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「あそこが私の村です」

 ルーシュが指差した時、朝日が地平線を金色に染め上げた。





産み、育て、慈しんでくれた最愛の母へ(中編)






 クラウドは小高い丘を回り込み、トラックが万が一にも盗賊団に見つからないよう大樹の根元に止めた。
 一晩中走り続けたせいで、身体のあちこちがギシギシと痛む。
 だが、軽くひと伸びしただけで、すぐにクラウドとティファは臨戦態勢に入った。
 一般人のルーシュは、流石に辛そうだった。
 ぎこちない動きでトラックから降り立ったのをティファが支える。
 しかし、彼女は疲労困憊であろうに村人達のこと、とりわけ息子の安否を案じて目だけはギラギラと緊張感をみなぎらせていた。
 華奢な体躯で戦闘などとは全く無関係の生活をしていたであろうに、この気迫…。
 クラウドもティファも、ルーシュの姿にクラウドの母親の姿をどうしても重ねてしまう。

 クラウドの母も、気丈で真っ直ぐ前を向いて生きる人だった。

「行こう」

 母への想いを振り切るかのように、クラウドが短く合図する。
 朝靄の中、クラウドとティファ、ルーシュは村に向かって小走りに走り出した。
 ルーシュの歩調に合わせるように二人は走る。
 四方八方に警戒しつつ、村の裏口に辿り着いた。
 強盗団の2人が欠伸をしながら胡坐をかいて座り込んでいるのが見える。
 村の正面入り口には4人の盗賊が見張っていた。

 クラウド達は村を囲っている低い垣根に沿って、頭を低くしながら足早に歩いた。
 どこか適当な場所から村の中に入らなくてはならない。
 盗賊団の首領達は、まだ村に戻っていないようだった。
 それらしき物々しい気配が村から感じられない…。

 シンと、静まり返った村は、まるで死に向かっているかのような印象を受けた。
 クラウドとティファの脳裏に、故郷が蘇る。
 ニブルヘイムもある意味、閑散とした印象があった。
 ニブルヘイムの子供達は、大きくなるとミッドガルのような都会へ飛び出していったからだ。
 大きな夢を持つ若者にとって、ニブルヘイムは小さ過ぎた。
 そして、村を飛び出す若者の中にクラウドもいたのだ…。


 クラウドは素早く視線を巡らせ、見張り役の男達が退屈そうに大欠伸をしている隙に、ティファに目配せをした。
 阿吽(あうん)の呼吸でティファがサッと垣根を飛び越える。
 クラウドの頭ギリギリの高さほどもある垣根を、いとも簡単に飛び越えた身軽さにルーシュが目を丸くした。
 その彼女を、クラウドはなんの説明もしないまま抱き上げると自らもその垣根を飛び越えた。

 まさに一瞬の出来事。
 ルーシュは驚き過ぎて声も出なかった。

「ルーシュさんの家はどこですか?」

 小声でティファが問う。
 ルーシュは神業を披露した2人の英雄にビックリしていたが、すぐに我に帰ると、
「こっちです」
 頭を低くした体勢で駆け出した。
 足音を立てないように走る彼女は、ティファやクラウドと違い、一般人。
 その歩調がどうしても遅くなるのは仕方ない。
 クラウドは、ルーシュを抱き上げて走り出したくなる気持ちを押さえ込み、見張りが気づかないか肝を冷やしながら彼女の後に続いた。
 ティファも緊張した面持ちで見張り達を警戒する。

 距離的にはさほど離れていなかったお陰で、3人は一軒のこじんまりとした家の軒先に滑り込んだ。

 ルーシュはドアを軽く『トントトトン』とリズムをつけて叩いた。
 ほどなくして鍵が外れる音がして、ドアが1人分の隙間だけ開いた。
 顔を覗かせたのはまだ幼い少年。
 ルーシュの顔を見て少年の顔が輝く。
 素早くドアに滑り込んでルーシュは息子を抱きしめた。

「おかえり、母さん!!」
「ただいま、心配したでしょう?ごめんね」

 ルーシュの後から続いて室内に滑り込んだクラウドとティファは、抱き合う親子に胸を突かれた。
 金髪の髪がツンツンと立っているのは、間違いなく『クセ毛』のせい。
 少し伸びた襟足の髪を一本にくくっているその少年は、クラウドの幼い頃にそっくりだった。

 幼いクラウドが母親としっかり抱き合っているかのよう…。

 クラウドとティファの胸に言葉では表現出来ない甘酸っぱいものがこみ上げた。


『俺も……、あんな風に素直だったら…』


 クラウドは幼い頃の自分と目の前の少年を比べてそう思った。
 見た目は自分の幼い頃によく似ているのに、性格は正反対の少年が羨ましいとさえ思った。
 だが、その感傷にも似た気持ちは、すぐに緊張へと取って代わった。

「ルーシュ!」「無事だったんだね…」

 部屋の中にいたのは少年だけではなかった。
 中年の女性が3人と、壮年の男性が5人。
 ルーシュがクラウド達に助けを求めている間、息子のことをお願いしていたという『親友』であろう…。
 クラウドとティファを穴が開くほど見つめている。
 ルーシュは息子の抱擁を解くと、背筋を伸ばした。
 誇らしげに微笑む。

「えぇ、この方々、『ジェノバ戦役の英雄』よ」

 クラウドとティファを見つめていた村人達の顔が喜びのあまり綻んだ。
 だが、クラウドとティファは彼らの背後に意識を集中させていた。
 戦士としての勘が『危険』を嗅ぎ取ったのだ。

 鋭い眼光を放ちながら、クラウドはゆっくり…、ゆっくりと村人達に近づいた。
 凄まじいほどの気迫に、村人達に困惑と焦り、危機感が走る。
 ティファは、クラウドの様子にビックリして固まっているルーシュと少年をそっと自分の方へ引き寄せた。
 ルーシュが何事かを訊ねようとティファを見る。
 ティファは無言でゆっくり首を振った。
 そのまま、親子を守るように自分の背後に回し、ゆっくりと後ずさる。
 自然とルーシュ、少年もドアに押しやられた。

 ルーシュの帰りを待っていた村人達がクラウドの気迫に押されるようにしてゆっくりと後ずさる。
 親子とティファ、クラウドと村人達の距離が少しずつ開いていく…。

 変化は突然だった。

「ちくしょう!!」

 中年の女性から野太い男の声が上がり、一緒になって後ずさっていた村人がギョッとして身をよじった。
 鈍い音がして中年の女の手がありえない角度に曲がる。
 その手から銃が床に転がった。
 骨折した手首を押さえたものの、中年の女に成りすましていた盗賊団の男は、クラウドの素早い攻撃になす術も無く鳩尾に重い一発を喰らい、苦痛の呻き声すら上げる間もなく昏倒した。

 ルーシュと少年、そして一部始終を見ていた村人数名が真っ青になる。

「そんな…、彼女が……?」
「盗賊団の一員に間違いないわね」

 冷静なティファの言葉に、ルーシュは目を見開いたままティファへ顔を向けた。
 縋るようにも見えるその表情に、ティファの胸が痛む。

「でも…、彼女はずっと私達と一緒に頑張ってきた村の一員なの…。そんな……盗賊団のメンバーだなんてありえないわ…」
「恐らく、本物の彼女は…」

 気絶した男の顔からマスクを剥ぎ取り、手際よく縛り上げながらクラウドが苦い言葉を口にした。
 村人達の目に恐怖が宿る。
 少年は母親にしっかりとしがみ付きながらも、クラウドから目を離さなかった。

「この分だと、どれだけの盗賊が潜んでいるのか分からないな」

 クラウドの言葉に皆、慄然とした。
 ティファは気絶した男に近づくと、懐をゴソゴソ漁った。
 その手が何かを掴む。

「……」

 クラウドが無言で取り出された『それ』を見た。
 携帯電話。
 だが、ただの携帯電話ではないだろう。
 クラウドは黙ったまま携帯を受け取ると、パカリ…と開いた。
 ディスプレイには、カレンダーと時刻が表示されているだけで、特に何の変哲も無かった。
 しかし…。

 ひっくり返して電池パックの部分をチェックする。
 すると案の定。

「気づかれたな」

 クラウドの言葉に、ルーシュ達が鋭く息を吸い込んだ。
 電池パックの中には、『発信機』が赤いランプを灯してチカチカと光っていた…。


「クラウド…どうするの?」
「向こうの意向に従うしかないだろうな」


 落ち着き払ってやり取りする2人に、ルーシュは片手で額を押さえながら、
「あの…ちょっと待って下さい。どういうことですか…?」
 必死になって状況を把握しようとする。
 村人達は不安ではちきれんばかりの表情で顔を見合わせ、縋るように英雄を見た。
 クラウドは無表情のまま、携帯を床にポトリ…、と落とし、そのまま踏み潰した。


「ルーシュさん、アナタは完全に踊らされたんだ」
「え……?」


 母親と瓜二つの顔をした女性が、混乱と不安に歪むのを、クラウドは苦い思いで見つめた。
 出来れば、彼女をこれ以上傷つけたくは無い。
 一刻も早くこの事態から平穏な時に戻してやりたい。
 ティファも同じ思いだろうが、彼女よりもクラウドの方がそう願う気持ちが強いだろう。
 何しろ、親孝行することが叶わないまま、母を目の前で失ったのだから…。

 クラウドは口下手なりに必死にルーシュを傷つけないよう言葉を探したが、その苦労は徒労に終わった。



「良く分かったな、流石『ジェノバ戦役の英雄』…と言ったところか」



 裏口のドアが無遠慮に押し開けられ、盗賊団の首領がその手下を従えて現れた。
 ルーシュと村人達が鋭く息を吸い込んで後ずさる。
 ティファが素早く動いて、それ以上、玄関のドアに近づかないように背後に庇った。
 同時にドアが開き、盗賊団達がニヤニヤ笑いを浮かべながら現れる。

 完全にルーシュ達は囲まれていた…。


「勇敢で村人思いのアンタなら、絶対に危険を省みずに何かやらかしてくれると思ってたぜ~」


 まるで口笛でも吹くかのような上機嫌さで首領が口を開いた。
 まだ若い。
 グレーの短髪で、襟足だけ髪が伸びており、それを一本にくくった中々に容姿の良い男。
 年の頃はルーシュと同じくらいか…、もう少しだけ若いかもしれない。
 意地悪く笑っている口元から、犬歯が覗いており、まるで吸血鬼のようだ。
 鋭い眼光はトパーズ色に輝き、真っ直ぐルーシュを見つめている。

「中々アンタが俺に靡(なび)いてくれないから、ちょっとここいらでケリをつけようかと思ってね」

 その言葉で、ルーシュは首領がわざと『留守』を装ったのだと悟った。
 自分の軽率な行動に臍をかむ。
 まさか、首領が自分のとる行動をここまで正確に予想しているとは思わなかった。
 彼女の端整な顔に苦悩の表情が浮かんだ。
 少年がギュッとルーシュの腰にしがみついた。
 怖くてしがみ付いたのではない。
 母の苦悩を察し、母を守るための盾となろうとしているのだ。
 真っ直ぐ首領を睨みつけている意志の強い瞳が雄弁にそれを物語っている…。

 対して、首領は余裕綽々(しゃくしゃく)だった。
 ニヤニヤ笑いを浮かべたまま、ゆっくりとした歩調で室内に入ってきた。
 クラウドがルーシュを庇うようにそっと移動する。
 首領はニタリと笑いながら、蒼白になっているルーシュへと視線を走らせ、次いでクラウドを見た。
 クラウドの背丈よりも15センチは高い。
 ガッシリとした体躯に、しなやかに伸びた手足。
 放つ気迫は、若くして盗賊という『荒くれ者』達を束ねるだけあって、そこら辺の人間が持ちえるものではないオーラを感じさせる。
 盗賊団ではなかったら、是非にでもWROの隊員に推薦したいくらいだ。

 クラウドは身長で負けていたが、まったく臆することなく真っ直ぐに睨み返した。
 トパーズの瞳と紺碧の瞳が真正面から睨みあう。
 1人は完全にこの場を楽しんで…。
 もう1人は、人間としての怒りを込めて…。


「ルーシュ。これから俺はこの『ジェノバ戦役の英雄』とタイマンをはる。俺が勝ったら大人しく観念して俺のものになれ」


 クラウドの眉間に深いしわが寄った。
 ルーシュは、
「な!!」
 と、驚きの声を上げたきり、言葉が続かない。
 彼女と村人を守るために盗賊との間に立ちはだかっていたティファが、噛み付かんばかりの勢いで首領を睨みつけた。
 村人達はただただ恐怖に囚われ、盗賊達は自分達の頭(かしら)の言葉に下卑た歓声を上げた。
 スッと片手を上げて部下達を鎮め、首領は目を細めてルーシュを見た。

「さぁ、どうする?」

 問いかけはルーシュに対して。
 クラウドなど、まるで鼻から相手にしていないかのような振る舞い。
 紺碧の瞳に殺気を込め、クラウドが首領に言葉の応酬をしようと口を開いたが…。



「じゃあ、お前が負けたらお前も部下も、全員WROに投降しろ!!」



 まだ声変わりを迎えていない少年の高い声がその場に響き渡った。

 思わず、クラウドもティファも、そして村人達も盗賊達も…、そして首領も…。
 その少年の言葉と全く恐怖の欠片もない声音に、一瞬沈黙が流れた。

 爆笑したのは盗賊達。
 首領も腹を抱えて笑っている。
 村人達はなんと言うことを!と言わんばかりに慌て、おじ惑っている。
 しかし、クラウドとティファは少年の真っ直ぐに立つ姿に息を呑んだ。

 そして……、ルーシュも。

 ルーシュは、我が子の姿に一瞬だけ目を見張った。
 もしかしたら、亡き夫の姿を見たのかもしれない。

 なんとも言えない少年への愛情が彼女の全身を駆け巡ったのをクラウドとティファは見た。
 その感動的な場面を前にしてもなお、首領達の目は濁っていた。

「良いだろう、俺がこの『優男(やさおとこ)』に負けたら、俺も手下共も全員WROのくそったれリーブに下ってやるぜ」

 笑いすぎて涙目になりながら答えた首領に、クラウドとティファは眉を顰めた。
 この首領の言葉が引っかかったのだ。

 ―『くそったれリーブ』―

 確かにこの男はそう言った。
 素早くティファとクラウドは視線を交わした。

 ティファは微かに頷くと、視線を目の前で馬鹿笑いをしている盗賊達に戻した。
 よもや、リーブに怨恨のある人間だとは…。

 ルーシュのことを、ティファとクラウドは強運の持ち主だと思っていた。
 よくもまぁ運良くエッジ行きのトラックに拾われ、自分達のところに辿り着いたのだ…と。
 だがそれも全部この若い首領の計画だったのだ。

 よくよく考えたら出来すぎた設定。
 だが、村を救いたい一心で動いたルーシュには、それに気づかなかった。
 そんな余裕など、彼女にあろうはずもない…。


『でも…本当に身の程知らずね』


 ティファは内心で毒づいた。
 彼女にしては珍しいことだ。
 だが、ティファには分かっていた。


 本気で怒ったクラウドに太刀打ち出来る存在は、セフィロスくらいだということを…。



「ほんじゃまぁ、とっとと始めますか~?」



 嘲笑しながら、首領はクラウドを見下ろしながらそう言った。