さぁ、そろそろか?

 俺達の華やかな旗揚げとして精一杯働いてもらおうか。






Are you ready? 3







 うなじがチリチリするのは、最高潮に達した緊張ゆえ。
 ティファは荒野にいくつも点在する『ブッシュ』の1つに身を低くし、遥か前方にある『標的』を見据えていた。

 ちょっとした盆地に建つ一軒の邸宅。
 広い敷地は整備されており、荒野の中にポツン、と佇むそれは、なんとも異様な光景だった。
 陽の光を受けてキラリ、と光るのは邸宅の窓ガラス。
 全面ガラス張りになっているその邸宅は、オペラグラス越しでは中が見えない。
 薄いスモークウィドウのようになっているマジックミラー。
 恐らくあの中にフロー親子が囚われているのだろう。
 何故そんなことが分かるかと言うと、他に建物がないからだ。
 地下室があるのかもしれないが、広い敷地内には地下室への入り口らしきものは発見できなかった、とリーブから報告を受けている。
 最新鋭の科学技術を駆使して探査したのだ、間違いはないだろう。
 と言うことは、万が一地下室があったとしても、あの邸宅の中に入り口が存在することになる。

 犯人にとって、人質は英雄とWROにとって『脅迫』『自分達の身を守るための盾』ともなるあり難い『道具』。
 ぞんざいな扱いはしないだろう。

 そう言ってクラウド達の不安と焦燥感を和らげたのは、星と会話出来るWROの若き中佐。
 彼は今、ここにはいない。
 別働隊を伴い、他の地にいる。
 それがこの作戦にとって有益となるよう、彼は現在進行形で尽力しているはずだ。
 クラウド達がその働きを無駄にするような情けない結果にならぬよう、神経を研ぎ澄まし、仲間たちとのコンビネーションをフル活用して事に当たらなくてはならない。

 だが…。


 ギリリ。


 また聞こえてきた歯軋りの音に、クラウドとティファはそっと顔を見合わせた。
 チラリ…、とその方へ視線を走らせる。
 完全に無表情で落ち着いた風を装っている隊員がいるだけだ。
 だが、目が据わっている。
 霜が降りたようなその瞳に、バレットが落ち着きなくそわそわとしているのが青年の身体越しに見えた。

 ラナは、兄のかつて無いほどの苛立ちぶりに内心、かなり驚いていた。
 どんな戦況でもこんな風に焦燥感に駆られた姿は見たことが無い。
 プライアデスが社交界であらぬ噂を流され、孤独に追いやられた時に怒り狂ったことがあった。
 だが、その時の方がまだ『まとも』だった…と思う。
 あの時の方が、まだ『兄らしい』と…そう感じるのだ。
 今のこの『無表情』で『怒り』と『焦燥感』を微塵も出さないようにしている『機械じみた兄』は知らない。
 それだけ、この作戦の失敗を恐れていると言うことでもあるのだろうが、だがそれにしても…。

「兄さん…」
「 …… 」

 そっと呼びかけてもグリートは応えない。
 ピクリとも反応しないなんてことは初めてだ。
 ラナにとって、いつでも彼は必ずその呼びかけに応えてくれた。
 いつもふざけて調子に乗って…。
 だがしかし、その根底に流れているのは、無限の『兄としての愛情』。
 それを感じることが出来たからこそ、ラナもグリートに対して遠慮がいらなかった。
 だが、彼女は今、生まれて初めてグリート・ノーブルに対して『引く』思いを味わっている。

 ここまで触れられない兄は初めてだ…。

 そっと腕に触れる温もりに顔を上げると、紫紺の瞳が思いやるように見つめていた。
 包み込むようなその優しさに、うっかり涙腺が緩まりそうになる…。
 ラナは無理して笑顔を作ると、邸宅へと視線を戻した。
 今は、心落ち着かせて任務に当たらなくてはならないのだから…。

 大切な友人とその両親を一刻も早く救い出すために!


 ピー。

 乾いたコンピューターの音が2箇所同時に上がった。
 1つはプライアデスの手の中から。
 もう1つはグリートの手の中から。

 打ち出された命令文は同じ。


 ―【静かに突撃せよ】―


 命令文としてはいささかおかしいその表現。
 誰も何も言わない。
 グリートはコンパクトを胸ポケットにしまい込むと、まるでチーターのような俊敏さでブッシュから駆け出した。
 バレットとシドがギョッとする。
「おいおい」
「……無茶だ…」
 レノとルードが呆れてその背を見やった…。
 ナナキが半歩遅れて後に続き、ヴィンセントが舌打ちをしつつ、クラウドとティファも続いて駆け出した。

 本当なら、フェンリルに乗って突撃したいところだ…とクラウドは思わずにはいられない。
 しかしフェンリルのエンジン音が敵に知られると厄介だ、と仲間達は言うだろうことが予想出来て言わなかった。
 だがしかし、クラウドには敵がエンジン音を聞きつけてリリー達に凶刃を向ける前に親子を救出する自信があった。
 それなのにあえてそう発言することが出来なかった大きな理由。
 それは、いつもはひょうきんな青年の『精神状態』。
 明るい色の短髪・グレーの瞳を持つ青年の静かな怒りを前にして、とてもじゃないが言えなかった。
 行ったら最後、彼のギリギリの理性をブッチ切る可能性が高かったからだ。

 青年にとって、リリーがまだ無事である、というシュリの言葉が最後の命綱だった。
 それを断ち切ってしまうようなことを提案するのは、いくらなんでも無謀と言うものだ。

「クラウド…」
「…大丈夫だ。俺達がいるんだから」
「うん」

 もう邸宅の敷地内に到達しようとしているグリートの無茶振りに、ティファが不安を堪えきれずにとうとうこぼした。
 それをそっと受け止めながら、クラウドは『大丈夫』と口にする。
 それは、己自身にもそう言い聞かせている言葉。
 ティファにもそれは伝わったのだろう。
 自分と同じようにクラウドも心配していると言う事実。
 それを素直に見せてくれることが嬉しいと感じる。

 2人はそれぞれ別の『ブッシュ』に身を潜めながら、着々と邸宅へと近づいた。

 もう、グリートは邸宅の敷地内に突入していた…。


 *


「局長。ノーブル中尉が到着したようです」
「…そうですか…」
「?…どうかされましたか?」

 怪訝そうな声を出したリーブに、報告した大将は首を傾げた。
 リーブは渋い顔をしながらモニターを睨んでいる。

「なにやら、ノーブル中尉らしからぬ行動ですねぇ…」
「…そうですか…?」
「彼は…お調子者を演じながらも、どこかいつでも冷静に判断出来る男だと思っていたんですが、今回の行動はちょっと…いつもと違う気が…」
「それはそれは…」

 大将は何か言いかけて、口を閉ざした。
 結局、今更言っても仕方ない…と判断したのだろう。

『ノーブル中尉が作戦を乱すようなことがあっては大変だから、撤退させるように…とは言えないな…』

 心の中で小さく溜め息を吐いた大将は、青い点滅が広い邸宅へ次々と近づいている様子を映し出しているモニター画面を見つめた。
 英雄達と隊員達に着けている発信機だ。
 万が一と言うことがあるため、迅速に緊急事態に対応出来るよう、トラックの中で装着してもらったものだ。

「この機能が発揮する必要が無いことを願うばかりですね…」

 リーブが大将の心の中を読んだように、そう呟いた…。

「局長」

 別の大将が声をかける。
 同時にリーブの目の前の画面が切り替わった。

「シュリ中佐から報告です」
「うん……これは中々……」

 唸るように画面に表示されたものを見る。
 世界地図が映し出され、一点がチカチカと光っている。
 その場所はクラウド達とは正反対の大陸を位置していた。

「ここがアジト…ですか…」
『恐らく』

 返って来たその声は、モニターに内蔵されているセンサーからだった。

「シュリ…本当にここで合っているんですか?」
『はい』
「それも…その……『聞いた』んですか…?」

 わざと『星に』と言う言葉を省いたリーブの心遣いが青年に通じたのだろうか?
 小さな声で『感謝を』と聞こえたのはリーブの気のせいかもしれない。

『はい、そうです』

 何も知らない第三者が聞いたら不思議なやり取り。
 この場にいる大将や中将達の中で、シュリの能力を正確に知っている者はリーブとあとほんの数人だけ。
 シュリの能力には緘口令(かんこうれい)が敷かれている。
 当然だ。
 いくらなんでも『星と対話出来る』などと知られたら、人格者が揃っているWROのトップクラスといえど、いつ、どこであらぬ『誘惑』に遭うかもしれない。
 そんなことになっては大変だ。

 シュリの能力を当然のように知っているデンゼルとマリンやジェノバ戦役の英雄達、それにノーブル兄妹と彼らの従兄弟は特例中の特例だ。
 彼らは決して余計な噂を立てることが無い。
 だからこそ、リーブも何も不安を持っているわけではないのだが、他の人間となると話は変わってくる。

「シュリ、ではそちらの指揮はあなたに任せます」
『了解しました』

 ブンッ…。

 低い音を立てて画面が元に戻る。
 シュリから次に連絡が入るのは、作戦が終わった時か、戦況が変化した時だろう…。

「それにしても、まさか…『ウータイ』とは……」

 溜め息をつきながら、リーブは破天荒娘のことを思いやった…。

 もっと早く、敵の出身地が分かっていたら、突撃命令を出す前に『ウータイの忍が犯人グループにいる』と警告も出来ただろうに…。(もっとも、ユフィに前もって警告出来たとしても、『そんなはずない!』と否定するだろうが…)
 既に突撃命令を出してしまった今となっては、無用な混乱を招いてしまうだろう。
 それに…。
 自分の里の者が今回の元凶だと知ったときのユフィの心境を思いやると胃がズーン…と重くなる。
 ユフィのハチャメチャ振りはWROの中でも有名だ。
 だが、それ以上にユフィの『仲間思い』は隊員達のハートをガッチリと捕らえていた。
 ユフィはジェノバ戦役の英雄一、仲間思いで情に厚く、涙もろい…。
 そんなユフィだからこそ、仲間達も日頃の気まぐれ、ハチャメチャ振りに振り回されてもなお、彼女を受け入れ、愛しているのだ。
 彼女の里の人間。
 ウータイの忍。
 WROに宣戦布告するだけの力量を持ち得ている数少ない人材の宝庫。
 リーブは暗澹たる気持ちで画面を見つめた…。
 だが、そこはやはり『WROの局長』だ。
 迅速且つ適切な指示を出すべく気持ちを切り替える。
 敵の本拠地が仲間の故郷であろうと無かろうと、任務を遂行することが最優先だ。

「頼みましたよ…皆さん…」

 祈るような思いで肘をテーブルに着きながら手を組んだ。


 *


 ハッ…と顔を上げた誘拐犯達に、リリーの両親が怯えたように身を竦めた。
 彼らを恐れながらも、娘だけはなんとしても守りたい。
 その強い思いを表すかのように、2人はリリーを更に強く抱きしめた。
 だが、犯人にとってくっつき合って怯えている親子に興味は無いらしい。

「来たか…」
「そのようだ…」

 小さな声でかわされたそのやり取りには、どうしようもないほどの高揚感が感じられた。

 リリーは両親に挟まれたまま、そっと窓を窺った。
 彼女の目にはまだなにも変化を見つけることが出来ない。
 だが、犯人達のアンテナに何かが引っかかったのだろう。
 彼らが目を輝かせ、口元に凶悪な笑みを浮かべているのを見るのは初めてのことだ。

 濁った瞳を爛々(らんらん)と光らせる様子は背筋に氷を流し込まれたような悪寒を感じさせた。
 静寂は一瞬。
 次の瞬間、窓ガラスが爆音と共に派手に割れた。

 両親が悲鳴を上げながら、リリーを庇って床に伏す。
 飛び散ったガラスの破片はだが、庇われたリリーにも、庇った両親にも突き刺さることは無かった。

 何事が起きたのか、咄嗟に身を起こそうとしたリリーだったが、すぐに『何か』に引きずり出された。
 短い髪が更に短く切られてしまった頭を、誰かが鷲掴みにしている。
 痛みと混乱で小さな悲鳴を上げたことにすら、リリーは気づいていなかった。
 痛みに滲む視界には、濛々と上がる煙が部屋をあっという間に満たしていく恐ろしい光景が映った。
 両親も、犯人達に引きずられて足早に部屋の隅に追いやられていたのが見えた。

 そして…。

 割れた窓ガラスから飛び込んできたのは、リリーの良く知っている人達だった。

 立ち込める煙の中でも目立つ金色の髪。
 鋭く細められた紺碧の瞳。
 元・ソルジャーの証のその瞳に、リリーの胸に安堵と慕情が一気にこみ上げた。

『あぁ…やっぱり私、クラウドさんが…』

 しかし、そのすぐ後から見知った顔が次々と現れ、彼女の心は激しく揺れた。

 漆黒の髪をサラリ、と風に乗せ、凛と立つ美しい女性。
 彼女に敵う女性なんか、この世にいるはずない、と思い知らされるほど、完璧な女性(ひと)。

 リリーの心の葛藤など、誘拐犯達には関係のないことだった。

「よく来たな」
「しかもなんの小細工もなしで真正面からとは」

 自分の頭を鷲掴みにしている男が淡々と語りかけた。
 だが、リリーには彼が『冷静を装っている』ことがすぐに分かった。
 リリーの頭を掴む手に力が込められたからだ。

 痛みに呻き声が漏れ、苦痛に顔が歪むのを止められない…。

「彼女達を離せ」

 低いテノールの声に込められた怒りを感じ、リリーはこんな危機的状況にあると言うのに喜びを感じてしまう。
 自分達が攫われたことをこんなに真剣に…、親身になって怒ってくれる。
 クラウド達にとって、自分達が『特別な人間なんだ』と思わせてくれることが、とても嬉しい。
 だが、その喜びは徐々に強められる『犯人の手』によって掻き消された。
 自分の頭を鷲掴みにしている男は、頭を握りつぶすつもりなのかも知れない…。
 そんな恐ろしいことが脳裏をよぎった。

「リリー!!」

 一際高く、悲鳴を上げたリリーの耳に、親友の声が届いた。
 痛みのあまり、いつの間にか閉じていた目を何とかこじ開ける。

 グレーの瞳が恐怖に凍り付いている。
 見ていて胸が抉られるような表情を浮かべているラナに、リリーは小さく呼吸を繰り返しながらなんとか笑おうとした。
 大丈夫だ…と。
 これぐらい、なんとも無い…と。
 だが、所詮リリーは一般人。
 しかもこういった戦いとは無縁の生活を送っていた。
 彼女の心とは裏腹に、口からは与えられている苦痛に対する呻きが漏れるだけ…。

「彼女達を離しなさい!!」

 ティファの鋭い警告の言葉に対し、犯人達はせせら笑った。

「真正面から乗り込んできて人質解放を訴えるとは…」
「予想以上に愚かだな…」
「それに、なんとも陳腐な作戦だ」

 犯人の言葉には毒がある。
 そしてその毒に、英雄達が一瞬、ギクリ、と身構えた。
 男達はあざ笑うように顎を持ち上げ、じっくりと英雄達を見渡した。
 完全に見下しているその様子に、バレットが思わず義手を構えようとする。
 ヴィンセントが腕を持ち上げてそれを制し、ユフィは……。


 息を呑んだ。


「なんで…アンタ達が…」

 掠れたような言葉に込められた驚愕。
 クラウドとティファ、ヴィンセントは視線だけをユフィに向けた。
 蒼白になって犯人を見つめているユフィに、クラウドとティファ、そしてヴィンセントとシドは犯人の正体を知った。

「ウータイの忍…か…」

 男達の顔が狂喜に彩られた。


「その通り!」


 宣言するように一際大きな声で応えると、犯人達は天井高くに飛び上がった。
 同時に人質であるリリーとその両親は他の仲間に突き飛ばすようにして託す。

 クラウドとティファは人質であるリリー達を救出するために駆け出し、ヴィンセントとバレット、シドは自分達目掛けて天井を『蹴って』急降下するウータイの忍達目掛けて発砲した。

 人質救出作戦が始まった…。