a lost child 9




 ティファは走っていた。
 それはもう、今までこんなに早く走った事はないのではないか!?と自分で思うくらいのスピードで走っていた。
 何が何でも、クラウドよりも早く『ゴンドラ』に辿り着く為に…。
 そうでなくては、自分のせいでクラウドが恥をかくではないか!!
 おまけに、そうでなくてもクラウドの容姿は人目を惹くのだ。
 そんな人目を惹くクラウドの所へ、さっきのアナウンスの容貌をした自分が行けばどうなるか……!!!
 勿論、ティファには『目鼻立ちのスッキリした大変美人』という箇所は完全に記憶の彼方に追いやられている。彼女の頭に残っているのは……。


『ナイスバディー』


 その一言。
 コンプレックスにすらなっているこのスタイル…。
 こんな身体でなかったら…と、今更ながらに思うが、自分の意志でどうこうできるものでもない…。
 それなのに……その身体の特徴をアナウンスで流すとは…!!


『ユフィ……覚えてなさい……!!!』


 普段の彼女を知っている常連客達が今の彼女を見たら、絶対に声はかけないだろう…。
 何も知らない一般客達が、ティファが怒りと羞恥の為に真っ赤になって突進するが如くに走ってくるその様に、大慌てで道を開ける。
 お陰で、最小限の被害だけ(最後のナンパ達の事)でティファの目の前に『ゴンドラ』のゲートが見えてきた。



 一方、こちらは『ゴンドラ』手前までやって来たクラウド。
 ゲートの前にはまだ彼女の姿は見えない。

『良かった……間に合ったか…』

 ホッとしたのも束の間…。
 何やら全身が総毛立つような気配を感じ、思わずそちらを振り向く。



 振り向いたクラウドと…。
 真っ赤な顔をして息せき切って走ってきたティファの目が…。

 バチーッ!!と合った…。

 その瞬間、クラウドは

『ティファが来たら、有無を言わさず『ゴーストホテル』のロビーへ直行!!』

 という計画をはるか彼方に吹き飛ばしてしまった。
 それほどに、ティファの形相は鬼気迫るものが合った…。
 完全に気圧されて思わず回れ右をしそうになるクラウドの腕を、ティファは走ってきた勢いを殺す事無くむんずと掴むと、そのまま引きずるようにして走り出した。




 暫く二人で黙ったまま走り続け、漸く息が上がってきた為立ち止まった場所…。
 そこは……。
「……結局……振り出し……か………」
 息も絶え絶えに呟くクラウドの視界に、
『ありがとうございました!またのご来園を心からお待ちしております』
 との看板が…。

 そう。
 結局二人して入り口ゲートまで戻ってきてしまったのだ。
 あんなに距離があるのにそれを走りきってしまった所は、やはり『ジェノバ戦役の英雄』である。
 常人では成し得ない体力の成せる業だ。

 入り口のデブモーグリが、何か言いたそうにピョンピョン跳ねてこちらへ来ようかどうしようか迷っているのが見える。

「……ティファ……」
「…………なに……」
「その……悪かった……」
「……どうしてクラウドが謝るの……?」
「いや……はぐれてしまって……」
「……ううん、私こそ……はぐれて…ごめんなさい……」

 途切れがちに話しているのは、まだ息が整っていないからだ。
 それでも、クラウドはたった今、ティファが見せていた鬼気迫る形相に激しく動揺していた為、息が整うのを待ってなどいられなかった。
 何としても、早く機嫌を直してもらいたい。
 その為に…と、息も絶え絶えに謝罪の言葉を口にしたのだが、意外と彼女から聞かれた言葉はクラウドが覚悟していた怒りの言葉ではなかった。
 その事にホッとしながらも、それでも彼女の機嫌が著しく宜しくないのがビリビリ伝わってくる。

『やっぱ…あんな放送されたら怒るよな……』

 クラウドはユフィへのお仕置きは何にしようか…と腹立ち紛れに考えつつ、漸く背筋を伸ばして息を整えたティファの肩に手を置いた。
「?」
 不機嫌ながらもクラウドには怒りの矛先の向いていないティファが、小首を傾げて振り返る。
 そんな彼女に、クラウドは「これからどうする?」と肩を竦めた。
「あ……どうしようか……」
 憂鬱そうな顔をして俯く彼女に、胸がチリッと痛む。
 本当なら…皆の好意で今頃二人楽しく初デート(?)だったのだが…。

 そう胸の中で嘆いたクラウドは、そう言えばその話をティファにしていなかった事を思い出した。

「ま、ここに突っ立ってても仕方ないから、取り合えずどこか休むか」
 そう言って彼女の返事も聞かず、自然にその華奢な手を握ると、さっさとベンチを探して歩き出した。
 そのクラウドの自然な仕草に、ティファが別の意味で顔を赤らめた事に、キョロキョロと周りを見渡して休める所を探しているクラウドは、残念ながら気付いていない

 たったこれだけ。
 こうして、二人きりになって…。
 手を繋いで…。
 一緒に歩く…。

 それだけでこんなにも心臓がドキドキとうるさいくらいに音を立てている。
 ティファは、すっかり機嫌が良くなっている自分に気付いた。
 今、自分の心を一杯にしているのは、何とも言えない甘酸っぱい想い…。
 長い間共に生活してきたけど、中々こういう機会に恵まれなかった彼女にとって、この一瞬だけでもこんなに胸がときめく。
 それは、本当に幸せな事だと思う。
 長い間一緒にいると、互いの嫌な所が見えたり、マンネリ化してしまい、段々相手に対して『ときめき』を感じなくなるものだ…。
 そう話していたのはお店によく来てくれる女性のお客さん。
 その話を聞いた時、果たして自分はクラウドと二人きりで、こういう『デートスポット』に来た時、彼に対して『ときめき』を感じたりしないのだろうか…。
 そう不安にも似た気持ちになった事を覚えている。
 そして、クラウドはどうなのだろうか……と。

 今、こうしてクラウドは自分の手を引いて歩いてくれている。
 彼は、この事を……この状況を……どう感じてくれているんだろう…。
 少しは、私のように『ときめいて』くれているんだろうか…。

 少し前を歩くクラウドの顔は見えない…。
 ティファは何となく、ドキドキしているのは自分だけではないのだろうか……と寂しく感じてきた。


 一方、クラウドと言えば…。
 極自然に彼女の手を握って休める所を探している内に、ハッとこの状況に気がついた。
『二人きり』で『手を繋いでいる』と突然気付いたのは、歩き始めてすぐの事。
 周りを見渡している内に、いやでもカップル達が目に入る。
 その姿を見ていて突然自分達も同じ様に手を繋いで歩いている事を自覚したのだ。
 自覚したクラウドは、今……。
 心臓が口から飛び出るのではないかというほどバクバクと脈打っていた。
 勿論、今までだって手をつないだ事もあるし、二人で買い物がてら散歩と称して軽くデートらしきものもした事はある。
 しかし、こんな『デートスポット』で彼女と二人で歩いた経験がない。
 ハッキリ言って、クラウドはティファ以上に余裕がなかった。
 握り締めた彼女の手から、自分の心臓の音が振動で伝わったらどうしよう……!?
 そんな馬鹿な事まで考えているくらいだ。
 恥ずかし過ぎて、半歩後ろを歩いている彼女を振り返る事が出来ない。
 絶対に今の自分は不自然なほど顔が赤くなっている……はずだ…。

 でも…。
 自分だけがこんなに舞い上がっていたら……?
 そう不安に思う気持ちもあったりして、それらの理由からティファの顔を見る勇気が湧いてこない。

『はぁ……モンスター相手にバトルしてる方がましだ……』

 子供達や仲間達が聞いたら情けなさそうに首を振られるだろう…。
 何となくその顔が思い浮かんできて、クラウドは一人苦笑を漏らした。
「なに…、どうしたの?」
 クラウドをジッと見ていたティファは、そんなクラウドにびっくりした。
 思わず前に回りこんでクラウドの顔を覗き込む。
 前に向かって歩いていたクラウドの前に、急にティファが回り込んだ……という事は、極々自然に二人の顔は至近距離という事になってしまうわけで…。

 クラウドは突然視界一杯に広がったティファの顔に、ギョッと後ずさりそうになった。
 心配そうに眉を寄せている彼女の……何て妖艶なことか……。

『し、心臓が止まるじゃないか……!』

 クラウドの心の叫びが聞えるはずもないティファは、クラウドの驚いた顔を見て、自分の中にわだかまっていた不安が急速に大きくなるのを止められなかった。

『やっぱり、クラウドは私ほどには…『ドキドキ』とかないの……かな…』

 実に彼女らしいネガティブさ…。
 曇るその表情に、クラウドは理由は分からないが彼女が何やら勘違いをしているのではないかと直感した。
 そう、それはまさに『野生の勘』。

「ティファ…何考えて落ち込んでるのか知らないけど……」
 取り合えず、あそこに座ろう。

 そう言って、クラウドはティファの手を強く握りなおすと、再び顔を赤くさせた彼女にまたもや気付かずにベンチへ向かって歩き出した。



 二人揃ってベンチに腰掛け、目の前を行き交う人々を眺める。
 何となくお互いに緊張してしまって声をかけづらい。
 まぁ……本当に今更なのだが、こんな風にまともにデートの一つも経験していない二人にとって、家の中でホッとした一時を共有している様なわけには行かない。

 しかし、このまま時間が経ってしまうというのも何とも勿体無いし、ハッキリ言ってバカらしい。
 クラウドは思い切ってティファの方へ顔を向けた。
 ティファはというと、モジモジと膝の上で手を組み替えている。
 その横顔は何だか困った様でもあり……うっすらと頬に赤みが差していることから照れているようでもある。
 そんな彼女の表情に、クラウドはなんだか今まで胸につかえていたものがスッキリなくなるのを感じた。
 要するに、自分だけが照れていたわけではないのだ。
 そう思っただけでも気分が高揚してくる。
 それと同時に、隣に座る彼女が本当に愛しくて仕方ない気持ちが溢れてくる。

 視線を前に戻すと、何組ものカップル達が幸せそうに歩いているのが見える……が!!

『どう見ても……ティファの方が美人だよな…』

 などと惚気としか思えない感想を抱くのだった。


 そんな事を考えている事を全く知らないティファは、何となくこの二人きりで外にいるという事に慣れていない為か、どうにも居心地の悪さを感じていた。
 照れ臭い……。
 一言で言ってしまえばそうなのだ。

 前を見てみると、自分達を同じ年代のカップル達が、実に自然に腕を絡ませ、笑顔を向け合って歩いている。

『はぁ……羨ましいなぁ……』

 自分達もああやって、自然に腕を組んで笑い合って歩いてみたい。
 ティファはふとその姿を想像し、途端にボンッ!と音が出る程の勢いで赤くなった。
 想像しただけでこんなにも赤くなるのに……とてもじゃないけど……無理!!

 ドキドキと高鳴る鼓動を抑えるように、胸にそっと手を当てて再び視線を前に向ける。
 丁度その時、クラウドの髪と良く似た金髪の青年と、茶髪の女性が腕を組んで幸せ絶頂な顔をして通り過ぎた。
 そのカップルを視線だけで追い、何となくチラリと隣に座るクラウドの横顔を盗み見る。
 クラウドも何となくそのカップルを目で追っていたようだ。
 そのお陰で彼の端整な横顔を盗み見ている事に気付かれずに済んだティファは……。

『クラウドの方が……うんとカッコいいわよね……』

 などと、こちらも惚気としか考えられない感想を抱いたのだった…。



『あ〜、どうしようか…。時間が勿体無いんだけど、このまま一緒に時間を過ごせるだけでも俺ってもしかして幸せ者なんじゃ…?』
『ん〜〜、どうしようかな…。折角だからこ、こ、恋人!?らしいことしたいけど……。このままでも……良いかなぁ…、やっぱり何だか贅沢な気がしてきた…』

 二人が二人共、何となく消極的な考えに傾きかけた時、

 ピピピ…ピピピ…。

 クラウドの携帯に着信が入った。
 二人は顔を見合わせると、クラウドは胸ポケットから携帯を取り出し目を丸くした。
 そして、そのまま通話ボタンを押す。
『よ〜!おめえら、大丈夫か?』
 シドの心配そうな声に、クラウドは苦笑した。
「あ、ああ。何とか無事会えたよ」
『ばっか、そんな事言ってんじゃねぇよ!野次馬だよ、あんなアナウンス流されて、ゴンドラ周りにバカな野次馬野郎共が押しかけなかったか!?』
「え…ああ。野次馬が集まる前に会えたからな」
『お!そうなのか…そいつは良かったぜ。まったく、ユフィももうちっと考えろっつ〜んだよなぁ!』
「はは……全くだ」
『お、という事はお前らは今、ちゃんとしてるんだろうな』
「なにを?」
『デートに決まってんだろ、このすっとこどっこい!!』

 シドの大声が携帯から漏れ響く。
 クラウドはその大声に顔を顰め、ティファは顔を赤らめた。

「い、いや……今はベンチで休憩中…」
『あ〜ん!?!?アホかお前ら二人は!!折角のチャンスを棒に振る気か!!お前も男なら決めるときはビシッと決めやがれ!!』
 シドのオヤジ声が携帯からフルボリュームで響き渡る。
 思わず鼓膜を守るべく携帯を思い切り離したクラウドにも、そして隣に座るティファにもシドの声がしっかりと耳に届いた。
『いいか!?最低一つは何かデートらしい事してから集合場所に来い!!いいな!後でどこに行って、周りにどんな奴がいたのか聞くからな!!絶対にごまかすなよ〜〜〜!!!!!』

 そして、一方的に電話は切られた。

 暫く呆けたように『ツーツーツー…』という電話の切れた音を聞いていた二人だったが、やがて顔を見合わせて笑い出した。
「まったく……俺達の周りにはお節介ばっかりだな」
「本当に…。でも……嬉しいよね」
「…そうだな」
「…フフ…」
「…ハハ…」

 二人して笑い合って…。
 クラウドはベンチから腰を上げた。
 そして、自分を笑顔で見上げてくるティファに手を差し出す。
「ま、折角だから…遊びに行こうか…」
「うん!」

 そうして、二人は漸く手を繋いでデートをする事になったのだった…。




「シ、シド…、言いすぎじゃないんですか?」
 携帯をイライラとポケットにねじ込んだシドに、シエラが苦笑する。
「いいんだよ、これくらい言わないと絶対にあの二人はあのままダラダラと時間を過ごして、結局良い思い出の一つも作らないまま帰る事になっちまうんだからよ!」
 ぶっきらぼうにそう言う夫に、シエラは柔らかな笑みを浮かべると、新しく買ったカップ珈琲を手渡した。
「なんでぇ、ニヤニヤして…」
「いいえ、別に…フフ」
「別にって面じゃねえじゃねえか…」

 自分の夫が口は悪くても、本当に仲間思いであること…。そして、照れ屋である事に、改めて『愛しい』と思ったシエラの眼差しに、シドは赤くなった顔を隠すようにして珈琲を口につけるのだった…。




 あとがき

 ああ…書いててイライラしました…(苦笑)。
 クラウドとティファは、いつまで経っても初々しい…というか見てて歯がゆくなるカップルだと思います。
 んで、そんな二人に仲間達はどうしても背中を押さずにはいられないのです。(いや、もしかしたら蹴りを入れたくなるのかも… 笑)

 ドキドキデート。
 どうなるのでしょう??