。

(…ようはティファの思い違いを取っ払って悩まなくて良いようにしてやることが重要だ。俺のことは二の次二の次)

 などと、クラウドが内心、ちょっぴり自分に言い訳という名の葛藤を繰り広げているとは露知らないティファは、髪を梳く優しい手と胸を打つ言葉にただ喜びが膨れ上がり、思いがけない彼の告白にいつしか息を止めていた。

 そして思う。

 こんなに想ってくれていた。
 こんなに大切にしてくれていた。
 こんなに……心配かけてしまった。
 さっきの醜態、失言はこんなに深く想ってくれていたクラウドへの裏切りに等しい。
 それなのに、自分を責めるような言葉を一言も口にしなかった。
 クラウドはティファが眠っていると思っている。
 自分の呟きは聞かれていないと思っているはず。
 だから、クラウドが口にしている言葉は全て本音。

 偽りも飾りもない言葉。

 そのことに気付いた瞬間、ティファは目を開けずにはいられなかった。

「ティっ!?」

 文字通り、飛び上がらんばかりに驚いて、耳の端や首筋まで真っ赤になって、絶句したクラウドをティファは横になったまま見上げた。

「クラウド」

 そっと両腕を彼へ伸ばす。
 しかし、恥ずかしすぎる告白をバッチリ聞かれていたというショックでおどおどするばかりのクラウドはティファへ身を寄せるだけの余裕がない。
 ティファは淡い笑みを浮かべ、目を揺らめかせなが、ゆっくりクラウドの両頬に指先で触れた。
 横になったままの状態では、ベッドに腰掛けてほんの少ししか前に屈んでいないクラウドに届くのはそれが精一杯。
 指先にクラウドの頬がひんやりと涼しい感触となって伝わってくる。
 自分がいまだに熱を出していること証拠だ、と思いつつ、果たしてその”熱”は風邪のせいなのか、それともたった今、クラウドから与えられた”熱”なのか考えて…。

 ティファは花開くように笑った。


「クラウド…ありがと」


 大きく見開かれたアイスブルーの瞳に、咲き誇らんばかりに笑んでいる自分の顔が映っているのを見て、ティファの瞳が潤んだ。
 クラウドの目に映っているのは紛れもなく自分。
 誰かの影を追い求めた結果…、ではなく”自分”を見てくれている。

 知っていたはずの当たり前のことにようやっと気がついた気分だった。
 矛盾しているかもしれないが、ティファにとってはとても大きな発見で、心の奥の奥底がフーッと軽くなった気がした。


「へへ……すっごく嬉しい」


 目尻からこぼれる雫を拭うこともなく真っ直ぐ見つめ、喜びとそれ以上の想いを伝えるティファの瞳に、やがてクラウドの顔にも笑みが浮かんだ。
 そっと壊れ物に触れるかのように手を伸ばし、ティファの涙を払う。


「ごめん…もっとちゃんと言えば良かったんだ」
「ううん、そんなことない。私がちゃんと素直にならなかったから…」
「ハハ、ティファはやっぱりどこまでもティファだな。なんでもすぐ自分のせいにする」
「本当だもん…」
「はいはい」

 笑いながらクラウドの顔が近くなる。
 そっと優しい触れるだけの口付けを受けて、ティファはまた涙をこぼして笑った。
 額をくっつけ、間近で瞳を覗き込んで、また笑ってキスをした。


 *


『それで、もう大丈夫なわけ?』
「あぁ、大丈夫だ。心配かけたな」
『ま〜ったく、タイミング悪すぎだっつうの。折角みんなでウータイ遺跡観光ツアーに行くぞ〜ってときにさぁ』
「仕方ないだろ?ところでデンゼルとマリンはどうだ?大丈夫か?」
『うん、まぁね。心配はしてるけどクラウドが傍にいれば大丈夫か〜って意外と明るく元気に楽しんでるよ。今は猿芸見て笑ってる』

 電話の向こうからはユフィの言うとおり、なにやら騒々しくも明るい楽しげな雰囲気が伝わってきた。
 初めての『猿芸』に目を輝かせて食い入るように見ている2人の姿が脳裏に浮かび、クラウドの唇が弧を描く。

「今回は悪かった。ティファも子供たちを送り出すだけで力尽きたみたいでな。さっきようやっとお粥が食べられるようになったんだ」
『げぇっ…大丈夫なわけ、そんな状態で』

 拗ねたような口調が途端、心配そうなそれに変わる。
 相変わらず破天荒なくせにお人よしだな、と心の中で呟きながら「あぁ、今は良く寝てる」とだけ答え、クラウドはそっともたれていた壁から身体を起こした。

「じゃあ、もう切る。デンゼルとマリンに『心配要らない。俺たちの分まで楽しんでくれ』って伝えておいてくれ」
『あいよ。その代わり2人が帰る頃までにはなんとしてでもティファの風邪、治しておいてよ?でないとアタシがうそつきってことになるじゃん。それに、そんな風邪っ引きの家になんか子供たち返せないし』
「あぁ、分かってる。じゃあ、また明後日な」
『うん、じゃね〜』

 携帯を切って階段をゆっくり上る。
 そっと寝室を覗くと、ティファが穏やかな顔で眠っているのが見えた。
 その寝顔に知らず、笑みが浮かぶ。
 静かにベッドへ歩み寄ると、ベッド脇の椅子へ腰を下ろした。
 規則正しい寝息に合わせて微かに胸元が上下しているのを見てホッとする。
 そのまま足を組んでベッド脇のサイドテーブルに頬杖を突き、ラクな体勢を取ると飽きることなくティファの寝顔を見つめた。

 色々。
 本当に様々な思いを溜め込んで、自分1人で処理しようと足掻いていたんだな…としみじみ思う。
 必死になって平気なフリをして、自分自身にまで演技をしてどれほどのものを我慢していたのか…と思うと、胸が痛んで仕方ない。
 しかし、それ以上にティファが自分のことを想っていてくれたという喜びのほうが大きいのだから全く仕方のない人間だ、と呆れてしまう。

「バカだなぁ…俺もティファも…」

 思わずこぼれてしまった心のカケラ。
 クラウドはクスリ、と笑うと頬杖を突いていない方の手を伸ばした。
 額にかかった髪を払う。
 次いでに彼女の額のタオルを取り上げて洗面器に浸すと、乗せる前に口付けを1つ落とした。
 くすぐったそうに身じろぎしたものの、すぐにまた規則正しい寝息を立て始めたティファに喉の奥で笑い声をかみ殺す。

「覚悟しろよ?」

 ティファが本当はどんなに甘えたがっていたのか、それが今回のことで分かった。
 ならば、『本当に助けはいらないのかな?』とか『これくらいなら…ティファの邪魔にはならないだろうか?』と伺いながらおずおずと手伝いを申し出たり、声をかけたりする必要などない。
 それこそ、ガンガンに攻めてオッケーということだ。
 ティファの負担にならないようにとか、ごちゃごちゃ考えながら様子や顔色を伺いながら声をかけたりすることが、逆に彼女の抱えている心の闇を増徴させてしまうことが良く分かった。

「甘やかして甘やかして、『もう良い!』って言うくらいに甘やかしてやる。ティファが『負』の部分もひっくるめて俺を受け入れてくれたように、俺もティファ丸ごと全部引き受けられるんだから、それを証明してやる」

 クックック…と、可笑しくてたまらないと言わんばかりに堪えきれない笑いが喉の奥から漏れる。
 クラウドの楽しそうな視線の先にいるティファの寝顔が、また更に幸せそうに緩んだ。


 クラウドの宣言どおり、ティファがベタベタに甘やかされる時間が始まるまであと半日。
 彼女が『もう良いから〜!』と、顔を真っ赤にさせて白旗を上げるまで、あと…何時間?



 あとがき

 これは、弱さを見せられる強さを与えてくれた人だからの続きです。
 暗いまんま終わってしまったので補完的に…♪
 ベッタベタに甘やかされるティファを書いてみたい気もしましたが、まぁそれは皆さんの妄想…想像にお任せします(笑)