*こちらは『シンデレラ』を基にした完全パロディーです。
 ストーリー、キャラ設定、捏造しまくりです。
 苦手な方、嫌悪感を感じられる人は今すぐに回れ右して下さい。

 なんでもどーんと来いや〜〜!!という度胸のある方のみ、お読み下さい。






 シドの煎れてくれたお茶を熱そうに啜っていたナナキがハッと顔を上げた。
「どうしてい?」
「なんか聞えたか?」
 思わずドアの外を警戒するバレットとシドに、ナナキがピンと耳を立ててスックと立ち上がった。

「エアリスが呼んでる」

 そういうや否や、ドアに飛びつくと器用に前脚でドアを開けて駆け出した。

「お、おい、ちょっと待て!」

 慌てふためいてバレットがドタバタと続き、シドは着いていくべきかどうか一瞬迷ったが、結局「あ〜、くっそ!」と悪態をつきつつ後を追った。





シンデレラ……もどき? 12






 息を切らせながら二人は走る。
 一人はハイヒール、もう一人は素足で。
 素足の女性は片手でハイヒールを履いている女性の手を握り、もう片方の手には片方だけ残された靴を持っていた。

「はぁ…、エアリス、大丈夫…?」

 息を切らせながら問いかける。
 エアリスはニッコリ笑って見せたが、疲労の色は隠せない。
 胸元にぶら下げている銀色の笛を吹いた後、声を出す余裕など無くひたすら走っていた。
 音が鳴ったようには思えなかったが、ナナキにしか聞えないというその笛。
 もうすぐナナキが来るのだろう。
 ということは、ユフィのボディーガードの巨漢もやって来るに違いない。
 ユフィのボディーガードはまぁ大丈夫として、問題はエアリスとナナキだ。
 ティファは追っ手の気配を背中に感じながら必死に考えていた。

 このまま馬車に乗り込んでも着替える時間など無い。
 万が一、着替える時間があったとしても、狭い馬車の中で大人の女性二人が着替えられる余裕は無い。
 このままでは、自分のせいでエアリスにまで害が及んでしまう。

 もうすぐ馬車をとめている場所に着くが、良い案が浮かばない。
 焦燥感ばかりが募る。

 ティファはギュッと目を瞑った。

 と…。


「エアリス!」


 ナナキの呼び声。
 ハッとエアリスが歩調を緩めた。
 それに倣って自然とティファの歩調も遅くなる。
 遥か向こうにいた筈のナナキが、あっという間に駆け寄り、二人と並走する。
「エアリス、大丈夫?」
「…はぁ、…うん…、なんとか…、はぁ」
「ほら、早くオイラの背中に乗って!」

 そうナナキが促すや否や、エアリスは慣れた動作でナナキの背に乗った。
 ナナキは背にエアリスを乗せても全くスピードを落とす事無く走り続けている。

 ナナキの背中に乗ったエアリスは、軽く息を整えるとビックリしているティファに向かって微笑んだ。

「ティファ、このままあなたは馬車で着替えをして。その間、私達は追っ手をかく乱するわ」
「え!?そ、そんな…!」
 無茶な!!

 そう続けようとしたティファに、エアリスは軽くウィンクして見せた。

「大丈夫、私には『コレ』があるから♪」

 一見、ココアパウダーのように見える茶色の粉の入った小瓶を見せると、エアリスはそっとティファに手を伸ばした。
 走りながらなので頬には触れない。
 もう目と鼻の先に馬車が止まっている。
 御者達が何やらギョッとした顔をしているのが見えた。

「ティファ…、ちょっとだけ息を止めててね」

 エアリスはそう言うと、ナナキは心得たとばかりに一気にティファを残してスピードを上げた。
 そのまま御者達の頭上高く跳躍する。

 エアリスの細い指が小瓶を開けて、中身を少しだけ振りかけた。

 サラサラサラサラ…。
 風に乗って粉が舞う。
 御者達がビックリして自分達の頭上を飛び越す獣と、その獣に乗っている美女をポカンと見上げる。

 と…。

 クタリ…。
 クラッ…。
 ガクリ…。

 次々と御者達が地面に倒れてしまった。
 ティファは目を丸くしてその光景を見ていたが、エアリスの忠告通り、息を止めてやり過ごす。
 正直、全力疾走した後での息を止めるのは苦しくて仕方なかったが、目の前の光景を見ると頑張って止めずにはいられない。
 エアリスを乗せたナナキが、あっという間に停留所の向こうに着地し、そうしてまた戻って来た。

「もう大丈夫よ、苦しかったでしょ?大丈夫…?」

 心配そうに声をかけるエアリスに、ティファは大きく息を吐き出して数回深呼吸をした。

 背後から城の兵士達が追ってくる気配が濃厚になる。

「さ、早く着替えて。見たでしょ?ナナキの脚力に追いつける人間はいないわ」
「…う、うん…」
「私達はこのままお城を出るわ。だから早くティファは着替えて…」
 せかすエアリスに、しかしティファは心配そうな顔をするばかりで動こうとはしない。
 どう考えても、このまま二人がこの城を脱出出来たとしても、この国から自分の国に帰るのは不可能だと思われる。
 王子と知り合いのようだから、酷い扱いは受けないかもしれない。
 しかし、どうも王の逆鱗に触れてしまったように感じられる。
 王の意志は絶対だ。
 どんなに王子が庇ったとしても、どこまで通用するか…。

「この国からどうやって出るの…?」

 不安を押し殺せず、震える声で訊ねる。
 エアリスは焦りながらも、
「なんとかなるわ。私は星の声が聞えるもの。ほとぼりが冷めるまで、どこかに身を潜めて…」
「無理よ!だって、エアリスはこの国で私とユフィ以外に知り合いはいないでしょう?きっとあの王様のことだもの、私とユフィの家はマークされちゃうわ!」
 悲鳴のように声を上げるティファに、エアリスはグッと言葉に詰まった。
 いくら星の声が聞けても、ほとぼりが冷めるまでなにも食べず、野宿をするのはいささか無茶がある。
 ティファが心底、自分の存在に嫌気が差したその時。

「なんでぃ…それなら俺様がちゃんと送ってやら〜」

 その声にハッと振り向く。
 息を切らせたバレットと…ボサボサの短髪にどこかオヤジ臭い男。

「こいつは、この城専属の船の艦長だ。こいつにまかせとけ!」
「「 え!? 」」
「バレットとは飲み友達なんだって」
 驚く二人のレディーに、ナナキがクスッと笑いながら耳打ちする。
 エアリスは瞬時に決断した。

「じゃあ、よろしくお願いします。バレットさんはユフィのボディーガードに戻ってください」
「おうよ!」
「まかせとけ、じゃ、ひと暴れし終わったら俺様の部屋に来い」
「分かった〜」

 あっという間に話しがまとまる。
 ティファはそれをただ呆気にとられて見つめていた。

「ティファ」

 静かなその声にハッと我に返る。
 返った途端、ティファはどうしようもない別れづらさを感じた。
「エアリス……」
「大丈夫、また会えるから…」
「うん…」
「さ、もう行って。私達ももう行くから」
「うん…」
「ティファ、会えて本当に良かった!大好き!」
「!!…私も…会えて良かったよ…。大好きだよ…」

 声が震えるティファに、エアリスはギュッと一瞬強く抱きしめると、頬にキスを贈り、シドとバレットを振り返った。
「二人も本当にありがとう。それじゃ、また今度は落ち着いて会いましょうね」

 そう言い残すと、二人とティファの返事を待たずにあっという間にナナキへ合図をして兵士がやって来る方向へと駆け出してしまった。

「ほら、急げ!」

 一瞬、エアリスの後を追いかけそうになったティファに、バレットが肩を掴む。
 ティファは瞳を揺らせながら少し俯き、
「…うん、そうだね」
 凛とした瞳に戻ると自分の馬車に向けて走り出した。
 と、ハタ…と足を止めて…。

「二人共、本当にありがとう!」

 華が咲くような笑顔を見せ、今度こそ馬車に向かって駆け出したのだった。


「……なんかよぉ…」
「あんだ?」
「…良い女じゃねぇか…」
「おうよ。でも、どうもティファには『いい人』がいるらしいからな、諦めろ」
「バ、バカ言うな!俺は妻帯者だ!!」
「ゲッ!?お前、結婚してたのか?!」
「してて悪いか!?俺はシエラ一筋だ!!」


 二人が実に不毛な言い争いをしている間、バレットの主は一人ソワソワと落ち着き無く検査を受けていた。
 結局、侵入者が兵士をかく乱し始めたため、パーティーはそのまま中止となり、急遽、招待状を持っているかどうかの身体チェックに突入してしまったのだ。

 大半の客達はこの緊急事態をどこか楽しんでいる風だったのが…異様だった。
 思わぬ刺激に興奮しているのだろう。

 そんな彼らとは打って変わって、ユフィは緊張しっぱなしだ。
 招待状は持っていたので大した検査ではないが、それでもティファとエアリスと一緒にいるところを多数の人間に目撃されていたので、他の客達とは違い、彼女達が一体どこから来たのか、しつこく質問された。
 その度に、『このパーティーで知り合った』の一点張りを通した。
 ユフィは『キサラギ宝石商』の一人娘。
 城の者も、それ以上の追求は出来ず、結局ユフィを帰宅させるしかなかった…。

 兵士達の複雑な表情など全く目に入らない。
 頭の中は、ティファとエアリスの事で一杯だ。
 ティファは無事に元の姿に戻れただろうか?
 エアリスは無事に城を出られただろうか?
 だが、エアリスの場合は城を出ても行く所が無い…。
 自分のところに来てくれるだろうか…?
 もしも来てくれたら、城の者からバッチリ隠して、助けてみせる。
 なんなら、孤児院に匿ってもらっても良い。

 そのようなことをグルグル考えていると、不意にユフィは詰襟の制服を着た近衛兵に声をかけられた。
 髪がしっとりと湿気を含んでいて、何故か息を切らせている。

「え…っと…あの…」
「シッ!悪いけど…ちょっとこっちへ」

 押し殺したその声に、ユフィはビックリして目を見開く。
 大声を上げそうになったが、自分で口を覆うと、大人しく兵士の後について城の内部に招かれ、一つの部屋に促された。


 ドアが背後で閉まる音を合図にユフィはガバッとその兵士に向き直った。

「クラウド!どうしたのさ、その髪!!」

 クラウドはちょっとバツの悪そうな顔をしながら、
「あ〜、急いで色を元に戻したんだ。そうしないと任務に就くのに支障が出るから」
「なんで?」
「……兵士仲間も俺のことがすぐに分からなくて不審者扱いされる…」
「あ、なるほど」
「そんなことよりも…」

 真面目な顔をして真っ直ぐユフィを見る。

「ユフィが連れてた34番の女性。あの人って…『眠りの森』から連れて来たのか?」

 一瞬、考えて小さく頷く。
 クラウドはホッとした顔をすると早口でユフィに何やら耳打ちした。

 ユフィの不思議そうな顔が、見る見るうちに明るく輝いていく。


「…と言うわけだ。だから、『その時』は頼んだぞ?」
「オッケー!まかせといて!!」

 グッと拳を握り締めて力強く頷いたユフィに、クラウドは表情を緩めた。
 そして、そっと背を押してドアの外に促す。

「くれぐれも…『あいつら』にバレないように…な」
「分かってるよ!それにしてもさ…」
「ん?」

 廊下を窺い、兵士がいないことを確認しているクラウドをジッと見上げる。

「あんたって……実はティファのこと…」
「 ? 」

 キョトンとする青年に、ユフィは「ま、いっか」と一人ごちると、首を傾げるクラウドを残してさっさと駆け出した。

「じゃ、またね!」
「あ、ああ…」

 クルリと振り返ってブンブン大きく手を振り、慌ただしく城から出る少女をクラウドは少し面喰ったような面持ちで見送った。

「…あいつ…何が言いたかったんだ?」

 ポツリと呟き、首を傾げる。
 しかし、すぐに自分の立場を思い出し、慌てて主である王子の元へと向かったのだった…。






「あ〜!全くもって腹の立つ!!」
「本当に…、私達の番まで回ってこないままお開きになるなんて信じられないわ!!」
「娘達よ、仕方あるまい。すぐに改めて宴が催されるはずだから、その時に頑張るのだ!!」

 馬車の中から義父と義姉達の声がもれ聞える。
 馬の蹄の音と風を切る音に負けずに聞えるとは、どれ程の大声で話をしているのだろうか…。
 ティファは、御者台の上で馬を操りながら溜め息を吐いた。

 あれから、すぐにティファは馬車の中で着替えを済ませ、簡単にメイクを落とした。
 元々、ナチュラルメイクしかしていなかったのでさほど困ることも無く、ユフィ達が用意してくれたドレスもしっかりと馬車の腹の部分にくくりつけるだけの余裕があった。
 予想通り、義父達はえらく憤慨しながら城の長い階段を降りてきた。
 馬車を一番最初に階段部分へ横付けしていたティファに、少しも不思議そうな顔をしないで当然のように乗り込んだのは流石と言うべきだろうか…。
 軽やかに走り出した自分達の馬車の後方から、他の客達の慌てふためく騒動など全く気付いていないらしかった。

『エアリスったら、一体どんな薬を使ったのかしら…』

 失神してしまった他の客達の御者達が目を覚ますのはいつになることやら…。
 そっと心の中で彼らに侘びをしつつ、一目散に城を後にする。

 城下町に取っている宿屋に着いたのはそれからほどなくして…。
 ティファは一番安い部屋。
 義父達は豪勢な部屋をそれぞれ個室。

 固いベッドに身を横たえてホッと息を吐き出した。
 汚い天井を見つめながら、ほんの数時間前までの出来事を思い出す。


「夢……みたいだったなぁ…」


 本当に…夢のようだった。
 周りには綺麗に着飾った女性達と、お洒落な男性達。
 目を見張るような豪華な食事は見た目どおり、本当に美味しくて……。
 それに、天井が遥か遠くに見えるほど大きな部屋に、キラキラと輝くシャンデリア。
 うっとりとする音楽。
 それになにより…。

「クラウド…」

 とっくに忘れていた…と言うよりも、知らなかったと思い込んでいた孤児院の男の子。
 会った瞬間、思い出すよりも先に舌が彼の名を呼んだ。

 真っ直ぐに見つめる紺碧の瞳。
 スッと通った鼻筋…。
 記憶の中では、彼は金髪だったが今夜は漆黒だった。
 きっと染めたのだろう…。
 いつ染めたんだろうか?
 孤児院を出てすぐに漆黒の髪に染め、今日まで生活していたのだろうか?
 それとも……今夜のため?

 階段から転落した自分をしっかりと抱きとめてくれた彼の腕を思い出して鼓動が早まる。
 すぐに離れてしまった彼の腕が……寂しかった。
 あのまま時が止まってくれたら…。
 抱きとめてくれたまま…、自分を見つめてくれたあの瞬間で止まってくれたら…。

「 !! 」

 そこまで思い、ハッと我に帰る。
 そうして真っ赤になってカビ臭い毛布をガバッと被った。

 バクバクと鼓動が激しく打ち鳴らす。
 心臓が口から飛び出そうだ。

「も…もう…、なんなのよ…」

 毛布を被っているせいでモゴモゴとしか聞えない。

 一人で真っ赤になって慌てている自分が酷く滑稽だ。
 だが…。


 ― ティファ!必ず助けるから!! ―


 耳に残っている彼の声。
 彼の言葉。

 それを思い出して、ティファはハァ…、と溜め息を吐いた。

「クラウド…」

 呟いた青年の名前に胸の奥がキュンと疼く。
 ドキドキとどうしようもなく胸がときめく。

「クラウド…」

 いつ…来てくれるだろう?
 本当に…助けてくれるのだろうか?
 でも…どうやって?
 それに、一体『なにから』助けてくれるのだろう?
 今の生活から?
 義父達から?
 それとも……『意気地のない自分』から…?


 孤児院に寄付をしないと脅しをかけてくる義父達。
 それを口実に、本当なら逃げようと思ったら逃げられたのに……、戦えたのに今もずっと逃げている。

 とっくに気付いているのだ、義父達の脅しは通用しない…と。

 仮に、自分が本当に出て行ってしまって、義父達が孤児院への寄付を打ち切りになどしたら、世間はあっという間に義父達を見限るだろう。
 商いをしている以上、人の評価と言うものは非常に重要だ。
 どんなに取り引き先に良い顔をしていても、ある程度の世評は必要不可欠。
 その最低限の世評が失われるようなことはしないはずだ。


「本当に…弱虫…」


 逃げようと思ったら逃げられる。
 でも…逃げなかった。
 それは…。

 怖かったから…。

 どんなに疎んじられても…、酷い扱いを受けていても…。

 孤児院の子供達、町の人達、かつて、母が生きていた頃に良くしてくれた取り引き先の人達。
 彼らは本当に温かかった。
 彼らの温もりを失うのが…怖かった。
 だから、逃げなかった。
 戦わなかった。
 理不尽な方法で権利を奪われたのに、戦って取り戻そうとしなかった。
 失敗した時の事を恐れていたのだ。


「クラウド…」


 ギュッと身体を縮こませて眼を瞑る。

 身寄りの無かった彼が、孤児院を出てお城勤めを立派にしているというのに、自分は一体何をしているのだろう?
 このままでは…。

「クラウドに…会えない…」

 逃げ続けている自分は、頑張っている彼に会う資格が無い。

 ティファは強く強く自分を抱きしめると、強く思った。


 弱い自分を捨てて、強くなろう…と。


 クラウドに会っても恥ずかしくない自分になる為に。


 明けの明星が空に輝く頃、ティファはようやく眠りについた。



 あとがきは最後にまとめて書きますね。