人混みで溢れかえる市場はいつものこと。
 商いをする人間は、負けじとばかりに声を張り上げて客引きをする。
 何しろ、自分の周りには『ライバル店』が溢れているのだから。
 どれだけ客の足を引き止め、自分の品に目を止めてくれるか、それら全てが生活のかかった勝負だった。
 だから、どの店の者達も必死になって声を張り上げる。
 その喧騒が…。
 そのむせ返るような活気が…消えることなど日が昇っている時刻にはあり得ない。


 それが…。


 ダーンッ!!


 空に向けて一発ぶっ放されたその凶器。
 一瞬、ビクッと身を竦ませ、その場がシーンと静まり返った…。
 誰も彼もが、信じられないモノを聞いた、あるいは『見た』ショックにて硬直している。



「動くな!動いた奴は射殺する!!」



 悲鳴が市場を揺るがせた。





WRO隊員(前編)






「中佐、被害者の数ですが…」

 駆け寄り、報告しようとする部下をそっと片手を上げて遮る。
 漆黒の癖のある髪を好きに跳ねさせながら、同じく漆黒の瞳を強く光らせ、若き中佐はジープを降りた。
 エッジの市場の広い入り口には、幾重にもWRO隊員による『人の壁』が出来上がっていた。
 その『人の壁』の向こうには、防弾盾が燦々と陽の光を受けて輝いている。
 身を伏せ、武装グループへ必死に説得している『少佐』の背後に向かう。

「そのまま話しを長引かせておけ」

 拡張機に拾われない程度の声音で部下にそう命じる。
 青年からすれば、父親のような年齢になる『少佐』は、いつの間にか背後にやって来ていた『上司』に、一瞬ギョッとして声が上ずったが、説得を途中で中断してしまう、という失態は侵さなかった。
 軽く敬礼し、
「良いか?お前達は完全に〜…」
 と、お決まりの文句を続ける。
 それに応える様に、武装グループからは手榴弾が幾つか降ってきた。
 しかし、最新式の盾とWRO隊員達の統率の取れた指揮の前に、それらはまるで意味を成さなかった。

 ブブブブ…。

 シュリは胸ポケットにしまっていた携帯の振動に、一回のコールだけで「はい」と出る。
「局長、はい。ただいま到着しました。はい、彼等の要求は局長の仰るとおりです」
 緊張感が張り詰めている『人の壁』に沿う様にして足早に歩きながら、冷静そのもので一番上の上司との連絡を続ける。
「はい……、いいえ、それは出来ません」
 キッパリと言い切る。
 相手が自分よりもうんと上の人間で、しかも年上という事など全く気に止めている様子は無い。
 彼が見ているのは、目の前の悲惨な光景…。


「人質の命がかかっています。それも数百人という命です」


 突風が黒髪をなぶった…。
 巻き上がる砂埃を前に、青年は目を伏せることも、顔を背けることもしなかった。
 睨むようにして目の前の光景を真っ直ぐ見る。

 地面に倒れている…幼子とその母親らしき女性。
 折り重なるようにして倒れ、ピクリとも動かない年老いた男女。
 仰向けで、光を消してしまった目を空に向けている青年。
 他にも…他にも…!

 つい小一時間前には、彼等は生きていたのに。
 彼等の命は星に還ってしまった…。
 いや、星に『還らされて』しまった。

 シュリの目には静かな怒りが宿っていた…。


 ― 星に害をなす ありとあらゆるものと 戦うこと ―


 それが、WROの存在理由。
 星に害をなすものとは、外敵…つまり宙からの災厄である『ジェノバ』の脅威が最も危険視されていたのだが、最近ではこうして『武装グループ』の鎮圧が専らの仕事となっていた。
 その者達は、星の秩序を破壊せんとする『ディープグラウンド』の残滓でもあるかのように、平和に生きる人達を虫けらの如く扱う非情な輩達。

 星に生きる命の倫理も道徳も、全てを踏みにじることを歓びとする『冷たい血』を体内に流している『人の皮を被ったバケモノ』達の排除。
 このバケモノ達が、何故だか後を絶たない。
 人が存続する限りは、決して無くなることなどないのかもしれない。

 だが。

「だからと言って、何もしないわけにはいかない。そうでしょう?」

 それが、ディープグラウンドの一件を片付け、生き残った多くの部下達を前に演説したWROの局長の言葉。
 柔らかな笑みを浮かべたリーブ・トゥエスティに、部下達は湧き立った。

 その瞬間が、WROの新たな門出でもあった。

 その新たな門出を迎えてから、幾度となく繰り返される攻防。
 言わば、光と闇の攻防戦だ。
 どちらも引かない。
 敵は、自分達の存在を危ぶむWROを徹底的に叩き潰そうと目論んでいた。

 最初、『反WRO』の攻撃方法は、WROの各支部への攻撃や、隊員達一人一人への単発、且つささやかな(今となっては)ものであったのだが、段々その手段は荒く、激しくなっていった。
 WRO隊員達も人間だ。
 自分の命が惜しい。
 家族が愛しい。

 それ以上に、死が恐ろしい。

 反WROの人間により、脅迫されたり、暴行されて屈する者もいた。
 だが、それ以上に『WRO隊員である誇り』を刺激される隊員達が多かった。
 元々、強い結束にあったWRO隊員達は、自分達の家族や仲間達が傷付けられるたび、その結束を強め、反WRO組織への壊滅により一層、打ち込んだ。

 反WRO組織の人間達は…。

 恐怖に駆られた。


 そうして。




「何度も言っているが、俺達はWROの偽善など断じて認めない。リーブ・トゥエスティがかつての『神羅』とどう違う!?提唱している言葉が違うだけで、他者を自分の配下に治め、使役しようとしているのが分からないほど、俺達は落ちぶれていない!」

 しゃがれた低い声が、耳障りに響く。
 緊張で顔を強張らせている隊員達は、反WRO組織のリーダーであるその男の演説を歯軋りしながら聞いていた。
 下手に動くわけにはいかない。
 市場の中には、まだ沢山の人達が人質として捕えられている。
 今も、すすり泣く女性や、小さい子供の泣き叫ぶ声が遠くから聞えてくる。
 反WRO組織のリーダーの男が、喚き散らす拡声器からの声に混じり、粗雑なノイズ音が高ぶった神経を逆撫でする。

「いいか!俺達の要求はただ一つ!WROというくだらない組織を即刻解散させ、リーブ・トゥエスティの首を出せ!!」

 キーン…。

 怒声が不快な異音を発して拡声器の音域を越えた。

「『一つ』じゃなくて、『二つ』じゃないか」
 フンッ。

 シュリは相手の頭の悪さに鼻を鳴らすと、チラリ…と市場の入り口の一番端にある巨木を見上げた。
 武装グループはその枝に登っていないか気配を探る。
 不幸中の幸い。
 登ってはいないようだ。
 登っていたとしたら、葉が生い茂っているために不意を突かれて部下が何人か死傷しただろう。
 その巨木を境とするように、隊員達が防弾盾でバリケードを作りながら包囲している。
 シュリは足早にその巨木に走り寄った。
 隊員達が盾でバリケードを作っているその高さよりもうんと低く、上体を前に伏せて疾走する姿は、獲物を見つけた黒豹のようだ。
 あっという間に目標地点に到着し、そのまま勢いを殺さず遥か上にある枝に飛び乗った。
 その場面は部下である隊員達の誰の目にも止まらなかった。

 下方から部下が自分を探している声がするが、それを無視して真っ直ぐ前方を見る。
 市場に林立するようにして立っている店の屋根が奇妙に途切れ、広場のようになっているところがある。
 円状に噴水が設置されており、ベンチがグルリ、と囲っているその広場は、市場で買い物をした客や観光客達が憩える場として人気があった。
 またそのベンチでゆっくり出来るということにより、買い食いが出来るというメリットを見出し、更なる売り上げに繋がるよう、という目論見があることも事実で、その目論見が上手くいっていることも事実だった。
 今は、その広場に大勢の人達が『人質』として地面に座らされている。
 一まとめに人質を座らせ、周りを武装した反WRO組織が取り囲み、目を光らせている姿がそこにはあった。
 武装した野蛮人が、数名固まって人質を弄(なぶ)っているのが見える。

 シュリはその光景に目を針のように細めた。
 同時に眼光が鋭くなる。

 何人かの野蛮人が、ハッ、と顔を上げた。
 キョロキョロと周りを見回している。


 なるほど…、一筋縄ではいかないらしい…。


 シュリは殺気を抑えると、自分の殺気に勘付いた相手の能力に軽く舌打ちをした。
 そのまま巨木から飛び降りようとして…。
 ハッ!と視線を戻す。
 確かに感じたその『気配』に目を見開き食い入るように人質として取られている人々の中を探る。
 かすかに感じたその『気配』が、勘違いではなかった。
 シュリは微かに笑みを浮かべた。
 同時に、『彼等』が無茶をしないかどうか…一抹の不安を感じないでもなかったが、戦況が有利になったことに感謝しつつ、今度こそ巨木から飛び降りた。


 *


 サイアクだ。

 ジェノバ戦役の英雄の一人であるユフィは、思わず日頃の行いを振り返りつつ溜め息を吐いた。
 いつもなら肌身離さず持っている武器を、今日と言う日に限って置いてきてしまっていた。
 隠し武器でもある『クナイ』程度ならあるにはあるが、この目の前の武装グループには少々足りない。
 いつもの巨大手裏剣があれば、一人でもなんとかなったのだが…。
 己の愚かさに歯軋りをしながら、ジリジリと焦る気持ちをグッと堪える。
 遠くに倒れている人達が、ユフィを責めている様に感じられた。

 巨大手裏剣があれば助けることが出来た命達。
 ユフィはググッと拳を握り締め、目の前で自分達を威嚇するようにニタニタ笑いながら武器をひけらかしている男達を睨みつけた。
 本当なら、ここで人質の山に隠れてコソコソしているなど、到底自分の性に合わないのだ。
 だが、いつものように自分の感情に任せて暴れるわけにはいかなかった。
 ユフィの傍らには、仲間達が可愛がって止まない二人の子供がいる。
 まだ幼い少年と少女は、突然のアクシデントに最初驚き、怖がってはいたが、今はすっかりと落ち着きを取り戻して静かにジッとしていた。
 下手に騒ぎ立てして反WRO組織の人間を刺激しないよう、心得ているのだ。
 黙ったまま小さな手を繋ぎ合い、助けが来るのを待っていた。
 ユフィはしみじみ、この少年、少女の肝っ玉の太さに感心した。
 普通なら、恐怖で雁字搦めになり、泣き出したり茫然自失となるだろうに、それが一切無い。
 ユフィはジッと息を殺すようにしてチャンスを待った。
 恐らく、さほど時間はかからないだろう。
 確かに感じた『殺気』は、覚えのある『気配』がした。

「折角、クラウドとティファをゆっくり二人っきりにさせてあげたかったのになぁ…」

 思わずこぼれた小さな愚痴に、デンゼルとマリンが顔を上げた。

「大丈夫だって、ユフィ姉ちゃん」
「うん、クラウドもティファも、ユフィお姉ちゃんを責めたりしないよ」

 キラキラと輝くその瞳は、絶大な信頼を親代わりの二人に寄せているのだと充分物語っている。
 ユフィは、ニシシ…、といつもの笑みを取り戻すと、小さな二人の頭をグシグシ、と撫でた。

「そこ!大人しくしやがれ!!」

 武装グループの一人が、ユフィ達に怒鳴る。
 ユフィは被っていたキャップ帽をグイッと目深に被りなおし、薄いピンクのサングラス越しにその男を睨みつけた。
 しかし、短気を起こすほど、ユフィは愚かではない。
 グッと堪えてデンゼル、マリンを胸に抱きしめる。
 二人の子供の顔が男から見えないように…。

 大人しくした振りをするユフィに満足したのか、男はユフィ達から他の人質へと興味を移した。
 そこでも、恐ろしさに震える男女をいたぶり、歪んだ歓びに心を躍らせている腐った人間共がいた。
 ユフィは、デンゼルとマリンが今のところ武装グループに正体をバレていない奇跡に感謝し、且つ、自分の素性がバレないように軽く変装した判断を下した自分を褒めていた。
 キャップ帽も淡い色をしたサングラスも、『ジェノバ戦役の英雄』である素性を隠すためだ。
 隠密行動の時は、すっぽりとマントで己のみを隠すのだが、ただの買い物でそれはないだろう。

「フン、今に見てろ…」

 ボソリ。
 呟かれたその言葉は、子供達の耳以外には誰にも届かなかった。


 *


「おい、どうなってる!?」

 ザワ。

 人質事件が発生してから約一時間半。
 突然、作戦本部に現れた英雄に、隊員達は呆けたような顔をした。
 そして、我に帰ると慌ただしく席を立ち、敬礼をする。
 その中、金髪・碧眼の青年と、漆黒・茶色の瞳の美女は真っ直ぐにWROの最高司令官の下へと詰め寄った。

「市場にはデンゼルとマリンがいるはずだ!」
「二人共、ユフィに連れられて買い物に行ってるの!」

 蒼白な表情は、家族を心配する他の人質の親族と同じものだった。
 作戦本部に後から後から詰め寄り、家族を心配する一般人を隊員達は当然の如く、遠ざけた。
 一人一人に説明など出来よう筈も無い。
 ことは一刻を争うのだから。
 だが、『ジェノバ戦役の英雄』という肩書きと、二人の荒々しさに隊員達はうっかり通してしまった。
 リーブは渋い顔をしながら、かつての仲間に向き合った。

「状況は思わしくありません。彼等、武装グループの要求は二つです。WROの解散と…、私の首です」
「「 !? 」」

 眦を吊り上げて息を飲む二人に、リーブはゆっくりと首を振った。

「ですが、当然そのような要求に応えるわけにはいきません」
「当然だ!」
「その通りよ!」

 息巻く仲間に、リーブは苦笑した。

「ですが、今のところ人質をとられているので、人質解放の突破口を見つけられずに途方に暮れているのも事実です。なにか方法がないものか…」

 苦い表情のリーブに、クラウドとティファは深刻な表情で顔を見合わせた。
 自分達の子供達だけが人質に取られているのではない。
 市場で商いをしている者、買い物に来た者、観光に来た者。
 それらほぼ全ての者が人質に取られている。
 軽く見積もっても四百人は下らないだろう…。

 それほどの大人数を市場の広場に一まとめにし、先ほどから反WRO組織が怒声を浴びせていた。
 今も、代表とされる中年男性の粗野な声が耳を汚し続けている。
 もう彼等の我慢も限界だろう。
 彼等は変に気が高ぶっている猛獣なのだ。
 目の前で自分達に怯えている人質の姿で満足は出来なくなっているはずだ。
 奴等は…飢えている。
 真っ赤に染まる『血の色』に。

 WROを潰すためなど、彼等にとっては都合の良い建前に過ぎない。
 彼等はずっと、血に飢えていた。
 神羅時代には飽き足らせてくれていた『血の香り』が、『ジェノバ戦役の英雄』によって奪われてしまった。
 彼等にしたら、憎悪の対象。
 その英雄の一人がWROの総司令官をしている。

 断じて認めるわけにはいかない。

 そんな所だろう…。


 至極簡潔にそららの諸事情を説明したリーブに、クラウドとティファの瞳に怒りが燃え上がった。
 許し難い言い分だ。
 そのような腐った人間によって、確実に今日、数十名が星に還されている。
 断じて認めるわけにはいかない凶行だ。

「クラウド」

 怒りを押し殺して自分を見上げるティファに、クラウドは小さく一つ、頷いた。
 リーブを見る。
 リーブも頷いた。

「では、お二人には主だった反組織の幹部を抑えてもらいます」
「分かった」
「これが幹部と思われる男達です」

 小さなノートパソコンに画像が映し出される。
 獰猛な笑みを浮かべた四人。
 どの顔も、クラウドとティファには思い当たらなかった。

「この四人があの中にいるのか?」

 市場内の広場を示しながらクラウドが問う。
 リーブは首を横に振った。

「分かりません。確実に三人はいるのが確認されていますが、一人がどうしても確認出来ていないのです」
「じゃあ、もしかしたら別の場所から指令を出してるかもしれないのね?」
「恐らく…」

 的確に現状を把握したティファに、リーブが頷く。
 その間、作戦本部には隊員達の状況報告がひっきりなしに交わされていた。
 人質から新たな犠牲者は今のところ出ていないようだが、それも一触即発な状態で、いつどうなるか分からない…といったものが主な報告内容であった。
 クラウドとティファの胸に焦燥感が競りあがる。
 時間が経過するほど、リスクが高くなる。
 彼等反組織の人間が、気の長い人間であるとは思えない。
 WRO側が速やかに自分達の要求を呑まないとなると、人質達を見せしめに殺し始める可能性が高い。
 そして、その恐ろしい可能性が現実となるのも…ほんの数分先かもしれないのだ。

 クラウドとティファは作戦本部を出て隊員達が盾でバリケードを作っているところまで来た。
 どの隊員達も真剣そのもの。
 先の『ディープグラウンド』の事件を思い出す。
 彼等は決して己の命を最優先せず、恐怖と戦いながら懸命に一般人を助けようとしていた。
 その姿は、今も記憶に新しく鮮明に残っている。

 クラウドはティファを見た。
 ティファはクラウドを見た。
 二人、揃って笑みを浮かべる。
 柔らかな微笑ではない。

 戦いに臨む、凛とした笑みだ。


「もうすぐ、合図があります。それを機に、一気に組織の幹部を抑えて下さい」


 声がかけられる。
 クラウドとティファは振り返った。
 漆黒の髪と目を持つ若い中佐が立っていた。
 青年の手には携帯電話が握られている。
 人質の中に、誰か隊員が紛れ込んでいる、ということを暗示させるには充分だった。


 クラウドとティファは頷いた。


 そうして…。

 ブブブブ。
 青年の携帯が震える。
 と、同時に市場の広場が騒然となった。


 来た!!


「全隊員、閃光弾が使用されるまで待機。使用を確認し次第、突撃せよ!」

 リーブの声が響く。
 同時にクラウドとティファはシュリを先頭に駆け出した。

 目指すは…例の巨木。


 作戦が速やかに決行された。



 あとがきは最後に書きますね。