「ったく…いつになったらWROのお偉いさんは返事をしやがるんだ!」 人質を取るという卑怯な手段を平然とやってのけている男達がイライラしている。 デンゼルとマリンは、ユフィにピッタリとくっ付いたまま、その様子をジッと息を殺して見守っていた。 怯んでいるわけではない。 出来る事なら、こんな風に大人しく助けを待つのではなくて、雄雄しく戦いたい。 特に、クラウドに憧れて止まないデンゼルはその気持ちが強かった。 もしも自分にクラウドのような力があれば、きっと、自分の周り同じく人質として取られている怯えきった人達を助けることが出来ただろう。 だが、自分にはその力はない。 だから、ここでジッと大人しくする以外に出来る事は何も無かった。 それが…悔しい。 悔しいが、その気持ちに負けて反WRO組織の男達を刺激する無様な失態だけは避けたかった。 デンゼルはジッと我慢した。 自分以上に、自分とマリンを抱きしめてくれているユフィが悔しい思いをしているのをちゃんと理解していたからだ。 何度もユフィが悔しそうに奥歯を噛み締めているのを見たのだから…。 恐らく、あの巨大手裏剣を店に置いてきたことを死ぬほど後悔しているのだ。 戦う力はあるのに、武器がない。 武器が無いから、これだけの人質を無事に解放する手立てがない。 どれほど悔しいだろうか。 恐らく、その悔しさは、少年の想像を軽く超えるに違いない。 だから、少年は短慮に走るまい!と強く己に言い聞かせていた。 息を殺し、反WRO組織の男達を刺激しないよう、すすり泣くに止めている多くの人質達。 その人質の数人を前に引っ張り出して散々殴る、蹴るの暴行をしている卑劣な奴等。 デンゼルは悔しかった。 そして…それはユフィ、マリンも同様。 いや、もしかしたら、この場にいる商人達のような気骨溢れる人達も同じかもしれない。 店にある包丁があれば…! デンゼルのすぐ傍にいたデップリとした男が悔しそうに呻くのを三人は聞いていた。 その時。 「あ!!」 マリンが小さく声を上げた。 新たに人質の中から誰かが引きずり出されたのだ。 その人物に、デンゼルも息を飲んだ。 ユフィは、顔色を変えた子供達に、 「知り合い?」 そっと訊ねる。 二人は蒼白な顔をして何も言わなかったが、その表情からは充分に二人にとって馴染み深い人間なのだと察することが出来た。 ユフィは……悔しそうに唇を噛み締めた。 WRO隊員(中編)ドサリ。 声を発する暇など与えず、クラウドの攻撃が反WRO組織の人間にクリティカルヒットした。 右足首が、ありえない方向に向いている。 「殺されないだけありがたいと思え」 殺気の篭った声音でクラウドが呟く。 その斜め前方では、同じくシュリとティファが物陰に隠れていた組織の人間を失神させることに成功していた。 シュリが声を出さず、指と手、視線だけのジェスチャーで指示を出す。 こういった潜入作戦の場合は、クラウドやティファよりも、実戦経験を積んでいるシュリに従った方が良いことを、二人はちゃんと理解していた。 そして、その判断は正しかった。 シュリは並外れた判断力と行動力を持っている。 素早く敵の潜伏している店の物陰、木々の間を探り当て、的確にクラウドとティファに指示を出した。 前衛隊と思しき敵達を次々に排除する。 そして、必ず彼等が簡単に逃走出来ないように『どこか』を折る。 足首、手首を軽く捻るだけで良い。 そうすることで、彼等が目を覚ました時、すぐに行動に移される心配はない。 人道的に欠ける行為ではないか? 笑わせる。 彼等は無関係の人間を人質に取り、笑いながら命を奪うような非情な人間。 そんな人間に情けをかけなくてはならない道理など存在しない。 三人は疾風の如く、行動を遂行していた。 シュリの瞳が光る。 前衛隊からの定時報告がないため、不審に思った後続隊が数名、こちらに向かっているのだ。 クラウドとティファに、鋭く指で指し示し、三人は同時に傍にあった街路樹に飛び移った。 もしもあと少し、判断に遅れていたら見つかっていただろう。 「…おかしいな…」 遥か下方で反組織の男が不審がる声がする。 三人はチラリ…と視線を交わした。 シュリがクラウドを見つめ、次いで下の男を見る。 クラウドはすぐに行動へと移した。 真っ直ぐ飛び降り、男の頭に蹴りを叩き込む。 重力とクラウドの体重、それに加え、クラウドの脚力によって男はあえなく失神し、地面に倒れ込んだ。 その男を近くの店に運び込み、その店の柱にくくりつける。 猿轡をかませ、男の腰にあった無線機を手にクラウドは駆け出した。 既にシュリとティファは広場へと近付いていた。 近付くにつれ、ビリビリとした緊張感が濃くなっていく。 そして、人質のすすり泣きの声や抗議の声が徐々にはっきりとし始めた。 「やめろ、この人でなし!!」「女の子になんてことー!!」 人々の悲鳴がはっきりと聞えるところまでやって来た。 シュリがジープの一台に近付き、早業で男を失神させる。 仲間はまだ気づいていない。 ティファが隣のジープに近付き、そこでも同じ様に失神させることに成功した。 クラウドは、ティファとシュリに続こうと店の影から顔を覗かせ…。 見た。 茶色い髪を持ち、グレーの瞳を鋭く光らせ男達を睨みつけている女性を。 彼女の着ていた服は無残にも破られ、柔肌が曝け出されている。 いつも闊達に笑う彼女の唇は、何度も殴打されたせいで、切れて血を流していた。 頬が赤黒く腫れている。 数人の男が歪んだ歓びに酔いしれ、彼女の身体を押さえ込んで殴る、蹴るの暴行を加えていた。 「ほら、さっさと白状しろよ!」 右頬に拳を叩きつけながら、男が哂う。 「どこに連絡してたんだ〜?」 もう一人が彼女の体に残っている衣服を全て剥ぎ取ろうと手を伸ばす。 「この『ろくでなし上司』ってなんだ〜?」 ゲラゲラ笑いながらもう一人が携帯を高々と上げる。 その携帯には見覚えがあった。 彼女の携帯だ! シュリがどうして行動に移す『機会』を得たのか、ようやく合点が行った。 彼女がこの中に居合わせたからだ。 彼女は黙って弄られている。 人質を最優先にしているからだ。 自分の肌が皆の目の前で晒されているという屈辱にもジッと耐えている。 そうすることで、男達の弑逆心を煽り、外部からの敵の侵入に対する警戒心よりも、目の前の『生意気な女をいたぶる』方へ、関心が向くようにあえて仕向けているのだ。 彼女はじっと歯を食いしばり、耐えていた。 上司が人質達を解放するのを信じて。 クラウドの目に怒りが宿る。 シュリを見た。 青年は相変わらず全く表情を変えずに状況を見極めようとしていた。 それが…妙にクラウドを苛立たせた。 焦りは禁物。 それは分かっている。 分かっているが、目の前で見知った女性が乱暴を受けている。 今のところ、『女性が最も屈辱』を感じる行為は受けていないようだ。 だが、そんなものいつ奪われるか…! 彼女と同性のティファはクラウド以上に辛そうな顔をしていた。 悔しさのあまり、彼女が唇を噛み締めているのが見える。 クラウドは迷った。 すぐにでも突入したらどうか? しかし、それは無理だ、ということも分かっている。 彼女の周りにいる男は三人。 残りの反組織メンバーは広過ぎる広場に散っており、それぞれの持ち場を守っていた。 その手にはしっかりと銃が握られている。 それも、マシンガンだ。 乱射されたら、人質の多くが犠牲になることは明白だ。 『くそっ!!』 クラウドは腸が煮えくり返る思いで一杯になった。 * 「あの野郎、よくもラナ姉ちゃんを!!」 「ダメ!よしな!!」 「でも!」 怒りで小さな身体を震わせるデンゼルを、ユフィは力一杯抱きしめた。 マリンもまとめて一緒に抱きしめる。 あの女性がどうしてわざわざ反WROの男達の弑逆心を煽るような事をしているのか、はっきりと理解は出来ない。 だが、恐らく彼女は何か『計算』があってわざと屈辱的な行為を甘んじて受けているのだ。 それはきっと、この人質達を思っての事。 ユフィはそれを無駄にすることは断じて許されなかった。 それが、可愛い子供達のことなら尚更! デンゼルとマリンが、『ジェノバ戦役の英雄』の二人に育てられていることはWROの広報誌で世間に広めてしまっているので、反WRO組織の人間ならば知っているはずだ。 こんな現状でデンゼルとマリンが見つかったら!? 恐らく、子供達はクラウドとティファ、そしてバレットや他の仲間達をおびき寄せる格好のエサにされてしまう。 それも、もしかしたら拷問しながら…かもしれない。 そうやって怒りを誘い、強引に出てこさせる。 最悪のケースが幾つもユフィの脳裏に浮かび上がった。 「そんなこと……させられない…!」 ユフィはひたすら暴れようとしているデンゼルを抱きしめ続けた。 そして…ハッ!と顔を上げた。 すぐ近くにいる『気配』に気づく。 『ここまで来てる』 ユフィは抱きしめたまま、そっとデンゼルとマリンに囁いた。 「クラウドとティファが来てる」 暴れていたデンゼルがピタリ…と止まった。 マリンも目を丸くしてユフィを見上げる。 ユフィは小さく頷いた。 「すぐ傍まで来てる」 しかし、その表情は真剣そのもの。 いつもなら、おちゃらけて『だから、もう心配要らないし〜』とでも言いそうなものなのだが…。 「だから、二人は絶対に大人しくしてて。もしもデンゼルとマリンがあの最低男達に見つかったら、今度こそ、ここにいる人質の人達は殺される」 「「 !? 」」 なんで!? 危うく大声を上げそうになった二人をユフィはサッと口を塞いだ。 「いい?良く聞きな」 顔を近づけ、声を潜める。 「ここにいる人質の皆よりも、デンゼルとマリンの二人の方がうんとアイツ等にとっては人質としての価値があるんだ」 その一言で、デンゼルとマリンは納得した。 自分達が『ジェノバ戦役の英雄』に養われている。 その為に、もしかしたら誘拐やストーカーが出るかもしれない。 それは、常日頃からクラウドとティファが心配していたことだった。 そして、二人も日頃から気をつけていたことだったのだ。 凛とした目で真っ直ぐ自分を見てくる二人に、ユフィは子供達が理解してくれたことを知った。 小さく頷き、二人の頭をそっと撫でる。 「良いかい?二人は絶対にこの人混みに紛れて目立たないようにするんだ。絶対に、アイツ等にバレたらダメだからね」 「「 うん 」」 決意を表すようにしっかりと頷いた子供達に、ユフィは微笑んだ。 「じゃあ、アタシは行って来る。もうそろそろ…限界だからね」 アタシも…クラウドとティファも…ね。 そう言い残し、ユフィは人質の間をスルスルと移動して…デンゼルとマリンの視界からあっという間に消えた。 流石は忍だ。 普段、お茶らけているから忘れがちだが、ユフィは隠密行動には長けている。 それが、人の目の前であったとしても、一瞬の隙を見逃さない。 監視として人質の周りを威嚇している男達は、ユフィが行動に移したことにまるで気がついていなかった。 * 「敵の数は48名。そのうち、腕の立つ人間が10名はいます」 シュリが傍にやって来たクラウドに小声で説明する。 クラウドは黙って頷いた。 「あそことあそこ、それからここから一番離れている所に位置している場所に3名。いずれも相当な腕の持ち主ですよ」 ティファもいつの間にかやって来ていた。 クラウド同様、ティファも移動したその瞬間を誰にも目撃されていないようだ。 ティファは微かに頬が紅潮している。 ラナ・ノーブルが人前で晒し者になっているのが許せないのだろう。 睨むようにしてシュリを見る。 どこまでも青年は冷静だった。 「彼等がノーブル中尉に気を取られている間に速やかに行動に移さなくてはなりません」 そう言って、シュリはゴーグルを取り出した。 サングラスのようなそれを二人に差し出す。 一つを自ら装着し、腰のポシェットから筒を取り出した。 悲鳴が一際大きくなった。 ハッ!と顔を上げると、ラナが首を絞められながら高々と持ち上げられている。 苦悶の表情を浮かべながら、なおも彼女は耐えていた。 彼女が身に纏っているのは、もうほとんどない。 その残り僅かな衣類の残滓を取り除こうと、嘲笑いながら男共がラナに群がって…!! カッ!!!! 急に走った閃光。 そのあまりの眩しさに、男達が驚愕し、狼狽の声を上げる。 同時に人質達も悲鳴を上げていた。 目を押さえ、前傾姿勢になって地面に倒れこむ。 デンゼルとマリンは、ユフィの言いつけ通りにしっかりと顔を隠していたので、まだその閃光の被害は少ない方だった。 銃が乱射する音。 人々の悲鳴。 怒号。 様々なものが入り乱れて大混乱だ。 そんな中。 クラウドとティファは、電光石火の如く行動に移した。 まず、敵の中で最も強いと思われる人間を倒していく。 もう手加減は出来ない。 ラナにした非情な行為に対する怒りをぶつけるように、二人は次々と敵を倒していった。 背後から、WRO隊員達が突撃してくる気配がする。 雑魚は無視をして…と言うわけにはいかない。 彼等の手には武器がある。 だが、訳が分からず乱射しないのはこちらとしてはありがたかった。 後で知ったのだが、ユフィが『クナイ』で敵の手を負傷させ、機能出来なくしていたのだ。 暗武もこういう時には非常に役に立つ。 変装のためのサングラスも、役に立った。 ユフィは、それまで堪えていた怒りをぶつけるかのように、次々と暗武を鋭く投げ続けた。 だが。 シュリが一目置いていた10名は違った。 闇雲に乱射することだけはしなかったが、それでもクラウド、ティファ、シュリの攻撃に対してすぐに倒れることはなかった。 ティファの蹴りを直感でよけ、同時に思い切り蹴り上げる。 それをティファは腕を交差させて防ぎ、後方に飛びのいた。 そして、勢いをつけて跳躍し、敵の懐に飛び込む。 思い切り拳をたたきつけが、それもかわされた。 ティファは…。 久々の好敵手を前に、ニッと勝気な笑みを浮かべた。 一方。 クラウドも中々の激戦を繰り広げていた。 男の蹴りを蹴りで持って応酬し、高く空へ跳躍する。 そうして。 腰のホルスターから剣を抜き放って…。 「超究武神覇斬!!」 容赦ないリミット技を繰り出した。 相手は陥落。 だが、すぐにクラウドは剣を閃かせた。 目が段々と慣れてきた男が銃を構えている。 ブンッ!! クラウドの投げた剣が鋭く回転しながら、男の両肘を真っ二つに切断した。 男の絶叫が耳障りに響く。 新たな剣を抜き放ちながら、クラウドはもう一人の標的に突進した。 シュリが手強い、と評した男の一人だ。 真っ直ぐ自分目掛けて突進してくるクラウドの気配を感じ取ったのだろう。 銃を構えて躊躇わずに発砲する。 それをクラウドは剣でなぎ払い、避けて後ろにいる人質に流れ弾が当たる…という失態を見事に回避した。 クラウドの口元に闘気に彩られた笑みが浮かぶ。 そして、シュリは…。 「お前がリーダーか?」 一人の男と対峙していた。 場所は、広場から少し離れた所にある廃材置き場。 喧騒を離れ、数名の部下を伴って隠れるようにして指令を出していた男。 男の周りには、既にシュリが倒した男達が転がっている。 リーダーと呼ばれた男は、口元に歪んだ笑みを浮かべてユラリ…と立ち上がった。 手元にはコンピューター。 そして…。 「まったく、本当にWROは優秀な人材がいるもんですねぇ」 何が可笑しいのか、カラカラと笑っている。 狂気に彩られたその笑みに、シュリの中で警報がなる。 シュリは動いた。 前方に。 男目掛けて突進する。 しかし、それよりも早く、男が動いた。 カチ。 男の手の中で、何かのスイッチが押された。 シュリの後方で閃光が走った。 同時に地響きがする。 物が壊れる音。 爆発物だ! 反WRO組織のリーダーが勝利の笑みを浮かべた。 あとがきは最後に書きますね。 |