「本当は…」 「……『本当は』なぁに?」 「…いや」 「クラウド?」 「バカなことを考えた。忘れてくれ」 「……聞きたいって言っても…?」 「俺は聞かせたくない」 「…クラウド」 「……」 「……」 「……このまま」 「…?」 「……このまま帰らないで、2人で一緒に逝くのも悪くないか…と。一緒に逝きたい…と、つい…」 「…クラウド…」 「バカなことだと分かってる。デンゼルとマリンがいることもちゃんと分かってる。分かってるんだ…」 「……」 「ごめん、俺は結局自分のことしか考えていない。ティファがこれ以上苦しむ姿も、痛い思いを味わうことも、死の恐怖に晒されるのも…何も見たくないんだ。だからそうなる前に…置いて逝かれる前に…一緒にって…」 「……」 「ツライのは俺じゃ無くてティファなのにこんなこと言って…すまない」 「……しい」 「…え?」 「…嬉しい…」 「……」 「嬉しいよ…クラウド」 「…っ」 「私…もぉ本当に…、こんなに嬉しくてどうしよう…」 「…ティファ」 「嬉しい、幸せ…すごい…すごい幸せ!」 「……」 「…っ…やっぱり…やっぱり私、…にたく…い」 「え…?」 「死に…たくない…」 「!」 「死にたくない、死にたくないよクラウド…!」 病に侵されてようやっと吐き出した本心・本音。 それは苦しみと恐怖、嘆きをない交ぜにした血を吐かんばかりの痛烈さで…。 再び泣きじゃくるティファをクラウドは胸が掻き毟られる思いを味わいながらただ抱きしめることしか出来なかった。 己の無力さに気も狂わんばかりになりながら…。 時の剥落 8「…それ、本当…?」 皆が凍りつく中、ナナキは仲間や子供たちの疑問を代弁するかのように突如、嵐のようにやって来た巨漢の仲間へ問うた。 バレットは浅黒い顔を興奮にやや赤らめながら、目を輝かせて「おうよ!間違いねぇ!」と、吠えるように答えた。 「WROが誇る医学界の権威の太鼓判だ!そりゃ、末期状態だから完全に治ることはないだろうがよ、それでも出来ることをした方がいいに決まってる!少しでも長く元気で…それがティファと俺たちの望みだ!まさにその望みが叶う方法があるってんだ、神様ってぇのは本当にいやがったんだなぁ!!」 感極まって涙ぐむバレットに、呆けていたマリンとデンゼルはゆるゆると顔を見合わせた。 徐々に歓喜の色がその幼い顔に浮かぶ。 ユフィとナナキも同様だ。 ゆっくりゆっくり、希望がその目に宿り輝きだす。 だが、シドとヴィンセントは訝げな目をバレットに向けるばかりだった。 バレットは自分がもたらした吉報を素直に喜ばないシドたちにあっという間に上機嫌から不機嫌へと感情を転落させた。 眉間にしわを寄せ、睨みつける。 「おいおいおい!なんだってんだ、せっかく俺様自らが足を運んでいい知らせを持ってきてやったって言うのによその目は!」 「バレット、リーブはなんて言っていた?」 がなるバレットを無視するようにヴィンセントは冷静そのものの口調で問う。 バレットは「けっ!」とそっぽを向いて舌打ちをすると忌々しげに口を開いた。 「あの頭の固いワーカーホリックはほっときゃいいんだ」 「ってことは、リーブは反対ってこと?」 希望に輝き始めていたユフィが途端、曇った声を出す。 ナナキも喜びから不安へとその表情を変えるように耳を垂らした。 デンゼルとマリンも同様だ。 不安げに大きな瞳を揺らめかせ、ジッと見つめてくるその姿にバレットは意気揚々とセブンスヘブンを訪れた舞い上がるような心地を一気に急落させた。 「お前ら、俺の言うこと信じねぇのかよ!ティファを助けたくないのか!?」 「バカ言うな。助けたいに決まってんだろうが」 期待していた反応ではないばかりか訝しげな目を向けられ、まるで裏切られたような気分がする。 苛立ちからつい愚かなことを口走ったバレットだったが、仲間はその暴言に対し、怒りを発することはなく逆に諭すような、呆れたような口調で返された。 「ティファを助けたいと思っていない奴がこの中にいるなんておめえも本気で思ってねぇだろ?」 うぐっ、と言葉に詰まると、改めて突き刺さる愛娘の視線に居心地悪い気持ちに襲われる。 明らかに失言だった。 苛立ちに任せて吐き出した暴言。 仲間たちは幸いにして怒っていないようだが、子供たちの見透かすような真っ直ぐな瞳はかなり厳しい…。 だから、バレットは早々に白旗を揚げ、「悪かった…」とぼそぼそ呟くと、ドッカと椅子へ座りこんだ。 ナナキが慰めるようにその足へ擦り寄るようにして床にへたり込む。 「それで…その教授?だっけ、いったい何をどうやってティファの治療をするって言ってんの?」 行儀悪くテーブルに頬杖をつくユフィに、バレットは難しい顔をした。 「なんか俺もうまく説明出来ねぇんだがよ。こう、動脈からカテーテルっつって管を突っ込んで、直接ガン細胞に抗癌剤を注入する、って言ってたなぁ」 「………動脈って…どこのさ」 「足の付け根だってよ」 うげっ!と、思わず呻いたのはユフィ。 子供たちは顔を引き攣らせ、呻き声すら出ない。 ナナキは全身の毛をブルリッ、と震わせ、シドとヴィンセントは眉間のしわを深くした。 「それで、その抗癌剤の直接投与は一体どういう効果があると言っている?」 バレットは当然過ぎるヴィンセントの問いに「それがなぁ、イマイチわかんねぇんだ…」と、言いにくそうにもごもご口の中でぼやいた。 はぁ?と呆れたのはユフィとシドだ。 あれだけ意気揚々と「ティファを助ける方法が見つかったぞ!」とやって来たのに、ほとんど理解出来ていなかった巨漢の仲間に呆れるなと言うほうが無理だろう。 一気に呆れた雰囲気が場を支配し居心地の悪い空気が充満した。 それらを振り払うかのようにバレットは「だがよ!」と慌てたように声を上げた。 「その、原発?っていうのか?病気のおおもとになっている肝臓と転移している内臓に直接薬を投入するんだ、多少なりとも病気の野郎の攻撃が弱まると思わねぇか?」 攻撃っておまえなぁ、とぼやいたのはシド。 ユフィと子供たちはバレットの説明に心惹かれるものがあったようだが、シドのぼやきにあっさり冷静に戻ってしまった。 大体だな、とシドの言葉は続く。 「じゃあ、どうして主治医はティファにその方法を勧めなかったんだよ、おかしいだろうが」 「おう、それはだな!」 治療法についてはハッキリ理解出来ていなかったがために説明が出来なかったバレットだったが、現主治医がティファにどうして唯一残される治療法を勧めなかったのか、それはちゃんと理解出来ていたらしい。 巨漢の男は汚名返上とばかりに勢い込んだ。 「技術力がなかったから、だそうだぜ」 「…技術力?」 ヴィンセントが不審げに繰り返す。 バレットは「おうよ」と深く頷いた。 「動脈からカテーテルを突っ込むにしても、やっぱ相当な腕が必要だろ?なにしろ動脈だ、直径何ミリあることやら。力加減を少しでも失敗してみろよ、それこそ体の中で大量出血で死んじまうだろう?確かにティファの主治医はいい医者だって評判らしいけどよ、まだ若すぎる。経験もそんなにない。だから、技術を磨くだけの医者の経験が不足してるってぇわけだ」 「自分にそれだけの腕がないからティファにその治療法を勧めなかった…と?」 「あぁ、教授はそう言ってたぜ」 得意満面にそう頷き、バレットは「それによ」と声を落とし、しかつめらしい顔をした。 「あの若先生はちょっと野心があるって噂があるらしいぜ。医学界の中でも中々注目株の若手医師らしいが、その看板が汚れてしまうかもしれないことには極端に尻込みするってよ。自分の手柄となるかもしれないことには貪欲だってぇ話だ」 まるで自分自身が現主治医のそういった醜い姿を目にしたかのような言い草に、途端、バレットは八方から白い目を向けられた。 マリンやデンゼルにまで冷たい目を向けられ、うぐりっ、と息を飲んでややのけ反る。 否が応でも自分が失言してしまったことを悟らざるを得ない。 仲間たちや子供たちの冷たすぎる眼差しにアワアワと言葉にならない声でもって言い訳を試みるが、「あのな…」と、こめかみを押さえながら苛立ちと呆れをない交ぜにしたシドによってあっさり阻まれた。 「お前、そう言えばティファの主治医にいっぺんも会う機会がなかったな」 「1度でも会ったことがあったら絶対にそんなこと言わないよ」 「先生、本当にティファのこといつも真剣に診てくれてるんだ。あんないい先生、絶対他にいないって」 「会ったことないのにその教授?だっけ?の言うこと鵜呑みにするなんて、バッカじゃない?」 「バレット…おいら、もう呆れてもの言えないよ」 シド、マリン、デンゼル、ユフィ、とどめにナナキの呆れ返った言葉にバレットは撃沈した。 だが、いつもならそのまま沈んで中々浮上しない巨漢の英雄は、「だがよ」となんとか顔を上げて仲間たちを見た。 「100歩譲って俺の聞いた噂が眉唾だったとする。だけどよ、そういう治療方法があったって説明はちゃんと受けたのかお前ら?」 ジトリとした空気が微妙に揺らぐ。 互いの顔を窺いながら、そう言えばそういう治療法があるという説明は聞いていない、と自分たちの記憶を掘り起こして結論を出したのが見ているだけで分かったバレットは、一気に気持ちを浮上させた。 そうだろ、そうだろ、おかしいだろ?と、活路を見出したかのように勢い込むバレットに、今度は仲間や子供たちの方が気まずそうな顔をした。 「そういう方法があったにも関わらず提案すらしなかった…ってぇことは、やっぱ医者として褒められるべきことじゃねぇと俺は思うぜ」 胸を逸らせるようにしてそううそぶくと、バレットはそこでようやく気が付いたようにキョロキョロと店内を見渡した。 「クラウドとティファは散歩に行っている」 バレットの疑問を察したヴィンセントが質問する前に応えると、巨漢の男は驚いた顔をしたがすぐに沈痛な面持ちで目を伏せた。 わざわざ口に出すまでもない。 仲間が誰1人、子供たちですら2人と共に行動していないことを考えただけで分かろうというものだ。 2人にとって恐らく最後となるであろう大切な時間。 ヒタリヒタリと、”その時”が近づいているのをバレットは突如として痛切に感じた。 感じるとともに、幸運にも手に出来た情報を実行へ移したいという強烈な思いに駆られる。 仲間たちが自分のもたらした情報に対し、胡散臭い思いしか抱かなかったことは分かっている。 ティファにその治療法を受けさせるつもりも、話をするつもりもないということも分かっている。 分かっているが、どうせこのまま”死”を待つしかないのなら、出来るとされていることをする方が良いではないか、という考えが急速に頭の中を支配し、その考えこそが絶対的に正しいのだと確信めいたものになるのに時間はかからなかった。 「……なぁ」 「却下だ、バレット」 「俺ぁまだなにも言ってねぇよ!」 「聞かなくても分かる。却下だ」 取りつく島どころか、口にすることすら許さないと言わんばかりのヴィンセントに、バレットはあっという間にその短気な性分を発揮させた。 勢いよく立ち上がり、唾を飛ばさんばかりに怒鳴り散らす。 「じゃあなにか?このまま死んじまうのを手をこまねいてただ見てるだけで良いってか!?」 「悪戯にティファの心を惑わす必要がどこにある?」 「惑わすとか惑わさねぇとか、そういうことを言ってんじゃねぇよ!折角、選べる道が見つかったんだ。それを選ばせてやることもしないでただ黙って死ぬのを待てって言うのかって言ってんだ!」 「バレット、そういうことが惑わすと言っている。確証も何もないのに、ただこういう方法があるがどうする?と話をするのは無責任だと思わないか?」 「何がだよ!」 「ティファも生きたいと思う気持ちはあるだろう。いや、この中でその思いを誰よりも強く思っているはずだ。そのティファに、治療するかしないかの選択肢を投げかけることは簡単だ。だが、お前はその治療をすることでメリットとなることすらよく理解出来ていない。デメリットのことを少しは考えてそう言うのか?」 バレットは悔しそうにグッと言葉を詰まらせると、目だけで殺せそうな迫力で自分を言い負かしたヴィンセントを睨みつけた。 仲間たちもその張りつめた一触即発の空気に苛立ちや焦りから腰を上げた。 いつもなら呆れや仲間同士で言い争うことへのいら立ちしかなく、焦りなどと言う感情は湧かなかっただろう。 だが今は子供たちがいる。 子供たちの目の前でこんな風に言い争うなどかつてなかったことだ。 デンゼルとマリンは雷に打たれたように言い争いの始まった直後、ビクリと体を震わせてからは強い緊張状態を強いられて目を見開き、硬直しているままだ。 愚かにも自身の苛立ちを抑えることの出来なかったバレットに仲間たちが諌めようとそれぞれ口を開いたとき、場違いにも軽やかなドアベルの音が割り込んだ。 全員が弾かれたようにドアをふり仰ぐ。 クラウドとティファが帰って来たのかと思ったのだ。 だが、強い焦燥感は現れた見知らぬ壮年の男を前に肩透かしを食らう形で霧散した。 誰だ?と、怪訝に思ったのも束の間、「あ…アンタ」と、ただ一人バレットだけが驚きの声を上げた。 「急いだ方が良いと思いましてね。押しかけることにしてしまいましたよ」 作ったような愛想笑いを顔に張り付けた壮年の男。 子供たちやユフィは一瞬で気に入らない人間として分類した。 既に先ほどから立っていたヴィンセントを除く大人たちが怪訝そうに腰を上げ、急な来客に応対しようとしたそのまさに同じタイミングで耳慣れた重低音が徐々に近づいてきた…。 * 「え…?」 「ですから、すぐにでも当院に入院して精密検査などの下準備を行い、治療に入りたいと思いましてね、こうして押しかけてた次第です」 クラウドは困惑しながら自信満々に言い切った目の前の男を凝視した。 男はティファの主治医の指導医だった、と自己紹介をした。 その紹介から、クラウドは男への警戒心を取り払ったのだが、寝耳に水な申し出に頭がついていかない。 たった今まで諦めていたティファの治療法がある、と言われたのだ、驚くなと言うほうが無理だろう。 傍には仲間たちが当然のように椅子に腰かけ、医師の説明を一緒に聞いていた。 子供たちはティファについていってこの場にはいなかったが、既にバレットがざっくりとした説明を話して聞かせた、と言っていた。 本来なら治療を受けるティファこそ説明を聞いていないといけないのかもしれないが、やはり疲れたのだろう。 ベッドに横になるなりあっという間に眠ってしまった。 そうして子供たちはそんなティファの傍にいることを希望した。 病人特有の土気色の顔をして眠るティファは、少し目を離した隙に二度と手の届かないところへ行ってしまうのではないかと言う強迫観念を抱かせる。 ティファから”生きている時間”が無情に剥がれ落ちるのがまるで見えるかのように分かってしまう。 離れがたくて当然だ。 ティファをベッドへ運んだクラウドは2人がティファの傍にいることを迷わず了承し、寝室を出たわけだが、その直前に、 『クラウド…俺はあのおっちゃんの話はイヤだ』 かけられた言葉の意味がその時は分からず首を捻った。 もっとも、その疑問も今では氷解している。 理解はしたのだが…。 「本当ならこのまますぐにでも当院へお越し頂きたいのだが入院の準備もあるでしょう。明日の朝一番にいらして下さい。検査の準備を万端にしてお待ちしておりますので」 そこで話は終わった、と言わんばかりに腰を上げた男を引き留めたのはユフィだった。 「ちょっと、待って。誰もティファを入院させるとか、治療をしてもらいたいとか言ってないじゃん」 ユフィの足元でナナキが強く同意を示し、頷いている。 シドとヴィンセントは無言でジッと男を見つめ、バレットはギロリッ、とユフィを睨みつけた。 「だぁっ!だからおめえは黙ってろい!」 「なんでさ!ティファもクラウドも全然了承してないのにさっさと話しを進めるなんておかしいじゃんか!」 「迷ってる時間ですら惜しい、時間がないって言ってんのが分かんねぇのか!?」 「分かってるけど、本人の意思を無視して考えを押し付けるなんて間違ってる!」 ぎゃんぎゃんと言い合う2人にナナキが呆れながら宥めすかし、シドとヴィンセントは完璧な無視を決めこんでクラウドを見た。 どうする?と声をかけ、追い詰めるようなことはしない。 その男性にしては整いすぎている横顔が、どれほど彼が悩んでいるか雄弁に物語っているのだから。 だが、壮年の男は違った。 「確かに、仰る通りです」と言う言葉を皮切りに、たった今説明の中でしたデメリットやリスクを再度口にする。 投薬による発熱や、それに伴って体力を奪ってしまう可能性があること。 薬の効果が期待よりもないかもしれないこと。 入院を一度してしまうと心身が病院に慣れてしまい、在宅に戻ることが難しくなるかもしれないこと。 様々な角度からデメリットを説明する。 しかし、当然治療で得られるであろうメリットにこそ力を入れて語る。 全身へ転移しているため完治は不可能だが余命3か月が上手くいくと半年になるかもしれないこと。 いや、もしかしたら元々基礎体力があるので年単位で延びるかもしれないこと。 このままだと腎機能、肝機能などの内臓機能が低下の一途を辿ってしまうが、そのスピードを遅延させることが出来るかもしれないこと…。 デメリットを考えても魅力的過ぎる効果を男は口にした。 その上で勧めるのだ。 ほんの1日、1時間でも早く治療を始めた方が良い結果へ導くことが出来るのだ…と。 いつしか握りしめていた両掌にじっとりと汗が浮かんでいる。 だが、それを意識しないほど、クラウドは苦悩していた。 先ほどまで、最後のデートだと覚悟して過ごしたあの時間がフラッシュバックする。 ひとしきり泣いて、泣いて、泣いて。 そうして、ようやっと呼吸がまともに出来るようになって、照れ臭そうに、それでいてどこかスッキリと憑き物が落ちたように晴れやかに微笑んだティファが、 「帰ろ、クラウド」 と、顔を上げて真っ直ぐ見つめてきたその曇りのない眼差し。 鳶色の澄んだあの瞳が言葉に出来ないほど痛くて、悲しくて、気づきたくない真実を実に残酷に突き付けた。 ティファは、来(きた)る己の死を今、完全に受け入れた…と。 これまでは受け入れているように見えてもまだ自分たちと近い物を感じていた。 死への恐怖。 遺してしまう人たちへの自責の念。 そういったものをティファが抱えていると感じることが出来ているうちは、まだ”生きる”ことを諦めていないのだと、心のどこかで安心していたことをクラウドは知った。 そうして、彼女の心が自分たちとは違う段階へと一歩、その歩みを進めてしまったことをどう受け止め、消化したらいいのだろうか? 喜ぶべきか?それとも、ただ黙って彼女が己の死を受け入れ無駄に恐れることなくひたと見据えて過ごすその様を傍で見守り続けるべきなのか? 何が正解で何が最も良い答えなのかさっぱり分からないし、恐らく正解などと言うものは存在しないのだろうと思う。 よしんば正解などと言うものが存在したとしても、自分や仲間たち、子供たちが出来ることは片手で足りることしかないのだ。 傍にいて。 病のために怠い体をさすってやり。 食欲のなくなった彼女が少しでも食べられるものを作り。 代謝の悪くなった彼女の状態に合わせて空調や布団の調整をして。 誰よりも大事な存在だということを言葉にして贈る。 出来ることはそれだけだ。 たったそれだけ。 もっともっとティファにしてやりたいのにそれくらいしかないのだ。 それなのに今、予想だにしなかった新たな選択肢が与えられた。 死を迎える人間の傍に居続け、折れそうな心の支えとなることこそが唯一の正解であると気づかぬままクラウドは己の無力さに胸が掻き毟られ、自責の念で狂いそうになっている。 そして、その危険な精神状態に気付かない。 気づかないからまともな判断を下せるはずもないということに気づかない。 更に悪いことに、ティファとクラウドのやり取りを知る者がたった1人ですらいないため、帰宅したクラウドがティファを連れて出かける前よりも精神的に追い詰められていることに誰も気づかない。 気づかないからクラウドに判断をさせようという暴挙に知らず、踏み出している。 「クラウドさん、戸惑う気持ちは分かります。ですがどうか何が一番最善かを考えてください。ティファさんのためになる道がなんなのかを」 真摯な態度、誠実な語り口調。 グラリグラリと心が揺れる。 言い争っていたバレットやユフィまでもがいつの間にか口を噤み、クラウドを見つめていた。 全員の視線を一身に浴びながら、その視線に気づかないほどクラウドは葛藤していた。 すぐにでも『yes』と返事をしたかった。 遅くなればなるほど成功率が下がるという医師の説明はイヤでも納得出来た。 だがしかし、そこでクラウドはどうしても首を縦に振ることが出来なかった。 ほんの小一時間ほど前に見たティファの晴れやかな笑顔が勝手に判断をすることを踏みとどまらせる。 「…ティファの意思を確認してお返事します」 仲間たちのホッとした気配と、医師のあからさまな不快な溜息が張りつめた空気が緩んだ。 |