ベールの向こうの『何でも屋』(後編)




 出された料理が姿を消し、そろそろ勘定を…と二人が腰を上げようとした時、漸く待ち焦がれていたエンジン音が店に向かって響いてきた。
 子供達がいち早く反応し、パッと顔をドアに向ける。
 そして、いつものようにカウンターの中にいるティファに了承を得るように窺い見ると、ニッコリと微笑まれたのを確認するや否や、脱兎の如くドアに向けて駆け出した。
 二人によって勢い良く開かれたドアが、いつもよりも大きく軋み、ドアベルも少々荒くその音を鳴らす。

「「お帰りなさい!!」」
「ああ…ただいま」

 満面の笑みで出迎えた子供達を、金髪の青年は、紺碧の瞳を細めて見下ろした。
 そして、そっと屈みこむと、子供達を軽々と片腕ずつで抱き上げ、店の中へと入って来た。
「おかえりなさい、クラウド」
「ただいま、ティファ」
 ふんわりと笑顔を浮かべた女店主に、クラウドは一層穏やかな眼差しになって口許を緩める。
 それは、セブンスヘブンでは日常的に見られる家族の温かなワンシーン。
 そのワンシーンに、胸を温かくする常連客もいれば、歯噛みしながらグラスを仰ぐ常連客もいる。
 実に、様々な客がるのだが、これまでそのシーンに割り込む者は誰一人いなかった。
 しかし、今夜は例外中の例外がいるわけで…。

「お〜お〜、相変わらずアツアツだねぇ!見てるだけで大火傷しちゃうよ!」

 その冷やかしに、クラウドの微笑がピシリと凍りついた。
 ギギギ……と、油の切れたロボットよろしくゆっくり、ぎこちなく振り返る。

 …………。
 ……………。

「じゃ、ティファ。すまないが疲れたから先に休む…」
「むわて〜〜い!!!!(待て〜〜〜い!!!!)」
 クルリと踵を返して居住区に逃走を計ろうとしたかつてのリーダーの襟首をむんずと掴み、その思惑を阻止したお元気娘は、心の底からイヤそうな顔をする青年の鼻先に指を突きつけた。
「アンタ!折角こんなにプリティーな仲間が乗り物酔いにもめげずに遊びに来てやったのに、その態度は無いんじゃないの!?!?」
「……俺は頼んでないし、招待してない…」
「キーーー!!!可愛くない!!」
「可愛いだなんて思ってもらいたくないな…」
「こんの〜…ああ言えばこう言う…全くほんっとうになんて性格の悪い奴なんだ!!ティファ、こんな無愛想で無表情で冷血漢で面白みの無い朴念仁男、さっさとドブにでも捨てちゃって新しい良い男探しなよ!!」
 ギャーギャー騒ぎ立てるユフィの声は、喧騒溢れる店内でも一際大きかった。
 しかも、女店主の恋人が営業中に帰宅できる事は珍しいのだ。
 自然とクラウドとクラウドに絡むユフィに店内全員の視線が集中する。
 クラウドにとっては実に居心地の悪いことこの上ない。
 助けを求めて自然に視線を送る相手は、やはり…。
「ユフィ…クラウドがこんなに早く帰ってこられたのは久しぶりなの。だから、ゆっくりさせてあげて頂戴」
 苦笑いを浮かべながらカウンターから出てきた女主人に、お元気娘は渋々席に戻った。
「ちぇ〜!ティファって相変わらずクラウドに甘いよな〜!」
 唇を尖らせながら、グラスに残っていたカクテルを飲み干すユフィに、やれやれ…と溜め息を吐いたクラウドは、見覚えのある顔が三つ、ユフィと同じテーブルに着いているのに気がついて目を丸くした。

「ヴィンセントに『何でも屋』の二人じゃないか!」
「こんばんわ!」
「こんばんわ…お疲れ様です…」
「…久しぶりだな」
 驚いて思わず高い声を出したクラウドに、何でも屋の二人は苦笑、ヴィンセントは相変わらずの無表情で応えた。
「来てたのか…」
 気付かなくてすまない…。

 ユフィとは明らかに違う柔らかな物腰で対応する。
 それに猛然と抗議するユフィをさらりと無視すると、寡黙な仲間の肩を一つ叩いた。
「お疲れ…」
「まったくだ…」
 阿吽の呼吸で交わされる短い会話に、ユフィが益々頬を膨らませる。
 悔し紛れにユフィがクラウドの後頭部に手を振り上げた瞬間、横からスッとティファの白い手が差し出された。
 やんわりと押さえ込むと、「こら!悪戯ばっかりしちゃだめでしょ?」苦笑交じりに反対の手に持っていた唐揚げの乗った皿を差し出す。
 たちまち唐揚げに意識を奪われてご機嫌になるお元気娘に、何でも屋の二人は感嘆の眼差しを女店主に送った。
「じゃ、少し汗を流してくるから」
 そう言って軽く会釈をすると、ゆったりとした足取りで居住区へと去って行った。
 その背中に、「早く来てよね〜!」「クラウドの好きな料理、ティファが沢山作ってるからさ!!」と、子供達が声をかけた。
 階段に消える間際、青年の耳がほんのりと赤くなったような気がしたのは、恐らくセトとマナの気のせいではないだろう…。
 ふと視線をティファに転じると、子供達に向かって「こら〜!」と怒った顔をしているが、真っ赤になったその表情では威力が全く感じられない。
 クスクス笑いながら「「ごめんなさ〜い」」と仕事に戻る子供達と、赤い頬を押さえたティファがカウンターへ戻る姿は、常連客達の心を和ませる効果が抜群のようだ……一部を除いて。
「セトさん、セトさん」
「ん…?」
 そっと腕を引っ張られ、マナが視線で示す方を見ると、ニヤニヤ笑いながら「やっぱりここの家族は理想だねぇ」と上機嫌の客と、その後ろのテーブルではガックリとうな垂れて自棄酒を煽っているらしい若い男が数人。
「ティファさんって本当にモテるんですねぇ…」
「そうだな…あそこまで人の感情を左右するとは…」

『『凄い女性だ』』

 セトとマナは顔を見合わせるとクスリと笑い合った。



 暫くして、クラウドが生乾きの髪から雫をこぼしながら降りてきた。
 向かうは勿論、仲間と何でも屋の二人がいるテーブル。
 そこは、四人席なのだが、気を利かせた子供達が無理やり椅子をもう一脚設置していた。
 そして、その空いている席の前にはクラウドの好きな強めのお酒。

「おっそいぞ〜!」
 すっかり出来上がっているお元気娘が、陽気に自分のグラスを掲げている。
 ヴィンセントは相変わらず無表情で席に着いていたが、クラウドを視界の端に認めると、やれやれ…と言わんばかりに肩を竦めて見せた。
 自分ばかりがユフィのお守りをするのに疲れた…と言うところだろう。

 クラウドはそんな仲間に同じく軽く肩を竦めて応えると、腰を下ろして改めてセトとマナに「良く来てくれたな」と声をかけた。
「いえ!こちらこそご無沙汰してました」
 ニコニコとマナが答え、隣でセトがコックリと頷く。
「二人共、噂は聞いてる。相変わらず順調みたいだな」
「はい、でもやっぱり私は戦闘関係ではセトさんの足を引っ張るだけで…」
 眉尻を下げて弱々しく笑みを浮かべる相棒に、セトは溜め息を吐いた。
「いつも言ってるだろ?マナの『ヒーリング』能力のお陰でここまでこれたんだって」
「…はい、でも…」
 最後までマナは言い終えることが出来なかった。
 更に言葉を続けようとしたマナを遮ったのは、セトではなく……。

「「「ヒーリング能力!?」」」

 セトとマナは、英雄三人の驚いた声にギョッとして思わず身を反らせた。
 三人が三人とも、目を丸くしている。
 あの、寡黙で無愛想なクラウドとヴィンセントまでもが、信じられないと言う顔をしてじっと見つめていた。
「え…っと…。あの…」
「ねね、ヒーリングって『治癒』の事だよね!?」
 言葉に詰まるマナに、ユフィが身を乗り出す。
 間近に迫ったお元気娘の顔に、マナはこれ以上反り返れない程椅子の上で身を反らせると、コクコクと無言で頷いた。
 ユフィの気迫に言葉が麻痺してしまったかのようだ。
 ユフィは、頷くマナにガタンッと音を立てて自分の席に戻ると、左右の仲間に呆然とした声を漏らした。

「クラウド…ヴィンセント…」
「「…………」」
「何か…信じられないよね…」
「「…………」」
「エアリス…みたいな力持ってる子が他にもいるんだなんて…」
「「…………」」

 ユフィの言葉に、二人は無言だった。
 しかし、その表情はユフィと同じ…どこかとても複雑で…それでいて……。
 とても温かな印象を与えるものだった。

 何でも屋の二人はそんな英雄達を前に、困ったように顔を見合わせ、落ち着きなくそわそわとするばかりだった。

 そこへ、ティファがクラウドの為に新しい料理を盆に乗せてやって来た。
 テーブルの異様な雰囲気に眉を顰める。
「どうしたの、みんな…?」
 ティファの声に、ユフィはガバリと立ち上がると、思い切り抱きついた。
 危うく盆の料理を床にぶちまけそうになりながらも、何とかそれを防ぐ。
「ちょ、ちょっとユフィ!」
 クラウドがティファの両手から盆をサッと受け取り、ひとまずその場の全員がホッと息を吐いた。
 しかし、ギュウギュウとティファにしがみついているユフィは、離れようとしない。
 ユフィが悪戯をしたり突然予想外の事をするのはいつもの事だが、今夜のように上機嫌だったのが突然泣きそうな顔でしがみついてきた事は初めてだ。
 困惑してクラウドを見ると、クラウドもヴィンセントも一様に複雑な顔をしている。
「ね、どうしたの?話してくれないと分かんないんだけど…。」
 他の客達も何事かと驚いた顔をして視線を送ってくる。
 どうにも居心地の悪い空気が漂う。
 そんな中、マナが恐る恐る口を開いた。
「あ、あのう…、私が『ヒーリング能力』があるって言ったら…皆さん驚かれてしまって…」

「え……?」

 困惑していたティファの表情が一転、驚愕に変わる。
 ティファの変化に、セトとマナは再び驚いた。
 自分達が何かとてつもなくまずい事を口にした気分になる。
 何とも言えない重苦しい雰囲気を破ったのは、ティファの笑顔だった。
「そう…マナさんも…」
 嬉しそうに…それでいて何か思い出して胸を痛めているような…そんな沢山の感情が入り混じった微笑。
 セトとマナは、その笑みを前にただただ困惑するだけだった。




「そうだったんですか…お仲間を…」
「ええ…。とっても素敵な女性だったわ。明るくて、いつでも笑顔で温かくて…」
 ほんの少し遠い目をしてティファによって語られた過去に、セトとマナは漸く英勇達の驚いた理由を理解した。
 ユフィは、今は椅子に腰を下ろし、グスグスと鼻を啜りながらカクテルを口に運んでいる。
「ごめんなさいね。びっくりしたでしょ?」
 苦笑いを浮かべるティファに、マナは困ったように微笑み、セトは「はぁ、まぁ…」と曖昧に言葉を濁した。
「でもね。私達にとって、エアリスはかけがえの無い人だったの。ううん、今でもとても大切な仲間で、友人なんだ。だから、彼女と同じ能力を持ってるって知って、びっくりしちゃって、取り乱しちゃった」
 ごめんね?

 セトとマナに謝罪の言葉を残すと、ティファは仕事に戻って行った。
 まだまだ作らなくてはならない注文の品が山のようにあるのだ。
 彼女の後姿を見送り、二人は改めて英勇達に視線を戻した。
 ユフィは…やはりグスグス言いながらチビチビカクテルを口に運んでいる。
 ヴィンセントとクラウドは…流石と言うか、もう落ち着きを取り戻していた。
 二人の視線に気付いたクラウドとヴィンセントは、フッと口許に笑みを浮かべ、
「さっきはすまなかった」
「まさか、エアリスと同じ能力を持った人がまだいたとは思わなかったから…」
 と軽く頭を下げた。
「いえ!良いんです、そんな大したことじゃないですから!」
「それに、そんな事があったのなら誰だってびっくりしますよ…。実際、俺もマナ以外、治癒の力を持った人に会った事は無いですし…」

 それからは、何となく話す事もなく皆がそれぞれのグラスを口に運んび、時折ユフィのグスグスという鼻を啜る音だけが聞えてきた。

「どうしたの?さっきは賑やかだったのにさ…?」
「まるでお通夜みたいだよ?」

 お店が漸くひと段落着いたのだろう。
 子供達が不思議そうな顔をしながら顔を覗かせた。
 その頃にはユフィも泣き顔から立ち直っていたが、いつもの活気は無かった。
「ユフィ…さっきティファに抱きついてたけど、何かした?」
 デンゼルのちょっぴり皮肉を利かせた台詞にすら、ユフィは反応しない。
「お子様には分からない事が世の中にはあるんだよ…」
 一言そう答えただけだった。
 元気の『げ』の字も無いユフィに、子供達二人は目を丸くした。
 そして、セトとマナ、クラウドとヴィンセントに説明を求めるように視線を送る。
 クラウドは苦笑しながら、子供達を両足の上に乗せると、先程の話をかいつまんで説明した。

「「え〜!!」」

 案の定、子供達の驚いた声が店内に響く。
 店に残っていた少しのお客達が、何事かと振り返るが、そのテーブルの面子を見て「あ〜、いつものメンバーね」と納得して自分達の世界に戻って行った。

「それじゃ、マナお姉ちゃんってお花のお姉ちゃんと同じ一族なの?」
「「「「え!?」」」」
 マリンの質問に、大人達はびっくりする。
 確かに、エアリスと同じ能力を持っているなら、同族と考える方が自然だろう。
 しかし、ツォンを初め、神羅の人間はエアリスを『最後のセトラの民』と呼んでいなかっただろうか…?
 もしかして、エアリス以外に生き残った『セトラの民』がいたのだろうか!?

 淡い期待を抱いて英勇達がマナを見る。
 しかし、マナは申し訳なさそうな顔をするばかりで、「ごめんなさい、そうじゃないの…」と、首を横に振った。
「あ…そうだよね。うん、分かってたんだ。だって神羅の人間がエアリスが『最後の生き残り』って言ってたし」
「ああ…」
「だから、マナさんが気にすることはない。すまなかったな、変に驚いたりして…」
 ちょっぴり寂しそうな顔をする英雄達だったが、それでもどこか温かな眼差しでマナを見た。
 それは、恐らくエアリスという大切な仲間と同じ力を持った人間がこの星に存在する…只それだけで、彼女がこの星とまだ繋がっている…そんな気持ちになれるからだろう。
 エアリスの面影は当然マナにはない。
 しかし、エアリスと同じ力をマナは持っている。
 その力で、相棒であるセトを助けている。
 その事実だけでクラウド達は充分な気がした。

「うん、本当にごめん!取り乱しちゃってさ〜!嫌な気分にさせちゃって!」
「いえ、そんな…」
「いやいや、この私とした事があんな醜態を晒しちゃうだなんて…!よ〜し、飲みなおしだ〜!!」
「……何でそこで『飲みなおし』になるんだ…」
 すっかり元気を取り戻したユフィに、クラウドがボソッと呟いたが、当然その呟きは華麗に無視された。

「ティ〜ファ〜!!今日はこの何でも屋の二人の分は私が奢っちゃう!!だから、もっとお酒じゃんじゃん持ってきて〜!」

 カウンターで作業をしているティファに、陽気な声をかける。
 子供達がクラウドの膝からピョンと飛び降りると、ティファの元へ駆けて行った。
 ユフィの要望どおり、ティファが新しいお酒と料理を作る事が分かっているから、その手伝いに買って出たのだ。
 子供達の予想通り、ティファはニッコリ微笑んで了承の合図を送る。
 しかし、そのやりとりにセトはにわかに焦り始めた。
「あ、あの…俺は…」
「はいはい!年上の言う事は聞くもんだよ〜!」
 セトの言葉を封じながら、満面の笑みで子供達が早速運んできたアルコールを手際よく配り始める。
 この時点でセトの顔が強張っているのに気付いているのは、マナ一人。
 そして、そのマナの目の前にも軽めのカクテルが配られていた。
 しかし…。
 セトの前にあるグラスの中身はどう見てもクラウドやヴィンセントが口にしているようなきつい酒…。
「は〜い!じゃあ、改めて〜…」
 グラスを掲げて乾杯の音頭を取ろうとしているユフィに、クラウドとヴィンセントが「やれやれ」と肩を竦めながら自分のグラスを手にする。
 そんな雰囲気の中、『実は俺、酒が飲めないんです』だなどと、どの口が言えようか…?
 仕方なくセトは意を決して自分の前に置かれたグラスを手に取った。


 数分後…。


「ありゃりゃ…セトって酒弱かったんだ…」
 グラス半分で顔を真っ赤にさせ、テーブルに突っ伏してしまったセトに、ユフィが頬を掻いた。
「そうなんですよ…」
 苦笑しつつセトが料理に顔を突っ込まないよう、周りから食器をどけながらマナが答える。
 耳まで赤くなったセトに、クラウドは苦笑いを浮かべた。
「言ってくれれば良かったのに……ま、あの雰囲気じゃ言い出せないか…」
 う〜う〜、と低い声で唸り声を上げているセトに、英雄三人は困ったように顔を見合わせ、マナはひたすら心配そうに背中をさすり続けた。
「あら?セト君、どうしたの?悪酔い?」
 丁度他のテーブルを片付けに向かっていたティファが、セトの様子に気付き、心配そうに眉を寄せる。
「酒が弱いらしいんだ」
 クラウドの一言に、ティファは「しまった〜…」とこぼす。
「私、いつも彼がウーロン茶しか飲まないのは、翌日の仕事とかで影響が出るのを防ぐ為だとばっかり思ってたの。だから、弱いだなんて少しも考えなかったから……」
「から…?」
「…クラウドとヴィンセントが飲んでる奴と同じのを入れちゃった」
「……それは下戸の彼にはきついな…」
 ヴィンセントの一言に、ティファは申し訳なさそうに突っ伏しているセトを見た。

「なんだったら今夜はここに泊まって?毛布ならあるし、私達のベッド使ってくれたらいいし」
「え!?いえ、そんな、大丈夫ですよ、もう少し時間が経てば……多分」
 恐縮して手を振るマナに、「でも…そうかしら…無理な気がするんだけど」とティファが酔いつぶれたセトを見る。
 相変わらず低い呻き声を上げているセトは、端から見ていても気の毒な事この上ない。
「大丈夫だよ。マナ姉ちゃんとセト兄ちゃんは俺とマリンのベッド使ったら良いじゃん。俺達は、クラウドとティファのベッドで一緒に寝れば良いんだしさ」
 ひょこっと顔を覗かせたデンゼルが快活に言い切った。
 クラウドとティファも、その言葉にコクコクと頷いてみせる。
 ユフィは「あ〜あ、じゃあ、私とヴィンセントは店の中で寝袋だなぁ…」とぼやいていたが、言葉の割には嫌がっては無い無いようだ。
 ヴィンセントは……どこまでも無表情で「なるようにしかならない」と一種の傍観者を決め込んでいる。

 マナが、「それじゃ…お言葉に甘えて…」と答えようとした時、「う〜〜…」と呻きながらセトが顔を上げた。
 顔を覆うようにして顔を上げ、「大丈夫です…宿も取ってるし…帰ります…」と、途切れ途切れ断りの台詞を口にする。
 しかし、顔を覆っていた為、顔から手を離した拍子に、彼の左の眼帯が手先に引っかかり、彼が完全に顔を上げた瞬間はらり…と取れてしまった。

 眼帯の奥から現れたのは、右目の翠とは違う色の瞳。
 魔晄に近い紺碧の瞳に、皆の目がまん丸になった。

 悪酔いで意識が朦朧としていたセトは、目の前の人達が固まっているのに首を傾げた。
 ふと違和感を指先に感じ、手先に引っかかっている眼帯に気付いて、漸く事態を把握する。
「あ…!!」
 慌ててその左目を隠そうとするが、その手をデンゼルが身を乗り出してガシッと押さえつけた。
 とても子供の力とは思えない。
 そして、ジーッとセトのオッドアイを見つめると感嘆の溜め息を吐いた。
「うっわ〜〜!すっげー綺麗!!」
「本当だ〜!!すご〜い!!」
 マリンまでもがいつの間にかやって来て、その彼の瞳をまじまじと見上げていた。
 子供達の賞賛の言葉に、セトは目を丸くし、困惑したようにマナを見た。
 マナは、柔らかな微笑を浮かべてコックリと頷いた。
「セトさんが思ってる以上に、セトさんの目は素敵なんですよ」
 いつも言ってるじゃないですか…。

 そう言ってマナは嬉しそうに子供達を見つめた。
 子供達がセトのコンプレックスであるオッドアイをすんなりと受入れてくれた事が、本当に嬉しくてたまらないのだ。
「珍しいじゃん!カッコイイ〜!!」
 ユフィまでが目をキラキラさせてセトを覗き込む。
 クラウドとティファ、そしてヴィンセントは、セトをじっと見つめる三人の『子供達』に穏やかな眼差しを向けていた。

「どうして眼帯なんかしてたんだ?勿体無いよ〜!」
 口を尖らせるようにして言うデンゼルに、「いや、家族で俺だけだからな…。それで何となく…」と頬を掻きながら返答する。
 すると、腰に手を当てるようにしてマリンが口を開いた。
「でも、それでセトのお兄ちゃんって苛められたことあるの?」
「いや…それは…ないけど…」
「じゃあ、隠す事ないって思うなぁ。私達、目が紫のお兄ちゃん知ってるけど、そのお兄ちゃんってば、小さい頃から目の色の事で物凄く苛められてたんだって」
「「「え!?紫!?」」」
 マリンの言葉に、セトとマナだけでなく、ユフィとまでもがびっくりする。
 声こそ上げなかったが、ヴィンセントも肩眉を上げた。
「あ、そうか。ユフィとヴィンセントはまだ会ったことなかったっけ?」
「え〜!誰それ誰それ!!ズルイズルイ、私にも紹介してよ!!」
 ギャンギャン騒ぐユフィに「うるさい」と一言呟くと、クラウドはセトに向き直った。
「ま、本人の問題だからな。隠すのも隠さないのもセトが決める事だけど…。そのオッドアイ、カッコイイと思うぞ?」
 クラウドの賞賛の言葉に、セトは初めてニッコリと嬉しそうに微笑んだ。



「本当に泊まっていかないの?」
「はい、もう大丈夫ですから」
「気をつけてね。また来てね!」
「うん!また来るからね!」
 名残惜しそうな、心配そうな顔をした面々に見送られ、セトとマナはセブンスヘブンを後にした。
 セトの左目には再び眼帯が巻かれていたが、その表情は今まで見たこともない程、穏やかだった。
「良かったですね」
 嬉しそうに覗き込む相棒の少女に、セトは「ああ…」と短く一言だけ答えた。
 ただそれだけだったが、彼がどれほど嬉しかったかが手に取るように分かるマナにはそれで充分だった。
「また…遊びに行きましょうね!」
「ああ、今度はもっと近いうちに行きたいな」
「そうそう、ちゃんと今度は『お酒はダメです!』って宣言しないと!」
 からかうように言うマナに、少々顔を赤らめながら「…分かってる……すまなかったな…」とそっぽを向いてしまった。
 そんな相棒の青年に、どこまでも暖かな眼差しを向けながら、マナは天を仰いだ。
 空には二人の心を映したかのように満点の星空が瞬いている。
「綺麗ですね…」
「ああ、そうだな…」
「明日…晴れそうですね」
「ああ…」
「明日も頑張りましょうね」
「ああ!」

 触れ合いそうで触れ合わない…。
 そんな微妙な二人の手は、結局最後まで繋がれる事は無かったが…。
 それでもお互いの温もりを分かち合うには充分だった。

 端から見ている者がいたら、さぞ歯がゆい思いをしたであろうが…。

 セブンスヘブンというエッジの憩いの店で、心から休まる一時を得る事の出来た若い『何でも屋』は…。
 晴れやかな気持ちを胸に、宿泊予定の宿に向けてゆっくりと歩いて行った。





 あとがき

 何とか終わりましたね。
 
 熊様からのリクエスト、『熊様設定の何でも屋の二人の秘密の暴露』です。
 それで、タイトルが『ベールの向こう〜』にしたんですけど…。
 ほとんど暴露ならず…(汗)。
 いえね。これ以上暴露さすのはちょっと難しかったんです…。
 場面を色々変えて、長編にしないと、恐らく熊様設定の二人の素顔は語れません…(汗)。

 というわけで、今回は『オッドアイ』と『ヒーリング』と『下戸(笑)』の三点を暴露することにしました!
 いつも素敵で細かな設定をして下さる熊様。
 こんな出来ですがどうかお納め下さいませ…(苦笑)

 最後までお付き合い下さり、ありがとうございました!