「さぁ、始めようか」

 トパーズの瞳をギラリ、と光らせた男はそう言うと、長剣を抜き放ち、突進した。






産み、育て、慈しんでくれた最愛の母へ(後編)






 砂塵が舞う。
 まだ早朝だと言うのに、村は熱気に包まれていた。
 熱気は、村の中央に出来ている広場から発せられていた。
 ヒョロリと立っている日時計が一本あるだけの広場。
 村に唯一ある開けた場所。
 そこから発せられる熱気は、早朝の村に不協和音を奏でている。
 無論、その熱気を放っているのは不逞の輩達。
 自分達の首領が勝つと信じて疑っていないのか、負けてしまっても自分達には関係ないと思っているのか…。

 賭けの商品とされてしまったルーシュの傍には、ティファが凛と立ち、下手な手出しが出来ないように睨みを利かせている。
 更にルーシュの腰には、少年がピッタリとくっついて離れなかった。
 母にしがみ付いているようにも見えるが、少年が母親を守りたい一心でくっついているのだと、その目を見れば容易に分かる。
 気を抜かずに母に張り付きながら、少年は目の前で繰り広げられている戦いを食い入るように見つめていた。

 クラウドのバスターソードが首領の重い剣戟を受け止め、払い、守りから攻撃に転じる。
 鮮やかなその動作には全く無駄がない。
 だが、首領の腕も相当なものだった。
 流石、ジェノバ戦役の英雄を打ち負かす自信を持つだけの事はある。
 だが、ティファは全く不安を感じていなかった。
 クラウドの勝利を微塵も疑っていない。
 だが、ほかの事で心配していた。
 首領が敗北を喫した時、盗賊達が一斉蜂起しないかどうか…、それが心配なのだ。
 何しろ、村人全員がこの『戦いの場』に集まっているわけではない。
 重症を負っている村人は、今もなお、村の診療所で治療を受けているのだ。
 当然、医師と看護師も診療所にいる。
 その診療所を威嚇するかのように、盗賊が数名、配置に着いていた。
 ここで一斉蜂起されたら、確実に犠牲者が出る。

『クラウド…もう少しだけ頑張って…!』

 目の前で激戦を繰り広げている愛しい人を、祈るような思いでティファは見つめた。


 *


 クラウドは内心で舌を巻いていた。
 この目の前の男の腕前はかなりなものだ。
 よくもまぁ、ここまでの猛者がいたものだ。
 だが…。

 チラリ…と視線を転じれば、不安と己の迂闊さを呪うあまり、顔中に苦渋を滲ませている母に似た女性(ひと)。
 ぴったりと寄り添っている自分の幼い頃に似た少年。

 負けるわけにはいかない。
 無様な闘い方をするわけにもいかない。
 これ以上、彼女達を苦しめるわけにはいかない。

 クラウドは紺碧の瞳をスッと細めた。
 まるで獲物を狙う狼のように。

 最初から手加減などしていなかった。
 だが、クラウドの闘争心に本気でスイッチが入った。

 絶対に許さない。

 盗賊達が、まだ幼いなりにも必死になって母を庇っている少年を嘲っていることも。
 ティファに対して、イヤらしい目つきで舐めるようにジロジロと見ていることも。
 そして何よりも…。

 母に似た女性をとことんまで追い詰め、自分の欲望を満たすためだけにこのような愚行に走ったことが…!

「お前は絶対に許さない!!」

 クラウドの怒気を孕んだ攻撃を、首領は長剣で防ごうとしてそのまま後方へ吹っ飛ばされた。
 盗賊達がどよめく。
 クラウドはそのまま思い切り筋肉を収縮させて吹っ飛ばした首領目掛けて跳躍した。
 地面すれすれに跳躍したクラウドは、さながら背中に翼を持っているようだ。

「くっそ…!」

 初めて首領の目に焦りが生まれる。
 先ほどまで互角の力だと思っていた相手が信じられない力を見せたことに初めて動揺した。
 たった一撃で『ジェノバ戦役の英雄』と自分の力の差を感じ取ったのだ。
 力の差を認識出来ただけでも大したものなのだが、そんなものはこの男にとってなんの慰めにもならない。
 吹っ飛ばされながらも空中で体勢を整え、無様な転倒を回避して地面に片足をつける。
 そのまま横様に飛んで、クラウドからの攻撃をかわした。
 クラウドは自分の攻撃がかわされたと同時に片足を軸にして回転しながら第二檄を繰り出す。

 剣と剣がぶつかり合う甲高い音が響いた。
 空気を切り裂く音、2人の呼吸。
 そして、真剣な決闘をしていると言うのに、笑いながら下卑た声を上げている盗賊達。
 この戦いの行方に自分達の将来がかかっているという緊張感は、盗賊達にはない。
 それに対して村人達は、自分達を取り囲むようにして笑い声をあげている盗賊達に気が気ではなかった。
 ティファ以上に、この無頼漢達が凶行に走らないか、不安と恐怖を味わっていた。
 目の前で自分達のために戦ってくれている英雄の姿に、少しも安堵感をえられない。
 固唾を呑んで決闘を見つめているその瞳には、決闘が終わった後のことを思い、絶望にも似た感情に支配されている色が浮かんでいる。

 ゲラゲラ笑っていた酒臭い盗賊の1人が、ティファに近寄った。
 足がおぼつかない。

「よぉ、あんたのパートナー、中々やるじゃないか、え〜?」

 卑猥な表情を浮かべながら絡んできた盗賊に、ティファは無言のまま睨みつけた。
 盗賊は黄色く濁った歯をむき出しにして笑うと、
「お〜お〜、怖い怖い。流石はジェノバ戦役の英雄だなぁ〜。こんな状況なのに落ち着いていられるとはよぉ」
 揶揄した盗賊に、仲間達が哄笑する。
 自分達の首領が戦っていることよりも、ティファの容姿に興味があるようだ。
 ルーシュが心配そうに傍らに立つティファを見る。
 少年はクラウドの戦いを食い入るように見つめており、近づいてくる盗賊を気にしていないようだった。
 ティファは無言のまま、自分に向けられる卑猥な視線に嫌悪感を隠そうともせず、目を眇(すが)めた。
 酒に酔い、ティファへの興味を掻き立てられた盗賊にとって、ティファの反抗的な態度はある意味、『そそられる』ものだったらしい。
 汚れて節くれだった指を無遠慮にティファに伸ばし、
「そんなツンツンするなよ。ちょっとあっちで俺の相手を…」
 酒臭い息を吐き出しながらその手がティファに触れようとしたまさにその直前。


 ブンッ!!
 メキッ!!


 男は横っ飛びに吹っ飛んで昏倒した。
 左頬には拳ほどもある石がめり込んでいる。
 男の前歯が数本折れていた。
 驚愕に目を見開き、仲間に攻撃した方を見た盗賊達は、初めてそこで慄然とした。

 紺碧の瞳が殺気にギラギラと光って睨みつけていた…。
 しかも、首領の攻撃を難なくかわしながら…。

 ティファの頬が緩む。
 こんな状況にあると言うのに、クラウドが自分を気にかけてくれたことが嬉しい。
 守ってくれたことが嬉しい。
 クラウドには、絡んできた盗賊如きがティファに敵うはずないと分かっていたはずなのに、こうして守ってくれた。
 喜ばないでいられようか…。

 村人達は村人達で、クラウドの『拳大ほどもある石を正確に盗賊目掛けて蹴飛ばした』神業に度肝を抜かれた。
 首領も同じく…。

 自分と戦いながらも他者を守ったこの英雄に、自分にはない『力』を感じ取る。
 そして、それが彼の自尊心をいたく傷つけた。

「この……!俺との戦いの最中によそ見するとは…!!」

 怒りに任せて地面を思い切り蹴り、クラウド目掛けて渾身の力を込めた斬檄を繰り出す。
 しかし、長剣は虚しく空気を切り裂き、クラウドの髪の毛一本も傷つけることは出来なかった。
 紺碧の瞳がギラリ、と光ったかと思った瞬間、首領は横腹に激痛を感じ、とうとう膝をついた。
 クラウドの回し蹴りがクリーンヒットしたのだ。
 クラウドのバスターソードにのみ気をとられていたため、足技などの『格闘術』に対して警戒心がおろそかになっていた。
 たった今、目の前で神業のような『足技』を見た直後の屈辱。
 首領は地面をゴロゴロと転がりながら、クラウドの第二、第三の攻撃をかわし、砂埃まみれになって勢い良く立ち上がった。
 その反動で蹴り飛ばされた脇腹に激痛が走り、思わずまた膝をつきそうになる。
 が、気合だけで堪えると、


「てめぇら、やっちまえ!!!」


 手下達に向かって怒声を上げた。


 その言葉に迅速に動いたのはティファだった。
 こうなることを充分予想していたティファは、まず一番身近な強盗に強烈なパンチを繰り出した。
 殴り飛ばされた盗賊が仲間3人を巻き添えにして地面に倒れる。
 凄まじい勢いで殴り飛ばされた盗賊は勿論だが、飛んできた仲間に下敷きにされた盗賊も意識を飛ばしていた。
 地面に盗賊が倒れるのを確認することもなく、ティファは身を反転させ、銃を構えていた盗賊を蹴り飛ばす。
 またしても、仲間を巻き込みながら盗賊が地に伏した。
 クラウドも黙って静観などしていない。
 首領目掛けて強烈な斬檄を叩き込む一方で、足元にいくつも転がっている大きな石を蹴り飛ばし、遠くで狙撃しようとしていた盗賊の顔面にヒットさせた。

 一方、村人達は完全にパニックを起こした。
 悲鳴を上げながら逃げまどう。
 銃撃がいくつもあがり、人々の悲鳴が最高潮に達する。
 ティファとクラウドは、次々と聞こえてくる発砲の音にあろうことか…。


 ニッ…と笑った。


 バタバタと倒れるのは、盗賊達だけ。
 村人達は1人も怪我を負うこともなく、ただただパニックに陥って走り回っているだけだ。
 その奇妙な光景に、ルーシュと少年は目を見張るばかり…。
 村人達と一緒になって逃げまどうことなく、その場に立ち尽くし、一部始終を見た。

 盗賊達は自分達を襲っている『姿なき敵』に恐怖に陥れられた。
 首領も、クラウドとティファという『目に見える敵』以外にも敵がいることを悟らずにはいられなかった。

 ハッ!としてトパーズの瞳がギッ!と一点を睨んだ。
 村の裏口ゲートの上に佇む赤いマントを風になぶらせている狙撃手と視線が合う。
 端整な顔立ちをしたその『英雄』の後方には、WROの隊員達が隊列を乱さず、迅速に村を包囲しているのが窺えた。
 クラウドとの死闘を楽しんでいたとは言え、よもやここまで用意周到に包囲されているとは!

 ティファは勝利の笑みを浮かべながら、突然のSOSに見事に応えてくれた仲間たちに心から感謝した。

 首領は苦々しく舌打ちをしながら、ピタリ…、とバスターソードを喉元に突きつけたクラウドを睨み上げ…。



「約束通り、降参してやる」



 手下の大半を片付けたティファが、ことの展開の速さに呆然としているルーシュへ駆け寄ったのがクラウドの視界の端に映った…。


 *


「それにしても、ほんっとうにおめぇらには付き合いきれねぇ!夜中の3時に招集かけるか!?普通!俺様、めっちゃ寝てたんだぞ!?」

 飛空挺・シエラ号。
 空を雄大に飛ぶその巨大飛空挺の中で、艦長であるシドが不平タラタラ、クラウドとティファを軽く睨みつつタバコの煙を吐き出した。
 クラウドとティファは顔を見合わせ、肩を竦めあった。
 今回の非常事態は、はっきり言うとクラウドとティファのせいではない。
 むしろ…。

「本当にシドさん、すいませんでした」
「リーブ…、いや、おめぇが謝ることじゃねぇだろがよ…」

 仲間内、一番多忙で一番苦労性のリーブに頭を下げられ、シドは口ごもりながら気まずそうに頭を掻いた。
 盗賊の首領は、WROに入隊希望をしたことがある者だった。
 しかし、日頃からの素行の悪さ故に、入隊を許可しなかった。
 首領がWRO入隊を希望した理由は、WROの権力をかさにきて、好き放題するためだった。
 見事にその野望を阻止したリーブと人事部に対し、首領は逆恨みをしたらしい。
 今回の騒動も、本当の狙いはWROの隊員達をコテンパンにしてみせること。
 そうすることで自分の名を世界に馳せることが出来ると踏んだのだ。
 だが、幸か不幸か、ルーシュは『ジェノバ戦役の英雄』に助けを求めた。
 それならそれで、『ジェノバ戦役の英雄』を打ち負かした者として己の名を世に広めるだけ。
 首領はそう考えたということだった。
 なんとも自惚れた男である。

 盗賊団はWROの隊員達に完全に包囲されていることを知り、あっさりと投降した。
 中には歯をむき出しにして掴みかかった者もいたが、鍛え上げられた隊員達の前では赤子同然。
 痛い思いを『しこたま』味わい、連行された。

 クラウドは、ティファがヴィンセントに今回のSOSに応じてくれたことに感謝している姿をぼんやりと見ながら、頭の中はルーシュとその息子のことで一杯だった。

 去り際に見せてくれた彼女の満面の笑顔と嬉し涙。
 少年の『僕も大きくなったらお兄さんみたいになりたい!』と、目を輝かせて見つめてくれたあの表情。

「クラウド」

 柔らかな声音に、クラウドは我に返った。
 仲間達が怪訝そうな顔をして見つめている。
 クラウドはそっと目を伏せると、
「なんでもない…、ちょっと疲れただけだ」
 いつもと変わらない素っ気無い口調でそう言った。
 だが、仲間達には分かっていた。
 クラウドが何かを抱えていることを。
 そして、その『何か』を正確に知っている人がクラウドの傍にいることを。
 正確に知る人が傍にいる限り、今は少し感傷に浸っていても、絶対に大丈夫だということを…。

「クラウド…良かったね」

 寄り添うようにして隣に腰掛けたティファの温もりに、クラウドは伏せていた顔をそっと上げた。
 柔らかな微笑みを浮かべたティファに釣られて頬が緩む。

「あぁ…」

 たった一言だけの素っ気無い返事。
 だが、それでティファには充分だった。
 きっと、星の流れの中で眠っているクラウドの母親も、喜んでくれているだろう。
 クラウドがルーシュ親子に救いの手を差し伸べたその向こうにある本当の思いは、きっとクラウドの母親に届いているはず。
 ティファは身体から力を抜くと、クラウドの肩口に頭をもたれかけ、そっと目を閉じた。
 クラウドも全身からフーッ…と力を抜いて、ティファの頭に頬を寄せ、目を閉じる。

 そして2人はゆっくりと優しい眠りに落ちていった。


「2人とも、夕べは夜通し走りっぱなしだったから、疲れてんだな…」
「そのようだな」
「少し寝かせてあげましょう」


 仲間達は2人にそっとブランケットをかけ、その部屋を後にした。
 2人が仲間達の心配りに気づいたのは、エッジに到着するほんの少し前のこと。
 いまは、どうか優しい眠りに包まれて……。
 心と身体の疲れを癒すだけ…。


 ―『大丈夫、キミは俺よりも既に充分強い』―
 ―『どうして?』―
 ―『俺は親不孝者だからな。キミみたいに何を守るべきなのか、分かっていなかった…』―
 ―『そうなの…?』―
 ―『あぁ。一番大事なことだ』―
 ―『でも…お兄さんはやっぱり強いし、かっこ良かった!だから、僕も大きくなったらうんと強くなって、お母さんと村の皆を守れるようになる!』―
 ―『なれるさ』―
 ―『本当?』―
 ―『あぁ、保障する。絶対に将来、俺よりもすごい男になれる』―
 ―『えへへ、ありがとう、お兄さん!また遊びに来てね!』―


 ―『クラウドさん、ティファさん、本当になんとお礼を言ったら良いのか…!』―
 ―『いいえ、お礼を言うのは俺の方です』―
 ―『え…?』―
 ―『本当に……、ありがとう…』―


 母に似た女性に心からの感謝を伝える。
 実の母に出来なかったことを、時を経て叶えることが出来た奇跡を…。
 そうして、クラウドは心の中で感謝の言葉を並べた。


 俺を産んでくれて。
 俺を育ててくれて。
 俺を慈しんでくれて。
 俺を最後まで信じてくれて。



 本当にありがとう…、母さん。



 あなたの息子で……本当に良かった。



 きっと、心の声は届いているだろう。
 星で安らかな眠りについているたった一人の母に…。



 あとがき

 お待たせしました。
 記念すべき30万ヒットのリク小説です。
 リク内容は…。
 『リクエスト一覧』にてご覧下さい<(_ _)>
 今回、本当はもっと長く書いてみたかったのですが、ちょっとくどくなりすぎるかなぁ…と。
 皆様に少しでも楽しんでいただけると嬉しいです。
 リクして下さったケイ様に心からの感謝を込めて…vv
 このような素晴らしいリクをして下さったケイ様!!
 マナフィッシュ、本当に幸せです〜vv゜+。(*´ ▽`)。+゜