足元から伝わってきた振動。
 それは、英雄達に押されながらも健闘していた『ウータイの誇りを裏切った者達』を一様にギョッとさせ、慌てふためかせた。
 そしてその隙をヴィンセントは見逃さなかった。

「皆、走れ!!」

 言うが早いか、懐にしまいこんでいたタークスの置き土産を放り投げた。






Are you ready? 5






 目が眩むほどの閃光が走る。
 ヴィンセントの言葉にバレットはやや反応が遅れてしまい、閃光弾により目がチカチカとしたが、走る分には支障が無かった。

「うぉい!なんだってんだよ!!」
「タークスの置き土産だ。意外と役に立ったな」

 淡々と語るヴィンセントは、ウータイのお元気娘をまるで荷物を運ぶように小脇に抱えて走っていた。
 ユフィが素直に従ってくれる。
 などという無駄な希望をヴィンセントは持っていなかった。
 閃光弾を放つと同時に、同胞と激戦していたウータイのお元気娘を小脇に抱えて、さっさとその部屋から脱出したのだ。
 当然のように、ユフィはギャーギャーと騒ぎ、激しく身をばたつかせていた。

「ヴィンセント、離せ!あいつら…あいつら…!!ウータイの誇りを汚したあいつらを絶対に許すもんか!!このウータイの希望の星、ユフィ様の手で地獄の閻魔様の前に引きずり出してやる!!!」

 必死になって身を捩るユフィを、ヴィンセントは小うるさそうに眉間にしわを寄せながら溜め息を吐き出した。
 その間も、決して走る速度は緩まない。
 ユフィを抱えて走っているヴィンセントよりも、バレットの方が顎を上げ、息を切らせている。

「ユフィ、気持ちは分かるが、今は人質救出が先だ。恐らく今の振動、何かあるぞ」
「ぐ……!」

 ヴィンセントは決して大きな声を上げたわけではない。
 だが、しっかりとその言葉はユフィに聞こえた。
 常のユフィなら、そんな言葉に耳を貸さなかったに違いない。
 だが、曲がりなりにも自分の知人が誘拐されているのだ。
 しかも、同胞の手によって…。
 ならば、自分のとるべき道は…?

「分かった……。離して」

 ヴィンセントは走りながらユフィを離した。
 普通の人間が、こんな狂人的なスピードで走っているヴィンセントからポイ、と手を離されたらとんでもないことになる。
 だが、ユフィは何事も無かったかのように、次の瞬間には赤いマントの仲間の隣を軽やかに疾走していた。

 怒りにまだ目はぎらついているが、少なくともグレーの瞳をした青年隊員よりは落ち着いている。
 その横顔に、ヴィンセントは唇の端を軽く持ち上げた。

「それにしても、さっきの振動はなんだってんだ…?」
「さぁ…。あの振動があった瞬間、あいつらの動きが鈍った。きっと、あいつらにとっても非常事態なんだよ」

 ユフィが苦々しげに吐き出した。
 ヴィンセントは何も反応しなかったが、ユフィと同意見だ。
 あえて彼はそれを口にすることも、頷くこともしなかったのではない。
 そうする間もなく3人の耳に耳慣れない音が聞こえたのだ。
 足を止め、広い窓の外を見る。
 手入れの行き届いた広い庭園。
 その庭園に植えられている花々達が暴風に煽られて激しく揺れていた。
 それを認めるとほぼ同時。
 3人の耳にエンジンの轟音が響いてきた。

「な!」
「これは…!」
「飛空挺…か…?」

 唖然としながら窓に駆け寄る。
 床から天井まではめこまれている窓ガラスがビリビリと振動に震えていた。
 広い広い庭の中央部分に、小さな人影が走ったのに気づいたのは、ヴィンセント・バレンタイン。
 彼は無言のまま眦を吊り上げると、
「下がれ!」
 言い終わるか終わらないかの間に、窓ガラスに弾丸を連続で撃ち込んだ。
 防弾ガラスで出来ている窓ガラスは、数ミリのずれも無く立て続けに打ち込まれたことにより、ガラガラと崩落する。
 その間、わずか3秒。
 その3秒の間に、ユフィとバレットも動いた。
 自分達が先ほどまで向かっていた前方の曲がり角から、よろめきながらウータイの忍達が現れたのだ。
 ユフィの巨大手裏剣が容赦なく同胞を襲い、バレットが天井めがけて発砲し、天井のタイルを彼らの上に落っことした。
 全てがまるでスローモーションの中での出来事のように、英雄達の動きは滑らかだった。
 誘拐犯達が床に伏すその姿を認めることなく、3人は一斉に庭園へと飛び出していた。


 *


 リリー・フローは混乱の真っ只中に放り込まれていた。
 誘拐犯の男達にとって、自分達親子はもう用済みではないだろうか…?などとどこか冷静に考えつつも、やはり混乱真っ只中だった。
 その原因は3つ。
 1つは、自分達が男達に言い様に振り回され、もみくちゃにされて全身くまなく悲鳴を上げていたこと。
 全身の痛みは恐怖を煽るに充分すぎた…。
 もう1つは、気がついたら広い屋敷内から外に出ていたこと。
 何がどうなって自分を取り巻く環境が変化したのか、認識出来ないことは、全身の痛みによって煽られた恐怖心を更に深く強く、脳内を支配した。
 そして更にもう1つは…。

『なに……この音、この風……』

 鼓膜を容赦なく攻撃する爆音がすぐ傍で響いている。
 それがどうやら乗り物のエンジン音だということに気づいたのは、男達が自分達親子を地面に放り投げた時、視界に入った『それ』を見てからだった。
 父親と母親が放り出されて強かに地面に身体を打ちつけ、苦痛の呻きをあげている声が、どこか別世界の音のように感じられる。
 そう感じながらも、実は自身も苦痛に悲鳴を上げたことには気づいていない。

 ただ、見たことも無い乗り物が2機も、自分達目掛けて降り立ってくるその様が、恐ろしい…。
 咄嗟に、自分達親子をまだ誘拐犯達は振り回すつもりなのではないか!?という新たな恐怖が生まれた。
 だが、同時に振り回されるということは、まだ命をとられる可能性が低いことを意味することでもある…と、やはりどこか冷静にそう囁く自分がいる。
 だからこそ、その反対の可能性も浮上した…。


 もしも、飛空挺にこの誘拐犯達が自分達親子を乗せる選択をしなかったとしたら…?
 そうなったら…残された可能性は…?
 ただ黙ってこのだだっ広い庭園に放り出したまま、放って置いてくれる…?
 それとも…。


 ゾクッ。

 言いようの無い恐怖がリリーを支配するのに時間は必要なかった。
 恐怖で身体が動かなくなる経験をするとは、夢にも思わなかった…。
 文字通り、恐怖で雁字搦めになって動けないリリーは、なす術も無く自分達を見下ろしている誘拐犯の視線を真正面から見てしまった。
 そこに浮かんでいる色。
 嘲笑、勝利、優越感…。
 様々な色が混濁した瞳から鈍い輝きを発している。
 誘拐犯が何気なく手を向けた。
 その手に握られている物を見て、両親が咄嗟にリリーを庇う。
 恐怖で身動き出来ないリリーとは違い、両親は愛娘だけは助けたい、という強い父性愛、母性愛に突き動かされたようだ。
 全てがスローモーション。
 2機の飛空挺が地上1メートルにまで高度を下げたことも…。
 自分を守ろうとする両親を、誘拐犯達が蔑んだような顔をして見下しているのも…。
 鈍い光沢を放つ拳銃のトリガーをゆっくりとその指が引こうとするのも…。



 飛空挺の1機から、突然人が飛び出してきたことも。



 リリーは見た。
 太陽の光を背に受け、飛空挺から飛び出した隊員の姿を。
 真っ直ぐ、彼が銃を構えている誘拐犯に向かって飛び掛ったその姿を…。

 誘拐犯達が全部で5人もいたことに気づいたのは、グリート・ノーブルが拳銃を発砲しようとしていた男を蹴り飛ばすことに成功した直後だった。


「逃げろ!!」


 グリートは無理な体勢から蹴りを喰らわせた為に、地面へ激突するような勢いで倒れこんだ。
 だが、そんなことにも構わず、必死にリリーを見た。
 リリーとグリートの目がカチリ…と重なる。

 永遠に近い刹那の瞬間。

 リリーは一瞬、呼吸を忘れた…。

 だがしかし、その白昼夢にも似た感覚は、すぐに現実へと引き戻されて掻き消えた。
 彼の大声で弾かれたように立ち上がった両親によって…。

 両親は呆然としているリリーを引きずるようにしてその場から逃れようとした。
 リリーは数歩、ヨロヨロと引きずられるままに進んだが、すぐに彼の劣勢に気づいた…。

「やめて、やめて!!」

 全ての出来事は一瞬のうちに起こった。

 誘拐犯達が一斉にグリート1人を標的として発砲したことも…。
 グリートが苦痛に顔をしかめてバランスを崩したことも…。
 赤いマントが彼を守るように包み込んだことも…。
 巨大手裏剣が…、マシンガンが、誘拐犯達に向けて放たれたことも…。

 そして…。

 金髪と黒髪の英雄が猛スピードでその現場に到着したことも…。

 背中に翼を持つかのように、英雄達が…、親友が…、誘拐犯達が宙を舞いつつ、激闘を繰り広げる。
 クラウドの大剣が風を切り、ティファが宙で蹴りを繰り出す。
 ユフィが宙返りと巨大手裏剣の妙技を見せ、バレットの力強い攻撃に耳が痛い。

 だが、それらの光景はリリーの目には映らない。
 彼女の視線はただ一点に向けられている。
 空から降ってくるように、邸宅に潜んでいた誘拐犯達が次々と集合してくるゾッとする光景も…。
 両親が庇うようにして何とか自分を立たせようと必死に声をかけ、腕を引っ張っていることも…。
 親友が敵を威嚇しながら自分達に近づいてくる姿も…。

 全く見えていない。

 視線は赤いマントの影だけに吸い寄せられ、口からは意味の無い声が漏れる。

「グリートさん…、グリートさん…が……」

 立ち上る砂埃。
 硝煙の臭い。
 人々の怒号に両親の悲鳴。
 親友の呼ぶ声。

 それら全てがリリーを押し包む。


 *


「お〜、中々やるじゃん」
「そうですねぇ、じゃあ、こういうのは?」

 クスクスと笑っている声から察するに、まだ年若い女性と男性なのだろう。
 ミッドガルエリアで起こっている事件とは全く無関係の土地にいるこの2人は、先ほどからとても幸せそうに笑っていた。
 2人の前には普通サイズのコンピューター。
 一見、ノートパソコンのようにも見える『それ』だが、小さなアンテナが備え付けられていることと、先ほどからカタカタと小気味良く叩かれているキーボードの多さから、普通のパソコンではありえないことが窺える。
 そして、それは事実だった。

 明るい陽の光をふんだんに室内に取り入れているお陰で、全く陰気臭くない。
 むしろ、とても瀟洒なつくりのその部屋は、おおよそ彼らがいる土地には似合わない造りとなっていた。
 そして、その中で楽しそうに笑っている2人も、おおよそ彼らのいる土地とは似合わない存在だった。

 彼らがこの地にやってきたのは、ジェノバ戦役の直後だった。
 自分達の故郷が神羅によって滅ぼされ、各地を転々として生活してきた…と語った。
 ウータイも神羅による痛ましい過去を持っている。
 ゆえに、彼らをウータイの人間は快く受け入れた。

 やがて、彼らはすっかりこの地に馴染んだ。
 だがしかし、馴染んだと言っても彼らがその装いをウータイ風に染めることはなかった。
 いつでも、彼らは自分の故郷の装いで過ごしていた。
 そんな彼らに、ウータイの古老達は良い顔をしなかった。


 ―『郷に入っては郷に従え』―


 その諺を大切にしている人達だったからだ。
 だが、時代の流れは若者達をその言葉から遠ざけた。
 古老達の懸念をものともせず、ウータイの若者たちは洗練された彼らに憧れた。

 そして、彼らはウータイの若者達にとって、ある意味中心的存在となっていった…。



「2年も前から計画していた…か…」
「「 !? 」」

 若い男女がビックリしてコンピューターから顔を上げた。
 そして、いつの間にか室内に侵入していたその面々に、自分達の計画がバレてしまったことを瞬時に悟った。
 諦めが良いのか…、ふてぶてしいのか…。
 若い男女は軽く顔を見合わせるとおどけたように肩を竦めて見せた。

「あ〜あ、バレちゃった」
「姉さん、仕方ないよ。ほら、『彼』がいるんだもん」
「そうねぇ。仕方ないわよね」

 ゴドーと、彼の部下に当たる中年の忍達は驚愕に目を見開いた。
 姉と弟。
 彼らがまさか、姉弟という関係にあったことにすら、ゴドー達は気づかなかった。
 顔立ちが似ていないこともその理由だし、彼らは自分達にこう言っていた。

 ―『幼馴染です』―

 そして、その通りにお互い、名前を呼び合って生活していた。
 今の今まで。

「どこまで我々を…!」
「ふふっ。だって、仕方ないでしょ?ウータイの忍はとっても優秀なんですもの」
「本当のことなんか言えないですから、常識的に考えて…ね」

 カッとなった忍の1人が怒声を上げる。
 しかし、姉弟にはそよ風程度にすら感じていないようだ。
 クスクスと笑う2人の目には霜が降りていた…。
 冷たく凍った…霜。
 何も信じていないその目。

 ゴドーは、『あぁ、そうだ…』と、ようやく合点がいった。
 彼らが現れてから、古老が良い顔をしなかったことに対する賛意。
 古老達と同じように、『老いぼれ』とは思いたくなかったし、若い者にとっても良い刺激になると思って容認しようと『無理をしていた』理由。

 そう、彼らは常に『偽者クサイ』ものがあった。
 なにか獣の皮をかぶっているような…そんな感じ。
 だが、常の彼らは穏やかで、各地の出来事や世情に博識で、ウータイのような田舎の者にはある意味とても重宝される人材だった。

 ゴドーは腹を立てなかった。
 いや、姉弟には怒りを感じなかった。
 感じたのは、自身への憤り。

 もっと、彼らの身辺調査をするべきだった。

 無論、ゴドーは姉弟の身辺調査をある程度は行っていた。
 彼らの出身地であるという『ミッドガル』の第一プレート。
 そこには確かに彼らの出生を裏付ける情報があった。
 だが、ジェノバ戦役直後の混乱により、その情報に穴があったか…と問われると否定できない…。
 そして、姉弟は見事にその穴を利用した。

「ウータイの忍は優秀な人材。WRO隊員よりももっともっと…」
「ジェノバ戦役の英雄よりも…ね」
「そうやって、ウータイの忍をヘッドハンティングしたってわけか…」

 くすくすと笑い続ける姉弟に、シュリはいつもと変わらない抑揚の無い声音で応じた。
 姉の口元が弧を描いた。
 妖艶な笑み…、魔性の笑みだ。
 彼女がそんな表情をするのを見たことのないゴドー達が軽く息を呑んだ。
 シュリとWRO隊員は無表情を崩さない。
 視線は姉弟が覗き込んでいたコンピューターに向けられた。

「へぇ、大したスキルだな」
「ふふ、どうもありがとう、WROの期待の星、シュリ中佐」

 ユフィを意識しての挑発の言葉に、ゴドーの部下達が怒気を発する。
 だが、やはり…と言うか、当然…と言うか。
 シュリは器用に片眉を持ち上げると、無表情のまま口を開いた。


「よく知ってるな。流石、WRO科学班『元』志望者」


 場がどよめく。
 隊員達も体勢を崩すことは無かったが、それでも驚きで僅かに構えていた銃口が揺れた。
 姉と弟は微笑んだままもう一度肩を竦めた。
 自然な流れで、椅子にドッカ、と腰を下ろす。
 普通なら、銃を向けられている場面でそのようなことをすると、すぐさま発砲されても然るべきであるのに、2人は全くそれを恐れていないようだった。
 姉は妖艶に微笑みながら足を組み、弟は面白そうに頬杖をついた。
 まるで、彼らの方こそが正義であり、押しかけたWROとゴドー達が悪であるかのような態度。

「ん〜…やっぱり知ってたんだ〜」
「当然だ」
「本当にイヤミなくらい優秀だね」
「そりゃどうも」

 言葉の応酬。
 張り詰めた緊張感が一気にヒートアップするのを感じることが出来たのは、一体どれくらいいただろうか?
 ゴドーはその数少ない人間の1人だった。

 笑顔の仮面を貼り付けている姉と弟が、凶行に出る!と、直感した。

 突然、弟が頬杖をついている手とは反対の手を優雅に持ち上げた。
 流れるような大仰な動作は芝居がかっている。
 そのまま、自分のこめかみに人差し指を突きつけた。
 拳銃を突きつけているポーズ…。

「よせっ!!」

 ゴドーの静止に触発され、ウータイの忍達が一斉に飛び掛かる。
 姉が妖艶な笑みを勝利の笑みに変える。
 シュリが身を低くして数歩分の距離を一気に縮めようと筋肉を収縮させ、ウータイの忍達より半歩早く姉弟に到達する…。

 が…。


「飽きちゃった、だから…」
「バーン」


 ピピ。

 コンピューターに2人が触れないよう注意を払っていたというのに、ゴドー達は裏をかかれた。


 彼らの言葉が鍵となり、コンピューターが遠隔作動されてしまった。


 爆音と悲鳴が小さな画面から大音響で鳴り響いてきた。