「今度、連休が取れたから皆でキャンプに行こうか?」

 朝食時、突然出たクラウドの提案に、子供達の歓声が上がった。



サバイバル(前編)




 確かに……キャンプにはうってつけだ。
 だが……。
『ここ』はいかがなものだろうか……?

 クラウドは傍らに立つ愛しい人を、若干疑いの眼差しで見つめた。

 子供達は大はしゃぎである。
 そんな子供達を見て、ティファも満足気だ。

 クラウドは視線を戻した。
 目の前に広がるのは………密林。
 そう。
 ここはミディール地帯にある一つの孤島。
 最近、空路が活発になってきているので、ミディール地帯に行くのも便利になってきた。
 もっとも、今、クラウド達がいる孤島にやってくるにはミディール村から船を出してもらわないと辿り着けないのだが…。

『わざわざ船を出してもらうとは……』

 船頭が『物好きだねぇ…』と、呟いたことを思い出し、クラウドは『まったくだ…』と、今更ながら、彼の呟きに同意した。


 今回の『キャンプ』は、配達の仕事のスケジュール調整を何となくしているうちに、勿体無い時間の使い方をしている事に漸く気付いたことが発端である。
 ここまで培ってきた経験から、色々とやりくりをし、無駄な時間が省けるよう配達先のルートを変更して調節した。
 すると、なんとポッカリと出来た時間は三日分。
 こんなに時間が作れるとは…。
 改めて知る、己のずぼらなスケジュールに苦笑いが浮かぶ。
 そして、折角出来たこの時間を有効に使おう!ということになったのだ。

 子供達の喜ぶ顔、ティファの柔らかな眼差し。

 クラウドは満足だった…………ティファが『キャンプ』のスケジュールを買って出てきてくれた時までは。

 WROが最近行っている大きな活動の中に、『空路の拡大』ともう一つ、『世界のモンスター情報』たるものがある。
 それは、モンスターがどの地域にどの種類がいて、どんな戦い方が有効か…と言った、所謂『対策情報』だ。
 随時、更新されているそのニュースは、TVやラジオは勿論、携帯からも受信可能という利便さを持ち合わせており、非常に人々に重宝がられていた。
 その『情報』を元に、ティファは子供達が安全、且つ楽しんでくれるキャンプ地を選定した。
 その結果が…。




「クラウド〜!テント張るの手伝って〜!!」
「あ、あぁ…すぐ行く」

 ボーっとしていたクラウドは、ティファの呼び声にハッと我に返った。
 慌ててティファと子供達の傍に駆け寄る。

 鬱蒼と茂る大樹達。
 密林の中に突如として現れるポッカリとした空間。
 いくつかあるその空間の一つで、クラウド達はテントを張った。
 大きなテントを一つ、周りの大樹にロープをくくりつけて張っていく。
 二年半前の旅の経験から、こういった作業はクラウドもティファもお手の物だ。
 目を輝かせる子供達の前で、二人はあっという間に作業を終えた。
 子供達が感嘆の溜息と共に拍手を送る。

 クラウドは、子供達の無邪気な笑顔に、胸の中に芽生えていた『不安』という文字を消去した。




「さてと。じゃ、とりあえずは水を確保だな」
「俺、一緒に行く〜!」
「あ〜、私も!!」
「ふふ、二人共、クラウドの邪魔しちゃダメよ?」
「ティファは?」
 それぞれクラウドの腕にぶら下がりながらじゃれていた二人は、まるで留守番をする、と言わんばかりのティファに不思議そうな顔をした。
「私はここで火をおこしてるわ。あと、食事の用意をしないといけないでしょ?お野菜とか切って待ってるから、早くお水、汲んできてね」
 ニッコリ笑って軽く手を振るティファに、満面の笑みを向けると、子供達はクラウドを引っ張るようにして歩き出した。
「じゃ、じゃあ、行って来る」
「うん。二人をよろしくね」
「ああ」

 子供達に引っ張られてバランスを崩しそうになりながら、クラウドは顔を後ろに向けて片眉を軽く上げた。
 あの旅のときのように、ティファが笑いながら見送ってくれることに、安堵しながら、キャンプ地を後にする。

 空のペットボトルを布の袋に数本入れて肩から提げるクラウドの目の前では、子供達が茂みを掻き分け、元気に歩いている。
 所々、沼地になっているので、そこはクラウドが前もって注意する。
 何しろ、子供達よりも目線が高い。
 子供達が茂みを掻き分けて沼地に気付く前にそれが見える。

「ほら、デンゼル。そのまま行くと沼に落ちるぞ」
「マリン、そっちはダメだ。ちょっと地面が窪んでるから足踏み外して怪我するぞ」

 中々どうして、子供達は動きが早い。
 うっかり危険な場所を見落として、子供達が落っこちたり転んだりしてしまいそうだ。
 ヒヤヒヤ、ハラハラしながらクラウドは子供達と共に密林を歩いた。
 時折、大蛇らしきものが頭上に張り巡らせている太い枝から枝を這って行くのが見えたが、その度にクラウドはさり気なく腰の武器に手を伸ばした。
 変に子供達を心配させたり不安にさせたくはない。
 だが、まぁなんとか無事に敵(?)に接触することなく三人は川に着いた。

「「うわ〜!!」」

 キラキラと輝く水の流れに歓声を上げる子供達に、クラウドの頬が緩む。
 確かに…綺麗で壮大だった。
 大自然の中にある川。
 決して大河ではないその川の水は、キラキラと透明に輝き、底が透き通って見える。
 恐らく、人工物に汚染されていないであろうその水を、とりあえず持ってきたペットボトルに詰め込んで再び布袋に押し込んだ。
 デンゼルとマリンは、ズボンの裾をまくって岸に腰掛け、パシャパシャと水遊びをしている。

「冷たくて気持ちいい!!」
「クラウド〜!クラウドも足浸けてみろよ!すっごく気持ちいいぞ!!」

 嬉しくて仕方ない様子の二人に、柔らかな感情が胸に湧く。

「二人共、気持ちは分かるが早く水をティファの所にもって行かないといつまでも食事を作ってもらえないぞ?」

 そう言って、それぞれの靴と靴下を二人に持たせると、子供達を軽々と抱き上げた。
 タオルをうっかり持ってくるのを忘れたので、足が乾くまで抱っこすることにしたのだ。

 なんとも軽々と自分達を抱え上げ、更には重たい水の入った袋を肩から提げたクラウドに、子供達は大はしゃぎだ。
 ギュッとクラウドの首にしがみ付いたり、肩口に頬を押し付けて甘えまくっている。
 クラウドは、
「おい、そんなに動くと落としてしまうだろ?少し大人しくしてくれ」
 と、口ではそう言いながら、目元にはこれ以上ない程柔らかくて優しい笑みを滲ませていた。
 こんな風に子供達と接する事が出来なかった分、くすぐったく思う以上に愛しさが込上げる。
 もっともっと、甘えて欲しい。
 もっともっと、笑って欲しい。
 もっともっと、喜ばせてやりたい。

 こんな風に思える自分に驚きながらも、『こんな自分になれるとはな…』と、しみじみ感動したりもしていて。
 それが持ち前のポーカーフェイスの為に、ほとんど表情に出ていない。
 せいぜいが、穏やかな眼差しと物腰。
 子供達にかける言葉の中に含まれているぬくもり。
 その程度だ。

 結局、クラウドは子供達を抱っこしたままキャンプ地に戻って来た。
 二人の足は完全に乾いている。
 キャッキャッ!と、喜ぶ二人をどうして下ろせようか?
 勿論、体力が限界だったり、危険が身に迫っていたらやむを得ず子供達を下ろして休憩したり、敵と戦った。
 だが、クラウドの体力は流石ジェノバ戦役と讃えられるほどのもので、ここまで戻ってくる分には支障はない。
 それに、これまた幸いなことに、モンスターにも遭遇しなかった。

 なるほど。
 WROのモンスター情報は流石だな。

 クラウドが内心、感心しながらテントに向かって子供達を下ろす。
 グルリ…と見渡したが……。
「あれ?」
「ティファは?」
「……ティファ!遅くなってすまない!……ティファ〜?」

 クラウドは首を傾げながらテントの裏を見た。
 いない。

 テントのロープをくくりつけている巨木に近寄って、茂みの向こうを見た。
 いない。

「 ??? 」

 小首を傾げ、携帯を取り出して電話をかける。
 暫しの呼び出し音が続く。
 出る気配が無い。
 そして、とうとう留守電に切り替わってしまった。

 流石にクラウドと子供達の表情に不安と焦燥感が浮かぶ。

 と、その時。

 少し離れた茂みがガサガサと揺れ、思わず子供達を背後に庇い、身構えたクラウドと、そのクラウドに守られる子供達の目の前には、たった今、携帯に出なかったティファが現れた。

「「「ティファ!?」」」

 その姿に、三人がギョッと目を見開く。

 所々、擦り切れが出来ている彼女の姿に、三人の全身から血の気が引いた。
 一方、ボロボロになったティファはいたって元気そうなのだが…。
 どこかバツの悪そうな……途方に暮れたような……複雑な顔をしている。


「どうした!?なにがあったんだ!?!?」
「ティファ、大丈夫!?」
「う、うわ〜…ここ、痛そう!消毒、消毒!!」

 ティファの右肩の出血を見てデンゼルがオタオタと荷物を漁る。
 クラウドはティファを抱きかかえるようにしてテントへ連れて行き、マリンは汲んだばかりの水を持って走ってきた。

 ティファは「えっと…ごめんね。大丈夫、大した事ないし……」と、ニヘラ…と、力なく笑った。
 その笑顔が……非常に彼女に似つかわしくない。

「何があったんだ?」

 一通りの処置を終え、肩に包帯を巻きながら訊ねるクラウドの両脇を、子供達が心配そうな顔をしてしゃがみ込んでいる。
 ティファは治療してもらっている間、どこかソワソワと落ち着きなく目を彷徨わせていた。
 改めて問われたことにより、自分の中に何やら踏ん切りをつけたらしい。

 大きく深呼吸をすると…。


「ごめんなさい!!」


 驚く三人に、深く深く頭を下げた。
 勿論、三人にはわけが分からない。
 目を丸くして顔を見合わせ、とりあえず頭を上げるように促すが、ティファは頑として頭を上げなかった。
 そして、頭を下げたまま……。


「この孤島、モンスターの巣窟みたいなの!!」


 ………。
 …………。
 ……………。

 三人の思考が止まる。
 今、この目の前の母親代わりであり、クラウドの恋人であり、ジェノバ戦役の英雄として世の人々に讃えられている女性は一体なんと言った!?


 ― モンスターの巣窟 ―


「「「 えぇぇぇえええええ!?!?!? 」」」


 三人分の絶叫が密林に響き渡った。
 ガバッと顔を上げて、ティファは子供達の口を手で塞ぎ、クラウドには顔を寄せて「シーーッ!!」と凄まじい形相で口を閉ざすように訴える。

 クラウドは慌てて自分の口を手で押さえた。
 バババッ!と、周りを慌ただしく見回して気配を探る。
 幸い、モンスターの気配はない。

 ほぉっ……。

 クラウドとティファは全身から息を吐き出した。

「それで、モンスターの巣窟ってどういうことだ!?」

 若干、声を押さえて問いただす。
 ティファは「…それが……」おずおずと自分の携帯を差し出した。
 訝しそうにソレを受け取り、パカリと開く。
 ディスプレイには既にあるものが表示されていた。
 それは、ミディール地帯の世界地図。
 旧・ミディール村と現・ミディール村には淡い黄色で色が塗られており、自分達が今現在いる箇所には黄緑色。
 その他の青い部分は恐らく海だろう。
 そして、ディスプレイギリギリに表示されているミディール地帯の隣と思われる大陸の端っこは……淡いピンク。

 クラウドは目だけでティファに、このマップが一体何を意味するのか尋ねた。
 ティファは恐る恐る、携帯のディスプレイを下にずらした。

 ずれるマップ。
 そして、そのマップの下に表示されている注意書きに、クラウドは失神しそうになった。

『淡い黄色  = モンスター遭遇率 少』
『淡いピンク = モンスター遭遇率 中』
『淡い黄緑色 = モンスター遭遇率 不明(未探査)』

 ― 未探査!! ―

 つまり、この孤島の調査をWROはまだしていないのだ。
 ということは、モンスターの遭遇率が高いか低いか、全く未知の世界。

「ご、ごごごごめんなさい!表示、見間違えちゃった……」


「「「 ……… 」」」


 三人は意識が遠のきそうになった…。


「と、とにかく、すぐに船頭に連絡して迎えに来てもらったら…?」

 いち早く気を取り直したマリンが提案する。
 デンゼルがハッと我に返って「そうだな!うん、それが良い!!」と、賛成の意を表した。
 一方、そんな子供達とは違ってクラウドの表情は冴えない。
 なんともイヤな予感が胸を支配して仕方ない。
 なにしろ、ティファがまだ何か言いたそうな顔をして視線を合わせようとしないからだ!

「ティファ……もしかして……」

 胸の中の不安が急速に大きくなる。
 ティファは「ウッ…」と言葉に詰まると、再び勢い良く頭を下げた。

「本当にごめんなさい!明日まで……その、船の予約が一杯で出せないって……連絡が……」

「「 ……… 」」
 流石の子供達も言葉を失って呆然とする。
 クラウドは……。


『こんなことなら、大人しくエッジでショッピングにしとけば良かった……』


 心の底から後悔していたのだった…。
 いや、勿論ティファの事は小指の爪先ほども責めてはいない!
 責めるべきは……!!


「WROの情報部め……。分かりやすい配色を使え…!!」


 なんだって、もっと危険を匂わせる原色を使わなかったのか!?
 それこそが大問題だ!!

 モンスターとの遭遇率が高い地域は原色の赤を使用されている。
 だが、未探査地区を遭遇率が低い色と似たような配色にするのはどう考えてもWROの情報部が悪い!!


「帰ったら……直接意見しに行かないとな……」


 かくして、WROの情報部は半分棺桶に脚を突っ込むこととなった。

 だが、今はそれはどうでも良い。
 とりあえず、明日の朝まで子供達を危険な目に合わせる事無く、乗り切らなくてはならないのだ。
 武術の達人であるティファが負傷した。
 ということは、モンスターはかなりの強敵であると考えられる。

「ティファ、モンスターはどんなやつだった?」

 声をかけたクラウドの表情は、ジェノバ戦役のリーダーとして相応しいものだった。
 改めて惚れ直しつつ、ティファは自分が遭遇したモンスターの形状を告げる。


「………それって、この地帯にはいないモンスターじゃないのか……」


 クラウドの顔色が徐々に悪くなる。
 ボソッと最後に呟かれた言葉に、子供達が不安そうにクラウドとティファを見比べた。
 子供達の不安そうな視線に気付いてはいたが、それでも親代わりの二人は明るい表情を浮かべることが出来ない。
 何故なら…。

「…鳥型の『ヒポグリフ』はまぁ分かる。それに幼虫型のモンスターも…あの旅の時にもここら一体にはいたよな…。でも………」
「……そうなの………なんで……『オチュー』と『モルボル』がいるのかしら……」
「……………」

 何故に、『ガイアの絶壁』や『古の森』に生息しているはずのモンスターがここに!?
 しかも、やっかいなステータス異常を引き起こしてくれる奴らではないか!!

 傍らに立つ子供達へ視線を移す。
 可愛い子供達が不安そうに見上げているその視線が……痛い!!

 こんなに可愛い子供達の目に、あんなグロテスクなモンスターを映させたくはない!!

「…ま、まぁ、良く無事だったな、ティファ。流石だ…!」
「う、うん。私もそう思うわ…」

 空元気で空笑い。
 そんなもので、子供達の顔から『不安』という三文字が消えるはずもなく…。
 あっという間にストライフファミリーは暗くて陰鬱な空気に飲み込まれた。

 クラウドは無表情と言う仮面を被りながら、泣きたくなるのだった…。



 あとがきは後編にて♪