店内の時計が鳴る。
 客を相手に談笑していたティファの耳に、それは酷く大きく響いた。

 心臓が跳ねる。

「お、もうそんな時間か?」
「じゃ、帰るとするかな」

 客が笑いながら腰を上げ、ティファを見た。

「ご馳走さん」
「また来るわな〜」

「はい、ありがとうございました」

 笑顔でその客を送ると、残っていた客たちも腰を上げ始めた。
 口々にティファの料理を褒め、今日一日の彼女の働きを労い、また来店すると約束を口にする。
 そうして。

「旦那によろしくな」

 その一言が一番ティファを笑顔にした。


「はい、ありがとうございました」


 最後の客が宵闇に消えるのを見届ける前に、ティファは『Close』の看板をいそいそとかけた。






永久に(前編)







 1日の仕事を終えたティファの身体は疲れていた。
 しかし、気持ちはどうしようもなく高ぶっている。
 その理由は1つしかない。

「今日は…少し寒かったから温かいものが良いよね」

 微笑みながら夕食を整える。
 彼の好きなキツメの酒も忘れない。
 意外と好き嫌いがなくて助かっているが、それでももっともっと、これが食べたい、これが良い、と言ってくれたら…と独りゴチながら手を動かすその姿は、仕事をしている時には見られない『女』が滲み出ていた。

 恋をしている。

 既に周知の事実として受け入れられているのにいまさら、と言われるかもしれない。
 だが、ティファの恋心は刻々と成長し、大きく、深くなっている。
 そのことにティファ自身は気づいていない。
 気づいていないから、客たちが帰り際に見せる冷やかし半分、呆れ半分の視線にも気づかない。

「あ〜、お風呂!」

 夕食の下準備が整ったとき、うっかり風呂に湯を張るのを忘れていたことに気づいた。
 いつもなら、仕込みをする前に湯を張りに行くのだが今夜はうっかり、手順を間違えた。
 慌てて階段を駆け上がり、子供部屋の前でそのスピードを落として足音を殺す。
 いつもよく手伝ってくれる子供たちは今、夢の世界で大冒険を繰り広げているはずだ。
 足音を忍ばせて浴室へ向かい、湯のコックを開く。
 濛々と上がる湯気にホッと一息つき、いそいそと階下へ戻った。

 あと一段で階段が終わる、というとき。

「あ…ただいま」
「クラウド!」

 裏口から音を立てないようにそっと入ってきたクラウドと鉢合わせた。
 思わず声が上がる。
 心臓がドキドキと跳ね、頬に熱が集まる。

 少し疲れたような顔をしていたクラウドが、ティファを見て瞬時にその表情を和らげた。
 その瞬間が、ティファはとても好きだった。
 他の人では絶対に見ることは出来ないほど、クラウドはいつもの無愛想な表情を一変させ、甘く和げた顔を見せててくれるのだから。

「お帰りなさい」
「あぁ、ただいま」

 そっと抱き寄せられてキスを受けるこの瞬間が愛しい。
 抱き寄せてくれる腕はどこまでもたくましく、そして暖かくて優しい…。
 静かに聞こえてくる彼の鼓動に胸が高鳴り、至福に酔う。
 そして、真綿で包み込むようなその優しさは、ティファが抱き続けている1つの『願望』を『確信』に変えてしまうように心に『期待』をまた植えつけるのだ。


 クラウドは、世界の誰よりもティファを愛している…と。
 だからティファ以外、誰も目に入らない…と。


「お腹空いたでしょ?ご飯、すぐに用意出来るよ」
「あぁ、いつもすまない」
「もう、いつも言ってるでしょ?謝るんじゃなくて」
「そうだったな。ありがとう」
「ふふ、どういたしまして」

 名残惜しい気持ちを押し殺し、クラウドから身体を離す。
 背中に回されていた彼の腕が解かれる感触を寂しく思いながら、それを吹っ切るように家族の食卓、兼、店舗へ向かう。
 夕飯の準備を完璧に仕上げる間、クラウドへ風呂に入るように伝えると紺碧の瞳を細めてくれたその表情に心臓がまたドキリ、と高鳴った。

 風呂に入るために自分から外れてしまった彼の視線を無意識に引き止めたくなり、一瞬、夕食を仕上げに向かうその足を止める。
 途端、「ん?」と振り返ってくれた彼にドキリ、としながら慌ててなんでもない、と首を振る。

「何かあったのか?」

 大丈夫か?と、折角上った階段数段を下りてくれたクラウドに恋情が募る。
 顔を覗き込んで来るクラウドに、思わず手を伸ばしたくなる。

「大丈夫、ごめんね。ほら、早く行って。お湯、今入れたばかりだから今行ってくれたら溢れなくて済むの」
「そうか」

 お湯が溢れたら困る、との言葉に少し急ぎ、今度こそ振り返ることなく階段を上りきったその背中にホッとすると同時に、振り返って欲しかった、と残念に思う相反する気持ちが瞬間的に湧き上がった。

 しかし、自分を案じてわざわざ目の前まで来てくれたことを思うと、ティファはどうしようもなく胸がキュンと締め付けられ、思わず緩んだ頬を両手で押さえた。

 どうしようもなく溺れている。
 一度はまったら抜け出すことなど到底出来ないこの恋心に、ティファは酔っていた。
 ジェノバ戦役を終え、一緒に暮らし始めた頃のようなギスギスした空気はクラウドが家出から帰宅した当初だけ、ほんの少しお互いの緊張から生み出されていた。
 しかし、それはすぐに消えてなくなった。
 居心地の悪いぎこちなさの片鱗すら感じられない現在(今)、ティファにとって毎日が幸福だった。

 だから、気がついたら忘れてしまっていた。
 クラウドに対してちゃんと一線を引いておかなくてはならないという戒めを。

 ティファははじめの頃、自分はクラウドにとって『絶対的な存在になることはない』と己を戒めていた。
 常にそう言い聞かせないと、勘違いしてしまいそうなほど家出から戻ったクラウドはとても丸く、優しくなった。
 それに、そんなバカな勘違いをすることによって、気がついたらクラウドを束縛していた…なんて愚かな結果を招きたくなかったのだ。

 束縛する、束縛される関係が幸せな結末を迎えることなどありえない。
 本当に愛し合う関係とは束縛というのではなく、お互いがお互いを認め合い、弱い部分を見せて見せられて支え合い、尊敬しあうことだ。
 受け入れるには難しい事実を相手が持っていたとしても、それも相手の一部分として飲み込むことが出来る…、それがティファにとって理想の愛し合う者の姿だった。
 束縛する関係はそれが出来ない。
 受け入れにくい事実を相手から排除してしまおうと動いてしまう。
 自分の理想を『相手のため』だとして押し付ける。
 それだけではない。
 常に自分の『良し』とすることだけを相手がしてくれるように強要してしまう。
 その時点で、自分は相手を『殺して』しまうことになるのにそれに気づかない。
 気づかないから相手が自分の『望み』によって苦しんでいることが理解出来ない。
 理解出来ないから更に強要する。
 その悪循環に陥ってしまう…。
『相手』を愛していたはずなのに、いつの間にか『自分の理想を演じてくれる人』を愛していると言っていることに気づけない。
 だから、2人ともとても苦しんで…苦しんで…破局を迎える。
 夜、酒を出す店を営んでいるからこそ、男女間のそういったトラブルや悲しすぎるすれ違い、利己的な一方通行な想い、そういった姿を沢山見てきていたからこそ、ティファは自分とクラウドがそういった結末を迎えることを恐れていた。

 そんな最後を絶対迎えたくなかった。

 クラウドに対して一線を引くというのはまさにそういった結末を招かないためだ。
 そうしないと、簡単にクラウドに溺れてしまうと分かっていた。
 だから、ちゃんと節度ある距離感を…と戒めていたのに最近、それが上手くいっていない…。
 その事実にティファはまだ気づいていなかった。



「どう?美味しい?」
「あぁ、美味い」

 言葉が元々少ないクラウドへ今夜の夕飯の意見を問う。
 当然、返ってくる言葉は分かっていた。

『美味い』

 いつもこの一言だけ。
 少しはにかんだようにほんのり微笑みながらそう言ってくれる彼を見るのがティファは好きだった。
 しかし、最近は少し物足りない。
 もっとこう…なにか一言付け加えて欲しい。
 その思いがあるから必要以上に食べているクラウドを見てしまう。
 すると、クラウドの手が止まる。
 困ったようにほんの少しだけ眉尻を下げた顔でティファを見る。

「…ティファ?」
「はい?」
「…なにか?」
「ん?」
「いやその……そんなに見られていると食べにくい…」
「あ!」

 パッと頬に朱を指してごめんね!と謝りながらわたわたと視線を手元に落とす。
 慌てたその仕草にクラウドは途端、甘やかな微笑みをその顔(かんばせ)に浮かべる。
 だからティファはまたドキッとさせられるのだ。

「もう〜、なによぉ〜」
「いや、別に」
「別にってことないでしょう〜?」

 照れて赤くなったティファに対してクラウドが優位に立つ。
 照れ屋なところはいつまで経ってもそのまま健在だ。
 照れているところをからかうのが楽しい、とクラウドは更に口元の笑みを深くする。
 すると、赤くなった頬を膨らませてむきになるのが可愛い。

 こんな姿は他の人間には絶対に見せない彼女の素の姿だった。

 それを知っているからクラウドは嬉しくなる。
 照れて赤くなるティファも、クラウドが喜んでいると感じているから拗ねながらも幸せを感じていた。
 ずっと、こうして2人の関係はこのままで、誰にも割り込まれることなく続いていけたら…。

 心の中だけでそっと願いながら、ティファはやはり赤い頬のままはにかんで微笑んだ。


 *


「ティファ〜。クラウドのバイクが公園の前に止まってたんだけどなんかあったのか?」
「え?」

 店の仕込みをしていたティファの元へ、遊びに行っていたデンゼルが息を弾ませながら帰ってきた。
 目を丸くして思わず時計を見る。
 まだ帰宅する予定の時間には早い。

「公園って…いつもの公園?」
「そう。公園の周りを見てみたんだけどクラウドいなかったんだ。だからティファなら何か聞いてるかなって」
「…ううん…」

 思わず沈んだ声で答える。
 何も聞いていなかった。
 今夜はいつもより少し早く帰れるかもしれない、ということは聞いていたが、ただそれだけだ。
 いつもより少し早く…と言った時間がもしかしたらこの時間なのかもしれないが、それにしてもセブンスヘブンのすぐ傍の公園にわざわざバイクを置いてどこかに行っているなど、少し理解に苦しむ。
 店の近くの人に配達があったのかもだが、それならそれと言ってくれたら…。

 ドアベルの可愛い音で、ティファの思考は中断された。
 顔を上げると、まさに今、噂をしていたクラウドが入ってきた。
 デンゼルが明るい声を上げながら駆け寄っていく。
 小さい身体を難なく抱き上げ、その額にただいま、とキスを落とす光景をティファはただ、もやもやしたものを抱えて見つめていた。


 ねぇ…どうしていつもクラウドは帰ったらまず子供たちを見るの?
 私はここにいるのに…。



 自分こそ、クラウドが帰ってもその場から動かずにただ見ているだけだという事実を忘れ、最近感じていた不満をこの日、とうとう『言葉』として思った。
 それは、恐らくクラウドが家のすぐ近くまで帰ってきていたのに真っ直ぐ帰らず、寄り道をしたということへの不満がきっかけだった。
 小さな小さなきっかけによって起きたティファの変化。
 しかし、ティファは当然気づいていない。
 ただただ、不満げにムッとするだけ…。

「ただいま、ティファ」
「…おかえりなさい」

 ほんの少しの不満を滲ませた声で応えると、クラウドは小さく首を傾げた。

「なにかあったのか?」
「……」
「ティファ?」

 間近で心配そうな顔で覗き込まれ、ティファは口を開いた。

「こんなに早く帰ってきてくれるなら言ってくれたら良かったのに…」
「え?」

 きょとん、と聞き返したクラウドにティファはハッと我に返る。
 慌てて、この時間に帰宅出来るのが分かっていたら店を休みにしたのだ、と言いわけをすると、クラウドは、あぁ…と笑った。

「俺もまさかこんなに早く帰れるとは思わなかったんだ。モンスターにも遭わなかったし、荷物の運搬が予想以上にスムーズにいってくれし…」
 それに、たまには店を手伝いたいし…な。

 いつもデンゼルやマリンにばかり働かせているからと、抱き上げたままのデンゼルと顔を見合わせて笑い合うクラウドに、ティファの胸にまたモヤッとしたものが生まれた。


 なんで笑うわけ?
 それに、寄り道した理由はなに?
 言わないつもり?それとも言えないことなの?



「ティファ?」

 スッ…とカウンターに戻ったティファにクラウドとデンゼルが笑顔を消して不思議そうに顔を見合わせる。
 同じ仕草を見せた2人にティファの中でまた、モヤモヤが少し膨らんだ。

「別に…なんでもない」
「なんでもないって…」
「本当になんでもないの」

 少し強めにそう言うと、口下手なクラウドは黙るしかない。
 分かっていてそういう言い方をしたくせに、黙ったクラウドに今度ははっきりした苛立ちを感じる。
 そのまま居心地の悪い空気が流れる中、ティファは黙々と仕込みを続けた。
 デンゼルを下ろし、困ったように眉尻を下げるクラウドに、デンゼルも困ったような顔でクラウドを見上げる。
 クラウドには急に不機嫌になったティファの心情が分からない。
 分からないが、ここで突っ込んで話を聞いたとしても意固地になったティファには逆効果だということは分かっている。
 だから、言葉をかけることが出来ずに途方に暮れるしかない。
 しかし、デンゼルは違った。
 しっかりしているとは言え、まだ子供だ。
 それに、デンゼルは直情的に走る性分でもある。
 だから…。

「なぁ、ティファ。なんで怒ってるわけ?」
「…怒ってなんかないわよ」
「ウソだ。怒ってる」
「怒ってないったら。そんな風に言われるとそれこそ怒るわよ」

 仕込みの手を止め、常にはない鋭い眼光で睨むと直接睨まれたわけではないクラウドの方こそがオロオロとうろたえた。
 2人の間に割って入ろうとするその姿に、ティファの苛立ちがまた、少しだけ大きくなる。


 なんでデンゼルを庇うわけ?


 しかし、そんなティファにデンゼルも意地になった。

「怒ってるじゃん!クラウドが公園の前にバイク置いて配達したことが気に入らないんだろ?」
「な…!」

 苛立ちの直接的な原因ではないが、ほんの少しだけそれも要因として含まれていたためティファは焦った。
 クラウドはというと、目を丸くしてティファを見つめている。
 その視線がとても辛く感じて、ティファはますます意地になった。

「そうじゃないわよ、ただ!」
「ただ?」

 ジッと見つめるデンゼルにハッと口を閉ざす。
 途端、あまりにも大人気ないことをしてしまったと羞恥心に襲われ、真っ赤になって俯いた。
 だがデンゼルもここまできたら引き返せないし、クラウドも『ただ』の続きが気になる。
 2人して見つめていると、ティファは観念してボソボソッと呟いた。

「ただ……早く教えてくれてたらお店お休みにしたのに…って…」
「…それだけ?」

 拍子抜けしたようなデンゼルの声に羞恥心が吹き飛び、苛立ちがさっきよりも膨れ上がって胸にこみ上げた。
 ムッとして顔を上げると、同じように少し呆れた顔をしたクラウドが視界に飛び込んできた。
 クラウドのその表情に、ティファの中に苛立ちとは別の感情が顔を覗かせる。
 それは、やり切れない切なさ…。

「それだけよ、悪かったわね〜」

 わざとおどけた声で拗ねた口調を出すティファに、クラウドはホッと表情を緩ませた。
 いつもならそのホッとした顔に少しだけ気持ちを和ませることが出来るのに、ティファはますますムッとして顔を背けた。


 少しでも一緒に過ごしたい…って思うのがそんなにおかしいの?


「すまない。ちょっと珍しいものを見たから少し寄ってみたんだ。それに、こんなに早く帰れるって連絡したらティファ、店を休むだろ?たまには一緒に店を手伝いたかったからさ…。悪かった」

 ティファの不機嫌の原因がこれで全て分かった、と思ったクラウドは気持ちに余裕が生まれていた。
 だから、素直にティファへ謝ることが出来るし自分たちから視線を逸らしたままの彼女へ手を伸ばして、
「ごめん。ただいまティファ」
 身を乗り出して頬にキスを贈ることも出来た。
 子供たちの前ではあまりしないその行為に、ティファは現金にも不貞腐れていた気持ちがスーッと氷解するのを感じた。

 まだ少しだけ拗ねた顔をして、それでも眉尻を下げて伺うような顔をするティファにクラウドが微笑みながら今度は唇にキスを贈る。
 すぐに離れた唇にもどかしさを感じながら、それでも苛立ちと切なさはすっかり消え、代わりにどうしようもない恋慕がティファの胸いっぱいにこみ上げた。

「私も…ごめんね?クラウド…」
「いや、それを言うならって…あれ?デンゼル?」

 デンゼルに謝ってやってくれ…と言おうとしたのだろうクラウドに、ハッと我に返ってクラウドの隣を見る。
 しかし、少年の姿はどこにもなかった。
 2人して店の中を見渡し、顔を見合わせた時…。

「ただいま〜…ってあれ?デンゼル、そんなところで何してるの?」

 裏口から帰ってきたらしいマリンの声が奥から聞こえてきた。
 顔を向けると居住区へ続くドアの陰にデンゼルのふわふわした髪が覗いている。
 気を利かせてくれたのだ、と瞬時に察したクラウドとティファは照れ笑いを浮かべつつ少年を呼んだ。

「ごめんね?」

 そう謝ると、ニッカリ笑って見上げてくるデンゼルに感謝がこみ上げる。

 そう、何を意地になっていたんだろう。
 クラウドと一緒に店を出来るなんて、久しぶりではないか。
 それに、いつもよりも少し早めに閉店にしてしまえば良いだけのこと…、そんなことにも気づかず八つ当たりをしてしまうとは情けない…。

 反省していたティファの隣でクラウドがマリンを抱き上げながらただいま、と額にキスを贈った。

「今夜は久しぶりに一緒に店を手伝えるぞ」
「本当!?やったねデンゼル!」
「うん、久しぶりだよなみんな揃ってお店するの」

 嬉しそうに笑うデンゼルの隣にマリンをそっと下ろすと、クラウドもいつになく笑顔を見せながら言った。


「あぁ、久しぶりに『家族の一員』として手伝えてホッとする」


 子供たちの笑い声が上がる。
 そんな中、ティファはドクリ…と心臓が脈打つのを感じた。


『家族の一員』?


 そう、クラウドの言っていることは正しい。
 自分たちは家族なのだから。
 だから、こんな風に『物足りない』とか『違う』とか感じる必要などどこにもない。
 それなのに…。

「ティファ。店が始まるまでの間にシャワー浴びてくる」
「え…あ!うん、そうね。そうして」
「…?ティファ、大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫。さ、デンゼル、マリン、ごめんね手伝って」

 怪訝そうに見てくるクラウドに背を向け、慌てて取り繕うティファを子供たちも不思議そうに見ていたが、すぐ元気に手伝い始めた。
 クラウドも忙しく働き始めた3人を見て、早く汗を流して合流しなくては、と2階へ向かった。
 遠ざかる足音にホッとしながら、ティファは自分の中の違和感を見つめた。


 家族の一員だから…手伝ってくれるの?私がお店をしているから…ではなくて…?


 先ほど感じた苛立ちや切なさと酷似した感情がグルグルと胸の中を回る。
 その感情がどこから来るのか分からない。
 分からないから戸惑いつつ、どうして良いのかも分からない。

 ティファが感じた感情の基になったもの。
 それは…。



 独占欲。



 デンゼルを庇ったように見えたのも、この気持ちから生じた苛立ち。
 ティファはまだ、それに気づいていない…。