「本当にその案を進言するつもりですか!?」

 上ずった声で白衣を身にまとった若い男が同じく白衣に身を包んだ壮年の男を追いかける。
 尊大な態度でずんずん広い廊下を足早に行く壮年の男が若い男にとって目上にあたるのは一目瞭然だった。
 壮年の男は追いかけ、縋るように目を向ける若い男を流し目で睨みつけた。

「当然だ。どうして早く私に知らせなかった!」
「しかし、教授は昨日まで」
「あぁ、確かに私は昨日までコスタにいた。だが、このような希少なチャンス、真っ先に私に知らせるべきだ!あんな偽善者に好き勝手にさせた結果、3か月も経っていたこの事態、どう責任を取るつもりだ!!」
「教授!」

 吐き捨てるように言い放った壮年の男に部下が声を上げた。
 それは、許しを乞うているものではない。
 教授と呼ぶ壮年の男の考えに対し、同意出来ない意志が込められていた。
 いや、そんなもの生ぬるい。
 若いこの男は上司である男をはっきりと非難していた。
 その非難に壮年の男は足を止めると侮蔑の眼差しと憤りを真正面から部下にぶつけた。

「所詮お前も医学界に貢献するという意義をはき違え、一人一人の命の重みを問うている、と己に言い聞かせている目先に囚われた愚か者だ」

 そしてそれきり、グッと言葉を飲み込み口を噤んだ若い男にそれきり取り合わず歩き去った。
 男が深く嘆息したことに気づかずに…。





時の剥落 7






「本当に大丈夫か?」「ティファ、寒くない?」

 かわるがわる心配そうに声をかける子供たちや仲間に、ティファはクラウドの腕の中で淡く気だるげに微笑んだ。

「うん、大丈夫。寒くないよ」

「にしてもよぉ。普通バイクに2人乗りっつったら後ろに乗っけるもんじゃないのか?」
「俺に掴まるだけの力がないだろうし、途中で具合が悪くなったときに気づけなかったらそれこそ大変だ。こうしているとティファの顔色が見えるから気をつけてやれる」
「まぁ確かにそうなんだが…」
「クラウド、ティファ、具合どうかな?キツクない?」
「俺のほうは問題ない。ハンドル(運転)に支障はなさそうだ。ティファは?苦しくないか?」
「うん…苦しくないし、温かくてちょうどいいよ。ユフィ…ありがとう」

 今、クラウドとティファはフェンリルに跨っている。
 正確に言うと跨っているのはクラウドで、ティファはクラウドの前に横座りの状態でバイクに乗り、背を彼の右腕に、頭は彼の肩口に預けている。
 そんな2人の体は大きな布でしっかり巻き付けられており、転落しないように固定されていた。
 赤ちゃんを母親が胸の前で抱っこをする”スリング”からヒントを得たのだ。
 当然、世の中に赤ちゃん用のスリングは売っていても大人用は売っていない。
 今日、ティファのたっての頼みでバイクでツーリングすることにした、とクラウドから話を聞いたユフィが急遽、買ってきたのだ。
 バイクに横座りと言うのはバランスを崩す可能性が非常に高い。
 それに、カーブを曲がったときティファの足が地面に巻き込まれてしまう可能性だってあるし、逆に両足が浮き上がって対向車や建物、通りを行く人に当たってしまうかもしれない。
 そこで体温調節が難しくなっているティファを全身スッポリと布で包み込むことにした。
 クラウドと体を固定ている布とは別の布で足をスッポリ覆っている。
 一見ミノムシのようなティファの足はクラウドの左太もも辺りにベルトで固定する。
 左手一本で外すのに少し手間取るかもしれないが出来ないことはないし、もしもどうしてもベルトを外すことが出来なければバイクから降りなければいいだけだ、とクラウドは言った。
 これでティファの足が浮いたり巻き込まれてしまう危険はなくなった。
 残る問題はクラウドの運転能力にかかっている。
 幸い、彼は運動能力が桁外れに高い。
 それはそっくりそのまま運転レベル繋がっているようで、通常ならば全く心配はない。

 通常なら。

 通常ではないこの状況ではやはり不測の事態が起こっても不思議ではない。
 だが、それでもやはりティファのたっての願いなのだ、多少危険が伴っても叶えてやりたいと誰もが思っていたし、ことクラウドに至っては多少どころか多々の危険が伴っていても断固実行する気満々だ。
 ましてや、それが自分の注意1つでなんとでもなることならば余計に。

「ティファ、いいか?」
「…うん、お願いします」

 問うと腕の中でティファは鳶色の瞳を柔らかく細め、口角を上げた。
 儚く微笑む彼女にクラウドの胸が軋むも、おくびにも出さずアクセルを回した。

 巨大バイクが久しぶりに息を吹き返す。
 思えば、ティファの病を知ってからクラウドがフェンリルに乗ったのは片手で数えるほど。
 この1か月程は全く乗っていない。

 そんなことをチラッと考えながら心なしか心配そうな顔をしている子供たち、シド、ナナキを、そしていつもと全く変わらず無表情なヴィンセントへ視線を投げた。
 仲間や子供たちは誰一人このツーリングについてこない。
 言わば、これがクラウドとティファの最後のデートになるのだと暗黙の裡に理解していたからだ。

 最後のデートくらい、2人で過ごさせてやりたい…。

「じゃあ、行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい!」「気を付けてね?」「飛ばすなよ!?」「なんかあったらすぐ携帯だかんね!」「おいらたち、ここで待ってるからね」「………ティファ、クラウド、楽しんで来い」

 それぞれその人らしい言葉に送られながら、クラウドは愛車を慎重に発進させた。

 あっという間に遠くなるバイクの影。
 それを見送りながら誰も動かなかった。
 そうして見えなくなってからようやくマリンがポツリとこぼした。

「クラウドとティファ…帰ってくるよね…」

 それは誰に向けたものでもなく、抱え込んでいた不安が言葉になっただけの呟き。
 だがしかしその一言はあまりにも重く、大人たちは軽く息を詰めて少女へ視線を向けた。
 その不安が意味するところは深く考えなくとも容易に分かる。

 ティファが苦しんだ末に死を迎えるならば、その前に一緒に…。

 クラウドがそう考えても不思議はないとマリンは不安に思っている。
 そして、その不安はこの場にいる全員も同じく抱いていたもので、それを明確なものとしないよう、無意識に目を逸らしていただけだった。
 マリンはそれを言葉にした。
 言葉にしたことでユフィたちは自分たちが目を逸らしていた恐ろしい可能性を突き付けられた。
 今さらながらに背筋が寒くなる。
 ついていった方が良かったのではないか、と不安がジワリと脂のように染み渡っていく…。

 だがその可能性を否定し、不安の広がりを止めたのは本来その役目を果たさなければならない立場にあるはずの大人ではなかった。

「大丈夫だよ、マリン」

 そう言って妹のような存在であるマリンの手をデンゼルは握る。
 向けられた大きな瞳が潤んでいるのを見て、デンゼルは真顔で頷いた。

「大丈夫だ。クラウドはちゃんとティファと一緒に帰ってくる」

 きっぱり言い切り、デンゼルはフェンリルが消えたほうへと顔を戻した。
 沢山の車、往来を行き来する人たちで溢れかえるエッジの街は既にクラウドたちの姿を飲み込み、フェンリルが走り去ったのだという事実すら覆い隠してしまっているように見える。
 自分たちを置き去りに無関心に時が過ぎているその現れのようで、日常の光景は寒々とした印象を与えた。
 それに真っ向から向かい合うようにデンゼルは目を上げる。
 ウジウジと立ち止まっている時間はないのだから。

「さ、2人が帰って来た時にゆっくり出来るようにさ、掃除とかやっちまおうぜ」

 にっこり笑って妹を見ると、大きな瞳をぱちくりさせてからマリンは破顔した。
 仲間たちもホッと息を吐き、笑みを浮かべる。

「よぉっし、じゃあクラウドたちが帰って来たらビックリするくらいピカピカにしてやろうじゃないか!」
「おいら、玄関の掃き掃除しようっと」
「んじゃあ俺は天井でクルクル回ってるファンでも磨くか」
「あ、じゃあシド、次いでに電気の傘も拭いといてよ」
「あん!?ユフィ、お前俺様に指図する気か!」
「なんでそうなるのさ!ついでだよついで!ファン掃除するならついでに電気の傘掃除くらいしてくれもいいじゃん!」
「まぁまぁ、2人とも」

 口論を始めたユフィとシドを苦笑しながら宥めるナナキにまかせることにすると、ヴィンセントは子供たちの頭をポン、と叩いた。
 視線だけで家に入る意志を伝える。
 デンゼルとマリンはいつも通りの姿を披露するユフィとシドから顔を上げると、ニッコリ笑った。

「それじゃ、俺たちもさっさとやっちゃうか。俺、カウンターの掃除にしよっと」
「私、寝室の掃除しようっと。ヴィンセント、手伝って?」

 小首を軽く傾げながら見上げるマリンにヴィンセントは小さく頷いた。


 *


 全身を駆け抜ける振動は体力のない体には思いのほか負担となっていた。
 一生懸命意識を保とうとしていても時々、どうしても抗いがたいほどの力で瞼が下りてしまう。
 それは必死に今を生きている彼女が認めざるを得ないほどの衰弱を意味していた。

 しかし、ティファは幸せだった。

 バイクで疾走することにより生まれる風と空気抵抗によって疲労があっという間に蓄積され、元々重くて仕方ない四肢が鉛の重しをつけられたように深く沈んでいくようだ。
 だがそれらを圧倒的に上回るのは逞しい腕と胸にから与えられている絶対の安心感だった。
 だからティファは幸せだった。

 クラウドが見ている世界を見てみたい。

 それは今のティファにとって、最大級の我儘だ。
 その願いを叶えることがクラウドや子供たちや仲間たちにとって、どれほど葛藤が大きく辛い決断だったのか痛いくらいに分かったのに、ティファは我儘を口にした。
 クラウドとの最後のひと時を。
 そして仲間や家族はそれを叶えてくれた。
 クラウドはそれ以上のものを与えてくれた、今まさに。
 それを喜ばずして、幸せと呼ばずしてなんとすれば?
 それだけでいい。
 もうこれ以上はないくらい満足だ。
 クラウドが見ている世界を見てみたい、感じてみたい、と思ったが、もうこれだけで十分。

 ふと視線のようなものを感じ、重い瞼をこじ開ける。
 視線の先にあるのはエッジの街並みでも大自然の風景でもない。
 真っ直ぐ前を見て真剣な顔でフェンリルを走らせる愛しい人。
 澄み渡った湖面を髣髴とさせる瞳はティファを見ていない。
 だがそれでも、クラウドが自分を気遣っているのが布越しに伝わってくる。
 フェンリルを操りながら意識の大半はティファへ向けられている。
 それが…とても良く分かる。
 感じた視線のようなものは自分へ向けられたクラウドの意識だと分かり、頬が緩む。
 時々、クラウドは危なげなく左手をハンドルから離し、ティファの体を巻き付けている布の上からそっと触れた。
 撫でる、というよりもそっと手を添え、バイクで走ることで生まれる風から守るように包み込んでくれる。
 勿論片手運転などとんでもない話なのですぐに左手はハンドルへと戻るのだが、何度も何度も、まるでティファの存在を確かめるように左手を彼女へと伸ばした。
 クラウドがそっと布の上からふれてくるその感触のなんと甘美なことか。
 ティファは心から安らいでいた。

 やがて風の香りが変わり、ティファはトロトロと目を開け感嘆の溜息をついた。

 一面、色とりどりの花が咲き乱れている。
 誰が手入れをしたわけでもない自然の花畑だ。
 辺り一面、どこまでも広がる白、黄色、淡いピンクに水色と言った花々が咲き乱れ、葉の緑と相まって言葉に出来ないほどの大自然の絵画をその大地に描いていた。
 そしての背景にはどこまでも広がる空の蒼と白い雲のコントラスト。
 それらは目に眩しいくらいで、ティファは暫し息を忘れて見入った。


 なんて綺麗な景色。


 美しいその雄大な自然に心が吸い込まれる。
 時間も、今の状況も、自分の病も全部忘れ、現在(いま)目の前に広がる風景にのみ心奪われる。
 だからクラウドがフェンリルを停めたことも、ティファと自分を固定していた足のベルトを器用に外したことにも気づかなかった。

「ここを見せてやりたいってずっと思ってた」

 スーッと現実へと意識を戻されティファはクラウドへ顔を向けた。
 いつしか横抱きに抱きかかえられてティファは小高い丘にいた。
 地平線の先まで広がる花畑。
 花々の暖色と空の蒼、雲の白が見渡す限り広がっている光景は、あの旅の最中であっても目にすることが出来なかったものだ。
 それを見せてやりたいと思っていた、と言ってくれたクラウドに胸がいっぱいになる。
 彼がくれたその言葉に込められた想いに相応しい言葉が思い浮かばず、ティファはただ小さく頷くことしか出来なかった。
 そのまま2人は自分たちの周りに広がる大自然を前に沈黙した。
 言葉はいらないと思ったのか、はたまたかけるべき言葉が見つからなかったのか分からないが、クラウドはいつものクラウドとしてティファを抱き上げたまま大地に腰を下ろすこともフェンリルに寄りかかることもせず、ただ立っていた。
 バイクで走っている時とは全く違う柔らかな風に頬を撫でられ、ティファはうっとり目を閉じた。
 そして感じた。
 頬をピッタリくっ付けているからこそ布越しに聞こえる彼の鼓動、真綿のように大切に抱き上げてくれている腕の逞しさ、彼の香り、そして温もりにクラウドという1人の男性を全身で感じた。


 あぁ、神様。
 もう十分。


 そっと彼の名を舌に乗せる。
 ん?と小さく答える声に、ティファは目を閉じたまま「クラウド、今までありがとう」と囁くように言った。
 それに対してクラウドが答えるほんの一瞬早く、ティファは次の言葉を口にした。


「私、病院へ行くわ」


 途端。
 クラウドの柔らかく身体にしっくり馴染んでいた腕が硬直する。
 息を止め、驚愕と緊張感も露わにクラウドが凝視してくる視線を感じ、ティファはひそやかに息を吐いた。
 ”彼の瞳”に負けないようにしなくては、と言い聞かせながら目を開ける。
 ティファは微笑んだ。
 そこには想像した通りの”瞳”が自分を凝視していた。
 まるで…。

「クラウド、そんな顔しないで…?」

 震える手でそっと頬へと手を伸ばす。
 フワリとした温もりに、自分の手がどれほど冷たくなっていたのかを知った。
 病に侵されるまでは彼の方が体温は低かったのに…。
 伸ばした手にそっと彼が擦り寄りながら「そんな顔って…どんな顔?」と小さく小さく、囁くように問う。

「捨てられた子犬みたいな顔」

 思ったことを口にして、そうしてティファは小さく声をあげて笑った。
 声を上げて笑わないと、逆に泣いてしまいそうだった。
 そんなティファにクラウドは気づいたのだろうか?
 それとも気づいていないのだろうか?
 クラウドはギュッと抱きしめてティファの首筋に顔を埋め、「バカ言うな」と耳元で呟いた。
 その声がティファにはとても痛い…。
 ユラユラと青空が滲み、ぼやけていくのを瞬(まばた)きで払いながらティファは自分を叱咤する。
 まだもう1つ、肝心なことを言わなくてはならないのだから。
 今日、こうしてクラウドやみんなに我儘を言ったのは、まさにこの一言をきちんと伝えるためなのだ。

 静かに息を深く吸い込み、震えそうになる声を絞り出した。


「クラウド、私が病院に行ったら二度と来ないで。私はもう死んだと思って、自分の時間を歩いて欲しい」


 首筋に寄せられていた彼の顔が勢い良く離れ、温もりが遠ざかる。
 身を起こしたクラウドが愕然と目を見開き、「いま…なんて言った…?」と掠れた声で問いかけた。
 ティファはただ、淡々と繰り返した。
 同じ言葉を。
 別れの言葉を。
 平気な風を装いながら、本当は寒くて仕方なかった。
 たった今までピッタリとくっ付いていた分、離れて自分を見下ろしている彼との隙間が恐ろしく広く感じ、彼からもらった温もりを急激に奪い去っていくようで…。
 まるで、クラウドとの間に横たわる非常な現実を物語るかのようで…。
 寒くて…寒くて…。


「バカ言うな!」


 予想通り、クラウドはティファが欲しかった言葉をくれなかった。
 それは嬉しくて、とても幸せになれる言葉だったが、欲しい言葉ではなかった。

「クラウド…」
「バカ言うなティファ!俺はずっと傍にいる、なにがあっても、どんなことになっても、例え入院したとしても家から病院へ場所が変わっただけの話でそんなこと、何の問題もない!」

 怒っているのに、その言葉は不安で必死にしがみつく子供のような色を濃く浮かべていた。
 揺さぶられてはいけないのに、心揺らいでしまう。

 あぁ、この気持ちをどう言えば良いのだろう?

 最期まで傍にいて欲しい。
 最期を迎えるにあたって醜く苦しむ姿を見られたくない。
 死んだ後も忘れないで欲しい。
 私が叶えられなかった夢、”家庭”を築いて、幸せになって欲しい…。

 全部本心。
 全部全部、心からの願い。
 相反するこの想いは絶対に交わることはなく、選択肢は180度その方向性が違う。

 ならば。

 いずれ、消えてしまうことが決まっているのだから、遺された愛しい人の幸せをこそ考えて選ぶべきだ。
 それがもう何もしてあげられない自分が唯一彼のために出来ることなのだから。
 揺らぎそうになる弱い自分を悟られないよう、真っ直ぐクラウドを見つめながら微笑みを絶やさず口を開く。
 だが、続くはずの言葉はクラウドによって塞がれた。
 荒々しく重なる唇に目を見開く。
 クラウドのために彼を拒絶する意思があっという間に飲み込まれそうになり、ティファは必死に顔を背けて口づけを拒もうとした。
 だが、抱きかかえられているだけで精いっぱいのティファに成す術などあろうはずもなく、何度も角度を変えて貪るように重ねられる唇にいつしか弱い自分が強がる自分を完全に抑え込んでいた。

 このまま…。
 このまま、時が止まればいいのに…!

「俺は…絶対に傍を離れない」

 ようやっと唇を離したクラウドが低く呻くように言ったのをティファは自身の荒い息遣いの向こうから聞いた。
 再び男性にしては整いすぎた顔が近づけられたかと思うと、目尻に柔らかな感触と温もりを感じた。
 ティファは自分が泣いていたことを知った。
 知って、ティファはとうとう止まらなくなった。
 小さく嗚咽を繰り返し、ごめんなさい、と囁くように言うと、今度はギュッと抱きしめられた。
 息も止まるほど抱きしめられて、クラウドが小さく震えていることに初めて気が付いた。

「きっと、ティファは苦しむ姿とかを見られたくないんだろう?その気持ちは…俺がティファだったらって考えたら良く分かる。分かるけど…」

 低い低い声はクラウド自身が身を引き裂かれんばかりに苦しんでいることを如実に表している。

「でも…どうかお願いだから俺を締め出さないでくれ」

 その血を吐かんばかりの懇願は、無様とも言えるほどなりふり構わない哀願。

「何があっても…絶対に傍を離れない。何も出来ないけどでも、ずっと傍にいる。俺は……」


「ティファを誰よりも愛してる」


 ティファが一番欲しくて欲しくて、そうして望んでいはいけないはずの彼の心だった。