The bonds between he and her 2
「マリン、この料理を奥のテーブルにお願いね」
「デンゼル、洗い物は大丈夫?あらかた終わったら、あちらのお客様の注文を取ってきて欲しいの」
今夜も店は開店と同時にほぼ満席状態になった。
仕事帰りの人、家族連れの人、カップルやあろう事か、この店の店長目当てという不埒者等、様々な客でごった返す。
開店から暫くたったその店に、初めての客が顔を見せた。
マリンが歓声を上げ、その人の所へ駆け出す。
ティファは、その新たな客に目を丸くした。
「あら、エリックさん!?」
「今晩は、ティファさん」
「あー!エリックの兄ちゃん!!」
「やあ、今晩は、デンゼル君」
カウンターの奥からデンゼルが飛び出して来た。
エリックは、デンゼルとマリンに温和な微笑みを浮かべ、のんびりした口調で挨拶をした。
黒い短髪で茶色の瞳、眼鏡をかけた中肉中背の男性は、おっとりした雰囲気を醸し出しており、好感が持てる風貌の持ち主である。
「今晩は!いつもデンゼルとマリンがお世話になってます」
「よして下さい。僕の方こそ、いつも二人に楽しく遊んでもらってますから」
笑顔で頭を下げるティファに、エリックは頭を掻きながらそう答えた。
その口調に、子供達は笑い声を上げ、ティファも心からの笑みを浮かべる。
「デンゼル君とマリンちゃんに、ずっと店に来るよう言われてたんですけど、なかなか時間が作れなくて…。やっと今晩時間が空いたので思い切って来ちゃいました」
「まぁ、そうでしたか。わざわざ来て頂いて、本当に嬉しいです」
「でも、来るの遅いじゃないか〜!もう満席だぞ。だから開店時間になったらすぐ来るよう、あれだけ言ったのに!」
「あはは、本当に凄い人気だね。良いよ、今夜はもう予定が無いから閉店まで待てるし、気長に待つ事にするよ」
口を尖らせるデンゼルを、どこまでも笑顔で優しくあしらうエリックの姿に、ティファはますます好感を持った。
彼の姿は、本当の意味で大人の態度だと思う。
なかなか自分に出来ない態度を見事に身に着けているエリックに、ティファは素直な憧れを感じた。
自分もエリックの様に大人な態度をとる事が出来たら、もっと、デンゼルもマリンも子供らしく甘えられるのに…。
そう思ってしまう。
そんなティファの目の前では、近所の子供の親である常連客達が、普段出来ないお礼を口にしたり、既に顔なじみである常連客達が最近の出来事を気軽に話しかける等、様々な人々が彼に声をかけている。
その光景に、彼の人気が予想以上に高い事を知らされ、ティファは驚いた。
子供達ばかりでなく、その親達にも人気の高い彼の姿を見て、ふと、自分の愛しい人に少しで良いから彼の様な器用さがあれば…そう思ってしまった。
そうなれば、人付き合いで苦労している彼の負担もうんと減るだろうに…。
しかし、そう思った反面、そんな不器用な彼も含めて彼なのだから…、その全てが愛しいのだから…、まぁ、良いか!と結論付けたりするのだった。
さて。
ここで問題が起こった。
デンゼルが口にしたように、店の中はもう満席で空いている席が無い。
今が一番込む時間であった為、仕方ない事なのだが…。
いや、本当は一つだけ空いている。
【予約席】
プレートの差し込まれたクリスタルガラスのチョコボの置物が置いていあるカウンターの一番奥の席。
彼の特等席。
彼の為に、わざわざ【予約席】とプレートを掲げている席。
どんなに満席になっても、何か言いたそうにその席を見ながら、渋々店を後にするお客さんを何人も見送ってでも、決して彼以外座る事を許さなかった席。
その席が、店内で唯一空いている席だった。
今までなら、悩む事無く、他の席が空くのを待って頂くか、お引取りして頂いていたティファであったが、今まで子供達のお礼を何一つ出来ていないという一種の負い目がある彼女は、この時初めて悩んだ。
彼の…、クラウドの席にクラウド以外の人が座る事を許すかどうか…。
他の客が席を立つ気配は、当分ありそうに無かった為尚更だ。
心秘かに悩んでいたティファに、デンゼルが無邪気に声をかけた。
「クラウドの席に座ってもらったら良いじゃん!」
デンゼルも、クラウドの席に対しては断固たる思いを持っている。
事実、今まで他の客が待ちぼうけをしていたり、意味ありげにその席をほのめかしきた客には「予約があるのですみません」と、頭を下げていた。
そのデンゼルが、クラウドの席を勧めている。
それだけ、デンゼルの中でのエリックは大きい存在なのだろう。
…どうしよう…。
…デンゼルとマリンがお世話になっている人だから、クラウドも「良い」って言ってくれるかしら…。
…クラウドは、許してくれるかしら…。
…きっと、「駄目」だなんて、言わないわよね…?
ティファの心が、デンゼルの意見に傾き掛けた時、マリンの高い声が響いてきた。
「駄目よ!あそこはクラウド以外座っちゃ駄目なんだから!」
キッ!とデンゼルを睨みつけ、「そうでしょ?」とティファに問いかける。
「何だよ、良いじゃん。クラウドだって俺達がエリックの兄ちゃんの話をしてる時、いっつも『そのうちちゃんとお礼がしたいな』って言ってるじゃないか!」
「でも、それとこれとは別なの!大切な事はきちんと最後まで守らなきゃ駄目なの!」
唇を尖らせるデンゼルに、マリンはそうはっきりと言い切った。
そんな子供達を見て、ティファは苦笑しながら、
『やっぱり、私にはこの子達がいないと駄目ね』
と、胸の中で呟く。
誰よりも彼を大切だと…、特別だと…、愛しいと想っているのに、こんな場面に出くわすたび、自分よりも子供達、特にマリンの方が『気持ちがしゃんと』していると感じてしまう。
『いつまで経っても、私って駄目ね…』
と、情けない気持ちになりながらも、それを押し殺し、子供達が言い合うのをややオロオロしながら見守っていたエリックに向き合った。
「ごめんなさい。今、満席なので少しお待ち頂けますか?その代わり、今夜は日頃のお礼も兼ねておごっちゃいます!」
そう言うと、店の入り口に設けてある待合用の椅子に案内した。
「そんな、良いですよ。ちゃんと払いますから…」
エリックは少々慌てた様に手を振り振り、待合用の椅子に腰を下ろす。
そして、のんびりとした眼差して、改めて客で賑わう店内を見渡した。
「いや〜、噂には聞いていましたが、本当に素敵な雰囲気のお店ですね。もっと早く来たかったなぁ」
「フフ、ありがとうございます」
「だろ!?良い店だろ!?」
「うん。本当に良いお店だよ」
エリックの賞賛の言葉に、デンゼルは嬉しそうに、そして誇らしそうな顔をする。
マリンも、素直にニッコリと笑い、嬉しそうにティファを仰ぎ見た。
ティファも嬉しく思いながらも、他の常連客達の視線を感じ、気を引き締めた。
「さぁ、二人共。他のお客様が呆れてらっしゃるわよ。仕事に戻ろっか?」
「「はぁ〜い!」」
子供達は、それぞれエリックに笑いかけると、自分達の仕事に戻って行った。
ティファも、軽く会釈をしてカウンターへと足を向ける。
三人がエリックの前からいなくなった時、一人の客が面白げな口調で彼に声をかけた。
「いやぁ、今日は珍しいものが見られるかと思っていたが、残念だったぜ」
「?」
わけが分からずキョトンとするエリックに、その客は、
「予約席に、とうとう旦那以外の男が座る日が来たのかと思ったのによ〜」
と、ヘラヘラ笑って見せた。
「旦那…って、クラウドさんの事ですか?」
「おう!知ってるのかい?クラウドの旦那の事を」
「いや、直接お会いした事は無いですが、デンゼル君がよく話してくれるので。デンゼル君にとって、クラウドさんはヒーローの様な存在なんですよねぇ」
「そうとも!勿論、クラウドの旦那は正真正銘、世界のヒーローなんだがよ!これが良い男なんだよな〜。同じ男として、心底惚れるね!」
「ああ、そんなに素敵な人なんですか。凄いですねぇ、今夜は帰って来られるんでしょうか?ぜひお会いしたかったんですが…」
「どうかねぇ…。旦那は忙しいお方だからよ…」
「そうみたいですね…。いつもデンゼル君とマリンちゃんが話をしてくれるんですが、本当にお忙しくしてらっしゃるそうで…。でも、どんなに忙しくしていても、家族をないがしろにはしない、本当に素晴らしい人だそうで…」
エリックの言葉に、その客は
「へ〜、ここの坊主と嬢ちゃんがそんな話をしてるのかい?」
と、目を丸くする。
「ええ。デンゼル君もマリンちゃんも、いつも嬉しそうに話をしてくれるんですよ。クラウドさんの事が大好きなんだなぁ、って話を聞いてていつも羨ましく思っちゃうんですよね」
ニコニコと話をするエリックに、その客は感心したような顔をした。
「へ〜!あんた、かなり子供達に好かれてるんだな。いや、全く羨ましいね」
「はは、僕自身が子供達が大好きなので…。きっとそのせいでしょうね。子供達が懐いてくれるのは」
その客は、聞き上手でどこまでも笑顔のなエリックに非常に気を良くした様だった。
陽気な声で嬉しそうに笑いかける。
「あんた、話が分かるじゃないか。どうだ?俺のとこのテーブルに寄らないか?ちょっと狭くなるだろうけど、我慢すればどうって事ないぜ?」
そして、エリックの返事を待たずにカウンターのティファを呼びつけ、エリックと同席したい、と申し出た。
彼の座っているテーブルは、二人分には少々狭いが、詰めれば確かに我慢出来る。
ティファはこの申し出に感謝し、エリックを見た。
彼の意思を確認する為だ。
エリックは驚いていたようだったが、すぐに笑顔になると「では、よろしくお願いします」と、彼に頭を下げ、それまで座っていた待合用の椅子を運んでテーブルに着いた。
エリックとその客、クレーズはすぐ意気投合した。
ティファは、カウンターの奥で忙しく注文の品を作り上げながら、二人の談笑する姿にホッと胸を撫で下ろした。
クレーズは、少々気分の波が激しく、他の常連客と酒の勢いで口論した事があったからだ。
しかし、根は良い人間で、良いが醒めると口論した相手に平身低頭して謝罪するのである。
相手も、そんな彼の気質を知っている為、これまで特に大きな問題は起こっていなかった。
しかし、エリックは今日初めてセブンスヘブンに来た新顔だ。
そんな事は知る由もない。
それに、エリックはデンゼルとマリンに良くしてくれている、言わば恩人である。
その恩人が不愉快な思いをしないかどうか…、気に病むところであったのだ。
その為、二人の談笑している姿を見て、ティファは自分の心配が杞憂に終わる様子に、安堵の溜め息を吐くのであった。
そんなティファの視線の先では、エリックとクレーズが笑いながら料理を食べ、楽しそうに話し込んでいる姿があった。
時折、他の常連客達もその話の輪に加わり、どっと笑い声が上がったりしている。
デンゼルとマリンも、その光景に嬉しそうな顔をするのだった。
やがて、二人のテーブルの料理が無くなりかけた時、デンゼルが顔をパッと上げ、店のドアを振り向き、嬉しそうに駆け出した。
その姿に、マリンとティファは耳を澄ませる。
二人の耳に、やや遠くからバイクのエンジン音が届いてきた。
マリンもパッと顔を輝かせると、ティファを見た。
目で、自分も言って良いか訊ねるマリンに、ティファはニッコリと笑って軽く頷いて見せる。
マリンが嬉しそうにお盆をカウンターに置いて、パタパタとデンゼルの後を追いかけていく後姿に、ティファはほんの少しだけ顔を曇らせた。
彼が、何かを隠している…。
そう思うたびに、胸が鈍く疼く。
ティファは、周りの客達に悟られる事なく、その不安な気持ちを押し殺し、いつもの笑顔を貼り付けて待った。
誰よりも大切な人が、店のドアを押し開けて帰宅するのを…。

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