傍にいたい理由。 それが、ただ一言だけだったとしても、その一言で心が救われる。 そう、それが…。 ただ…アイシテル 8「突入!!」 勇ましい声が上がり、包囲していた隊員達が1つのビルに一斉に突入した。 5階建てのあまり綺麗ではなく、高さもないビル。 そのビルへ、地上からはWRO隊員とナナキ、バレットが。 屋上からはシエラ号からユフィ、ヴィンセント、シドが飛び降りた。 「あっという間だったそうですよ」 「そうか」 リーブから報告を受けたクラウドは、淡々とした表情で答えた。 仲間達が今回の任務に同行したのだ、至極当然の結果だ。 「本当に助かりましたよ、ティファさん」 そう言って、リーブは料理を運んできたティファに笑顔を向けた。 傍らには嬉しそうに酒やジュースの入った盆を持った子供達と、その後ろには同じく氷と水の入った水差しを盆に運ぶシェルクの姿がある。 「良かった…手遅れにならなくて…」 心底ホッとした顔をするティファに、クラウドは目を細めた。 「それにしても…、許せませんね、犯人達」 静かな湖面を吹き抜ける風のような口調でそう言ったシェルクに、クラウドとティファも目を伏せた。 「…そうだな…」 デンゼルとマリンは、キョトンと顔を見合わせたが、あえてどういうことなのか聞き出そうとはしなかった。 自分達に話し聞かせていないということは、聞かないほうが良いことなのだろうと、聡い子供達はちゃんと理解している。 だから、笑みを絶やさないで沈みかけたその場を盛り上げるように楽しみながらお酒の入ったグラスは大人組み、ジュースのグラスは自分達…と、置き分けた。 クラウドは目の前に置かれた琥珀色の液体の入ったグラスを見て、その流れでその手の持ち主であるマリンを見た。 目が合う。 ニッコリと微笑まれ、釣られて頬が緩んだ。 「とりあえず、お祝いだな」 そう言ったクラウドに、深刻になりかけていた大人組みも表情を緩めた。 * ティファが事故を起こした時。 彼女は道路を3本挟んだ向こうに、デンゼルとマリンの姿を認めた。 友達と一緒になにやら楽しげにしている子供達の姿に頬が緩む。 そのまま子供達がこちらに来ようとしていることが分かったので、声をかけようとその時を待った。 そして、ハッと気がついた。 子供たちとは反対の方向、つまり自分の背後からなにかが猛烈に走ってくるのを。 勢いよく振り向くと、蛇行しながらトラックが走っていた。 その前方には小さな軽自動車。 乗っているのは白髪交じりの痩身の男性と、助手席にはまだ小さい女の子。 女の子の細かな表情などまでは見ることが出来なかったが、運転している痩身の男性の尋常ならざる形相に、ハッと息を呑む。 暴走するトラックから逃げるように走っている軽自動車。 それなりに車の流れはあるのだが、その流れを完全に無視した猛スピード。 そして気づいた。 トラックの運転席には誰も乗っていない。 誰も乗っていないのに蛇行して走っているトラック。 もしかしたら運転手は助手席に倒れこんでいるだけかも…とも思ったが、本能的にそうじゃない!と危険信号が鳴る。 咄嗟に車の流れを巧みに避けて道路へ飛び出して軽自動車の前に立ちはだかり、目を見開く痩身の男に軽く笑って見せて思い切り上空へ飛び上がった。 そして、軽自動車の次に走ってくるトラックの上部に飛び降りる。 時間にしてほんの数秒の神業。 ティファは運転席の屋根を掴んで大車輪のように身体を回転させ、運転席への侵入を成功させて…。 見た。 トラックは無人だ。 そして、なにやらコンピューターの音がする。 小さなモニターが運転席に取り付けられており、そのターゲットを映し出していた。 痩身の男の隣に座っていた少女だとすぐ分かる。 どうする!? 迷いは一瞬。 もうあと少しで軽自動車にトラックが追突する距離にきていた。 馬力がトラックと軽自動車とでは違うのだ。 揺れるトラックの周りの道路を見る。 周りを走っている車は、異常なトラックを素早く察知してかなり距離を置いたり、他の路地に逃げ込んでいる。 ティファはその追跡システムと思しきもの全てを引きちぎって助手席に放り出した。 途端、トラックの動きが急停止する。 急ブレーキをかけたも同然だ。 ティファはそのまま横転しようとするトラックのドアを蹴破って外に出た。 外に出て身を屈めた状態で素早く辺りを見渡す。 人の往来が激しい街中での出来事だ。 犠牲者が出る可能性が高すぎる。 そして、その可能性が現実となる一瞬を見た。 クルクルの巻き毛が印象的な男の子がアイスを片手に固まっていた。 目の前で横滑りに接近するトラックに恐怖で硬直している。 誰かの悲鳴が幾重にも重なり、ティファの鼓膜を打った。 体が勝手に動く。 思い切り跳躍。 グルンッ!とトレーラー部分がティファの頭上すれすれを通過した。 まだ少年にはトラックの主体部分は届いていない。 あと少し。 あと…。 そうして、ティファは少年を突き飛ばした。 抱えて飛ぶ余裕などない。 抱きしめて受け身を取る余裕などない。 ただ突き飛ばして、狂ったトラックの頭部の凶行区域から少年を突き飛ばす。 そして自らをその凶行区域に身を置いてしまったティファは、頭部に激しい衝撃を感じ、気を失う一瞬前に見てしまった。 トラックのトレーラー部分の側面が激しい衝突で凹み、僅かに中身が零れ落ちたのを…。 人間の身体の一部が詰まった巨大なビーカー。 虚ろな目をした顔。 崩れたような手。 足。 胴体。 信じられないそれらの光景。 ビーカーからそれらがこぼれ落ちた瞬間、一気に爆発、炎上した。 ティファの脳は、たった今見たその信じられない光景によって心が壊れないよう、記憶を封印した。 * 「あ、そう言えば例の彼、昨日見つけて保護しました」 リーブの言葉に、クラウドは飲みかけのウィスキーを、ティファは食べかけのシーザーサラダを吹き出しそうになった。 「な…!?」「えぇ…!?」 素っ頓狂な声を上げて、口元を押さえ激しくむせる。 デンゼルとマリンが笑いながらクラウドとティファの背をさすった。 シェルクだけは澄ました顔で、 「そうですか。それで、女の子は無事なんですか?」 「えぇ…無事…と言って良いのか…」 「そうですか、そうですね…」 2人して納得してしまっている。 クラウドとティファはそれぞれデンゼルとマリンに礼を言うと、 「聞いてないぞ…?」「聞いてないわよ…?」 恨めしそうにリーブを見た。 「えぇ、言っていませんでしたから。だって、ティファさん、元に戻ったのは3日前でしょう?記憶が戻ったばかりの時に軽自動車の車種から番号からと色々お話を聞かせてもらったのでお疲れだったし、言えなかったんですよ」 苦笑するリーブに、ティファは、 「まぁ…そうだけど…」 と、まだなにか納得しかねる、とブツブツ口の中で文句を言っている。 クラウドは呆れたような顔をしたが、最後は苦笑するしかなかった。 「それにしても、その…」 「えぇ、今後のことを考えると中々すんなりといく事件ではありませんが、これ以上不幸は生み出されないようにすることは出来ますからね」 気遣わしげな吐息交じりに言ったクラウドに、リーブはそれでも穏やかにそう言った。 「ま、そうだな。それに、リーブがこれからは全面的にサポートするんだろ?なら大丈夫だろう…」 「…それは褒め言葉として受け取っておきますよ」 「…褒め言葉以外に取れるのか?」 「いやぁ、クラウドさんにストレートに褒められたことがないのでつい捻くって取っちゃいました」 「……アンタ…失礼だな…」 ブスッとするクラウドに、子供達が声を上げて笑い、釣られてティファも笑った。 シェルクは目を細めて穏やかに微笑んでいる。 そしてそのまま、遅れてやってきたシャルアを交え、楽しく穏やかな時間を過ごしたのだった。 * 「あの女の子…どうなるのかしら…」 眠る前。 腕の中で小さく零したティファに、クラウドは「そうだな…」と、それだけ口にしたまま黙り込んだ。 女の子。 ティファが助けた女の子。 必死の形相で狂ったトラックから逃げている痩身の男と比べ、まるで人形のように無表情だった少女を思い出す。 なんとなく、出会った頃のシェルクはああいう感じだったのだろうか…?と思ってしまう。 ティファとクラウドの元にシェルクが来た時は、既にヴィンセントとユフィ、そしてリーブによってその硬く閉ざされた心を柔らかにされていた頃だったから、ヴィンセントやユフィ、リーブが口にする、 『『『 可愛い顔して澄ましている人形 』』』 というのがいまひとつ分からない。 だから、なんとなく助けた少女のようだったのかな…と考えてしまう。 そして、そんな表情をしていた過去を持つシェルクを愛しく思うと同時に、ここ数週間、彼女に辛い思いを味わわせてしまったことが悔いられる。 どんなに償っても償いきれないと、そう思う。 「ティファ、自分を責めてるのか?」 「え…?」 ハッとして顔を上げると、悪戯っぽく笑った魔晄の瞳とカチリ、と視線が合った。 途端、真っ赤になる。 「な、なんで…?」 赤い顔を見られるのが恥ずかしくて、すぐに顔を伏せ、クラウドの胸元に顔を押し付けた。 真っ赤になっていることが、その寄せられた額の熱によってバレていることには気づかない。 「ティファはすぐ自分のせいにするから」 「…そんなこと」 「あるだろ?」 「う……」 「図星だな」 「…クラウドの意地悪」 「そうだな、俺はニブルヘイムいちの悪がきだから」 「もう…!」 「ハハ」 軽くそう言って笑うクラウドに、ティファの沈みかけた気持ちが浮上した。 「あの女の子なら大丈夫だろう。同じような悲劇がもしかしたらこれから先、繰り返されるかもしれないけど、その時にはまた俺達が闘えばいいんだから」 「うん、そうだね」 人形のような少女。 その少女と共に逃げていた男。 2人の関係は、『実験体』と『科学者』だった。 少女は、クローン人間だったのだ。 クローン技術そのものに疑問の声が上がっている中での実験。 既にクローン技術が人間にまで及んでいると、世間に知らせるわけには行かない。 だから、今回の事件の全貌を知っているのは、英雄達とWROの極一部の人間だけだ。 科学者である男は、自分の亡き娘をクローン技術で甦らせた。 だが、そこで彼は自分の重大な過ちに気づいたのだという。 『いくら見た目が似ていても、この子は娘とは別人だって、培養液から出してすぐ気づいたんです』 ガックリとうな垂れ、男はそう言ったのだという。 シャルアは同じ科学者として、その男のしたことは断じて許せない、と言った。 だが、同時に彼の気持ちが良く分かる、とも言った。 愛するものをもう1度。 その想いは彼女自身も持っていたものだからだ。 そのために、ボロボロの身体を機械で維持させ、それによるしっぺ返しの痛みに耐えて…、耐えて…、耐え抜いて妹を取り戻したのだから。 『この子はこれ以上年を取らないことが分かりました。そして……とても寿命が短いのだ…と』 『見た目は年を取らずにこのままなのに、臓器の加齢スピードが著しいんです。きっと、もってあと1ヵ月でしょう』 『組織は言いました。『今度はもっと完璧に作ろう』と。ターゲットは当然金持ちです。子を亡くしたばかりの金持ちというのは、意外と世の中に多いんですよ。その遺族達を狙ったビジネスだ…と』 『そして…、あとはご想像がつくと思いますが、性欲処理に……ね』 『私はただ、娘をもう1度抱きしめたかった。もう1度、『パパ』と呼んで欲しかった』 『毎日毎日、研究ばかりで何もしてやれなかった娘に、今度こそ愛情を沢山注いでやりたかった』 『ただ…愛してたから…!』 『でも…私は愚かでした。本当に…愚かでした』 『だが、『この子』も愛しい』 『だから、この子が天に召されるその日まで、一緒にいて、少しでも幸せにしたい…。そう思っています』 そう言って、静かに嗚咽を洩らした……らしい。 一部始終を聞いたのは、リーブとWROの大佐、そしてシャルア博士だけだ。 それらの報告を、子供達が遊びに行った後でリーブ、シャルアが教えてくれた。 「ただ……愛してる……か…」 「ティファ?」 「愛情って…すごいよね…」 「……」 「本当なら、『間違っている』って分かることでも、どうしても止まれなくなるんだもの」 「…そうだな」 「それに…」 「ん?」 「死に掛けていたものを甦らせてくれるし…ね」 「…『死に掛けていたもの』?」 「うん」 「なんだか物騒だな」 「そう?」 「あぁ」 「でも、その物騒なことになりそうだった私を助けてくれたのはクラウドだよ?」 「俺?」 「うん」 「……?」 「分からない?」 「あぁ…なんのことだ…?」 本気で分からないのだろう。 首をちょこんと傾げるクラウドに、ティファは顔を上げた。 少しだけ眉根を寄せて、口をちょっぴり尖らせて考え込んでいるクラウドは、とても可愛い。 自然、ティファは小さく笑い声を上げた。 途端、ムッとして更に唇が尖る。 「なんだよ、気になるだろ?」 「ふふ、教えて欲しい?」 「だから、気になるって言ってるのに」 「教えて欲しいって言って欲しいなぁ」 「む…」 「ね、言って?言ってくれたら教えてあげる」 「……むむ」 「言って?」 「……教えて下さい」 「違う、違う」 「なにが?」 「『教えて欲しいな』って言ったでしょ?」 「!?」 「ふふ、言って?」 「(この小悪魔め!)お、教えて欲しいな…」 「もう、ダメダメ、可愛く言ってよ」 「無理だ!」 「ふふ、なんだ、もう降参?」 「…はぁ…」 ドッと疲れたように息を吐き出したクラウドに、ティファはクスクスと笑った。 そして、甘えるようにクラウドの首に腕を回す。 「『ただ…アイシテル。それだけの理由では、一緒に居たら…だめか…?』って聞いてくれたでしょ?」 ビシッ! クラウドが石化した音が聞こえた気がした。 自分の予想通りの展開にティファはクスクス笑いをもらした。 髪にクラウドの溜め息がかかる。 「聞いてたのか…?」 「うん、はっきりと」 「はぁ…忘れてくれ…頼むから」 「どうして?私はすごく嬉しかったよ。幸せだったよ。だからね、帰ってこられたんだよ」 「…ティファ?」 ティファの真摯な言葉に、クラウドが首を傾げる気配がする。 それを確かめず、ティファはクラウドの首筋に額を押し付けたままゆっくりと言葉をつむいだ。 「私、トラックから見えたものがすごくショックだった。あのニブルヘイムの事件を思い出した。だから、無意識に心が壊れないように記憶を封印しちゃったんだってシャルアさんにも言われたし、私自身もそう思うの」 クラウドは黙って聞いている。 「でね、2回目のときもそうだった。あの道路に立った瞬間…。車の流れを見た瞬間、それを思い出しちゃった。だから、もっともっと、記憶をなくさなくっちゃいけない!って無意識に身体が反応したんだと思うの。でもね…」 「そんな時、クラウドの声が聞こえたの。すごく…すごくホッとしちゃった」 「…そうか」 「それでね、絶対になくしたくないって思ったの。記憶を…全部。辛いものも確かにあるけど、それ以上に、その辛い時を傍で支えてくれたクラウドのことを忘れたまま生きたくないって、そう…思ったの」 「……」 「ありがとう、クラウド。傍に居てくれて」 「…良いんだ…」 「本当に…ありがとう」 「…ティファ」 「ありが…と…」 「……ん」 涙声になったティファをクラウドは抱きしめた。 しっかりとその存在を確かめるように…。 ティファもクラウドに回した腕に力を込める。 互いが互いをしっかりと抱きしめて…。 温もりと鼓動、吐息を感じて。 そうして、見詰め合って…微笑み合って。 至福に酔いながらそっと唇を重ねた。 ― 私も…アイシテル。それだけの理由だけど…これからも一緒に傍にいさせて…?― その言葉をクラウドに届けられるのは…あと少し。 そして、ティファが記憶を失っている間の出来事を全く忘れることなく心に刻み、一番傷つけたであろうシェルクに一生懸命謝罪して、なんやかんやと世話を焼きたがるようになるまで…あと…。 あとがき ティファの記憶喪失ネタでした。 なんか最後、エライ事件が大きくなっちゃいましたが、なんとか辻褄合わせに成功したかな…?とかビクビクしております(^^;)。 ようはクラウドに『ただアイシテル』って言わせたかったがための今回のお話…、かなりキャラ崩壊ですがお許しくださいませ。 ここまでお付き合い下さってありがとうございました! |