The bonds between he and her 1



 ここ最近、金髪・碧眼を持つ青年、クラウド・ストライフはとある問題に、一人悩んでいた。
 それは、彼一人では到底対処しきれない問題で、彼自身、その事を十分自覚していたが、未だに彼女に相談出来ずにいる。
 それ故に、いつまで経っても問題が解決しないのだが、その事も十分理解しているにも関わらず、どうしても話を持ちかける事が出来ないのだ。


「……ああ、俺だ。忙しいのにすまない…。例の件だが…。ああ、そうか。…いや、なら良いんだ…。いや、まだ何も話してないんだ…。ああ、分かってる。……ああ、今のところはこれだけだ。また何かあったらその時は協力して欲しい…。本当にすまない…。ああ、ありがとう…。じゃあ…」
 携帯をポケットにしまうと、深々と溜め息を吐きながら、フェンリルに跨りゴーグルを装着した。


 クラウド・ストライフ。
 ジェノバ戦役の英雄の一人で、リーダーだった青年。
 彼は世界中の誰よりも、ジェノバ戦役の英雄の一人、ティファ・ロックハートを信じていた。
 そして、彼女がクラウド・ストライフを信じている事も知っている。
 何と言っても、子供達の事、店の事、彼自身の病の事、何より家族の将来を含めた事など、本当に大切なものを何の相談もせず、全てを捨てて出て行った経歴を持つ彼を、彼女は不安ながらも必死に待ち続けてくれたのだ。
 彼が出て行ってからも、決して出ないと分かっているのに何度も電話をかけ、彼の安否を気遣う彼女の留守電に残された声を、クラウドは一生忘れる事など出来ないだろう…。
 彼女のその時の声を、彼は後悔の念として胸に刻みつけ、つい最近耳にした様に、その寂しげな声を思い出す事が出来る。

 そんな、一見後ろ向きで優柔不断、弱い部分を持つ彼を、ティファは家族として…、いや、家族以上の存在として受入れてくれた。
 そんな彼女を疑うなど、天地がひっくり返っても出来るはずが無い。

 …だから、なのだろう。
 彼女に面と向かい、胸に巣食う、じくじくとしたものについて話す事が出来ないのは…。
 
 話せばきっと、彼女の事だ。
『私の事を信じてくれていないのでは…!?』
と、思い悩むに違いない。
 彼女はいつでも、自分自身に対して自信を持ちきれていないから…。

 しかし、いつまでもこうして一人、この問題を抱えていても打開策は見つからないのは分かっている。
 分かっているのに、こうして結局話せずにいる自分に、クラウドは苛立ちめいた自責の念に駆られるのだった。

『話さなければ…!』

 何度、そうやって自分に言い聞かせたことか。
 しかし、そう決意を固めていざ帰宅し、彼女の顔を見るとどうしても口が重くなってしまうのだ。
 そして、結局話せずに一日を終えてしまう…。

 この問題は、下手をすれば子供達まで巻き込む大問題となってしまう危険を孕んでいる事も十分分かっている。
 そう…分かっているつもりなのに…。

 彼女の明るい笑顔、澄んだ眼差しを前に、彼女の瞳を受け止める事が苦しくなって、つい視線を逸らしがちになってしまう。
 そうやって、今朝も結局言い出せず、「行って来ます…」と、ぎこちない挨拶だけを口にし、逃げるように愛車を駆って配達の仕事に出て来てしまった…。

 恐らく、彼女はクラウドの変化に気付いているだろう。
 気付いていて、何も言わず、ただじっと待っているのだ…。
 クラウドから話をしてくれるのを。

 その事もちゃんと分かっているのに…。
 彼女の笑顔が曇る様を想像すると、どうしても話を切り出せない。

『本当に、俺はいつまで経ってもズルズルだよ…』

 情けない声を胸中で漏らしながらも、セブンスヘブンの開店時間に間に合う様…、それが無理なら最低でも営業時間内に帰宅出来る様にと、猛然と荒野を駆け抜けた。



 ティファ・ロックハート。
 ジェノバ戦役の英雄の一人で、女性ながら素手での格闘を得意とし、艶やかな黒髪と、温かな茶色の瞳を持つ彼女は、カウンターの中で店の開店準備をしながら、頭の中はクラウドの事で一杯だった。

 彼の態度が最近よそよそしく感じるのは、自分の気のせいではないと確信している。
 それは、デンゼルが来る前と同じ位のよそよそしさか…?と問われれば、無論そんな事は無いと即答するだろう。
 日常の会話だってちゃんとしているし、子供達と共に時間を過ごせる様に…と、なるべく早く帰るように努力してくれる彼の姿は、素直に嬉しいと思う。
 おまけに最近の彼は、仕事がオフの日は勿論なのだが、配達の仕事が終った後でも、セブンスヘブンの手伝いをしてくれるようになっていた。

 そう。
 これが引っかかるのだ。

 確か、カダージュ達との件が終わり、彼が帰って来た当初は、配達の仕事で帰宅した後、彼はカウンターの指定席に座り、他の常連客達と同じ様に自分と子供達の働く姿を見ながら、ゆっくり寛いでいた。
 それが、いつの頃からか、配達の仕事が終って慌ただしく帰宅したかと思えば、大急ぎで汗と埃をシャワーで洗い流すと、店の手伝いをしてくれるようになったのだ。

 勿論、初めの頃は「店は私一人でも大丈夫だから…」「お仕事で疲れてるのに、ゆっくりしてて」と、断ろうとした。
 ところが、そう言うティファにクラウドは必要以上にムキになって、頑として手伝いをやめようとはしなかった。
 そんな彼に、ティファは只ならぬものを感じ取り、今ではクラウドの気の済むようにしてもらっていた。

 そう。
 何故か、クラウドはティファの絡む事に関して必要以上に神経を尖らせている。
 ティファは、面と向かって聞いてみたい気もしていたが、クラウドがその事によって誤解をするのではないか、と思い、聞くに聞けない状態にあった。
 誤解とは即ち…。

『私の事を信じてくれてないの?』と、ティファが思い違いをしている…と。

 クラウドが、ティファの事を誰よりも信じている事をティファは知っていた。
 無論、寡黙で口下手なクラウドは、言葉でその事をティファに伝えた事は無かった。
 だが、日々を共に過ごしていると、言葉にせずとも心で通じる確かな想いが存在する。

 それを、実感しているティファにとって、彼が自分に信頼を寄せてくれている事実を、例え言葉にしてくれなくとも、確かなものとして胸に…心に抱きしめる事が出来るのだ。
 そして、自分もクラウドを誰よりも信頼し、想いを寄せている。
 彼は、その事に気付いているだろうか…?
 恐らく、気付いていないだろう…。
 彼は、いつまでも自分に自信を持ちきれていないから…。
 まあ、確かに少し前まで過去に囚われていて、ズルズルしていたが…。
 しかし、その事は既に二人の中ではちゃんと整理出来たことだったし、何より今ももし、ズルズルと引きずっていたら、星に還った親友達に夜な夜な枕元に立たれてしまう事だろう…。

『まあ、それはそれで、会えて嬉しいかな…』

 などと考えて、ティファは一人苦笑した。

 クラウドがティファを疑っておらず、且つティファの事でムキになる…。
 そんなシチュエーションはいくら考えてもティファには分からなかった。

 もしかしたら、そんなものではなくて、ただ単に、彼が気にかける様な事を何かしたのかもしれない…。

 そう考えてみるものの、それらしい事に全く思い当たらない事実に、ティファは幾度目とも分からぬ溜め息を吐いた。

 もしかしたら、性質の悪いお客さんが来た時の為の用心棒のつもりなのかも…。

 とも考えてみるが、格闘術が得意な彼女に、そもそも用心棒は不必要だ。(女性としては、ちょっと寂しい事実ではあるが…)

『もしかして、私自身がたちの悪いお客さんを叩きのめすようなことをしたら、お店の評判があっという間に地に落ちるから…、それを気にしてお店を手伝ってくれるようになったのかしら…?もしそうなら、かなり…、ショックよね…』
『ああ、でももしも!そんな事じゃなくて、私に関する何かで悩んでいるのなら、すぐに打ち明けて欲しいのに…!きっと二人でならあっという間に解決できるはず…!』
「今夜あたり、話を振ってみようかしら…?ああ、でも……。もしも私が信用されてない…だなんて思ってるって勘違いされたら困るし…』
『話を振前に、『誰よりもクラウドを信じてるし、クラウドが私を信じてくれてるって知ってるよ』って言ったら大丈夫かしら…?で、でも!もしも私の先走った勘違いだったら、かなり恥ずかしいわよね!?』

 などなど、一人堂々巡りに陥ってしまうのであった。



「「ただいま〜!」」
 元気な声で、可愛い子供達が帰って来たのは、セブンスヘブンの開店が迫った時間だった。
 今までなら、開店までに余裕のある時間に帰宅して、お店の準備の手伝いをしてくれていたものだが、最近お友達になった人がいて、帰宅時間がどんどん遅くなりつつある。
 まあ、昔ミッドガルでお店をしていた時から一人で切り盛りしていた様なものだし、子供達の嬉しそうな顔を見ると、それで良いと思う。
 でも、やはりこれ以上遅くなったら心配ではあるので、今の時間には帰宅してもらいたいと考えている。

「お帰りなさい。今日もエリックさんと遊んでたの?」
「うん!今日はフリスビーで遊んだの!」
「フリスビーで?そんなの、この辺のお店で売ってたっけ?」
「ううん、エリックさんが作ってくれたの!皆の分をよ!凄いでしょ!?」

 頬を高潮させたまま二人が興奮して嬉しそうに話をしてくれるこの人は、最近デンゼルやマリン、近所の子供達と仲良くなった男性で、カームノ農場からエッジの各店舗に配達をしてくれている人である。
 年齢はクラウドより二つ年上。
 そんな大人が子供達と昼間から遊ぶなんて…。
 最初はそう思っていたものだが、星痕症候群で実の弟さんを亡くされたのが半年ほど前だと知ってから、ティファを初め、近所の子供達の親の見る目がガラリと変わった。
 あの奇跡の雨のほんの僅かな時間差での悲劇…。
 おまけに、亡くされた弟さんの年齢が、丁度デンゼルや近所の子供達と同じ年頃だったという事実が、更に彼を見る親達の目を変化させた。
 公園で遊ぶデンゼル達を見て、いてもたってもいられなくなり、思わず声をかけてしまったという話に、皆が涙した。
 それからは、なるべく時間を作っては子供達と遊んでくれる彼の存在は、近所の親達、子供達に絶大な人気を誇っている。

 それに、正直子供達を見てくれる大人がいるというのは、非常にあり難い。 
 エリックは、農場の跡取りとの事だが、人当たりのよさそうな穏やか雰囲気を醸し出し、パッと見るとどこかの金持ちのお坊ちゃん、という風貌だ。
 とても手先が器用な彼は、沢山の遊び道具を子供達に作っては遊んでくれた。

 空き缶に穴を作り、紐を通して簡単に作ってしまった竹馬もどき(『ぱかぽこ』というらしい)や、紙飛行機の作り方でとんでもない大きさの飛行機を見事に作り上げ、飛ばして見せたり(翼の部分や胴体の部分には、ちゃんと補強がなされていて驚くほど良く飛んだらしい…)、凧を作ってくれたり…。
 近所の親達やティファが出来ない様な事を子供達にしてくれる彼の存在は、本当にありがたかった。
 また、彼自身が子供達と遊ぶのが本当に楽しいらしく、仕事を半分サボっているのではないか…?と専らの評判だった。

 自分の作った遊び道具で、実に楽しそうに遊ぶエリックの姿に、近所の親達は彼が亡くなった弟さんの姿を子供達に重ねて見ているのだろう…と、涙を誘われるのであった。
 ティファも、エリックの楽しそうな笑顔に隠れた、寂しげな瞳を見た気がしていた。
 
 復興の進む街には笑顔が溢れている。
 星痕症候群が癒されてからは尚更だ。
 しかし、メテオの襲来、星痕症候群の残した爪痕は、決して人々の心から消える事は無いのだろう…とティファは思う。
 その傷を心に抱え、それでも前を向いて今を一生懸命生きる人々に姿に、素直に感動するし、自分も頑張らなければ!と力を貰う。
 エリックもそうだ。
 今を一生懸命生きようとしている。
 弟にしてあげられなかった事を、デンゼルや近所の子供達にする事によって、少しでもその傷が癒えたら良いのに…。
 ティファは、そう思わずにはいられないのだった…。


「フリスビーを!?相変わらず、本当に凄いわね」
「うん!!もう、すっごく楽しかった〜!!」
「俺、うんと遠くまで飛ばせたんだぜ!!クラウドに今度見せたいな〜!!」

 デンゼルが満面の笑みでクラウドの名を口にした途端、ティファは自分の表情が翳るのを意識した。
 そして、子供達が心配する前に素早く明るい顔を取り戻すと、腰に手を当てて二人の目線に合わせる。

「良かったわね!さ、もうすぐ開店だから、二人共、手を洗ってきてね」
「「はぁ〜い!」」


 元気良く返事をし、洗面所に走っていく子供達の後姿に、ティファはそっと気合を入れなおす。


「さあ!今夜も頑張らなくっちゃ!」


 セブンスヘブンが開店したのは、それから数分後の事だった。