Fairy tail of The world 10エッジにいくつもある路地裏の一つに…。 今夜も一人の迷い子が……。 暗い…暗い……闇の世界に………。 「私はどうしても許せない…」 「……………」 「あの女も……あの男も……」 「……………」 「だから……私に力を貸して欲しいの…」 「私には全く興味がありません」 「貴女に興味が無くても、私には自分の人生を掛けるほどの大きなことなのよ!!」 「自分の人生をかけるという意味が分かっていないのに?」 「分かってるわ!!」 「なら…貴女は望みを叶える『チャンスを得られるだけ』だとしても、自分の持っている全てを捨てられますか?」 「え……?」 「私が貴女に出来る事は、『貴女の命以外の全てを使って、貴女の望みを叶える為のチャンス…、つまりきっかけを与えられるにすぎない…』という事です。それでも構わないのですか?」 「……なによ、それ!!私の全部を掛けても私の望みは確実に叶えられるんじゃないなら、意味ないじゃない!!」 「そうですね」 「アンタ……それでもこの星一番の魔術師なの!?」 「私が魔術師だと一体いつ言いましたか?」 「…それは……皆がそう言ってるのよ」 「私自身は一度もそう言った事はありません」 「…っ!!と、とにかく、アンタは私の望みを叶える為に出来る事は…」 「きっかけを与えて差し上げるだけです」 「…………………」 「お止めになった方が良いでしょう。恐らく、貴女の『命以外の全てを捨てたとしても、貴女が得られるものは僅かなチャンス』しかないのですから」 「………やるわ」 「貴女の相手にしようとしているお二人は、貴女の想像をはるかに超えた固い絆に結ばれています」 「……やる…!」 「それに、貴女のように苦労を知らずに育った人にとって、貴女の命以外の全てを捨ててまで叶えなければならないことでもないと思いますが…」 「……絶対にやるわ!!」 「……意味が分かってるんですか?」 「分かってるわ!!私のこれからの人生を棒に振ったとしても、私はあの二人を絶対に許せない!必ず奈落の底に突き落としてやる…!!」 「…………後悔しますよ?」 「しないわ!」 「いいえ。貴女は想像を絶するほどの後悔に見舞われます」 「なによ、そういうことだけはハッキリ言うのね」 「本当の事ですから」 「構わないわ。お願い」 「……………では、目を閉じて」 こうして、一人の女性が『死』を迎え、新たな女性が『誕生』した……。 そのことは……。 誰も知らない。 まだ………。 「ねぇ…クラウド?」 「ん?」 「……なんでもない…」 「………………」 ティファは言葉を飲み込んで窓の外へ視線を逸らした。 外は快晴だと言うのに、部屋の中はまるで正反対にどんよりとした空気に満ちていた。 ティファがこの病室で過ごすのは、丁度今日で三日目だった。 ティファが目を覚ました時。 一番最初に写ったのは、クラウドの泣き顔。 紺碧の瞳から幾筋もの涙を溢れさせ、ただ黙って強く抱きしめてきた彼に、ティファは、 ― あぁ… 帰って来たんだわ… ― 心から喜びで満ち溢れた。 しかし、その幸福感も長くは続かなかった。 子供達も仲間達も、自分の命が助かった事を勿論とても喜んでくれた。 でも……何かが違う。 クラウドも、デンゼルも、マリンも、かつての旅の仲間で親友達も……そしてシェルクも……。 自分に何かを隠している。 そう…。 とても大事な何かを…。 ティファがそう疑っている事は、当然皆が気づいていた。 それでも、誰一人、ティファに真実を告げる者はいなかった。 一体誰が言えるだろう? ティファの代わりに、一人の女性が生死を彷徨っているなど…。 ― ……そんな……!! どうして彼女が……!? ― 紫紺の瞳を深い悲しみとやり場のない怒りに震わせながら、エメラルドグリーン色に輝く薬液が入ったカプセルに華奢な身体を横たえている彼女を前に…。 今にも泣き出しそうな顔で膝を崩折れさせた青年の姿は、英雄達と子供達の心を抉った。 特に、クラウドの心境は複雑そのものだった。 愛しい人が助かった事は、信じ難い奇跡であり、感謝してもし足りる事は決してない。 しかし、その代償はあまりにも大きかった。 ティファの命が救われた代わりに、アイリは命と身体以外の全てを失った。 十年以上もかけて取り戻してきたありとあらゆる全てのものを…。 微かな笑み。 ほんの少しの仕草。 時折合わさるようになった視線。 そして…。 なによりも、『起きていられる時間』を…。 彼女は生ける屍と化した。 ただただ、心臓が鼓動を弱々しく打っているだけ。 ただそれだけの存在。 一見、眠っているようにも見える彼女の顔は、しかし薄っすらと目が開いており、その瞳は死んだ魚の目のようにどんよりと曇っていて……何も映していない…。 その目を見た瞬間、クラウド達の全身に怖気が走った。 心の底からゾッとした。 「……これじゃ……死んだ方がマシじゃんか………」 頬に涙を伝わらせながら呟いたユフィを、誰も咎めなかった。 誰が咎められようか…? 今のアイリには、生きてる命の輝きは微塵も無かった。 ― それでも……。 僕は……彼女を『安楽死』させてあげられない……!! ― 透明のカプセルを抱きしめて身体を小刻みに震わせる青年に、一体どんな言葉をかけられると言うのか…!? クラウドと英雄達は黙ったまま、アイリの病室を後にした。 『アイリさんの入っていたカプセルが外部から開けられた形跡はありません』 『でも、中からは開けられないんだろうが!?』 『……そうなんです……ですから『不思議』としか言いようがないんですよ』 『でもよ…なら、せめて防犯ビデオがあるだろう!?それで犯人が分かるんじゃ……』 『それが…。肝心なその時刻の録画部分が撮れてないんですよ…』 『おいおい…マジかよ……』 『……本当です。バルト中尉にも散々詰問されましたから…』 『『『『『……………』』』』』 『とにかく、不可思議な点が多くありますが、アイリさんが『薬液のカプセル』から『出て』、ティファさんのところに向かったのは確かです』 『…それで…彼女はびしょ濡れだったのか……』 『そうとしか…言いようがありません。アイリさんがティファさんの病室に向かったと思われる時刻の防犯ビデオが作動していないので詳細は分かりませんが、アイリさんの病室からティファさんの病室まで延々と『薬液』が続いているので、まず間違いないでしょう……』 リーブの説明に、皆は言葉を失った………。 「クラウド…」 「ん?」 病室の窓にもたれるようにして外を眺めているクラウドに、ティファは何気ない風を装って声をかけた。 「あの…私、もう三日間も入院してるけど…いつ退院出来るのかな……?」 「…医者の話だと、もう少し検査した方が良い……って事だったが…」 「うん……そうだったね……」 「………………」 クラウドの視線はティファに向けられることは無かった。 ティファ自身、クラウドが決して自分を見る事はないと分かっていただけに、そのショックは少なかったが、それでも全く何も感じなかったかと言えばそうではない。 もしかしたら自分を見てくれるかもしれない。 その淡い期待をあっさり裏切られて、ティファは俯いた。 こんな時にこそ、お元気娘がいてくれたら良いのに…。 そう思いつつ、ティファはこっそり溜め息を吐いた。 昨日まで押しかけていた仲間達は、ティファの意識がハッキリしている事と、後遺症が残っていない事に安堵したのか、早々に引き上げてしまった。 その際、子供達までもバレットが中心になって引き取ったのだ。 『まぁ、今までほったらかしにしてたからな。今回みたいな時くらい、父親らしい事をさせてくれよ』 そう言ったバレットと、バレットの言葉に同意する子供達の表情が、何故かその時は冴えないように感じた。 それでもティファは、その事を深く考えないようにした。 『私も死にかけたんだもの……。少しくらい、甘えさせてもらった方が皆の気持ちもラクになるわよね』 そう思って異を唱えなかったと言うのに…。 「マリンとデンゼル……元気かな……」 「そりゃ、元気だろう?」 「……そう……だね……」 「……………」 続かない会話。 ぎこちなく、重苦しい空気。 ティファの頭は混乱していた。 自分が助かった事をクラウド達は本当に喜んでくれているのだろうか…? バカな考えが頭をよぎる。 そして、自分自身、その考えに対して『バカバカしい』と思っている。 それなのに…。 『私は…助からなかった方が……良かったのかな……』 目の前に居るクラウドを見ていると、ティファの思考はどんどん闇に染まっていく。 ふと。 自分の体験した『あの時』の事が思い出された。 あの……『泉』と『大樹』と………『女帝』。 結局、『彼女』は一体誰だったんだろう? どうして、『彼女』の所に迷い込むような事になったんだろう…? そして、あの時。 『彼女』が自分に近付いてきたあの時…。 ― ティファ…!! ― ― 頑張れ!!これ以上ここにいたらダメだ!! ― ― ティファ……絶対にもうここに来てはダメだよ… ― ― ここに………『闇』に堕ちるんじゃないぞ… ― 確かに、エアリスとザックスの声を聞いた。 存在も感じた。 絶対に、あの二人は来てくれた!! という事は、やはり自分は『星に還る体験』寸前だったのだろう……。 それにしても。 「『闇に堕ちるんじゃない』って……どういう意味なんだろう……?」 「ティファ?」 気が付いたら声に出して呟いたティファに、クラウドがギョッとしたように見つめた。 そのクラウドにティファがまたギョッとする。 そして……ティファは見た。 久しぶりにまともに自分の顔を見たクラウドの瞳に宿る、何かをひたすら隠している色を。 ………怯えた色を……。 「クラウド……何を隠してるの?」 「え…?」 「とぼけないで!!何か隠してるんでしょう!?」 声を荒げ、ベッドから勢い良く跳ね起きたティファは、怒りにまかせてそのままクラウドに詰め寄った。 「ずっと……ずっと何か隠してるでしょう!?クラウドだけじゃないわ!!ユフィも、ナナキも、シドも、皆…皆!!一体何を隠してるのよ!?私が助かった事……喜んでくれてないんでしょう!?嬉しくないんでしょう!?」 「ティファ!!」 怒りに身をまかせ…。 声を荒げ…。 そうして、涙を流して顔をクシャクシャに歪めたティファを…。 クラウドは息も出来ないほど強く抱きしめた。 しばらくは、クラウドの腕から逃れようとして暴れていたティファも、ただ黙って強く強く抱きしめるクラウドに、いつしかその背に手を回してしゃくり上げながら泣いていた。 「ごめん……ティファ……ごめんな……」 「…っく………ひっく……ぅぅうう……ふぅっ……えぇっく………」 「でも……ティファが助かってくれた事は……本当に嬉しいんだ。ウソじゃない、本当だから!!」 「……ったら……んで…?…な、んで……みんな…………」 「ティファ……ごめんな………ごめん………」 「……クラ…ウ………ド………?」 「………ごめ………俺が………もっと…………」 ティファは、クラウドの背に回していた手に力をこめた。 そして…。 二人は抱き合ったまま………一緒に泣いた。 「ティファ……本当にすまない。ティファを苦しめる事は分かってるけど、ティファに教える事は……出来ない…」 「……うん」 「でも…ティファが死んだら良かったとか思った事、一度もないし、助かってくれて本当に嬉しいんだ」 「…うん」 「それだけは、どうか……勝手な言い分だと分かってるけど……それでも疑わないでくれ」 「うん」 「俺は……ティファ、キミが死ぬかもしれない…そう医師に告げられた時、俺も後を追って死ぬかもしれないとさえ思ったんだ」 「…クラウド」 「だから……それくらい、俺はキミを愛してる。これからも…ティファの為なら…何でもする。仲間も皆、ティファが死ぬかもって医師に告げられた時、絶望のどん底に落とされたんだ。ティファの事を皆、愛してる。それだけは……どうか分かって欲しい」 「うん……うん……ごめんね、クラウド……バカな事言って……本当にごめんね」 暫く抱き合ったまま二人で泣いた後。 そのまま抱き合ったままで、二人はポツポツと話しをした。 結局、ティファに真相を話すことはクラウドには出来なかったが、それでもティファは自分が愛されていると分かってくれたと思っている。 現に、彼女は自分の腕の中で恥ずかしそうに…そして幸せそうに薄っすら頬を染めて笑みを浮かべてくれている。 自分達がティファの身に起こった事について隠している。 その事で彼女を傷つけているという事は分かっていた。 しかし、ここまで追い込んでいた事には気づけなかった。 その事実に、クラウドは戦慄した。 何故、いまティファの傍にクラウドしかいないのか。 それは、仲間達の誰もがクラウド同様、心からティファの『帰還』を喜べないからだ。 薬液が詰まったカプセル。 その薬液に漂うようにして浮かんでいるアイリの姿。 そして、そのカプセルに頬を押し付け、身体を小さく震わせるプライアデスの背中。 ― すいません…。 どうか……どうか…。 彼女と二人にして下さい。 今だけは……どうか…… ― 震える声で懇願する青年に、一体誰が反論出来ようか……? 一体誰が、プライアデスとアイリの傍に居る資格を持つだろう…。 誰も……いやしない…。 愛しい人が、生ける屍となってしまったのだ。 それも、回復の兆しが見えてきたという、希望に満ちた状態であるまさに幸福の絶頂だった時に! どれほどの喪失感だろう? どれほどの苦悩か……? 青年の心に穿たれた深淵は誰にも分からない。 計り知れない絶望…。 その絶望を与える原因となったしまったのが、自分だとティファが知ったら…!? そんな恐ろしい事は想像出来ない。 きっと、アイリとプライアデスへの自責の念に駆られ、下手すれば自ら命を絶ってしまうかもしれない。 それほど、ティファはアイリの回復を喜び、プライアデスとアイリの今後を楽しみにしていたのだから。 クラウドは、腕の中ではにかむような笑みを浮かべている愛しい人に、堪らなくなった。 「クラウド……?」 再び腕に力を込めて自分を抱きしめたクラウドに、ティファは戸惑った。 微かにクラウドが震えている。 自分が一体、皆にどんな苦悩を与えているのだろう……。 ティファの胸に不安がジワジワと侵食していく。 『ううん…。大丈夫。だって…クラウドがいてくれるもん……大丈夫』 おまじないのように、心の中で同じ言葉を繰り返し自分に言い聞かせる。 ゆるゆると、クラウドの腕から力が抜けてきて、自然と二人の身体に僅かな隙間が生まれ…。 視線を合わせた時、顔と顔が至近距離だった事も自然な事で…。 そうして、そのまま……。 お互いが目を閉じて、そっと唇を近づけた…。 その時。 バタバタバタバタ…!!! 病室の向こうから、誰かが走っている音が近付いてきた。 それも…。 信じられないほどのスピードで、恐らく真っ直ぐにこの病室に向かっている。 クラウドとティファは、目を開け、不安そうに顔を見合わせてドアへソロソロと視線を移した。 バンッ!!!! 予想通りというか、走ってきた人物の目的地はこの病室だった。 そこまではクラウドとティファの予想通り。 しかし、飛び込んできた人物は二人の想像の範疇には無かった。 「「シュリ(君)!?」」 肩で喘ぐような息をしながら、目の前に立っているクラウドとティファの姿に驚愕する。 そして、そのまま食い入るようにティファを見つめつつ、一歩一歩、二人に近付いた。 いや、正確には……ティファに。 そうして…。 震える手を上げ、ティファに伸ばした。 「……生、きてる……?」 呟かれたその言葉には…。 驚愕ばかりではなく、『別の意味』が込められていたのを、クラウドは敏感に感じ取った。 思わず、反射的にティファを背後に庇う。 あと少しでシュリの指先がティファの頬に触れる…という寸前だった。 クラウドに庇われティファが、ギュッと身体を縮こまらせて身を硬くした。 クラウドはただただシュリを睨みつけ、殺気だった。 まるで……敵対する人間に威嚇するかのように…。 「シュリ……ティファがこうして助かったのが……そんなに意外か?」 クラウドのその言葉は、底冷えするような鋭さを孕んでいた。 しかし、威嚇するように口にされたその言葉の中に、彼が何かを恐れているのをティファは感じ取った。 そして、そのせいで漸く取り戻した『クラウドと仲間達への信頼』『自分が生き残った事を喜んでくれている』という気持ちが、あっという間に萎んでしまうのを自分ではどうすることも出来ずにいた。 それはティファの心が不安定な事と、何より目の前に突然現れた友人の存在ゆえ。 自分の『死』が確実だったと物語る彼の表情に、再び『生き残ったのは何かの間違いではないのだろうか…』と闇に思考が傾いてしまう。 クラウドはティファを見ない。 ティファはシュリを見ない。 シュリは……ティファ以外を見ない。 言葉に出来ない圧迫するような空気が…。 病室を支配した。 |