『親孝行 したい時には 親はなし』 その言葉が身に染みて痛感している人は結構多いのではないだろうか。 そして、その人達のほとんどが、決して叶わない思いを…、願いを抱いている。 もしも時間が戻るなら…。 どうかもう一度チャンスを。 親孝行するチャンスを…与えて欲しい。 だが、それは決して叶えられる望みではないこともまた知っている。 しかし。 もしも、そのチャンスが形を変えて巡ってきたら……? 産み、育て、慈しんでくれた最愛の母へ(前編)巨大な復興都市、エッジ。 多くの人達が様々な思いを胸に抱き、集っている。 そのため、エッジには数多くの店が軒を連ねていた。 その一つ、セブンスヘブン。 決して大きくはなく、豪華でもないその店は、エッジで1・2を争うほどの人気高い飲食店だった。 そのために、訪れる客層は幅広い。 まさに老若男女、多種にわたる人種が毎晩列を連ねていた。 そんなセブンスヘブンだからこそ、『その客』は他の客達の目には異様なものとして映らなかった。 だが…。 「ティファ…」 小さな声で自分を見上げる少女の言わんとしていることが良く分かる。 マリンは『その客』を要注意人物と警戒している。 デンゼルもまた、他の客を相手に笑いながらも、チラッと『その客』を意識しているのが丁度ティファの目に止まった。 ティファは警戒心を微塵も見せないまま、 「大丈夫よ。今のところ、変な動きはしてないもの」 「うん…」 心配そうに渋々頷いたマリンの頭をそっと撫で、ティファは笑みを浮かべて軽くウィンクした。 おどけた仕草に、マリンの愁眉が開く。 ニッコリ笑った少女に、ティファはもう一度頷いて見せると、丁度メニューの追加を頼むべく手を上げた客へと少女の背中を軽く押し出した。 パタパタ、と軽い足取りで客に向かうマリンを見送りながら、カウンターの中に戻る。 途中で『その客』の前をわざと通り、『その客』が最初に注文したドリンクが減っていないことを確認して、警戒心を強めた。 『その客』が来店したのは、丁度1時間ほど前になる。 店がいよいよ忙しく、活気付いてきた頃にやって来た『その客』は、来店当時からスッポリとフードを被っており、女性なのか男性なのか分からなかった。 着ている服がダボダボのグレーのフード付きパーカー、ジーパンというありふれた格好のために、性別が分からないのだ。 顔を隠すようにして店に現われ、ソフトドリンク1つを注文しただけ。 注文の際にも無言で手袋を嵌めたまま、メニューを指差しただけ。 はたして一口、啜ったかどうか疑わしい…。 来店し、席に案内された直後から、彼女とも彼とも分からない『その客』は、ドアベルが鳴るたびに身体を小さく震わせ、こっそりとドアを窺っている。 周りの客達は、自分達の話で盛り上がっているせいなのか、はたまた『赤の他人』には興味がないのか、『その客』に対して誰も警戒心を持っていないようだった。 だが、この店で働いているティファや子供達は別だ。 今まで来たことがない客だと一発で分かった。 普通の客のように食事を楽しむために来店した人間ではないことが雰囲気で分かる。 この新顔の客が『何かに怯えている』のか、はたまた『企んで』いるのか…。 そこのところがはっきりしないが、セブンスヘブンの店長でもあり、子供達の母親代わりでもあるティファは、この奇妙な客へ神経を研ぎ澄まし警戒していた。 無論、客達には全く気づかれないように。 デンゼルとマリンが、他の客へニコニコ笑いながら応対しつつ、チラチラと気にしている姿はティファにとって非常に痛い。 ビクビクしている…とまでは言わないが、不安がっていることに変わりないのだから。 子供達の不安を取り除いてやりたいのは山々だが、今のところ何も問題を起こしていないのでお引取り願うわけにもいかない。 それに、今夜は本当に忙しかった。 セブンスヘブンが忙しいのは今に始まったことではないが、次々訪れる客達への接客、店を後にする客達への応対、新しい注文を作るための調理…。 それらの仕事を大人1人と子供2人でこなさなくてはならないのだ。 特に何もアクションを起こしてこない客に『追加注文』を聞いて回る余裕はなかった。 もしかしたら、誰かと待ち合わせをしているだけかもしれない…。 可能性は皆無に等しいが、そうであるよう願いつつどんどん時間は過ぎていった。 チラチラと客達が減っていく。 そろそろ本日の閉店予定時刻だ。 いつもならあと1・2時間は営業しているのだが、今夜はクラウドが帰宅する予定日だった。 数日前からそのことを子供達が嬉しそうに客に話していたため、顔馴染みの客達は自然と今夜の閉店時間が早まると心積もりをしていた。 「じゃあな、ティファちゃん。クラウドさんによろしく伝えてくれ」 「たまにはクラウドさんも一緒に働いてるところが見たい、って言っといてくれよ」 気さくな気質の偉丈夫がそう言い残してドアの向こうに消えた。 大きな声だったため、今夜、クラウドが帰宅する予定だと知らなかった客達は目をぱちくりさせた。 それがきっかけとなった。 皆、少し慌ててグラスを空けたり、食事を頬張ると次々と腰を上げた。 フードを被った客は、1人腰掛けたまま他の客達が少しだけ慌てたように帰る姿を見て戸惑っているようだった。 だが、今もなお、フードを被っているためその表情は分からないのだが…。 やがて、偉丈夫な客のお陰で店の客はたった1人となった。 マリンとデンゼルは、何か言いたそうにティファをチラチラと見る。 最後から二番目の客を送り出し、頭を上げたティファは子供達の方を見なくてもその視線をしっかりと感じ取っていた。 『ラスト1名になったんだから、お引取り願っても失礼にはならないわよね』 結局、ドリンク1つの注文だけで3時間も居座った『その客』に顔を向ける。 『その客』も、ティファが自分に何を言わんとしているのか気づいているようだった。 そっと腰を上げると、自分を見つめているティファに向かって少しだけ頭を下げた…ように見えた。 その時。 「「 あ!! 」」 子供達の声に、『その客』はビクッ!と身を震わせて動きを止め、ティファはティファで子供達へ振り向いた。 2人は満面の笑みを浮かべてティファに向かって駆け出している。 いや、正確にはドアに向かって…。 デンゼルとマリンがドアに着くか着かないかになり、ようやくティファの耳にも聞き慣れたエンジン音が聞こえてきた。 ドキン!と鼓動が1つ跳ね上がる。 次いで、バクバクと期待で胸が一杯になる。 デンゼルとマリンがドアから身を乗り出した。 暗闇に2つのライトが浮かんでエンジン音と共に急速に大きく、眩くなる。 そうして…。 「ただいま、デンゼル、マリン」 「「 おかえり、クラウド!! 」」 低く、落ち着いたテノールの声。 ティファの頬に朱がさした。 エンジンを切り、駆け寄った子供達を軽々と抱き上げる青年、クラウド・ストライフ。 闇夜にもくっきりと浮かぶ彼の魔晄の瞳に、ティファは目がそらせない。 挙動不審な客が1人、店内に残っていることなど、忘却の彼方に飛んでいる。 「ただいま、ティファ」 「おかえりなさい、クラウド」 紺碧の瞳が真っ直ぐティファに向けられ、ティファの茶色の瞳もクラウドに真っ直ぐ向けられている。 デンゼルとマリンは、クラウドの片頬ずつに『おかえりのキス』をすると、ストン…、とその逞しい腕から下りた。 自分達の『おかえり』の挨拶は終わったのだから、次はティファの番だ、と言わんばかりににんまりしている。 デンゼルとマリンの行動にクラウドは目をぱちくりさせたが、子供達の顔に浮かんでいる悪戯っぽい表情に、苦笑いを浮かべた。 『まったく…いつのまにこんなに『おませさん』になったんだか…』 はてさて。 ここで子供達の期待通り、ティファに『ただいま』の挨拶をしたものかどうか…。 だがしかし、子供達の教育にあまりよろしくないんじゃないか…? いやいや、と言うよりも、やっぱり恥ずかしいしな…。 ティファはイヤがらないだろうか…? いや、きっとイヤがるな。 恥ずかしがり屋だからなぁ…。 だが、ここで期待通りのことをしなかったら後々、デンゼルとマリンに拗ねられるかもしれないし…。 などと、少し間抜けなことを考えたクラウドだったが、目を細めて嬉しそうに見つめているティファを前にして、まっとうな理性が保てるはずも無く…。 「ただいま…」 そっと抱き寄せて、その麗しい唇に……。 と、そこでクラウドは止まった。 バクバクとうるさい心臓を持て余しながらも、クラウドからのキスを待っていたティファはキョトン…と見上げた。 同じく、にんまりと笑っていた子供達も首を傾げる。 そして、3人同時にクラウドの視線の先を追った。 「「「 あ…… 」」」 フードを被ったままの客が1人、モジモジしながら突っ立っていた…。 当然だが、帰宅直後のクラウドにはモジモジしている客が『不審人物』として、ティファ達が警戒していたことも、店の中に残っている客がその1人だけだということも知らない。 頬を赤らめて、 「あ〜……失礼……」 モゴモゴと恥ずかしそうに呟き、顔を伏せた。 恥ずかし過ぎてとてもじゃないが『その客』を見ることなんか出来ない。 だが、ティファと子供達はクラウドとは違った。 まだ残っていた『不審人物』への警戒心を忘れてしまった自分に少しばかり腹を立てながら、今度こそ『その客』にお引取り願うべく、真っ直ぐその客を見た。 「申し訳ありません。本日はこれで…」 ティファの言葉が途中で止まる。 クラウドの瞳が最大限に見開かれた。 パサリ…と、乾いた音を立て、『その客』がフードを取った。 露になったその顔に、ティファも口と目を大きく開ける。 フードから現れたのは、金色に輝く髪と豊かな大地を髣髴とさせる深緑の瞳を持つ女性だった。 意思の強そうなその瞳は、真っ直ぐクラウドとティファに向けられていた。 緊張のためにキュッと結ばれた唇は、かすかに震えている。 デンゼルとマリンも目を丸くした。 まさか、不審人物が女性だとは思わなかったからだ。 しかも、この女性は非常に美しかった。 眉、鼻筋、瞳、唇…。 どれも完璧に整っている。 年は30代後半くらいだろうか…? 女性らしい艶やかさを持ちながらも、全くケバケバしくない。 むしろ、一本筋の通った清楚な美人。 デンゼルとマリンは、自分達が警戒していた客が思わぬ容姿をしていたことに純粋に驚いた。 が…。 「……ぁさん…?」 クラウドが洩らした呟きに、キョトンとして見上げる。 クラウドとティファが異様にビックリして固まっていることにようやく気づいた。 彼女は、自分に注がれている驚愕の視線を前に、スッと背筋を伸ばして深く頭を下げた。 「不躾なお願いがあってここに来ました。どうか…、どうか私の村を救って下さい」 セブンスヘブンの住人達は、その言葉に度肝を抜かれた。 * 「本当になんとお礼を申し上げたら…」 猛スピードで走るトラックの中、女性が何度目かの感謝の言葉を口にした。 ティファは首を振ると、 「良いんです。それにしても本当によく無事にエッジまで来られましたね。大変だったでしょう…?」 彼女を励ますようにそっと腕を撫でた。 運転しているクラウドは無言のまま、ハンドルを操作している。 彼女はルーシュと名乗った。 ルーシュの村はまだ出来たばかりで地図にすら載っていないという。 実は、こういった『地図にすら載っていない村』というのは、この星には結構あるのだ。 様々な場所から、復興と言う名を掲げて人が集まり、小さな集落がいくつも出来ている。 今はまだ、交通の便がしっかりとその基礎を築けていないので、どうしても完璧な地図を作ることが困難だった。 彼女はその出来たばかりの村で息子と二人暮らしをしているのだと言った。 その家族構成を耳にしたクラウドとティファは、表情にこそ出さなかったがたいそう驚いた。 ルーシュの姿は、まさにクラウドの亡き母に生き写しだった。 クラウドが村を飛び出した頃の母に…。 ひょっとしたら遠い親戚なんじゃないのか?というくらい、ルーシュはクラウドの母親にそっくりだった。 クラウドとティファの動揺はとてもじゃないが表現出来ない。 「それにしても、盗賊団だなんて…」 ティファが憤りをない交ぜにして呟いた。 ルーシュの村に突如、盗賊団が襲い掛かったのは丁度3週間前だという。 村を完全に封鎖し、我が物顔で村の人達の家財や食料を奪った。 それだけではなく、何人もの若い女性が犠牲になった。 男の村人は、数人が大怪我を負わされ、数人が軽症を負った。 盗賊団は最新の武器を手に、王族のような暮らしを要求した。 WROにSOSを要請しようにも、電子機器等は当然のように押収されている。 連絡のつけようがなかった…。 更に悪いことに、盗賊団の首領がルーシュに目をつけたのだ。 子持ちであろうがなんであろうが、ルーシュが見目麗しい女性であることは事実。 首領は、彼女に愛人になるよう要求した。 だが、ルーシュは断固として拒否をした。 『私の伴侶は亡くなった夫、ただ1人』 轟然と言い放ったルーシュを、首領はますます気に入ったらしい。 ルーシュを手に入れるために首領は、1人息子を盾に取る…という、古典的で卑劣な手段に出ず、真っ向から彼女の気を引こうと様々な贈り物をしたり、彼女と息子だけ特別に重い労役から解放したりした。 盗賊団の首領と言う人間として許しがたい立場にある男だが、妙なところだけ律儀なようだ。 だが、無論、それくらいでルーシュの心が動くはずも無い。 そして、ルーシュも、自分が愛人になることと引き換えに、村を開放するよう要求はしなかった。 この手の男が、手に入れたいものを手に入れた時、あっさりと約束を反故にすることを知っていたからだ。 逆に、そういう『自己犠牲的な行為』に走ったルーシュへの興味を失い、彼女と1人息子、更には村人全員を口封じのために皆殺しにするかもしれない。 最悪の結果を招かぬよう、ルーシュはずっとチャンスを狙っていた。 そして、そのチャンスが巡ってきたのは昨日のこと。 首領が数名の部下を従えて近くにある別の村に略奪へ出かけたのだ。 昼間から酒を飲み、士気を高めて声高に叫ぶ盗賊達に紛れ、ルーシュは1人息子を親友に託し、単身村を飛び出した。 幸いにも、留守を任された盗賊達も酒が入っていたため、ルーシュがグレーのパーカーとジーンズというありふれた格好をしてどさくさに紛れて村を飛び出したことに気づかなかった。 盗賊団達の服装も、同じようなラフな格好だったからだ。 いかにも『盗賊団』という格好をした人間は1人もいなかったことが幸いした。 ルーシュは荒野をひた走り、丁度運良く通りかかったトラックに便乗させてもらい、『ジェノバ戦役の英雄』へと助けを求めて駆け込んだのだった…。 彼女の話をセブンスヘブンで聞いたクラウドとティファは、全く躊躇わずにSOSに応じた。 しかしここで、1つ問題が起こった。 デンゼルとマリンのことである。 クラウドは、ティファに子供達と共に店で留守を守ってくれるように言った。 しかし、ティファは頑として首を縦に振らなかった。 いつもなら絶対に子供達を優先させるティファだったが、クラウドの母に似た女性の助けを求める言葉に強く心を動かされた。 盗賊団の暴挙も許しがたい。 直接、この手でクラウドの母に似た女性を救いたいという強い気持ちが胸を支配していた。 デンゼルとマリンもティファがクラウドと共に行くことを望んだ。 クラウドは迷った。 いくらなんでも、数日はかかるであろう討伐の間、子供達だけで留守番はさせられない。 今から仲間達に救援を要請しても、彼らがここに到着するのを待っていては、盗賊団が村に戻ってしまうだろう。 そうなると、ルーシュにご執心の首領が、彼女の不在に気づいてしまう。 ことは一刻を争った。 「じゃあ、こうしましょう」 ティファの提案にクラウドは目を見開いた。 『気にしないで下さい。デンゼル君とマリンちゃんならいつでもどれだけでも大歓迎ですから』 そう言って、夜遅くに押しかけたと言うのに、子供達の親友の両親は両手を広げて歓迎してくれた。 『俺もデンゼルとマリンと一緒に寝れるから嬉しいし!クラウドさん、ティファさん、気にしないで?』 そう言って笑った少年、キッドにクラウドとティファは心から感謝した。 そして、キッドの両親に深く頭を下げた。 『良いってことさ〜♪困った時はお互い様だしね。そのかわり、お2人とも何をするのか知らないけど、気をつけて、ちゃんと無事に帰ってきてくれないと困るからな〜!』 『あら、アナタ。大丈夫に決まってるでしょう?それにしても、デンゼル君とマリンちゃんが来てくれるだなんて、本当に嬉しいわ。よろしくね』 事情を話さず、いきなり『子供達を数日預かってくれ』と無茶なお願いをしたにもかかわらず、笑顔で快く引き受けてくれたキッドの両親に、クラウドとティファ、そしてルーシュは心から感謝し、慌しくエッジを後にした。 『クラウド、ティファ、気をつけて…』『絶対に怪我しないで帰ってきてね』 心配そうにしながらも、強い信頼を滲ませて子供達はクラウドの運転するトラックが見えなくなるまでずっと手を振っていた。 「キッド君のご両親なら、口が堅いから色々と噂を流したりしないわ」 「あぁ…そうだな」 クラウドは同意しながらも、お腹の大きいキッドの母親に少しばかり胸が痛んだ。 デンゼルとマリンがキッドやキッドの両親に迷惑をかけるとは考えられないが、それでもやはり、よその家の子供を預かる立場になって考えると、彼女の負担は大きいと思われる。 それなのに、あっさりと承諾してくれて、最後までにこやかに見送ってくれた彼女の姿に、自分の母の姿がかぶった。 母親とはかくも強いものなのか…と。 そう言えば、自分の母も本当に強い人だったと思う。 クラウドは闇夜に光るヘッドライトを見つめながら、遠い昔に過ぎ去ってしまった母との生活を思い出さずにはいられなかった…。 |