「謂れの無い容疑をかけるとは…無礼千万!」 「信じられないお気持ち、分かります。ですから直接その目で確かめて頂きたい」 「ハンッ!もしもお前達の捜査ミスだったらどうする!?」 「この首、差し上げますよ」 Are you ready? 4ゲッホゲホゲホゲホ! なんとも間の抜けた咳を連発しながら、赤い髪の男がのっそりと立ち上がった。 傍らで彼の相棒が、同じくズレたサングラスをかけ直しながら立ち上がる。 「…火薬の分量を間違えた」 「おいおいおい!ルード〜…頼むぜ、相棒!!」 「…すまない」 ヨロヨロッとしながら砕けたガラス窓を見つめる。 窓枠が変形して中途半端に天井からぶら下がっている様は、朽ち果てた廃墟を思わせた。 まぁ、当然、この邸宅が一瞬にして廃墟になるはずがないのだが…。 「お〜…やってるやってる…」 嬉しそうにすら聞こえるその言葉は、この緊迫した場面では不謹慎にしかならないのだが、レノが言うと何故か嫌味に聞こえないから不思議だ。 「…どうする…?」 「あ〜…どうすっかなぁ…」 スキンヘッドの相棒に問われ、赤髪の男は暫し考えた。 目の前で繰り広げられているのは、楽観し出来ない戦闘。 クラウドの大剣が宙をなぎ払い、屈強な男がそれを紙一重でかわしつつ、宙で身を捩って蹴り技を繰り出した。 それを大剣の腹で受け止め、力任せにぶっ飛ばす。 男の身体が壁に激突する寸前、男の仲間が彼の身体を抱え込むようにして天井に飛び上がり、フォローをした。 ティファが他の男達を相手に拳を振るっている。 軽やかなステップで男の先手を押さえ、急所を確実に狙いつつ蹴りと拳を連打させ、最後は後方宙返りの二連撃を繰り出した。 一撃目を回避した男は、二撃目を顎に受け、大きくのけぞって蹴り飛ばされる。 それをまた、他の男達が庇って壁への激突を免れさせた。 クラウドとティファは、敵を自分達の身から遠ざけることを目的としていたため、それぞれ仲間に庇われて致命傷を免れた犯人達には目もくれず、ヴィンセントとユフィ、バレットにその場を任せて部屋を飛び出し、邸宅の奥へと消えていった…。 ラナはクラウドとティファが犯人達を引きつけてくれている間に、いの一番に部屋から駆け出し、リリー達を追っている。 ヴィンセントが的確に狙いをつけて発砲し、バレットがマシンガンをぶっ放す。 ユフィは同胞への怒りに目をぎらつかせて巨大手裏剣を繰り出した。 その戦いを見ながら、レノとルードは『さて、どうしたものか…』と思案した。 完全に遅れをとってしまった形になっている。 誘拐犯達はまだまだこの邸宅の中に潜んでいるだろう。 殺気立った気配が色濃く漂っている。 だったら、さっさとクラウドやティファ、そして別行動をとっているグリート達に続けば良いだろうに、なんとなぁく出遅れてしまって身の置き場が無いような…、ちょっぴりはみ出して悲しい気持ちがしないでもない…。 だが、やはりここで黙って指を咥えて見守っているだけでは、タークスの名折れ。 「んじゃ、俺達も加勢に行くか!」 「あぁ」 タークスの珍コンビは、激戦を繰り広げているユフィ達の脇を通り過ぎ、クラウド達が消えて行った後を追った。 ヴィンセントの脇を通り過ぎた際、レノが、 「ほらよ。置き土産」 ポイッ、と放り投げてウィンクをした。 ヴィンセントはそれを無表情のまま、片手で受け取ると敵に狙いをつけて発砲しつつ、チラリ…と手の中のものを見た。 「…フン…」 片眉を上げてそれを懐にしまい込み、ヴィンセントは攻撃を続けた。 * ラナは走っていた。 広い邸宅には数多くの部屋があった。 しかし、彼女の実家と比べるとやはりその数は少ない。 ラナは壁にかけられているいくつもの絵画が、名のある有名な画家のものであることを頭の片隅で認識しながら、必死になって走っていた。 リリーとその両親を誘拐した犯人が、今また目の前で彼女達親子を引きずり、抱え上げて信じられないスピードで走っている。 このまま彼らを見失うと、作戦が失敗してしまう。 『早過ぎたんじゃないかしら…』 胸の中で赤い髪のタークスを罵った。 レノが自信満々に放り投げた『煙幕機能つき爆薬』は、それはそれは素晴らしい威力を発揮してくれた。 防弾ガラスを見事に粉砕してくれたのだから。 ―『だ〜いじょうぶだぞっと。この爆弾は、煙幕を噴出すと同時に、爆発の際に飛び散った破片をクモの糸に絡めるようにくっ付けてしまう機能がある優れものなんだぞ〜っと!』― 中にいるリリー親子にガラス片が突き刺さることを懸念したラナ達にかけられた言葉。 …。 ……確かに。 にわかには信じられないことだったが、割れたガラス片は中にいる人達を傷つけなかった。 だが…。 『それにしても、やっぱり無謀だったんじゃ…』 ひた走りながらそう感じるずにはいられない。 今回の突撃は、表と裏の両方からの挟み撃ち攻撃だった。 特に何の捻りもない作戦だが、いつもは頼りになる兄が暴走気味なので仕方なかった。 こちらの意見に耳を傾ける余裕の無いグリートは初めてだった…。 『……兄さん…』 裏口から突入するよう、説得したクラウド達に兄が向けた怒りの眼差しは、心底ゾッとするものだった。 正面から突入するメンバーとして働きたいと鋭い眼光が雄弁に物語っていた。 だが、クラウドは理性をギリギリでかき集めて保っていたグリートに対し、後方支援をするよう再度説得した。 表から突入するメンバーとして欠かせないのは、クラウド、ティファ、そしてラナだ…と。 リリーの交友関係を考えると、どうしてもこの3人は外せない。 更に、ヴィンセントとユフィ、バレットも隠密行動からはわざと外すことが敵をかく乱するに当たって丁度良い、とクラウドは語った。 ヴィンセントとユフィは『表舞台で活躍』をしない英雄だ。 ユフィはウータイの忍だし、ヴィンセントは未だにWRO広報誌等で『住所不定』として掲載されている。 だからこそ、ユフィとヴィンセントがいなければ、誘拐犯達はすぐにその可能性に気づいて警戒心を強くする可能性がある。 少しでもリスクを減らして迅速に行動に移す必要がある任務…。 寡黙な英雄の言葉に、グリートは噛み付かんばかりの勢いで睨みつけたが、結局はその言葉に従った。 プライアデスがやや強引に『隠密行動』へ引っ張っていったからだ。 従兄弟でないと、今回の兄は引っ張っていけなかったに違いない。 ラナはそう思っている。 ―『やれやれ…』― ―『仕方ないわ、クラウド。きっと、リトも気が気じゃないのよ…リリーさんが心配で』― ―『あぁ、分かってる』― クラウドとティファのやり取りがフッと脳裏に浮かぶ。 あの兄が…。 まさか本当に親友の身を案じるあまり暴走していると言うのだろうか…? 「 …… 」 ラナは息を切らせながら走りつつ、頭をよぎった可能性に複雑な感情が湧いてくるのを感じた。 だが、すぐにそれらの気持ちを頭から振り払う。 今はそんなことに気をとられている場合ではない。 何はさておき、この状況を打破しなくては話にならない。 「リリー…!」 ラナの視覚が誘拐犯の影を捉えた。 一気に緊張感が高まる。 ラナは既に抜き放っている銃を構えた。 その間、走る速度を緩めない。 息が上がり、視界がぶれる。 だが、ここで踏ん張らなくては親友とその両親を救出する機会を逸してしまう可能性が高い。 「 …ッ! 」 前方を駆けている誘拐犯が、迫っているラナに気がついた。 微かに振り返ったその次の瞬間、ラナ目掛けて何かを投げつけた。 それを咄嗟に身体をねじってよけつつ、前方に向かって思い切り身を投げ出した。 爆音と爆風が後方からラナを襲う。 ゴロゴロと床を転がりながら、ラナは自分に襲い掛かってくる誘拐犯達を認めた。 合計で5人。 たった今まで追いかけていた誘拐犯とは別の男達だ。 気配を消して、潜んでいたに違いない。 その卓越した腕前に、背筋を悪寒が駆け抜けた。 とてもじゃないが、1人で太刀打ち出来る人数ではない。 ラナは床を転がりながら、思いっきり身体をしならせ、反動で起き上がりながら、銃を発砲した。 一発、二発、三発、四発…。 乾いた銃声の音は、だがしかし、男達にかすりもしないで壁と床、天井に銃痕を残しただけ。 だが、ラナに襲い掛かっていた体勢を崩すことには成功した。 ラナはそのまま、男達に構わずリリー親子を追いかけた。 すぐさま、5人がラナの後を追う。 ラナは気がついていた。 自分のすぐ後を追ってきてくれている頼もしい仲間の存在を。 彼らにこの5人を任せ、自身は先に進むべきだ…と。 そしてその判断は正しかった。 一番ラナに肉薄していた男が、後頭部に拳大の瓦礫を喰らって前のめりに昏倒する。 残り4人の男達がギョッとして振り返った。 その4人分の視線を受けたのは、金髪・碧眼の自称元ソルジャーと、セブンスヘブンの女店主。 それぞれ見上げるほど高い天井まで飛び上がり、天井に足をつけて思い切り跳躍した。 弾丸のような勢いで男達目掛けて突っ込む。 ウータイ出身の忍とは言え、英雄2人を相手に互角に戦うことは難しい。 クラウドは床に着地するまでに、1人を大剣の腹で昏倒させ、そのパワーに愕然としている男の腹を思い切り蹴り飛ばした。 続いてティファも、クラウドの神業に身体を強張らせた男の頭上に踵落としを喰らわせて床にめり込ませ、クルリと後方宙返りへと移ってそのままもう1人を思い切り蹴り飛ばす。 あっという間にクラウドとティファは、ウータイの忍4人を撃退した。 「ティファ!」 「はい!」 クラウドとティファは、完全に気を失った誘拐犯達をそのままに、再び走り出した。 本当ならば、彼らが目を覚ました時のことを考慮し、猿ぐつわでも噛ませて縛り上げるべきなのだろうが、そんな余裕はない。 ラナ1人を先に行かせっぱなしでは彼女が逆に危険だ。 2人は猛然とラナ達の後を追った。 * 「…はい、了解。こちらにあるものは全て『凍結』させます」 落ち着いた声で淡々と上司とやり取りをしている従兄弟に、グリートは苛立っていた。 本当なら、こんなところでチマチマと敵の『足』を凍結させる作業なんかしたくなかった。 一刻も早く、彼女の無事な姿を確認したかった。 彼女を恐怖から解放してやりたかった。 それなのに! 「リト、早くここを片付けないと先に進めないよ」 「 …… 」 分かってる! 本当はそう怒鳴りたかった。 だが、一言でも発してしまうと、ギリギリにまで張り詰めた緊張の糸がプッツリと切れてしまいそうで、グリートは黙ったまま思うように動かない自分の手先に歯軋りしつつ、作業に当たっていた。 シエラ号の艦長であるシドが、感心したような溜め息を吐き出しつつ、敵の保持していた『ミニチュアの飛空挺』を撫でたのも、また気に入らない…。 「こいつはてぇしたもんだ…」 すっかり魅入られたように、それらを撫でてうっとりとしている。 グリートはイライラしながらも、それを咎めたり、非難はしなかった。 シドが惚けたようになっているのも仕方の無いことだった。 シエラ号並みの素晴らしい科学技術を搭載した『4人用』の飛空挺。 ちょっとした『ジェット機』のようなそれだが、とてもコンパクトに創られており、陸・水用に対応されている優れもの。 文字通り、陸も走るし水にも潜れる『飛空挺』。 大空を翔るとき、両翼が現れる仕組みとなっているようだ。 陸と水に対応する際にはその両翼が内蔵されるようになっているらしく、シド達がそれを知ったのは、その乗り物が格納されている地下室の壁際に設置されている巨大なコンピューターからの情報だ。 操作したのはプライアデス。 シュリほどの知識は無いのだろうが、それでもこの乗り物についての詳細を引き出すためのパスワードを簡単に突破してしまうあたり、彼の持っている技術はずば抜けて高いことが証明された。 そして、その素晴らしい乗り物は、この世界で最も先駆けた科学技術を誇るWROの科学班にも無いものだった。 文字通り素晴らしい乗り物がなんと4機もある。 「こいつぁ…1億ギルを要求するだけのもんはあるな…」 関心しきりにそう呟くシドの傍らでは、ナナキが鼻をひくつかせつつ、 「シド〜、早くしないと敵が来るから」 そう言ってせっついている。 チラチラとグリートを窺っているのは、彼の苛立ちを感じ取ってるためだ。 グリートは文字通り、爆発寸前だった。 クラウドの説得の言葉は良く分かっている。 だが、だからと言って自分が表舞台で戦うメンバーに挙げられても良かったはずだ。 それなのに、彼はそれを許さなかった。 確かに腕前はクラウドやヴィンセント、ユフィ、ティファと比べると落ちてしまう。 しかし、それなりにWROの隊員としての鍛錬を積み、実戦経験も持っている。 足を引っ張ることはないはずだ。 なのに…! 『グリート・ノーブル、ボーっとするな』 ハッ!と顔を上げる。 一瞬、誰に呼ばれたのか分からなかったのだ。 だが、誰に呼ばれたのかはすぐに分かった。 彼の従兄弟が持っているコンパクト・コンピューターから、年下の上司が話しかけているのだ。 「ハッ!」 ついいつものクセで敬礼する。 画面の中の上司は、隣に中年の男性を従えていた。 その中年の男性の顔には見覚えがあった。 ウータイの頭首、ゴドーだ。 ユフィの父親でもある。 彼はわなわなと震えていた。 『これは…!』 『見たとおりです』 なにやら画面の向こうでやり取りをしている。 プライアデスはコンパクトをそっと持ち上げ、視線の高さに固定した。 『これはウータイのダチャオ像にあるものと同じ。どこか間違いは…?』 『………ない』 苦渋を滲ませたその答えに、シュリは特に満足そうな様子は無く、淡々と、 『そうですか。ではこれで我々の話を真実だと認めて頂けますか?』 事務的にゴドーへ語りかけた。 いや、語りかけているというよりも、既に決定事項としての文章を読み上げているような無機質な感触。 ゴドーの息遣いが震えている。 コンピューターを通しても、それが良く分かった。 『グリート・ノーブル』 「ハッ!」 『そこにあるものは一時凍結させ、WRO本部に引き上げさせる。それまで、その場で待機せよ』 グリートは固まった。 目を見開き、画面の中の年下の上司を見つめる。 黙っているのは、納得してその命令に従うからではない。 承服し難い怒りに駆られ、咄嗟に声が出なかっただけだ。 プライアデスは冷静な表情を保ちながらも、内心は激しく動揺していた。 シュリの言いたいことは充分分かる。 このまま暴走気味の従兄弟が任務に就いているのは色々な意味で得策ではない。 だが、WRO隊員として判断する自分とは別に、グリートの従兄弟として彼の怒りを正確に肌で感じ取る自分がいた。 何が正しいのか判断しかねる。 もしも、今回誘拐されたのがアイリだったら? グリートと同じような状態にならないと言えるだろうか…? それに、ここまで怒りにかられたグリートの姿を見たことが無いこともプライアデスの動揺を誘っていた。 シュリの言わんとしている『命令の本質』も理解出来るがゆえ、あえてグリートの肩を持つような発言は控えていた。 そう。 シュリの判断は全く正しい。 こんなにも冷静さを失ったグリートが戦況に加わったりすると、ろくなことにならない。 下手をしたら、人質の中に負傷者が出るかもしれない…。 いや、最悪の場合…。 それを考えると、やはり冷静に命令を下しているシュリに従うのが得策だろう。 だが、それをこの従兄弟は受け入れるだろうか…? WROの隊員として、上司の命令に従えるだけの理性がまだ残っているか…? 緊張は一瞬。 シドとナナキも、いつの間にかグリートの答えを緊張の面持ちで見守っている。 「…俺は…!」 長い一瞬。 グリートが張り詰めた沈黙を破った丁度その時。 ガッコン!! ピーーー、ピピピピピピ。 シューー! 突然、『ミニチュア飛空挺』が一斉に作動し始めた。 既にプライアデスが凍結させていた2機は作動しなかったが、シドとグリートに任せていた残り2機が動き始めたのだ。 急速にエンジンを加速させる『ミニチュア飛空挺』を前に、一番近くにいたナナキの赤い毛並みにボッ!と火がついた。 悲鳴を上げながら床にのたうって、火を消そうとするナナキと、轟音を発し始めた『ミニチュア飛空挺』を前にして、敵の地下室はとんでもない騒ぎになった。 ガコン…と床がゆれ、天井が開いていく。 そう、ここから地上に向けて飛び出せるように設計されているのだ。 プライアデスは動き始めた『ミニチュア飛空挺』に飛びついた。 何とか作動中のそれを大人しくさせようとする。 だがそれを、シドが羽交い絞めにして後ろから抱き上げた。 「バカ野郎!死にてぇのか!!」 いくら『ミニチュア』とは言え、『飛空挺』なのだ。 そんなものにしがみ付くなど自殺行為だ。 その間にも、そのエンジン口からはとんでもない熱風が吹き出している。 目が熱に犯され、視界が歪む。 急速に変化する『気圧』に、耳鳴りがその場の全員を襲った。 「リト!」 プライアデスは、パニックになりかけながらも、従兄弟の姿を探した。 シドとナナキは既に地下室の扉へ向かい、脱出を試みている。 だが、従兄弟の姿は無い。 プライアデスの脳裏に不気味な予想が浮かび上がった。 その直後。 爆音を立てて2機の『ミニチュア飛空挺』が飛び出した。 鼓膜が破れるほどの爆音。 「リト!!!」 プライアデスの悲鳴ような呼び声は、虚しくかき消され、『凍結』作業が出来ていない2機は大空に飛び出した。 |