The bonds between he and her 5



 久しぶりにクラウドと心から笑い合えた翌日の朝食は、いつもよりもほんのちょっぴり豪華だった。

 満面の笑みで朝の挨拶をするティファに、子供達はホッとし、笑顔で挨拶を返す。
 そんな子供達の表情に、ティファは『もっとしっかりしなくっちゃ!』との決意を新たに、朝寝坊をしているクラウドを起こすべく、寝室へ向かった。

 ティファが階段を上り切り、寝室へとその姿が消えたのを確認すると、デンゼルとマリンは声を潜めて囁き合った。
「良かった〜。クラウドとティファ、あれから仲直り出来たんだな」
「本当に…。特に最近、クラウド何か変な感じだったから、昨夜は心配しちゃった!」
「へ?そんなにクラウド、何か変だったかな?」
「もう、デンゼルは相変わらず鈍いわね。ずっと、ティファに対して変な感じだったじゃない!」

 ひたすら首を秘めるデンゼルに、マリンは溜め息を吐いた。
 …マリンが鋭い感受性を持っている事は、勿論棚に上げている。

 二人がそうこう囁き合っていると、何故か顔を赤くしたティファと、うっすら笑みを浮かべたクラウドが下りて来た。
 そして、そんな二人の仲睦まじい姿に、『確かに久しぶりかも…』と、デンゼルはマリンの言葉を理解したのだった。
 そのまま四人は、久しぶりに心から楽しい食卓を囲み、幸せな家族の時間を過ごした。



「じゃ、行って来る」
「うん、気をつけてね」
「行ってらっしゃい!」
「何か珍しい物あったら、お土産買ってきてよ!」
「もう、デンゼルっったら!クラウド、そんな時間あったら早く帰ってきてね」
 デンゼルの無邪気な言葉に呆れたような顔をしてピシャリと言うマリンに、クラウドは頬を緩めると、子供達の頭に手を置いた。
「はは、マリンはお母さんみたいだな。大丈夫だ、今日の配達は二件だけで、二件ともジュノンだからな。帰るのは多分夕方だ。土産を見て回る時間くらいあるさ」
 クラウドはそう言って、嬉しそうな顔をするデンゼルと、ニッコリ笑うマリンの頭を数回ポンポン叩くと、同じ様に微笑んでその光景を見ているティファに向き直り、ティファが何か言う隙を与えずにその頬にキスを送った。

 普段なら子供達の前で決してしない行動に、ティファはいつも以上に顔を真っ赤にし、目を白黒させた。
 驚きのあまり、声も出せずに口をパクパクさせているティファを愛おしそうに見つめ、同じく目をパチクリさせている子供達に軽く手を振ると、クラウドはほんのりと赤くなった顔を隠すようにゴーグルを装着し、慌ただしくフェンリルに跨って仕事に行ってしまった。

 子供達は、そんなクラウドの後姿を無言で見送ったが、やがてその姿が視界から消える頃、ニッコリと微笑み合って、自分の事のように嬉しそうな顔をした。
「良かったね、ティファ!」
「あの奥手のクラウドが『行ってきます』のキスするなんて!よっぽど今日はご機嫌だったんだな!」

 やや興奮気味な子供達に、ますます顔を赤らめ、ティファは逃げるように踵を返しながら、
「も、もう!二人共、いつの間にそんなにおませさんになったの?ホラ、朝ごはんの後片付けがまだなんだから、二人共手伝ってね!」
と、早口で言いながら、さっさと店の中へ戻ってしまった。

 そんなティファの様子にデンゼルとマリンは、可笑しくて、楽しくて、嬉しくて仕方がない気持ちで一杯になり、踊る様な足取りでティファの後に続くのだった。



「じゃあ、行ってきまーす!」
「行ってらっしゃい、あまり遅くならないように帰ってきてね」
「うん、分かってるって!」

 片づけが終わり、子供達を笑顔で送り出すと、ティファは大きく伸びをした。
『今日は天気が良いから、皆のベッドマットを干したいな』
『今夜のお店のメニューはどうしようかな?』
『クラウドが早く帰って来たら、夕飯までに何か軽くつまめるものでも作ってあげたいな。何が良いかしら…?クラウドならきっと『何でも良い』って言ってくれるんだろうけど…』
 などなど、弾む胸に幸せを一杯に詰め込んで、店の中に戻ろうとした時、ふと『それ』が目に留まった。

 それは、新聞受けから端が少しはみ出しており、朝食の前に新聞を取った際には無かった物だった。
 茶色の紙は、手にとってみると手作りの封筒だと分かった。
 手作り独特の『歪み』や『折り目のズレ』が見受けられる。

『いつ届いたのかしら…?』
 ティファは首を傾げた。
 朝、クラウドを見送った時にも無かった気がするが、ただ単に気付かなかっただけかもしれない…。
 そう、今朝、彼が出勤する時に『あんな』事をしたから気付かなかっただけ…かも…。
『あわわ…』
 今朝の『行ってきますのキス』を思い出して、ティファは顔を真っ赤にさせた。
 一人真っ赤になりながら、頬を押さえる。
 その姿に、数人の通行人がキョトンとしながら通り過ぎたが、当然そんな事に気付かない。

 とりあえず店に戻り、ティファはしげしげとその封筒を眺めた。
 封筒の裏と表を見るが、差出人は書いておらず、ただ表に『ティファ・ロックハート様へ』とワープロで印字されているだけであった。

 差出人が書いてない事にどことなく不快感と不安を感じつつ、ティファは封筒を開けて中身を取り出した。


「え!?」


 中身を見て思わず声を上げる。

 テーブルの上にバサバサと落ちたのは、全て写真だった。
 数十枚はあろうかというその写真全てに、クラウドが写っている。
 しかも、彼の隣には……。


「誰、この人…」


 若い女性…しかも、かなりの美人が写っていた。
 何枚もの写真は、様々な背景をバックとしてクラウドとその女性を隠し撮りしたようなものだった。
 何故なら、二人がカメラを向いて取った写真がただの一枚も無い。
 そして、そんな二人の姿は、隠し撮りであるからこそ非常に自然体に写し出されていた。
 そう。写真の中のクラウドとその女性は、クラウドの事を信じているティファの目にも『恋人同士』としか見えないものばかりだったのだ。

 豊かな栗色の髪を上品にアップにし、大きな黒い瞳は真っ直ぐにクラウドに注がれている。
 クラウドも、その女性に穏やかな笑みを浮かべていて…。


 ティファは、震える指先で何枚もの写真を見せのテーブルに広げ、どこかに『クラウドではない他人』を見つけようと、嘗めるように見つめた。
 しかし、見れば見るほど、その写真の人物が自分の知っている『彼』でしかない事実に、ティファはわななく口元を手で覆った。
 自分でも気づかないうちに、力なく椅子に座り込む。

「嘘よ…こんなの…!」

 震える声が、シンとした店内に響く。
 荒くなる息遣いが、不快に耳の奥にこだまする。
 ドクドクと激しく打ち付ける鼓動…。
 霞む視界…。

 ティファは、混乱する頭を必死に整理しようとカウンターの中によろめきながら入ると、勢い良く蛇口を捻って水をグラスに注いだ。
 そのまま一気に水を飲み干し、激しく上下する胸に手をやりながら、定まらない視線をカウンターから少々離れた場所にあるテーブルの上に投げる。


『確かに、ティファに隠しえてる事がある。でも…、ごめん。まだ言えない…』

 昨夜のクラウドの言葉が甦る。

『……俺自身がどう対処して良いのか分からないから…』

 彼の言っていた『どう対処したら良いのか分からない』とは、この事だったのだろうか…?
 自分か、この写真の彼女のどちらを選ぶべきなのか迷っていると…、そういう事なのだろうか?

「そんな…!」

 自分の考えに愕然とする。
 もしも、彼がその事で悩んでいたのなら、最近の彼のよそよそしさの説明がつく気がする。

 もし、彼が自分ではなく、写真の彼女を選んだら…?
 もしも、そうなったとしたら、この先どうしたら良いのだろう…!?
 もう、彼のいない生活など、考えられないというのに…!!

 ティファは、テーブルに戻ると力なく写真を眺めた。
 その霞んだ瞳は、テーブルに散乱している非情な光景のどこかに、救いを求めているようだった…。


 そして…。

 その日の夕暮れ、朝の約束どおりにクラウドは帰宅した。



 帰宅したクラウドは、店の扉に掛けられた『臨時休業』の札に眉をひそめた。
 急に誰か体調でも崩したのだろうか?
 それとも、何か急用でも出来たのだろうか?
 どちらにしろ、もしも何事かあったのなら携帯に一報あるはずなのに…。

 首を傾げつつも、クラウドは嫌な予感が胸に広がるのを抑えられなかった。
 彼女にずっと打ち明けられない問題が脳裏をよぎる。
 昨夜は彼女に詰め寄られてどうしようかと思ったが、物分りの言い彼女は暫く話が出来ないという自分の我が儘を許してくれた。
 しかし、何か状況が変わったのだとしたら…?

 不安で胸を満たしたクラウドが店内に足を踏み入れた時、真っ先に迎えたのはマリンとデンゼルの歓声だった。
 二人共、いつも以上に顔を輝かせ、目をキラキラさせている。

「「おかえり、クラウド!」」

 声を揃えて自分を出迎えてくれる子供達に、クラウドは不安が少し紛れる気がした。

「ただいま、二人共。ところで…」
 ティファは?と、彼女の事を聞こうとした矢先、ティファが満面の笑みで階段から下りてきた。

「おかえりなさい、クラウド」
「ああ、ただいま」

 ティファの表情にホッとする。
 彼女は嘘が苦手だ。
 もしも、何らかの異常があったのなら、こんな笑顔で自分を出迎える事など出来やしない…。

 胸に広がっていた不安が、ティファの笑顔によって払拭されたクラウドは、仕事で汗と埃にまみれた体を洗い流すべく、浴室へ向かった。
 その自分の背中に、子供達が「お話したい事があるから早く戻ってきてね!」「クラウド、すぐだよ、すぐ!!」というはしゃいだ声がかけられる。
 振り向きながら手を振って、クラウドは子供達の希望通りにさっさとシャワーを浴び、濡れた髪のまま家族の元に戻った。



「それで、今日はどうして休んだんだ?」
「フフ、お昼ごろにバレットから連絡があってね」
「バレットがゴールドソーサーに連れてってくれるんだ!」
「油田のお仕事が一段落したんだって!
「おまけに、ウータイの忍者の姉ちゃんの家にも寄って、ウータイ料理を沢山食べさせてくれるんだってさ!」
「それで、シドおじさんが飛空挺で送り迎えしてくれるの!」
「そうそう、ゴールドソーサーに二泊して、ウータイで二泊して、シドのおっちゃんの飛空挺巡りツアーの三泊で計七泊の大旅行なんだ!!」
 臨時休業の理由を訊ねるクラウドに、ティファが説明をし始めると、子供達が矢継ぎ早に口を開いた。
 嬉しくて仕方ない二人の子供達の思わぬ言葉の数々に、クラウドはびっくりしてティファを見た。
 ティファは、クスクス笑いながら頷くと、
「そうなの。びっくりでしょ?」
と、言うと、満面の笑みの子供達と「ねー!」と声を揃えた。
「父ちゃんが、シドのおじさんとユフィおねえちゃんとナナキに声を掛けてくれて、皆でお泊りしたり、沢山遊んでくれるんだって!」
「え!?ナナキまで!?」
「うん!俺、もう今から明日が待ちきれないよ!!」
「そう。だから、今夜はお店お休みして、明日の備えて早く休まなきゃいけないのよ」

 ティファはそう言って、嬉しそうな子供達に優しい眼差しを向けた。
「バレットが…。また急な話だな…」
「バレットが急に何か言い出すなんて、いつもの事でしょ?」
 そう微笑む彼女に、クラウドも笑みを返した。
「でも、そうなると俺は今回不参加か…。残念だな、もっと早く分かってれば仕事のスケジュールを調節出来たのに…」
 そう言って本当に残念そうなクラウドに、ティファは思わず吹き出した。
「フフ、そうね。でも、行くのはデンゼルとマリンだけなの。チケットが子供達とバレット、シド、ユフィ、ナナキの分しか手に入らなかったんだって」
「え!?ティファは行かないのか!?」
「うん。それにそもそも長い間お店を休みたくないし…。クラウドもお仕事長期間休めないでしょ?」
「いや、確かにそうだけど…。でも、ティファも二泊くらいなら休めるだろ?ゴールドソーサーだけでも子供達と一緒に過ごしたらどうだ?それくらいの金なら俺達で負担できるだろう?」

 クラウドのこの言葉に、子供達は呆れた顔をした。

「もう、鈍いなぁ、クラウドは!」
「久しぶりに二人きりにしてやろうっていう、バレットと俺達の心遣いがわかんないわけ!?」
「そんなんじゃ、いつまで経ってもティファが幸せになれないよ!」
「そうそう!そのうち、他の誰かに攫われちゃうぞ!」
「そんな事になったら、私もデンゼルもどうすれば良いの!?」
「俺、ティファ以外の母さんなんて、絶対にイヤだからな」
「私だって、クラウド以外のお父さんと一緒に暮らすなら、父ちゃんとこに意地でも戻っちゃうんだから!!」

 子供達が捲くし立てる言葉の数々に、クラウドとティファも絶句し、耳まで顔を真っ赤にさせて俯いた。

 本当に、我が家のお子様達には敵わない…。



 明日の事で、子供達は終始興奮し、夕食をいつもより賑やかで楽しいうちに終えると、早々に寝室へと引き上げた。

 嵐の去った後の様に急に静かになった食堂で、クラウドとティファは食後の珈琲を楽しんでいた。

「子供達のはしゃぎ様は凄かったな」
 苦笑しつつ言うクラウドに、ティファはそれまでとは打って変わって真剣な眼差しを向けた。
 そして静かに口を開く。

「あのね、嘘なの」
「嘘?」
「バレットが昼間に電話をくれたんじゃないの。私がバレット達に無理にお願いしたの…」
 ティファの言葉の意味が分からず、戸惑っているクラウドに、ティファはそっと隠し持っていた茶色の封筒を取り出した。
 そして、怪訝な顔をするクラウドの目の前で中身をテーブルの上にバサバサとひっくり返した。


 驚愕のあまり目を見開き、息を呑む。
 クラウドの視線の先には、クラウド自身と若い女性の仲睦まじい姿が写された写真が、店内の照明の下で無情に散乱していた。