a lost child 8




 ティファは現在、看板を見上げながら待ち合わせのホテルを目指していた。
 途中、幾度となくナンパ男達を冷たい眼差しで撃退しつつ、『ゴーストホテル』を目指す。
 そんなティファの耳に、
『ピンポンパンポーン』
 というアナウンスの音楽が聞えてきた。

『ああ…私もやっぱり『迷子のお呼び出し』でマリン達を呼んじゃおうかな。もしかしたらそれをクラウドが聞いてるかもしれないし…』

 などと考えていると、
『本日は、ゴールドソーサーにご来園下さいまして、誠にありがとうございます』
 お決まりの女性のアナウンスが流れてきた。

 あまりそのアナウンスに意識せず、看板の示す道を急いでいると、またまた数人の若い男に声をかけられた。
「お姉さん、そんなに急いでどこ行くの?」
「もしかして、一人?」

 ああ……もう……!!

 ティファはイライラしながらそのナンパ達を振り返って口を開こうとした。


『迷子の……いえ、迷われている女性のお呼び出しを致します』


 ………。


 ティファは、耳に飛び込んできたそのアナウンスにイヤな汗が背中をツーッと伝うのを感じた。
 ナンパ男達は、アナウンスなど耳に入っていないようで、ティファが振り返った事に対して『脈あり!』と勝手に勘違いしたらしい。
 しきりに何やら話しかけてきているが、ティファはそれどころではなかった…。


『え〜…。その女性は黒髪で…』


 …………。


『赤茶色の瞳をした…』


 ……………。


『目鼻立ちのスッキリした大変美人な…』


 ………………。


『ナ、ナ………』


 周りの一般客の何人かが首を傾げている。
 アナウンスを何となく耳にしていて、いつもと違う事に気づいた人達だ。
 もう…ティファはその先を聞きたくなかった。
 ナンパ男達は、段々顔色が真っ赤になってくるティファを見て、益々『いけるかも!』と勘違いに拍車をかけている。
 当然、アナウンスなど耳に入っていない。


『あの……本当にこんな事言うんですか…?』

 アナウンス嬢が、何やらマイクから遠ざかってボソボソ言っている声が園内に響く。
 そのアナウンス嬢の後ろから、『そうだってば!』『そう言わないと分かんないんだって!』『なんなら俺が言おうか?』というお元気娘と子供達と思われる声が漏れ聞えるではないか!


 な、なななな……、一体アナウンスで何を言わせる気なの……!?!?


 頭がパニックになりかけているティファに、ナンパ男の一人が馴れ馴れしく肩を抱き寄せてきた。
「ほら、こんな所に突っ立ってないでさ。一緒に行こうよ!」
 いつもなら、そんな事をされた瞬間、相手を投げ飛ばしているティファだが、自分が今、何をされているのかも全く分かっていない。

 心臓は不自然にバクバクと脈打ち、体中からイヤな汗が噴き出している。

「そんなに硬くならないでも大丈夫だって。俺達、紳士だからさ〜」
 軽薄な笑顔を近づけてきた事にすら、ティファは全く気付いていなかった。
 もう、全く…、それどころではなかったのだ。

 拡声器から、アナウンス嬢が諦めたような溜め息をこぼしているのが分かる。
 そして、意を決したかのように彼女の声が園内に響き渡った。


『黒髪・赤茶色の瞳、目鼻立ちのスッキリした大変美人でナイスバディーの女性のお客様。お連れ様が二年前のデートで最後に乗ったアトラクションでお待ちでございますので、大至急そちらへお越し下さい』


 ギャーーーーーーーー!!!!!!
 なななな、何を……!!!!
 よりにもよって一体なんて事をこの公衆の面前でアナウンスとして流すのよーーーー!!!!!


 周りでアナウンスを聞いていた一般客達が一斉に笑い出した。
「ナイスバディーだってさ!」
「しかも、目鼻立ちがスッキリした美人だって!」
「二年前のデートって…何か気障って言うかさ〜」
「あんな放送されたら、逆に私、絶対に行かないなぁ」
「私も〜。だってモロ恥ずかしいじゃん!」


 私だって恥ずかしいわよ〜〜!!!!!


「キミ、どうしたの?」
「ほら、早く行こうよ」
 ナンパ男達がいつまで経っても全く動こうとしないティファに、段々業を煮やしてきた。
 肩を抱いているにも関わらず、全く動かせないのだから、焦りもするだろう…。
 そんな男達に、ティファは全く意識を向けることがなかった。
 意識を向けるのは…。
 周りで笑っている一般客達の言葉の数々。

「でもさ、ナイスバディーって…ちょっと見てみたくないか?」
「美人だとも言ってたしな」
「デートで最後に乗るアトラクションって…やっぱり『ゴンドラ』か?」
「そうだろうなぁ…行って見る?」


 イヤーーーーー!!!!
 絶対来ないでーーーーーー!!!!!


 一般客のその最後の言葉に、ティファは全身を真っ赤に染め上げると、突然ナンパ男達を振り飛ばして猛然と駆け出した。
 ティファに吹っ飛ばされたナンパ男達は、そのまま植え込みに突っ込み、暫く気を失ってしまったという…。



 一方、こちらは園内をゆっくりとしたペースで堪能中のシド夫妻。
 一休み…と、自動販売機でカップの珈琲を二人分購入し、ベンチにゆったりと腰を掛ける。
 しかし、そのまったり気分もたった今流れたアナウンスに、二人は口に運んでいたカップ珈琲をもろに吹き出し、激しくむせこんだ。

「ブハッ!!ゲーッホゲホゲホ!!」
「ゴホッ!!ケホケホケホ!!」

 ひとしきりむせ込み、漸く息を整えた二人は、すっかり中身のなくなってしまったカップを手に、何とも言えない表情で顔を見合わせた。
「今のって……」
「間違いなく……ティファの事だな……」
「ですよね……」
「でも…、何だってあんなアナウンス…。もう少し表現があるだろうに…」
「おまけに……ティファさん一人、何ではぐれちゃったんでしょう…?」
「さぁ……」

「「…………」」

「何か、待ち合わせで顔を合わせるのが怖いですね…」
「……一波乱も二波乱もありそうだな……」

「「…………」」

「行くの…止めるか?」
「…でも、私達が待ち合わせ時間通りに待ち合わせ場所に行かなかったら、今度は私達があんな風にアナウンスで呼び出されちゃうんじゃないでしょうか…?」
「その可能性は……」
「充分ですよね……?」
「……それだけは何としても避けてぇな…」
「ですよね」
「「はぁ〜〜……」」

 そのまま二人は無言でやや呆然と目の前を行き交う人々を眺めるのだった…。



 そして更に一方こちらは、無事にアナウンスをしてもらう事に成功してご満悦なユフィと子供達、それにやや不安そうな顔をしているバレットとナナキのご一行。
「良かったね、ちゃんとアナウンスしてもらえて」
「それにしてもさ、あのアナウンスの姉ちゃん、あそこまで嫌がらなくても良かったのにな」
 首を捻るデンゼルに、やはりしっかりしているようでまだまだ子供なのだなぁ……と思うバレットとナナキの目の前では、ユフィが何故か自慢げに熱弁を振るっている。
「ま、普段なら子供の迷子を捜すアナウンスを流すからねぇ。大人で迷子だなんて、あんまり経験ないから仕方ないんじゃん?」
「「ああ、なるほど!」」

『『絶対違う!!』』

 納得する子供達に、冷静な突っ込みを入れる常識のある仲間達なのだった…。


 すると、意気揚々とゲームコーナーへ戻ろうとしたユフィの携帯が軽やかに着信を告げた。
「はいは〜い、可愛いユフィちゃんだよん!」
『ユフィーーーー!!!!』
 携帯から漏れ聞えた怒声は、子供達の父親代わりのもの…。
 ユフィは、携帯を思いきり耳から離した。
 その離れた携帯からは、

『お前…、一体なんて事をアナウンスで流すんだ!!』
『もっと常識的な表現を使うことを勉強しろ!!』
『バレット、ナナキ!!お前達も何で黙って見てるだけで止めなかったんだ!!!』
『待ち合わせで合った時……覚えてろよ……』

 と言う、それはそれは怒髪天を突く勢いのクラウドの怒声が漏れ聞える。
 いやもう、それは離れていても充分に聞こえるだけの声量で…。
 それを聞いていたその場の全員が、最後の『覚えてろよ…』の言葉に凍りついた。

「ゲゲッ…、怒らせた…?」
「『怒らせた…?』じゃねえよ…。完璧怒ってるじゃねえか…」
「わぁ……どうしよう…おいらまで怒られちゃうのかな…」
「しっかり俺とお前の名前も入ってたしな…」
「ええーー!?本当にどうしよう…!?!?」

 青ざめる英雄達を前に、子供達は不安そうに顔を見合わせた。
「俺達も怒られるのかなぁ…」
「う、うん……どうだろう……。止めなかったのは本当だし…」
「俺達も結構面白がって後ろから色々言ってたもんな…」
「う、うん……」
「それにさ…」
「なに?」
「クラウドがこんなに怒ってるって事は……ティファは……もっと怒ってるかも……」

 デンゼルの一言が、凍りついた英雄達を更に奈落の底に突き落とした。

「イヤーーー!!!どうしようーー!!!!」
「このバカユフィ!お前のせいで俺達全員の命が危なくなっちまったじゃねぇか!!」
「それなら何でもっと強く止めてくれないのさ〜!!!」
「ユフィ…それは責任転嫁だよ〜〜…」

 情けない事この上ない英雄達の姿に、子供達は深〜い溜め息を吐いた。

「仕方ないよね…。ちゃんと謝ったら許してくれるよ…」
「そうだよな…。クラウドもティファも、ちゃんと謝ってるのに許してくれないような心の狭い人間じゃないし…」
「その代わり、これからはもっと気をつけないとダメだよねぇ…」
「そうだなぁ…。『言葉』って難しいよなぁ…」

 などと、実に堅実で真面目な話をしている子供達なのだった。





 ピッ!
 イライラと携帯を切り、胸ポケットにねじ込んだクラウドは、そのまま勢いを殺さず指定場所の『ゴンドラ』目掛けて走り続けた。
 一般客の何人かが、怪訝そうにクラウドを振り返り見ているが、そんな事を気になんかしていられない。
 彼女よりも何としても先に『ゴンドラ』の場所に着いていなければ!!
 先ほどのアナウンスで、面白半分に『ゴンドラ』へ彼女……と、自分を見に来る野次馬が集まる事は容易に想像がつく。
 彼女がついたら、そのまま『ゴーストホテル』のロビーに直行だ。
 もう、二人きりなどと甘い雰囲気を楽しむ気分ではない。
 それは、恐らく彼女もそうだろう…。

『あんな風に自分を放送されたら……なぁ……』

 確実に怒っているであろう彼女と、一番に会わなくてはならないのが自分である事が何とも不運だと思ってしまう。
 普段の彼女なら、どんな時でも一緒にいたいのだが、『かなりの不機嫌モード』に突入している時に会うのは……、いくらクラウドでもいささか勇気を必要とする。


 もしかしたら……腹いせにパンチの一つでも飛んでくるかもしれない。
 そうなったら……やっぱり受けてやるべきなのだろうか…。
 でも、受けたら絶対にその後、暫く動けないだろうな…。
 出来る事なら……受ける前に彼女と一緒に『ゴンドラ』近辺から離れたいんだけど、そんな余裕が彼女にあるだろうか……?


 そうやって悶々と悩んでいる間に、クラウドは目的地に到着した。



 あとがき

 はい、やっちゃいましたね、ユフィ…(笑)。
 あんなアナウンスが流れたら、私なら見に行くかもしれません(爆)
 だって、美人でナイスバディー……同性でも憧れます(*´▽`*)

 さぁ、二人はどうなっちゃうんでしょうか、次回をお待ちくださいませm(__)m