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The bonds between he and her 4



 クラウドは、自室に戻った今も激しく動揺していた。
 今しがた、ティファと口論した事が信じられない。
 夢の中の出来事か、自分以外の誰か他の人間がした事の様に感じる。

 そう…、口論するような事ではなかったのだ。
 100%自分が悪い。
 ただ、彼女に「エリックさんと何かあったの?途中から凄くムスッとしてたけど…」と、心配されただけ…。
 しかし、彼女にそう言われた時、言葉に出来ない苛立ちめいたものに胸を焼かれ、つい「別に」と、つっけんどんに答えてしまったのだ。
 しかし、そんな自分をますます心配そうな顔をして「でも…」と何かを言おうとした彼女に、「何でもない!今日は疲れたから、悪いけどもう休む」と言い捨てて、背を向けてしまった。


「何で俺って奴は…」
 ベッドに座り込み、自己嫌悪のあまり頭を抱え込む。
 自分に背を向けられた彼女がどれ程傷ついたか、痛いくらいに感じる。
 自分も心配して声を掛けたのに、彼女に背を向けられたらどれ程傷つき、更に心配する事だろうか…?

 きっと、今頃彼女は傷つき、とても悲しんでいる。
 それでも、営業中であるが故にその辛い気持ちをグッと堪え、店内にいる客に笑顔を見せながら、最後の客が帰るまで頑張り続けるのだろう。

 そう考えると、ますますクラウドの思考は暗い深みにはまり込んでしまうのだった。


 クラウドの予想したとおり、ティファは最後の客が帰るまで頑張り通した。
 ショックを受けた初めの頃こそ、料理を焦がしてしまったが、逆にその事によって己を取り戻したのだ。

「勿体無いことしちゃったな…」
 台無しにしてしまった料理を片付けつつ苦笑すると、自分と同じ様にショックを受けて立ち尽くしている子供達に、「もう、今日はお手伝い良いよ。いつも毎日有難う」と、笑顔を店、顔に不安を貼り付けている子供達それぞれに、お休みのキスをして子供部屋へと促した。

 心配そうな顔をしつつも、素直に従う子供達に微笑みかけ、その後姿を見送ってから気合を入れなおす。
 だが、客のほとんどが常連だった為、そんな彼女に気を利かせていつもよりも早く引き上げてくれた。
 ティファは、心苦しく思いながらも、常連客みんなの心遣いに感謝した。

 本当に、この店には素敵な人達ばかりが集まってくれる。
 そう実感した。

 最後の客が、クレーズとエリックだった。
 クレーズは、「まぁ、人生色々さ!」と、ニッと笑いながら励ましてくれた。
 その隣では、最後まで晴れない顔をしていたエリックがいたのだが、ティファの「是非また来て下さいね」との言葉に、「はい、もちろんですよ。これからもよろしくお願いします」と、ニッコリと微笑んで答えたのだった。
 その笑顔は、ティファの胸の中のもやもやしたものを、少し取り払ってくれる温かな微笑だった。



 閉店後、一人で店の後片付けをしているティファの耳に、階段から誰かが下りてくる足音が聞えた。
 誰か…?
 振り返らなくても分かる。
 この足音は…。

 ティファは、その足音の持ち主を振り返る事も、テーブルを拭く手を休める事もしなかった。
 腹を立てているのではない。
 正直、彼と顔を合わせるのが怖かったのだ…。
 最近の彼の態度を考えると、彼と気まずい口論をした後の今は尚更、顔を合わせるのが怖かった。

 少しの沈黙の後、俯いてテーブルを拭き続けるティファに、漸くクラウドは、
「さっきはごめん」
と、なけなしの勇気を振り絞ったかのような声を出した。
 その言葉に、背を向けたままテーブルを拭き続けていた手が止まる。
 しかし、ティファは振り向かない。

「あ、あの、本当に悪かった。その、何て言ったら良いか…。エリック…、彼とは何にもなかったんだ。って言うか、俺が勝手に彼に妬いただけで、その、いつまで経っても俺は大人になれないから…、ついイライラして…、それでティファに八つ当たりしたんだ…、本当にごめん…」
 必死に彼女の背に向かって言葉を続けるクラウドに、背を向けたままのティファが小刻みに震えだす。クラウドは、ギョッとした。
 そんなクラウドに、ティファは振り向かずに口を開いた。

「クラウド、最近何か隠してるでしょ…?」
「え…!?」

 ティファの想像していなかった言葉と震える声に、思わずクラウドは後ずさる。
 そんなクラウドに、ティファは向き直らずに背を向けたまま、更に言葉を重ねた。
「何か心配してる事があるんでしょ…?それも、私には言えない様な事…」
「あ……その」

『やっぱり勘付かれてたのか…』
 バツの悪い思いを抱きつつ、ティファの震える声、背を向けた姿に狼狽する。

 黙りこんだクラウドの気配を背中に感じ、ティファもまた、ここ最近感じていたものが、勘違いで無いと確信した。

 しばしの沈黙が二人の間に漂った。
 クラウドは、相変わらず背を向けたままのティファに、小さく溜め息をこぼし、意を決して口を開く。
「確かに、ティファに隠しえてる事がある。でも…、ごめん。まだ言えない…」
「どうして…?」
 ティファの当然なされた問いに、しばし考える。
「……俺自身がどう対処して良いのか分からないから…」
「………私は頼りにならない…?」
 ティファの沈んだ声に、クラウドは焦りから、つい大きな声を上げた。
「そんな事無い!ただ…」
「ただ……?」
「………出来れば、何とかティファの手を借りずに…と、思って…」
「…………」
「………ティファ…?あ、あの…」

 何も言わず、再び黙り込んでしまったティファの背に、クラウドはどうして良いのか分からず途方に暮れた。
 と、その時…。

「プッ…、ククク……もう駄目…」
「え!?」
 ティファは何と笑いを堪えて振り向いたではないか。
 ポカンとするクラウドを見て、更にティファはお腹を抱えて笑い出した。

「も、もう駄目!クラウドったら焦っちゃって…もう、可笑しくて…」
「あ……」
 先程から、ティファが小刻みに震えているのは泣いているせいだ思っていたのだが、どうやら笑いを堪えていた為だという事が分かり、クラウドは安心したと同時に体から力がガクッと抜けるのを感じた。
「な、何だ…泣いてたんじゃなかったのか…」
「フフ、ごめんね、びっくりさせて」
 椅子に力なく座るクラウドに、ティファは悪戯っぽく舌を覗かせながら肩を竦めた。
 そして、クラウドの真正面に立つと、クラウドの顔を至近距離で覗き込んだ。
 その目は、たった今まで笑っていたとは思えないほど真剣な眼差しで、クラウドは息を呑んだ。
「でも、クラウドが最近悩んでる、それを心配してるのは本当よ…」
「……ごめん」
「でも、良いわ。どうせクラウド、教えてくれないでしょ?クラウドったら意外と頑固だもんね」
 諦めたように笑って見せるティファに、クラウドは申し訳なさそうな顔をする。
 そんなクラウドに、ティファは溜め息を吐くと、腰に手を当てた。
「でも、いつかは絶対に教えてよ?本当は一人で悩まないで欲しいんだって思ってる事、忘れないでね?」
「……ああ、本当にごめん…」
「良いよ、本当に。それよりも、何か食べる?何も食べてないでしょ?」
「ああ、すまない」

 ニッコリと微笑みながらカウンターに向けて歩くティファの後姿を見送りながら、クラウドは改めて、
『ティファには敵わないな…』
と、思うのだった。
 本当は、聞きたくて仕方ないだろうに、それでも自分のわがままを優先させてくれる。
 そんなティファに、心から感謝すると同時に、そんな彼女を…、そして子供達を必ず守ってみせる…そう決意するのだった。


「ところで、クラウドは一体何に妬いてたの?」
「え?」

 ティファが手早く用意してくれた夜食に舌鼓を打っていると、唐突にティファが質問をした。
「ほら、さっき言ってたでしょ?『エリックさんとは何もない、俺が勝手に妬いただけ』って」
「あ…」

 先程のやり取りを思い出して、クラウドは少々バツの悪い顔をした。
 そんな彼を、ティファはキョトンとして見つめる。
 何となく言いたくない気分だったが、たった今、隠し事をそのまま許してくれた彼女に、これ以上隠し事をするのは何とも気が引ける…。
 そう思い、少し躊躇ってからクラウドは口を開いた。

「……その、くだらない事なんだが…。俺の知らないデンゼルやマリンが、俺の知ってる二人よりも自然な姿なんじゃないかって思えて…さ…」
「え?」
 クラウドの答えに、ティファは目を丸くした。
 クラウドはそんなティファに、顔を赤くする。
「べ、別に、普段のデンゼルとマリンが不自然だって言ってるんじゃないんだ。ただ、こう、何て言ったら良いのか分からないんだけど、俺に見せてくれる二人の姿よりも、彼が見た二人の方が、こう、何て言うか…、子供らしいっていうか…、歳相応っていうか…。うん。そんな気がしてさ。……ようするに、悔しかったんだな…そんな二人を見てる彼が羨ましくて…さ」
 口ごもりながらも一気に言いのけると、盛大に溜め息を吐く。
「本当、俺っていつまで経っても成長しないよな…」

 ぼやく彼に、ティファは声を上げて笑い出した。
 その笑い声は明るく、笑顔は温かく…。
 久しくまともにそのティファの姿を見ていなかったクラウドは、初めこそ少々面白くなさそうな顔をして見せたが、やがて釣られて笑い出した。

「本当に、クラウドってクラウドよね」
「何だよ、それ」
「だから、クラウドっていつも自身が無いんだなぁって。こんなにもクラウドの事を想ってくれる可愛い子供達が、一体どこにいるって言うのかしら」

 笑いすぎて涙目になりながらそう言うティファに、クラウドは「本当にな」と、頷きながら苦笑した。
「それに…」
「それに?」
「………」
「ティファ?」
「……じゃない……」
「え?ごめん、なんて言ったんだ?」
 ボソボソと俯いてこぼすティファに、クラウドはキョトンとした。
 ティファは、真っ赤になりながら顔を上げると、
「もう!だから、私だってこんなにクラウドの事を想ってるじゃない、って言ったの!」
何度も言わせないでよ、恥ずかしいんだから…!

 そう言って、首まで真っ赤になりながら、同じく顔を真っ赤にさせるクラウドに背を向け、空いた食器をカウンターに持っていく振りをして逃げ出した。
 その後姿に、クラウドは先程まで胸に巣食っていた鈍い痛みが、スッと消えるのを感じずにはいられなかった。

 カウンターの中で、やや乱暴に食器を洗っている彼女に近づき、そっと抱きしめる。
「ありがとう…」
「……どういたしまして…」

 少し体を離して目を合わせると、自然に互いの顔に笑みが浮かぶ。
 そして、そのままゆっくり抱きしめあってお互いの存在を確かめる。

 決して、この腕の中の温もりを失いたくない…。

 二人は久しぶりに何の気まずさもなく、微笑み合った。

 そんな幸福な中、ティファは願わずにはいられなかった。

 クラウドの抱えている悩みを、自分も背負って一緒に解決したい。

 と。



 そのティファの願いが叶うのは、二人が予想も出来ない程、目の前に迫っていた。