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 エッジの街が夕映えによって紅く彩られる。
 日暮が早くなり、風が涼しさを増して少々肌寒くなる季節だ。
 もうそろそろ、ビールよりも常温で頂くワインやウータイの地酒を温めたものが好まれる時期になってきた。
 しかし、セブンスヘブンの常連客達は、その肌寒さをものともしない熱い心を胸に、今夜もセブンスヘブンにやって来るのであった。



ウータイの忍と『何でも屋』(前編)




 チリンチリン…。
 ドアベルが可愛い音を立て、新たな客の来店を告げる。
「いらっしゃいませ~!」
 パタパタと可愛らしい足音を立て、この店の看板娘がたった今やって来た客に駆け寄り、その大きな瞳を見開いた。
「あ、こんばんわ~!お久しぶりです!」
 ツンツンと逆立った砂色の短髪、右眼は翠、左眼には眼帯をしている長身の青年と、その青年の頭一つ分ほど背の低い美少女が穏やかな顔で立っていた。
「こんばんわ!」
「ああ、久しぶり」
 看板娘の変わらぬ笑顔に、二人は自然と笑顔をこぼした。


 ― 何でも屋 ―


 かつて、クラウドの親友ザックスが、クラウドと共にミッドガルへ逃避行をしている際に提案した仕事。
 クラウドが親友とその仕事をする事はついに叶わなかったが、世の中不思議なもので、クラウドやザックスと全く繋がりの無いこの二人が現在生業としている。
 何でも屋としての腕前も中々のものらしく、『腕利きの何でも屋』としてエッジでは近頃評判だったりする。
 そんな忙しい二人が初めてセブンスヘブンを訪れたのが約一ヶ月前。
 当時の仕事の依頼主である初老の女性に勧められたのがきっかけだった。
 それから店にやって来る事は出来なかったが、こうして当然のように温かな笑顔を向けてくれる看板娘に、何でも屋の二人は胸を温かくさせた。


「お仕事、忙しいんですか?」
「うん、まぁまぁね」
「とっても腕が良いってお客さん達がしょっちゅう噂してましたよ~!」
「え?本当!?嬉しいな~、ね、セトさん!」
「ああ、そうだな」
 テーブルに案内し、テキパキとメニューを差し出したりおしぼりを並べたりしながら、嬉しそうに話しかける看板娘に、何でも屋の二人は顔を綻ばせた。
 こんなに小さいのに、既に客の心を掴む術を身につけているマリンに、内心で舌を巻く。
 それでいて、仕事の手際も実に素晴らしい。動きの一つ一つに無駄がない。
「それでは、ご注文がお決まりになりましたらお呼び下さいネ」
「は~い!」
「ああ」
 パタパタと次のお客の元へと去って行くその愛くるしい小さな背中を見送りながら、二人は口を綻ばせた。
 と、そこへ…、

「あ!!何でも屋の兄ちゃんと姉ちゃん!!」

 少々大きな声が上がり、二人は驚いて振り向いた。
 そこには、この店の看板息子が料理の乗った盆を両手に、目をキラキラさせながら立っていた。
「あ、こんばんわ~!」
「久しぶりだな。相変わらず元気そうだ」
「本当だよ、今度はいつ来てくれるのかとずっとヤキモキしてたんだ~!!」
 少々拗ねたような口ぶりにマナは吹き出し、セトは苦笑した。
「本当は毎日でも来たいんだけどね~。ね、セトさん?」
「ああ。でも中々そうは行かなくてな」
「でも、結構毎日来るお客さん多いんだぜ、ここ」
 グルッと店内を見渡してそう言うと、「でも、いっか。こうして来てくれたんだしさ!」と満面の笑顔を見せる看板息子に、二人は穏やかで安らいだ感情が胸に満ちるのを感じた。
 確かに、この店は心安らぐ要素が詰まっている。
 低価格なのに美味しい料理と豊富なメニュー、そして看板息子と看板娘の笑顔、何よりこの店の女店長の温かな眼差し。
 そう言ったものが、疲れた心身を癒してくれる。
 毎日この店に来るという常連客が多いのも頷ける話だ。
「それじゃ、ゆっくりしてってね!後で面白い話とか聞かせてよ!」
「うん!」
「…あまり面白い話は無いぞ…?」
 それぞれ反応の違う二人に笑顔を見せると、デンゼルは料理を運ぶべく奥のテーブルへと去って行った。

「ねね、セトさん。何にします?」
 メニューに視線を落としたまま声をかける相棒に、セトは隻眼の瞳を優しく細めた。
「この前の『お袋の味セット』は美味かったな」
「そうですよねぇ!あ~、でも何だか今日は『温かセット』も惹かれるんですよ~!」
「『温かセット』?」
 メニューを覗き込むと、なるほど、彼女が心惹かれる料理が溢れている。
「『炊き込みご飯』『貝と豆腐の味噌煮込み鍋』『きのこ天ぷら』それに『ふろふき大根』……えらくボリューム満点だな」
 華奢な彼女がそれらを全て食べられるだろうか…?
 いや、無理だ。
 彼女が何か言いたそうに自分を上目遣いに見つめてくる。
 セトは「はぁ~」と溜め息を吐いた。
「分かった。俺がそれを注文するから少し分けてやるよ」
「やった~!ありがとう、セトさん!」
 諸手を挙げて喜ぶ彼女の姿に、セトは苦笑するしかない。
 しかし、実際『温かセット』を目にして自分自身も心惹かれたのだし、問題は無い。

「すみませ~ん!」
 手を上げて看板娘を呼ぶマナに、「はぁい!」と意外に近くから返事が返ってきた。
「こんばんわ!お二人ともお久しぶりね、お元気そうで何よりだわ!」
「ティファさん!」
「あ、こんばんわ」
 この店の女店長、ティファ・ロックハート。
 この前来た時と変わらぬ温かな眼差しを向け、ニッコリと微笑む彼女の姿に、二人は笑みを返した。
「フフ、来てくれて本当に嬉しいわ」
 その一言が、営業用でない温かみを帯びている事に、何とも言えない幸福感が押し寄せる。
「そう言って頂けて私達も嬉しいです!」
 ニコニコと返答するマナに、ティファは「ありがとう」と益々笑みを深くした。



「はい、少々お待ち下さいね。お飲み物だけすぐお出ししますから」
 そう言ってカウンターへきびきびとした足取りで去って行く彼女の背中からは、凛とした輝きが放たれている。
 その後姿を恍惚とした表情で何人もの男性客が見つめるのも、頷けると言うものだ。
 セトは、ここでもう一人のセブンスヘブンの住人がいない事に気がついた。
 彼にしては珍しくキョロキョロと見渡している姿に、マナが無言で首を傾げる。
「ああ、いや。『彼』が見当たらないな…と思って」
 相棒の疑問を察して説明すると、「ああ、そう言えば」と彼女も店内を見渡した。

 金髪・碧眼の青年、クラウド・ストライフ。

 この前来た時には、水色のエプロンを身に着けて自分達をテーブルに案内してくれたジェノバ戦役の英雄のリーダー。
 その彼の姿が今夜は見当たらない。
 デリバリーの仕事をしているのだろう…と見当はつくが、何となく物足りない気持ちを二人は感じていた。
 この店に来ると決めた時、無意識に彼の姿を再び目に出来る事を楽しみにしていたのだ。
 いや、『彼』の姿でなく、『彼ら』の姿を…だ。
 彼と彼の家族のやり取りを見る事が楽しみだった。
 心温まる家族のひとコマ。それは、本当に素晴らしいものだったと思う。
 血の繋がりは無いが、心と魂でしっかりと結ばれている素晴らしい家族。
 その家族の醸し出す空気によって、この前は本当に力を貰ったのだから。

「ま、いないんじゃ仕方ないな」
 そう口にしつつもどこか残念でならない、と言わんばかりのセトの表情に、マナは口許を綻ばせた。
 彼がここまで心を許す姿を見るのは本当に珍しい。
『本当に良いお店だよね』
 セブンスヘブンを教えてくれた初老の女性に、改めて感謝をするマナであった。



「美味しい~!」
「うん、美味い」
 運ばれてきた料理にいそいそと箸をつけた二人が、幸せそうに思わず唸るのを見て、看板娘は顔を綻ばせた。
「えへへ~、有難うございます!」
「本当にこのお店は何でも美味しいのね!」
 感動ひとしおと言わんばかりに、目を輝かせるマナとは対照的に黙々と箸を動かすセトにマリンは素直に喜んでいた。
「そうやって言ってもらえると、仕事頑張って良かった~!って思っちゃいます」
「うんうん、分かるよその気持ち。私達も、依頼を無事にこなせた時、依頼主の人に喜んでもらえたら『あ~、頑張って良かった!次も頑張ろう!!』って思うから!」
 肉じゃがをもう一口口に運び、「ん~、本当に美味しい!お母さんの味がする」と感動の声を上げるマナに、マリンは嬉しそうな顔をしながら他の客の接客へと去っていった。
 入れ替わる様に、デンゼルが近くのテーブルへと通りかかった。
「あ、『温かセット』美味しいだろ?」
「ああ、美味い!」
 セトの料理を見て声をかける。
 素直に頷く青年に、看板息子はどこか誇らしげに笑顔になると、「それ、最近の新メニューなんだ!きのこの天ぷらのレシピは俺の母さんの隠し味が使ってあるんだ」実に嬉しそうに語った。
「そうか。うん、本当に美味い」
「あ、良いなぁ。セトさん、私も一口頂戴」
「ん、ほら」
 セトに天ぷらを一つ貰ったマナが、早速口に運ぶ
「ん~!本当だ、美味しい~!!」

 歓喜の声を上げるマナに、満足そうな顔でデンゼルが目的のテーブルへと足を向けた。
 マナが、天ぷらのお礼にと自身の料理の中からセトに何が良いか訊ねる。
 それはとても自然で平和な光景のひとコマ。

 しかし…。
 セトが「じゃ、これ」と言いつつ鶏肉の野菜炒めを指したと同時に、セブンスヘブンの平和で自然な光景は幕を閉じた。



 バタン!!
 突然乱暴に押し開けられたドアに、店内の全員はギョッとして振り向いた。
 そこに現れた人物に、「「「あ!!」」」と、セブンスヘブンの住人が声を上げる。


「世の中の希望の星、そしてウータイにこの人ありと恐れられている美少女ユフィちゃん、華麗に参上!!!」


 ババーン!!という効果音が付きそうな登場の仕方に、客達は皆唖然と口を開けている。
 その驚いた顔、顔、顔の山に、ユフィは満足そうに、うんうん、と頷きながら、苦笑して腰に手を当てているティファに駆け寄り、勢いを殺さずそのまま抱きついた。
「ティファ~!元気してた~!?」
「勿論よ、ユフィは聞かなくても元気だった見たいね~」
「フッフッフ。あたりきしゃりき~!」
「それで、急に来たりして今夜はどうしたの?」
 それには答えず、ユフィはキョロキョロと店内を見渡してからニヤ~っと笑った。
 その笑みは、悪戯が成功した時に見せる子供の笑顔。


 ― 絶対何か悪い事企んでる!! ―


 ティファだけでなく、店内の誰もがそう直感した。

「ユフィ、駄目よ悪戯したら…」
「しっつれ~な!悪戯なんかしないよ!」
「クラウドに対して…って言ってるんだけど…」
「ぐっ……!!」

 言葉に詰まってあらぬ方へと視線を流すお騒がせ娘に、店内の客達はサーッと青ざめた。


 ― クラウドさんに悪戯するつもりだったのかよ!? ―
 ― 何て命知らずな ―
 ― ありえん!! ―


 皆の驚きを余所に、悪戯を仕掛ける前に釘を刺されたユフィは、登場した時とは打って変わって少々小さくなっていた。
 目の前のティファが、笑顔を見せながらも鋭い視線で見下ろしているのだ。小さくならない人間などいるのだろうか……?

「全く、どうしてユフィはクラウドをからかうのかしらね~」
 呆れ返りながらも、空いているカウンターの席へ案内するティファに、ユフィは「チッチッチ」と指を振って見せる。
「これが私の愛情表現じゃん。あ、大丈夫、愛情表現っつってもティファと同じ感情とは別物だから~」
「ユ、ユフィ!」
「お~お~!相変わらず初々しいねぇ」
 カウンターのスツールに腰掛けてニヤニヤと笑いながら、ブラブラ足を揺らすお騒がせ娘を軽く睨む。
 そんな二人のやり取りに、静まり返っていた店内も少しずつ客達の話し声が戻って来た。
 当然、その会話というのは、急に現れたお騒がせ娘の事だ。
『おい、クラウドさんに悪戯しようって、とんでもねぇ命知らずだよな』
『いや、もしかしたらあの女の子だと、旦那も笑って許すんじゃ…?』
『えー!?そうかなぁ、でもそうだとしたらあの子って一体……?』
『ティファちゃんともかなり仲良いみたいだし…』
『ん、ん~?そう言えば、さっきティファちゃん、『ユフィ』って言わなかったけか?』

「「「「あ…」」」」

 何人かの頭が、同じ答えを導き出した。
 何人かの頭が、数日前の惨劇を思い出した。
 何人かの顔が、みるみるうちに強張った。


 ― 思い出した!! ―


 無言のまま、目で会話する。

 数日前、ジェノバ戦役の英雄達が突然、営業中の店にやって来た。
 その際、酔っ払った忍者娘が手裏剣の腕を店内で披露するという暴挙に出たのだ。
 それを知った女店長が、忍者娘を叱責するという本当に稀な光景を、その日の晩の客達は拝んでいたのであった。
 当然、その話は常連客達の間であっという間に広まった。
 その日に居合わす事の出来なかった人達の悔しがり様は並みではない。
 そして、今夜ここにいる数名の者がまさにその人達の一部であったりするのだ。

『こりゃ、面白い事になりそうだな!』
『いや、もしかしたら死人が出るんじゃ…』
『大丈夫だって!ティファちゃんがいるんだし~』
『いや、ティファちゃんがいるから…何だが…』
『???』
『いや、いい…』


「どうしたんでしょうね、皆、何だかヒソヒソ話してますけど…?」
「…さぁ…な…?」
 周りに対して無関心を装いながら、目の前の料理を味わっているセトを見てマナは微笑んだ。本当は彼が全神経を尖らせて周囲を窺っている事を知っているのだ。
 その彼が、「さぁ?」と首を傾げるだけで済ませたのだ。
 特に大した事にはならないと判断した結果だろう。
 マナはカウンター席に座り、楽しそうにティファと話しこんでいるユフィをチラリと見ると、自分の料理を再び食べ始めた。



「へぇ、あそこの二人が」
「ちょ、ちょっとユフィ!」
 そう言う声が聞えた気がして、セトとマナは顔を上げた。
 二人とも、丁度食後のデザートについて悩んでいたのだ。
「よ!」
 顔を上げた二人に、ユフィが気軽に片手を上げる。
「あ、こんばんわ」
「………」
 キョトンとしつつも挨拶を返したマナにユフィは笑顔を…、そして何も返せなかったセトには……。
「ん~、こっちのお兄さんは無愛想だね~。まるで誰かさんみたいだな~」
 顔をズイッと無遠慮に近づけると、わけが分からず固まっているセトのおでこをピンッと指ではじいた。
「???」
「こら~、こんなにキュートなお姉さんが話しかけたんだぞ!何か言う事あんでしょうが」
 はじかれたおでこを片手でさすりながら、尚、目を白黒させているセトの目の前で、ユフィは何故か威張るようにして腰に手をあて、ふんぞり返った。
「こら、ユフィ!」
 慌ててカウンターからティファが飛んでくる。
「だってさ~、この兄ちゃんってクラウドに似てるもんだからついつい…」
 舌をペロリと出しながら全く悪びれる風も無いユフィに、ティファは肩を落とす。
「ごめんなさいね、セトさん。ほら、ユフィも謝りなさい」
「ん~、ごめん…?」
「何で疑問系なの!ちゃんと頭下げて!」

 プッ!

 ポカンと口を開けてその様子を見ていたマナが、耐え切れずに吹き出し、肩を小刻みに震わせて笑い始めたのをきっかけに、ドッと店内が笑い声に包まれた。

「いや~、本当にティファちゃんは良いお母さんだよな!」
「ティファちゃん、大変だな~。小さな子供が二人に大きな子供も二人抱えてさ~!」
「……大きな子供二人って誰だよ…?」
「ユフィの嬢ちゃんにクラウドの旦那~!」
「「「なるほど~!!」」」
 沸き立つ店内に、笑顔がこぼれる。
 子ども扱いされたユフィと、何故かユフィのターゲットになってしまったセト、そして困ったような顔をするティファだけが、その輪から外れていたのだった。




 あとがき

 すみません!やっぱり長くなりました~(汗)。
 後編にはクラも登場する予定です…!!
 ああ、でも…どうなるかしら、これからの展開…(苦笑)。

 では、後編に続きます!